第379話「聖なる神に聞いてくれ」 サリシュフ

 ”イューフェ・シェルコツェークヴァル男爵ソルノク・グルツァラザツクの息子サリシュフ・グルツァラザツク騎兵中尉はカラドス=ファイルヴァインにて大頭領シルヴ・ベラスコイの下へ出頭するように。滞在費不要。以上”。

 蒼天党の乱終結後、第一期士官候補生連隊が解隊されて第一予備師団へ再編されるために各自一時帰郷。自分はイューフェの館に帰宅後、父ソルノクから外交旅券、旅費と共に手渡された大頭領からの召還令状にはそう書かれていた。時限は特に定められていないが、つまりは出来るだけ早くということであろう。

 アソリウス島に滞在していた大頭領が聖王領の都ファイルヴァインに出向いているということは、中大洋から北進しているということ。姉の結婚式帰りの島の様子を思い出せばアソリウス軍は戦時へ突入するような支度をしており、これに同道している可能性がある。ファイルヴァイン入城は流石に有り得ないが、既に中大洋北岸部へ上陸している可能性は大。これと第一予備師団のククラナ集合は南北挟撃の構えに見えた。

 南北挟撃に見えるが、しかし戦力は過小。

 北の第一予備師団は定数一万で砲火力に劣り軽装備。蒼天党の乱にて正規軍五万は即時行動可能状態であるものの南進準備などしておらず、勿論予備役召集などして十五万人体制へとは移行していない。

 南のアソリウス軍の海上機動兵力は八千ながら海兵隊準拠で同じく軽装備。聖領に対して軍事通行許可を取ることは――エデルトの承認があれば――可能だろうが、聖王領諸国には対しては困難に思える。

 シルヴのお袋が何をしようとしているのか分からない。聖王領諸国で関税同盟について会議が行われているのでそれに絡むのだろうが、この二万程度の軽装戦力で何が出来るのか?

「父上は、政治をどう考えてらっしゃいますか」

「考える……」

 質問の言葉が変だったか。

「私は局面を左右することの出来ない男だった。一応の成功体験で語るとだな、積極的に動いてどうも出来そうにないなら動かないことだ。大局に流されることを意志薄弱と悪く言う者もいるが、それで生存出来るならそうするべきだ。日和見を嫌がる者から曖昧な態度は、こと突かれる。それがしつこい場合はそうされると痛いからというのが分かるな。ただ口うるさいだけ、潔癖症という可能性もあるから、重用したいのかそこが争点になるのか、という意味かは総合的に判断するところだ。とにかく攻めの動き方を私は知らないから、生存することを第一に考えろとしか言えない。政治、状況は流動的だ。人の考えは分からないし、変心の頃合いも余程の諜報網でも築いていない限り、それでも一部しか分からない。縁が深そうな方へあまり考え無しに組するのも悪いとは言わない。日和見を続けて絶好の機会を狙うのも良いが、そんな機会を見極められる才覚があるとは限らない。損失を怖れて何も出来ないことは良くないが、死ぬようなことは避けなければいけない。教条的にならず、勘に頼った方が良いかもしれない……結局だ、正解は分からない」

 父の言う成功体験、セレード継承戦争にてセレード王側につきながら、ベラスコイ家の側につきながらも終戦後の処分を免れたことだ。その、のらりくらりと責任を逃れた極意がこれらしい。弱小過ぎて一々処分していられないと見なされたからかもしれないが、弱いままでいることも生存戦略か。

「大頭領閣下は私に何を期待されるのでしょうか」

「ベルリクの影を使うつもりだ。直接何かを狙っているかまでは分からないが、虚仮脅しには十分だ。蒼天党が帝国連邦加盟に言及していたが、それを臭わせて圧力をかけることは出来る」

「父上ではいけないのですか?」

「軍務の一環という名目だろう。大頭領付き武官にしては若過ぎるから、そのまたお付きくらいの扱いか。それをやるに私は歳を取り過ぎている。腕は細くなって腹が出て来た六十過ぎの年寄りなんか恥ずかしくて表に出せない。ファイルヴァインまで旅なんてしたら寝込んでしまうよ」

 父が白髪頭を撫でる。姉の結婚式のためにアソリウス島まで旅をしたものだが、途中で何度も長めの休みを入れないと動けなかった。帰りは士官学校の件もあり父を置いて先に戻ってしまった。

「ベルリクと比べられることもあるだろうが思った通りにやりなさい。あの子は規格外だ。私の息子というよりはマリスラの息子で、蒼天の化身だ。張り合う相手ではない」

「それは分かっています」

 ベルリク=カラバザルの兄上。手紙では良い兄という感じで以上でも以下でもない。異国の話を書いて送って寄越すので旅行記を見ている感じもした。それがその、当の異国で何十、何百万人も殺してその百倍を恐怖させている。紙面で感じる人物とはかけ離れていて良く分からない。顔を何度も合わせたわけでもなく、何となくすら分からない。姉は大層好意を寄せて乙女みたいにきゃっきゃと言って、遂には兄が発端らしい縁談まで進んでしまって、あの、これまた兄を慕うアソリウス島嶼伯ヤヌシュフ・ベラスコイに嫁いでしまった。

 歴史を見れば未来がある程度予測出来る、らしい。

 我が家の略史。

 初代、曾祖父スタミシェ・グルツァラザツクが平民から準男爵に取り立てられ、ベラスコイ家傍系の旧シェルコツェークヴァル男爵の娘と結婚。

 その息子、祖父サリシュフ一世が拡大したイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵位を継承。レスリャジン氏族系貴族の祖母エレヴィカと結婚。

 そのまた息子、父ソルノクはセレード継承戦争から保身に成功して大半のレスリャジン氏族と兄の母である前妻マリスラが東へ去った後の領地を没収されずに治め続ける。

 兄ベルリク=カラバザルが先の聖戦後魔神代理領へ移り、おそらく千年に一人の大成。後にセレードにおける法改正で男爵位の継承権喪失。

 そして後妻で神聖教徒の母リュクリルヴとの間に姉エレヴィカ、自分サリシュフ二世が産まれてもう一人は死産。

 父がエデルトの海外貿易拡大への投資に成功してグルツァラザツク家は小金持ちになる。

 姉エレヴィカがベラスコイのアソリウス島嶼伯へ嫁ぎ、兄の影響も併せて一小領主にしてはかなり目立つ存在となる。

 次期当主、サリシュフ二世は士官候補生課程を修了して騎兵中尉に任官。蒼天党の乱では首謀者の首級を部下が上げるなどそこそこ活躍。

 次、次はどうなる、どうする?


■■■


 イューフェを発つ前に予備役登録がされていない――正規軍の召集とかち合ってはいけないのでここは厳に守る――民兵十名を召集した。他の同期達も故郷にて同じように召集し、集合地点であるククラナへ向かう。既に召集し終わり現地へ向かっている者達もいて、帰郷の道中に早くも十騎駆けで走っている連中を見かけたものだ。

 イューフェ自警団の頭、直属となる十人隊の長を務めるのはバシンカルという男で庭師、館周りの警備責任者兼任。軍からは曹長の階級が与えられる。彼は兄より二つ年上で、兄が産まれた時からの近従で、自警団として賊や放浪者を殺していた頃からの手下である。顔、身体に古傷があって間違いの無い歴戦。頭蓋骨の一部など欠けており、銀板で蓋をしているぐらいなのだ。

「坊ちゃんと戦場出れるなんて嬉しいですわ。ジジイになる前に死にたかったんで」

 バシンカルは自分を”坊ちゃん”と呼ぶ。兄の手下だった家臣達はほぼ全員が自分を”坊ちゃん”と呼び、兄を”若様”と呼ぶ。そして母が連れて来た者達や新参達、兄を知らない家臣達は自分を”若様”と呼ぶ。少なくとも法改正で継承権が自分に回った時からでもそうなのだ。

 兄の大業に比せる華々しい結果を残していないことは分かっている。単に昔から呼び慣れた言葉を使っていることも分かっている。しかし気に入らん。

 民兵は十名集めろと指示がされている。員数外の者を連れて行く時の従軍費用はこちら持ちとなり、給料も出ない。わざわざ金を出して連れて行くことにしたのは従軍聖職者だ。イューフェ教会司祭の息子であるアンドリク・ヘーツェルヤーン助祭。自分より二つ年上で、神学生の課程を修了したばかりの神学士だ。

「私達神の僕を皆、なめやがってるんです! 私らだって戦場に出て敵をぶち殺せるって見せてやらなきゃまた蒼天党みたいな連中にやられちまいます! 若様、俺も行きますよ! 聖なる教えで敵を粉砕して腸引き摺り出してやりましょう!」

 という彼の意気込みを受けて費用は母が出す。実際、イューフェ村でも敵を殺したこともない四角形の坊主と馬鹿にされることは多々あり、ならば血を流して来ようということになった。蒼天党の乱でも神聖教徒はなめられて攻められた。

 何というか、兄にバシンカルがいたように自分にはアンドリクがいる。

「アンドリクは大学行かないのか? 今回の従軍費、大学費から出したって聞いたぞ」

 田舎の教会に寄進する者など異教の地では数知れて、イューフェ教会に掛る費用はほぼ母が出している。

 セレードには聖なる神の教えを学ぶ神学校はあるが、より上位の大学校は無い。エデルトかエグセンの神大学校か、本格的に学ぶならフラルまで遠路行かなければならない。司祭様は神学修士で大学出。アンドリクが跡を継ぐなら大学は行くべきである。信者の多寡は教えの質を落とす理由にならない。

「戦場から戻ったら行きます……お母上にまたお願いすることにはなりますが……多少は分捕りで何とか、でもしかしですね、それにしてもなめられては教えることも叶わないと此度、分かったではありませんか。若様は信徒達がぶち殺されたのを見てきたんでしょう?」

「まあ……まあ、まあそうだな。でも戦いになるかは分からんからな」

「ククラナ行きということはマインベルト国境。小競り合いの可能性は高いですよ!」

「配置も分からんからな」

「員数外の私が仕掛けに行けば良いではないですか! 軍属ですが聖職者なら大きく行動は制限されないでしょう」

「とりあえず、俺の許可無くつっかけるは止めろよ」

「勿論ですとも。聖なる神に誓いましょう。指揮系統を守り、マインベルト人の首を持って帰ります」

 アンドリクが聖なる種の形に指で切る。

 しかし本当に戦いになるか分からない。何故ククラナに行く?

 蒼天党の乱、再発防止に関連してククラナ人を抑えに行くとしても動きが過剰である。予備役の召集より民兵の召集の方が一般的に大事だろう。

 軍事演習だというのなら演習だと言うが、言われていない。そもそも演習ぐらいだったら教育期間の短縮なんて荒っぽいことはしない。

 第一予備師団の基地をククラナに設置するというのなら分かるが、恒常的な施設を建設する話は一つも聞いていない。

 ククラナ一万人隊がククラナにおり、第一予備師団一万が増派されて二万。遥か南にアソリウス軍上陸部隊八千がいるかもしれないこの状況……やはり分からない。行けば分かるのだろうが、どうにも事前に状況を把握しなくてはいけないと心が言っている。何か出来るわけでもないのに。

 やはり兄に対抗したがっている。こう、何か有効な先手を打ちたいと思っている。打てる力はありはしない。


■■■


 第一予備師団集合地点が伝達された。宿敵マインベルト王国と接する東のセウダ・ククラナの領都カルチュ市かと思っていたが、弱小カメルス伯国と接する西のアルノ・ククラナの領都レチョブ市であった。

 イューフェからだとレチョブはカルチュより近く、南行きの街道を一度も変針することなく進んで到着出来る。我が領を通過する商人が良く使う道で、隊商護衛や賊狩りで腕を鳴らしたこともあるバシンカルが宿場、水場から雨宿りに丁度良い大木に風除けになって野営にも良い岩陰まで位置を完全に把握していた。

 バシンカルは年寄りらしく思い出話を道中しまくった。マインベルトから人狼刑に処され国を追い出されて賊化した集団が作ったという村――現在ではククラナ人が入植して当時の面影は無い――を見て指差し、過去の栄光を笑って語る。

「若様と昔あそこで賊共を皆殺しにして、ほらあの広場中央の木に全員吊るしたことがあったんですよ。騎兵砲で家、まあ掘っ立て小屋だったんで簡単に、海軍のあれ、鎖弾、知ってます? 索具とかぶった斬るの。それで全部崩してっすね、火矢もかけて間抜けに出て来たのを狙撃して死んだのも生きたのもきゅっとしてぶらーんってもんですよ」

 他の部下達はそういう”若様”の武勇伝を聞いて大層喜ぶ。四角形共から悪魔大王と呼ばれたお国の大英雄の物語の一部になった気がしているのだ。

 そんな”伝説のカラバザル街道”を進んでレチョブ市に隣接して設営された第一予備師団野営地に到着した。廃墟を利用しているので本当に仮の野営の場所といった様相だ。

 このレチョブ市は規模が小さく、国内でも産業乏しい辺境に位置して一個師団一万とその馬群を余計に食わせるのも中々大変であった。先の聖戦にて魔神代理領軍に破壊、虐殺された後遺症による。

 先着していた師団の者達が国境を南に越えたカメルス伯国から不足する食糧を臨時で輸入して多少の備蓄がされていたが、その実質の宗主国であるマインベルト王国から圧力が掛かって短期で停止している。

 長期滞在になると不安が先にあると思いながらも、一万名の師団戦時編制作業に移った。

 作業自体は難しいものではない。我が隊を例にすれば、旧第一期士官候補生連隊右翼大隊第二騎兵中隊第二一小隊第二一一分隊が、第一予備師団右翼旅団第二騎兵連隊第二一大隊第二一一中隊とそのまま規模が二段階ずつ拡大しただけ指揮系統に一切の変更がされていない。こうなることは初めから織り込まれていた。

 我が隊なら自分を含めて――乱における死傷で減、身代わり要員や第二期士官候補生からの臨時登用で増――二十三名から、各自十名の民兵を連れて来て二百五十三名――に余剰人員上乗せ――となり、それを四分割して小隊を作って頼れる奴――ミイカちゃん――に先任小隊を任せる。

 階級は士官候補生連隊解隊時に各自既に上がっていたが、自分は大隊の先任中隊長ということで更に大尉へ昇格した。

 士官候補生になって准尉となり、分隊長となって少尉、そして解散後の戦時編制に移行してから付けた中尉の階級章も二月も経たずに替えることになったのは十倍以上に水増し増強した影響だ。勲功での昇進ではなく、指揮系統上の理由での昇進なのでこう、足元が浮ついた感じがする。戦時ならまた違うだろうが、異常事態であってもまだまだ平時だ。

 少尉階級章をつけたミイカちゃんが、二階級も下ということで急にもっと可愛くなったのでケツを撫でたら「止めてよ、恥ずかしいよ」と言った。”嫌”じゃなくて”恥ずかしい”だってよ!

 中尉階級章をつけたままのルバダイが見えた。自分とあいつ、どちらが眼鏡野郎を補佐し、死んだ時に指揮権を引き継ぐべきかは分かり切ったことである。

「俺大尉ぃ。ルバダイ中尉に命令ぇ、ケツ出せおら」

「はい大尉殿おら!」

 ルバダイがケツ出して擦りつけようとしてくるので逃げる。

 公衆の面前でケツの穴見せて来るような愉快な奴に先任を任せられるだろうか?

 そんなルバダイをご披露しつつ、レフチェクコ中佐に大頭領発行の召喚令状を見せたら、お前嘘だろって顔をした。第二一一中隊の指揮は次席のミイカちゃんが引き継ぎ、先任中隊長として大隊長を補佐する役割はこの”ケツの穴”に引き継がれる。頭痛の種だろう。

 レフチェクコ中佐も第二騎兵連隊の先任大隊長ということで他大隊少佐より一つ格上。それは同期将校達と比べて優秀と見做された証である。片眼鏡は伊達ではない。

 軍の人事は士官学校入校試験時の結果がそのまま反映されている。成績優秀者が”一”の付く部隊長へ優先的に割り当てられ、後の”二”以降は極端に良不良が偏らないようにされている、らしい。

 レチョブにて皆に顔だけ見せてファイルヴァインへ、などということは流石に出来なかった。召還に時限が無いことを言い訳にして、一応は我が中隊の面々に顔を覚えて貰うことぐらいはしたし、指揮系統確認のための訓練も幾つかこなした。親善交流に羊取り競争もやって、不足する酒をアンドリクを使って儀式用だ何だのと理由つけて国境の向こうからワインも取り寄せて宴会を開いた。このくらいは許されるだろう。むしろ義務である。


■■■


 ファイルヴァインへ向けて手勢の十人隊とアンドリク助祭のみを連れて出発した。

 短期間滞在した感想としては、アルノ・ククラナにおいては蒼天党の乱の余波は届かず、反乱の予兆は無かった。ククラナ人が時流に乗って出しているという自治権拡大要求も、現地貴族が真っ当に議会へ書類を提出している程度に留まる。またククラナ人が大半を占めるククラナ一万人隊も逆らったりせず、軍令に従って出動して戒厳令を敷き、解除された現在に至るも住民と衝突したという話は噂にも上らない。死者を出すまでの要求とは考えていないと見える。

 エデルトでもハリキ人、カラミエ人の自治権拡大要求が加熱しているらしいが死者を出してまでやる雰囲気ではないそうだ。

 第二の首謀者、逮捕されたセラクタイ夫人の裁判が未だに保留されたまま実刑も確定されていないという不安定で曖昧な状態がその雰囲気を更に醸成しているような気がしなくもない。

 ウガンラツ事件では多くのエデルト人、それも貴族、官僚級の身分の高い者が殺されている。あちらからは当然、主犯達の首を吊るせと圧力が掛かっていると思われる。だがそれでもお袋がエデルトの意向を無視して決定権を握ったまま保留というのがこう、面白い。エデルト人の復讐心に対して唾吐いてる感じが気持ちいい。

 一応、第三者視点ということでカラミエ人のレフチェクコ中佐の言を聞いてみたら”公正な裁判による結果を望む”とだけ。それ以上は言いようが無いだろう。

 自分達はカメルス伯国との国境線に差し掛かる。軍ではなく国境警備隊が集結中で、規模は国力相当に小規模。ただしマインベルト軍の将校が出入りを始めていて緊張感は十分。

 検問で外交旅券を見せたが一時足止めを食らった。シルヴ・ベラスコイ大頭領からの召喚令状も――マインベルトが弱いグルツァラザツクの名も――見せて説明し、外交問題に発展させる気か、などと堂々としていたら道案内付き、つまり監視付きで送って貰うことになった。

 国境越えにて戦争の気配はしたが濃厚かと言われれば疑問、絶対かと言われれば更に疑問。マインベルトにて動員が掛ったという話は雑談でも噂話でも聞かない。するべきだという話はあったが、したとは別だ。

 セレード軍は民兵召集の第一予備師団を国境近くで待機させておきながら正規軍一万人隊五個の方は平時のままに留め置いている。普通、予備役召集は宣戦布告と同義なのでそれを避けての、曖昧でギリギリの線を狙った行動ではある。脅迫なのは間違いない。

 カルチュ集合だったならばメイメン川を下ってそのままマインベルトの都リューンベルに直撃し、かつて貢納金を何度もせしめた伝統的な略奪行経路となるのだが、違う。

 レチョブ集合だとどこを攻めるのか予測しようにも周辺に主要な、わざわざ攻めるに値する都市も無く、広がる道の遠い先にある無数の候補地はどれもパっとしない。

「若様、戦争まだですか?」

「知らん」

 移動中は省略する礼拝を、休憩時間に繰り越して行う度にアンドリクは同じようなこと問うてくる。聖なる神に聞いてくれ。

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