第357話「ハザーサイール入り」 ベルリク
船旅は楽しかった。ダーリク相手に船や気象、星のことを教えて回るデレデレのセリンが大層可愛かった。終始ご機嫌で、あの時やいつぞやのあれやこれなどを思い返すと別人、というのは素人の視点。良い方にも悪い方にも感情の揺れが激しい、情が深い女なのだった。一言で言うと素直。
もう一つ。イスカお姉ちゃんから竜の大陸漂着などの大冒険話から人に懐く水竜の話を聞いたダーリクが”水竜欲しい””水竜乗りたい””僕海上騎兵””チンポ””おまんこ””わっしょいザガンラジャード”と挨拶代わりに喋るようになっていた。これは悪いお姉ちゃんだな。
夢の海上騎兵の実現の過程で水竜騎乗が成功したらそれは凄そうだが、実現性は不明。卵から孵すことから始めないといけないらしい。ハゲ兄さんにも気楽に頼めない難業であるが、ファスラお兄ちゃんなら適当に頼んでおいていいんじゃないかな?
それからそれからイスカが連れ出さない限りは親子で寝起きしたので今回はかさぶた無し。普通、出来ないんだけどね。
魔神代理領海軍の艦隊再編は順調である。隻数も揃い、ランマルカ製の中古から新造艦も合わさって中々の威容となる。
外洋艦隊の再編が優先され、鋼鉄の蒸気帆船と帆船のみが新規就航。
魔都も戦場になると分かった今なら蒸気船編制の河川艦隊も必須であるがしかし、今必要とされるのはまず外の海で機動出来る戦力だ。砲艦外交力の確保である。
木造船は原則的に撤廃された。鋼鉄船は隔壁構造を採用出来て、素材からして頑丈で嵐や座礁にも強く、腐食し辛くて――亜鉛皮膜、もしくは板を船体下部に張り付けると腐食避けになるそうな――清潔。船乗りには負けるが結構な日数を洋上で過ごしてきた経験から言うが、鉄造に比べると木造は生ごみだ。
そして理論を聞けば納得するが、しかし驚くべきことに鉄造船は木造船より軽く作れるということ。同じ大きさなら木の方が勿論軽いが、同じ重さなら鋼鉄の方が頑丈。内部構造も広く作れて積載量も上がる。一番は木材のように素材を選ぶ必要が無いこと。
木材は大きさから質から産地まで厳選――枯渇ということも有り得る――しないとならないが、鋼鉄は一旦製法が確立されればいくらでも造れる利点がある。それも自由な形に加工出来て時間も掛からず安上がり。この差は歴然。応急修理資材や床板素材のような内装には変わらず木材が使われるが以前とは比べようもない。
セリンでさえ”鋼鉄船、ここまでとは思わなかった。なめてた”と言ったぐらい。木造帆船で生まれ育ったような奴が言うからその通りなのだろう。
保守的な海軍軍人はそれでも木造帆船が優れていると考えそうだが、タルメシャでの一連の海戦で徹底的に龍朝天政の鋼鉄艦隊にやられたことから、少なくとも顔と口には出さないようになっていた。
ダスアッルバール出港前に東から面白い話が二つやって来た。合せて一つになるかもしれない。
まずは極東からの新大陸北極圏西岸部への冬季氷路到達成功の報せである。冬は氷に海が閉ざされて船が出せなくなる代わりに歩いて行けると証明がされた。小リョルト大活躍である。ランマルカとの協議次第ではあるが、新大陸北西部を帝国連邦領に加える。原住民の処置は未定。やったねベルベル、領土が増えるよ。
次にアマナ戦線であるが、ランマルカの東大洋艦隊の制海権も潜り抜け、おそらく船を使わずに龍朝天政がそこそこの量の兵士と物資が龍道寺勢へ断続的に送れるようになったらしい。これを受けて劣勢になった労農一揆勢が東へ北へと撤退しているとのこと……魔都奇襲の術だろう。
正面戦力以外にも龍人を使った特殊作戦、あのマザキでさえ許したというシンザ上人の人徳、評判による丁寧な降伏勧告や、降伏すれば一切お咎め無しという処置から労農一揆瓦解の方向へと動いているそうだ。
シンザ上人。アマナ流の魔族といったところで、竜の大陸漂着仲間のイスカの談では”理想の上物坊主”らしく、そういった評判でもおかしくないそうだ。
物質と精神双方で負けが込んだ場合、共和革命派アマナ人の亡命先を考えないといけないだろう。クイム島、大陸極東、そして新大陸西岸部の三つが候補。
クイム島が妥当なところ。ただ妖精種の生存を脅かすと判断される大勢の移住は歓迎されないだろう。共和革命は妖精と人間の視点で別物に変わるという基本は変わらない。
大陸極東は、こちらとしては人口不足を補えることは歓迎だが、過激な共和革命論者はお断りだ。妖精のように統制に従うならともかく、言うこと聞かない人間様だ。
新大陸西岸部はかつて龍朝天政が新境道という行政区を置いて入植した土地だ。人口過疎地帯でいて、気候は場所により良いらしい。こっちに移すのが良いんじゃないかな?
■■■
国外軍によるアレオン作戦は初動が五段階に分かれる。
第一段階。国外軍第一陣と共にハザーサイール入りを果たした。夏になる前、春終盤で行程としてはかなり順調。
まずは新編魔神代理領海軍に同行したランマルカ教導艦隊、一隻だけのファスラ艦隊が帝都アグラレサルから都民から良く見える位置で観艦式を行って武威を示す。砲艦外交は敵にだけ行うものではない。人心安らかにするためにも使える。
エスナル世界周航艦隊はこの第一陣輸送にのみ付き合って故国へ帰還し、ファスラ艦隊も同行。ナレザギーの商会の商人、使節団も乗って商売の話を進める。引いては国際的な国防戦略にも繋がる。
第一陣戦力は、
エルバティア兵を加えて増強された親衛偵察隊。
親衛一千人隊。二千は流石に無理。
竜跨隊。先の東方遠征終了後に故郷へ帰った者が多いので規模縮小。
ベリュデインから預かったグラスト魔術戦団ほぼ丸ごと。
ルサレヤ先生直属のイシュタム率いる奴隷騎兵隊。本隊、黒旅団は軍再編事業で本国。
気違いが売りのキジズ率いる骸騎兵隊。
機動力と視力、鈍重な大砲に頼らない小規模要塞攻略が可能な編制となっている。
ラシージはアグラレサルで国外軍第二陣の受け入れ態勢を整備。具体的には国外軍の事務所を設置して現地官僚、商人との連絡拠点を築く。これがあれば今後、前線となるアレオンへの補給中継地点として活躍する。
上陸から歓迎式典、選抜した少数の儀仗隊だけで行進。仲介役として、黒の官服からムピアの青頭巾に服装を変えて下野の雰囲気を醸すダーハル殿が同行。
群衆の顔ぶれは白人、黒人、その混じりの良く分からないのから、南大陸の各種獣人と魔神代理領風に多彩。建物は白い壁と屋根、青い扉や戸、黒い蔦模様の統一色彩の建物が並んで、照り返しで眩しい。
その白と青と黒の色彩の先代皇帝――最近死んだハドマ帝の先代――廟へ参って献花。亡くなったハドマ帝の柩はここへ仮安置されていた。因みに今建設が始まったばかりの新しい霊廟へ柩が移されるのは十数年後となるらしい。
ここで若き黒人皇太子フィルダスィと初顔合わせ。黒人と言うと真っ黒と思いきや、歴代に混血しているのでちょっと黒いかな? という程度。黒人であるムピア人種の母系である皇子、という意味合いなのだ。ここでハッキリと西のサイール派と東のムピア派と表現したらお家騒動ではなく民族紛争になりかねないので厳禁。繊細な問題だ。
皇太子は成人したばかりで母后摂政の影響から抜けられていない。こちらもハザーサイール帝国の流儀を覚えるためにダーハル殿に振り付けを頼んだので完全な自力の振る舞いではなかったが、あちらは傍に官僚がついて耳打ちに相談しながら当たり障りの無い発言を選ぶお人形状態だった。
さて、アレオン作戦の打ち合わせを帝国政府とすることになったが、どうもあちらは自分の言葉が扇動的で皇太子どころか軍幹部も惑わしてしまうという懸念を抱いた、らしい。ダーハル殿の談である。そこでこちらから作戦計画書を提出し、あちらで吟味してあれこれと文句だとか注文だとかつける方式となった。
もしここに虫人奴隷騎士最高齢のダリュゲール宰相がいたら話は別だったが、彼は今アレオン西部で対ロシエ防衛を主眼にしたアレオン人反乱勢力を鎮圧している。
作戦内容は一挙両得的な発想に基づく。
トゥリーバル州総督、西のサイール白人で実力派、今一番国内で人気がある英雄、サエル人からの伝統であるバウルメア号も持っている才人、慣例から外れて皇太子にしようと動きがあるイバイヤース皇子のトゥリーバル軍と合同でアレオンの反乱を東から鎮圧していく。アレオン各州総督に無能の烙印を押しに行くことになる。
鎮圧方法は虐殺と追放。アレオン人は資源ではなく害獣と見做す。
先の聖戦が終わってから今日まで二十年近く馬鹿みたいに徳のある統治しようとしていた間違いを教え、帝国には広い”未開拓地”を提供する流れだ。これは反乱すれどアレオン人を臣民として扱おうとするハザーサイールの正義に反する行いである。
この正義に反する必要な悪行を行うことによりイバイヤース皇子からは徳が失われ、皇帝として相応しくなくなり、フィルダスィ皇太子しか適格者がいなくなるという論法。
帝国政府から公式に、トゥリーバル軍には帝国連邦国外軍と共同してアレオン問題に対処せよと当り障りの無い命令が下る。その裏では虐殺から汚名を着ての、皇位継承争いの盛り上がりを潰すようにと暗に伝えられる。
反乱の鎮圧を強力に実行することは疑いも拒否も出来ない事案。それに加えて非道の振る舞いでイバイヤース皇子が己の名声を地に堕とすことに同意するかは裏の言葉、そして自分が直接現地で彼と協議した時に決まる。拒否されれば我々だけで行い、トゥリーバル軍には後方警戒だけを頼むことになるだろう。どちらが正統であるかを論じるのは役目ではない。
アレオンだけの問題で終わらない。ロシエがどう介入してくるかが問題。ロシエの干渉が無いなら虐殺追放のような取り急ぎの手法を用いず、緩やかに出血、穏便に懐柔の。ハザーサイール騎士道的な正義のやり方でも良かった。
ロシエ対神聖教会の戦争は短期に決着。結果ベルシアがロシエ傘下に入ることにより、フラル半島と南大陸の中間海域、トラストニエ海峡が敵の強い影響下に置かれることになった。ここから西側、フラル海にアレオン湾、中大洋西部がロシエの内海と化したのは戦略的にも痛手である。ロシエのアレオン直接介入が始まる前、開戦前からでも海峡を通ってアレオン沿岸部へ船を派遣することが危険になってしまった。
海峡制圧から海路を分断するまでに至れば不利になる。アレオン湾に東の本拠から艦隊、輸送船団が入れられなくなる。海上補給路が潰され、陸路に頼らなくてはいけなくなる。潰されるとまでいかなくても強力に妨害されるだけで十分に痛い。
トラストニエは腐ってもベルシアの王都で港湾設備に要塞が整っており、敵艦隊にとって近くて便利で安全な海軍基地なので全力を発揮してくる。多少の損害を受けても撃沈さえされなければ直ぐに修理して復帰してくるだろう。予備船員の補充も容易い。こちらはその逆で、実数以上の敵艦を相手取る状態に陥る。
ロシエ海軍の実力、全貌は明らかではない。鋼鉄船の運用が始まり、飛行船という気球が船になったようなとんでもない兵器を運用していることから実力は計り難く、しかし手強いと断言できる。ロシエが旧式のまま、魔神代理領海軍が新式優勢でいてくれたらアレオン海上封鎖から一方的な作戦展開が望めたがそうはいかない。
新編制の魔神代理領海軍はランマルカの力もあって強力だと確信してはいるが再編の最中であり、訓練も未了で予定の隻数には届かず、新式艦船専用の整備環境がダスアッルバール以外で整っていないことが大きな不安材料。限界まで陸軍だけで粘って、出来るだけ準備を整えさせたい。
ということで、新式艦船専用の整備環境がこれからアグラレサルに用意されることになった。この仕事は海軍さんの仕事。
■■■
国外軍第一陣はアグラレサルに長期滞在の予定はない。陸路でトゥリーバルまで行く計画が整理されるまでは待機。
待っていると色々と他所から後追いに情報が入って来る。航海中は海の真ん中で世界から切り離されているので一時的に世間知らずになっていた。
神聖教会がロシエに降伏した理由があれこれと書かれる新聞を読んでいると衝撃の事実が分かった。ベルシア降伏でもう気力が失せたんだろうなと思っていたら違った。
「聖都焼き討ち!?」
ロシエが飛行船で聖都に焼夷弾を降らせた、という記事だ。それから天使が飛んでいたとか妄想みたいなことも書かれていた。サエル人の妖怪が何で聖都に出て来るんだよ。
久しぶりに動揺した。アクファルに「この記事、声に出して読んでくれ」と頼んで読ませても内容は変わらない。
「俺が焼きたかったのに!」
八つ当たりに壁でも殴ろうか、椅子でも振り回して叩き壊そうかと迷っていたところ、ラシージに手を握られた。
「聖都で大火はこれまで何度も起こっています。略奪もエーラン帝国崩壊後から数えても大々的なもので四度あります。しかし、住民が消滅するような虐殺はまだです」
平静を取り戻した。
ベリュデインの醜聞も、我々は積極的に伝えなかったが、後から来た商船が運んでくる情報でハザーサイールに広まる。断片的な情報はもう既にあったが、どう批判されてどういう実態だったのか、などなどが詳しく明かされている。ハザーサイール帝国から魔都に対する疑念が湧くことは避けられない。
ベリュデインの行った魔族の種の輸出入は違法かどうか。そして刑罰執行が妥当かどうか。
魔都の各派では道徳的に許されないという論調は確定的。違法と判断して刑罰執行するかどうかとなれば、お咎め無しか保留となっている。有罪無罰ということ。
ハザーサイール帝国の権威、厳格な法を重んじる法典派のウライシュ学派の学者の反発は強く”極刑を言い渡されてもおかしくない”という発言が出る。つまり道徳的には許されず、しかしやはり刑罰執行となると難しいという考えに至る。強さこそ正義という考えに反することになってしまう。
法典派は魔なる教えを文章化して法文としてまとめようとしている。基準となるのは魔なる教えに基づいて政務を行うための”初めて門を潜る者の為の略史”に記載されている官僚教本。それから過去の偉大とされる魔族達の言行録である。注意点は、略史は教養であって法ではないこと。偉大な魔族達は必ずしも問題行動を取らなかったわけではないこと。
魔なる法では魔神代理に恥じることなくご報告出来るか? が基準であるが、二代目は御隠れになり、即位した三代目ケテラレイトは法典派ながらベリュデインに対して叱責したとも何とも噂も立たずに沈黙を貫いている。新聞記事にもそうある。
そして運命の歯車があれば、絶妙に今回は噛み合わなかった。
ロシエ発の新聞で、神聖教会の醜聞としながら、ベリュデインの醜聞について同じようなことが報道されたのだ。
これは電信が無いからこその偶然だろう。先んじてベリュデインが自分から発しなければ酷いことになっていた。逆にこれでロシエが魔神代理領に対する分断工作を働いているということが明らかになり、敵意の矛先が移る。ハザーサイールではロシエの謀略許すまじと話題が沸騰し、この情報が魔都に伝われば同じ事になる。
政治には運が必要である。今回はこちらが拾って、被害を最小限に食い止めた。
もう一つの歯車は噛み合った。
ナレザギーの商会傘下、南大陸会社の責任者であるマフルーンというメルカプール人がアグラレサルへやって来たのだ。
「こうした形でお会いするのは初めてです、閣下」
「うーん、ジャーヴァルで会ったかな」
「まだ若く、お目に留まるような役職にはありませんでした」
「会社の頭がわざわざ船でとは、あの件か」
「はい。神聖教会との物資輸入交渉の帰りでございます。対ロシエ情勢がきな臭い中で戦中輸送となれば船舶保険料が難しいことになるので私が直接出向きました」
「保険料ってどうやって計算するんだ?」
「戦時の南北大陸海運史、最新の現代海戦であるタルメシャの海上作戦時における商船損失、本契約分の海運計画から計算します。総予測損失額を出し、神聖教会側責任割合、魔神代理領側責任割合を予測します」
「計算式より元の数値出すのが大変そうだな」
「はい。出した数字が信用に値するものかと説得するのがまた苦労でした」
これは神聖教会がロシエ遠征の傭兵代金の支払いで四苦八苦していたのでこちらから持ちかけた話だ。つけ込んだと言っても間違いではない。
こちらは近場から補給を受けられて兵站が楽になり、あちらは金欠が解消出来る。それこそ戦中でも輸送したくなるほど。
それから去年は暖かくて世界的に豊作傾向で、今年もそれなりに温暖。穀物はロシエ動乱時の凶作が嘘のように余っている。
講和したばかりの神聖教会の商船に対してロシエがどう出るかは未知数だが、二正面作戦となることは普通避ける。
エデルトも王がヴィルキレクに変わったばかりで、即位記念に戦争仕掛けるという行事は史上ある。正統で順当で強力なヴィルキレク王だが、やはり新王は新王、侮られる。特にセレード人からすれば、継承戦争でドラグレクは認めたがその息子まで認めた覚えは無いと議会宣言を出していてもおかしくはない。セレード人に、前王と変わらず、むしろ更に強くなったと主張する必要が出て来る。復興したロシエが以前より強力であるにしても、北端と南端、離れに離れた戦線を二つも持ちたがるとは思えない。
次に珍客を紹介。偶然にしては面白い。
「総統閣下、ご紹介します。この度、聖戦軍参謀として対ロシエ作戦失敗の責により処刑される予定だったアデロ=アンベル・ストラニョーラ殿を救助しました」
「初めまして。南大陸内陸部における支配領域の拡張でお役に立てます」
食い気味。士気が飢えたように強い。
「これはどうも初めまして。悪運はよろしいようで」
「確かに」
ストラニョーラ隊長が中心になったハシュラル川の戦いでは黒鱗朝軍を撃破し、それが同朝の崩壊の始まりに繋がり、今では政治的な切り崩しで決着がつこうとしていると聞く。これでハザーサイール帝国南部情勢は大きく安定してきているのが現状で、アレオン問題に専念出来るようになった。疑いようもない功労者で、ハザーサイールで表彰してやれば良いと思う。
北部同盟地域に駐留しているフェルシッタ傭兵を良くまとめられる人物は彼を除いていないだろう。現地の黒人、蜥蜴頭との関係も良好。首がくっついたままやってきてくれて良かった。
しかしこんな人物を処刑しようとは、神聖教会にとっては邪魔な人物だったのか。詳しい事情は探らないと分からないが、こちらとしては勿体ない。
「お国を捨てることになった経緯を聞かせてください」
「聖女ヴァルキリカが世俗聖戦軍を解体するための謀略の一環でした……」
それからストラニョーラ隊長が語った出来事は単純ではなくて説明も複雑。聖女側も色々と複案を織り交ぜていたことが分かった。とにかく、フェルシッタは不要という結論に至って隊長殿も、という結末である。
「北部同盟の行動方針にまで逆らう必要はありませんが、雇用主としてはクジャ地方から西へ、旧ディーブーを跨いでアレオン山脈の裏側、大陸西岸、こちらに圧力を加えるなり、連絡経路を構築するなり、とにかくあの荒野を全く何も知らない土地ではないようにして下さい。暗黒を払って、何かに使えるかもしれない状態に整備して頂きたい。地図でも分からないような不明瞭で広大な土地ですから時間は掛かるでしょう。アレオン、ロシエとの争いが終わってからようやく目途が立つかもしれません。それでも実行に移しておいて下さい。未来志向で行きましょう」
「了解しました……お願いがあります」
「どうぞ」
「フェルシッタ人がもし南大陸への移民を望んだら教会が邪魔しないようにと圧力、交渉をお願いします。同胞達は私の逃亡で無用な責を取らされる可能性があります。破門されずとも、そのような扱いをされるかもしれません。それで北に居辛いのならば南への道を拓いてやりたいのです。これで頭数の力が揃えば内陸部の浸透、拡張、強力に推進出来ると約束します」
「なるほど、話は通してみましょう」
特定集団の保護か。丁度具合の良い人材、それも集団は金があっても買えるものではない。何か大切な物と引き替えにしても良いぐらいである。例えばルー姉さんの海軍要員など、あれは本当に買えない。
後でジルマリアに本件一任する手紙を出しておこう。対ロシエ作戦に有効活用出来る旨も伝えておこう。神聖教会も実利以外に、ロシエへの復讐に使えると分かれば心理的に乗りやすいだろう。
「そうだ。アクファル、タンタンのあれ」
「はいお兄様」
「ギーレイのガロダモ、ニクール宛の手紙、私とルサレヤ総統代理からの二通です。これを届けて貰えますか。行き会わなかったらしょうがないですけど。中身は機密文書でもなく、ただの友人からの手紙だから気負わなくていいですよ」
「しかし、私でよろしいのでしょうか?」
「彼は獣人奴隷の筆頭だったような、勿論冴えている人物ですが、たぶん老いて鈍くなったり頑固になったりしているかもしれません。話し合いをする切っ掛けには十分なるでしょう。それから側に召使いみたいに妖精がいると思いますが、あれはウチの古参でしてね。それにニクールのお気に入り。邪険に扱うと良くないですよ」
「そのような偏見、とうの昔に戦場で捨てております」
傭兵妖精達のこと。戦場で肩を並べることもあれば変な誤解も無いだろう。
「それは良かった。おっと、そうだそうだ」
ニクール宛の手紙の末尾に、追伸としてストラニョーラ隊長をよろしくお願いタンタンワンワンと書き加えておこう。
「……これでよし。広大な地に出るならギーレイ人の力も必要でしょう。頑張って下さい」
手紙を渡す。
「ご期待に応えます」
「そうそう、ガロダモってあなたならどう訳します?」
ストラニョーラ隊長、考える。
「軍老ではないでしょうか」
「おお、腑に落ちますね。ではバウルメアはあなたならどう訳します?」
「サエル人と今のサイール人の感覚は違うと思いますが……本で読んだような……ああ、尊師が近いのでは。今のサイールなら魔尊師というところでしょうか。トゥリーバルのイバイヤース皇子にもバウルメア号がありますが、魔老というような年長的な称号はあまり似合わないかと。年齢は関係なかったはずですから」
「なるほど、良いですね」
南大陸の常識、感覚を身に着けていることを再確認した。
「マフルーンさん、大手柄です」
と褒めたら狐頭を横に振りやがった。おい、毛が飛ぶぞ。
「こちらの手によるものではなく、聖都に潜伏していたダストーリ姉妹と名乗る諜報員の功績です。逃走の船賃にと連れてきたというところでしょうか。伝言を預かっております。”リルツォグトより愛を込めて”だそうです」
「覚えがある。その姉妹は?」
「顔を広く知られたくないとのことで。敵でもこちらの手の者でもないので首に縄をつけるわけにはいきませんでした。お気に触ったのなら言い訳させて頂きます」
「謝罪じゃなくてか」
気に障ってないけど聞いてみたい。
「私は諜報員ではありませんので」
「そりゃそうだ。路銀か旅券は差し上げたかな」
「勿論でございます」
さてさて、キトリンの男爵殿にもお手紙出さんとならないなこれは。
お礼がしたいけど女って何送ったら喜ぶんだ? 下の毛抜いて入れて喜ぶのは美女限定で男ぐらいなものだ。
うーん、都合が悪く無かったら何でも答えちゃう返信封筒でも添えるか。趣味に使うか政治に使うかはお任せ。
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