第384話「変」 ベルリク
神聖教会が二分、三分となりそうな危機的状況の中、我々は随分と楽しい感じになってきている。昔は他人の戦争に参加しても好き勝手出来ないものだったが、今となれば他人の戦争だからこそ好き勝手が出来る……わけではないが、割と自由の風を感じる。あの辺まで来たら引っ繰り返してやろうかな? などなど。何にしても力が物を言っている。
マトラ共和国首都ダフィデストの中央広場にて、祝い事に対してお祭りが催される。色々と妖精達は行事を考えて実行しているが、一番派手なのはここでやる。
「最大不滅の我等が大英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬、楽園の管理者、空前絶後の救世主、天地星合の煌めく光、諸国民の牧童、惑星蛇、全盟友の剣、金剛の心臓……帝国連邦初代総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンよ永遠なれ! その偉業を称え万歳三唱!」
『万歳! 万歳! 万歳!』
司会者の声に合わせて行事参加者ほぼ全員が万歳三唱。来賓席にいる自分へ歓声が飛ぶ。
初めはマトラ中央幼年教育者音楽科合唱団による”総統閣下ありがとう”のお歌から。
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
自由でー、豊かなー
祖こーくをあーりがーとおー
独りーつの父ーよ
先駆ーけの雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
強くてー、すーごいー
陸軍をあーりがーとおー
繁えーいの父ーよ
常勝ーの雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
いっぱい、作れるー
工場をあーりがーとおー
次ー代の父ーよ
発ー展の雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
色々ー、出来ちゃうー
政治力をあーりがーとおー
強ー国の父ーよ
自ー在の雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
顔から可燃性瓦斯が噴き出しそうな気分だが、拍手で合唱を称える。観衆の妖精達も手を叩いて口笛も鳴らす。
「お歌をありがーとー!」
「お上手!」
「口舌咽頭の革命家!」
「ぶっといね!」
「すごくぶっといよ!」
「ホーハー!」
『ホーハー!』
隣の席に座るアルヴィカ・リルツォグト隊長がこちらの耳に顔を寄せて喋る。”ホーハー”の連呼でそうしないと聞こえ辛い。
「歌詞通りなんですね」
「四番は出来たばかりだそうです」
「ですって」
と言われて肩に手を掛けられたのはバルリー大公代行シュチェプ・パシェル。彼も来賓席に座って――縛られて――貰い、懐かしの生まれ故郷である旧名ファザラドを猿轡と共に噛み締めて貰っている。お歌の舞台なので、不意に感極まって絶叫したら皆がびっくりしちゃうからね。
「どうですか大公代行。陥落時の破壊も全く消えてかなり発展しているでしょう。工場も揃って鉄道も敷かれて、以前とは比べようもないくらいじゃないですかね」
シュチェプ大公代行が唸る。たぶん”悪魔””蛮族””糞野郎””呪われろ”……特に悪口じゃないような気がしている。
「会議中に連れて来るのは一苦労でした。勿論一斉で捕まえるのも。褒めて下さい」
「凄い!」
「まあ」
「偉い!」
「ありがとうございます」
流石は聖王親衛隊である。”身内殺し”技能に関しては最高水準にあるとの、情報部の評価だ。
「そういえば西で攻勢掛けられたそうで」
「お耳が早い」
オルメン王領内で関税同盟と神聖教会が武力衝突。一昔前の戦争なら事を決する戦いになる規模で、この秘密取引成立より少し前に起こった事件である。
その時点でこの”贈り物”の確保と移送が確実となったのだろう。ちょっと気が早い感じもする。自分が気紛れを起こして”バルリー人なんて糞にもならないから要らない”と言ったらどうする心算だったか興味はあるが、そこは信頼関係が確信をさせた。アホな内容の文通でもそういう物は出来上がっていた。
事件の結果は現時点の報告では未着。関税同盟軍が渡河攻撃に成功して対岸を確保するものの、反撃を受けて決定打を打てずといった様子。奇襲であったにもかかわらず決定出来なかったのは失敗に近しいだろうか? 関税同盟軍の西部方面軍が防衛配置を疎かにして攻撃し、その抜けた穴には東部方面軍つまり対マインベルト及び帝国連邦用の兵力が注ぎ込まれた。東を無防備にする博打を打った見返りが渋いは軍事的な失敗に見える。慎重、堅実とは言い難い。
軍事は失敗として、政治はどうだろうか? 聖王親衛隊は事件後にバルリー亡命政府が生贄にされた件が知れ渡るように調整している。本件は公表されていないがバルリー系著名人が一斉に行方不明となれば直に皆がそれしかないと察する。察すれば親衛隊の怖ろしさが良く再確認されて統率も改善されるだろう。
帝国連邦が東から攻撃して来ないと確信し、東部から戦力を抽出する余裕を見て、勝算有りと関税同盟が思うためには生贄の件を知る必要がある。しかし先に生贄の件が知られるとバルリーへの同情や非難――本心はともかく――から諸邦が非協力、出し渋り、遅延行為の言い訳に使ってしまう。その前に攻撃を開始し、戦争に巻き込んで軍と金を動かさせて言い訳無用の状態に持って行かせた。かなり細かくて広範な内部調整が必要だが、行動に起こしたということはそれがやれたのだ。
シュチェプ大公代行が唸る。たぶん”売女と無能の息子””魔神代理の金玉持ち””駄馬のチンポ頭””ルサレヤババアのケツでも舐めてろ”……そうでもないかな。
「良く奏でますでしょ?」
「生け捕りはお見事です」
「聖王陛下へ御恩を返したいのならば今ですよ大公代行。良く鳴いて接待して下さいな」
シュチェプ大公代行が唸る。たぶん”雌犬の娘は雌犬””淫売一族””気違いの下僕””馬に尻でも振ってろ……頭や腕っぷしが弱くて馬鹿に出来ないからこういう”下”のことばかり言っちゃうのかね。
「盤外から今まで他人面してきたくせに滅亡したら”我々”などとお笑いかましてくる上に会議の度に雑魚の癖にキャンキャン吠えて、帝国連邦さんとの真っ当な外交案もその度妨害。一体どれだけ協力者がいたかご存じでしょうか」
マトラ中央幼年教育者音楽科合唱団がお歌を幾つか披露した後、わざときゃっきゃどたどたと舞台を踏み鳴らして退場。唸り声の合唱。
そして二番手のランマルカから来たダフィドルゴー社会主義青少年団が舞台に上がる。また唸り声の合唱。
舞台は現在二重構造になっており、元の舞台上にはバルリーの要人達を寝かせて並べた人間絨毯があり、その上に板が置かれて足場となっている。また寝たままでも跳ねたり転がったり出来るので、演者が転んで怪我しないように丁寧に縄で縛り、身動き出来ないくらいに密集させている。
これは処刑ではない。演目が全て終了した後、彼等は各妖精自治体に配布する。殺さず働かせず食べもせず可愛がりもせず、ただ飼い殺しにする。死の名誉を取り上げ、生き恥を与え続ける。シュチェプだけは剥製にしようかと悩んだが、このダフィデストで飼育することに決定。死後は剥製とする。
青少年団が整列する中、団長一人だけが前に出る。まず独唱からかな?
「皆、総統閣下にエグセン女にバルリー野郎も聞いてくれ! これは俺達の魂が込められている……」
団長が軽く跳んで着地時に両足を揃えて半身構え、右腕伸ばし、左腕は胸の前、両の人差し指を観衆に向けた。キマっていると言えた。
「……社会主義農民の語歌だ!」
先祖がしてきた小作の農耕
嫌でも飢えても倒れても奉公
だからやってやったぜ、強行搾取に合同叛旗
不屈が育てた血染みの農場
これだけ出来るだけ食べてけ協同
腹が膨れる漲る力、闘争蜂起に堂々勝利
公社が出来た皆の農業
鋤入れ刈入れ倉入れ豊穣
社会に貢献献身行動、労働成果に同胞雄飛
手まめを潰した俺等の農道
糞でも食ってろ資本家くたばれ!
労農革命大勝利! 希望の未来へよーい……
*上方へ拳銃で空砲射撃
団長は小踊りしながらの、歌うと喋るの中間くらいの話歌を披露。銃声での締めの後、拍手で独唱を称える。観衆の妖精達も手を叩いて口笛も鳴らす。
「革命烈士達にありがーとー!」
「革命万歳!」
「労農革命大勝利!」
「ぶっといね!」
「すごくぶっといよ!」
「ダフィドフラーイ!」
『フラーイ!』
いまいち、分からん。口には出さない。
小生意気な感じを急に転換、真面目な立ち振る舞いに戻った団長が「続きまして、全自動社会主義の啓蒙です」と言う。噂の呪術人形による全自動、か。
「全自動だよ社会主義!」
『皆の楽園全自動!』
舞台に労働型呪術人形が複数参加。農産物や各種道具を生産する真似事をして、出来合いの物が消費者に手渡される。
「機械で生産消費財!」
『皆の需要が全自動!』
消費者が生物を受け取り、やったぁ! と喜んで踊り、家での暮らしは基本的に何もしない状態に近い。料理も寝床の支度も全て人形が行うような演出。技術的にはそこまで出来ていないので人形の恰好をした演者が細かい作業を行う。
「科学で幸福再分配!」
『皆の資産が全自動!』
物産に溢れて生活に笑顔満点の彼等と、人形を整備する人形の姿。これが全自動社会主義の最終形態。労働全てを人形任せということらしい。
「うわぁ!? 大変だ!」
場面転換。急に怯えた演技をする消費者が左の舞台袖へ逃げ、怠惰な生活をしていた彼等が驚いて右の舞台袖を見やる。そして戦列型呪術人形が小銃を持って整列して前進、その隊列後方には山高帽を被った、腹の膨れた紳士役が登場。
「俺は悪い資本家だぞ! 全自動資本主義を実現して国の富を独占だ! 買い占めた土地から出ていけ!」
そして戦列人形が消費者と労働人形に向けて空砲一斉射撃。やられたぁー、と消費者が左の舞台袖へ退場。その場にあった生産物を悪い資本家が独占してにやにや笑う。観衆がぶーぶー資本家を非難。
「はっはっは! 全自動資本主義の究極を実現した悪い俺は負債たる人民共を抹殺して最効率的利益回収法を実現したぞ!」
先ほど排除された元消費者、人民が再登場。身形はボロで物資を入手する方は盗み以外無い様子で、資本家の物に手を付けようとするがまた戦列人形に空砲射撃、排除される。
全自動社会の欠点があるとすればそこだろう。実際にそんな社会が訪れたらもっと複雑な問題が噴出するだろうが、単純化するならこういうことか。
右の舞台袖から、労農兵士が登場して銃剣で悪い資本家の尻を一突き、退場させる。観衆がわっと沸く。
「皆、全自動社会主義こそ正義であるが、それを資本主義に乗っ取られた時にこのような破滅が待ち受けている。だから常に戦いに備えよ! 手と心に銃剣を持て! 革命への反革命があるならば再革命もあるのだ! 永続闘争、永続革命、その心に圧制、虐殺者を刺す魂を燃やし続けるのだ!」
労農兵士が小銃に革命旗を括りつけて振り上げて振って勝利宣言。
観衆の妖精達が手を叩いて口笛も鳴らす。
「お芝居にありがーとー!」
「社会主義!」
「社会主義は素敵!」
「ぶっといね!」
「すごくぶっといよ!」
「資本主義を粉砕せよ!」
『悪い資本主義を断罪突撃で粉砕!』
そして演者全員が出てきて揃って一礼。演者の挨拶は妖精的に無し。
「私は何を見せられたのでしょうか」
「うーん……」
リルツォグト隊長の問いに何と答えようか? そのまま説明は長くて面倒。ぱっと一言で格好良くまとめたいところだが、さてはて。
「……あれを見せられてすぐ理解出来ないあたり、我々は古い考えに固まっているのかもしれません」
「そうなんですかね」
続いて別の団体が登場して歌やお芝居が始まる。ダフィドルゴー社会主義青少年団程の強い印象のあるものは無かった。
奴隷を扱ったお芝居の最中のことである。
「総統閣下、ロシエで奴隷解放法案が議決される見込みなのは知っていまして?」
「初耳ですが……」
側にいる情報部の妖精に、どうなの? と顔で聞くと首の横ふりで答えられた。ロシエ方面の情報収集は疎いか。
「……革命系の地方自治体で施行されていたものを旧体制自治体でも? 奴隷が嫌な者の逃亡がってことですかね……ああいえ、わかりません。教えて欲しいです」
「はい。奴隷の解放は人道的理由、というのも嘘ではありませんが、解放された後の方が生活が苦しい場合もあるのでそこだけ見ると実態が見えません。一番は解放された奴隷が課税と徴兵対象者になることですね。先のロシエ革命では完全な市民革命には至りませんでした。ですから未だに富裕層が奴隷、農奴、そうとは呼ばない下女下男などなど戸籍に登録されない犬や馬扱いの者達を多数従えています。革命で成り上がった者の中にもそうとは呼ばない僕を多数従えている者もおります。それが実質の”隠し畑”の保有となります。この総力戦時代においてそのような”地下資源”の発掘は至急命題でしょう」
「ああ! それは確かに」
「具体的には全人民の完全戸籍登録。課税対象化のための現金給付型の賃金労働義務化、解放奴隷対象の職業斡旋所の開設などですね。急に制限しては混乱するので段階的に奴隷、農奴の取引禁止令や奴隷を持っている利益を打ち消す奴隷税の徴収が先行して発行されますね」
帝国連邦での奴隷制は基本的に魔神代理領式を採用。それは道徳を持って扱わなければならず、売買契約は厳密に、解放が前提などなど奴隷主に厳しい規制を設ける方式。また高級奴隷は特権階級でもあるので定義は別となる。これを表面上採用している程度で、各地方の伝統的な方式を否定しておらずまとまりが無い。
帝国連邦の徴兵数に関しては、そもそも全人民防衛思想により奴隷だろうが何だろうが全動員するのでこれは変わらないが、課税対象者となると話が違ってくる。税制が人間、妖精、獣人、定住と遊牧、貨幣経済未浸透地域も有りと、似たようなことをしようにも法律一つでどうこうなる問題ではない。これは課題だな。
「人道の面で、奴隷解放を名目に対教会工作を仕掛けて国内分断を図るものと思われます。一応、そちらも巻き込まれるかもしれませんので先だってご忠告を」
「それは助かります。それで、関税同盟も?」
「はい。兵力と労働力、雑巾が乾き切るまで絞り出せるようにしなければならないと考えております。中央集権体制、頭の一令で何事も動くわけではないのでロシエの手法を参考に後追いしましょうという感じにはなります。我々も社会主義的な政策に転換しております。でなければ兵隊と筒と弾の数がこれからの総力戦に届きませんので」
「こちらは各員が優秀なので個人的には苦労を感じていませんが、絞るのは大変ですよ」
「諸侯の皆さんが覚醒して頂ければそうかもしれませんが、寝たまま死んでしまうかもしれないところが辛いですね」
ロシエ革命関連戦争での死者は三百万超と類推される。
天魔戦争は戦役期間内だけでも一千万超ではと言われる。
短期で終了したアレオン戦争でも二百万超と考えられている。
エグセン領邦一つが丸ごと消失するような戦いが昨今、続いている。極短期に終わったフラル戦争でも聖都が焼け、諸邦政権が全て引っ繰り返る大変革がもたらされた。関税同盟、踏ん張りどころか。
歌でもお芝居でもない曲芸披露の後、板が取り外されて並べたバルリー人の撤去が始まる。医者がこれ以上は死んでしまう可能性があると指摘した。
一度休憩という頃合い、後ろ側に座る音、匂いがした。
「お!? 良く来たな!」
振り返れば執務室に齧りついてほぼ外に出てこない内務長官、妻のジルマリアがリルツォグト隊長の真後ろの席にデカい尻をついて、眼鏡を掛けたままその後頭部を睨みつけていた。元々の目付きの悪さに拍車が掛かる。
ジルマリアには電報を出してあった。エグセン侵攻時にまた一緒に”アレ”をやらないかと誘ったのだ。殺し残しはまだいるだろうと思ったのだが、まずここにいたことは失念していた。親の仇である先代隊長フィルエリカ・リルツォグトの娘、後継者アルヴィカだ。彼女が直接殺害したわけではないが関係性だけ見ると、まま報復範疇だろうか? 族滅精神から見ると範疇内。
「あなた、リルツォグトの首一つに付き一つ何でも言うことを聞きます。チンポ舐めろでも何でもどうぞ」
「お前、何しに来た?」
呼びつけたのは自分だが、今、間違ったことを言った心算は無い。
アルヴィカ・リルツォグト隊長が席を立ってジルマリアへ一礼。
「これはクロストナ様。その”何でも”、私が差し出してもよろしいでしょうか。まず私の子供達おりますのでそちらは直ぐに生きたまま差し出せますよ。他の者達は連絡に時間が掛かりますし、私の権限から外れることもあるのでご期待には添えないかもしれず、そこのところはご容赦願います」
これにはジルマリア、眼鏡を外して舌打ち。
お、この糞眼鏡が負けるところを初めて見た気がするぞ。敗北する姿が可愛い。
脚を組んで貧乏揺すりをするジルマリアを後ろに、疲れて来て――拘束は疲れるもの――ぐったりするシュチェプ大公代行とご機嫌がよろしくなったリルツォグト隊長を横に、演目全てが終了。
演者達へのご褒美として総統閣下手ずから、何段にも重ねられた食品箱に詰まった饅頭をあげて終了である。
「はい一列に並んで」
一列に並ぶ演者の妖精達。期待の眼差しがキラキラで、前に並んだ者の肩越し、腕の外側、ぴょんぴょこ跳ねてこちらを見ようとざわざわきゃっきゃとちょこまかする。
さて饅頭は饅頭だが、珍しく動物印ではなく、何だかやかましくて気の強そうな女の顔が皮に焼き印されている……誰だこれ? 試しにジルマリアと見比べるが似ておらず、舌打ちされる。人種が違うし、もっと痩せ型の女。妻はこうむちっとしている方だ。
若い頃のジルマリアは理性も揺らぐデカいケツだったのに痩せて変わってしまった。四人も産めば体形も崩れるが、それは肥える方向であるべきだった。次のエグセン遠征で元気を取り戻して貰おう。きっと生き血でも啜れば若返る。特別行動隊でも動かして四、五桁も殺せば元気が出るだろう。
「誰だこれ?」
「はい。これはミーちゃんのお饅頭です!」
饅頭を用意した炊事係の妖精が言う。
「ミーちゃん?」
「ミーちゃん!」
「ミーちゃんか」
「はい。これはミーちゃんのお饅頭です!」
饅頭の中身は黄色が強い乳脂。香料はやや強めで、試食するに自分の口には甘過ぎるかもしれないが妖精達には丁度良いといった感じだ。
「はいあーん」
「もけっぴょ!」
「はい次」
「ぷりちょぺ!」
「はい次」
「あんぼいぼ!」
と次々配り……。
「んにょらー!」
これ一人ずつだと面倒臭いな……。
「社会主義こそ……!」
団長を捕まえて膝に乗せる。
「全自動社会主義がなんだって?」
腹を撫でる。饅頭を千切って少しずつ食わせてみる。
「社会主義は素敵なの」
「あーん、何だって?」
「労農革命大勝利なの」
「おーん、饅頭美味いか?」
「お饅頭美味しいの」
……次。腕が疲れてきたな……。
「しゅるっちゅるな!」
最後の一人……
「ぬらっけでにゃー!」
……やっと終わる。
饅頭は余分に作られているのでリルツォグト隊長にも。
「はいあーん」
「まあ、ありがとうございます」
饅頭を持って出した手を彼女に両手で握られ、少しずつ、齧っているのかねぶっているのか分からない遅さで食べ始めた。そう言えばこの女、頭が沸騰したみたいな恋文っぽいのを出して来る奴だった。今日は今まで真面目だったから忘れていた。
「手、離しますよ」
「残念です。あ、違うところでも」
「この話は終わりです」
さて。
「ふい、うーん」
そして口に饅頭を軽く咥えてジルマリアに差し出せば、掌底打ちで潰された上に口の中に金属が入って来て前歯で噛んで止めつつ、顔を横に反らして頬の裏に刺ささせて喉奥を守る。手の平に収まる暗器であった。
■■■
バルリー首脳陣の引き渡しに対して帝国連邦はお返しをする。国外軍帰還まではまず軽い仕事で”アルヴィカのお、ね、が、い”に応える。
自由に動かせるのは手勢の親衛千人隊と親衛偵察隊。
支援が期待出来るのはマトラ共和国情報局の”人間もどき”こと特別攻撃隊。
適切な時期にだけ動いてくれるのは内務省軍の”教育済み”人間による特別任務隊。
イスタメル傭兵は今すぐ召集しても持て余すのでとりあえず準備だけさせておく。
正規軍は演習準備もあるが、何よりそれだけの軍を動かす代金を用意出来る国は魔神代理領か龍朝天政ぐらいなものなので論外とする。
現在、手勢のみを率いてフュルストラヴ公領内で待機中。入国許可は勿論貰っており、交渉事はリルツォグト隊長に一任。実質、我々は聖王親衛隊指揮下にあると言っても過言ではない。傭兵というのはそういうものだ。
待機場所はイスベルス伯との国境線。何でここに帝国連邦軍が? とそわそわしている相手側の国境警備隊を前にしていればその後方から別の軍が行進してくる。旗は神聖教会側に一応属するものの、決して彼等には味方と呼べる存在ではなかった。
エデルト王の臣下たる島嶼伯ヤヌシュフはアソリウス軍を率いてウステアイデン領にほぼ無許可で上陸。エデルト王国の影響も借りて道中物資を調達しながら北上し、フュルストラヴ公の許可を得てその旧家臣であるイスベルス伯の領土を侵犯している最中で、間もなく終着。尚、この行軍命令の出どころは神聖教会の守護者に等しいエデルト王ヴィルキレクではなく、関税同盟に与するセレード大頭領シルヴという面倒臭さである。
反関税同盟諸邦の一つであるイスベルス伯にとってアソリウス軍は身命を賭してでも攻撃するような敵ではなく、そして渋々だったとしても迎え入れる程の味方でもない。エデルトに真意を問いただそうにも、神聖教会に判断を仰ごうにも時間が掛かってまごまごしている内に領内を縦断されて域外に出られてしまう。何かしようにも力も足りず、誰かを頼れもせず成す術も無いのだ。仮にここで意地を見せてアソリウス軍と交戦したとして、中央同盟戦争以来、離反者への報復を狙い続けるフュルストラヴ軍の南下に対抗出来るかは怪しいところ。
シルヴの計算通り。解答はまだ先だが、楽しみだ。
国境線上にて軍司令官を兼ねるヤヌシュフ伯を出迎える。
「ヤヌシュフ! 遠足の具合はどうだ?」
「総統閣下! 代金は全部アルギヴェンに付けて来ました!」
「当たり前だよな!?」
『うぇっはっはっは!』
馬上で握手。アソリウス軍を、緩やかにそして敵を向けないように追走してきたイスベルス軍は、望遠鏡を持った斥候騎兵、国境警備隊とのやり取りに使う伝令を寄越してきたぐらいで本隊を国境線間際にまで近づけることなく引き返していった。
関税同盟、オルメンにおける渡河奇襲攻撃による苦い膠着状態に続き、引き込んだアソリウス軍の政治的機動作戦は成功に至る。完璧ではないが攻め手となって相手に後手対応を強いて主導権を握っている。
同盟敵対の関係を縫うような行動は戦争の泥濘へ足を突っ込まないようにしている証。事変止まりも有り得るか?
*ラップの適当な和訳が不明なので”語歌”とした
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