第352話「聖都爆撃」 ポルジア
スコルタ島からスペッタへ海兵隊と共に移動。同都市陥落前に、街道に厳重な警戒線が張られる前に上陸して一路、聖都を目指した。まずはアレッツォ川沿いに上流を目指す。
海兵隊が徴発したロバに乗り、道中は農家の人々へ礼拝時にありがたい祝福ごっこなどして場を盛り上げてやって托鉢、食べ物や飼い葉を貰って寝泊まりもして快適に進んだ。順調だったはずが、聖都側から来た教会の騎馬伝令に疲れ切った馬とロバの交換――ほぼ徴発――を願われ、怪しまれてはまずいので応じてそこからは徒歩となる。馬は間もなく心臓発作で死んだ。
それからは杖を突いて進む。アレッツォ川沿いの街道から分岐先へ、南北スクラダ山脈の中間地点、高原へ続くそこそこ険しくない街道に入った。どこかで馬かロバでも盗もうと思ったが教会の伝令があちこちで徴発しまくって農民達に警戒されて難しくなっていた。羊飼い相手は道外れな上に訓練された牧羊犬が恐い――人間と違って騙す余地もない――ので最初から論外。騒動を起こしては面倒なので徒歩で我慢。
寒い。冬の高原は尚寒い。でぶにゃんがここで体にくっついていたらと思うと尚々寒い。
山中、峠の関門に差し掛かれば、聖都巡礼守護結社、聖都騎士団とも呼ばれる彼等が補強、塹壕工事に勤しんでいた。スペッタから聖都に直結する道を守るのは当然のことだ。
修道服姿で、へろへろになっているのを装い、やっとたどり着いたという感じで彼等の目の前で膝を屈して泣き喚く。そうすると放ってはおけないとたくましい男達が駆け寄ってきて優しくしてくれる。全く、美少女に生まれて世の中がなんだかちょろいぜ!
それから知り合いの、幼馴染と言ってもよいが、聖都騎士団に入っている男友達の名前を出したりして聖都出身を強調。実家に帰ると泣き落としで掛かれば食事と寝床が提供された上に、聖都行きの馬車に乗せて貰えたのだから罪作り。正直山登りはきつかったのでありがたい。
聖都騎士団は各地で余っていた家を継げない貴族の次男、三男坊達を聖皇が呼び集めて作った傭兵団が元で、今でも実質の近衛隊であり聖皇直轄軍の中核。巡礼者の保護と道案内に医療、それから街道と街道沿いの教会と修道院の警備と整備も担当して運輸業を中心に多様な業務も傍らで営み、規模の拡大を続けて農園牧場などの経営から徴税請負人に銀行業務など多岐に手を広げて軍閥と化しているが、手綱はあくまでも聖皇が握っている。結社総長は創生時より聖皇が兼ねるためである。それ故、非常に裕福で戦闘員も膨大で組織単独での行動力が高い。
馬車に揺られる道中、体格の良い貴族から小柄で農民くさい顔の者まで、多様な姿の聖都騎士団員が集まって装備を受け取り、訓練や作業する姿が見られた。自己完結された組織は迅速に動き、未だに関門警備に留まっている積極性の無さが彼等らしい。スペッタでの戦いは諸侯軍にお任せといった腹か? そんなんだからフラルの弱兵、連帯知らずの禿げおかまと呼ばれるんだが……そこまで言わないか。
飛行船が上空を通過し、山の高さに合わせて高度を上げていく。海抜の低いところよりも――対空射撃に備えれば尚更――高度を上げなければならず、気嚢と瓦斯の調整が難しいところ。しかもあまりに高い山は避けねばならないので、標高の低い場所を縫って作られた山の街道沿いからは多少外れても、大きく外れることは出来ていない。
山の各所に山岳兵が配置されている。時折銃声に砲声も聞こえる。絶好の位置を取り、施条の銃砲で待ち伏せに成功すれば命中の機会は有りそうだ。しかし軽量化の限りを尽くしているとは言え飛行船。船体は銃撃で崩壊するような作りではないし、気嚢は穴一つ空いただけで落ちない隔壁構造。取り回し辛い大砲の射撃では当てることも至難だろう。飛行船が常に的に丁度良い高度、相対距離でいてくれることはお祈りする程度の確率であり、空から観察して火点を確認したら距離を取ればいいだけなのだ。山での陣地転換は時間が掛かるから進路を微調整するだけで回避出来る。山岳兵だけは神聖教会圏随一と呼ばれるフラル兵でも原則は変わらない。
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山下りも終えて懐かしの聖都に到着した。生まれはキトリンだが物心ついた頃にはここで育った……いや、うーん、どうだっけ? キトリンで既にちょっと物心ついていたかな? ちょっと歳取ると小さい頃の曖昧さが酷いもので思い出せない。産みの母の顔もかなり怪しい。おっぱいはちっちゃかったかな?
聖都は広く栄えて、教会建築物が多く、山側から見ると礼拝呼びかけに使う尖塔が作る都市輪郭線が海に映えて他都市に引けなど一切取らない。色々複雑な思い入れがあるが第二の故郷であることには変わりがなく、他所の者にどうだ、と言える気概がある。フラルの魂が集まったような場所だ。だから焼けても悲しくはない。
聖都の風景はいつも通りではない。上空には飛行船がいて、煙突から上がる太さと長さではない黒煙が立っている。
飛行船は遠路遥々やって来た。ロシエ本土からスコルタ島、スコルタ島からスペッタ、スペッタから聖都上空。フラル半島西岸のスペッタへ海軍が本格的な陸戦に持ち込まれる危険を冒してまで海兵隊を揚陸して橋頭堡を確保した理由の一つは飛行船の補給基地にするためだった。スコルタ島からでも往復出来る計算らしいが、刻々と変わる気象条件を考えれば中間地点は必要。整備や荒天避泊のためだけではなく、往復距離を短縮して乗員を休ませ、瓦斯や爆弾の補充頻度を上げられれば爆撃回数も増える。
都市爆撃に使用されたのは焼夷弾。飛行船のわずかとさえ言える爆弾搭載量の限界から導き出される最善手である。これが山から空っ風が吹いている時に落されればあっと言う間に大火へ至るが、気象条件が悪いと飛行船の運行に支障が出来るのでそんな危険は冒されていないようだ。しかし、何度も聖都爆撃を繰り返して船員達がここの空に慣れたならば冒険的にでも試されることはあり得るだろう。
爆撃跡、消火作業が続いている火災現場を見て回ると直ぐに攻撃の目標が分かる。燃えやすい雑な木造――というか廃材。ちゃんとした木材は高級――家屋が距離感無く連なる貧民街が被害の中心だ。屋根や壁がしっかりとして、庭や外壁で囲われている高級住宅地や寺院は燃やされていないし、損傷があっても直ぐに鎮火、修理がされている。頑丈な建物は屋根を爆弾で撃ち抜けば十分に燃やせると思うが、高高度からの爆弾投下で狙撃は、今の技術では難しそうだ。
被災者達から雑談を混じえて爆撃の様子を聞いたら、礼拝の時間中に攻撃することは今まで無かったという。ロシエの異端と言えどもそういうところは尊重しているのか、などと感想をくれた。それから毒瓦斯爆弾の使用については一切言及が無かった。硫黄の臭いなども。
貧民街が焼かれた。焼け出された無数の、汚い貧民は臭い体と、貧民が救われるのは当然だという教会的な甘やかしから乞食に恥じることも余りなく、高級住宅地や寺院に向かって救いを求め、腹が減ったと喚く。そして教会も教会で毛布に食事を与えて聖務を果たしたと満足している。全くお似合いの姿だ。神を通じて結婚しているんだろう。
これは交渉の余地がある爆撃だ。ロシエ海軍はこれ以上のことが出来るが、まだしないと教会を脅している。今与えている被害など貧民が多少焼け死んで、ゴミみたいな家が焼けているだけなのだ。全く大した被害ではない。それでもこれは一軍を撃破するより効果的かもしれない。何分、初めての試みなので大体のことに、かもしれない、がつくが。
まだ民衆は恐怖が勝っている。古くから安心安全の聖都、聖なる神のお膝元、祝福特に有りとされる地だったのに、大聖女が悪魔の軍勢を退けて守ったこともあるのに、今や空高いところから良く分からないものに戦争が起こったという心構えがされる前に焼き殺されている。それは当たり前に恐ろしい。
飛行船への対抗手段があればまた戦意も湧いて違うのだろうが、今のところ全く無いように思われる。試しに大砲を上空に向けて撃ってみたようだが、外して自由落下に都内に着弾して被害が出て、中止されたとも聞く。
爆撃していない今でもどこに爆弾が落ちて来るか分からず、船影が頭上にあるだけで不気味。理屈を科学的に理解している自分でも肝が冷える。とにかくチラチラと上空を窺っては真上に来ていないだろうかと気になってしまう。それは民衆も兵士も聖職者も皆同じで、とにかく上を見てから歩いて、歩きながらまた見てしまう。痛みがあるニキビが顎に出来た時ぐらいは気になる。
この心理効果を狙う爆撃行為は戦略爆撃と名付けられている。政治的要求を追求する作戦である。既に教会側には、要求に従わなければ教会中枢オトマク寺院を筆頭に歴史的、政治的建造物を破壊すると通告がされているだろう。日に決まった礼拝の時間を狙い、毒瓦斯攻撃で祈りの声を阿鼻叫喚に変えてやるとまで言っているかもしれない。
戦略爆撃はやればやる程効果があるかは少し難しいと推測されている。余りに過激に譲歩の余地が無い程にやってしまうと恐怖を越えて憎悪がやってくるのだ。そうなれば国土が灰になってでも徹底抗戦してやると構えさせてしまう。これは互いに望まない結果だ。そうしないためにも余地がある爆撃に抑えられている……シトレ大破壊、大虐殺程のことが出来るのならば国力自体を削って憎悪も飛び越して呆然とさせる戦略爆撃になるが、それが出来たら苦労しない。龍朝天政は何とかやり遂げたようだが情報は少なく、おそらく聞いても理解の外。
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爆撃の成果を見て回った後は負傷者の運び込まれる流れを、救助に修道女らしく献身的に加わって観察する。これでどこかの寺院に忍び込んで教会の内情が断片的にでも探れればと良しとする。スコルタ島での大役が終わった今、特に大きな指令を受けていない時のように細々と、今知っても何にもならない断片情報を安全な立ち位置から探る。面白いネタが転がってくるまで待つのだ。
焼夷弾による爆撃で火傷を負う人はそこそこいる。爆発の衝撃で散った弾殻や木片に刺され、切られた人もいる。一番は、爆撃の混乱で人同士がぶつかって転んで踏み潰され、階段から転げ落ちたり、火事場泥棒と争ったり、その泥棒同士で喧嘩したり、治安維持部隊がそんな奴等とぶつかったりで生じた二次被害が多い。全く醜いが、大都市というのはそういうものだ。
そんな中、飛行船ではない飛ぶ姿に目が奪われる。天使が火災の中へ飛び込んで被災者を救助したり、負傷者を治癒の奇跡で治して回っているのだ。魔族みたいな見た目なのに、良く配置された高位聖職者がありがたやと礼をして「奇跡だ」などと戯言をほざいている。
幻想生物、サエル人が作り出した天神の使いたる天使の紛い物。マルリカから聞いた話と違って獣の野卑さは無くて頭も術も使うようだ。彼女が担当していた部署は幼児教育ぐらいまでで、知性が発達した段階以上のことは知らなかったのだろうと推測出来る。あのおっぱいならそんなところだろう。また触りたい。
天使は飛ぶ。スコルタ島で見た死骸は空に羽ばたけるような翼でもなければ筋肉でもなかった。体格体重から取って付けた飾りのような翼は防寒か下手な滑空が精々だろうと見えたが、間違いなく鳥のように飛んで、狙ったところに着地して、尚且つ先程見たように救助し、人一人抱えて飛んでいる。大鷲でも難しそうなことを、自重と合わせてやってしまっているのは術の補助がついているからか? ガダモン伝説からの奇跡の風で空でも飛んでいるんだろうか? 伝説では空を……どうだっけ? 飛んでいたかな。あの翼は風の受け流しを調整するに使うとして、そうすればやれるか? 竜と悪魔殺しの再洗礼もさせて筋力強化もすればあの姿は嘘ではなさそうだ。あの異形ぶりならもう魔族化と言ってしまえるが。
おぞましい異教の異形、邪悪な魔族化、神聖教会の堕落。そんな悪評を乗り越えて教会お墨付きの神聖な奇跡と認知された時の効果は計り難い。神聖教会の神聖の度合いがとんでもないことになりかねない。偏執で狂信的な教義へと変遷する恐れすらあるのではないか?
天使対策は? 奇跡でも何でもなく、ただの動物と明かしてやればいいのだろうが、宣伝方法は難しい。諜報員の自分が考えることではなく、お偉いさんにさせることだが。
さて、今は何頭いる? 数は多くはない、一、二……飛んでいるだけで四ぐらいか。部隊規模で空中演舞されたら壮観だったろうな。
一頭が高度を上げた。
上がる、上がる……飛行船を目指している。
飛行船内から銃撃はしているけど、当たる通じるは別問題だ。威嚇になるか? いや、光の盾が出た。当たったが駄目か。それから天使が佩いた剣を抜き、切っ先を向けた。
雷鳴閃光! 裁きの雷が根のように割かれていった先に飛行船が……届かないか? あ、火災発生、燃え広がって気嚢に達して発光、爆発炎上。
これも壮観。燃えて形を崩しながら飛行船が落下を始めた。
術を使った天使を見失ってはならない。眩んだ目を凝らして見ればこちらも高度が下がっている。翼を伸ばして滑空しながら大回りに旋回して高度を安全に下げている。術の複合、連続は流石に天使様と言えど厳しいらしい。それから高度の限界かもしれない。
飛行船一隻の撃沈はロシエの損失だが、ああいったことが出来るという情報を自分が拾っただけでも犠牲は無駄ではなかった。永遠になった彼等を、聖なる神よ守り給え。
あれを見た他の飛行船、早速高度を上げ始めた。天使はあれに再挑戦するかと見ていたが、頭が回るのかそうしなかった。きっと高過ぎて届かないのだが、その姿は見せまいとしている。これで爆撃の精度は落ちたか。
あの天使をスペッタへ回せば戦局が変わるか? 怯える民衆の頭上に舞う聖都守護の象徴を引き離すだなんてとんでもないことだろう。
天使達は空飛び、負傷者を見つけては治療して人々に感謝される。聖職者も称える。
「翼ある天使様こそ聖都の守護者! これからもどうか哀れな我々をお救い下さい」
とわざとらしい声を出す奴までいた。仕込みと分かるが、民衆には響いている。しかし天使が何を指すか分かっている者がここにいるかな? サエルの天の使徒だぞ。異教のお勉強好きがようやく知っているかという程度で無学な民衆には分からないか。教会が出す公式見解が気になる。
さて、物は試し。陰に隠れ、石で頭を打って自傷する。血が出たことを確認して、表通りに出る。
「痛い!」
するとなんということか天使が急行して来てくれた。自傷したことを知ってか知らずか。
一応、無知な民にとっては未知の存在ということで恐怖したふりをして予定の物陰に隠れてると、怖くないですよ、と手を広げた慈愛の姿勢でやってくる。そして、半分怯えたふりで治療して貰う。認知されていない存在を宣伝するため、そのように積極的に振舞うとは観測と推測から予測が出来た。
天使は顔が優しい、神々しい、いい匂い……は薄い香水のお陰だがほぼ完璧だ。能力だけではなく顔も厳選されているのか? 酷い面の奴は純戦闘要員として取っておいている気がする。戦略爆撃相手に本気になる必要は、今は無いか。
施術終了。傷口を触る、痕跡なし。もう一回傷つけてみようかと思うぐらいに気持ちも良かった。完璧か。支持されるぞこれは。
「わ! お姉ちゃん凄い!」
抱き着いて、何か喋ってと視線を向けても微笑みのまま、口は動く気配無し。喉の構造は人ではないのか? 性別は見た目で女か男か怪しいところ。魔族の種、聖遺物で弄ったなら玉無し穴無しだから触っても分からないか。おっぱいは上品に無い。でぶでぶみたいなデカいのは神聖さに欠けるものだ。好みとは別だ。
さて、ここでもう一つ賭けに出るか、出ないか? 折角治癒の奇跡で直してくれた傷が興奮でまた出血しそうなくらいに心臓にくる。
眩暈がしそうだ。これが最高だ。このためにわざわざ、小銭と身内にしか通じない名誉だなんて安いものに命も人生も何もかも差し出しているんだ。やるしかない。
拳銃を抜いて天使の顎下につけて発砲。その後頭部が吹っ飛んで散る。
やった! うっは! おっひょう! やっちまった!
化物だから拳銃で死なないかと思ったが、そんなことは無かった。ここが賭けの第一にして最難関。
やっば、小便漏らしたかも、いやしてる。うれションしちゃった。股も濡れてるわこれ。おわっほう! たまんねぇ、やっぱこれだよ。すけべ上手と寝たってこれの前じゃガキの小便以下だ。児戯にもなんない。
これは無計画にはやってはいない。直ぐ近くに干してあった敷布を盗んで天使を包んで顔のところを血塗れに工夫。頭砕けてるから楽といえば楽。ついでに股を触るとついてないし、穴を探れば尿道、肛門のみ。禁欲に聖なる股座で完璧だ。
鳥人間のくせに体重は並にあるこいつは運ぶのは少々きつい。美少女は体力も美少女なのだ!
通りがかりの男を遠くに視認。その歩く先を推測、良しこっちだ。人相はどうだ、余裕があって人助け出来そう。良い子だ。
包んだ死体を非常に重そうに引き摺る。泣くぞ、涙、涙、良し出た。鼻水はもうちょっとかかるかな?
「うー、うっぐ、ひっ」
声はこんなものか。男が駆けつけてくれた。優しい人大好き!
「手伝うか姉妹?」
ここで、さっと死体に覆い被さる。
「顔は見ないであげて! 凄く美人だっじゃどにぃ……」
鼻水出てきたよしよし。
「見ないよ、約束だ」
「うん……」
「どこの墓だ?」
「お家、お化粧してあげないと」
「あぁ死に化粧……分かった。おっちゃんに任せろ」
「ありがと」
「いいんだ。こういう時だからな」
これをロシエに届ける。ファイルヴァインじゃ教会の糞共の目が厳しいし、研究機関も無い。
しかし禁足区画の研究、島では侮っていた。精々が角馬や翼馬で、白馬に跨った将軍程度の宣伝効果を狙ったものと思っていたが、あの働きでは戦略級になる。
教義を曲げて天使は聖なる神の使いと謳う心算だろう。そこを逆手に取って教会が遂に魔族の種を使って化物を作り、人間原理たる聖なる教条を捻じ曲げだしたと宗教紛争を起こす方向に舵を取れば我らが中央同盟が反教会姿勢を打ち出す大義名分になりそうだ。旗色を鮮明にしない連中を説得出来る材料になる。具体的な仕掛け方はお偉いさんがもっと良いようにするとは思うけど。
角馬はえらく頑丈らしいから重騎兵。翼馬は軽騎兵? 鯨馬は水中騎兵? 鷲獅子は……嫌がらせ? 真の人狼は……突撃兵? まだ運用が分からない。探りを入れるべきだ。天使が聖都にいるということは、他の訓練済みの幻想生物も宣伝を兼ねて出してきそうだ。動向を調査しないと。うーん、大仕事だ。
■■■
久々の地元である。おっさんには礼を言って、後は家族でやるといったら切れ良く別れてくれた。ちょろいな。
実家は小金持ちの中流層が中心になっている住宅地にある。周囲の見通しがよいちょっとした丘の上で、今は使われていない旧大灯台には今は枯れた蔦が張っていて良く見える。山から水道橋が伸びてきているので冬場は水には困らず、良い場所だ。
家の前には手入れされた庭。花壇に、ぶどうの木が一本。こんなに大きく育っちゃってまあ、年月の過ぎるは早いこと。
「くぁー、なっつかしい!」
扉を叩く。悪戯でつけた削り跡がまだあった。これは何だっけ、理由もなく短剣を手にして喜んでやっただけだったかな。
「はーい?」
撃鉄を起こす音も聞こえた。貧民がうろついているのでそういう時勢だ。
「たっだいまー!」
扉が開く。ラッパ銃を持った義母、そして実の姉エマリエである。この面を男らしくして痩せさせた感じが産みの母フィルエリカ・リルツォグトの顔らしい。はっきり覚えてないな。昔、この家に来たらしいけど。
「何持って来たの?」
実家は久しぶりだが、修道女ポルジア・ダストーリとしての私信は常識範囲内で送っているので感動の再会という程ではない。それに運んで来たものが感動を台無しにする。
「天使の死体。引き渡す経路ある?」
「中」
「はいはい」
引き摺って家の中へ。おお、このにおい、久しぶりに実家に来ると嗅げる、知っているのに知らないあのにおいだ。変なの。
「防腐処理は出来る。機会はたぶん、戦後」
「あちゃあ、遠いね」
姉が自分に抱き着こうとして、小便臭さに立ち止まった。服を脱いで裸になる。
「元気だった?」
「平気だった」
「そう。裏で身体洗っちゃいなさい」
「はーい」
■■■
聖都は飛行船の撃沈で沸いた。死んだ船員達の焼けた死体が民衆によって袋叩きにされてから街頭に吊るされ、軍に回収されるまで少し時間があった。
飛行船の残骸は勿論回収された。真似するにしてもどれほど技術が解析出来て、解析できたとして試作機を作ってから量産するまでにどれほど掛って、その間にロシエはどれほど進歩するか? だがその前に、弱点を解析してどう対処するかが判明してしまうか。
恐怖存在が殺せると分かり、民衆の感情が恐怖から怒りに変わっていくのが見られた。民衆の反応よりも政治を司る聖皇等聖職者達の反応が知りたいけど、変装程度では潜入出来ない寺院庁舎の壁は厚い。あそこは顔見知り以外全て諜報員と見做すような厳しいところだ。
天使の防腐処理を済ませ、久々の休暇と、姉に色々とわがままおねだりをしていたら新聞、号外で朗報が届いた。
ベルシア王国が聖戦軍の許可無く単独降伏して、ロシエ帝国へ臣従表明したのである。論調は勿論ベルシアに対して批判的で裏切者を許すなといったところ。そして聖皇からベルシア王フェルロ・アントバレに対する破門状が全文記載されるという異例の措置。流石は聖都の新聞である。破門はあくまでもフェルロ王に対してで、国でも国民でもアントバレ家ともしないところがアントバレ朝ロベセダ王国を筆頭に各所へ配慮し、国内分断を狙っているやり口。更に分断のため、ロベセダ王ルベロ・アントバレにベルシアの王冠が移るとも書かれていた。破門されて聖なる王冠を被ることが出来なくなったフェルロ王の息子ルベロ王へ王冠が移るのは正統性、伝統的な法からも文句が無いほど完璧。これでは内戦が起こりそうだが、どうだろう? ロシエの鉄冠の霊力が試される。
ベルシアの未来は先行き不透明だが知ったことではない。これは個人的に朗報! ミィヴァー卿にでぶにゃんちゃんがベルシア作戦の一翼を担ったとこれで分かるのだ。政治はともかく、作戦の成功自体が朗報なのだ。我がことのように嬉しいのではなく、我がことなのだ。撒いた種が芽吹いて敵をハメてぶっ倒す。最高!
朗報の日は嬉しくて姉秘蔵のくそ甘ヤーナちゃん聖王ワインを「アッヒャー!」と飲みまくって潰れてゲロを吐いた。
これも戦略爆撃の成果かもしれない。教会は頭を小突かれている隙に脛を圧し折られたのだ。ちんぽも砕けろ糞っ垂れ。
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