第365話「復讐する権利」 ミィヴァー

 このような形になるとは思わなかった。古来より状況とは流動的であるが、あらゆる前提を引っ繰り返すような激動はまた別だろう。

 旧アレオン王国ラルバサ州州都ミグニアに上陸。それも強襲ではなく、歓迎されて岸壁に船をつけての入港だ。もやい綱を取るのはアレオン人とサイール人。

 イバイヤース皇子の裏切りは全く完全に予想外。騎士道重んじるハザーサイールの貴人と考えるなら、先の聖戦時でもまるで聖人と呼ばれた彼なら、やはりあり得ると少し思ってしまうのは後知恵というより感想。

 アレオン人の選別的な大量処刑ならともかく、村落単位から皆殺しにする民族浄化は正義の心に火を点けるに十分であろう。目玉抉りも後で苦しんで死ぬだけで皆殺しの範疇。

 しかし正義だけで語るのもおかしな話。白人皇帝候補と言われた人物には、本人が望まなくてもこの機に担ぎ上げよう政治力が働いた可能性は大である。その筆頭がダリュゲール宰相の可能性も……激動の渦中にある新興勢力の腹など分かったものではない。

 まず先に上陸した兵力はアレオン軍団第一陣、アラック第一軍二万。指揮官はレイロス王。上陸作戦の期を失って燻っていたところに今事件があり、即座に派遣されてルッコ川西に布陣するイバイヤース軍六万に合流して守備を固めている最中。装備貧弱な彼等がルッコ川を長期で維持を単独でしてくれるとは思っていない。

 自分達特殊作戦部隊はトラストニエを出港。北大陸に亡命したアレオン兵を中心にするアレオン軍団第二陣アレオン軍三万と入港時期を同じくした。

 予定では彼等を教導隊とし、新式装備を現地アレオン人に配布して数十万規模の大義勇軍を編制予定であったが、ここで正義が立ちはだかっている。

「アレオン人は士気軒昂。国土奪回熱、復讐熱、極めて高く、多くが義勇兵を望んでいます。それを何故否定なさるのですか」

 語気は荒げつつも躾けが良く、頭に昇った血を抑えているのはアレオン派遣軍総司令官にしてロシエ帝国国防卿その人、ランスロウ・カラドス=レディワイス。彼は前線で指揮を執るのではなく、イバイヤース皇子のような人物相手に引けを取らぬようにと派遣された。戦略的に政治的決定を下すためにいる。

「私はアレオン人の保護者を名乗っています。義勇兵の派遣、戦い、それは虐殺と一体何と変わるところがありますか」

 相手の腹を読むために国防卿に付き添いを要請された自分はイバイヤース皇子の呼吸、心音、発汗臭、微妙な手足の指の動きを観察している。良く訓練された皇族といった様子で、冷血動物のように今のところは変化無し。

「この戦いに勝利する心算はないと仰るのですか」

「国防卿が仰る勝利とは、人をすり減らして土を得る行為を指しますね」

「国土が無ければ人を養えません。多くを養えなければ国防もならず、帝国連邦軍のような輩に虐殺されるだけです」

「保護されるべきアレオン人の生命が保障されるならばどこに境界線が引かれようとも良いではありませんか」

「この戦いでは失陥したアレオンの地は取り戻さず、外交交渉によって保障されれば解決とお考えなのですか」

「そのような解決方法を選択して不都合があるのは、アレオン人保護の名目を借りてこの地を属国、植民地化したいと考えた場合です。私はあなた達からはアレオン人保護の精神に共感したからとお聞きしました。不都合、おありでしょうか?」

 イバイヤース皇子の冷血と反比例し、国防卿は呼吸も心音も荒く、汗が臭う。内戦終結時に戦死した前代より継いで国防卿になった若者は血が熱い。これはこれで中々。

 しかし政府め、この辺りの話もまとまっていないのにもう五万も上陸させてしまったのか。まとまるまで待っていたらイバイヤースの国が滅んで現地人勢力を当てにする上陸策が永遠に封じられてしまうので不正解とまでは言えないところが辛い。拙速と巧遅のどちらを重んじるかは古来より答えが出ていない……最近の流行では拙速に比重が置かれているか?

「国土に拘らず、アレオン人の、無辜の民の生命が保障されればよろしいのですね」

「間違いではありません」

「アレオン人を含む職業軍人が死闘の果てに領域を拡大してしまった場合にも拘りますか」

「戦士とは戦いで死ぬものです。その運命を避けられないでしょう」

「それはそちらの軍も同じですか」

「勿論です。彼等は戦いのために今日まで扶養されてきました。明日死ぬためにおります」

 イバイヤース軍が置物にならないことは確認された。

 ルッコ川東には、ロシエでの戦いの時より装備も戦術も洗練されている帝国連邦国外軍五万が張り付いている。川に守られない周辺の拠点、ラスタチナ市とエルジェ要塞は既に攻撃を受けており、陥落はおそらく秒読み段階。

 その後方には戦意の怪しい、現状風見鶏と目されるトゥリーバル軍が後方に控える。 その遥かな後方のハザーサイール軍は動員を開始してアレオンに到着するまでに春を待つ必要があるだろう。

 また魔神代理領の最新鋭艦隊だが、駆けつけても春か夏頃かもしれない。

 それに対する我が軍。ルッコ川西に張り付いているのはイバイヤース軍六万とアラック第一軍二万。今上陸作業中のアレオン軍三万を後詰に派遣出来る。

 海軍はほぼ全力発揮可能で海兵隊五千は即時対応可能。ただし帝国連邦軍の後背に上陸して挟み撃ち、なんて大戦果が味わえそうな甘い作戦は現状では考えられていない。各個撃破で終わる未来が見えている。

 春頃にはアラック第二軍と南部軍合わせて五万も派遣出来るようになる。このくらいの上陸兵力になれば、戦況が許せば帝国連邦軍の後背に強襲上陸させて挟み撃ちも不可能ではない。

 同じく春頃には陸路でやってくるマバシャク族軍に南大陸軍も来て更に増強。

 期待されていた山アレオン人の助力は望みが潰えている。東の軍閥はあちらに懐柔。西の軍閥は日和見。ベルシアから連れて来た山アレオン人は裏切れば移住出来るのかとそわそわしていて当てにならない。

 これに加えてアレオン義勇兵数十万もあればと考えられていたが政治的には否定された。しかし志願兵を暗に募って集めてもう訓練して職業軍人ですと言えば嘘にはならない。そして辛い消耗戦の末に大戦果を目指すのだ。教会相手のように血を吐かずに機動力で美しく華麗に勝てる相手ではない。

 イバイヤース軍など既にロシエには敵わないのだ。募兵など勝手にやってしまえばいいのだが……ご機嫌を窺って正規兵力でアレオンを奪還しつつ、このままイバイヤース皇子をアグラレサルまで連れて行って白人皇帝として戴冠させて友好勢力にし、魔神代理領共同体から足抜けさせることまで考えているのか? それは欲をかき過ぎだ。

 ロシエの目的はアレオン奪還。現地政権がハザーサイールの分家であったとしてもそれは戦後に調整すれば良いこと。緩衝地帯として白人政権が東にあれば理想だが、そこまで行けるものだろうか。地図で見ても遠大な距離感なのに。

「トゥリーバル軍の説得は可能ですか」

「今の孤立状態では説得力が足りません。もし回廊を繋げたり、確実に挟み撃ちで勝てる状況に持ち込めば動かせるでしょう。しかし長くは曖昧な立場を維持出来ません」

「サイール人の中には殿下の熱狂的な支持者がおります。そちらも同様でしょうか」

「帝国はウライシュ学派を範としております。予防拘禁は通常出来ませんが、今は通常ではありません。粛清も証拠が無ければ出来ませんが、気が早い者は無いと言えないこともあります」

 内乱を起こさせるには時間制限があるということだ。

 しかしイバイヤース皇子、帝冠を奪うかどうかの時にこの平静さは逆に何だ? そういう訓練を受けているとしても、望む望まぬに拘わらず人によれば発狂ものの重圧が掛かっているのに汗の臭いもしない。良く作られた精巧な人形にしては口臭は並。股座に汗の一つぐらいかいていそうだがこの鼻は否定する。乾いてさらさらだ。

「作戦時には統一指揮権が必要です。今は我々の方が人数は少ないですが、こちらは艦隊と飛行船艦隊を有し、高度な陸海空による三次元作戦を展開出来ます。これは余人に指揮を任せられない兵器、戦術です。帝国連邦国外軍、こちらに劣り五万と見積もられていますがしかし、装備と練度、そして将兵達に与える恐怖の度合いは計り知れません。なりふり構って勝てる相手ではありません。指揮権、ダリュゲール宰相へ命令を出す権利を戴きたい」

「私は構いません」

 本人に聞け……元はあの反乱軍、完全に宰相子飼いの戦力。後乗りの皇子ではそこまで力は及ばないか。


■■■


 国防卿より「どうでしたか」と感想を聞かれた。

「嘘の兆候は見られませんでした。しかし嘘の兆候をそもそも出す人物ではないのでしょう」

 と言ったら「分かりました」と一言。分からないことは分からないままやるしかない。

 目前には分解された飛行船が荷揚げされ、新たに整備されている発着場で組み立て作業が始まっている。

 帝国連邦国外軍の最前線にはベルリク=カラバザルがいる。

「頼みます。貴女達の作戦が趨勢を決めます」

「戦いの中では賭けに出る必要がある時が来ます。今回は同時に三つ以上も賭けていますが、本当によろしいのですね」

「あの悪魔大王が草原ではなくこの大陸へわざわざ自分から島流しにされて来ているのです。三つぐらい、何だというのですか」

 ランスロウ・カラドス=レディワイス。父のプリストル殿は帝国連邦軍に殺されただけではなく遺体を剥製にされた上で博物館に展示までされていたのだったか。

 ポーリ・ネーネト。彼の父カラン殿も同じく博物館に展示されている。

 自分も片目を抉られた。確証はないが奴等の部隊に所属する妖精の誰かが持っている。きっと加工して飾ってる。赤の色は珍しい。

 殺した父も奴等に両目を抉られ、あの有り様だった。

 ロシエに関わる者のほとんどはあの蛮族、妖精共に復讐する権利を有している。

 マルリカの祖父ガランド・ユーグストルも奴に殺されたと聞いた。

「皆の仇を取りましょう」

 ランスロウの肩を抱いた。怒りのにおいがする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る