第360話「会談」 ベルリク

 国外軍第一陣はアグラレサルを発った。他所から援軍が来たという姿を民衆に見せつけながら西へ、沿岸沿いに進む。宣撫工作の一つで後方の安定は我々の力になる。ハザーサイール国内の軍事的不安感は、軍民に格差があるとは言え相当なものとはダーハル殿から何度も聞いた。

 我々に対して継承争いの解決へ期待されている雰囲気は当然無い。イバイヤース皇子を汚して順当に黒人皇帝を立てよう、などと公言出来るわけがないので知られていない。

 終わらないアレオン紛争は慢性疾患のように捉えられている。若い世代には物心ついた時、生まれた時からの話である。一番は国外での出来事という雰囲気で他人事だからだ。地続きとはいえ内地と外地の隔たりがある。

 正に他人事。邪悪なアレオン兵が越境侵入して村々を焼き払っている、というわけではないのだ。定期的に兵士が出征して、アレオンで軍服を着ず正規の軍旗も掲げない敵を相手にしている。感情に任せた散発的な武装蜂起を鎮圧し、飢えた盗賊を討伐して、捕虜はほぼ取らずに嬲り殺し合い、任期を終えたら疲れて帰って来る。これが今まで二十年近く繰り返されてきたこと。大戦争ではないので派遣されるのは奴隷兵、志願兵に傭兵、それから罪人や爪弾きの懲罰的徴集兵で死んでも然程に悲劇的ではない。良き夫や虫も殺せぬ善良な息子達は戦場に出向いていないのだ。

 民衆からは、見慣れぬ姿の我々を歓迎する雰囲気は薄かった。魔都での馬鹿な騒ぎようとは大きな落差があり、俺達って期待されて来たんじゃないのか? と将兵が不安がるくらいには不気味で静か。石を投げられそうな感じは流石に無いが疎外感はある。

 帝国連邦軍の前評判は伝わっているそうだ。滅茶苦茶強いは当然として、無辜の民も平気で殺すような連中であり、ハザーサイール的正義観に悖る存在とも知られている。軍隊相手なら当然だが、道端でこちらを近くから見ようとする子供を母親が、近寄ってはいけませんと抱き上げて連れて行く程度には怖がられていた。

 大きな川を二本渡り、トゥリーバル半島内側に細長く入り組んだアレケセル海が北に見えるようになればトゥリーバル州。そして海が尽きる西の突き当り、アレオン諸州への入り口イダーン市に辿り着く。そろそろ夏の暑さも引けて秋。南の山を越えれば無限のように砂漠が広がっている土地なので涼しくなってきたのは大歓迎。

 そろそろニリシュ率いる国外軍第二陣がアグラレサル入りする頃だろうか? まだちょっと早いか。初の大規模遠洋航海で海軍の整備も大変だろう。新造艦の不具合検査に修正だとか、技師じゃないが想像するだけで疲れる。

 イダーン市の港には我々が神聖教会から買い付けた物資が荷揚げされている。運んで来た船は全てファランキア船籍だ。

 アレケセル海から外洋に出た位置にダウナ島というハザーサイール領にして総督はファランキアから派遣されている両属の島があって、そこを中継地点にしている。

 ダウナ島は先の聖戦より昔から中立を保つ。昔から両国の商業的利益を最優先にするために存在し、和平に限らず戦中でも落ち着いて話し合いが出来る場所としても重宝されてきた。次の対ロシエ戦時にはそれが保てるかは不明。保ってくれれば海路補給は比較的安定するが。


■■■


 イダーン市にてイバイヤース皇子と会談。

 殿下は自分と歳は大体同じ。若過ぎず歳寄り過ぎず信頼と実績は十分。土人形使いと呼ばれる魔術の達人で、トゥリーバル州という帝国の要地を任される州総督にして前聖戦の大英雄でバウルメア、魔尊師号の持ち主。皇統である以上に御尊顔の面持ち。噂程度だが、若い頃は女を惑わすから顔を隠すか外を出歩くなと言われたらしい。

 今の若過ぎてどんな人物になるかも分からないフィルダスィ殿下と比べると、緊急事態ということに鑑みて皇帝にするなら、白黒の交代順に逆らってでもイバイヤース殿下と考えるのは自然と思える。

 ただ皇帝は象徴と割り切って、汚れ仕事もする有能で経験豊富な実務担当者をイバイヤース殿下にして貰うことを自分はお勧めする。交代順に逆らわない方が国情も安定しつつ、緊急事態に対応出来る。前線で死んでも次の皇帝は誰にしようとあたふたしなくて良い。

「殿下に汚れ役をして貰うことで皇位継承問題とアレオン問題同時解決を目指す提案をしました。文章はこちらに」

 帝国軍務省からトゥリーバル州軍に発せられた命令文書をダーハル殿が手渡す。内容は直接的に汚れ役をしろとは書いていないが、帝国連邦軍の行動と合わせればそうなると理解出来るようになっている。責任が追及されることになっても中央政府には及ばないよう官僚作文は整えられている。

 作文が終わるまでの間に白人派からは横槍が入ったが、自分は無視して対応はダーハル殿にお任せした。お前らの内輪揉めなど知るかボケ。

「アレオン人の虐殺は名誉に悖り、それで皇位継承の望みを断てば万事上手く行くということですね」

 イバイヤース皇子、声まで美しいので困っちゃう。ヴィルキレク王といい、こいつら何食ったらこうなるんだろう?

「殿下なら汚い仕事も平気でやれるお立場になられた方がお国のためでしょう。ハザーサイールがアレオン人へ情けを掛ける弱さを捨てられるかどうかに近い未来が掛かっています。ロシエの派兵がまごついている内に一掃し、敵が期待している現地支援を断たねば最低でも泥沼の戦いが待っております。世界周航艦隊の帰還でエスナルが魔神代理領に対する雪解けの可能性を示しています。まだ可能性の段階ですが、これでロシエによるエスナル取り込みは一歩遠退きました。エスナルの支援無しにロシエがアレオン奪還作戦に打って出るかについては正直分かりませんが、無しでやればかなり辛いことは確実です。ロシエはアレオン侵攻の時期をハザーサイールの分断とベリュデイン大宰相の醜聞の時期に合わせたかったはずですが、これは失敗しつつあります。これでロシエが諦めればそれで良し。孤立無援のアレオン人を消し去って、フィルダスィ殿下に戴冠して頂き、アレオンの守備を固めて手を出せなくする。ダスアッルバールの海軍の再建が果たされれば更にお国は守られます。更にそれを模範に帝国海軍も再建されれば尚更です」

「現実的な理想論でしょうか。それは白い一族の同意は得られませんね。トゥリーバル軍将官の多くが命令を拒絶します」

 トゥリーバルの人間のほとんどはサイールの白人である。道行く人間を見ても黒人は奴隷くらいしか見かけなかった。

「後方連絡線の警備くらいは出来るでしょう」

「強烈な反発が予測されます。不測の事態とも」

「あなたの力でも?」

「思われる程ではありません。あなたのように一から作り上げた者ではないのですから」

 そこを言われると言い返せない。

「では留守は彼等に任せて一緒に行きましょう。止めたけど止められなかったという言い訳を彼等に与えて保身させてあげましょう」

「私が囚われの身になったように流されているだけに見られます。汚れられるかは難しい」

「部下にそのような、下世話な者達はいないのですか?」

「おりません。少なくとも高級将校以上は皆、騎士道を重んじております」

「古いやり方で新しいロシエ軍に勝てるのならば結構ですが、先の聖戦からこちらの軍は大々的な軍事革命も再編もしておられないでしょう。既に旧式軍では新式軍に太刀打ち出来ない時代です。仮に勝てたとしても二度目の戦いには望めない程の消耗が前提になります。どうにか名声を落してでもやれませんか? 近衛だけなら言う事聞くでしょう?」

 ハザーサイール軍。良くも悪くも前の聖戦では勝って、そのまま民兵かそれから毛が抜けた程度の連中しか相手にして来なかったのだ。財政支出の規模だけは戦時を経験してきたが現場はそうではない。なまじ虫人奴隷騎士が強くて半端になっている気がしている。イバイヤース殿下付きの奴隷騎士が、虫の目で分かり辛いがなめてんのかテメェという感じに見える。

「まず近衛を率いて前線へ向かうことは可能ですが……」

 殿下が考え込む。

「私は近衛と前に出て汚れましょう。とりあえずアレオン民兵との戦闘があったら出向く機会を下さい。そこでもう戦闘は始まっているという切っ掛けを作って、渋る者達にある程度動くよう指示をする言い訳を作りましょう。それからなら後方連絡線の警備ぐらいなら出来るはずです」

 思った以上に軍を掌握出来ていないか? いや、行動原理が指揮官の口ではなく法というか道徳に基づいているということか? 法典派なら道徳的な法に基づいていると言ったほうが正しいか。ちょっと分からないな。簡単に言うとサイール騎士道なんだろうが。

「それからその方針ならば懸念が。ダリュゲール宰相の軍がアレオン中におります。彼の今までの努力を全否定する行動になりますので、衝突の可能性は有り得ます。私では言うことを良く聞かせられる人物ではありませんよ」

 そして殿下の視線はダーハル殿へ行き、元大宰相ともあろう人物が無力であると肯定に頷く。

「問題ありません」

 正規軍と戦って国外軍を試したいものだ。有名な虫人奴隷騎士も楽しみ。公的には旧式軍を粉砕して軍事革命の切っ掛けになる。良いこと尽くめじゃないか。

 ダーハル殿から説明を受けている。ダリュゲール宰相の努力とは、多少の厳しさは伴うが融和的である。

 信仰は宗教税を払えば自由な状態。大都市、交通の要衝、物流拠点を正規軍で抑えて砦を増強。従順な集団には商品を流し、そうではないところは止める。従順の判断は納税の是非のみで判断。因みに重税ではない。宗教税と合わせても重くない。

 従わない集団は密輸業者を頼るが密輸は死刑。納税拒否には追徴課税付きで強制徴収。支払い額が足りなければ強制労働で補填。逆らえば死刑。

 進退窮まれば人々は流民、盗賊化する。盗賊は討伐対象で死刑。浮浪者は死刑か奴隷。

 反抗的な精神は世代交代で消そうという長期計画だ。奴隷騎士最高齢のダリュゲール宰相は気が長い。

 宰相軍は一年交代制。再赴任する時は別の場所。賄賂は死刑で、これにより汚職はある程度防いでいるはずだが兵士による暴行略奪は防げていないらしい。

 統治初年度はほぼ戦争状態で、アッジャールの侵攻時もそのまま。それからは段々と落ち着いて来たが、特に龍朝天政との戦争へ資金、物資を送った時は兵士に限らず官僚も含めて給料を減らして補給も絞ったせいで住民への暴行略奪が過激になって汚職も増えてアレオン人の反抗が強くなった。丁度その頃にはロシエが復興してアレオン奪還に力を入れられるようになる。密輸品目に武器が増える。

 じっくり従順に仕上げられるような手法に見えて、しかし少しでも躓けばそんなもの。初めから病巣を断ち切れば良かったのだ。

「法典派の、帝国主流はウライシュ学派ですね。サイール騎士道についても私は詳しくありませんが、弱いのなら意味がありません。そちらの兵士でも妨げるのなら戦います。南大陸をロシエの前線基地にさせる気は全くありません」

「御前会議を思い出しますね」

 あの時は魔族の面々に殺すとか言ったかな。

「我が軍に随伴出来る騎馬伝令を、決定権のある貴族、士官級を大量に用意して頂けますか。混乱させて対処されないよう浸透突破の先駆け騎兵隊を出します。在地の部隊とお話が出来るようにお願いします。先駆けの者達は気が荒い連中ですし、かなり長距離を行きます。一級の者と馬ではないと置いていってしまうでしょう。代え馬も必須です。それから正義感を燃やすと殺される可能性が大きいとも言っておきます。なめられたら殺せという教育がされていまして、特別残酷に仕上がっています。いちいち女子供の死体を見て吐いているような者もついていけないでしょう。同士討ちを避けるためにも最優秀の者を選抜して頂きたいです。よろしいでしょうか?」

 イバイヤース殿下、目を瞑ってしばらくしてから小さい溜息。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る