第353話「スペッタ攻撃」 アデロ=アンベル

 エグセンとエデルトの田舎芋野郎達が今ここにいたら、と思ったのは人生初かもしれない。荒っぽいし下品だし何言っているか分からないし女はゴツくてブスだしと良いところはないが、友軍として側にいる奴等の頼もしさは段違いだ。無いものを強請りたい。

 ロシエ帝国軍が占領するスペッタ市へ我がフェルシッタ軍がお手本たるべく威力偵察に出た。昼間に行ったので酷い目に遭って血塗れだ。アデロ=アンベルなどという、聖戦諸侯のお歴々方に対し、聖戦軍参謀として発言力を得るためには仕方が無かった。それから他国軍が全く信用出来ないということもある。本気で相手の戦力を探るためにどれだけ殺されなければならないか、理解している者がどれだけいるだろう。

 敵が野戦に繰り出して来る兵力については海路、海兵隊のみという現状にあっては少数である。艦船要員は除いて五千以下、いや三千以下の守備兵力だ。だがしかし精鋭だ。長大な射程を持つ銃と大砲を装備しており、頭部、士官狙撃が頻発して個人単位から腕が良いと分かった。

 また並の銃撃を物ともしない装甲機兵は軽装備だとまるで歯が立たず、姿勢制御を兼ねる大杖を振るので白兵戦では全く勝てる気がしない。そして射撃戦でも、肩に載せた斉射砲から放ってくる理術式弾とでもいうのか、どう考えても人間を感知して空中で炸裂する大口径弾を撃ってくるので敵わない。

 スペッタ市はそれ自体が近代的な要塞構造である。そして港湾都市なので海路が保たれ、陸側から包囲だけしても疲弊させられない。

 また良港の条件を揃えた場所にあるのでこの界隈、沿岸部での敵艦隊の動きは良い。思った以上に暗礁を気にせずに岸へ船体を寄せて来るので、要塞砲と艦砲が組み合わさってとんでもない防御力を発揮する。

 ロシエ艦隊の艦砲だが、船舷に規則的に並べた物だけではなく臼砲に、新型の甲板上で砲台を回転させ尚且つ仰角をつける装置付きの物もあると分かった。位置取りと遮蔽物の制限を取り払っての柔軟な砲撃が予測され、とてもではないが沿岸部の見晴らしの良い街道からはまともには近寄りたくない。

 都市自体へ砲撃を加えるとしたら内陸側に陣取るしかないが、そうなると東側、山に向かう斜面上にある要塞、標高の高い位置から砲撃されることになる。

 都市と要塞の距離感は、互いの要塞砲の有効射程限界点が重なり合う程度。旧式砲の射程の一と十分の七程度。ここにロシエ軍の新式砲が、鹵獲砲と合わせて装備されている上に都市側には強力な艦砲が陸揚げされ、堡塁の上に載せられ不沈戦艦となっており、まず真正面からの正攻法は通用しない。

 こうなると東の要塞の更に山側から砲撃しないと厳しいわけだが、そこまで行くと普段は羊飼いしか入らないような斜面、崖、岩場になってしまい足場が悪過ぎる。

 発展している都市というのは、交通の要衝にあってしかも守り易い位置に存在しているものだ。その辺に気紛れに出来るものではない。だから悩ましい。

 搦め手として都市住民の蜂起というものがあるが今回は期待できない。住民は全員残らず、壁外の被差別階級者まで追い払われている。彼等は周辺集落に散り、都市郊外で難民の野営地を築き、教会の炊き出しにありついている。これらは当然の慈善的な処置だが軍事的に見ると邪魔くさい。ロシエの密偵がどれだけ入り込んでいるか分からないし、着の身着のまま投げ出された者達が盗みを働いたり、娼婦が昼間からうろつき、初歩的な知識もない素人上がりもいて病気が怖い。性病だけじゃなくて糞小便も垂れ流しで近い内に赤痢だとか流感だとかが流行る見込みだ。薪もろくになければ勝手に農家の建物を解体し始め、騒動になって……包囲の長期化はこちらが病気塗れで潰れることに繋がる。余裕が無い。

 都市と要塞の間、郊外にありながら双方に守られるようにして牧場を潰して作られたのが飛行船発着場である。敵陣地奥側にあって警戒も厳しく、偵察は難しかったがハザクくんが大いに役立ってくれた。素早く持久力があって根気強く、夜間行動にも慣れていて記憶力もあれば絵も描けるし勘も良いしで流石はジェーラの息子達といったところ。もう一人若い娘がいたらくれてやろうかと思ったぐらいだ。

 情報が乏しい内は飛行船という名前も分からず、発着がされても何を目的に行動しているのかは分からなかった。砲兵付きで弾着観測に気球を使う技術は知っていたが、あんな巨大で空を自由に行き来する船の用途は時代遅れの人間の想像の埒外。情報が揃って飛行船の長距離飛行能力と爆撃能力が、聖都爆撃という大事によって判明してからは大変である。我々は、のんびり穴を掘ったりして攻撃準備をしたり、地道に包囲陣形を整えて嫌がらせを繰り返すなんて戦術を使って良い立場ではなくなったのだ。流行り病の兆しから長期駐留に背中を押されていたがそんなものではない。

 速やかにあの、柵も揃っていない、物資が野積みにされて天幕が張られている程度の発着場を攻略、占拠不能でも無力化、最低でも機能低下を目指さなくてはいけない。敵の飛行船はあそこで荒天避泊、整備、爆弾補充、乗員を休ませ、高頻度に山を越えては聖都上空から街を焼き討ちにして戻って来ている。

 聖戦軍はスペッタに釘付けにされていると分析する。聖なる都、信徒達の首都、神に最も近い御座、そこを守らずして何の聖戦軍かと問われるのだが、これが厄介だ。スペッタ攻略のためにレーメスに軍を集めてそれからスペッタに向かって包囲しようかどうしようかとやっている内に何と、ベルシア王国の降伏と寝返りと破門などという大事件が起こったのだ。ここに拘らないで聖都の聖都騎士団なりなんなりをベルシアに派遣していれば、援軍の到着があると知っていればこうも簡単に降伏しなかったのかもしれない。

 聖戦軍指揮官である聖女猊下は前線にいない。来ると言われれば、えっマジで来るの!? と嫌な感じがするが、いなければいないで、えっマジで来ないの!? となる。

 聖戦軍指揮官代行としてエンブリオ枢機卿のチタク猊下がいらっしゃる。

 エンブリオ枢機卿は特別で、管轄はエスナルだが管領は存在せず、特別枠として聖都に席があるという特殊なもの。かのエンブリオは僧籍にあって子供はいなかったが、エスナル貴族としての兄の血統が存在してそこから代々輩出される。つまりは聖将エンブリオの霊力を借りるための旗印として期待される。先代の聖皇領防衛線ぐらいにしか従軍出来なかった半不具デブは糖尿病からの合併症で――目が潰れて鼻がもげて指がどうのとか――死んでおり、今ここにいるのはチタク猊下は少年である。緊張した面持ちが赤らんでこう、可愛いぐらいの少年。ハザクくんのほうがちょっとお兄ちゃんかな?

 参謀として、血塗れの威光を使って他の参謀を抑えて作戦を立案し、承認を形式的にエンブリオ枢機卿より頂き、ご本人から改めて軍議の場にて各将官に向けて命令を発して頂いた。流石に高位に選ばれるだけあって頭は良く、理解の程は疑わしいが、チタク猊下は言うべき台詞、作戦内容を口籠らず喋れる人だった。傍から見れば彼が考えたような口ぶり。堂々としており、脚本読みにしても大物であることに間違いないだろう。

 フェルシッタ人の自分がお前らの元帥になったから、なんて言ってもやる気は出ないものだ。フェルシッタなぞに主導権取られてなるものかと紛争になってしまう。

 これで良し。厳密には良くないが、今出来る最善だ。


■■■


 スペッタ攻撃作戦実行。都市北側の川は凍結し、渡河に労は少ない。確実に、しかし大胆に行く。

 陽動部隊前進。陽動は威力偵察とは比べものにならない程に血塗れになっても逃げださない軍、弾丸を食らっても女の子みたいな叫び声を上げない男の中の男が必要だ。

 参加した軍は消耗した我々フェルシッタ軍四千。南大陸にいる主力からの補充は出来ず、待機させておいた予備役兵で人員を補充。金にならず功徳と屍だけ積むことになる。

 もう一つは穢れ無き聖パドリス記念騎士団が一千。彼等はちょっとした流浪の存在で、中大洋東岸部に聖戦国家群が誕生した中世に異教の地で生まれ、魔神代理領に敗北した時に流民を守護しつつ条約とは関係無く撤退戦を続けて大イスタメルを横断し、今度は受け入れ先が無いと当時異教の地であったアラック、エスナル方面に移動して武装宣教に参加。それから聖将エンブリオとアレオン征服に同道し、今度はアレオン移民活動に参加。そして先の聖戦で敗北して行き場を失った今度は、当時敬虔だったロシエ王国に受け入れて貰い、今度は革命騒動で壊滅的被害を受けて追い出され、そして今フラルで聖都騎士団の保護下に入っている。これでも不貞腐れず、無駄飯ぐらいにはならないと意気込んでいた。功徳と屍を積みたがっている。

 さらにもう一軍、陽動力を担保するため後方に控える騎兵隊は聖都騎士団が中心になっている修道騎士ばかりで、竜騎士ヤネス・ツェネンベルクが指揮を執っている。騎兵の中には角馬という重量種、翼馬という軽量種がいて、別行動に鯨馬の特殊工作班も存在する……これ何なんだ? 異形か異能の動物が現れることはままあり、時に変な家畜が出て話題になったりと、一頭二頭はその辺にいてもおかしくはないのだが、隊を組める数、しかも同種揃いとは奇妙である。畜産に成功したとしか思えないが、過去にそんな事例は無かったはずだ。

 それから役職の良く分からない聖職者達の一団がいて、長い導火線付きの爆薬を背負わされた毛深い人間か獣か良く分からない連中もいる。何の冗談だろうか。

 正しい教義とは何ぞやと考えても神学論争、軍人の仕事ではない。

 彼我の射撃能力を埋めるために開始時刻は深夜。それも風が強く、雪量は少なめだが十分に吹雪いており、明け方は晴天時より遠い。それも織り込み済み。

 旧式と新式、小銃射程差は一対三から四。大砲は一対二から三程度である。こちらも新式相当の銃を持ってはいるが全員に行き渡っていない。その分を悪天候に託す。

 隊形は敵の砲撃能力に鑑み、分散隊形。雑兵なら肩寄せ合わせ、下士官が把握出来るようにして見張ってないと逃げ出すものだが我々とパドリスの修道騎士の方々は違う。無理に集められた乞食、罪人ではない。密集していないと騎兵襲撃に弱い点だが、名高いロシエ、アラック騎兵は威力偵察では確認されていない。大量の馬の糞もだ。

 艦砲から隠れるように闇夜の中、要塞と都市の間へ入るように進む。

 風が守ってくれる。船は風で流れ、もし撃たれても距離があれば砲弾も流れる。都市の陰にまで入れば誤射の危険から艦砲はほぼ防げる。

 飛行船発着場までは遠い。陽動に加え、色気を出してあちらにも手を出せれば出したいが。

 進む道は暗い。夜目が利く者、ハザクもその一人で、先導者達が雪につける足跡を追う。サクっと鳴る。

 ここにフレッテ兵が待ち伏せしていたらと考えると怖気が走る。

 いないよな?

 照明弾が上がった。眩い光を放つ火箭が都市から飛んで、風で反れて、しかし我々を少し照らして消えた。

 砲撃が始まる。都市の砲台と要塞の砲台から挟まれる。艦砲は? 良く耳を立てて発砲を聞き分けるに、海上からは無いようだ。都市への誤射を恐れたのだろう。

 風切、弾着、爆発、土砂が散る。我々は分散しているので砲撃では狙うに狙えない。

 風切、弾着、悲鳴、爆発。狙わなくても当たると言えば当たる。声が出るだけマシな方か? 即死が楽か。

 敵の砲台の位置は発射炎で見える。煙は風で直ぐに流される。

「前進! 足を止めるな!」

 砲兵が前進。敵砲台へ勇敢に向かう。射程では負けているのでかなり近づかなくてはならないが、反撃くらいしないと敵に脅威とすら見做して貰えないのだ。

 歩兵も前進。砲兵を支援しなくてはならない。それに照明弾が割り出した位置から動かないと何時までも撃たれてしまう。素早く動いたならば敵は誰もいないところを砲撃し続けることにもなる。

 敵がまた照明弾を発射。我々が照らされる。そして、発着場から飛行船が飛び立っている。この風と雪の中で良くやるものだ。照明に一瞬映っただけでも船体が流されていくのが見えた。

 敵砲兵が着弾修正。我々は歩兵も砲兵もとにかく前進して修正位置から動く。

 明るくなる。次は照明弾ではなく、飛行船が頭上で照明をぶら下げた。風で絶好の位置で照らし続けるわけではないし、雪で視界が良くないが、中規模部隊の位置を凡そ把握するには十分すぎる光量だ。それで充分に砲撃が出来る。

 砲弾とは別の落下音。弾着、小さい爆発。これは毒瓦斯爆弾か。すっかり帝国連邦軍みたいになってやがる。

 我々には防毒覆面が――防寒具兼用でもあるので最初からつけていた――ある。しかも風で毒瓦斯が流れて直ぐに無効化される。でも一回でも吸って、目鼻に入れば炎症でしばらくまともに戦えない。つけていて良かった。

 飛行船の照明、発射されて光の尾を引く照明弾、砲台の砲炎。そして松明を持った敵兵の動きがあって、見えた。装甲機兵が発着場への侵入を防ぐように隊列を組んで壁を作ったのだ。その足元には歩兵が古式に盾を並べている。そして整列が終わった頃には松明の灯りが消えた。

 地図や手元を見るための光漏れ防止に布を被せた灯りを使って時計を見る。晴天ならもう日出してもおかしくない時間だ。

 隊付き伝令に、砲兵隊へ砲撃目標を砲台から発着場に変えるように指示を出す。オッデ少尉も頑張っている。

 砲兵前進。射撃位置につき、大体発着場の方角に向けて砲撃開始。砲兵は一発撃ったら直ぐに場所を移動する。元から大して狙いがつけられないから弾着修正など無意味。敵に脅威を感じさせればいいのだ。

 発着場から銃撃が飛ぶ。風で流れて狙いが外れているが、段々と風に合わせてもくる。お互いに大体の位置に勘で撃っているのだ。こんなものだろう。

 狙ってはいない流れ弾が兵士に当たりだす。こっちの銃弾と砲弾、どれだけ当たっているかさっぱり分からない。

 砲兵の一撃離脱戦法に対し、撃って砲炎が上がった直後に敵の、又杖で支えている旧式というより古式に見える小銃を使う兵が一斉射撃。それはちょっとした大砲の威力で砲兵の身体を千切る。銃眼用の重小銃にしても風に影響を受けない弾道に威力? 理術式ってやつか。もう対応されたぞ。

 空が悪天候だが明るくなってきている。

 白い雪の中、影のように敵が見えて来る。それは相手も同様。互いに撃ち合い、分散しているこちらの死傷者も増えて来た。

 射撃に違和感がある。良く見えないので感覚だが、こっちが敵に撃った銃弾が反れている気がする。砲弾もだ。風で弾が流れているだけじゃないようだ。

 近くにいる部隊に一斉射撃で観測射をさせてみたが確実に流れて外れ、外れ弾が当たるにしても盾に弾かれている。矢だとか投石じゃないんだぞ。

 砲弾は? 近くの砲兵に撃たせて観測してみれば砲弾も反れる。爆発して破片が飛んでも効果薄い。反撃の風の影響も無視する一斉射撃がやってきて、運良く当たらなかったが風圧で帽子が吹っ飛んだ。

 磁気結界か。ロシエ内戦の時に噂はあって、眉唾かとも思ったが本当だったか。帝国連邦軍も撃退した伝説はあれによるものか。

 だが無限に防御出来るかどうか分からない。試してみるしかないので撃ち続けさせる。燃料みたいな何かを消費しているのなら何時かは終わる。

 分散隊形で、散兵に戦い続ける。地面に伏せ、物陰に隠れる。石に土の段差、小川、各自に出来るだけ持たせた円匙による個人塹壕。深く掘らなくても良い。寝て半身が隠れるだけでも効果がある。地形の段差を利用出来れば短時間で砲弾も凌げる場所が出来る。パドリス騎士団の連中は割と素直でこの穴掘り戦法を拒否しないでやっている。

 しかし後装式銃が欲しいな。前装式でも寝ながら装填出来るが全く遅い。帝国連邦軍から買えないのか?

 後方の騎兵隊へ現状報告に走らせたオッデ少尉が徒歩で戻って来た。馬は流れ弾に当たって死んだ様子。

「兄弟ツェネンベルクから、騎兵隊はいつでも突撃出来るとのことです」

「なめるな……なめるなとは言うなよ。そうだな、あの爆弾兵を突っ込ませるように伝えてくれ。これ以上明るくなるとただの的だ。こっちの隊列の中で倒れられた困るからな」

「はい」

 それから爆弾兵の突撃が始まる。どういう頭をしているのか分からないが、獣の息遣いで彼等は臆せず走り、二本足だと全力が出せないのか途中で手を突いて四つ足走行へ移行して装甲機兵と盾兵の隊列に突っ込み、ほとんどは近づく前に撃たれて倒れるものの、中には盾に体当たりして少し暴れてから倒れた者も合わせ、多少時間差を持って爆発が連続。諸共血肉に散る。流石の磁気結界も爆風は抑えられないようで隊列に穴が開いた。

 それからは磁気結界の装置も消耗か破損か、こちらの銃撃が通るようになった。

 少し戦いが楽になったが、既にこちらの大砲は全滅だ。砲兵は歩兵に加わる。


■■■


 朝と呼べる明るさになる。主攻の諸侯軍が山側からスペッタ東の要塞へ攻撃を開始。暗い内に有効射程まで接近していた砲兵もおり、砲戦が始まる。

 諸侯軍には旧式装備も多いが、先の戦いの反省から施条の銃砲装備の部隊もいる。決して皆が怠惰ではない。

 怠惰とは別に連携は勿論怪しい。各方言が違って意思疎通がまず難しい。将官、士官級なら教養があってリゲロニア方言で合わせることも出来るが末端は無理だ。

 各国、歴史的にも仲の良し悪しがあり、それを抑えつける役目を果たすのが少年枢機卿となれば貫禄不足。勿論、自分も不足。

 装備がバラバラで補給物資の融通も難しく、戦闘距離が違う。操典もバラバラで同一戦闘行動を取るのも難しいとなれば隣り合わせにするだけでもまずい。

 解決策としては、軍単位で大縦隊を組ませ、先頭から順に一軍ずつ攻撃を仕掛けては限界に達したら後退して次の軍と番手を交代するという情けない形での波状攻撃だ。

 各国将官、雁首揃えて会議となると皆、俺が一番勇ましいぞ、という顔と声を作るので、波状攻撃の一番手を皆で競ってくれた。この時は教会に手回しをして、スペッタ一の美女と呼ばれている女優に貴婦人の格好をさせ、偶然居合わせたという風に同席させて”皆さん、どうかよろしくお願いします”と泣きながら言わせたら簡単だった。これが男の良いところで駄目なところだな。

 大きな軍はシェルヴェンタ、ギローリャ、ロベセダ、ヴァリアグリ、メノグラメリス軍。

 ペシュチュリア、ファランキア、上ウルロン、ウステアイデン軍はまだ到着していない。こいつらが来る頃には裏切りのベルシア軍とロシエの別動隊が戦線に参加していることだろう。

 それから細々とした各小国軍だが邪魔で困る。作戦の予備として後方待機させておいたが、いざと言う時の使い道も正直思いつかない。小国は兵も少なければ武器も練度も経済力からびっくりする程悪い。本当に、戦場じゃなくて貧民窟か断頭台に行けよというようなのがいる。小国でも精強なフェルシッタが珍しいのだ。小というより、中ぐらいだけど。

 個人的には装備に劣るのだから補給線の太さと兵数を頼りに、散発的に朝から晩まで小出しに波状攻撃を仕掛けて火力ではなく過労で敵を倒したかった。それをやる戦力はあるし、聖女猊下がそう仰れば出来るのだ。だがそうなならない。

 聖都爆撃、物理的な損害はたぶん大したことはない。じっくり腰を据えた砲撃ではないのだ。それでもそれを防ぐために無茶をしなくてはならなくなっている。

 やっぱりベルシア陥落でもうやられちまってるよなぁ。後どうするとか、誰か頭で描けてるのかよ。

 我々陽動部隊に対する要塞からの砲撃が止んで主攻へ振り向けられる。砲弾はいくらか消耗させてやったが、要塞に備蓄されているスペッタ軍の大砲分があるから楽勝というわけにはいかないだろう。

 上空を聖都爆撃から戻ってきた飛行船がスペッタを素通りで去る。脅威から少し反らしてやったぞ。

 頭上の照明と毒瓦斯攻撃をした飛行船が海へ去らず、発着場へ降りた。風はまだあるが、腕が良いのか理術式の何か装備でもあるのか事故を起こしてくれそうな危うさは感じられない。

 海からやった来た飛行船が主攻に対して焼夷弾投下を開始した。爆発力に乏しく、高い精度で落とせるわけでもなく、風に煽られて流れるので思ったよりも被害は無さそうだ。弾薬置き場に運搬車を狙ってなんてことは出来ていない。

 降雪が減ってきた。それが無くても雪景色に人が踏んで掘って掻き回した泥の跡が見えて、敵の射撃精度が各段に高くなってきている。頭を狙って撃ち抜かれる様子もある。

 陽動部隊は限界に近い。我々は良く引き付けた。戦力は大分削れたが、未だに装甲機兵と盾兵の列がこちらへ向いたままでいてくれるのは予備待機させている騎兵隊のお陰だろう。

 騎兵隊へ応援要請を送る。オッデ少尉、本日三頭目の馬に乗って伝令に出る。疲れは当然あるが臆した様子は全くない。頭の良さは未知数だが乗り馬を二度殺されても乗馬姿に躊躇が無いのは素質がある。

 陽動部隊の撤退支援も兼ねる騎兵隊二千がヤネス・ツェネンベルク先頭に、空は明るいが松明を持って飛行船発着場の焼き討ちを狙いに行く。騎兵の消耗は惜しいのだが、聖都爆撃阻止に動くことが彼等の功徳に繋がる。敬虔なる修道の騎士兄弟も辛いな。

 騎兵隊、距離を詰めに歩いて動き出す。艦砲射撃が始まって、命中率は悪いがしかし馬の背丈の分、破片が当たりやすく脱落者が出る。鯨馬の特殊工作部隊が敵艦隊に対して嫌がらせを夜間にしてくれたはずだが、どの程度の成果だったか地上からは確認出来ていない。

 騎兵隊、駆け足に早める。

「後は任せられよ! 聖なる神の加護ぞあれ!」

 ヤネス・ツェネンベルクと修道騎士の内、先頭に立つ有角の重騎兵が銀色の甲冑を光らせ、後退する陽動部隊と前後を交代。何処の時代から出て来たか分からないような騎士姿だが、戦場だとえらく心強い。

 先ほど着陸した飛行船が離陸。そして低空、旧式滑腔銃でも当たりそうな高度から光る雨? 金属? を騎兵隊へ無数に投下。爆弾ではないようだが。

 風切って降る、ザザザ……と音を立てて刺さるのは鉄の雨。人も馬も身体を容易に貫かれて血肉付きで地面に刺さる。

 目前まで降って来る。剣を傘にしても意味ないだろうな……止まった。

 それは拾うと先端が重い全金属製の短い矢で投げ矢ですらない、飛行船用の対人武器、投下矢か。

 それでも騎兵隊は突撃の襲歩に加速。

「フラー! 聖オトマァク!」

『オトマァク!』

 初代聖皇の名を叫び、迎撃に銃撃、砲撃をしこたま喰らって半数、四半数以下に減っても突っ込んで装甲機兵の戦列の間を大杖で殴られながら、盾兵を踏み倒して転んで、それを乗り越え抜けた。いかにフラルが弱兵と言われようとも騎兵は騎兵だ。頭がイカれている。

 そして騎兵隊、発着場の物資などを焼き討ちに掛り、ほとんど自爆するように弾薬爆破。そして逃げる整備員への襲撃敢行。白刃が染まる。

 そして騎兵隊は反撃を受け、ほぼ壊滅状態に陥って方々に再集結も絶望的に逃げ出す。まとまって、撃たれまくった攻撃路を折り返すよりもそこから散り散りになった方が生存率が高いのでそうして良いと指示してある。ただでさえたどり着けるだけで運が良い攻撃だ。そのくらいは認めてやらないといけない。

 ただ自由にして良いということにもなるので、士気が高すぎる修道騎士騎兵は居残って戦い続けている。聖都を焼く悪魔を殺すのだから命も惜しくない、となるのだろう。功徳積んで永遠になってもなぁ。

 陽動部隊は射程圏外に逃げられた。死傷者の集計などしていないが、とにかく酷い。被害は一千はあるか。騎兵に比べたらそれは無傷のように無事だが、あんな針山に繰り出す裸の拳骨と比べてはならない。

 要塞攻撃の主攻。順調に見えたが陽動部隊の退却後に都市側からの応援部隊――我々と戦って無傷ではないのだが――との戦闘が始まり、でもまだもう少し頑張れるだろうと思ったが、山側に伏兵が現れた。高所を取っての射撃から始まり、変な物が動いているのでよく見ると蜘蛛か蟹みたいな姿の装甲機兵? が悪路を物ともせず進んで来ていたのだ。寡兵ではあるが挟撃の形を取った。

 撤退を始めた軍が……先頭に立って逃げるあれはロベセダ軍か! 腰抜けめ。一番国がデカいくせに糞野郎が。ベルシア共々裏切りか? 親子揃ってケツの穴が緩すぎなんだよ。

 一つ軍が離脱を始めると連鎖が始まった。禿げおかまめ!

 せめて大砲は回収してくれよ、と人のことは言えないが陽動部隊は予定通りの放棄だ。やっぱ言える。

 馬を出す。腰抜けの集まりへ向かい、逃げて来た騎兵に「大砲の回収だけでもしろ!」と声を掛ける。集まりは悪いが、全くいないわけでもない。

 最後まで踏ん張って殿を務めているのはシェルヴェンタ軍。流石に国境にいる軍は違うな。

 しかし一つの軍だけ良くても他の悪いこと。聖女猊下、こいつらをまとめて訓練してとか言ってなかったか? 冗談だろ。

 放棄された大砲の牽引を、施条砲を優先して行う。くそ、陽動の後に撤退支援なんか予定に無かったぞ。

 投下矢を落した飛行船が、襲撃が終わり、しかしまだ燃えている発着場へ勇敢にも着陸して兵器を積み込み始めた。また来るのか。

 シェルヴェンタ軍が整然とした後退を開始。

 飛行船が離陸して頭上へ来て落し始めた。また投下矢かと思ったが、ガラクタ、飛行船の部品らしい金属製品だとか石だとか死んだ騎兵の武器。しかし十分に殺せる。

 飛行船へ銃撃が行われる。当たっているようだが、船体上部の空気で膨らんでいると思われる箇所は一塊ではないようで落ちない。ただ高度が下がって、水を捨ててまた上げてと効果はあるようだが空しい。


■■■


 要塞攻撃からの撤退が終わった。逃げているとはいえこちらは諸侯の連合軍。数が多く、逆襲に出ては不味いとロシエ軍は防御姿勢のままであった。

 戦いはこれで終わらなかった。脱走兵が軍の物資を略奪して逃げているということで、予備待機の小国軍等に――命令出来るくらいに疲れていなくて統率がされているのは奴等だけ――取り締まる命令を出したら小競り合いが発生したどころか、物資の奪い合いから、隊列組み合わせての会戦も始まったのだ。責年の恨みをここで晴らすんじゃないよ!

 因みに、この場には憲兵機能が期待出来る神聖公安軍はおらず、一応撤退時に規律を保っていたシェルヴェンタ軍ではあるが、糞共の喧嘩になど関わっていられるかという態度で無視を決め込みつつ、方陣に近い野営を組んで近づいたら殺すと構えていた。

 何にせよ血塗れの失敗。そして多国籍軍ともなれば責任のなすりつけ合いが後で始まる。敗残兵同士の殺し合いと奪い合いの後で、だぞ。

 責任者って誰だよ。お子様枢機卿か? そんなわけない。

「嘘だろ、勘弁してくれよ」

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