第363話「ディーブーの侵略」 アデロ=アンベル

 復讐対象であるディーブー系遊牧民のセングラ族の首都要塞を包囲。騎馬砲兵隊が砲列を組んで照準を合わせた。

 首都、砲兵間には黒人と馬、駱駝の死体が転がって蝿が集り、上空を鳥が旋回。戦場の緊迫感が野生にまで伝わっているようで降りては来ない。

 彼等の解囲の突撃は機関銃と小銃、大砲の散弾で粉砕した。

 敵の武器は鉄の槍に斧、刀は少し。丸木弓はおまけ程度に、鉛不足から鉄弾を使う粗製旧式小銃が主力だが造りはお粗末。防具は鉄の兜に鎖帷子など白兵戦想定。慎重に考えれば接近戦になるとこちらの絶対的優位が崩れることを意味する。侮らずに、しかし一方的に射程を優越する戦闘を心掛けた。

 彼等は鉄鉱山でも持っているのかと思う装備だが、南大陸に多くある赤土から鉄が造れるので、粗鉄だが割と一般的に流通している。

 この包囲に至るまでに焦土作戦でセングラ族を追い詰めた。

 主力部隊は街道――そう呼ぶ程の道路ではないが、使い易い道――進路上の村や集落は全て焼き払い、持ち出せない穀物や布なども焼き、連れていけない家畜は殺した。

 分散しつつ全正面攻撃を実施した高機動歩騎混合隊も同様に、こちらは執拗に生活痕などからも追跡して焦土化。更には発見した井戸やオアシスは糞や死体を入れて汚染して長期使用不能にしてある。攻撃進路も、敵の退路選択の最適解に首都を選ばせるように誘導。であるからこそ、今目の前にある死体の量は集大成であり膨大。戦果は一方的。

 ギーレイ騎兵とカウニャ歩兵による高機動歩騎混合隊は独立行動単位一つにつき必ず機関銃を最低二丁装備。多方面での戦果も現状一方的。馬と獣人の筋力ならば機関銃程度で機動力が低下することもなく優勢を維持。加えて南大陸の黒人は祖父代より前の話は神話のようにしか知らないくせに獣人に対する恐怖だけは赤子の頃から刷り込まれていて、凶悪な面の犬と金獅子を見るだけで恐慌状態に陥ることもある。これに火器を使わせれば妖怪扱い。更に有利に進んだ。

 首都への砲撃開始。砲弾は空堀を越え、泥煉瓦の城壁も越えて都内に着弾、爆発。榴散弾は勿体ないのでまだ使わない。

 砲弾で脅迫して降伏勧告。

 応じない。

 次は女子供の命は取らないが、どうしても男は皆殺しにすると降伏勧告。

 応じない。

 今降伏すれば、男を殺す時は全身に傷を入れて蝿と蟻と鳥が食うに任せるようにはしないと勧告。

 否とも応とも反応しない。

 そこで相手の文化を知った上で、寺院を破壊しないと約束する。

 応じた。

 男は皆殺し。これは確定している。彼等には自分達で墓穴を郊外に掘らせてから殺して落とす。野に晒されず、地面の下で眠って死ねるだけで大分救いになるらしい。

 女子供は奴隷として、反抗しなければ殺さない。

 貯蔵庫の穀物を奪い、牧地から避難に壁の内側に集められた家畜は全て奪う。行軍に追従出来る羊や山羊、牛に駱駝、驢馬に馬などは非常に有用。カウニャ族の者に牛を管理させると大層喜んで踊り出すのが可愛らしい。

 交易所としての機能は北部同盟の占拠により独占し。補給基地に改装する。

 破壊しないと約束した円蓋寺院だが、壁面に天使や天馬、土着の妖怪が描かれる。

 異郷で変異した天神教の姿に随行させている博物学者達が喜んでいた。魔神教を受け入れなかった、北岸部より南進してきたサイール人の名残は貴重だろう。

 遊牧民は都市や村を失っても致命的な打撃は即座に受けない。文明国のように大都市を二つ三つ失えば降伏を考えるような基盤を持たない。この首都陥落でセングラ族が滅亡することはないだろう。だがしかし、水場を失い、家畜を失い、交易所を失い、貯蔵庫も失えば飢え、行動範囲が狭まっていく。安定しない放浪の狩猟生活を強いられ、復讐の機会を失い、弱くなって良い土地を先に占有している他部族に狩られる。南大陸特有の怖ろしい猛獣にも怯えなければならない。

 彼等とて飯を食う人間、生活圏を失えば生活が出来なくなる。

 馬や駱駝など大喰らいの大水飲みを多く養うためには広い縄張りが必要。

 塩や火薬は交易が出来ればこそ手に入る。

 そんな生活基盤から破壊することで初めて敗北させられる。討伐して辺境へ追い払い、消耗させて弱らせて自然や他の敵に殺させるのだ。

 フェルシッタ傭兵――もう北部同盟正規兵だが――は契約遵守。金にはうるさいが解釈可能な範囲で誠実に軍責を果たす。

 我々は正義と博愛の軍ではない。傭兵であり、あらゆる事態に臨機応変に対処してきた。必要とあれば略奪だってした。今このように行っている残虐行為は例に無い。無いが、やれる。皆がやれてしまっている。

 フラルの地から切り離され、外聞など気にしなくて良くなったせいだろうか? 疑問はあるが、腕が止まる程ではない。それに加えてやはり、姿の違う黒人相手には薄情になってしまっているのだろうか? クジャ人どころかコロナダ人と仲も良いし、疑問だ。

 我々の振る舞い、まるでロシエが言うベルリク主義者である。しかしそのように批判する者はこの地にいない。悪評から信頼を損ない、無用な摩擦が生じて不利になる状況が見えてこない。単純な力の差を説得力にして是非を問うだけの世界では筋力や火力が証明だ。このような世界を野蛮な非文明圏と呼ぶのだろうか?


■■■


 セングラ族虐殺の恐怖の伝播と同時に、もう一つの復讐対象である遊牧民のアブカ族の首都を狙う。これはセングラ族とやり方は同じ。

 セングラの二の轍は踏むまいとアブカ族は首都を放棄して逃走してしまった。空になり、焼かれた首都にはセングラ族の奴隷を入れて強制収容所とした。不平が溜まって暴れ出したら機関銃の一斉射で黙らせる。

 アブカ族はある程度軍勢を集結しながら逃走しているので高機動歩騎混合隊の分散数を減らして戦力を集結し、慎重にしかしアブカ族の村や集落を焼いて水源汚染を繰り返し焦土化を進めて追い詰めて行動範囲を限定していく。

 広大に見える平原を渡る時、快適さを優先するなら水源や宿営地を辿る道に限られ、点と線が築かれて道標が立つ。その点を破壊した後の道を行く時、飢えと渇きに苦しむ死の不快な冒険が始まる。

 クジャ騎兵隊は分散している部隊へ直ぐに応援に駆け付けられるように予備待機。

 フェルシッタ傭兵団は要塞や見張り台の増強、建築をして後方連絡線の確保。分散する戦力は機関銃、それから何で今まで誰も思いつかなかったと言いたくなる鉄条網で固める。

 ジェーラ大隊はアブカ族の首都にて王者として振舞い、諸部族へ新ディーブー王ジェーラへ謁見しに来いとお触れを出す。

 お触れついでに”アブカ族は臆病の玉無し鼠で祖父の祖父の代から病気の犬のように弱い。弱い祖先は糞と変わらないのでその墓は掘り返してセングラ女の便所にして糞と糞を混ぜた”と挑発もしておく。これであちらが決戦を挑むならば良し。挑まないなら今まで通りに焦土作戦を実行し、勇名を落して笑われるように仕向ける。

 長く、広くディーブーを侵略するためにはここで時間を掛けることにした。土木工事は時間が掛かり、補給体制の確立も同様。

 今は秋。豪雨がほぼほぼ終わっても雨季の範疇で、あふれ出した水は引いていない。しっかり乾燥してくるまで行動範囲自体が狭い。今急激に進んでも立往生するだけだ。


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 冬になる前に、アブカ族が首都奪還にと軍勢を結集して現れた。逃走ついでに襲撃して屈服させた部族や、誘拐してきた男による奴隷兵部隊を前面に押し立てている。

 そしてそれを見守る各部族の武装する使節団がいる。どちらがディーブー東部の覇者か決定する瞬間が訪れたのだ。

 アブカ族の首長がジェーラ王に対して宣戦を布告した。

 通訳が言うには”恥も勇気も無い驢馬のケツの穴””売女の股に潜り込んだ蝿の息子””地面に掘った穴に向かって腰を振る毎日”などなど、である。

 我々は要塞に籠るより打って出て撃破して更に恥を掻かせた方が良いと判断した。

 城壁の上にまず機関銃隊を配置し、裏側からクジャ騎兵隊を両側面に展開して攻撃隊形を整えるまでの間、安全を確保。

 次にジェーラ大隊を最左翼、フェルシッタ歩兵二個連隊で一列横隊に正面へ出す。鼓笛隊の演奏に合わせ、要塞から縦列隊形、駆け足で出て並ぶ。それから演習のように前後列交代、攻撃縦隊、方陣、斜陣、そしてまた横隊へと変形して練度を見せつけた。他部族への宣伝、アブカ族への威嚇である。

 隊列変形後に歩兵横隊の線で機関銃隊、砲兵隊を展開する壁を形成。

 クジャ騎兵を前へ出して側面を塞ぎ、この決戦に間に合ったギーレイ騎兵は後方待機。カウニャ歩兵は要塞で待機。

 歩兵横隊はゆっくり前進。大砲の有効射程まで詰める。

 大隊、連隊から中隊を三分の一を抽出して後方に下げる。下げた隙間の分、各中隊毎に定間隔を取り、隙間から砲兵隊を前面に出す。

 そして奴隷兵の頭を越すようにして砲弾をアブカ族の主力、出来れば後列を狙い叩き込む。

 最新の大砲がどれ程飛ぶのか彼等は知らなかった。もしハザーサイールなどに出稼ぎに出ていて見た経験があってもこの半分以下の射程だと思うだろう。それも砲弾は鉄球。

 彼等と馬と駱駝は小銃程度には慣れているかもしれない。大砲、それも榴散弾はどうだろうか?

 出来るだけ全正面に分散するように砲撃開始。空中で、地面で、人馬に直撃して骨を叩き砕いた砲弾が炸裂。弾殻、散弾を巻き散らして裂いて穴を空けて血に毛に脂付きの皮膚と埃を撒く。

 大混乱。馬と駱駝は暴走して衝突し合って、逃げて、仲間や奴隷に突っ込んで隊列が崩壊する。

 アブカ族の混乱した隊列が崩壊し切るまで砲撃を続ける。後ろではなく前に飛び出した敵は機関銃が薙ぎ払って切断。

 敵軍が完全に壊走し、やけくそでも前進を考えなくなったところで、砲弾が勿体なくなったところでクジャ騎兵に追撃命令を出して積年の復讐を遂げさせる。主に被害を受けていたのは彼等だ。

 ギーレイ騎兵にはクジャ騎兵の後方警戒に回らせる。追撃に熱が入り過ぎて不利になった時、疲れて追撃が困難になった時の予備兵力として活躍出来る。獲得した捕虜や物資を預かって貰う時も便利。

 ジェーラ大隊とカウニャ歩兵は要塞で観戦していた使節団と話をする。金獅子頭を衛兵のように置いた時の威圧効果は相当なものだろう。精鋭とは言えジェーラ大隊兵には出せない空気を醸せる。

 そして我々フェルシッタ傭兵団の仕事は戦場掃除。武器集めと死体突きに、墓穴を掘って埋める作業だ。

 奴隷兵は命乞いをしない限りはそのまま殺す。敵か味方か選別するのは、言葉が通じない状態では難しい。戦意の有無を確かめている間に最期の一撃を食らうこともあるのだ。


■■■


 ディーブーの領域は東西にも南北にも中々に広い。ヤドゥグ湖の北縁以北から砂漠。そこから南へ草原地帯が続いて、天水農法が辛うじて可能な乾燥地帯に変わり、そして熱帯草原に至るまで。まともに人が住める場所を南北に縦断。面積だけなら自称の帝国規模も嘘ではないかもしれない。

 彼等の王族の血統は、古き征服者として北の砂漠からやってきたサイール人に繋がる。彼等の共通語は、今のハザーサイールではあまり通じないような古いサイール語が更に訛った言葉である。

 高貴ではない庶民は気候、生活様式から多民族に分かれて言葉も文化も一様ではない。博物学者達が使節団の言葉を解説すると言語系統は二つぐらいに絞れるとか。

 人口密集地帯はヤドゥグ湖に繋がる東のロングル川と西のチャブ川周辺。ディーブー統一時代には政府が機能していて灌漑や堤防が発達していて農業が大規模に行われていたようで、ハザーサイールによる全盛期の記録だと川沿いには――一本の川か二本合わせてかは不明――少なくとも六千の村があったとか。それも今は衰退して雨季の氾濫に合わせて素朴に、古代のように粗放農業をするだけに零落。

 灌漑や堤防の知識に関しては”祖父からもそんな話は聞いたことがない”と忘れさられている。彼等は文字をほぼ失い、口伝の世界に戻っている。サイール人が持ち込み、記録した文字は祈祷師が何となく読めて、意味は哲学的神秘的に予測がされるだけのような状態。

 作物は原産の稗だけではなく外来の稲に麦も育てられているが、これらは神話の時代に天から降って来たことになっている。

 アブカ族との決戦に勝ち、服属する部族も増えて冬になった。

 臨時王都となったアブカ族の旧都には使節団が貢物を持って多く訪れている。

 これに合わせたように北部同盟の皆もお祭りの雰囲気。何だと思い返せば魔神代理領のズィブラーン暦の新年だ。お祝いに何か皆にくれてやろうと思ったが、戦地では難しい。酒を振舞うのも休暇をくれてやるのも今の平時戦時の境の無い長期的な焦土作戦時に全く非合理。妥協案として、その一日だけは風紀を一切守らなくて良いと宣言しておいたら集団で馬鹿笑いしながら裸で踊り出していた。獣人も揃ってチンコ比べ。

 今現在我々が欲しているのは食糧。家畜は進軍に追従させると便利なので有難く、積極的に持ってくるように言う。

 貢物の返礼は、セングラとアブカ族の女子供の奴隷を、各部族万遍行き渡るように少しずつ渡す。見せしめでもあるので遠慮されても押し付ける。これだけでは安いので、貢物を整理整頓して各部族が欲しがる物も返礼品として下賜することにより王が統制する交易とした。

 権威付けの朝貢式の貿易は何れ通常の貨幣でやり取りするもの置き換えるが、今はこれで良い。

 それから本物かは不明だが、お触れに従ってセングラとアブカ族の男を狩り殺し、その顎骨を吊り下げてやってくる者達も現れるようになる。それに対しては報奨金を支払う。

 両部族の討伐は進んでいる。集団行動なら目立つが個人単位で逃走、潜伏されるとどうにもならないが、その名を看板に行動することを許さない情勢作りが大切である。絶滅宣言はまだまだ先になる。

 復讐はまずもって成功とし、次の段階に移る。

 貢物を持って来た服属部族とそうではない部族がこれで大体判明した。服属部族からも情報を得て、どこが敵対的かも判明。我々を利用して彼等の敵対部族を滅ぼして貰おうという魂胆はあると見て、そこは最終的に当人達との交渉で判断する。

 主力部隊は同じように敵対部族の首都を目指し、陥落させて男を皆殺しにし、女子供を奴隷にして貢物の返礼品にする、を繰り返して進軍。

 首都を目前に服属するかどうかは尋ねない。既に態度を明確にしていない時点で統治の邪魔になるような頑固者であると判断。歩騎混合隊が各個に村と集落を破壊して追い詰める。

 陥落させた首都、繁栄するに足る条件を揃えた土地というのは先人の知恵で雨季でも水没せず、虫に集られない好立地。これらは全て補給基地として再建する。何れは全て要塞商館として隊商が行き交う交易拠点になり、移民を注ぎ込む先もそこだ。原住民はもう排除されたのだから問題ない。

 補給基地が増える度に不安になるのは拠点防衛と、補給線の長さ。

 拠点防衛は機関銃と鉄条網による最少人数で済む。機関銃は一丁で――勿論銃兵の支援は必要だが――銃兵五十人に相当するぐらいに強力で、何か抗議しに来る集団がいても一丁で制圧出来る。

 敵を殺戮し、人を管理するこの鋼鉄の牧羊犬こそ南大陸における正しい神だ。機関銃は素晴らしい。神性すら感じる。

 補給線の長さは、セングラとアブカ族殺戮に歓喜するクジャ人が自領域を拡大するついでに武装隊商を引き連れて補給物資を届けてくれる。住人が増え、民兵守備隊も拡充されれば機関銃隊を前線に持って来られる。あと、汚い水場の掃除で放牧地の拡大が面倒くさいとかなんとか。

 商売の好機だと危険を承知でムピアの冒険商人もやってくるようになった。手余ししている貢物を売って取引する。旅芸人も連れて来られないかと交渉しておいた。

 服属部族には特許を与えて交易所たる補給基地の使用を許可した。北部同盟が築いた新しい秩序の恩恵に与って忠実になれば良い。


■■■


 冬も少し進んで乾季が明確に訪れた。ヤドゥグ湖、ロングル川、チャブ川の水位も大きく下がり、年々姿を変える無秩序な支流に湿地も多くが消滅。水域勢力を攻撃する時が来た。

 水辺の者達というのは独立機運が高いのか貢物を持ってくる部族はかなり少なかった。無敵の水上要塞にいる心算なのだろう。

 東のロングル川沿いの地域に出ると厄介なのが河川水軍と蚊。蚊は繁殖時期をずらすとうるさくないので冬季攻勢が正解。

 変わらず都市や村、畑は移動出来るものではないのでこちらは焼き払って破壊し、食糧を奪い尽くす。ただ川には魚も多く、水を飲みに来る獣も多いので狩猟に苦労しそうにない。

 焦土作戦で窮地に落せない相手は手強い。水域の完全征服はかなり後になりそうだ。

 船を使う敵は機動力があり、一撃離脱で逃げて追うことは難しい。支流や湿地帯、葦の茂みに隠れられると見つけ出すのは容易ではない。焼き払うことも出来ない。

 船は葦編みや丸木製で小さくて頑丈ではないが、岸に近いならともかく少し遠いと銃弾を当て辛い。製法はまちまちだが半分水に潜っている様なもので、塹壕に軽く隠れているような状態なのだ。

 船は高所から撃ち下せるなら船底にも穴を開けてやれて撃沈も出来る。特に機関銃はやはり良い。大砲は船団相手に榴散弾を使うと効果的。弾は人に当たらなくても水中に落せば鰐が始末してくれることがある。逆を言えばこちらも迂闊に水際へ行くと鰐に食われる。また河馬の縄張りに入ると猛烈な勢いで突っ込んで来て小銃の一発二発では死なず、死傷者が出た。

 大分後の話になるが、ここへ分解して蒸気船を運んで入れると征服がかなり進むだろう。鋼鉄船の上から機関銃と大砲を撃って、流れに逆らって何処へでも。

 しっかりした氾濫時期でも水没しない港に、複数の給炭基地を設置となると急いでも数年後になるだろうか? 一先ず鉄製の手漕ぎ船があるだけでもかなり戦えそうであるが。

 現在、水域の服属部族の船を頼るかどうかは未定である。

 あまり影響力を発揮されると征服後に大きい顔をされる。それを理由に無理矢理罪をでっちあげ、統一後に粛清する計画もあるが。

 今は根気強く、成果が見られなくても焦土化を続け、見せしめに死体を筏に乗せて流し、補給基地を確保して点と線を繋げていく。この努力の継続が敵を目減りさせて弱らせる。弱い者は強い物に食われるので自然消滅が見込める。畑で作物を育てるような忍耐力で絶滅へ追いやる。


■■■


 我々主力部隊はロングル川の上流を目指した。気候も変わって熱帯草原地帯に入って来て植生に動物も変わってくる。眠り病地帯に迫って来ており、ちょっと帰りたい。騎兵は罹患の危険が高まったのでここまでは追随させていない。クジャ騎兵を下げ、カウニャ兵を増強。

 ロングル川及びチャブ川の上流一帯、ディーブー最南端地域はベカ族が広く支配している。彼等は熱帯草原から熱帯森林の際の部分に進出しており、川の中、下流域では貴重な木材を多く産出して輸出して裕福。また木を燃料にして多くの鉄製品を作り、この水域にしては大型の船舶を保有し、上流という好立地を生かして優位に立っている。気候的条件から馬やら駱駝を多く持たないことで覇者には至っていないが、今のディーブー内では一、二を争う有力部族とされる。

 ベカ族を叩き潰す。服属を迫りなどせず、相手の使者も無視して殺戮、破壊に掛った。

 ベカ族の外征能力は低いようだが防御戦闘はこの界隈では一番だ。船を使って上流を占めていることから川は支配しているも同然。そして何より小銃装備率が非常に高い。銃兵隊を集中運用し、船、壁や塹壕、杭を上手く使って内陸水際問わず野戦築城を行い、反転更新射撃を繰り返すような練度を持っていた。

 彼等は裕福でこの界隈では貴重な鉛と火薬を多く持っていて射撃能力に優れる。小さいが臼砲も使う。だから我々は敵の射程圏外から一方的に射撃し、弱らせ、服属部族の奴隷兵達に突撃させた。

 負かせた部族の男達を奴隷にして突撃兵にするのはディーブー伝統の戦法でもあり、それを知る彼等は意外な程に受け入れてしまう。そういう境遇に置かれたらそう振舞うべきだと学んでしまっているのだろう。これを仮にフラルでやったら抵抗が強く、大規模な督戦隊を組織しない限り上手くいかないだろう。

 ベカ族が本拠地をもっと下流に移して馬と駱駝を多く確保したら新ディーブー帝国の長になれると思える。そういう素質があった。もしかしたら今からそういうことを画策していたのかもしれない。


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 我々が射撃、奴隷兵が突撃と役割を分担してベカ族の都市、村、集落を破壊して更に上流を目指し、森林地帯を目指す。乾季も更に進んで水上行動力の低い我々には有利。

 南下に伴い少しずつ気候が変わって植生に動物が変わる。輸出産業として労働者を集中出来る程の森林地帯が見えてくるようになった。

 ベカ族の伐採所を中心にする都市や村を破壊し、要塞を落して、死体を筏に載せて流す。

 既に多くを殺戮した。今まで戦ってきた彼等の兵士達は既に撃破して川に流しており、ここを守っていた者達は少年、老人兵ばかりだった。

 情報によればその伐採している森林は黒人妖精の領域であるという。

 北部同盟最大の支援者は帝国連邦である。彼等の意向には逆らえないし、逆らう理由も特にない。

 その意向の一つとして妖精種の保護がある。この黒人妖精までその対象であるかどうかはマフルーンより”敵対しなければまずは保護”とのお達しが出ている。

 このまま森を抜けて上流に行き着けば、エデルト人のブエルボル探検記に記載があるクーシ山脈に至る、と予測される。

 その探検記によればブエルボル湾と北の内陸部を隔てるようにゲムゲム人がクーシと呼ぶ山脈があって、そこを越えると大きな川の源流があり、更に上ると森林が広がる。そこには黒い妖精の国があって酷く狂暴、とあるのだ。エデルト人が妖精相手に友好的な接触を試みたとは到底思えないので狂暴の辺りは差し引いて考える。

 ディーブー人の話からも遥か上流に道具を使う耳長の賢い猿がいるとされている。

 二つを合わせて考えると、その上流の妖精は外交的に孤立しつつも独立集団を保っていると判断。こういう勢力は可能性を秘めている。我々が唯一の同盟国となればどこにも味方せずに協力してくれるのだ。交渉の仕方は色々あると思うが、一つ試してみる。

 伐採所を焼いて大きな狼煙を上げてみる。貴重な木材を焼かないベカ族がそんなことをしたら珍しいのできっと様子を見に来るだろう。

 そして博物学者の助言により、多分彼等にとって貴重であろう岩塩を、顔を会わせぬ沈黙交易を行うように置いてしばらく様子を見た。


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 次の日、朝に確認すると岩塩は無くなっていた。

 もう一度岩塩を置く。そして宝石も加えてみる。

 反応が直ぐにあると楽しい。


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 また朝に確認すると二つとも無くなっている。そして代わりに鉄兜が置かれた。鉄製品は珍しくないが、これは古城の博物館区画で見たことがある……あ、エーラン式。何で?

 古代エーラン人はここまで達していた? 装備品だけが交易略奪で流れて来て、真似てみて、代々製法が伝わるというのは有り得る。それから技術と効率を求めた結構類似したとか?

 博物学者達は興奮していた。門外漢でも気分は分かる。あのエーランが南大陸のど真ん中まで影響力を!? そんな単純ではないだろうが、祖先がそんな大冒険をしていたかもしれないと想像すると気分が沸き立つ。

 今度は色々交易品を山積みにして待ってみた。それから厳重に縛ったベカ族の女子供も並べてみた。妖精なら……食うのか?


■■■


 三日目の朝になると長い耳、縮れ毛の黒人妖精が一人、沈黙の交易所で待っていた。沈黙が破れるのだ。

 その妖精はあの鉄兜を被り、鉄の槍を持っていた。何だか子供が仮装しているような感じに見えたが、妖精兵の強さを知ればあれは恐ろしいものだ。

「やあ」

 と声を掛け、手を上げてみれば走り去ってしまった。

 とりあえず待つ。

 待てば、お香を焚きながら踊る、仮面を被った呪術師が軍隊を先導して現れた。黒人妖精の隊列は未開の土人とは思えぬ程綺麗だった。動きは鼓笛隊に統制される……革の太鼓はともかく、金管の喇叭とはどういうことだ? もうエデルトの影響が?

 前列に弓兵。鏃は鉄。弦対策の小手に胸当てを装備、しっかりしている。

 後列に槍兵。穂先は鉄。鉄兜で揃えて、盾は無い。ベカ族の銃撃相手に意味は無いと廃止したのか?

 頭付きの猛獣の毛皮が旗印代わりらしく、中隊規模毎に掲げられている。ということは軍に階級が存在するらしい。ただの戦士の集まりではない。

 そして両脇から象騎兵! 草原で見る大型種と違って小型だが、馬よりは確実に大きい。

 両翼に騎兵、中央に歩兵とは古典的なようでいて侮れない。弓で射撃、槍兵が突撃、象騎兵が両側面から。定石であるが故に威力は確か。

 手で部下達には、動くな、と指示。武器は構えさせない。相手も矛先に鏃をこちらに向けてはいないのだ。

 よくこんな軍相手にベカ族は戦ってきた。この界隈では最強の一角でも下流に進出出来なかったのは上流に強敵がいたからと見える。銃が活かせない森の中で戦ったら我々でも大損害は免れないだろう。

 呪術師が祝詞を上げながら交易品の周りを回る。女子供は妖精の恐怖を知っているのか怯え方が尋常ではない。

 この儀式の意味は不明だが、伝統を尊重するなら妨害せず、横から口を出さないことだ。

 博物学者が「彼等なりに受け入れても良い品物か確かめているのかもしれません。外からの穢れを煙と呪文で祓い清め、手にしても良い状態に仕上げている可能性があります。つまり野菜についた土を洗ったり、親が子供にこれは汚い、これは触って良いと教えているのに等しい」と言う。

 儀式も終わり、そして呪術師が自分の前に来て両手を上げた。

「ウンバボ!」

 失敗出来ないぞ。ニクール軍老の言葉とその側付きの振る舞いを思い出せ。

 自分も両手を上げて元気よく、笑って楽しそうに、

「ウンバボ!」

 と返した。

 呪術師が自分の周りを回る。したいようにさせる。学者先生の見解を信じよう。

 そして足にしがみ付かれた。部下達が少し殺気立つが、何もするなと手の平で指示。

「モニモニー、モンモロミー……」

 何か分からない呪文が眼下から聞こえるのは恐怖そのもの。

 背中を登られる。そして肩車状態。後頭部にこう、もにゅっとした物がある。

「アウ・ウタ、クサド、アウ・アファ!」

 わっ、と整列した黒人妖精達が両手を上げて笑った。

 成功である。

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