第354話「魔都演習」 ベルリク
ダーリクとは魔都、ダスアッルバール中間地点の東西分岐路で分かれた。別れ際の言葉が”僕、海上騎兵!”拳を握ってそう言った。お父さんは撃沈、立っていられなかった。ザラはべちょべちょに泣くかと思ったが”お手紙一杯書くからね!”と、気軽という程でもないが船便一つで行き来出来る位置関係なのでそんな感じでもなかった。
しかし海上騎兵か。ヤシュートの水上騎兵より難しそうだ。どこにでも行けちゃうから将来どこに行くのやら。
魔都入り前から通りすがりの人々から歓声、手を振られ、敬礼、座礼と色々されながら進んだ。そんなに良いことしたか? と色々疑問符がつくが、褒められるのは良いこと。楽しく敵をぶっ殺して街を焼いて奪って偉いと言われる。文句無し!
戦勝記念というには少し遅れたが、国外軍は全帝国連邦軍を代表し、軍楽隊の合奏行進の中、縦隊で魔都入城。凱旋門を潜る中央大通りを進んだ。
正に今、戦場帰りとなった赤帽軍とファスラ艦隊も我々と合同で進む。赤帽軍は帝国連邦式に訓練したので操典も同じで混乱は少ない。
赤帽軍もようやく海路遥々、使える船も少なく往復便を出し、休息や負傷者後送なども行いながら到着したのだ。軍服も武器も御輿も、洗って修繕してあるが火力の洗礼を受けたと分かるくたびれようであった。
妖精達が血を流して行おうとした地位向上策は、通りを埋める観衆の歓迎からも成功したと確信が持てる。十年、二十年の前だったら考えられないことだ。それは種の存続を目標にするランマルカも海軍技術を提供してくれようというものだ。
先頭は自分が毛象に乗り、チェカミザル王が象に乗って並んだ。演出で凝ったところは、凱旋門を潜る直前に竜跨隊が雁行に編隊を組んで滑空したところ。クサいとは思ったがかなりウケた。
そして魔都中央へ進む。焼けたというよりは溶かされたらしい焼き討ち跡の整地は済んでいて平らになっていたが、また同じような奇襲があった時の防止策も無く、建設計画が――港だけは作業用の荷揚げが出来るように復活しているが――進んでいない。政府機能は魔都中に分散させることになるのではないかと思われる。
慰霊碑だけが建てられた旧宮中区の丘にまで登って、その何も無くなった場所で全軍整列。三代目魔神代理ケテラレイトの進行で、献花してから碑を通して軍民合わせた戦没者に対して黙祷を捧げた。
ちなみに魔族の種は焼かれる前に避難が完了。御隠れになる前に全てを二代目魔神代理が出していて皆、無事だという。これが無事でなかったら講和も簡単にいかなかっただろう。龍朝軍も重要文化財などは退避させろと戦闘中にしつこく宣伝していたらしい。発想は面白いので覚えておこう。
国外軍と赤帽軍の宿泊場所だが、焼け跡の更地に野営地を張るということで決定した。十万には届かないが、この規模をまとめて管理出来る広場はここしかない。魔都の機動的な防衛を考える上でこのまま広場にしてしまうのも良いんじゃないかと思う。戦闘時には軍の集結場所に苦労したとか。
予定されている魔都演習は両軍が十分に休まってからということに、魔神代理領の親衛軍に軍務長官とラシージが日程調整する。赤帽軍はかなり疲れているので参加見送りも考慮されたが、チェカミザル王が「疲れてる子達は途中で降ろして来たよ」と言っていたので問題無いだろう。
重鎮方との会合は明日以降ということになっているので、今日はまずルサレヤ邸――敷地の五分の一は熱でやられて修繕済み――に用意して貰ったザラの部屋を見せて貰った。個人で使うには広めで、二人なら狭くない。
同居人は十歳のスライフィールの女の子で「娘をお願いします」と言ったら「こちらこそお世話になります」と丁寧に返事して貰った。まあ、一応要人の娘だし相部屋になるとしても同世代同性で躾けが届いている子だよな。
ダフィドの名札付きのお家も見て、留学先も邸宅管理人が造った名簿で見せて貰った。ザラちゃんは精力的に「一度全部見て回ってから通う数を決めます」とのこと。文化改革案に魔なる教えが足りないと前に言っていたことから、本流、法典、開悟の主流三派以外の過激派の話も聞きたいと思っているだろうから、どんな風になるかな?
管理人が「一つに絞って理解を深めてからのほうが良いのでは?」と常識的に問うて、ザラは「政治的価値のある私を騙そうとする、説得しようとする、救いに来る、興味本位の色んな人から、悪い、良い、変な、精確な、でたらめな、いろんなお話を聴きます。合理も不合理も変則的なことも知らなければ理解出来ません」と超人的に答えた。
今、君幾つなの?
■■■
今日はこれからお堅い用事もなく、ザラも預け、あとは楽しいお時間。
向かったのはファルマンの魔王号である。ファスラお兄ちゃんに”俺の船で飲めよ”と誘われれば行かないわけにはいかないのだ。護衛は全て置いてきた。
船には何とエスナル王国所属の世界周航艦隊の長、ホドリゴ提督がいた。赤帽軍の帰還事業を手伝ってくれた功労者で、凱旋行進には流石に参加しなかったが、別の場所で海軍から叙勲されたそうだ。
提督の紹介の仕方は分かり易かった。イスカちゃんが「ベルベルおじさんベルベルおじさん! これ私のチンポ!」と股間引っ張って連れてきたのだ。どんな顔をしていいか分からないホドリゴ・エルバテス・メレーリア・アイバー提督、とりあえず腰は反射的に引けている。
二人は歳の差親子程と見たが何と結婚したらしい。切っ掛けは竜が住む無人島ないし大陸に漂着にした時に偶然出会ったことから、らしい。
自分はイスカの大叔母の夫に当たることになったので「親戚と思って下さい」と言ったらホドリゴ提督は少し恐縮していた。ファスラ、イスカと連想してぶっ飛んでる類の人物かと思いきや常識的らしい。
結婚生活は、二人の船は別なのにどうするのかと聞いてみれば、一つは遠大な別居婚か、ホドリゴが愛に生きるために提督を降りる――常識的は訂正しておこう――か、エスナルに到着してから決める。イスカは船を降りることは全く絶対に考えていないとのこと。エスナル海軍に入るのも、故郷で高級軍人のお嫁さんとして家を守るのも性には合わないだろう。
「シゲね、死んじゃったの」
そう言ってギンギンチンポの黒檀彫りの張り型を懐から取り出すような異教の異人の娘があちらの社会で上手くやっていけるわけがない。どんな顔をしていいか分からないホドリゴ提督には惚れた弱みがあるというわけだ。
とりあえず張り型を握って持って、振って「ホントにこんなの?」「こんなの」そしてファスラが「俺のはこんなの!」と出す。知ってる。
乗員皆で「勝利を祝して!」乾杯。
気付いたら手の平に拳銃があって、空を撃っていた。皆も撃ちまくる。
次に「シゲのチンポに!」乾杯。
それから「イスカちゃんの結婚に!」乾杯。
それと「新しい魔神代理と大宰相に!」乾杯。
ええと「ザラちゃんの留学に!」乾杯。
何だ「エスナル世界周航艦隊の帰港を祈って!」乾杯。
まだまだ「国外軍の成功を祈って!」乾杯。
序の口「チンポが真っ赤な赤帽党!」乾杯。
それと「火力万歳、ロシエ軍をぶっ殺せ!」乾杯。
んー「ザガンラジャードに!」乾杯。何故かファルマンの魔王号にその大御棒が飾ってあった。
甲板の上で安酒、高級酒、とにかく何でも飲む。
とりあえずでんぐり返し競争をして、空き瓶空中射撃。イスカちゃん可愛くて、でも旦那の前で捏ね繰り回すのはどうかなぁって思ってたら「おじさんどうしたぁ!?」とあっちから顔に飛びついて来て、それから銃声でやってきた警察に「俺の酒が飲めねぇのかよ」と飲ませる。
そうしたらナレザギーが馬車でやって来やがって、何でここに毛むくじゃらがいるんだよと思って担いで船に連れて行ってもふもふして口の中毛だらけになってぺっぺっ吐く。
「ファスラお兄ちゃんファスラお兄ちゃん! ねえ聞いてったら聞いて!」
「どうした弟よ!」
飛び込んできたお兄ちゃんに股で腰を挟まれた。
「絶対に船が足りんから協力してくれ、あれだあれ、国外軍の移送。ダスアッルバールからハザーサイール入りだよ、魔都演習終わったらだなぁ。話は大宰相と詰めて、あっちから指示なり要請がいくようにするからよ」
「俺はいいが、チンポがな、エスナルさんの方だな。世界周航を助けたってことであっちまで行くんだけど、寄り道してってのはな。川下って、アソリウス、聖都……」
「今、ロシエとあっち、たぶん戦争始まってるな」
「そんなことなってんのかよ! イスカ、チンポ引っ張って来いチンポ! しゃぶってる場合じゃないぞ!」
「はいチンポお待ち!」
イスカがホドリゴ提督の股間を引っ張ってやってくる。
「正式要請はまだですが、ハザーサイールへの国外軍移送手伝えますか? サイールの帝都アグラレサル行き。それから聖都界隈、フラル半島ですか。今、ロシエと戦争している可能性がありますので港の使用は怪しいかもしれません」
「何にせよ予定外の遠回りは各艦長と会議してからでなければ無理です。物資提供、各船員への慰労金、寄港場所と宿泊場所の確約は勿論必須です」
当たり前の話だ。そういうものを誰が出すかということになる。ナレザギーの出番だ。その毛だらけの耳に息を吹きかけて、おいこら、とやった。
「ファロン銀の流通経路についてご相談出来ます」
世界周航艦隊。歴史的偉業を成し遂げて名声を高め、航路開拓し、通商取引の締結を各港で結んで行って親善大使業務も行う。提督にはそういうことが出来る大権があるのだ。
「商会の職員、そちらとの取引契約権限がある者をお国まで連れて行って構いません。寄港場所もこちらの商会の手の届くところばかり、ご優先出来ます。ロシエと神聖教会の戦争が事実ならば北大陸側の港を使うことは難しいかもしれませんが、こちらの案件を了承して頂ければ南大陸側の港を快適に経由して頂けます。ご存じかもしれませんが、我々はランマルカとも取引しております。あちらとの直接取引が難しいとしても間接取引は間違いなく可能です。新大陸情勢に風穴を開けることも不可能ではありません。昨今エスナルでは、ロシエを仲介にクストラ領と引き換えにランマルカとの恒久的な平和を築こうという交渉が続いていると聞きます。一つ、良い材料になるのでは?」
このような条件が付けばホドリゴ提督は公人として首肯が出来るというか、外交的大案件になるから船上でなければ拒否不能。ただやはり本来の計画には無い遠回りは船と船員への負担が強く、生き死にに関わる大事なので会議必須。それに酔っぱらっているから今日は先送り。
ヘリューファちゃんの空中回転芸を見て楽しんでいたら船外が騒がしい。港に人だかり、お? こっち向かってるじゃないの?
凱旋行進を見てもう一回戦争がやれんだろうって思ったらしい群衆がそういう事を叫んで押し寄せている。酔っぱらいの耳にあれだが、魔神代理の仇だとかそういう感じだ。群衆と言っても頭に撒いている布巻の色が同じだったりするので、何かの思想の集まりだ。今、そういうのが流行っているらしい。
「魔神代理領の剣を称するのならば、即時報復戦争を求めます! 天政皇帝の首を求めます!」
代表っぽい爺さんが言った。言いやがったな。拳に布巻いて固めて舷梯から岸壁に降りる。
「俺が帝国連邦総統ベルリク=カラバザルだ! 俺に勝ったら今すぐにでもまた天政に侵攻してやるぞ。首でも金玉でもおっぱいでもいくらでももいできてやるよ! 掛かって来い!」
酔っぱらってるしその爺さんを殴り、布に折れた歯が刺さる。それから目に付く奴を殴りまくる。女子供も見逃さない。人に戦って死ねって言うんだから拳骨の一つ二つ、踵蹴りの一発二発何だって言うんだよ。
「もういっぺんしてぇんだろ! 前線に連れてってやるよ!」
ファルマンの魔王号乗員も降りて隊列作って群衆を殴って――イスカだけは黒檀チンポで、ホドリゴ提督は流石に参加せず――押しまくる。酒飲んで暴れて血を見る、楽しい!
それから暫く殴り続け、手に巻いた布が赤黒く染まり、握って絞ると血が垂れるようになった頃、警察がまたやってきて威嚇射撃で騒乱を静めて「解散!」と怒鳴る。
「煽るような真似はしないで下さい!」
怒られた。
■■■
ベリュデイン大宰相邸を訪問した。現在政庁の一部と化しており、官僚が詰めていて、壁や天井の色が違う部屋が多数あり突貫で拡張工事がされている。焼失書類の数は相当で逆に整理がつきやすかったかもしれないが、新たに積まれる紙の量も相当。近く別の施設に移るらしい。
ベリュデイン大宰相は言い辛い話題の前に別の案件から話したがる癖がある。大胆な行動には出るものの、実のところ小心で、覚悟で抑えつけている感じ。魔族の体じゃなかったらどうなっていたんだろうか。
ラコニオンのイスパルタスという新しく魔族になった者が”異世界”を発見したそうだ。そこはとんでもなく広い砂漠みたいな世界で、空は赤く雲に覆われて地上を照らし、水は無く、地上にはない植物がわずかに生える。地形はこちらの世界にはないような急峻な山や谷が連なって異様な光景となっている。そこを龍朝天政軍が極東からおそらく遥々通って魔都の奇襲に至り、火の鳥のような全てを焼き尽くすおかしな生物を呼び出したという。突拍子もないが、そうでなければ魔都中央焼失なんてことにはならないだろう。
異世界研究はまだまだ途上で、はっきり分かったことではないらしい。そこと行き来する魔術の研究は始まったばかりとのこと。それからその件が、聖なる魔なるの創生神話に繋がるかもしれないとかなんとか。
魔神代理領中央における問題もこれからの案件を喋るための準備、助走として語り出した。
国外軍と赤帽軍の一部と、魔族軍が吸収合併された”魔族化”親衛軍と魔都郊外で演習を行って大規模戦闘能力は未だ健在と内外に主張する予定について。
この行事は大宰相の命に応じて行われたということになるので、少なくともベリュデインが親衛軍と帝国連邦軍を掌握しているという宣伝にもなる。力による正統性の顕示が出来るので安定の度合いが強まるだろう。
歴史を遡れば魔神代理領中央が地方軍、時には中央軍にすら命令を下せない時代があった。今はそこまでの危機的な時代には陥っていないという証明になる。強さの証明は今の時代に必要だ。
昨今魔都で混乱の元になっている複数の団体を抑えるのには力が必要だ。彼等の主義主張は色々あって、平和と好戦の軸もあれば神秘と法治の軸もあり、小賢しいと馬鹿の軸に、保守と革命の軸もあるだろう。あちこちで集会を開いては己の主張を大声で騒ぎ立て、違う主張の団体と殴り合いの喧嘩から刃傷沙汰までに発展。議論の活発化どころではない。昨日、港で血塗れになるまでぶん殴ったあれもその一端。
警察も死傷者多数出した中で更に騒乱に対応と能力の限界に迫り、臨時職員に軍も動員しているそうだ。中心部だけではない二千万魔都圏全域となればどれ程の負担か。
自分としてはこれから本題に入る。
「魔都演習終了後、ダスアッルバールからアグラレサルへ国外軍を移送して頂きたい。ついては現在編制中の運行可能な新鋭艦隊をお借りしたい。またファスラ艦隊、エスナル艦隊には政府から協力要請があれば受けると確認してありますので出して下さい。内外に火種を抱えるハザーサイールに秩序を取り戻すため、また有事に備えて陸海軍を派遣すべきと考えます。何もなければ魔都演習を中止するくらいには猶予が無いと考えます」
「その通りにしましょう」
「エスナルの世界周航艦隊の船員には遠回りの帰港をして貰うことになるで謝礼の意も込めて資金、物資を提供をします。こちらで立て替えておきますので請求は後で送ります」
「分かりました」
「ダーハル殿も了承が取れれば顧問というような形で連れて行きたいと考えております。交渉はこれからになりますが」
「ダーハル殿が了承されるならばそのようにして下さい」
何でもはいはい肯定されているが逆に恐いな。チンポしゃぶれって言ったら、はい、とか言うんじゃないだろうな。
「ロシエが軍事行動に出ると情報があります。伝達の距離感からもう動いていることでしょう」
こっちに漏れているような段階でまごついていたら、強いロシエに減点出しちゃうな。
電信が魔都側に繋がっていればこんな微妙な感じにならないが、参ったな。それが当たり前だ。もう風より早い稲妻のような便りに慣れてしまった。
「ロシエの行動は、アレオンに直接か、神聖教会に一撃食らわせてからなのかが今は分かりません。それから新しい彼等の軍は新兵器だらけで能力も評価もいまいち出来ないそうです。直接戦闘要員を可能な限り減らし、兵器に依存する形だとか」
「兵器運用に失敗した途端に瓦解するように聞こえます」
「でしょう。作戦能力は未知数です」
ロシエが魔神代理領の混乱に乗じないわけはない。何か決定的な混乱が発生……ベリュデインの醜聞か?
ラシージの情報網がどこから紳士的に伸びているか知らないが、当人周り以外に漏れてるということはもう秘密ではなく機密性の高い情報と化している。
「これは私の推測ですが、アレオンに、魔神代理領に手をかけるのは政治的混乱に乗じて行うと思われます。ハザーサイールの継承争い如きで収まらないような混乱です。今、多少民衆が騒いでいる程度の混乱は大したことではありません。起こしている軍事行動は神聖教会に対してで、それがこちらに仕掛ける前準備と見ます。そのような戦争計画と合致させるのならば、任意の時機に起こせる混乱の種があると思われます」
ベリュデイン、目を瞑る。お前、隠し事下手だろ。
「アリファマをここに」
控えていた獣人奴隷が部屋を去り、沈黙のまま待機。
いや、知ってるけどな、知ってるけどよ。
アリファマが入室。戦後、魔都の治安対策のためにベリュデインの私兵が必要と判断してザモイラ案件要員以外は帰国させていた。こちらの専属傭兵団みたいな感じではあるが、やはり他所の子は他所の子なのだ。魔都で半数の旅団規模くらいは寄越せと言う心算だったが。
「グラスト魔術戦団、国外軍へ同行を。実働戦力は全てお預けします」
アリファマが外套を脱いで、服も脱いで見せた。高い戦闘能力があるだけに鍛えられた体で古傷もあるが、大きく計画的につけられた手術跡が指先から体幹まで全身にある。下腹がそういう体形にしてはやや膨らんでいるように見える。服一枚あるだけでその違和感が無い程度だ。
「私は過去に第十六聖女一派と取引を行いました。それはあちらとこちらが所持している魔族の種、あちらの言う不朽体の中でも特別な一部との交換です。魔族の種の保有管理は基本的に魔導評議会に一任されるものですが、昔から戦争の混乱や……密造による数を確保し、誰の目にも届かぬ氷土大陸の研究所に隠しておりました。彼女を筆頭にグラスト魔術戦団の女性隊員は皆、あちらとの取引で得たシッセリアの赤子と呼ばれる魔族の種を利用し、胎児を魔族化した状態で胎に抱えております。これにより術使いとしての能力が飛躍的に向上し、秘術を充分に扱えるだけの素養を得られ、改造手術の手間を掛けるに値するだけの存在になります。手術に関しましては、技術的なことで……今は省きます。一番は骨に呪術刻印を刻んで金型を嵌めるというところです」
大英雄である”魔剣”ネヴィザ盗難の案件はどうなのか。あれは大事だと思うが口にしない。別口か?
「その情報が、もうある程度の範囲で広まっていることは」
「え!?」
えって言ったか。自分が知ってて驚いたならいいが、漏れてると知らなかったはちょっと、勘弁してくれって感じになるぞ。
「それは既に秘密ではなく、一部に広まり情報と化していると掴んでおります。誰が漏らしたかは分かりませんが、聖女一派がいつか使えると仕込んでいた可能性はあるのではないかと。そこからまた一派に潜んでいたロシエの工作員が流して、というのは十分あり得ます」
「そうですか……誰かに暴露される前に自ら公表します。他所から暴かれるよりは良いとは以前より考えておりました」
「混乱、覚悟ですね。もしかしたらあちらは、私がこういう風に喋ることまで読んでいたかもしれませんよ」
「はい。今の混乱が収まってからとは思っていたのですが、時期は今でしょう」
「馬鹿な東方再侵攻要求を粉砕するのならばともかく、その件に関して庇う方法などほぼ知りません。強さこそ正しいと、見解を述べる以上は出来ません」
「充分です。咎は私にあり、罰せられるべきは私です。彼女達に罪はありませんが、背負わされてしまいます。好奇の目で魔都で晒し者にされ続けるなんてさせられません。ですから今一度、戦いにて、アレオンで予想される戦いで晴らして欲しいのです。強さこそが正しさなら、それを示す機会をお願いしたい」
なんて糞真面目なんだ。常人だったら胃潰瘍と慢性の下痢と血の小便になっているな。
「アリファマ、もう結構」
下の毛見ながら真面目な話ってのも面白いようだが、古い付き合いの戦友って感じの彼女のだとそんな気にはならんな。目線は取られるが。
「アリファマ殿、魔都演習の準備段階から国外軍指揮下に入って貰います。また活躍を期待していますよ」
「遠慮なく」
私たちは覚悟が出来ているので軍令を遠慮なく下して下さい、ってところかな。
魔都演習の準備は明日から。
■■■
次はダーハル殿の邸宅を尋ねた。前大宰相邸ということで、家の半分以上を役所に貸しても不便無さそうだった。
話は手短に終わった。
「魔都演習後、国外軍はハザーサイールに向かいます。我々に随行して相談、交渉役などに回って頂きたい。あなたの発言力、圧力で融通を利かせて頂きたい。何か役職につく予定なら断って下さい」
「そうしましょう。ただ多くは期待しないで下さい、私より先輩の奴隷騎士がおります。育ての親も存命。中央ではともかく、故国ではそこまでの立場ではありません」
「口はそちらに、拳骨はこちらが」
「同郷に嫌われてしまいますね」
「犠牲になって下さい」
「脆弱なる者達を守り指導していく責務を負い、良心に従って行動することが義務となる。己を捨て、死ねず永遠となっても魔神代理の行いを受け継ぐことが義務となる……私はこれを誓ったことはないのです。”虫人”アムリドルはサイール皇室の私有物で、これの継承は魔導評議会ではなく皇室が司ります。私が誓ったのは皇室への忠誠のみです。中央の要職を拝命したのもその延長に当たります」
「つまり空位の今なら好き放題。頼りにしています」
「私の口からは言えません」
ダーハル邸から中央野営地への帰りの道中、拳で決闘を挑む奴が出て来た。昨日の一件が噂になったらしい。
「私は龍朝との再戦を……!」
喋っている間にぶん殴ったら舌を噛んで出血にもんどり打って倒れた。
「戦争とはこれだ!」
■■■
国外軍と赤帽軍にグラスト魔術戦団が、魔族化親衛軍を相手に軍事演習を開始する。
第一段階はこちらが攻撃側で、親衛軍は防御側となって背後の魔都を守らなければならないという想定。こちらは騎兵を使って防御が固まる前にかく乱攻撃を行ったり、住民を人質にしたりとと嫌がらせをしつつ、主力軍を前進させる。あちらは嫌がらせに対処しながらこちらの主力軍を迎え撃てるだけの防御体制を整え、要塞を野戦築城。正面から撃破が叶わないならこちらの後方連絡線を断って攻撃計画を中断させられないか、などと工夫することになる。
第二段階は、第一段階の勝敗結果に拘わらずこちらが親衛軍の防御陣地を攻略、占拠した状態から始まり、どうあちらが逆襲に転じるかという想定。
今回はどれだけ強大な要塞を、敵に妨害されながら築城出来るかというのが親衛軍の課題であり、それを我々が占拠した後に改良しまくって頑丈にしたものをどのようにして攻略するかというのが主眼になっている。龍朝天政軍と幾度となく行った多重の塹壕、要塞群での新しい土塗れの戦いを再現し、我々が血と泥に塗れた経験を彼等に伝える。弱い味方は敵と同じくらい厄介なものだ。強くあって貰わなければならない。
魔族化親衛軍は従来の親衛軍に比べ、高貴な魔なる眷族が将官士官級に留まらず、力の継承基準が大緩和されて兵卒級にも含まれている。魔族じゃなくても出来る仕事は常人にやらせ、魔族なら良く出来る仕事は魔族にやらせる――正面戦闘は魔族、砲兵は常人のような――など、能力に応じた人事がどの程度かが注目されるところ。また従来の慣習を破って定型魔術を導入。用途に応じ、多様な集団魔術を一個人の才覚に任せず安定的に発動させる方針に切り替えられた。魔都中央での敗北は伝統を壊すのに十分な破壊力であっただろう。
演習の進行、指揮はラシージにお任せ。自分はベリュデイン大宰相と親衛軍長官と一緒に演習場を見て回ってあれやこれやとお喋りするのが仕事になる。
大宰相は流石に公衆の面前では堂々としていたが陰ではそわそわしていた。醜聞の案件が広報されたのである。広報に合わせるように演習開始となり、強さで正しさを証明するという旨の発表が出て右に左に論争が巻き起こっている。
魔族の種案件に関しては最大の影響力がある魔導評議会議長バース=マザタールは”正しさは行いの結果から出ずる”と公言。ベリュデインの悪行については非難せず、しかし魔なる神の代理たる魔神代理から俗事を任される大宰相として相応しいかはこれからという論を展開。これが主流の考え方になるはずだが、話題が沸騰した直後のことなのではっきりとは言えない。
自分は”強さこそが正しい。共同体防衛が為せるか否か以上の判断基準は無い”と広報向けに公言しておいた。新聞記者らの取材にも同じように答えた。
”忌憚なく言えば魔族の種も共同体に如何に貢献出来るかで価値が決まり、今まで出来たかで尊重されます。英雄が霊廟まで築かれ、無名の者が無名なままであることが事実。神聖教会より伝来したシッセリアの赤子によって強化されたグラストの彼女達は間違いなく、今まで肩を並べて戦ってきて確信していますが、十分に貢献してきて尊重されるべき存在です。これの否定は帝国連邦軍を否定することと私は捉えます。議論は様々あるでしょうが、仲間であり戦友、今や兄弟姉妹である彼女達に対する非難や侮辱があれば、それは我々に対しての非難や侮辱です。我々は単なる抗議ではなく、拳で返答をするものです。共同体同胞であろうと、その法の下に守れていようとナメた奴に遠慮する気はありません”と語っておいた。これは本心そのまま。
中央駐在の外交官にはそれに関わる一件あれば名誉棄損の犯人の特定から、警察からの身柄引き渡し要求から鞭打ち刑の手続きまでするように指示しておいた。そういう方針を取ったとも後に広報し、これまた論争。実際にそのような流れになることは法的にも無いだろうが、なったら出来るようにしておく。嘘は吐かない。
両軍、それぞれの開始位置への移動、物資の集積がほぼ完了。互いに距離感が出来て、無人地帯が出来上がる。そうなると馬で走りたくなる者が現れる。始点終点がある長距離間とはそういうものだ。
演習開始前に砂漠の馬の中では最高と言われる、大きくて見た目も良くて瞬足のルハリの荒馬に乗る騎兵が「勝負しないか!」と、我が軍の小さくて太くて大人しい草原の馬に乗る骸騎兵に競馬勝負を仕掛けてきた。そして耳元で銃声を聞かされたそのルハリ馬が驚いて棹立ちになってから走り出し、落馬した荒馬乗りは鐙に足を引っ掛けたまま擦り下ろされていった。
純血のルハリ馬は脚こそ早いが気性が荒くて神経質、火力戦に向かないとは聞いていた。あれは解決されるべき問題である。
「見ろアホ!」
『ギャハハハ!』
擦り下ろされる騎兵を、こちらの騎兵が追いかけて救助し、演習初の死者が発表される。心温まる交流だ。
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