第367話「決戦また決戦」 ベルリク

 我が国外軍はイバイヤース・ロシエ連合軍とルッコ川を挟んで睨み合いが続いている。大規模な正面衝突を起こすには川が大きく障害になっている。双方、目の玉が見える距離に近づくまでそれなりの準備が必要。

 ルッコ川を制しているのは現状、イバイヤース軍の河川艦隊。中、下流域に展開していてこちらは敵艦艇を排除しないと渡河不能で、あちらは渡河作業を容易に行える状況にある。偵察により既に大量の船舶、艀建材が確認されている。連合軍には術使いもそれなりに揃っていると思われ、氷結架橋もその時が来たら行われるだろう。

 敵河川艦隊はほぼ旧式大砲装備であり射程は短く、こちらの新式大砲で陸上砲台を設置して撃ち込めば撃沈は難しい話ではない。ただ砲火力は別方面に回しているのでこれは――大規模な一掃作戦はしないが個別に狙えたら狙う――後回し。

 西岸にいる敵連合軍は現在、総勢十万を数えるような大軍である。しかもあちらには猛烈で有名なアラック王レイロスがいるらしい。それでもまだ攻勢に出ないとはまだ工夫が足りない心算らしい。何かを待っているのは明らかで、増援部隊が来ることは確実。

 待てば不利か? そうならこちらから無理攻めをした方が良いか? だが流石に策も無しに五万の兵力で渡河攻撃は無謀。無理に成功させたとしても後が続かず、少ない兵力を補うように火力戦を大々的に展開すれば弾薬が尽きる。制海権は明確にロシエが握っている現状、海上補給は望めず陸路補給頼りなので攻勢は辛い。

 各地の戦況。

 ナルクス軍は現在ルッコ川河口のラスタチナ市、東岸部を包囲、攻撃中。単純に旧式装備のハザーサイール式軍だけなら今までのアレオン人虐殺の流れから簡単に勝利を掴めそうなものだが、そうはいかない。ラスタチナ守備隊にはロシエ兵が混じっていて守りは堅固である。

 ロシエの理術装備は我々と戦うことを想定した力強さがあった。

 まず磁気結界。銃弾を真反対とは行かずとも逆方向にある程度反らす。砲弾は反らすとまではいかずとも失速、結界手前で落下してただ地面を抉る。常時展開しているわけではないが肉眼では観測不能。展開時でも隙があって砲弾を叩き込むことも可能だがほぼ防がれているも同然。防御施設を破壊するような射撃はその前提での猛烈な弾薬消費と引き換えになっており現実的に不可能。龍朝天政との戦いのような極大的な砲火力集中が出来たら叩き潰せそうだが、軽量快速の国外軍には難しい話だ。

 次に理術砲兵。ロシエの新式大砲の砲弾射程は大体こちらと変わらず互角。弾着修正はこちらより下手糞。しかしその上で術で砲弾を加速して射程を伸ばしてくるので射程では、重砲抜きでは負ける。

 術砲撃はシルヴの真似であるが厄介。これについてはロシエの技術が上回った。こちらでも定型魔術化出来ないか研究中だが、施条に回転して発射される砲弾の加速と安定は職人芸の領域と今は言わざるを得ない。旧式砲弾なら容易なのだが。こう、捻じれが今一つ。

 それから新手。大規模ではないが四本腕の虫人奴隷騎士も守備兵として若干名がおり、弓矢にて音も無く夜間など視界が悪い時に飛ばし矢で射かけて来るのだ。小銃以上大砲以下のその射程は痒い所に手が届く嫌らしさで非常に戦いづらい。大砲と違って発砲光も無く、簡単に闇夜へ姿をくらまして逃げるので反撃も出来ない。

 夜襲対策は既にある。予め敵出現予測地点を割り出しておき盲状態でもそれなりの効果が期待出来る緊急防御射撃だ。だがしかし成果に見合わない。敵は小勢で分散しているようで、何度か行ったが身体の破片は見つかっても死体は回収しているため効果も算定出来ず、獣避けに爆竹を鳴らすような砲撃に限られた。

 やられっぱなしではない。塹壕を横に縦に掘り、地下坑道を掘り、退避壕も作り、壕内路に住環境を整える。敵の砲撃では容易に崩れない陣地を造りつつ前進を続ける、砲兵と狙撃兵が常に敵を狙い撃って敵の頭を抑える。受け攻めが慢性化にしないようにナルクスは対処。

 ラスタチナ市の攻略は現状のナルクス軍だけでは困難と判断したので攻めから牽制へ徐々に方針変更。防御陣地の全線強化のために部隊を少しずつ抽出して南、ラシージ軍が強化している陣地へ追加。ラスタチナ方面には後から戦力を投入する当てがあるので即時の陥落は諦めた。勿論、方針転換は悟られないように攻撃は続行。

 ラシージ軍は川の中、下流域で防御工事中。ナルクス軍の陣地とも接続完了。担当する戦線は長いが敵に嫌がらせをさせる余裕は与えない。兵力が劣っていても機関銃と大砲と狙撃兵が不用意に近づく敵兵を殺し、敵艦を沈める。

 それに加えて久し振りにラシージの名人芸が見られるかもしれない。グラスト魔術戦団も総動員しての集中工事、大規模である。

 キジズの骸騎兵は上流で水深、地形調査しながらイバイヤース騎兵軍と散発的に戦闘中。相手は騎兵主体であるが歩兵も砲兵も数が揃っているので強引に打ち破るのは困難であるという。まずはこちらの防御陣地が整うまで側面を無防備にせず、作業に集中出来れば良い。今は小銃性能、毒瓦斯火箭、射撃戦法で数の不利は補えているという報告が上がっている。

 これらで一応はルッコ川防衛線を構築している。この三軍の地点、どこにでも駆け付けられるように、そして何時でも後方のトゥリーバル軍へ対処出来るように自分と親衛隊等が待機。

 敵か味方かも分からぬトゥリーバル軍はダーハル殿が説得中だが経過報告では命令拒否状態が続いている。ハザーサイール軍が後背に到着するか、我々が敵連合軍相手に劣勢になるまで態度を決めないという不誠実さを見せている。ダーハル殿とは最終的解決方法については色々と決めてある。

 ニリシュ軍はエルジェ要塞を包囲中。こちらはラスタチナ守備隊のように頑強ではないが、道の狭い半島地形なので進軍が遅々としており、何より湾内にいるイバヤース軍の海上艦隊が艦砲射撃で妨害しており、そちらに砲兵が差し向けなければならず攻城戦に集中出来ていない。

 それに加えてルッコ川より遠い西側、ミグニア市方面から飛行船艦隊が何度も飛来しては金属製の投下矢を繰り返して投下、航空攻撃を行っている。悪い中の良い報告としては、飛行船の数が少なく出撃頻度も同様で、投下矢自体の命中率が悪いことと、空飛ぶ船体が海風に煽られると簡単に撤退すること。そして悪い中の悪い報告は、攻撃次いでに沖合に光信号を送っているとのこと。ロシエ艦隊との連携が密に行われているわけだ。

 飛行船に対する対空砲撃だが、現状無駄弾と聞いている。弾着観測が出来ないから修正困難で、榴散弾炸裂高度の調整も相手の高度が一定ではないので困難。馬より早く移動しているのでそもそも照準が付け辛く、進路を予想して一斉射撃しようにも飛行船は転舵する。それに相手は高いところから見渡しているので砲兵の位置、姿勢が丸見えで攻撃予測がされてしまう。

 悪い報告に追加。アレオン湾沖合にロシエ艦隊と見られる煤煙が見えた。


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 伝令から悪い報せと良い報せが来た。

 悪い報せはロシエ艦隊は沖合に留まらず、こちらへ直行していること。エルジェ要塞への支援は確実。ロシエの海兵隊が上陸して増強されたら守りは相当固くなるだろう。悪い中の良い点があれば、エルジェの北岸部は崖で上陸出来る地形ではないことか。湾内に回り込むまで時間が掛る。

 良い報せはカルタリアを落してこちらに向かっていたストレム軍が到着したことだ。夏に毛を剃ってまた生えて来た毛象が大砲を良く引っ張っていて足が速い。

 ストレム軍の配置は既にニリシュ軍の砲兵が選定してある。砲台の建設から湾内目標物毎の仮諸元の算出まで行われていて即座に砲撃するだけの準備がされている。軍を跨いで作業分担、素晴らしい。目標はエルジェ湾に居座る海上艦隊。

 発射薬を最低限にして砲身寿命を延長する減圧射撃法から始まる移動弾幕射撃が開始。ニリシュ軍の動きに合わせて動いていた敵艦隊は初弾を受ける。

 鋼鉄でもない木造帆船、櫂船が木片散らして弾薬庫に引火して水柱と共に爆沈を始めて射程外へ逃げ始める。宙に舞った燃える破片を浴びて火災のまま逃げる船も見える。

 そして敵に安全距離を誤認させる射程欺瞞戦術にて射程延長を中止し、届かないふりをする観測射撃で仮諸元から実用的な諸元を得て調整し、準備の遅い重砲の射撃用意が整う。

 海上艦隊は安全圏と判断した距離を取り、艦隊の再集結と再編。小型艦艇が溺者救助を始める。

 とどめに、信号統制式同時着弾射撃で回避行動を取る前も再編中の敵艦隊最後列側から後退する移動弾幕射撃が開始。要塞を砕く重砲弾が爆沈する木細工の嵐を起こす。恐慌状態に陥った残存艦は散り散りに逃げ始め、一度は散開してから一方向を目指す。ストレム軍の砲兵から一番遠い場所、エルジェ湾口を目指して逃走し始めた。

 丁度、ロシエ艦隊がエルジェ湾へ突入を始めた時だった。これは幸運か、ニリシュから報告を受け取ったストレムが仕掛けたか。後で聞いてみよう。

 イバイヤース軍の海上艦隊とロシエ艦隊がエルジェ湾の入り口で鉢合わせする。狭すぎる水道ではないものの、座礁を避けて岸から離れて航行すれば大体頭がかち合う。ロシエの軍艦は被害担当に大型の鋼鉄艦を先頭に立てており、早く湾内に入ってしまいたいという意志から増速していて回頭が難しく、そして一心に逃げたいと操船される木造船を衝角で粉砕、撃沈した。元は敵同士、そこまで仲良くない上に緊急事態とあれば何を避ける必要があっただろうか。

 鋼鉄の蒸気機関の煤煙を吐く艦隊列は突進し、砕けて藻屑に成り始めた船を踏み潰し、暗車や外輪で掻き回して破片も溺者も波に沈める。一方的に踏み潰されるのを良しとするほどサイール魂は低温ではない。衝突を避けた艦が糞野郎と砲撃をロシエ艦に加える。混乱は続く。

 エルジェ要塞救援の海上戦力が同士討ちをしている中、ニリシュ軍はストレム軍から強力な砲火力支援を受けて突撃を開始したが、直後に降伏。

 イバイヤース海上艦隊とロシエ艦隊の混乱へ付け入るに十分。エルジェ要塞を占領したニリシュ軍は直ぐさま要塞の大砲と、自軍の砲兵を動員して双方の艦隊に対して砲撃を開始してとどめを刺しにいった。

 ロシエ艦隊は流石の鋼鉄製か損傷しながらも反転して沖に逃げ出した。

 イバイヤース海上艦隊はほぼ壊滅。撃沈を免れた少数の残存艦艇は海路も諦めて近場の浜や岩場に座礁してまで乗り上げて逃げた。

 エルジェ要塞を奪取。これにより湾口と湾内を統制出来るようになった。これによりラスタチナ市へロシエ軍が直接上陸、弾薬補給して増強されるという事態を防いだ。相手の海上補給線はその後方、ラルバサ州州都ミグニア市に限られることになる。これは大きな一歩。

 しかしエルジェ要塞は正面での出来事ではない。あくまでも補助、一局面。

 こうしている間にも海路でミグニアに上陸してから陸路でやってきたロシエ軍三万がルッコ川西岸に到着して布陣を開始。エルジェ要塞はあの陸路からの増援を防げるわけではない。湾を挟んで対岸の陸上戦力に砲撃を加えられるような射程は重砲にも存在しない。

 後の報告。

 ニリシュ将軍からエルジェ要塞に関して。降伏すれば身の安全は保障すると宣言して、重砲射撃を加え、そして毒瓦斯攻撃予告を出して突撃発起した直後に守備隊は白旗を掲げて降伏したとのこと。捕虜は正直に殺さないで後送手続きに入る。

 ストレム将軍から艦隊衝突に関して。ニリシュ将軍の報告から可能性は頭にあったが、どちらにせよ戦闘不能に至らせる砲撃は予定していたとのこと。えらい。

 二つの報告はエルジェから伝令が走り、ナルクス軍の陣地の電信所に到着し、そこから発信されてこちらへ入電。全線開通はまだ先。


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 飛行船が三隻、艦隊を組んで上空に見える。投下矢は命中率こそ低いが脅威であることには変わらず、その進路から移動しなければならない。全く非常に気に入らない。

 ニリシュ軍からの対空砲撃により砲弾無駄撃ちの結果は聞いている。対抗するためには高角度を取れる専用砲座に据える高速砲弾を放つ大砲を絶好の場所に無数に配置する体制が必要。それともあれだ、射程が大砲並にある大口径機関砲。いずれにしても地上からの撃破は新兵器開発の手間がいる。

 こちらでは以前から気球の砲撃による破壊は研究してきたが、あれより難しく上手くいかない。龍朝天政軍に竜を撃ち殺されたような、小銃兵による一斉射撃も銃撃射程より高度を高く取ることで回避されてしまっている。

 実は神聖教会から飛行船の構造については情報がもたらされている。聖女ヴァルキリカがロシエに対してぷんすか怒っているのがこれからも分かる。可愛いかもしれない。

 飛行船に浮力を与える気嚢部分だが、これは焼くことは可能だが防火処理が施されているので並の火勢ではいけない。具体的には火矢をちまちま刺した程度ではさしたる効果は無い。また隔壁構造になっていて一つ穴が開いたら軽い空気が全て抜けて墜落、なんてこともない。それから船体だが軽量化に重点が置かれて強度は最低限であり、武装は精々が小銃程度が限界で水上船のように大砲など乗せられたものではないということ。

 まずは飛行船艦隊の通過を見送る。こちらに対して航空攻撃を行うかと思いきやそのまま通過……そしてトゥリーバル軍の上空へ到達し、反転、こちらに船体側面、大きく描かれたロシエ帝国旗を見せて旋回、反転、帰還へ。偵察かそれとも伝令か? 裏切れとせっついたか。ここで裏切ったらトゥリーバル軍は事実上敵中孤立。そんな度胸が奴等にあるならとっく動いている。

 飛行船艦隊を待ち構える竜跨隊がグラスト術使いの術による上昇気流を受けて急上昇。飛行船の高度まで上がるには時間が掛る。

 飛行船艦隊は竜跨隊と接敵しないように針路を変える。そこで待ち伏せの更に別の竜跨隊が急上昇。更に飛行船艦隊は針路を変える。彼等には対空装備などほぼ無いのだ。あったとしても跨兵の経験から我々は知っているが、空中から目標へ銃弾を当てるなど余程の妙技の持ち主でなければ不可能であること。

 飛行船艦隊の針路は南へ向かうように誘導してある。原理は単純、北側から上昇していった。

 そしてアレオン山脈側に伏せていた竜跨隊の中でも若くて軽い者が針路変更などで相手が手間取っている間に高高度を確保して下降して速度を得て飛行船に飛び掛かる。難しいことはせず、気嚢に迫って爪を引っ掛けて切り裂き、骨を圧し折る。この戦法専用の軽量鎌のような武器があったら良かったが、無かった。重い武器は機動力を削ぐ。

 高空から獲物を見つけて急降下、全力疾走で逃げる四足獣や水面に上がって来た鯨類を脚で捕らえる若い竜に出来ない仕事ではない。出来れば乗っているグラスト術使いが一撃入れて轟沈して欲しかったが、荒れる急下降や姿勢制御にバタつく翼を前にそんなことをしている余裕はない。命綱付きでもしがみ付くのがやっとだろう。

 飛行船の本体はその下部でどうにも爪では襲い辛く撃墜には至らない。機を見て”火の鳥”放った術使いもいたが激動の中では当たらず空振り。

 気嚢が損傷して空気が漏れた分は浮力を失い、飛行船は高度を下げて脚荷水から荷物から、中には人まで落ちて途中で落下傘を開き、下降を防ぐという涙ぐましい対策が取られる。

 飛行船は鈍足に、高度を下げて足掻く。まるで空中で溺れているようにすら見える。そして陽動に、先に上昇していた少し年嵩の竜跨兵達が追い付き、また更に待ち伏せしてた竜跨隊が上昇して射撃開始。

 竜跨隊の射撃は難しい。相対速度からの命中性の低さもだが、羽ばたいている最中の翼、ある程度抑えても上下してしまう頭と尾が邪魔になる。これを誤射すると落ちて心中してしまう。

 並の――跨兵の時点で名人しか選ばれないが――技なら、飛行船の背後について竜が頭を下げた時に小銃で撃つ。相対速度は背後を取ることで補うも、降下中の高速度以外では追い付けずすぐに離される。先回りに成功し、尾が下がった時に撃ったり、背中を飛行船側に向ける横移動しながらある程度撃ち続けることも出来る。しかしこれで気嚢に幾つ穴が空いただろうか。致命打とならない。

 達人の業なら竜に背中を掴んで貰い、吊り下げ状態で上方から射撃を続ける。高位置の力を用いれば同高度より当て易く、時間も長く取れる。小銃だけではなく弓矢に擲弾矢を番え放って気嚢に突き刺す技は、矢が風に乱れるので流石に飛行船正面に回り込んで自己に向かってくる時しか機会は無かったようだ。

 さて僕らのアクファルちゃんはどうやってるかなぁと見てみた。クセルヤータの手の下にぶら下がり、飛行船の上方を取って飛んで!? 気嚢に飛びついて、繋がる命綱を引き寄せる。クセルヤータも全力で羽ばたいて加速、グラスト術使いも風の魔術で応援。そして竜の身体をしがみ付かせた。飛行船はその重さに高度を下げる。

 あんな曲芸……速度差と高度差さえ気を付ければ出来ないこともないんだろうが。

 アクファルはそれから気嚢伝いに下がって、船体に飛び込んで、また出て来て上り、クセルヤータに掴まって飛んで脱出。

 撃墜は結局、アクファルが空中接舷攻撃をやった一隻だけだ。残る二隻はルッコ川の向こうへ乗員を捨ててまで逃げ去ってしまった。尚、落下して脱出した乗員は可能な限り捕縛させたが、決死の抵抗が多くて半分以上は殺すことになる。

 他所の様子。

 エルジェ要塞にはストレム軍が配置について重砲も設置した。これで湾口封鎖、湾内制圧が出来た。ただ損害を無視してまでの、先程あったような突入は阻止出来ないだろう。もう一度行ったら二度とそんな真似はさせない損害は与えられるだろうが、一度は機会があると見て良い。補充があれば勿論二度目がある。ロシエがそこまで艦隊への損害を甘受出来るかは知らないがその衰弱は、今は無傷の魔神代理領艦隊の優勢に繋がる。ならば、冒険をしても一度か。

 エルジェ攻めを終えたニリシュ軍は川沿いへ戻して東ラスタチナの包囲に参加させる。海上の脅威も取り払ったので沿岸部にも遠慮なく配置が出来て圧力が強まる。

 キジズ将軍から伝令。アレオン山脈を越え、ルッコ川東岸へ軽装の黒人軍到着したとのこと。ただし隊列は伸び切って全力発揮可能な状態ではないそうだ……敵が待っていたのはこれか? 指示で返す。敵の攻勢が始まるようなら東へ退避、これでも動かなかったらいつでも退避出来るように黒人軍を攻撃。ただし追撃など深入り不要。

 飛行船の目は我々より早くこの山脈越えを察知していたに違いない。不完全だがしかし、我々は奇襲を受けたに等しい。

 これを機に一気に西岸の敵連合軍主力が動き始めた。防衛線伝いの電信があっという間に伝えてくれる。

 イバイヤース軍の下流にいる主力、中流にいる装甲機兵含むアラック軍と少し前に到着したアレオン軍、上流にいる騎兵軍、合計は十二万以上、十五万以下といった陣容が動く。河川艦隊の水運支援の下、用意された船舶と艀に凍結渡河の術で一斉に渡って来たのだ。

 渡河のため、こちらの戦力撃破ではなく妨害、威嚇のための砲撃でその渡河戦力の頭上を超越して砲弾を送り込んで土煙を上げている。ラシージが築いた防御陣地は西岸からの砲射程外にあるので損害はないが、水際防衛は封じ込められたし、何より渡河に不安がある者達を勇気付けるだろう。少なくとも無防備なところに騎兵や何やらが突っ込んで来ることはないと。

 今繋がったばかりのエルジェ要塞からも電信到着。損害を受けたはずのロシエ艦隊がまたもやエルジェ湾再突入を開始しており、後続には今まで姿が無かった上陸艇と輸送船団含むとのことである。飛行船が信号の仲介をすれば容易そうである。

 空の偵察と伝令が繋いだ、山と海の両翼からの奇襲、川を渡る巨大戦力。ロシエの陸海空の戦力が華麗な連携を見せてくれている。参考になる。

 ルッコ川東の防衛線はラシージ軍が強化し、ナルクス軍が余剰兵力を送って固めてある。多重の塹壕に砲台、新式の機関銃座に鉄条網も有り、グラスト魔術戦団も配置。やることは一つ。

 グラスト魔術戦団から極東作戦時に連れ立った小銃、騎乗訓練を受けた騎兵隊を抽出して共にトゥリーバル軍を襲撃するために反転、前進!

 一気に衝撃的にぶちかます。

 親衛一千人隊、イシュタム獣人奴隷騎兵隊、グラスト騎兵隊は広域にほぼ一列の横隊に展開。親衛偵察隊は後方予備。

「化学戦用意!」

 人馬、防毒覆面を装着。トゥリーバル軍の宿営地、警戒部隊は生意気に重厚なそこへ毒瓦斯弾頭の翼付き安定火箭を一斉発射して撃ち込んで混乱させる。彼等にまともな防毒装備が無いことは確認済みである。

「前進、各個に射撃!」

 騎乗したまま銃撃を繰り返しながら警戒部隊を抑えつける。

「機関銃隊前へ!」

 機関銃騎兵隊が前進、敵を十分に射程圏内に捕らえてから反転して車載機関銃を構えて連射。敵を一掃する。その間にも騎兵は馬上や高台、少しでも高所を取って小銃射撃で狙撃を続ける。

「毒瓦斯火箭発射、目標宿営地内!」

 そうしている間にも毒瓦斯火箭第二斉射準備を整え、宿営地に撃ち込んで混乱させる。

「前進、各個に射撃!」

 そして機関銃支援の元に騎兵隊前進、変わらず銃撃を繰り返して敵を一掃。

「機関銃隊前へ! 突撃準備!」

 同じく機関銃騎兵隊が前進。宿営地への突撃準備を行う配置に付く。

「攻撃縦隊! 術用意、風で毒瓦斯を流せ!」

 宿営地を隙間なく蹂躙出来るような縦横に厚い隊形を取らせ、グラスト術使いが集団魔術で風を起こして毒瓦斯を払う。これは同時に弾着地点より奥にいる連中に少し毒瓦斯を嗅がせて目鼻を軽く痛めつける効果もある。

「化学戦用意解け、突撃喇叭を吹け!」

 人馬の覆面を取って呼吸しやすいようにしている間、喇叭手がけたたましく演奏。

 そしてダーハル殿に付き添われたトゥリーバル軍の、イバイヤース皇子の指揮官代理が白旗を持ってやってきた。

 手間を取らせてくれる。

 降伏を確認し、武装抵抗の中止が徹底されるまで少し掛かる。川の前線ではもう脅威が迫り、まとまった戦力は渡河した後だろう。

 トゥリーバル軍が以降、ダーハル殿の指揮下に入ると確認された。また飛行船から受け取った通信筒には”総攻撃に同調せよ”とのイバイヤース皇子直筆署名付きの内容だったと確認される。思惑通りなら戦術的に四方包囲という戦史に並み居る愚将でもそうそう遭遇しない事態となっていた。

 一応盤面を一つ引っ繰り返したわけだがトゥリーバル軍は今の攻撃で混乱しており、指揮官交代も周知に時間が掛るので再編まで使えない。後はダーハル殿に任せてまた反転する。

 骸騎兵からの伝令。山越えで東へ後退し、孤立状態から逃れたとのこと。まずは良し。


■■■


 各所より発信、後方連絡線上にある中継所から伝令が走ってまだ前線に到着しないこちらへ報告が来る。

 一つ。エルジェ湾に突入したロシエ艦隊が護衛する船団から海兵隊が強襲上陸。上陸専用舟艇による初期投入戦力が多く、先陣を切る多脚装甲兵器が強力で水際阻止失敗。ニリシュ軍とストレム軍の間隙へ入り込んで分断を図ったとのこと。

 エルジェ要塞から砲撃を受けながら上陸支援とは被害覚悟で相当気合が入っている。尚、砲撃戦の途中経過だが当然不沈の陸上砲台が優勢。

 二つ。東ラスタチナの守備隊は一斉渡河した連合軍主力と共に攻勢へ出たとのこと。東ラスタチナ周りの圧力が強いか?

 三つ。下流域の防衛状態。イバイヤース軍の突撃は鉄条網と防盾付きの機関銃と大砲により阻止中。挽肉山盛りで死体が土嚢になって進撃が鈍り、優勢とのこと。うるさい奴隷騎士の矢もこの激戦の中でちまちま飛んで来たところで数える程でもないとのこと。

 四つ。中流域の防衛状態。ロシエ軍の突撃には金属弾が通用せず。射撃が通じない。強い磁気結界装備の突撃部隊が先頭になっており、薬缶投射砲による毒瓦斯地帯も防毒覆面装備で防がれた。それでも覆面装備の弊害、呼吸の辛さから全力疾走は防いでいて足枷にはなる。

 五つ。上流域の敵状。イバイヤースの騎兵軍は難なく渡河して防衛線側面に向かう。黒人軍はこちらを高所から望める山岳地帯に上り始めており、次の行動に備えている模様。

 六つ。飛行船艦隊が渡河に合わせて上空に出現。竜跨隊でも対処不能と思われる高高度を飛行中。命中率は恐ろしく低下するだろうが、安全な圏からの航空攻撃を実施する模様。

 陸海どころではない。陸海空共同の同時多正面攻撃である。頼れる仲間達がいなかったら逃げているところだ。

 電信からの情報を頼りに部隊分け。

 東ラスタチナ方面にはグラスト騎兵隊を派遣。あちらは術戦力に乏しい。

 中流域には親衛一千人隊、イシュタム獣人奴隷騎兵隊を派遣。それからトゥリーバル軍は準備出来次第そこへ来るように伝令。

 親衛偵察隊は上流域側の防御陣地側面へ配置。

 中流域の戦闘に参加する。磁気結界の性能はロシエでの戦いで経験した通りに金属弾を受け付けなかった。その代わりに敵が持つのは槍と弩で、その矢がこちらの塹壕戦に届くまでには至っていない。対策も無ければ金属装備を投げ捨て、薪雑棒や石を持ち、徒手空拳で戦うところだがそんなことはもうしない。親衛一千人隊と獣人奴隷騎兵を配置させたのは理由がある。

 下馬弓兵達が放つのは石を削って作った鏃の矢である。まるで古代、金属もまともに持っていなかった粗放な祖先の如き武器だがこれが通用する。非金属の矢は強烈な魔神代理領の合成弓によって飛び、革装備の非金属突撃兵に刺さる。倒れる。

 手の内は見せて貰った。対策を我々がしていないはずがない。アレオンでロシエと戦う前提で来たのだ。あちらもあれから工夫を重ねたのだろうが原則というのは大体変わらない。原則に反せずに殺してやるのだ。

 まだある。榴散弾の中身を礫に変えた対磁気結界砲弾。信管調整で敵頭上、磁気結界の影響が薄いところで炸裂。弾殻は金属で弾かれても礫は散弾に降り注いで突き刺し切り刻んで悲鳴を上げさせる。信管調整が多少失敗して目標距離手前で落ちても内部の着火装置は磁気に影響せず点火炸裂。

 敵は理解していると思うが解決に至っていないだろう。非金属部隊は非金属装備しか出来ないが、こちらは金属発射装置から非金属弾を撃てるのだ。これは新しい発明ではない。

 国外軍の装備ではないが、アレオン虐殺で鹵獲した旧式大砲に、ハザーサイールなりにロシエ対策にと用意した石球砲弾を込めて発射する。古いやり方で放たれる石弾は敵突撃兵を難なく潰して転がっていく。鉄と違って脆いので砕けるのが土の地面では難点だが、地表の岩へ当たれば砕けて散弾と化して敵隊列を平に潰す。

 更に、敵に学ぶのが帝国連邦軍である。電信を使い、全防衛線で時間を合わせて行ったのはグラスト魔術戦団による集団魔術からの術妨害。そして妨害と同時行われる通常の榴散弾による移動弾幕射撃と、軍楽隊による陸軍攻撃行進曲の演奏。

 ”俺の悪い女”を掲げる。こいつも大分研ぎ直しですり減ってくたびれた古女房になったもんだ。手に馴染む。柄に指型があるぐらいだ。

「突撃喇叭を吹けぇ!」

 喇叭手が吹奏。

「突撃に進めぇ!」

『ホーハー!』

『ホーファーウォー!』

『ギィイギャー!』

 獣の咆哮も合わさり、突撃兵を先頭、散弾の雨の後に続いて残敵に拳銃弾、小銃弾をぶち込んで殺しながら死体を蹴飛ばして進む。弾薬が節約出来るなら刀槍に棍棒で叩き殺す。

 磁気結界装置が壊れているんじゃないかと叩いている、義手義眼の敵が可愛らしくて頭を叩き斬る。前の戦いの生き残りかな?

 銃弾を撃ち切り、敵突撃兵の死体から拾った非金属の槍を試しに逃げる敵の背中に刺してみると刺さるし、骨も折れる。良く出来てる。穂先は何だこれ?

 何人か刺して、頭を叩き割ってみると穂先も割れた。曲がらずに折れるということはあれだ、靭性ってのが低いみたいだ。長柄の棍棒にしてぶん殴ってみると具合は悪くない。

 楽しい逆襲も終わりの位置に近づく。砲兵隊から警告の信号火箭が飛んで来た。

「後退! 後たーい!」

 榴散弾の射程限界ではない。敵軍の最前列が壊走しただけで続きがいる。

 中流域の二番手は煤煙を吐きながら戦列を組んだ装甲機兵、そして盾を持って鎧兜姿に見える重装歩兵の隊列。あの突撃兵は少数の軽歩兵で、今度は厚みがあって密集率も高い。

 逆襲部隊の後退は砲兵が援護。装甲機兵と重装歩兵が持つ大盾が散弾を防ぐ。貫通し、衝撃に耐えられず転ぶ者がいるがしかし、生で受けるより遥かに被害が少ない。そしてそんなものではな防げない榴弾に変更、隊列が歯抜けに叩き潰され始めるが怯まず前進してくる。壊れた装甲機兵も手早く修理、操縦者の交換が済んで立ち上がってくる。

 装甲機兵の肩に乗る斉射砲が火を噴く。防御陣地に逃げ遅れた逆襲部隊の兵士が細切れに散ってまるで液状化。

 装甲機兵は動きが止まらない。術妨害を受けているのに、である。理術仕様の蒸気機関という話だが、術が無くても一応動くのか? それとも局所的に対術妨害仕様なのか。

 対装甲機兵対策は大砲による直射。通常の野戦砲から軽山砲まで。重小銃による狙撃は損傷が遠目で分かり辛いが、上手く操縦席をぶち抜くと動きが止まるので分かる。そうなると敵は操縦者の死体を引きずり降ろして代わりを搭乗させる。

 重装歩兵は臆せず前進を続け、銃撃、擲弾射撃を繰り返しながら防衛線に接近。鎧兜と大盾をこちらの銃弾は撃ち抜くが、即死のところを重傷、重傷のところを軽傷程度に抑制しているらしくバタバタと薙ぎ倒せるわけではない。流石に機関銃の交差射撃圏内に入ると切断するように盾も胴も千切れるが、そういうところには装甲機兵が前のめりに突っ走って盾となって活路を開き、撃破された後も残骸が障害物になって後続部隊の進撃を助ける。

 ロシエでの戦いでも敵が似たことをした記憶がある。こうして装甲機兵と歩兵が盾になっている隙に出て来るのが砲兵。肉壁、死体の砲眼に大砲が設置されて前進基地と化す。

 計画的に作られた各隊の隙間から砲兵が現れ、防盾に隠れながら直接砲撃を食らわせてくる。土嚢を積んだ機関銃陣地、強化した胸壁も破壊する砲弾を撃ち込んで来る。

 敵味方、砲兵と銃兵が互いの姿を目視確認しながらの撃ち合い。互いの防盾は容易に銃弾で抜けず、砲弾は土を抉って破片を散らす。背壁も万能ならず、それ自体に砲弾が当たって砕ければ塹壕内に破片が散って隊毎潰れる。

 ルッコ川防衛線の第一線、火点が徐々に潰されて抵抗力が失われ、鉄条網は爆薬で切られたり死体を乗せられて潰される。何より装甲機兵が手で千切り引っ張り、足で踏み潰して除去。そうなれば遂に敵の接近を許して白兵戦に至る。

 槍と銃剣で刺し合う。棍棒、円匙、つるはしでぶん殴っては拳銃、散弾銃を撃ちまくって手榴弾を投げ合い、つかみ合いから噛み付き、目潰し、相撲で腕と首を圧し折る。一挙に浸透されたところには火炎放射がされて一掃。しかしその地点は高熱でしばし味方も入れず、焼けた空気に昏倒者続出。

 塹壕に飛び込んだ心算の敵は杭が並ぶ落とし穴に落ちて刺さる。壕内の側防窖室から一方的に撃たれて狂乱しながら死ぬ。

 強引に前進、蹂躙するように踏み潰してくる装甲機兵に決死の打撃爆雷で胸部に穴、操縦者殺害。しかし肩の上の砲手が小銃を手に復讐の射撃。

 第二線への後退は徐々に進んでいた。撤収完了から敵の侵入を防ぐために第一と第二線を繋ぐ通路が爆薬で敵毎潰される。地下通路からの脱出も進む。第二線からの撤退支援の射撃は止まない。

 戦況は劣勢に至り、塹壕を装甲機兵が大股に跨ぎ始める。敵の理術砲兵がこちらの第二線に向けて友軍超過の砲弾を送り始める。高高度からの投下矢攻撃は既に受けた後で、これは狙いが悪くて大した被害は無かった。しかし後方支援要員が突然死するが如きの攻撃は混乱の元であった。

 ほぼ第二線での防衛戦闘に移行した。優先的に後退した砲兵はもう射撃準備を完了しており、第一線を越えて無防備に近い敵を砲弾を薙ぎ倒す。

 ロシエ軍は優勢を確信し、今押し込めばと次々と渡河兵力を前進させて来ている。砲兵戦力も渡し、とどめを刺そうと気合が入っている。

 第二の防衛線へ敵は雪崩込む。装甲機兵も大分損耗したが歩兵に砲兵までも接近戦を恐れずの塹壕と死体を乗り越えてきている。

 そろそろかと思い、指揮所へ向かう。

「ラシージ」

「竜跨隊より通信筒を受け取った中継局があります。今文に起こしています」

 通信手が通電と遮断で作る信号から電文を作成し終わる。内容は敵軍の状況で、上空から見た凡その敵戦力の渡河割合が書かれる。そして既に受け取ってある各部被害報告から現時刻における現在値がラシージの脳内で割り出された。

「各所と連絡が取れ次第実行します。少し時間が掛ります」

「よし、準備に入る。あ、上流の敵はどうだ?」

「最新の報告で合流した骸騎兵と合同で行った牽制攻撃程度で攻撃を諦めている様子です。指揮官狙撃は相当やったと報告にありますが、予備に温存されている様子です」

「そうか。トゥリーバルは?」

「今、ようやく動き出すところです」

「じゃあ次があったら先陣切らせてやろう」

「はい」

 指揮所から出て、高いところ、直接砲撃を受けて潰れた砲台の上に立つ。しぶとく隙もほぼ無く戦列を組むロシエ兵が並んで見える。

 そして帽子を振って目立ってみる。

「ロシエ兵諸君! 私がベルリク=カラバザルだ!」

 フラル発音の下手なロシエ語で言ってやると、少なくとも百の視線がやってきてそれに釣られた視線が更に数千と来る。そしてロシエ語を始めとする怨念の声が聞こえて気持ちが良い。銃撃が集中しているようで足元に着弾、風切り音が耳を掠め始めて笑える。

 敵将首の居場所が早くも伝達された敵の前進速度が、被害を無視して増して来る。これが後方に伝わるまでどれくらいだろうか?

 そう言えば試していなかった秘術式回転拳銃を抜き、両手でしっかりと構え、迫る銃痕だらけで腕も落ちて肩の斉射砲も脱落、砲手の肉塊がぶら下がった装甲機兵の血泥塗りの胸を撃ってみた。前のめりだった金属の巨体が少し下がり、胸に大穴が開いて蒸気と血を盛らしながら倒れた。そしてそれが盾になって敵の放った砲弾を受けて尻に当たる部分が砕ける。

 こちらに直接照準しようとしている砲兵を狙い、撃つ。大砲が跳ね回ってから、防盾に穴が開きひしゃげ、その周りで身体がねじ曲がった砲兵が転がっているのが落ち着いてから確認。拳銃の癖に結構遠くまで狙ったところに飛ぶなこれ。

 それから色々目標を変えて撃ってみる。人に向けて撃ったら弾け飛んだ。距離があると面白くないかもしれない。ぱたんと倒れた時と見た感じが大体同じだ。

 指揮所から所員が出て来て信号火箭を上空に向けて三発連続で上空へ放つ。電信が切れた時などでも使える従来からの信号だ。

「地雷原爆破! 地雷原爆破! 総員退避! 総員退避!」

 所員が号笛を吹いてから拡声器でそう怒鳴り、各所で同じ伝達が繰り返される。弁えたこちらの兵士は皆、射撃を止めて塹壕に隠れ、出来れば退避壕へ。それも無理ならいっそ死体でも、敵でも生きていても被れと教えてある。

 まず地面が揺れ、波が大きく長い。白い空気の壁が大きく広がってルッコ川が噴き上がる土砂で見えなくなった。茶色の土に混じる黒い粒は岩と敵と敵兵器の数々。

 次に爆風と爆音に、土煙が突風になって吹いて来る。砂がちくちく当たって痛いのは嫌なので塹壕に隠れる。

 岩や石、肉や鉄の破片が周囲へチュインと風切り音を立てて銃弾、砲弾のように四方に撃ち込まれて当たって砕けて、それがまた散弾になってカチパチ鳴る。

 ルッコ川東岸の地底氷湖地雷爆破。

 また地面が揺れ、波が比較して小さく短い。爆音と爆風も間を置かず、土煙と敵兵と兵器に肉と鉄の破片が周囲に突き刺さるのも一瞬の間。少し間を置いて巻き上げられた土砂と敵と味方の死体や武器に、逃げ遅れが降って来て重たい雨になる。

 ルッコ川防衛線第一線地底氷湖地雷爆破。

 塹壕の外に出る”俺の悪い女”を掲げる。

「突撃喇叭を吹けぇ!」

 喇叭手が吹奏。

「突撃に進めぇ!」

『ホーハー!』

『ホーファーウォー!』

『ギィイギャー!』

 獣の咆哮。

 死体と兵器と地面が砕けて周囲を破壊し尽くし、爆風の筋が刻まれた後を駆けて少ない生き残りを刀と拳銃で殺して、蹴飛ばして脇を折って、首と腹を踏んで潰して前進。部下達が塹壕から続いて死に体の残存敵の殺戮に掛る。

 笑える、楽しい。やっぱり作って良かった国外軍!


■■■


 敵連合軍の総攻撃を我々は失敗させた。

 二つの地雷爆破後の逆襲で下、中流域に展開した敵軍十万以上を撃退。ルッコ川東岸から追いやった後、敵の予備兵力が西岸への進出を恐れて待機していたところを更に川向こうに設置した地底氷湖地雷で爆破粉砕。その爆発規模は小さかったが更なる混乱を持たしつつ、爆破の溝に従って川が小規模な氾濫を起こして川岸の地形を若干変える。丁寧な追い地雷に職人芸が光る。

 前進させた砲兵に河川艦隊を砲撃させて多数を撃沈し、対岸の敵も砲撃して牽制。そして西岸地雷で壊れた物も多いが艀や船舶を奪って将来の渡河資材に利用させて貰うことにした。これで当面、中、下流域での攻撃は防いだ。

 シトレでは地上に氷湖を作って爆破、これは彼等の知るところでかなり研究しただろう。しかしセンチェリン峠で要塞爆破に使った地底氷湖までは研究出来ていたかな? 川岸の崩壊はダルプロ川の西岸要塞爆破時からの技術でもある。

 西岸を破壊した、越河地雷攻撃とでもいうのか、これはグラスト術使い達の泥や砂を水ごと凍らせる技で支える隧道のおかげで初めて成り立つ。ただ凍らせるのではなく頭上の堆積物と水の重量に耐える構造でなくてはいけないところが余人に分からぬ難儀で、工兵隊の技術があればこそやはり初めて成り立つ。双方を融合させたラシージの名人芸ということで結論が出る。

 すごい! すごいぞラシージ! 軍務省で椅子にぷりケツ擦らせておくのは勿体なかったのだ!

 その後の影響が各所から報告で伝わる。

 ニリシュ軍から、海兵隊は地雷爆破後、ラスタチナ守備隊の攻撃中止を受けて上陸を中断。艦隊は要塞と砲撃で大損害を出しながらも上陸船団を護衛しつつエルジェ湾を撤退。

 そのラスタチナ守備隊も攻勢に参加した損害を危惧してか東ラスタチナを放棄して西へ後退。

 上流側のイバイヤースの騎兵軍は待機状態のまま。

 上流を警戒中の骸騎兵隊を先行させ、集結次第こちらの騎兵も出して攻撃して追い詰めるか? しかし山に陣取った軽装とはいえ黒人軍は中々の規模。砲兵を向けられるようになるまで本格攻撃は無理か。

 敵連合軍にはまだ次の攻撃機会がある。ロシエはまだ増派可能だろうし、今もきっと海の向こう側から向かって来ている。ここで次の機会を逃すほど消耗するのは悪手だと思う。上流の兵力は留め置くか、いっそ川向こうに退避させるかだ。

 こちらは一度防衛線を固める。地雷の再建は簡単じゃない。西岸に人工的な氾濫を起こす工夫はしたが第二次総攻撃を大きく遅滞させるには至らないだろう。

 ハザーサイール軍との合流を待つ。更には消耗しまくった弾薬の補給も待たなくてはならない。状況によってはルッコ川の防衛線は放棄してシラメテル川まで後退、消耗戦に移行すべきだ。その内、敵はアレオン民兵を何十万と導入してくるだろう。今日のような総攻撃を二度、三度行う人的資源はあると見て良い。その頃には地雷攻撃も対策されて通じなくなってくるはずだ。

 戦果は大きいが敵の失敗への対応も早いと考えるべきだ。それにまだ戦いは終わらない。

 クセルヤータが降下してきた。

「お兄様、お楽しみはこれからです」

「何?」

「無傷の奴隷騎士隊、およびレイロス旗下の非金属と見られる騎兵隊が上流から渡河し、騎兵軍と合流を果たしつつあります。また飛行船艦隊、西より飛来しております」

「おお」

 空を見上げれば空の端が青から赤に変わりつつある。今日、その気があるなら夜襲である。

 今日の戦いで皆疲れているが、あの敵はそうではないだろう。これはこれは。

「まずはダーハル殿に頑張って貰おう」

 アクファルが伝令に? と顎を少し動かす。

「直接行く。ラシージはそのように対策を」

「分かりました」

 祭りや宴ってのは何時までも終わって欲しくないし、時計を見る度に針が進むのが恨めしいし、月と太陽が動くのも憎たらしい。しかしまた懲りずにやりたくなるのが魔性の味わい。

 決戦また決戦。何でこうも敵は良くしてくれるんだろうか。

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