第376話「事変」 サリシュフ
王都における蒼天党の武装蜂起、ウガンラツ事件は鎮圧された。
蒼天党員の死亡百一名、捕縛三十五名、内負傷者十二。逃亡はおそらく五十名弱。敵死亡者数の多くは宮殿陥落時の自爆による。
軍と警察の死亡二十九名、負傷者三十六名。行方不明二名。
政府職員等の死亡四十四名、内非セレード人三十九名でほぼ戦闘ではなく処刑行為によるもの。エデルト人生存者無し。
民間人の死亡者五名、負傷者二名。
建物への被害は教会と僧院への放火が最も大きく、それぞれ半壊。次いで宮殿に立て籠った蒼天党を排除するため、郊外より集結した士官候補生連隊の砲兵隊が突破口を開くために砲撃を加えたことと自決の爆弾による被害。後は銃撃戦による弾痕が戦闘地区で散見される程度。
ウガランツ事件が今のところは最大規模で、それ以外では神聖教会と僧院の焼き討ち虐殺、軍や警察の武器庫襲撃、巻き添えに民間人が略奪を受けたとかその程度である。家畜は歩く食糧として結構強奪被害が出たようだ。
戦争としては小規模、事件としては大規模であろうか。ならばもう事変だ。
士官候補生連隊はこのウガンラツ事件を期に実質の教育期間短縮となりそうだ。教育課程は勿論修了していないが、事件鎮圧直後にそのまま実戦配備となり、蒼天党の残党が逃げ込んだシャーパルヘイ市へと出撃となる。
シャーパルヘイはエデルトとの国境都市。エデルト軍とセレード軍が誤って交戦するのを期待していると見られている。正規軍人を含む蒼天党と我が軍は装備がほぼ同じなのでどっちがどっちだか分からないわけである。こちらでも敵か味方か分からず、部隊内に隠れ蒼天党員がいてもおかしくはないし、蜂起の失敗を見て永久に隠れたままでいる心算の者だっているだろう。
士官候補生連隊に割り当てられた任務は国境警備であり、蒼天党残党をエデルトへ越境させないことにある。また敗残兵狩りの、そのまた予備である。前線より二歩ほど下がった配置であり、候補生程度には無難な役回りであろうか?
我々士官候補生連隊が適任とされたのは軍服が従来の意匠と多少違い、肩章や部隊章が西側式なので多少は区別がつくこと。それから若者中心で遠くから見ても垢抜けておらず、小僧の立ち振る舞いから大体見分けがついて誤射しづらいとされた。
現在、シャーパルヘイを包囲しているのはウガンラツ事件により即応した中央の親衛一万人隊である。当地にて即応配備されているブリュタヴァ一万人隊は集結中。他、レエコセレード、ハーシュ、ククラナの東部三個一万人隊は距離もあって西にはやって来ず、各地で戒厳令を敷くように命令が発せられている。
即応の常備軍五万が動いた。軍人交じりとはいえ非正規兵程度の武装勢力が敵う状況ではなくなっているが降伏する気はまだ無いらしい。
はっきりしていないが、首魁とされたマシュヴァトク伯エンチェシュ=バムカに代わりセラクタイ夫人が指揮を執っている。かのご夫人は有名。傷痍軍人保護活動などで積極的に動いたこともあるが、一番はあのアルルガン族の中でもバルハギン統の家からやってきたということで有名だった。今でこそ兄のベルリク=カラバザルがアルルガン族を虐殺してその名も陰ったが、当時のセレードでは久しぶりに至高の良家から嫁がやってきたということで大騒ぎだったらしい。
若い世代の我々にはアルルガンだバルハギンだ、という話ではあまり凄いとも思わないのだがもう一つ世代を遡ればそうではない。アルギヴェン朝に取って代わられる前のセレード王家はバルハギン統の娘婿というのが正統性の一つでもあった。であるからシャーパルヘイに立て籠る蒼天党、年寄り世代ならば玉砕するまで抵抗してもおかしくはない。
「折角ミイカちゃんが大将首取ったってのに待機かよ」
相棒、二一二分隊長のルバダイが、胸に同期の中では唯一勲章下げたミイカの首を脇に抱えて「ぬぐ」と唸らせながら引き摺る。
マシュヴァトク伯を殺して大金星を挙げた部下のミイカはウガンラツで一旦”やったな”とど突いて褒められ、勲章を国境待機中に貰ってまた弄られている。首魁の逮捕ではなく処刑、正規兵じゃなくて候補生、勲章申請のやり取りで今日までずれた。
目に入る範囲では、連絡係のエデルト将校団が草原に絨毯敷いて椅子、卓並べてお付きの料理人が作った料理を白磁器に持って硝子杯にワインを注いで貰いながらお食事中。優雅なことで何だかむかつく。
「おいお前ら、風上行こうぜ」
二一小隊はルバダイ発案でエデルト将校団の食事所の風上へ行き、生きた羊を解体する。まずはルバダイがその首を切って血を桶に溜め、指に血を付けて「山と大地、風に天よ、血を返そう」と下、正面、上へそれぞれ振って散らす。簡単な儀式が済んでから腹を掻っ捌いて内臓を取り出すのだ。
「お、あいつらえずいてやがるぜ!」
風上から風下へ、初冬の寒気で内臓から立つ湯気がエデルト野郎へ流れていく。大成功。
「ミイカちゃん、一番に食わせてやるよ。金玉たまたまを二つ食べてもいいんだよ」
「ほんとか!」
ミイカがもう手を出している。
「生で食うなよ。あの海の獣、なんだっけ?」
「海豹とか海驢?」
「じゃねぇから腹壊すぞ」
「ええ? 平気だよ」
「お前、生もんなんか食ったら熱出てケツ糞塗れになんぞ」
「うん」
「うんじゃねぇよ」
「うんこ?」
「うんこだな」
「うんこ!」
「……なあお前かわいいな。こっちの分隊来いよ。それからチンポもいで俺と結婚するか」
ミイカは返事に困り、自分の背中に回って隠れて小さい声で「分隊ちょ」と囁く。対応は”分隊ちょ”にお任せというわけだ。
世間擦れしていない可愛いミイカは北の沿岸部出身で馴鹿を中心に放牧しているエーミ=ハリカイ氏族。大体、野人ハリキ? ぐらいの意味。地元じゃ海獣猟もしていて生で食うらしい。
「おい、こいつのチンポは二一一の共有財産だ」
「お、サリシュフの”親父”が妻を守ったな」
「当たり前だ」
ルバダイが羊の食道、直腸切って内臓取り出した。
「これで占っといてくれ」
「出来ねぇよ」
「知ってる」
占いは出来ないが、腸から糞を扱き出して洗い、そらから桶の血を使って腸詰。これのやり方は故郷で下男に教えて貰った。
部下達が柴を集め、石で料理台を組み始めたところで小隊長がお上品にも手巾で鼻を覆いながらやってきた。
「お前ら、何やってる」
「飯だよ、見りゃ分かんだろ、何のために眼鏡つけてんだよ」
ルバダイが羊の首を折って、短刀で裂いてもぎ「僕美味しいよ」と腹話術。
「場所考え……どこでそんなの手に入れた!」
「は? 買って来たに決まってんだろ。お前らじゃねぇんだから放牧と野性の区別ぐらいつくっての……おらエデルト人共、文句あんなら直接来やがれドアホ! 下っ端使ってんじゃねぇぞ!」
ルバダイがエデルト将校団の方へ羊の首を横回転に勢いつけて回して投げた。奴等は食卓から離れた。
「ぐ……」
下っ端伝令扱いされたことが図星だった小隊長が悔しそうにする。
水が入った鍋が火に掛けられ、切り離された羊肉が順次煮られる。
「おいこれ美味いぞ」
ルバダイが変な食い方をしている。缶詰の塩漬け肉を煮た羊肉に乗せて食っているのだ。
「一緒に煮ろよ」
「これしょっぺぇから丁度いいんだよ」
「調味料かよ」
ルバダイの缶詰に短刀突っ込んで刺し取り食べる。
「やっぱえぐいしょっぱい。これ煮て塩抜きするやつだぞ。ズィーヴァレント製でな、海渡ってんだからこりゃ味付けじゃなくて保存だ」
「だって塩食いてえだろ。喉焼けるこれがよ」
「貧乏塩無しってんだよ」
「うるせぇこの」
喉が塩でイガイガするのでお茶を啜る。
「あ、お前それ茶かよ! くそ金持ちてめぇ」
「これジャーヴァルじゃなくて天政もんだぞ」
「やっぱあれか、お前の兄ちゃんか!」
「流通はそうだけどよ、貰いもんじゃねぇぞ」
ぼやっとした幼少の記憶を辿れば年々生活の向きが良くなってきたことを思い出す。兄ベルリク=カラバザルの覇業と同調していなくもない。仕送りやお土産を貰っているわけではないんだが。
勿体ぶるだけ貴重でもないからお茶を飲ませてやる。
「かぁ! すげぇ。お前、チンポもいで俺と結婚しろ。次からサリュシュカちゃんだ。あれ、女性形シュカだっけシュヴ、リュヴかあれ、定住のへんてこ名わかんねぇな」
「知るか」
■■■
ずっと待機しているのも暇である。予備兵力として待機というのはそういうものだが、ルバダイが「お尻がうずくのお!」とアホみたいにふざけ始めて相手するのも面倒なので状況を打開することにした。実際、暇でケツに霜がつきそうでうずいてはいる。
「小隊長、様子見してきてもいいですか?」
「戦闘に参加する心算だろう。それからお前を見習って他も俺も俺も、だ。次いでに略奪もするか? 駄目だ。死ぬなら任用されてからにしろ」
「しないって、見て来るだけですって」
「信用されるだけの実績を積むんだな」
「まあそうだよなぁ」
と、会話している内にミイカが小隊長の馬に角砂糖食わせて手懐けてから縄を繋いで引っ張る準備を完了させる。ちょろい馬だな。
「出撃準備整いました!」
「よし。連隊長にはもうワレクスディ・レフチェクコ大尉の名前で偵察任務に出る旨、了承されています」
「は、何!?」
火傷面が特徴の我らが連隊長准将閣下はセレード人。お袋が新任の頃からの部下というか手下で、エデルトの士官学校時の同期で旧家臣――ベラスコイ家復興で再家臣?
連隊長は偵察任務について最初は”候補生が雪中偵察か?”と渋ったが、姉のエレヴィカにそろそろ子供が生まれるって吉報が来るからこっちも吉報で返したいなぁ、などとヤヌシュフ様とシルヴ様の名前もちょっと出して”初孫可愛いですよねきっと”と喋ったら了承された。お袋の名前を出すと火傷でぐずぐずの顔が変わって面白かった。
「乗らないと馬だけ連れて来ますよ。ほら命令文、署名に署名」
連名で発効された紙切れを渡し、眼鏡が割れそうな面でレフチェクコ小隊長がそれを読んで、投げ捨てようとして理性を取り戻して叫ぶ。
「クソッタレ!」
「いいんですか、俺達だけで連隊長に何見たとか報告しますよ。何言うかわからんですよ。報告要領ってどうしたっけ」
「糞、馬鹿野郎が行くぞ! 縄解け」
■■■
偵察任務に就いた。二一小隊で出張り、シャーパルヘイ包囲陣まで様子を見に行って、道中住民から、そして現場の部隊に状況を聞いて戻る。怪しい奴は捕まえるかその行方を探るのだ。
雪と風で視界はあまり良くなかった。逸れて迷子を出す危険を冒すまでの危急の偵察ではないのであちこちに散らばらない。ほぼ偵察という名の散歩で伝令だ。
「お前の姉ちゃん同氏族婚だっけ?」
「ベラスコイとは遠戚。親等離れてるから問題ないぞ」
姉のエレヴィカがお袋の息子――養子にした甥――と結婚したのは衝撃だった。貴族が見たこともない相手と結婚するのはおかしい話でもないが、まさか大頭領の息子で島嶼伯、有力者とは意外過ぎた。いくら兄のベルリク=カラバザルを輩出したとはいえグルツァラザツク家は城すら持たない泡沫男爵である……やはりここでも兄か。
「離婚したら教えろ、俺が貰う。姉弟並べてやんぞ」
「うっせぇ」
「年上でも気にしないぞ」
「姉はな、雑魚に興味無いんだよ」
兄の影響だ。顔を合わせた回数はたぶん、一回。二回だったっけ? その程度だが筆まめで、手紙だけは遠征先でも頻繁に送って来ていた。血や泥が染み込んでいたこともある。
「は? 俺雑魚かよ」
「一万人隊ぐらい率いられるくらいになってから言えよ。お前んとこのポロヅェグ、兵隊何人出せるよ」
「えーと、千はいけるぞ、たぶん」
「話になんねぇ。しかも長じゃねぇ」
「あ!? 何だてめぇ」
「アソリウス島嶼伯は艦隊で動かせる機動兵力が定数八千、島の民兵入れたらうん万だ。で、姉の大好きな兄は……いいや」
「お前の大好きな兄ちゃんが?」
「うっせぇ」
兄は多分、民兵入れたら一千万弱? それから同盟軍引っぱり出せば……比べるものではない。
「あ、あれなんだ」
雪向こうに影。戒厳令中に街道を歩く奴は当たり前に怪しい。
「知らねぇ、囲むぞ! 前方集団包囲、一一右先行、一二左散れ、射界入るな! 小隊長正面、得意の社交舌!」
「指示は私だ!」
「おっせぇ! ケツ拭け!」
「野郎共、チンポコ三回揉んでから行くぞほら一、二、三! ヒョーッオ!」
軍法屋は後から我々の行動に正当性をこじつけるのが仕事だ。たぶん。色々まずければどうにかして責任逃れの方法でも教えてくれるだろう。そうしないと馘首は責任者たる指揮官が先ず、である。
馬を走らせる、部下達が尻を追って来る。雪向こうの影、ぼやけ具合の割に高くて上半身? が貧弱、徒歩じゃなく騎馬。上に立った物が消える、横、槍か銃を下して構えたな。
「撃ち方用意!」
手綱を持ちながら小銃を馬上で横向きに構える……昔、遊びで撃ったアッジャール式の曲銃床の方が撃ちやすかったな。
「我々はセレード士官候補生連隊の者である! そちらは誰か!? 応答されたし!」
小隊長が囮と調停役を同時に努めるが即答無し。
馬が走る、跳ねる、顔に雪が強く当たって融ける。
「撃て!」
走る馬、四つの脚が地を離れて浮いたこの時、影の中心線を撃つ。崩れる。縦隊横向き一斉射撃で相手の馬が棹立ち、集団の影の塊が崩れる。
「ホゥファー!」
『ホゥファー!』
金玉三度揉む時間差で二一二分隊の槍騎兵が拳銃を撃ちながら突撃、崩れた何者かにぶち当たって通過して薙ぎ倒す。
「抜刀!」
「降伏しろ! 降伏だ! 言っている意味分かるか!?」
小隊長が拳銃で地面に撃ち、蹂躙後の何者かに怒鳴る。
落馬でも動ける者が武器を捨てて手を上げる、一部は逃げる。落馬した徒歩の者は後回し、騎馬の者は投げ縄か足が速いなら矢で馬の尻を刺して止める。
そうして捕縛したのは敵の脱走兵だった。この小数の騎兵隊の後方には橇を引く徒歩の脱走兵集団もおり、先に捕縛した連中を使って説得させて武装解除となる。
小隊長が判断し、この捕虜はそのままシャーパルヘイ包囲部隊へ連行することとなった。戻るより行く方が少し時間が掛るが、目的地に到着することと平行させた方が良いとの判断。敵の別部隊と遭遇した時に不利なので抵抗の意志が無い様に見えても、怪我病人でも手を縛る。
包囲部隊までの道中で捕虜から身の上話を聞かされる。同情を誘って待遇改善とか罪の軽減を考えているらしい。たぶんだが、反乱の規模が大きいと逆に処分は首謀者だけになって他は放免とかになるかも。
エデルトの新大陸植民地はズィーヴァレントと呼ばれる。こちらと夏と冬が逆転し、我々の知る北天の星々が見えない程の南天の地にあり、温暖肥沃な土地が広がる。そこでは水も豊富で大規模農業と牧畜が盛んであり、山では金に銀に岩塩も大量に産出。エデルト経済を大いに潤していて、セレードにはほとんど恩恵が及ばない。君主は同一にしろ国は別であるからしょうがないが影響が出ている。
我々が軍から支給されている塩漬け加工肉の缶詰はそのズィーヴァレント産で、こいつがセレードの畜産業に打撃を与えている。海を渡って運ばれてくるくせにその缶詰肉は大層安値で、エデルトがセレードから肉を買うより安いらしい。
反乱に加担したこいつらはエデルトと断交すれば家畜の下がった値段が上がると聞かされ、シャーパルヘイに籠城したところで勝ち目がまるで無いと分かって夜陰に紛れて逃げたそうだ。
籠城は後詰の部隊が解囲してくれる見込みがあればこそやる価値がある。疫病に包囲部隊が死んでくれることを期待してもいいが、それは気が長い。士気の低い連中にそれは耐えられない。
それにしてもエデルトと断交で畜産業界が救われるって話は本当だろうか? 安い塩漬け肉がエデルトに入ったことでセレードの肉の価値が下がった事実は間違いがない。そこから断交によりエデルトへセレードの肉が入らなくなれば……セレードで肉が余って商売にならないことになる。そして余った肉の売り先があれば良いが、あったか? 無いんじゃないか? 何にせよ学の無いというか、商売勘が無い牧人が騙されたという風にしか思えなかった。
■■■
雪中、夜間でも捕虜が脱走しないように見張りつつ、凍死もさせないようにするのは大層面倒であった。面倒臭いから皆殺しにするかどうかルバダイと話し合っていたら、気配を察した小隊長が「絶対駄目だ! こればかりは見逃しもしないからな!」と顔を真っ赤にしていたので止めた。流石にそいつはいけないということになったが、逃げたら容赦しないことは了承させた。
シャーパルヘイ包囲陣に到着する頃には砲声が聞こえていた。城壁を粉砕して突破口でも開けているのかと思ったら臼砲で市街地に直接砲弾を撃ち込んでおり、小隊長が「信じられない! 何をしているんだ!?」と狼狽えていた。
手近な兵士に何で無差別攻撃なんかしているんだと聞けば「ちゃんと狙ってるらしいぞ」と聞いた。光学術で弾着観測して蒼天党が使っている施設だけ狙い撃ちだという。
「住民に告ぐ、反乱軍を殺せ! 住民に告ぐ、反乱軍を殺せ! 降伏を拒否した奴等を皆殺しにしろ! さもなくばまとめてぶち殺すぞ! こら蒼天党、マシュヴァトクのババア! 死んだらてめぇが殺したことになるから覚悟しろ糞が! 嫌なら首落してこっちに来やがれ!」
騎馬した士官がシャーパルヘイの外周を周りながら拡声器で住民蜂起を促す。
「正規軍の言うことか……!」
小隊長はまた苦悶。彼はエデルト軍籍で、セレード軍を可能な限りエデルト式に考えて動くように染め上げるのも任務の内であるからそこのところが気になるらしい。
「別にカラミエ人が死に掛けてるわけじゃないんですから一々吠えなくてもいいじゃないの」
「お前、セレードの同胞が死に掛けてるんだぞ」
「いや、寿命じゃないですか」
「本当にそう思っているのか?」
「はあ」
砲撃が激しさを増す。榴弾砲による城壁を破壊する水平射撃が始まり、シャーパルヘイの駅手前の線路上で待機していた列車砲も砲弾を吐き出し始めた。
我々は空気と地面が揺れる中で捕虜を包囲陣に引き渡して「雪中ご苦労」と湯気の立つ鍋料理と酒をご馳走になって、次いでに昼寝休憩もして目が覚めた頃には砲声も止み、蒼天党の者達が旗を掲げて市内から整然と行進して出て来たところだった。先頭は女性、夫人か。
シャーパルヘイ降伏。決め手は脱走兵を並べて降伏勧告を言わせたことだ。特に畜産業界の話題で騙したことが露見して内部分裂が始まったことが最大要因。それから指揮系統を無視して投降する者が続出したことや、その隙に住民蜂起が重なったこと。因みに我々だけの手柄ではなく、脱走兵は以前から少しずつ捕らえていたので大きく褒められることはなかったが、小隊長だけは勲章を貰っていた。元から幾つかぶら下げていたので目立つ程では無い。
またその場で軍令部からの指令文を受け取って国境で待機中の本隊へ戻ることになる。そして封を開けるまでもなく内容も親衛隊長から口頭で伝えられた。
「士官候補生連隊は本時刻を持って第一予備師団に昇格。各自、補充兵を充足後ククラナで集結。詳細な地点は追って伝える。以上」
教育課程修了後、士官候補生連隊は新式の予備師団となる予定であり、それが今成った。平時ならそのまま士官だけで編制され、小規模で維持費の少ない状態で保全される。そして戦時となれば各有力子弟から選ばれた士官達、我々が己の故郷から私兵つまり民兵を募ってそのまま部下として組み入れて凡そ十倍程度を目標に拡張する。
常備軍は各隊平時一万、戦時は予備役召集で三万まで膨れ上がるが予備師団はその比ではなくまるで水膨れ。しかも士官達は我々のような若者だらけなので卑下するまでもなく非精鋭の数合わせ。先程シャーパルヘイを砲撃したようなデカい大砲を持っているわけでもないし、そんな訓練も受けていないので弱いと言い切れる。この言わば民兵師団であるそんな兵力を動員するような事件や事変で済ませらないような緊急事態が起きているということになる。
まさかククラナ人が武装蜂起? そうなら集結地点はククラナじゃなくてその手前になるはずだ。じゃあ南征、戦争か?
部下達を見る。二十名余りでこれが十倍、二百名ぐらい? 一気に分隊から中隊規模に膨れ上がって、それがルバダイの方と合せて四百程度。小隊長はこのまま大隊長になる。
「小隊長、四百人の面倒大変ですね」
「うお、本当だ! 眼鏡割れるぞ」
小隊長が両手の人差し指で自分とルバダイをそれぞれ指差す。
「うぉ前らがちゃんとしてれば割れる程苦労なんかするか! それに割れるわけないだろ!」
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