第364話「アレオン人の保護者」 ベルリク

 冬までに国外軍全隊上陸完了。ロシエ海軍の脅威からトラストニエ海峡を渡る危険は冒せずにグリガセン入港は中止。影響範囲内にあるイダーン入港も艦隊の厳重な警戒の下で行ってようやく成功というところ。残りはアグラレサルを中心に各港の受け入れ能力を考慮した上で分散上陸。改めて海外遠征というのは面倒な上に時間が掛ると理解する。

 国外軍の運用はちょっと考え直した方が良いかと思っている。海を渡るなら軍事顧問団と兵器供与に限った方が機動性は高い。旧レン朝遠征の形態ではなく、ジャーヴァル遠征時の形態だ。それから海上輸送も共同体の一員とはいえ他所様に頼り切りなのも自由が利かない。

 ただここで国外軍の解体は早計。鉄道線が大陸全土に行き渡った時、問題は解決する。南北大陸を隔てる大陸海峡があるが、あそこだけ船旅をすれば良い状態に持っていけば問題無い。国外軍内に派遣用部隊を別個編制するか?

 ……将来のことはさて置く。現在、第一から三陣まで合流し、シラメテル川を越えてラルバサ州境ルッコ川の手前まで進出。アレオン人を匿う主要都市には脱出を防ぐ包囲部隊を残置してきた。引き渡せば皆殺しにして解囲。

 合流を果たしていないストレム率いる重砲兵含む第四陣はあくまでもアレオン人保護を貫く主要都市を降伏、陥落させながら進む。現在、アレオン最大にしてファトキア州都、旧アレオン王都カルタリア攻城戦の準備中というのが最新の報告。流石は旧王都なだけあり、ここに逃げれば一先ずなんとかなるだろうという意識が働き、侵略地域のアレオン人生存者はここにほぼ集結。ゴミ掃除の時は一度塵取りに集めるものだが、百万に迫る流入数と見込まれていてどう処刑するかも一苦労である。

 ストレムによれば、最初はあくまでも殺す素振りは見せずに歩兵に戦列を組ませ、可能な限り風下へ追い詰めて街の角に密集させてから藁など石油を染み込ませてから焚いて黒煙で炙り、その輪を段々と縮めていく手法だと武器弾薬の損耗が最低限に抑えられると諸都市で実証済み。魔術で風向風量を制御して低く、直進するようにすると更に効率的。また硫黄、砒素を添加した方が効果が強いかは確かな数値が出せる程には未検証だが考慮に値する、そうだ。残虐というより冷酷か。

 このようにしてエランヤード州、ベンシャル州、ファトキア州までの主要な居住地の虐殺はカルタリアを残して完了。今では山アレオン人と呼ばれる山岳民の入植が住人不在地へ開始されている。これにより永らく蛮族に対するような暗黙の敵対関係が崩れて同盟が結ばれることになった。

 山アレオン人は山の峠毎に部族というよりは軍事共同体というもう少し曖昧な集団によって分割されており、今回同盟となったのは東部のエランヤード州入植を希望する軍閥。西軍閥とは交渉中であり、ファトキア州陥落から話の進展が期待されている。

 交渉の進展が違うのは、彼等は単純に山から川を下った”近所”への入植を希望しているからだ。そこの掌握が材料になる。ラルバサ州を陥落させ、ファトキア州が取り戻されないと保証出来るようになるまでは西軍閥とは決着しないだろう。

 山アレオン人入植者は十年無税で、宗教税は永劫免除となっていてかなり優遇。畑に家も焼いたが土は耕作に適したままで灌漑や堤防も潰したわけではない。贅沢。また帝国本国人の移民は計画的に物資を揃えてから行われる予定と聞く。

 順調不調、色々あるがルッコ川で停止している理由は騎士道による。

 ダリュゲール宰相はアレオン人の保護と国外軍に対抗する、という宣言を出した。そして指揮下の海軍、水軍を集結させてルッコ川とその河口周辺、エルジェ湾を封鎖したのである。

 以前から虐殺に対する抗議は来ていて、しかし実行力が無かったので、イバイヤース殿下から直接表現を用いずに国策と示して、お断りして貰ってきたがこうなってしまった。

 二十年掛けてアレオン人を懐柔させようとした努力を、一年で抹殺して解決しようとする外国人相手に反感を覚え、部下も殺されたならば古騎士としては当然の反応と思う。

 さてその宣言が如何なるものかダーハル殿に解説して貰う。ハザーサイールの政治伝統に則る表現は地方の独特さがあるだろう。

「宰相の宣言はあくまでも中央政府の方針に抗議し、その施策を強行的に中断させたいだけです。まだ反乱には至らない。国外軍に対抗するとは中央政府軍に反逆するということではなく、虐殺行為やアレオン駐屯軍に対する敵対行動は外人部隊の越権、暴走と規定して処断を決定せず、まずは防御的に対策するということになります。反撃を辞さぬ姿勢は崩さないが一時停戦して交渉しましょう、という提案の、前ふりです。ロシエが間隙を突く前にイバイヤース殿下にまとめて貰いましょう」

 あくまで主体はトゥリーバル軍という体裁でアレオン作戦は行われている。如何に戦力で圧倒しようとも国外軍は補助戦力。自分が出向いたら内政干渉だと、そういう面倒な話になってまずい。

「宰相は中央政府の代表ではないんですね?」

「宮廷におられれば宰相ですが、遠征先ならば元帥です」

「我々を外圧とし、サイールとアレオンの融和促進の計とする策略でしょうか?」

「その効果も期待しているでしょう。各都市でのアレオン人保護は、失敗とはいえ血を流した事実は消えません。このルッコ川封鎖、反逆の汚名を恐れない行為はこの二十年の融和策と合わせて評価されないことはないでしょう。しかし中央政府への評価は反比例に虐殺行為から最悪の底へ落ちました。国外軍に全てなすり付けることは不可能です。この事件で宰相に懐いても中央政府への反発は避けられないので問題の解決には結び付きません……」

 ダーハル殿が黙った。虫人の顔ではどんな表情をしているか――表情筋がそもそも無いに等しい――分からないが。

「やはりイバイヤース殿下に宰相閣下と面会に行って貰い、互いの意志を確認することから始めましょう」

 策有りか、疑問だらけか。

 イバイヤース殿下は「分かりました」と一言だけ残して発った。話が早いのはいいが伝説になるような英雄の割りには聞き分けが良過ぎる気がする。史上の英雄は少なからず反骨心があると思っていた。

 歴史上の人物は後代が評価して人物像を作り上げる。中には周りの言う通りに動いただけという人物がいてもおかしくないか。


■■■


 イバイヤース殿下が近衛隊と共にルッコ川を渡って戻るまでの間に出来るだけ、高級士官以上を集めてダーハル殿に奴隷騎士の戦い方を解説して貰う。政治で決着出来れば良いかもしれないが、何発か殴り合うことになりそうだからだ。

「奴隷騎士最大の武器はこの、捻じれの合成弓です。我々が魔族化した時、蛹に近い形になっていますが、その柔らかい殻と死んだ者の固い外骨格を張り合わせて作ります。これは四本腕で操るように出来ており、余人には使いこなせません。エルバティアの二重足弓よりも困難です」

 ということで、今のところ一番の名射手であるアクファルがダーハル殿の捻じれ弓を借りて矢を構えようとするが、力を入れた途端に弓の軸が回ってしまう。矢自体も長く重く、並の射手なら片手で持つだけでも安定しないだろう。

 何とか筋力でアクファルは制御して、弦を少ししならせてへぼ矢を飛ばした。

 無理して力んで食いしばって眉間に皺寄りまくりだったのが笑えたので「なっんだその面!」と言ったら「乙女の細腕では限界がありました」と顔面を掴まれてしまい、痣が五つ出来てしまった。奥歯も何だか不安定。もう、照屋さんなんだから。

「お見事、引けるだけで驚異的です。腕の長さと単純な筋力差もありますが、片手で保持しても均衡が保てなくて持ち手が滑って暴れます。三本で支えてやっと力の均衡が保たれ、初めて全く動じなくなるのです。それから弦に矢を番えて、ではなく、骨と腱で矢を固く保持してから弦を引っ掛けて弓を押し出すようにしてみてください」

 アクファル二度目の挑戦。前よりいいか? だが腕は震えて子供の矢遊びみたいに飛んで終わり。あの瞬く間に矢筒を空にするアクファルでもこの有り様か。

「魔族に推薦したいところです」

 そしてダーハル殿の模範射撃。

 重装歩兵の密集隊形を破壊したり、置き盾や荷車に隠れた者を貫き、薄い石壁を貫いた記録もある重い貫き矢の射撃。飛距離は最大千歩。

 とにかく長射程を目指した軽い飛ばし矢。飛距離は風に乗れば最大二千歩は確実。

 矢が切れた時の石を使った弾弓術も百歩の距離でほぼ必中だった。

 狙撃兵と軽砲隊相手にしていると考えれば、手強いが無敵とは思わない。しかしハザーサイールが軍事改革に遅れた理由も分かる……遅れた理由は経済難だったっけ? 両方かな。

「我々は先程の弓、刀に槍、斧に棍棒、杖に棒、拳銃に小銃に投擲、投げ縄に徒手格闘、相撲から馬と駱駝の馬術など、武芸は一通り習得しています。魔術も、国外軍の方々のような定型化はしておりませんが魔族化出来るなりに扱えます。修練してきた時間もやはり老いも若きもありますが、百年単位で研鑽してきた者も少なくありません。それを四本腕で、です。ですから決して白兵戦を挑もうとは思わないでください。火器で、火力集中の集団戦術で対処してください。外骨格は多少の矢弾を傾斜で反らすこともありますが、施条の弾丸なら問題無く破るでしょう」

 高級士官の中で相撲の得意な者がいるのでダーハル殿に挑んでみたところ、難なく転ばされて終わった。二人、三人がかりでも無理。自分も挑んでみたが良く分からない内に空を眺めていた。何というか、一人を相手にしているのに集団に掴まれたような無力感があった。

 それから槍二本、刀二本を持った型稽古も見せて貰ったが、何をやっているのかも理解出来ない動きであった。ダーハル殿は奴隷騎士の中でも指折りの達人であるわけで平均的な戦士ではない。しかし彼以下、侮って半分としてもまともに白刃を交わすことは愚かと理解出来た。

「しかしダーハル殿、こうも能力を明かしてくれるとは、意外なんですが」

 尋ねてみた。

「虫人も始祖から代が下って種として複数いるんです。こう言っては何ですが品種改良がされておりまして。長命種は組み込みたいところです」

 魔族の種の品種改良。そうとは言わず魔都でもやっていそうだが、こっちは言葉に出しちゃうのか?

 ルサレヤ先生もセリンも、伝承のゴルゴドとアスリルリシェリ程怪物めいた姿ではない。人外の姿である程優れると言われるのにだ。あれは品種改良ではなかろう、可愛くなっちゃってる。虫人がそうしやすいだけか? それとも何か、別の継承法だったりしてな。


■■■


 少し暇を持て余す形になり、今までの戦いと行軍の連続で疲れている皆を休ませることにして、続報。

 イバイヤース殿下は戻らず、アレオン人の保護者を名乗ったのだ。保護の宣言とはわけが違う。

 とんでもないことだ。正直驚いた。あのダーハル殿に「えっマジで!? うっそだろ?」と聞き返したぐらいだ。

 イバイヤース殿下は自己抑制の気があって感情を読み辛い。何をするか動くまで分からない人だったが、こう来るか。

 そしてロシエが宣戦布告ではなく、ダリュゲール軍改めイバイヤース軍の支援を表明した。アレオン人保護の精神に共感し協力する、と。海の向こう側からではなく、ダリュゲールの元にいたロシエ外交官からの表明なので伝達も早かった。

 エスナルによる支援表明は今のところは無い。ホドリゴ提督の帰港と通商条約の締結から、もし支援が行われるとしてもロシエへ物資を融通するとかその程度にとどまるかもしれない。予断は許さないが、有無を言わさずロシエと行動を同じにするような属国にはなっていないことには一安心である。

 ダーハル殿に解説して貰う。

「保護の宣言は施策。保護者の名乗りは権力の主張。実質、イバイヤース朝アレオン国の建国宣言になり得ますが、ハザーサイールの権力を否定する文言が無いので国家内国家の建国とも取れます。ロシエの支援表明は国外勢力の誘致で大逆行為に当てることも出来ますが、あくまでも傭兵を雇っただけという態度も取れるので今後の交渉、処断に余地が生まれます。これらはトゥリーバル州総督としての発言ではないので州の反乱に当たりませんが、軍と官がどう反応するかは上長達が決めることになります。官はともかく軍を制御するべきです。州軍には私が説得に行きましょう。それから中央にも大動員を要請して来ます」

 既にロシエ海軍は動き出していると見て良い。少なくともトラストニエ海峡以西は目下使用不能と判断する。

 以東もかなり危うい。各輸送船の往来も危険だ。外洋からトゥリーバル半島内側のアルケセル海に入る水路も封鎖された状態に近い。中立気取りと言って良い神聖教会側の船も、宣戦布告が無いことから大っぴらに攻撃されなくても拿捕臨検など嫌がらせも多発しそうだ。

 魔神代理領海軍は第四陣を上陸させてダスアッルバールに帰港したあたりだから、伝令を出して応援要請を届けてあちらが準備してから出港してこちらに到着、となればかなり時間が掛る。戦略規模の電信が通っていれば伝令の時間がほぼ無くなるんだが。アグラレサルの港も含め、環境整備が全力発揮に間に合っていない。

 出来ることをする。ルッコ川が注ぐエルジェ湾の湾口にある要塞を落し、砲兵陣地を築いて封鎖する。そうして艦船の出入りを制限しつつ、湾内の艦隊を撃破する。エルジェ要塞までの道は川を渡る必要が無い。これは直ぐに取り掛かる。

 ルッコ川河口部の都市ラスタチナの東岸部も落とす。ここは下流の良い渡河地点になるで制御しなければならない。

 エルジェ要塞包囲はニリシュ軍に任せる。大砲は多めに配備。

 ラスタチナ市攻略はナルクス軍に任せる。

 ルッコ川防衛線構築はラシージと工兵に任せる。補助にグラスト魔術戦団全隊を預ける。久し振りにラシージの工兵働きが見られると思うと興奮するし、これは勝ったな。

 上流の渡河地点捜索と川の封鎖が甘い地点の制圧はキジズの骸騎兵に任せる。冬の今は水深が浅いので春からの増水も考慮させる。また今はアレオン人虐殺は浪費行動なので控えるように。

 自分と親衛の偵察隊と一千人隊、イシュタムの奴隷騎兵、アクファルの竜跨隊は予備待機。態度の分からないトゥリーバル軍及びロシエ上陸部隊の初期対応に待機しておきたい。

 第四陣のストレム軍にはカルタリア包囲を確実に終えてから合流して貰おう。沿岸主要都市の中でもカルタリアは一番にロシエ軍を受け入れやすい。

 電信は作戦区域内、アグラレサルを始点にアレオンまで横断するように通してあるので対応は素早いと自負するが絶対ではない。断線は簡単に起こり得る。

 ロシエの動きは制海権の確保により自由になっている。ルッコ川の以西と以東どちらに注力するかが分からない。

 イバイヤース軍を補強するため、堅実に川の西に主力を上陸してきたら防御を選択しよう。勿論敵の出方次第では攻撃を挫き、逆襲を仕掛けて一気に攻勢を仕掛ける。

 こちらを挟み撃ちにするために川の東に、ファトキア州内に主力を上陸してきたら川で防御しつつ、戦力をロシエ軍に集中して撃破を目指す。上陸部隊はどうしても軍量的にたかが知れるので各個撃破しやすい。これは選択肢に無いか?

 こちらの直ぐ後ろではなく遠く離れたベンシャル州、エランヤード州側だと対応は簡単ではない。こちらが対応に動いている間に大軍を移送出来る。この場合はファトキア州を放棄してロシエ軍の撃破を目指す。各個撃破を狙う。

 もっと東、トゥリーバルからハザーサイール本土圏では? 民兵動員を組み合わせたようなハザーサイール軍との泥沼の戦いをロシエが望むだろうか? 外地のアレオンと違い、内地侵攻となれば国土防衛熱の上昇を免れない。イバイヤース軍の反応すら分からなくなる。それにイバイヤース軍自体と離れすぎて連携が取れなくなるので、こうなるとこちらの攻撃機会到来。攻勢に出てロシエ軍は無視してアレオン人虐殺を進めることも可能になってくる。可能性は低いか。

 ハザーサイール軍が到着するまでは防御優先で苦しい状態が続きそうだ。我々を矛、ハザーサイール軍を盾として作戦展開したいところである。能力未知数のロシエ軍と、旧式装備とはいえ虫人奴隷騎士を多数抱えるイバイヤース軍合わせて十万以上を相手にするとなれば多少は弱兵でも背後の守り、片翼の抑えは必要だ。

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