第366話「真珠との美称」 アデロ=アンベル
黒人妖精達との交流が進んだ。敵を同じくすると仲が深まるのか、元々人懐こいのかは分からない。そして我々の思わぬところでランマルカのように激発させてしまうのではないかと怖れがあった。怖れは謙虚な心を生む。そこが良かったのかもしれない。
彼等の政体は呪術師である各長の合議制と推測された。仮面、身体化粧の者達は良く集まって話し合っており、他は集まったらキャッキャと追いかけっこしたりして遊び出す。
各長は確かにいるが部族という程大きな括りがあるようには見られなかった。村というような多少なりと対立構造が浮き出るような垣根があるように見られなかった。あえて言うなら、毛皮の旗毎の部隊分け……ある種の軍管区だろうか?
あらゆることは言語がはっきりと解析されていないので推測段階。頂点に立つ強力な王は存在しないようであるが、軍隊ならば指揮官がいるはず。誰なのかははっきりせず、輪番制か緊急事態の都度に選挙をするかと思われる。
民族の中心、結託に足る象徴は偉大なる始祖とされる巨石が存在。それは石の神と呼ばれ、墓なのか象徴物なのかは不明。まさか発掘するわけにもいかない。
彼等の歴史は呪術師達の歌と踊りと衣装で表現された。博物学者が解析してまとめると、まだ世界が定まっていない頃、突然石が現れて大地の元になったから始まり、世界創生神話が進んで、人間や獣人達との争いに交流が始まり、石の神が現れて石器文明、鉄の神が現れて鉄器文明、そして今の火器文明の到来か、という流れ。まだ細かいところははっきりしないそうだが、時代区分は大雑把ながら古代から現代まで連綿と続く。
彼等からの情報と外部情報を合わせてその歴史が解析される。
古代エーラン帝国が象を戦場で使った記録がある。歴代の南大陸政権も魔神代理領も含めてそういう記録は存在するが、ジャーヴァル象と違い南大陸象は一般に狂暴で乗用に適さず、何とか弱らせ捕らえて見せびらかしか暴走させるだけの突撃兵器かと考察されてきた。しかしこのクーシ山脈北部の小さい象は大人しくて乗用に適する。人の顔も覚え、性格は個体差があるものの愛嬌の範囲内。食べる量はジャーヴァル象の逸話より経済的。
動物の生息範囲とは変わるものらしい。その昔はもっと北、東にいたとしてもおかしくない。既に絶滅した乾燥地帯に住んでいた近縁種が古代に使役されていたと学者が予想した。いやいや、昔は気候や植生が違った、という学者もいた。
次に象から繋げて、彼等が鉄の神と呼ぶ者達こそが古代エーラン人だったのではないかという解析。鉄と加工技術の伝来は天から授かった、外部から流れてきたという表現があり、それは白いお面の役が果たす。
その白い人だが、我々が言う白人ではない様子。人間ではないということは白人妖精。
エーランにおける妖精の地位は時に将軍位まで獲得する程だった。有名なのはイスタメル地方でエーラン亡命政府の一つを作ったゼクラギス。そのような技能集団が南大陸奥地に帝国の崩壊時か常からの通商か分からないが訪れて技術を継承したいうのはあり得る話。黒人妖精が北に行って技術を継承してから戻って来たというのもありうる。
我々は遠路遥々この奥地までやってきたので何と壮大な物語なんだろうと勝手に思っているが、この黒人妖精達がディーブーの地の外に勢力を広げていた時代があってもおかしくない。思っている以上簡単な物語だったかもしれない。
相手を理解したらこちらのことも伝える。黒人妖精達もこちらがどんな存在で、どんな目的があるかと興味を覚えてくれた。
どのような解釈を彼等がしたかまではまだ言葉がはっきりと伝わっていないので確証はないが、ベカ族を滅ぼすことは明確に一致。実際に行動に移した。
今までの戦いで鹵獲した粗製旧式小銃と火薬の扱い方を戦術級で彼等に伝え、彼等からは象の扱いを学んで大砲や機関銃を牽引して侵略。我々が遠距離射撃で敵を崩し、黒人妖精の銃兵戦列の督戦の下で奴隷兵士を突撃させて打ち破るという効率的な戦術を確立。これは帝国連邦で言うところの尖兵戦術。実際の民族移動に迫る大規模運用法だと巨大官僚組織が後方にないと出来ないので劣化版ではある。
この残虐戦術を文明圏で行えば非難轟々となる。勝利を得る以上の悪評からの損失が発生する。しかしここならば遠慮なく出来た。噂が立っても無視出来る。
我々は中核戦力にさしたる被害を受けることも無く、消耗する奴隷兵は現地調達し、ロングル川に続いてチャブ川上流域のベカ族を共に滅ぼして勝利を分かち合った。
勝利を祝う歌に踊り、顔や態度は言葉が通じなくても分かる。
彼等は我々を鉄の神のように火の神と表現した。それだと我々が圧倒的に優越した感覚になりそうだが崇拝されるわけでもない。仲良くはなったし食糧の都合もしてくれるが上下関係は感じない。だから学者の一人が訂正する。神ではなくて精霊では、と。そして精霊とは、我々の理解と違うが自然現象からこのような技術までを含んだ言葉ではないかということだ。
火薬の炸裂から焚火、森林火災から火山噴火まで火の精霊という括りに入るか、ということである。
それを確かめるため、鉄を作る時に火を焚くのは火の精霊か? という問いには違う、となる。鉄の精霊だ。
お湯を作るのは水の精霊か? という問いには、悩んでからそうだと言う。
焚火は火の精霊か? という問いにはそうだと言う。
我々は火の精霊か? と問えば、呪術師が会議を始めた。そして天の大きな火の精霊の違う人、というような表現がされた。意訳すると火薬技術を伝えた異人、か?
神と誤訳してしまったのは太陽を光の精霊と呼んだのを太陽神と勘違いしたことから始まったと学者達が話し合って解析して「思い込みはいけませんな!」と笑っていた。
そして気付いた。子供を指して、君達の精霊か? と問えば「ヒィイッギャッギャギャ!」と爆笑。それに周りが釣られ、何で笑ってると聞いてまた、足にしがみ付かれ「ホーホーホー!」と腰振る真似からまた、と連鎖して一日中、息が切れるくらい。
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東部制圧、新ディーブー王が最有力になったと噂が広がった。ベカ族崩壊による上流の支配、材木の流通統制と死体流しからの圧倒的な外部勢力食い込みにより真実性が強化。まるで王朝始祖の降臨再現とまで言われるようになる。それにしては血腥いかもしれないが服属部族が大量に現れ始めた。当時も似たようなものだったかもしれない。
反抗的な水域部族もかなり北部同盟へ傾いてそこから部族同士の殺し合いに発展。それをチャブ川方面ではこちらが、ロングル川方面ではジェーラ司令が後押しして征服領域を更に拡大した。
季節が良かった。冬の乾燥、低水位時期は実に動きやすい。雨季に備えて今度はコロナダ兵を連れて来ると良いと思う。
春はまだ乾いている。夏は陸上移動も危うい。征服の最終仕上げは来秋に持ち越して一旦夏でも乾いている東部に戻ろうかと考えていたところで別勢力と接触した。
鬣犬頭を筆頭にする獣人国家、イサ帝国の騎馬隊だ。目の前には五十騎程度いるが、その後ろにまた更にいそうな気配がある。はっきりしたものではないが、遠くで多くが蠢くような音でもない音である。
南大陸内陸部の獣人は暴力的で非文明的だと構えてしまったが、
「お初にお目に掛かる。大いなるイサの手の者。我らが偉大なる母、女帝陛下は北コロナダ、クジャ人とグラメリス人及びディーブーを征服する者達と友誼を結びたいと申しております。いかがでしょうか」
言葉よりも唸り声が似合いそうな鬣犬頭の口から出たのは丁寧で流暢な魔神代理領共通語だった。たぶん、いや絶対自分より上手い。何だかマフルーンを想起させるのは獣人の面や表情の見分けが未だについていないからだろう。
これは断る理由の無い提案に聞こえた。ただチャブ川流域征服を中途半端にして西のイサまで行っていたら雨季に帰り道を両断されてしまう。水域部族が盛り返してしまう可能性がある。
弾薬は無尽蔵に存在しない。これが尽きた時、我々はディーブー人以下、とは言わないが、対等な戦いを強いられる。火薬は現地に普及して調達出来るが、紙薬莢の銃弾と機関銃弾、砲弾、これは現地製造出来ない工業製品。やはり一度東の補給地点へ戻りたい。交渉の段階で我々の弱みを口に出すわけにも行かない。
少数の、年単位で残留することも踏まえた使節団だけ派遣しようかと考えた。団の編制に時間を貰おうと思ったが、その手の者、使者は我々を呼称した時のように状況を理解していた。
「北部同盟にまつろわぬ黒人共でしたら我々で殺戮しておけます。そんなに多く抱えていては統治も難しいでしょうからお手伝いしましょう」
軍事同盟を結ぶと言ったに等しい。
大きく出ている。彼等が望むのはこの火器だろう。ただ武器を輸入したいだけか? 彼等はロシエの植民地軍と長く戦っている上で外の情報にも聡い。グラメリス人、などとフェルシッタを分かっているぐらいだ。火器輸入経路の確立だけではなく軍事顧問団の派遣要請もして自軍を強化して戦争に打ち勝とうと思うか? もしそうならそれはフェルシッタ傭兵団が、自分がやりたかったことだ。
同盟、友誼何でもいいが、イサからクジャ、西から東までの横断交易路が確立すれば大きな流れが生まれる。逃す手はない。あちらにとっても同様。ディーブーという沼地を干拓した後の未来は明るく見える。
「東にいる仲間と一度相談させて貰いたい。私個人としては非常に興味のある話ですが、流域の支配は乾季を逃すと長引いてしまいますので」
「それは至極御尤も。では話を通りやすくするために今すぐにでも騎兵隊を出しましょう」
「如何ほどで?」
「女帝陛下の御心のまま」
そう言って、こちらを誘う鬣犬頭の後を追い、丘を越えた向こう側には旗が無数に立っていた。
軍勢は水を求めて移動する野生動物の群れに見えた程で、乾季でも残る湖を囲んだ騎兵がざっと一万騎。無人の荷物持ちの驢馬、駱駝も多い。武器は槍や小銃が目立ち、騎兵砲も引く。槍と銃騎兵に騎馬砲兵、強力だ。
しかしこれはディーブー侵略に乗じて西部を征服しようとしたところで我々にかち合ってしまったことになるのか? 利権争いになれば衝突も免れない。ロシエが広報しているような情報ではイサ帝国と西岸部では、黒く正しい信仰の持ち主達を保護すべく、として中々激しい戦いが繰り広げられているようだが、あっさりこの規模の騎兵を出すなら二正面作戦の自信があってもおかしくない。
「我々は南方に出向いたので一時、馬を手放しました。それで……」
「差し上げましょう。操り方は北と変わりませんよ」
考えは全て先読みされているかな。
「そちらの陛下に会いに行きます」
「感謝申し上げます」
「こちらは遠征中ですので貢物など出せませんがよろしいですか」
「我々は服属を求めているわけではありません」
「外交権限は持っていますが、越権に値するような重大事項は東へ持って帰らなければ決定出来ませんがよろしいですか」
「勿論です。まずは友誼です。詳しいお話の準備がしたいのです」
「では私と少しの護衛、学者、象と少しの兵器を持って参ります」
「大変、結構でございます」
一度も否定されなかったのはフェルシッタで聖女と話した時を思い出す。状況は大きく違うが、経験則が怯えろと言ってくる。
「支度がありますので少々お待ちください」
「はい」
使者から離れ、副長を呼ぶ。
「これまでと変わらず妖精さんと奴隷共を使ってチャブ川を下って作戦を展開するように。馬貰ってジェーラ司令と連絡つきやすくなったから、当面あっちの指示に従ってくれ」
「どれほどお連れしますか?」
「大きく軍を分断しても仕方がない。あちらに騙し討ちされて奪われても最小限の被害で済む用、奪っても価値が無い程度の装備と人数だ、あ、機関銃と大砲は……くれてやることになるかもしれないから二、いや四丁ずつ、持っていくぞ。学者先生方は、妖精さん方を得意にしてない先生だ。ちっちゃいお仲間は契約の概念があるかも怪しいからな……とりあえず、先生方には妖精さん優先で配分考えて貰おう」
装備は借り物であるが、こんな大きな商談となれば要報告で済む、はずだ。基本的には威力を見せるだけで済ませる心算だが。
「そのように」
手紙を書いてからオッデくんを呼ぶ。
「馬貰ったから騎馬伝令復帰だ」
「はい」
「ジェーラ司令宛てだ。中身は読んで覚えとけ」
「はい」
イサ軍がチャブ川からディーブー所部族を襲撃すること。友誼を結ぶためにイサの女帝へ会いに行くこと。そこで通商交渉、軍事顧問派遣の要請を受ける可能性があること。そして滞在中に雨季を迎えてしまって秋まで戻れない可能性があること。
「ご家族への手紙は?」
「あー、ちょっと待て」
今度はイサ派遣隊を集めて手紙を書かせる。
手紙を書く姿を見て、大砲と機関銃を引く象を操る黒人妖精が僕達も? と集まって来た。言葉は通じなくても何となく通じるか。
博物学者達に、黒人妖精から東の”故郷”の人達に贈りたい言葉があったら聞いてくれと頼んで、書いてみる。意味不明な単語はそのまま音写にする。”異人モニモニ、ウンバボババンボ””天から火とンリャナモンで人間の精霊がオニャンカピルピ””大地のあそこから水の精霊ヤンパしてからブッタイ精霊ようこそ”。分かるような、分からないような。
自分はとりあえず妻と娘にこれまであったことを並べて……喧嘩しないで仲良くしろ? は言うまでないというか、こういう命令っぽいのは良くないか。うーん、息子、弟を頼むぞ、でいいか。女同士の仲など分からんので罪無き赤子を利用してやろう。我が息子よ、あらゆる罪を浄化したまえ。
■■■
イサの国までの道は長いが早かった。
道を心得たイサの使者を先導に、馬に乗ってオアシス街道に沿って只管進む。
イサの象徴、単眼の旗が揚がる東端の砦に到達。そこからはオアシス毎に宿場、駅があって優先的に利用出来るので休憩し易い。
牧人、山羊、羊、牛に犬が少し見える荒野を過ぎる。
人が集まり岩塩を板状にして掘り出している鉱山が見え、敷地から岩塩板を載せた駱駝の隊商列が出て行く。
「襲撃が?」
まるで無人の園のような、外界と断絶するような立地に要塞付き鉱山。
「北の砂漠から黒人のサビ族が塩狙いに略奪に来ます。馬やハザーサイールの品物と引き換えに売ってやるのですが、サビ族同士の争いが激化すると身売りか蛮行に走ります」
戦争で馬不足、商品の流通が止まる。金が無いなら人を売るか奪いに来る。分かり易くて厄介。
「砂漠に追討へは?」
「昔は定期的に北伐して間引いていたのですが、ロシエが進出するようになってから銃と大砲を扱うようになりました。それでも要塞に大砲を据え付ければ。そして今は……続きは陛下と」
ロシエの新式施条銃相手に苦戦か。あちらの先込め式とこちらの元込め式――自前じゃなくて帝国連邦から借り物だが――を見て驚くだろうな。
■■■
イサの中核、ザリュルの大河地方に入ると広大な農地が広がって村もあまり間隔を置かずに並んでいた。鶏に豚に、見慣れぬ小さい牛を良く見かける。人間の目なので時折見分けがつかないが、鬣犬以外の獣人が何種もいる。角有り角無し、大きい小さい、黒毛栗毛、色々。
作物は米が中心。油椰子農場もあった。
川を無数の船が行き交っていて活況。乾季の今でも川幅が大層広く、外洋で見る、とまではいかないが内海を行き来する規模の船が帆を張る姿が見える。
かつてディーブーの地がそうだったと聞いた姿を連想する。灌漑と堤防が整備されて川一本につき村が六千も並んでいた、というような風景である。村は川沿いにいくつあるか? と聞けば、農村数は去年の調査で二万七千五百五村。農民だけで一千万人近いと言う。農民が大半にしても奴隷、牧人、商人、職人、兵士、聖職者、皇族は除くという口振りであった。
大きな都市が見えて来る。対岸も見えない川の畔、城壁も立派で、周囲の泥造りと違い巨大な石材を積んだ石垣で頑丈なものだ。その厚さも大砲による包囲を考慮されていて砲台も並ぶ。これは我々の装備でも難攻すると見えた。突撃戦力が足りなくてやはり攻め切れないか。攻めるわけじゃないが、どうもそういう目で見てしまう。
「あれが帝都ですか」
「あちらは旧都のゲンナです。経済の中心で、政治の中心たる帝都ソナコレイはここからオロワ川へ昇った先です。遠い対岸です」
ゲンナへは、北の陸路からサビ族と見られる隊商がやってきている。交易路と軍の進撃路は同じ。
ゲンナに入る。使者の先導があれば他の商人のように検問に税関も素通り。馬や駱駝は疫病の元だということで許可が無ければ城門は潜れず、壁外の厩舎や家畜市に回される。我々の象は許可を取って通れた。ただし、城門前で糞尿処理係の黒人奴隷がいる場所で糞と小便が出るまで待たされた。黒人妖精がケツの穴に腕を突っ込んで穿り出したのでそこまでは待たなかった。
市内は大市場が広がる。商人同士の価格交渉、競り市の賑わい、口の回り様は文明国的猥雑さに溢れている。
大分神聖教会圏の毒気は抜けて来た心算だが、獣人達が人間の商人相手に交渉では負けていない姿に感心。牙剥く本能が負けを認めてしまう強面を利用してビビらせる技、逆に愛くるしく同情したくなるような耳芸尾芸に撫で声すら使ってと強か。
見たところだと主に、金や象牙はオロワ川から、黒人奴隷はザリュル川上流――ロシエ保護領の海岸王国か――から、馬と南大陸北岸から流れて来る各種加工品は北陸路から、岩塩板は我々が先程見た鉱山の東陸路から、穀物はとにかく川中から集まっているようだ。
サビ族は米と岩塩を買っていく。敵だが商売相手、ハザーサイールとの繋ぎ役。一筋縄ではないのだろう。
我々が持って来た象、小銃、機関銃、大砲に商人が目をつけて集まって来てイサの兵士に怒鳴れて散る。一番は象に踏まれ、蹴られると死ぬので近寄るなと警告を発しなければいけない。従順な象を彼等は見たことがあまりないようだ。
船に乗る。象のような規格外に大きい動物は石材運搬の船を借りることで解決。象は川幅が狭かったら泳いで行けるが、ここは湖のように広い。
「帝国には象がいないので?」
「南にはおりますが、調教は黒い妖精にしか出来ないと言われています」
「試したことは?」
「北は馬と駱駝、南は船と……彼等です」
鰐が水面を泳いでいた。落ちたら危ないなと思ったらその鰐、槍を持っていた。
「あれはベルブ族です。ずっとザリュル川の下流へ行けば彼等の居住地があります。船も引かず武器しか持っていないので傭兵志願でしょう。水軍の成り手としては最良です」
良く見れば鰐に比べて顎も小さいし、革製だが服というか防具も身に着けていた。
しかし船も”引かず”か。良く見れば無人で荷物だけが載っている船があるが、水中に綱が垂れていて引かれている。なるほど。
川を南へ渡った。流れは大河の緩やかさで船を押し戻し、漕ぎ手が太鼓に合わせて櫂で逆らう。
のんびりしたような船旅。少し長いので船上で食事をとって、一応見張りを交代で立てて昼寝。
そして、宗教的に仰々しい商用ではない石造の港に到着。山のようなイサの大寺院がそびえ立ち、水面へ鏡写しになって権勢の強さを目で分からせる。
「こちらが我らが帝都です。余人は立ち入り禁止ですので静謐です」
静かな港に船は接岸、もやい綱を取って舷梯を掛けて上陸する。
宗教的な彫刻に使われる象徴は単眼、単眼ばかり。博物学者は「イサの天眼。神格化した太陽です。ほぼ一神教の形態です」とのこと。
上陸した時からだが敷地内にいるのはほとんどが女ばかりだ。兵士は全員小銃で武装。ハザーサイールから輸入した物と、ロシエから鹵獲した銃の模造品らしき物が見える。
「昔は男子禁制の祭祀場だったのです」
広場には歓迎の証のように寝そべりながら飲み食い出来る場が用意されていた。
「お連れの方々はここまで。お休みを」
皆と別れる。ちょっと加わりたいかも。
寺院正面、外階段を昇った上層部。そのまた列柱の奥、宝飾の杖を持つ儀仗兵が開けた扉の先、滝のように天井から宝石が金細工で垂れる中で純金の玉座、いや玉床に寝そべる女帝がいた。はっきりした姿は単眼模様の垂簾の向こうで見えないが影は確認出来る。大柄、尻尾、くらいしか特徴は分からない。
女帝が手を振ると中の衛兵がさっと垂幕の奥へ隠れる。
使者は入室時から両手で己の目を隠しつつ、東方風の座礼どころではない寝礼――前腕で三角を作って鼻は擦らない――を取ってから座令の形で頭を下げたままイサの言葉で喋る。
自分は臣下ではなし、対等ではなし、間を取って片膝を突いて頭を下げた。
博物学者は女帝は太陽の化身ということになっている、はずだという。情報は不確かだが、そのくらいの心算で、と。
使者は女帝から一言貰い、目を隠し、尻を向けぬように後ず去って部屋を出た。太陽の化身を直接見てはいけないというのは儀礼的にそれらしい。
「面を上げなさい。それから楽に」
衛兵が座布団を運んで来たのでそこに座る。垂簾が開くかなと思ったが、開かない。
「急な呼び出しに応えて貰い、感謝する。グラメリスのアデロ=アンベル殿」
「は」
これまた魔神代理領共通語。南大陸で言えばフラル語にあたるだけあって上流階級の嗜みか、良いところから教師を招いているのか逆に訛りも無くて綺麗である。
聖女に比べたらそこまで怖くないかな。いやでも、あちらは謀略仕掛けてきても野性でぶん殴ってくるわけではないしな。
そういえば、名乗った覚えがないな。改めてだが、こちらの情報はもう収集済みか。
「ディーブー残党共の狩り様、聞き及んでいる。まるで嵐の如き暴れ振り。感心する」
「必要な処置でした」
「尤も。コロナダとクジャの繁栄、故国を捨てたグラメリスの者に必要で、こちらにも必要……失礼、呼び出しておいて回りくどいのは止めよう。直接取引がしたい。ゲンネに商館を建設する許可を出そう。こちらもイクスードに建て、そちらの武器が欲しい。どれほど出せるか?」
「我々の武器は帝国連邦の南大陸会社から貸与された物です。これらをお売りするにはまずあちらの責任者、マフルーンという者と話をつけねばなりません」
「分かった。多ければ多い程良い。そちらへ手付け金を持たせた隊商を派遣しよう」
「ご案内させて頂きます」
「うむ。さてフェルシッタの傭兵はそれを大層巧みに扱うと聞いている。相違無いか」
「世界一と呼ぶに相応しい帝国連邦軍より直伝で、実戦でも証明済みです」
それから勝った負けたを聞かれたら説明は長くなるぞ。
「そちらでは軍事顧問団と呼ぶのか。召致したい。使い方が分からぬのでは名器も意味が無い」
「前向きに検討させて下さい」
「前向きか」
「迂遠な意味ではございません。個人的には望むところです」
「それは良かった」
「そちらの敵を教え願えますか。こちらの認識と齟齬があれば問題があります」
「北のサビ南分派、西の黒人とロシエに最近は異人がもう一つエスナル――」
エスナル? ロシエと協力体制を取ったのか。だったら敵は大きいぞ。
「――昔はただの奴隷か餌だったのにロシエから火器を得た途端にまともに戦うようになった。こちらも火器を手に入れて盛り返したが、最近では数と船で圧倒しなければ難儀している。海には手が届かない」
「やはり遷都は」
ゲンネを旧都と使者が言った。美称の心算だったかもしれないが、そういう事情も見えて来る。
「真にその通り。ゲンネは陥落して略奪されたこともある。今のように改修してからは問題無いが、サビの馬賊共は変わらずうるさくて敵わない。ディーブーの馬賊はお陰で大人しくなった。だがやはりロシエの火器が強く変わってからはあれでも不足と思っている」
「要塞についても軍事顧問団で助言出来ます。大砲の輸入が承認されれば砲台、艦載で防衛の確実性が上がります。それと鋼鉄の蒸気船、これも承認されれば水上戦が変わります」
「この部屋、どう思う?」
急に? ではない。購買力のことだ。
「市場の金、宝石価格を狂わせるだけはあるかと」
「武器にこの部屋十杯分は即金で出せる。よろしくマフルーン殿へお伝え願う」
十杯!? これを市場が混乱しないよう調整して定期に売り続けたら、あわわわ、と言葉にならないだろう。いや本当に。十杯は流石に吹っ掛けていると思うが、二杯でも正直一気に受注したとしたら生産は追い付かないんじゃないか?
ロシエ、エスナルに先んじれて本当に良かった。奴等に略奪されていたらこんな夢、見れなかった。
獣人相手とは言え、大帝国の軍事顧問団も手の届くところ。これは、頑張らねば。
昔からこうなりたかったんだ。フェルシッタは大国になれないがしかし、宝石にはなれると思っていた。フラルでは屑石と呼ばれたがこの南では輝ける気がする。真珠との美称、それに比する扱いを受けてみせる。
「さて、実力の程を実際見たい。しかし期待していたより連れの数が少ない。ディーブーを滅ぼすなら十分な騎兵を送ったが」
「敵対者を根こそぎ滅ぼすには軍だけではなく民も攻撃しなければならず戦力は多く必要でした」
「ふむ?」
「それから実際見たいとは、ロシエと実際戦ってみせろ、とのことでしょうか」
「サビよりロシエに通用するかが大事だ」
「それは外交問題になりますので直接の戦闘はこちらの首長と協議しなければなりません。独断では応じかねます」
独断なら受けるが、あくまでもこの首には鎖がある。それもお気に入りだ。
「左様か」
「一先ず、手持ちの分だけでも試し撃ちをご覧に入れられますが」
「手に取ってみたい……」
垂簾を分けて歩み出て来たのは獣人ではなかった。
「最新のからくりは面白そうではないか」
仕草、衣装は貴婦人の如く。足音は硬質。身体は虫人奴隷騎士に似るが更なる異形、魔族。北のあちらが蟻ならこちらは蠍。
さて、自分の女運はどうだったかな?
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