第2部:第10章『制限戦争』

第373話「蒼天党の乱」 第10章開始

 士官候補生連隊右翼大隊第二騎兵中隊は第二一小隊、その二一一分隊と二一二分隊は交代で休みながら警備中、変な爺さんに遭遇した。

 爺さんは拝天殿の頂上で何か長々と怒鳴っている。この王都ウガンラツで高いところを作ろうとした巨石の祭壇は見上げる程度に高く、風もあれば声を枯らしても下からだと聞き取り辛い。男の低い声で、年寄りのガラっとした喉でなど尚更だ。道行く人々も聞き取れておらず「うるさい」だけでなく「はっきり喋れ」とも声が上がる。

 街頭で主張したい時は声の通る先触れを使うものだ。だが頭に血が上っている爺さんは工夫も無く喋りたいことを喋っているだけ。物狂いの類だろう。

 教育の一環として警備任務に就いている我々は、それでも一応はこの異常事態に対処しなければならない。儀式の時期でもなし、盗むような物もなし、天辺に石積んで木の柱建てて青い布巻き付けているだけの祭壇でもだ。

 本来なら何事も無く昼間だけ警備し、儀仗兵の真似事を兼ねて人前に出る練習をするだけだった。

 仕事が終われば久々の街中で酒を飲んだり、仲良くなった女の子の家に行ったり、売春宿行ったりして、郊外の士官学校で留守番している連中に土産でも買っていくはずだった。

 中には用事があるからと帰郷するために兄弟か親戚を身代わりに――堂々と隠さず俺の代わりはこいつだと宣言して――する者もいる。これは戸惑うので止めて欲しい。

「なんだあれ? 呆けには見えねぇ。服は良いもんだぜ、金具も磨いてら。勲章も結構なもんだ。紋章入ってるが、わかんね」

 二一二分隊長が言う。彼は遊牧系なので目が非常に良い。なので、

「どんな意匠だ? 正確に」

「えー、橙、白丸が右上、四つ足、尻尾無し」

「何の獣?」

「わっかんねぇなぁ、熊、猿? 猿って見世物屋でしか見たことねぇけどよ」

「あー分かった、人面熊だろ」

「それ! 何だ、誰だよ」

「マシュヴァトクの印章だよ」

「文弱は物知りだな」

 二一一分隊長の自分は定住系、貴族らしい習い事は一通り修めている。遊牧系は貴族でも文字が読めることすら軟弱と謗るのでそのような言い様をする。

「うるせぇアホ」

「だっはは! しかし、あの爺さん正気かよ。拝むなら庭でやってろよな。あれ、定住って庭で拝むのか?」

「知らない。空見えてたらどこでもいいんじゃないのか?」

「はあ? ちょっと、高いとこ選ぶだろ」

「俺、神聖だって」

「はっ、四角形」

「うるせえ。親がそれなんだよ、前にも言ったじゃねぇか」

「どーでもいーい」

 威嚇射撃してから分隊員が怒鳴る。

「爺様降りろぉ! ぶっ殺すぞぉ!? あれ、分隊ちょ、ぶっ殺していいんでしたっけ?」

「鉄砲やめろ! 千切れるぞ!」

 こっちの二一一分隊――銃騎兵分隊――の部下である。ちょっとした大砲みたいな射程の小銃を受け取って以来、こいつは面白い玩具と機会があれば撃ちたがっている連中ばかりなので気を付けておかないと補給係に怒られる。

「一本ぐらい、いいんじゃねぇの?」

「良くねぇって。逮捕して何してたか聞き出すだろ。それにあれだ、伯爵本人だったら死にましたぁー、じゃ済まねぇよ。あそこの婆さん社交界じゃうるさい……じゃなくて、有名だ。大した変わらんか。ま、面倒なんだよ」

「でもくたばったら余計な仕事減るぞ。死体喋ってるの聞いたことねぇし」

「あ? 馬鹿言うな。おい、小隊長いないか!? さっきまでその辺にいただろ!」

 部下が小銃から弓に持ち替え、構えている。古き良き武器はまだまだ現役だ。

「矢いきますよ!? 足ならいいでしょ!」

「毒使うなよ! 小隊長どこだ!」

 独自判断で行動するのが士官というものだが、やはり上級指揮官には確認を取りたい。しかしいない。何でだよ。

「んなもん塗ってねぇって! やりますよ!」

「眼鏡なら糞じゃないすか?」

「便所? くそくそってさっき言ってたな」

「そりゃいつもの愚痴だろ」

「当たった!」

「当たった!?」

「あ!」

『あ?』

 爺さんが転がって落ちて来た。バタっと鳴ったり、ゴチャっと鳴ったり、下に着く頃には腕と指が曲がって頭が割れて、顔は鼻が折れただけ。

 流石は過去、神聖教徒に打ち壊されそうになっても頑丈過ぎて諦められた拝天殿。弱者に厳しい。

「死体見せろ!」

 部下達にどけどけと手を振って、下馬して近寄って確認する。野次馬も集って来たので「一般人寄せんな!」と指示しておく。

「あー落ちちまったよ。法律でどうなってんだっけ? 糞眼鏡どこだよ、あいつ軍法屋? だろ。お前、分かんねぇのか」

 小隊長は、軍法を学んで間違いの無い作戦指揮を下す高級将校になるために原隊を離れて軍大学校に通っている現役将校さんである。士官候補生連隊はそういう人物とも組んでいる。

「一通り読んだけど……」

 エデルト語の軍法典は一通り読んだが応用出来るどころか暗記もしていない。

 この顔、この顔、見た見た、どこだあそこか、あれだ。でも顔だけだとちょっと不安だな。勲章は……ああ、大分古いのもあるな。

「……やっぱマシュヴァトク卿本人だ。やっべぇかも」

「警備任務だからぁ、で、いいだろ。年寄りくたばったからって騒ぎ過ぎなんだよ」

「街じゃ騒ぎだろ」

「めんどくせぇ。その辺に捨てときゃ食ってくれるって」

 犬、鳥、虫がか?

「だから街じゃ騒ぎだっての。乞食だって人は食わねぇよ」

「お前んとこの妖精は?」

「俺んとこじゃねえ!」

「おおこわ」

 爆発。思わず周囲を見渡す音響、振動。煙は、上がった? 遠いか?

「どっち!?」

 相棒の二一二分隊長が祭壇を登って周囲を眺める

「何でもねぇ、四角形のとこだ!」

 聖なる神の教えの教会と僧院、ウガンラツにある二つは隣接する。

「何でもなくねぇって!」

「坊主くたばって何か困るかよ? 巫女もおまんこしねぇわガキ産まねぇで乞食と一緒だろ」

「巫女じゃねぇよ。それにお前、祈祷師のジジババにそんなもん期待しねぇだろ」

「あ、そっか」

「あと教会と修道院で孤児の面倒見てるぞ」

「え、じゃあ、助けるか?」

 銃声が連続で鳴る。教会も異常発生を告げるように無秩序な鐘の連打を始めた。

「初陣か!?」

「おお、ぶっ殺してぇ!」

 部下達が騒ぐ。

「指示するまでやられない限りはやり返すな!」

「ああうるせぇ糞坊主め。礼拝でも糞うるせぇってのに、死ぬときゃ静かにしやがれ」

「持ち場どうする。小隊長いないしな、中隊長以上は……宮殿か?」

「出んなら行こうぜ。ほっといても拝天殿なら壊れねぇだろ。工兵一個師団はいるぜこれ」

「宮殿の隊に伝令飛ばすか?」

「歩兵に? 徒歩連中のノロマなんかあてにすんなよ」

 急行するか相談していると、肋骨服で骸骨帽のカラミエ驃騎兵がやってきた。片眼鏡が西側風の洒落風味。

「諸君、暴動を鎮圧する……その死体は何だ!?」

 エデルト、セレード軍との人事交流の一環。それから両軍共通語としての軍隊エデルト語の教育係。軍法を無視どころから学ぶのも面倒臭がるセレード兵にその伝統を馴染ませる目的でやってきている軍大学校生の第二一小隊長殿である。彼は下級将校として十分実績を積んでいる人物なのでまあまあ、おっさんである。エデルト人だと乗馬が下手、馬が変だとかくそみそに馬鹿にされるのでカラミエ人くらいしかセレードの騎兵科には送られてこない。

「マシュヴァトクの爺だって、だよな」

「遺体はマシュヴァトク卿で間違いありません。面識があります」

「マシュヴァトク卿!? 主犯だぞ!」

「おお、お前、大将首だってよ!」

「マジで!? すげぇ俺!」

 小隊初の大戦果を上げた部下が諸手を上げて喜び、仲間達に祝福にどつき回される。

「何故殺したぁ!」

 着任当時の小隊長殿は西側の紳士風だったが、相次ぐ相棒を筆頭にする部下達の自覚が有る無いか分からない命令違反の数々を前にその仮の姿は捨てている。気取っていた頃は皮肉交じりに喋って、言葉が通じても会話が通じなかったことなどが懐かしい。

「逮捕しろぉお!」

「怒っちゃいやよ」

 遊牧系の子弟は同じ遊牧系の実力者じゃないとなめて掛る。相棒はポロヅェグ氏族長の息子なので尚更である。それから尊敬の仕方もカラミエ人、軍人には理解し難いと思う。

「君、状況を説明したまえ」

 小隊長とは一番に会話が通じる自分が意思伝達の仲介を担当するのが通例。

「はい。警備活動の一環で、拝天殿頂上で怪しい行動を取る人物にまず威嚇射撃と警告をしました。聞く素振りも無いため、銃だと手足が千切れると判断して弓射での鎮圧、逮捕を試みて成功しましたが転落死しました。それで遺体を確認したところマシュヴァトク伯爵エンチェシュ=バムカ・アーショーン・クンベルサリと断定しました」

「何で撃つんだよ! 撃つなよ! 非武装だろ! 成功じゃないだろ!」

「は。えー、有効射程距離だから、ですかね」

「軍は殺し屋でも通り魔でもないんだよ! 国王と国体、国土と臣民に財産も守るんだよ! 無闇矢鱈に殺すんじゃないんだよ!」

「国王って誰だよ、トミル親王か?」

 トミル親王。エデルトのアルギヴェン家へ嫁いだ昔のセレード王女で、前ドラグレク王の母后。勿論存命ではない。

「えー、次から気を付けます! それで暴動は?」

「ぅぐぐ……鎮圧する」

「はい。お袋が俺らの活躍をお聞きになるぞ! 誰だろうが敵は皆殺しだ! 行くぞホゥファー!」

『ホゥファー!』

 文盲の仲間達を乗せる方法は大体こんな感じである。大頭領シルヴ・ベラスコイ・ヴヴァウェクこと”親父”ならぬ”お袋”の名を出すのだ。

 第二一小隊は小隊長を先頭に教会と僧院双方が並ぶ地区まで急行。人だかりは拳銃の威嚇射撃で解散。

 現場に通じる大通りに出れば、門が爆薬で吹っ飛ばされた教会、火矢を窓に撃ち込まれて火の手が回り始めた僧院。子供の泣き叫ぶ声が建物の中から若干聞こえる。

 双方を包囲するのはセレード人達。服装は好き好きの階級章無しばかりで少なくとも正規兵の恰好ではない。馬は少なく都市住民が中心か? 青旗を掲げる正体不明の武装するその暴徒の数はざっと、大通り側の主力だけで五十くらいか? こちらは小隊総数二十一名。

「てめぇ汝らくそったれ。ぶっ殺して聖なる教義に則り埋葬して祖先に会えなくしてやる!」

 別の紛争に発展しそうな罵倒を飛ばすウガンラツ司教を筆頭に、聖職者に修道の男女が小銃弓矢で屋内から籠城に応戦。昔から神聖、蒼天教徒間で揉め事があれば殺人、焼き討ちが頻発していたので備えは良い。

 暴徒は破れた門に対しては荷車を盾に、人力で押して突撃部隊が突っ込もうとしている状態だった。

「二一小隊突撃隊形! 二一一分隊、小銃構え! 二一二分隊は発砲に続いて突撃!」

 こういう時ならば刀を振り上げる眼鏡小隊長の指示は聞き届けられる。

 銃騎兵の我が分隊はその通りに動き、少し間隔を空けて前衛になって横隊整列、銃口を馬上で揃え、

「撃て!」

 一斉射撃。銃弾銃煙が噴いて暴徒の側面を叩き、複数人を倒す。腕ぐらいなら千切れる。指示外だが、後衛の二一二分隊が弓矢にて適宜射撃を自由に加えるのがセレード騎兵流。

『ホゥファー!』

 続いて槍騎兵分隊である二一二分隊、遊牧系でありほぼ文盲で深く考える頭が無い代わりに自分が死ぬとか考えることもない浅慮が故に勇敢な、相棒の部隊が後ろから我が分隊の隙間を縫って前進。距離を詰め、拳銃一斉射撃の後に暴徒を槍で刺して馬で踏み潰しながらその集まりを横断、突っ切る。とにかく集団を切り裂く。

 そして二一一分隊は槍騎兵に続いて前進。先行した仲間の尻に矢を入れないように自由に弓射しつつ、突撃でバラバラになったが生き残っている暴徒達へ適宜抜刀、拳銃攻撃。”食い残し”を始末。

 小隊長は回転式拳銃を持って連射しているのがちょっとうらやましい。あれ欲しい。我々の使う銃は一発限りの先込め式で、今拳銃で暴徒を撃ったが外してやり直しが利かない。

 銃騎兵の一斉射撃後、槍騎兵が傷ついた殻をこじ開け、残敵を銃騎兵が掃討。現在の騎兵突撃戦術の基本となっている。

「二一一分隊は教会! 二一二分隊は僧院周辺の敵を掃討せよ、散開!」

 これもまた指示通りに動いて暴徒を殺していく。教会、僧院からの支援射撃付きなので思ったより楽勝。刀を振り上げ、馬を走らせ通り抜け様に暴徒の頭を帽子越しに叩いた。

 固い、滑る、引っ掛かるけど離さないように握り、馬の勢いで切れ口を広げて刃先が抜ける。

 殺したかどうか振り向いて確認してしまった。そんなものは後続に任せろというのが教えだが、初めて動物ではない人間に一撃入れたのだ。見ずにいられなかった。倒れたのは間違いない。真後ろの部下が弓射、眼前を矢が過ぎていった。

「分隊ちょ前!」

 前に向き直れば、銃剣付きの小銃をこちらに向けていた暴徒が矢を胸に受け、空を撃って倒れたところ。後ろを向くなとはこういうことだ。

「宮殿占拠された! 二一小隊はいるか!? 宮殿占拠! 二一小隊、指揮官はどこか!?」

 同じ右翼大隊の、歩兵部隊が出した伝令がこちらに到着して大声を出している。

 教会を回りつつ、窓に見える聖職者から暴徒の位置を教えて貰いながら残敵掃討。死傷した部下と馬を集めて整理しながら、鎮圧した暴徒の生き残りに縄をかけて馬で引き摺りながら小隊長のところへ各自集結。

「宮殿を占拠した者は誰か?」

「帝国連邦への加盟を宣言していることまでしか」

「宮殿の状況は?」

「内側へ既に敵が乗り込んでいて、籠城です。中にいたエデルト人は一部が人質、一部は首吊りで晒されてます」

「簡単に行かんな」

 小隊長と伝令がやり取りをしている間にこちらは尋問。捕虜を並べ、適当に選んだ一人へ相棒が、膝の皿の裏に短刀を滑り込ませて半回転捻り。これは痛い。

「何だお前ら?」

 流石にセレードの同胞、拷問では簡単に口を割らなかったが自らの大義名分は直ぐに明かした。蒼天党を名乗り、尚且つ我々に同志になれとまで言ってきた。この状況でそれが言えるとは本物か。

 蒼天党の者の言葉を聞けば明確に神聖教会を敵視した上で蒼天の神を奉じ、バルハギンの栄光を語る。大半のセレード人には受けが良いだろう。特に遊牧系。

 彼等はいわゆる急進独立派であり、昨今のセレード自治権拡大だけでは満足出来ず、エデルト人王ではなくセレード人王を擁立しようという者達である。シルヴ大頭領からは反乱分子と指定されている連中だ。彼等が後援を期待している帝国連邦だが、現状では支援している様子は無いと聞いている。

 小隊長が一時、拝天殿から離れていたのはうんこではなく、連隊本部の伝令からセレード各地で武装蜂起があったと連絡を受けて確認に向かっていたためだった。一言こちらに喋ってからにして欲しかったが、どうやら相棒がその一言を受けていたがさっぱり忘れてしまっていたらしい。たぶんいつもの口喧嘩になって何やら曖昧なままに二人共済ませたと見える。

 軍はこの武装蜂起を、蒼天党の乱と名付けたらしい。小隊長から伝令文を見せて貰ったらそう書いていた。

 しかしこいつら、まるで蒼天の神を奉じる者達を代表するような名乗りである。お袋を尊敬せず、少数派の癖に多数派を偽装するような名乗りなのだ。大層気持ち悪い。むかついたので初めに”蒼天党”と口にした奴の口に爪先突っ込む蹴りを入れて前歯を折った。

 相棒が肘で突っついてきた。

「お前の兄ちゃんに、これどうなってんだ? って聞いてみろよ」

「うるせえ! 関係ねぇ!」

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