第382話「影」 サリシュフ
カメルス伯国の通過は案内付きで不自由無かった。寄り道をする心算も無く、宿に秣まで手配させて”厄介者だからとっとと退散させろ”と促した。仲の悪さも使いようで、それとやはり兄の影か。
カラミエスコ山脈山麓沿いの南西路は快調。エグセン地方中央部へ向かう活発な通商路なので路面状況も良好。小川、湖も麓なので多く水にも困らない。春の泥濘も引いた後だった。夏が近い。
関税が無ければエデルト以外との商売もこの道を通って上手くいくような……大頭領はその心算なのかと思えて来た。関税同盟会議のセレード代表で出席しているのだからまずその思惑があるはずだ。
カメルス領内を抜けた先、マインベルト影響圏内を抜けた国はバールファー公国。こちらはマインベルトに対するカメルス程度に、一応は独立邦であるがグランデン大公の属国。両邦はセレード、マインベルト、グランデンの緩衝国だ。今の時代にどれ程意味があるかは分からないが。
バールファーの都キュペリンに入り、長居はしないが一泊。
若くても疲れる。疲れ果てた姿で到着するわけにもいかないので「坊ちゃまは大事な身体ですから手続きは全部こっちがやっときますわ」と旅慣れたバシンカルに全てお任せ。全て指示に、何も考えないで従って食って寝た。これが正解。
宿の窓からはキュペリン大学が見えていた。聖堂みたいな作りで巨大な礼拝堂付き。尖塔も高く、街の各所にある教会とも遠景で並んで都市輪郭線を形成、礼拝呼び掛けもセレードの小さな教会とは比べようもなく鐘の音も壮大、美声揃いの合唱が良く響いていた。この時間世界が変わる。
この聖なる神の”すごい”共同体下に自分はあるという雰囲気、高揚感は故郷でもウガンラツでも体験出来るものではない。ここまで街全体でやり切れば空と風と山にも負けないと思うが……。
助祭のアンドリクが口に出さずともあそこ、ああいうところに行きたいと見ていた。イューフェから一番近い神学大学校はあれで、彼の父の卒業校である。
「司祭様と一緒のところに行きたいのか?」
「それも良いのですが、その、我が儘になってしまうかもしれないのですが……」
「やっぱりフラルか」
「それは! 折角学ぶなら聖都が良いです。司教になれるぐらいの勉強をして、論文を本庁に認められれば、いきなり就任なんてことは出来ませんが、将来的にハーシュ司教も、今はありませんが設置も絶対不可能じゃありません。キュペリンからもそう手続きは取れますがやはり書簡往復の手間を取るぐらいならあちらの方に直接指導して貰うのが早いでしょう。少し卑しい物言いかもしれませんが、セレードはまだまだ聖職者の競争率が低いのです。フラル出となれば抜きん出ることも出来ます」
「野心的」
アンドリクは聖なる種の形に指を切りながら、
「聖なる教えを中心より遠い地で守る意志を固めるためにはただの純粋無垢ではいけないと司教様に教えられました。私の他に誰かがやるかもしれませんが、他人任せに精進しないことは怠慢で悪徳です。まず広めるためには影響力が強い者にならなければ。我々蒼天の子を称するセレード人だって”田舎”言葉より、本場で学んだ説教に耳を貸してくれるでしょう?」
■■■
キュペリンで一泊後、市内から船に馬毎乗船してマウズ川を南下。
十一人とそれぞれの予備を入れた馬の運賃は中々掛かった。関税同盟会議、ナスランデン内戦と世情が不穏になって軍需物資がエグセン中央方面へ集結中。船舶需要増から運賃が上昇していたのだ。一緒に乗った商人など軍馬が入用だから売ってくれないかとしつこかったぐらいの商機になっている。
船旅はバシンカルが値切り――並走していた船指差して”接弦したら陪額出してやるよ”と火矢を構えて脅した――に成功しなかったら中途半端なところで下船することころだった。帰り道の旅費は多めに貰わないと。
■■■
マウズ川からモルル、リビス川へ繋がる運河合流地点から西進してカラドス=ファイルヴァインに到着した。
運賃が値上がりしていた以外は大きな問題は発生しなかった。これがセレードからエグセン中央方面へ商品を流す場合でも似たような状況になるだろう。関税障壁撤廃の暁には良いことがありそうな気がしないでもない。
都内は諸侯が集まっていて、いつも以上に賑やか、らしかった。ここに来たことがある部下がそう言っていた。実際に礼拝時の寺院等の混雑ぶりも地元住民の口から不満が出るぐらい。
見て分かり易かったのは高級宿――普段はただの屋敷も含め――から中級、下級宿までそれぞれの諸侯が旗を立てて貸し切りにしていること。首脳級は勿論、その使用人から御用商人からそのおまけまで含めつつ、歴史と利害から顔を合わせれば刃傷沙汰になりかねない者達が同じ屋根の下に入ることを避けるように宿が取られている。満室にして部屋ごとに分かれて仲良くなんてことはしていないので空き宿は皆無。民家が臨時で宿をやっていることも多かった。
その中、セレード王国旗が掲げられている宿も複数ある。大頭領の居所を旗の下の同胞達に聞き、ついでに自分達が泊まれる宿も教えて貰いつつ、場所が分かったら荷物を預けて自分は宮殿に向かった。閣下が出席中である。
宮殿前広場には聖王カラドスの騎馬像があった。当時こんなデカい重量種馬はいなかっただろうという造りで、武具類はエーラン帝国基準なのでそれっぽかった。
宮殿内に設置された各国代表控室の内、王国級で扱いの良い部屋に通されると異様に肌が白い我らがお袋、シルヴ・ベラスコイ大頭領がいた。この界隈では唯一の魔族化した人物。神聖教徒ではないので非難することはお門違いだが、魔なる存在がここで堂々としていられることに不思議な感じがしてくる。
「閣下」
敬礼。返礼を受ける。
「座って」
「はい」
「顔を見せて」
「は」
顔を見られる。大頭領の顔が近い。
「やっぱりお母様似ね」
「はあ」
大頭領が手を叩くと白衣の――あんな服あるのか――女聖職者がやってきた。手には化粧箱?
「ちょっと化粧して」
「は? はい」
白衣の、太めの女性に顔を塗られる。男なのに、鏡を前にしているわけでもないのに顔を弄られるのは妙な気分。それにやはり薬品というか香料臭い。居心地悪くて首を動かしてしまうと「動かない!」と怒られてしまった。鼻毛に眉毛までも調整され、簡単に散髪までされてしまった。
「シルヴ様、いかがでしょう?」
「折角だけど洗って」
「はい」
顔を弄られたと思ったらすぐに濡れ布巾で洗われた。白衣の女性が手に入れる力加減、強引というか遠慮が無くて痛い。下女の婆さんに唾つけた前掛けで顔を擦られたことを思い出す手つきだ。”痛い”と言っても”はいはい”って具合。
「兄に似せようということでしょうか」
「そういうこと。あっちもお母上似だから無理だったわね」
「やはり兄の影、なんですか?」
「ちゃんとそういうお話が分かる年頃なのね。それは良かった」
「どうも」
否定も何もしない。このなんちゃって騎兵大尉に何かあるとすれば血縁の何がしか、しかないものだが。
「初陣と殺人は済ませましたか?」
「はい! ウガンラツで、両方同時です。頭割りました。ちゃんと、処刑とかじゃなくて、戦っている相手、正面から馬の上から刀で」
「そう。では役割を伝えます。単純に会議中、私の後ろに控えて堂々として余計なことを喋らない、顔も変えないこと。ただし会議で話されていることについて何も分からないみたいな間抜け面はしないように。どうしても何か喋らなければならない状況になっても、分からないから答えられないではなく、立場上発言権が無いからと自信を持って答えられるくらいの現状認識はして貰います。会議案件に関わらない世間話も出来る程度に場を把握して貰います。小規模とはいえ次期領主の器を見せる心算でいるようにお願いします」
「……はい」
それから大頭領に直接教授して貰った。
関税同盟の出現は二つの戦略の激突であるという。エデルトの縦断戦略とロシエの横断戦略。所詮エグセン諸邦は両大国の影響力がぶつかり合う場であり、教会勢力はアルギヴェン姉弟の手先に過ぎず、現状では主体ではないとのこと。
エデルトから聖皇領への縦の接続、ロシエからエグセンへの横の接続はイーデン川でぶつかる。河口と西岸部、南方源流のサボ川はエデルト側が抑えて接続中。エグセンが抑えるのは東岸部のみで未接続だったのが従来までの状況。
状況が変わったのは先王シレムの死から始まったナスランデン内戦。そのナスランデンでロシエが支援するパンタブルム本家側が勝利した場合、縦断が断ち切られて横断が接続される。一地域が裏返るだけで北大陸西部の勢力図が引っ繰り返る。その時、関税同盟へ加盟するかどうか日和見している者達は勝ち馬に乗ろうと動き出すし、非加盟と教会側に配慮している教会派の一部も態度を改めざるを得ないこともある。
尚、この内戦解決のために総力激突をする気は双方、現状存在しない。最大敵である魔神代理領、帝国連邦がいるからである。一応、聖なる神の下での内輪揉めという意識は存在し、魔なる神との対決は考慮されている。
関税同盟会議は当初、関税率の”微調整”を名目にしつつ大社交会を偽装していた。今では横断戦略成功のための一大決起会となり、日和見勢力のみならず、教会派も状況の変化に対応するため、また勝ち馬に乗るべく外交官を常に置いて連絡を切らすことはない。領地経営をする聖領は既に半俗であるから建て前はともかく現実的に動く傾向がある。
先の中央同盟戦争敗北以来エグセン諸邦は教会属領だったが、それをロシエの力で打破しようと空気は両派間でも濃厚。少なくとも教会とは上下関係以外あり得ないが、ロシエとは横並びの友好関係になり得る。教会税の徴収という一方的な搾取構造、聖職叙任権の取り上げという内政干渉、”聖なる保護”がされて実質非関税化された商品を生産する各聖領の目障りさ、これを打破出来れば今日より明日、未来が明るくなるのは必定。それにベーア人としての連帯感からいけ好かない先進文明、都会派気取りのフラル人に従う屈辱感はあの”ベーア人物語”発表以来濃厚。
関税同盟が横断戦略実現に向けて果たす役割がある。まずは非関税の海を形成し、各聖領、教会派諸侯を関税の殻に籠る陸の孤島と化して干殺しにして教会の財源に打撃を与えること。いかに聖領権益が拡大したとはいえ旧中央同盟主要三国のブリェヘム、メイレンベル、グランデンだけで当地方人口、生産力の過半数を占めつつ、域内主要河川の”川岸の総延長”も同じく過半を抑えている。この経済攻撃は実現可能で、目に見える脅威であり、既に選択が聖領、諸侯に迫られている。ご近所付き合いさえ無ければ教会派に加担する心算は無い者も多い。逆も然りではある。
関税同盟は新たに非同盟諸国との間に己に有利な関税を設定することが可能。これで即死させられずとも商売敵として相手を衰弱させることは可能で、その後に武力脅迫、解決を挑まれた時に矮小化した勢力は圧力に耐えられず取り込まれる。下手に意地を張って武力併合されて下に置かれるより、最初から加盟して上に立つ方が発言力もあって優位なのは当然。
それから関税同盟は安全な通商を保障するため、という名目で加盟国に集団安全保障をする約束をしている。軍事面で不安がある諸侯を助け、今までのような諸侯同士で睨み合っていた”内側の国境警備”負担も取り除くというのだ。それに統一されたフラル諸侯のように強制的に軍権を取り上げるということはしないとしている。
各聖領もそれぞれ対応に出ている。大きな流れは教会による聖領資産の引き上げ。現金類はほぼ現地に無いとされている。またこの引き上げに抗議する聖領は旧中央同盟三国を中心に身売りを始めている。表立っては反教会を唱えられないけれど資産はそちらに一旦預けておき、関税同盟が勝利して教会が諦めた時に返却して貰い改めて加盟するといった手法、裏取引。現在、表立って教会批判をしている聖領はストレンツ司教のみだが、今後旗色次第では増加する。
緊張は高まっているが大戦争はやはり回避される努力がされている。ナスランデンに各国正規軍が送られていないのがその証拠。その代わりに国籍不明部隊や一時衰退したはずの傭兵部隊が送り込まれている。
各国、大きく動けず、竦み合っている。聖皇、聖王、エデルト王にロシエ皇帝、それぞれが本件に関して直接言及を一切していないことからも分かる。もしこれらの名前が本件で使われた時はこの制限戦争状態の決勝点が見えた時。間抜けな使い方がされる可能性もあって、その時は魔神代理領を利するような大戦争の可能性もある。イスタメルとバルリーから西へ悪魔共が進出しないという保証を、論理的に証明した者は誰一人いない。特に悪魔大王、何をしでかすか分からない。
我々セレード王国はこの各国が均衡状態を保ちつつしかし優位を確保しようとする中で動く。まずうるさくなりそうな同君連合のエデルトを牽制する。
蒼天党の乱を利用し、今のセレード民族主義に対する過干渉には猛烈な反応が予測されると重ねて思わせる。
次にこれはまだ現地に到着していないが、ククラナ自治権引き上げを、彼等が要求する以上に、過大にセレード大頭領が承認する旨の書類を送付した。この影響はエデルト内におけるハリキ、カラミエ人の自治権引き上げ要求圧を過剰に後押しすることになり、麻痺を強いることになる。東西ユバール紛争を抱えた状態でそのような問題に直面した時、エデルトがセレードにどれほど干渉出来るか? いい気味である。
そしてセレードがどう動くかは、これから見せ、指示するそうだ。今日の会議が終わったら直ぐに伝令として第一予備師団司令部へ戻れとのこと。
直ぐに戻れとは、自分が兄の影として働くことにあまり期待しないということだろうか? それとも少しエグセン諸侯に顔を見せるだけで十分ということだろうか?
■■■
議場に使われている宮殿、大広間にてセレード王国代表席の後ろに立つ。座るのは勿論大頭領。
各国代表も列席し、仲が悪い者同士が臨席しないように且つ席順で序列争いが生じないようにと配慮がされている。最近では口喧嘩止まりらしいが、一昔前なら席順調整に失敗した途端に刃傷沙汰から戦争勃発となることもあったそうだ。そうならないようにするのが開催国の腕の見せ所である。
本日初参加の自分は、誰だあいつと視線がやや集まり気味で「一体誰だ?」「あれがベルリク=カラバザルの弟だ」と噂が一回りすると、集まったものが刺すというかもう抉るに近いくらい痛くなって便所が近い。特に見て分かるくらい見当違いに憎悪の顔つきの男がいてどうにも居心地が悪い。
「サリシュフくん、あれがバルリー大公代行。亡国の癖にお情けで出席させて貰っている上に大きな被害者面をしている」
「あの民族抹消間際の」
「反帝国連邦の旗印の心算になってそれだけで食ってる連中の頭だからあの顔も仕事なのよ」
色んな人がいる。国王級貴族から自由都市市長に聖領司教から――所領の大きさは称号にそこまで関係ないらしい――大司教。その中で、えらく興奮気味の司教様が議会に人が集まるのを待てずに席を立って、紙束を手に、指で盛んに叩いてこれに注目! としながら声を張り上げ始めた。
これだけ人数がいると面子が完全に揃うことも少ないと思われ、大体揃ったら言いたいことを言い始めるのが通例に見えた。
「お集まりの皆さん! 皆さんは既にウステアイデン修道枢機卿セデロ猊下が発表された論題をご存じか!?」
そう言われ、それを切り出すか! と驚愕の顔をしているのは聖職者界隈で、世俗諸侯のほとんどは疑問が顔に出ているか、興味無しで「またあの坊さんか」と呟いた人もいた。神学熱心な人の論は時に、いや大体意味不明で重大なようでそうでもないことが多々あろう。住む世界が違えば価値観が違う。
「この”人間原理を捨て、悪魔の力に頼り、教義より組織を優先するは聖なる教えに非ず”から始まるセデロ猊下の論題! お読みでない方は議場にも廊下にも印刷して張り出させて貰っていますので後で読んで下さい! これは天使などというかのサエル人が崇めた妖怪をあろうことか聖別、認定し、正当教義を穢し歪める本庁を批判するもので、私はこれに賛同するものです! それに加えてもう一つ、これは最新のものですが……」
紙束の中から司教様が選んで掲げたのは、一枚目は天使の裸体絵、二枚目は腹を開いて内臓を直接描いている絵、三枚目は背中と翼の筋肉と骨格を描いた絵で、どうやら解剖図のようだ。聖職者達からどよめき。
「こちらはロシエが入手し、公開したその妖怪の解剖図です! 歪み教義をないがしろにする本庁が聖なる存在とうそぶく存在、聖なる神が決してお創りにならなかった悪魔の腸であります! かの妖怪が霊的存在でも何でもなく、肉ある人型の獣もどきでありつつも、男と女にあるべき種を広めるための生殖器すら無き、聖なる純粋自然存在ですらないことが明かされております! まるで魔なる眷族、それも言葉を発さぬ出来損ないであるということも聖都における目撃、体験談からも明らかです! 一体これのどこに聖性があろうか!? それを承認した公会議、公会議に出席した枢機卿達の悪魔憑きぶりは証明されたも同然です!」
自分は、だからどうしたと思ってしまったが、この発言はそうではないらしい。もう既に隣同士、付き人とあれをしよう、どうしようと何かしら判断を下すように動き始め、走って部屋を出る者も出始めた。
「恐るべき、智ではなく力の原理にて教義を捻じ曲げる本庁、異端の聖女と聖皇よりストレンツ司教は離別を宣言する! かの悪魔の巣窟にて勇気有る抗議声明を出し、論題を発表せし生ける受難の聖人セデロを称える! かの地より猊下が亡命なさる時は私がお迎えしよう!」
熱意が先走っているのは見て分かる。問題はそこではない。ロシエ帝国が聖皇と離別したように、関税同盟でも離別可能な状況が作られた。新たな教圏誕生である証拠に、ブリェヘム王にグランデン大公が拍手をして、他関税同盟加盟諸侯が追随した……メイレンベル大公は聖王を兼ねるので代理人が出席しているだけで目立っていないな。
ストレンツ司教の演説が始まり、政治と神学論と本庁批判が専門用語と聖典引用で行われ、論が過熱し始めればフラル語がエグセン訛りになり、更に地方訛りのエグセン語すら混じって来て良く分からなくなってくる。議場の人の出入りも激しくなってくる。批判する罵声も混じって収拾がつかなくなるんじゃないかというぐらいに騒がしくなって来た時に大頭領が立ち上がり、部屋が震えるような拍手を二つ。魔術で増幅したせいか大砲のように大きかった。注目が当然集まる。
「セレード王国、関税同盟に加盟させて頂きます」
異端どころか異教の、悪魔たる魔族化した国家代表が聖なる正統教義を守ろうという一派への加担を告げた。
セレードは人口、経済規模はさておいて軍事力だけなら会議参加国最強である。言葉の重さは鉄血の鋭利さが決めるかのように、ストレンツ司教すら黙った。
教会派であろうエデルトの影が同君連合として見えていて、自分の存在が帝国連邦の影というか虚像も見せ、実体より巨大になっているセレードが加盟、非加盟の勢力均衡を明らかに傾かせた。
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ベルリク=カラバザルの影の役割を果たせたかどうか分からないまま自分は大頭領から手紙を渡され、第一予備師団長へ配達することになり、通信速度が至上命題ということでその日の内にファイルヴァインを発つことになった。会議の趨勢は結果で知ることになりそうだ。
手紙の内容は伝令狩りに――特に教会派であるカメルス伯国通過時に――遭う可能性も考慮されて十一名全員が耳でも覚えている。意味は知る者が聞かなければ意味不明の詩文で”天の王国、地の保護者。山に誓い、風に誓い、ひた駆ける”である。セレードの標語を引用している以上は何もわからず、知らされておらず、捕虜になった時は遠慮しないで隠さず喋って良いとのこと。例え皆殺しになっても潜入工作員が言葉を拾って届けてくれると思われる。加えて悪路から時間は掛かるがカラミエスコ山脈縦断経路でも伝令が飛ぶので、最悪我々が何も出来なくてもどうにかなる。
我々の動きがエデルトや帝国連邦の動きにも繋がると見られたか尾行してくる隠密らしい者達をバシンカルが察知する。素人まで動員するほど余裕が無いのか、別勢力同士で隠密合戦した結果見えちゃったのかまでは良く分からない。
バシンカルは何時でも発てるように準備していたので即時の出発に問題無し。隠密共は道すがらぶち殺してくれるそうだ。やはりこう、実戦馴れした年寄りはこういう時に頼りになる。
アンドリクはあのセデロの論題を読んだことを切っ掛けに、あの太っちょの医療助祭――白衣の新位階で知らなかった――と神学についてちょっと語り合ったら”あんたの教義おかしくない?”と言われたそうで大層気にしていた。彼女は聖都で本格的に学んだ人物だそうで、当然教義面については間違いはほぼ無く、間違いと言われた神学士の落ち込みようは話しかけるのが面倒くさいぐらいだった。ここで勉強に残っても良いと言ったが「首を取らねばなめられます!」と言ってついてきた。
セレード王国はエデルト王であるヴィルキレクを玉座に据える同君連合国である。同君連合の下位に当たる国にどの程度自治が許されるかは史上、力関係によって一定ではないので絶対基準など無い。今のシルヴ・ベラスコイ大頭領の力量ならば上位国を無視して独自関税を設定しても良い程に張り合えているということに、今日なった。
まずもってセレードがエデルトから搾取される謂れはない。これでエデルトが対抗措置に禁輸や資産没収、引き上げなど行ったらそれこそ同君連合解消、シルヴ女王誕生の道に繋がることは目に見えている。そしておそらく国内国外に問題を抱えて解消が即座に不可能なエデルトはこの動きを放置することしか出来そうにない。
それにもしかしたらエデルトはこの行為を黙認どころか推奨している可能性もありそうだ。エデルトが関税同盟圏へ商品を売れば関税が掛かるが、セレードを中継して売れば非関税で売れるのだ。この場合はセレードに中間手数料が入る。
ストレンツ司教の反本庁姿勢からエデルトが関税同盟に入ることは無いと見える。エデルト側のようで伝統的に反エデルトのセレードは丁度良い迂回路ということになるかもしれない。
もう一つ考えられるのは、セレード対エデルトの従来の構図にエグセンが割り込むことに今後なり、こちらが被害者面をして弱く見せてエグセン側に支援して貰ってエデルトと対決する姿も無理筋ではなさそうだ。これに帝国連邦の影もつけたら……。
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