第349話「飼い犬」 アデロ=アンベル
フェルシッタ総督府。ここの新しい主のエランブレ総督は部屋の隅で小さくなっている。比較対象が悪い。
目の前にあの人物がいる。
デカい。身体の大きさ以上に威圧感が加わって更にデカい。小卓のような椅子へ男のように股を開いて座り、膝に肘を乗せ、比べて小さいこちらに目線を合わせるように前傾。北方異教の野獣を従え殺戮する黄金の極光修羅に例えられるのも頷ける。かの女神の好物は童貞の金髪だとアソリウス島で余計な知識を仕入れたのが少し前の話だ。
悪魔殺し、聖なる巨人、世界喰らい、砲弾取り、エデルト最強の男、聖戦軍指揮官、十六番目の”大”聖女ヴァルキリカ・アルギヴェン。齢五十で並の者なら老境に入ろうという頃だが血色肌艶は三十代。巨人症は短命と聞くが、この人物なら梃子無しでも百は生きそうだ。
やばい、緊張する、おしっこ出そう。
「やること自体は当然細々しているが、大枠は単純だ。聖戦軍で教導的な役割を果たして貰いたい。諸侯軍の練度を高水準且つ均一にして訓練体系を整え、バラバラな指揮系統を一本化する。その役目をフラルでは誉れあるフェルシッタ軍に果たして貰いたい。今一番、この界隈で適当な”物差し”になれるのは君達の共和国軍だけだ。雑魚には務まらん」
大型獣の声の出力というのは腹に響く。デカい楽器程そういう音が出る。聖女猊下の声はそれだ。
圧されている。本能が逆らうなと言う。噂に聞いて、時に遠くから見たこともあるが只者じゃないと分かっていたはずだ。というかこれ人間なのか? 魔族じゃないだろうな。
喉が粘る。言葉が頭の中に出て来るが声に出ない。
これには慣れているらしい。聖女猊下手ずから、水差しから杯に注いで差し出して来た。デカい手が豆でも弄るように摘まんで――当たり前の動作なのに――器用にやった。
一杯飲んで、口が動く。
「彼我の規模を考えるに、各国に中小規模の実験部隊を編制させ、一か所に集めて全員を下士官以上に教育して故国に送り返すような形式になります。障害があります」
「ふむ」
「言語の統一。フラル語を使うのは当然ながら、どこの方言を採用するかです。我々はグラメリス方言で喋って考え、操典もそうなっています。基準としては聖都界隈のリゲロニア方言が中立ですが、他地方から聞くと雅で……迂遠な言い方は止しましょう。あの方言で怒鳴っても金玉落した女装野郎の癇癪にしか聞こえず力が抜けてケツの穴が閉まらんのです。ですからグラメリス方言を採用して頂くか、早急に軍事言語を作って貰わないといけません。規律に関わります」
「グラメリスで構わん。他には」
話が早そうな人物とは思っていたが、本当に早いな。
「我々フェルシッタは勿論、軍事に自信を持っておりますが、各国……これはウルロンの北も含まれますか?」
「分ける」
「はい。山の南ですね……それでもそれぞれ独自のやり方で通してきて、強い弱いに拘わらず伝統を育んで、頭が固くなって、そして意地を持っています。その意地を抑えつけられるような権威がフェルシッタにありません。確実に我々、私の命令など聞こうとしません。訓練する以上はそういうなめた態度は戒めますが、外交問題に発展するような事態に陥るのは確実です。そちらの強権で何もかも抑えつけて貰わなければいけません。法と力の裏付けを要します」
「そうしよう」
即答か。即答出来るだけの力が……あるよな。
「最大の問題があります。人手がありません。我々は現在……」
また喉が粘るな。水を自分で注いで飲む。これはめちゃくちゃ喋り辛い名前だ。帝国連邦軍が旧バルリー西側から撤兵したと同時に、神聖教会が彼等に――今までゴネていた――ロシエ出兵を依頼した代金の支払いが始まったという。それに平行した噂だが、貨幣の貴金属率を減らす改鋳が話題になっている。金が無い中、更に軍制改革などどれだけ金が掛るか分からない時に、そんな恨みの相手の名を口にする。
「……帝国連邦に属する傭兵公社と契約を交わしており、南大陸にて活動中です。主力はあちらにおり、今故郷に帰って来ている者達も休暇が終わり次第あちらに戻ります。守備隊は勿論いるのですが、ほとんどが予備役、民兵で構成されておりますので教導出来る状態ではありません」
「契約の更新は次の秋だな」
「はい」
二年契約。秋を境に両者合意ならまた二年延長。こちらの事情など、部屋の隅にいる総督も通じて全て把握しているだろう。隠して騙す心算など無いが、金玉を握られている感覚は何時も慣れない。慣れて堪るか。我々は飼い犬じゃない。
「違約金は払ってやる。直ぐに引き上げろ」
「それは金の問題ではありません」
「流石に四桁の破門状を晒すのに長くて二日掛る。港も持っていないくせに無駄な手間を取らせるな」
部下達の破門、家族係累に及ぶ。ほぼ全市民が余波を受け、事実上の陸の孤島となってまともに領外との取引が出来なくなる。領内でも破門とそれ以外で軋轢が生じ、一枚岩で固まってきたフェルシッタが破断する。共和国丸ごと破門されるより酷い仕打ちになる。
これを傭兵隊長の、フェルシッタ軍の将軍とはいえ議員でもなければ総督でもない自分に選ばせるというのか!? そこの隅に新総督がいるだろうが!
「有事条項があるだろう。故国喫緊の有事の際には違約金を支払い、契約解除すると」
「破門からの干殺しと脅され、仕方なく引き上げると説明することになります」
「そうしろ。今更暗黒世界の異教徒共から恨まれようが一体、何になるというのだ。現地女から喚かれるのが怖いのか」
「それもそうですが」
南の戦友と現地妻達を裏切れというのか。義に悖る。
ようやく零細から脱する手掛かりを得た商人達からの投資を捨てるというのか。信に悖る。
フェルシッタに実際の戦火が及んだわけでもないのに有事条項を適用せよというのか。名誉に悖る。
フェルシッタ傭兵の伝統を今、ここで折れと言われたのだ。これ以降、我々の契約絶対遵守の名は消える。有事条項の濫用を遵守などと言わない。
「私が直接出向いて有事条項を適用すると話し、部下達を北コロナダから撤収させなければなりません。現地人もですが、現地の部下達に言うこと聞かせるというのが何よりも一番に難題です。そんな無理筋ならば代理人に任せられません。また現地は戦地、撤収作業中に襲撃を受ける可能性もあり、戦闘を後目に後退など義理人情からも不可能です。今直ぐに船であちらに向かっても帰還まで一年は最低でも見て貰う必要があります。人数が人数ですし、こちらの都合での帰還事業となるのでその旅費が必要で、手続きにも時間が掛かります。現地に聡い船会社の力を今までのように借りられるような立場から転がり落ちた後になるんですから。やはり一年は最低でも考えて貰わなくてはいけません。事故も入れるなら二年」
「可能な限りの速さで構わん。船と物資は出させる。では決まりだ。計画書を後で提出するように。そちらの要求には出来るだけ応えて手配する」
この、理不尽なようで出来ないことを要求しないところが厳しいな。言い訳無用ということだ。そんな手腕があるならフェルシッタに頼るなよと言いたい。
聖女猊下が手を差し出して来た。デカい……手を握るというか、指を握った。握らされた。
フェルシッタ傭兵、自分の代で終わらせてしまった。これからはしがないケチな正規兵になる運命しか見えない。今まで雇い主も戦場も戦う理由も死ぬ時だって自分達で選んできた。その選択権が無くなる。
飼い犬に堕ちる運命……せめて現地妻と混血児達への年金送金の線だけは維持しなければ。分割か一括か、満額ではなくても親父は糞野郎だったと言われぬ額を出さなければならない。去勢犬にまで成り下がる気はないぞ。
■■■
付き人となっているハザクくんにはまだ何も言えず、自宅に帰ると娘のリエルテが「お父様お帰りなさい!」とえらく陽気に抱き着いてきて頬に口づけしてくれた。前に抱き着かれた時より勢いがあるというか重い。成長したものだ。
「何かあったのか?」
「実はね、お父様、私の婚約者を紹介したいの」
「おお、おお!?」
長女は自分が、次女は義父が、三女は義母が、四女は求婚されて結婚相手を決めた。ストラニョーラ宗族戦略を形成するに、我がアデロ=アンベルの分家からは四人で足りた。末娘のリエルテには、余程な人物でなければ自由に選んで良いと言ってあった。親の傲慢かもしれないが、四人には厳しくしてしまった分、五人目は自由にしてやりたいという、おかしな帳尻合わせをしたものだ。
ちなみに余程というのは処刑人や墓守り、樵に屠畜屋、掃除屋や乞食、芸人に放浪人、改宗異教徒などの賤が過ぎる者のこと。お家としてどう捻じ曲げても受け入れられない相手のことだ。この辺りの最低限の規範は当然弁えさせなければならずに教育してある。絶縁するために育てたわけではない。
子供には相手が被差別階級であるか見抜くことは難しい。自分が出征している間は妻が相手を見て、調査して、合否判定して”清い”交際を始めさせる段取りで……守られているはずだ。既に婚約、とまで言うからには南大陸へ行っている内に判定済みということだ。今まで言い出せなかったのは不倫のせいか、リエルテから言いたいからとか小癪なわがままでもあったのか。
長女の結婚式では泣いた。妻も泣きながら”男が見っともありません”と言われたものだ。次女以降は初回程ではないものの手巾が必要だった。
孫が出来た時は可愛くて仕方がなかった。また一族の存続が叶ったかと思った時の満足感はこう、言葉にならない。旧姓がつかないのはちょっと、何か間違った感じもしたが、それは仕方が無い。
さて、リエルテが婚約者と言って連れて来て紹介した男だが、顔見知りだった。
「ストラニョーラ隊長、初めまして。サトラティニ・オッデ騎兵少尉、第十七軽騎兵中隊です」
こいつ本当に凄いな。初対面だけども堂々としている男を演じ切っているぞ。芸人でもやったら凄いんじゃないか?
「お父様、サトラティニはね、この人凄いの。今は騎兵だけど、近々ね隊付きの……伝令? に転属よ! お父様は知ってる?」
「話だけは聞いている。期待しているよ」
「はい」
「それにね、たくさん本を持ってて勉強家なの。きっとお役に立てるわ」
「そうなのかね?」
「はい」
笑いを堪えるためにどうしようかと思ったが、不機嫌な振りをするのも今更。そうかそうか、めでたいという風に笑っておいた。
しかしまあ、子供がいると次から次にと感情が転がり回る場面がやってくる。もう少し作っておけば良かったな。今の妻の歳でいけるか? 運良く出来ても母体が持たないかなぁ。殺す気は全くない。これでも棺桶まで一緒にいる心算だ。
「お父様、伝令はどういうお仕事なのかしら?」
「仲間達と肩を寄せ合ってな、相手の目を睨みつけて臭い息が嗅げるくらいに近寄って鉄砲並べて殴り合うみたいに撃ち合って、それから馬鹿みたいに叫びながら銃剣を突き出して体当たり」
「ええ!?」
「するのは歩兵の仕事だ。伝令だから馬に乗ってあちこち手紙を運ぶのが仕事だ。ただ隊付き伝令だからな、それだけってわけじゃないぞ。頭を使う」
「なら安心だわ! ね?」
「頑張ります」
それから伝令狩りの対象だから凄腕の殺し屋に狙われるってのもあるんだな、これが。自分は運良く生き残って来れたが、狙撃されたり軽騎兵に追われり、死にそうになった回数なんて両手じゃ足りん。先行く先輩が頭吹っ飛ばされて脳みそを顔に被って走り抜けたこともある。頭蓋骨の破片で頭を切った跡がまだある。
妻が言う。心持ち、哀願。
「どう、良さそうな人でしょ。あなた、認めてあげて」
「お前が認めたんだからそれでいい」
「やった! 大好き!」
リエルテがまた抱き着いて来て右頬、左頬に口づけ。もっと小さい頃なら口にもしてくれた。
さて、帰還事業と一緒に結婚式の準備もしなくちゃならんのか。流石に過労で死にそうだな。
「結婚式の準備はお前に任せる。南大陸事業でかなり厄介な案件がな、早急にやらないと」
自分の首に手刀当てようと思ったが、場の空気に合わせて撫でるように叩くだけにした。妻は趣味やら何やらはともかく、政治家の娘だけあり馬鹿ではないので「分かりました」と頷く。
ハザクくんには夕食後に南大陸事業からの引き上げを伝えた。自分では全く逆らえない事情があると、簡単にはしないで説明した。泣きはしなかったが、その顔を見続ける勇気が自分には無かった。
ジェーラ将軍、何てことをしやがった。
■■■
夜になっても眠れず、執務室で帰還事業計画を立てている。曹長が雑に濃い珈琲を飲めば不味いが進む。
あれは無理筋、これは無理筋、これはいけるが距離があって連絡調整だけで何か月掛るんだと頭が痛くなる。連絡が取れなければ次の約束が出来ず、約束が出来なければ次の連絡が出来ない。これの積み重ね。契約更新を政情にしなかった時の段取りは予定が組まれていて綺麗に行くのだが、こう中途半端ってのが一番いけない。誰か電信と鉄道を引いてくれ!
忙しい馬の走る音。この夜の暗闇で、近づいて来て、嘶いて止まった。この家か。
玄関へ向かう。「伝令!」と叫んで扉が叩かれる。開ける。隊付きの伝令だ。馬も人も汗を掻いて湯気が上がっている。
「隊長、戦争です」
「どこだ」
昨今、どこで火が噴いてもおかしくないから予測がつかんな。
「ロシエ軍の奇襲によりスコルタ島並びに対岸のスペッタ市陥落。正体不明の新兵器多数」
「そう来たか」
執事がやってきたので「馬の用意」と命令。
「隊司令部じゃなくて総督府にお呼びか? 猊下もいらっしゃるか」
「総督府へ。猊下はもうロベセダへ発たれたようです」
「分かった」
デカいケツしてる癖に本当に腰の軽い大聖女猊下だ。あれじゃ人望も何もかも厚いだろう。自分でさえもあんな人物の役に立てるかと思うと胸が小躍りしそうになるのが悔しい。異教とはいえ女神のごとくの、王家の出の、聖戦の英雄で教会最大の実力者か。敵う要素が微塵も浮かばない。
着替えに部屋へ戻る。妻も起き出した。
「あなた」
「ロシエが攻めてきた。聖堂でこれから派手にやれる状態じゃなくない。もし私がいる間にやるなら、朝は……昼前に呼べる縁者だけ呼んで家の中で小さくやるしかない。リエルテなら花嫁衣裳を友達に自慢したがっているだろう。戦後に披露宴をやる計画は立てておいてやりなさい」
「はい」
「オッデくんは当然出征だ。転属は出る前にさせておく。軽騎兵のままでいるよりは生き残れる」
「……はい」
軍服に着替える。妻が手伝う。
ロシエ帝国が海軍と海兵隊で行ったのはスコルタ島とフラル半島西岸の主要都市スペッタの占領。そことロシエとアラックの軍港を入れればフラル西海上の面支配がほぼ出来上がる。そのフラル海支配の大枠の中でロシエの手から遠い地点はベルシアだ。ベルシアからの妨害を掻い潜って外海に出て行って出来ることは魔神代理領方面への進出、東海岸へ周航しての聖都直撃。奇襲する手があるのならもう聖都に上陸までしなくても艦砲射撃くらいくれてやっていてもおかしくないが、どうだろうか? 伝令が到着するまで時差があるな。もししていないなら政治的駆け引きを主戦場にした戦争のにおいが濃くなる。海上作戦の展開は始まったばかりで先が見えないが。
バルマン問題。今や緩衝地帯と化したバルマン王国の独立は、あくまで共和革命ロシエを嫌った経緯からとされる。今のカラドス朝ロシエ帝国に強く反発する理由が薄く、歴史的にも独立を志向してきたことはない。互いに住民まで殺し合ったこともなく、虐殺は帝国連邦軍のせいだ。今、瞬時にバルマンがロシエ傘下に入っても不思議ではない。秘密裏にロシエ製新兵器を受け取っている可能性すらある。バルマンという緩衝地帯が瞬時に消え去ってのエグセン侵攻、有り得るかもしれない。こうなるとまた大戦だが、ロシエは復興目覚ましいと言われても荒廃の内戦と干渉からまだ数年、立ち直るには早過ぎる。総力を吐き出そうとするかは怪しい。
ロシエ南部との国境、シェルヴェンタ。あそこからフラル半島の中枢までは狭い道、川に要塞に峠と要衝が連続していて突破するには時間が掛かる。いくら寄せ集めとはいえ、集まればそれなりの数となる聖戦軍だ。そこに入り込んだら泥沼のような消耗戦が待っている。局地戦で終わるような場所ではなく、同じくそこへ総力を吐き出すかは怪しい。
東西ユバール内戦。ここは長らく、ロシエ革命時から争いが止まっていない。決着をつけるためにフラル側へ戦略陽動を仕掛けて大攻勢に入る可能性はあり得る。つい最近、帝国連邦軍が東に戦略陽動を仕掛けたと見做せる動きがあった。もう引き上げてしまったところが、連携していない様子だが。
……推測だらけじゃわけが分らんな。何を目標にしているかが分かれば、どこで必死に勝ち、どこでてきとうに負ければいいか判断出来る。全会戦を全力でやっていては磨り潰される傭兵の鼻を利かせなくてはいけない。戦争に貢献する演技力は戦争目標の解析から生まれ出る。戦闘を怠けて生き残ろうとするのは二流の傭兵だ。一流は怠けないが、意味の無い戦場には出ないで生き残る。そんなことが出来るわけがないと思っている奴は一流にはなれない。素質も資格もない。伝統と名誉からの発言力が物を言うのだ。一流は古くから信頼されていなければなれない。
着替えが終わる。
「いってらっしゃいませ」
「最低でも一度は家に戻る」
「はい」
つまり、二流の正規兵への転落が見えてきた。
■■■
また総督府へ。聖女猊下がいないとなれば思ったより足取りは軽かった。
エランブレ総督の顔を見るに、威圧感など比べて欠片も無い。むしろ可愛げすら感じてきた。比較対象が悪いんだな。
「聖戦軍の召集が掛かりました。速やかに軍をスペッタ方面へ送ります。諸侯軍合流地点は追って伝えられますが、今はレーメスに集合せよとのことです。ストラニョーラ将軍には聖戦軍司令部の参謀の一人として席が与えられます。我が軍の出発より先に、予備役招集と遠征軍の編制はこちらでしますから将軍は先にレーメス入りを果たして下さい。それから帰還事業の連絡は隊事務所に委任してください。将軍にそんな暇は無いでしょうから」
自分が直接交渉しなければたぶん、連絡作業だけで一往復かそれぐらい余計な手間が掛かるかもしれない。そうしたら契約満了時期が来て名誉を汚さないで――それでも若干不義理風だが――済むかもしれないか。来年の秋まで体面だけでも保てればいいのだ。契約破棄が決定した日付よりも、実際にあのイクスードから足を離した時期が秋以降ならば綺麗にお別れが出来る。
しかしレーメスか。占領されたスペッタより海岸線を辿って北にある都市で、その後背の豊かなロベセダを策源地にして攻めて取り返すことだけを考えればそこが最適。ただそのスペッタからは、中々険しい山道だが東へ抜ければ聖都を、優位の山側から見下ろす位置に出られる。聖都界隈の部隊でそこはどうにかなる算段はついているということか? 幾ら精強でも所詮は海兵隊だから遠く離れて大都市攻略なんて真似をする装備も無ければ規模でもないからの余裕か。
「家族に別れを告げて動ける側近を集めて来ます」
「フェルシッタの未来と名誉をお願いします」
訓練じゃなくて参謀としての活躍でフェルシッタの武勇を見せつけてってことになりそうだな。立場を利用してフェルシッタ軍を合理的に予備兵力に組み込んでやろう。だがこれは辛いぞ。敵が攻めて来る時は、ほとんど場合は勝利を計画上で確信している時だ。計画に不備は付き物だが、それでも一国の総力、知恵の結晶が作り出す計画だ。どこぞの三流蛮族の情動宣戦ならともかく、相手は一流のロシエ帝国。どうにかして惨敗を避けることに専念する以外、遠い未来から下される勝利判定をもぎ取れそうにない。一流傭兵の鼻が言っている。
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