第347話「狡い考え」 ベルリク

 越境した親衛偵察隊――流石に極秘任務――の報告。マトラ低地国境線上で警戒のために展開していたブリェヘム軍乗馬歩兵部隊は後退を開始。防御施設の無い村落からの住民疎開完了。第一線の要塞、都市など防御施設が十分な拠点は現状維持で守備兵力の増強はほぼ無し。代わりに砲兵を伴う即応の重武装部隊は第二線にて配備が開始。バルリー系難民野営地では都市や要塞内へ避難を要請する暴動が発生し、また自主的な無許可避難も伴い混乱に拍車が掛る。一部暴徒が発砲するなど抵抗したり無人になった村落への略奪を働き、乗馬歩兵部隊が鎮圧に動いている。視力が素晴らしいエルバティア偵察兵がかなり詳細に見て調べて報告書にまとめてくれた。有望。

 軍務省情報局より、ブリェヘム軍主力は王都ニェルベジツへ緩やかに集結中。聖王領各国は先の要塞砲撃の案件から、予備役動員などはせず常備軍だけ準戦時体制に移行させているが、商人の動きからそれぞれの国境内から出る気配は無し。ウルロン山脈以南のフラル諸侯軍及び、懐柔策に乗ったマインベルト軍は平時と変わり無し。

 ブリェヘム王国は単体で我々、国外軍一個に対しても勝ち目が無いのでこの消極策は正解だろう。地形的にも我々がモルル川上流を抑えて水域優勢、平原が続く地形は攻撃側に有利。国内の消極策に対する反発はブリェヘム的な専制的強権で何とかなるだろう。ただバルリー浄化の前例があるから恐怖の度合いは強く、前向きか後ろ向きかはともかく、民衆が暴発しないとは言えない。既に難民はそうしているが、その点だけは武力で排除する口実を得たことにもなるのでちょっとだけ利したかもしれない。

 バルリーの前例があるから、例え聖王領構成国といえども簡単に援軍は送れない。前例によれば少数の義勇兵に止めたおかげで同盟国と見做さず、大したとばっちりを受けなかったのだ。バルリーを越えたマトラ低地諸国への侵略は歴史的にマトラ妖精が居住していたということもあって一応は大義名分があり、そうではない今回は違うだろうという見込みもある。また義勇兵を少し送っても戦局には影響せず、死体になるだけなら良い方なので中途半端な介入は避けられる傾向だ。つまり、本格的な聖戦の発動に至るような衝突が起きるまでやりたい放題であると判明したのだ。非言語対話で相手の気持ちを理解するって素晴らしいと思う。

 これが国外軍準備単位の一つ、砲兵のイリサヤル臨時師団をマトラ低地に呼んで国境の向こう側にあるブリェヘム王国の要塞を砲撃、破壊させてみた結果である。通常弾のみ使用し、化学砲弾は使用していない。

 砲撃からしばらく待ってみたが神聖教会からの色良い返事が一つも来ない代わり、面子もあって型通りの抗議声明のみが発信された。こちらは理解したというのには、あちらにはまだ想いが伝わっていないらしい。相手に語り掛けても理解は三割四割と言っていた哲学者もいるが、そんな感じなのだろうか?

 だから国外軍の最終的な編制はヒルヴァフカ州で予定していたが国外軍準備単位のもう一つ、騎兵のガズラウ臨時師団も鉄道で呼んでしまった。これで想いが伝わるだろうか?

 やってきたガズラウ臨時師団の姿、キジズくんが見せつけてくれた。名付けて骸騎兵。

 エデルトのカラミエ騎兵は、髑髏印の帽子に肋骨飾りの騎兵服姿の髑髏騎兵で有名。それに親衛偵察隊の人体加工装飾が合わさったような姿だ。騎手だけではなく馬もそれぞれ、馬らしくないように死霊を模したように装飾と化粧――作戦時のみ――がされる。

 騎手は髑髏仕様の――視界呼吸に考慮した――鉄仮面、長い蓬髪かつら、干し首や人骨飾り、人間の物と分かる顔や手の皮革品。そして突撃時の喚声はホゥファーにウォーでもなく、女騎兵並のあらん限りのギィーギャーなどの絶叫奇声。そして人肉喰らいに――中には周りがそうだから嫌々ってのもいそうだが――抵抗が無い。怖めの絵本だったら墓の中からばばぁーんと飛びしてきそうだ。

 マトラ低地にて国外軍の三個臨時師団が揃い、編制は最終段階に入る。それぞれ部隊分けをしてから整列、閲兵、その後に手洗いうがいをきちんとする”滅菌包囲網を構築せよ!”との憲兵主導の脅迫的衛生指導からの食事後に軍事演習を開始。折角なのでイスタメル傭兵も参加させた。硝煙舞う雰囲気を味わうだけでも結構、兵隊としての出来が違ってくる。慣れは大事。

 総統閣下のお仕事は象徴と人付き合いなので、演習現場を回って、お前らちゃんとやっているか? と睨みを利かせている感じだ。戦術面よりも戦略面が専門である。たぶん。

「ザラちゃん、演習場伝いに野戦司令部に向かってくれ。道は分かるかな」

 レスリャジンの銀仮面を被って馬を操るザラに行く先を指示する。

「はい。覚えてます」

 返事が緊張している。お遊びと言えばお遊びだが、演習の一環と言えば一環、お仕事なのだ。こんなちっちゃいのに軍事演習に参加したなんて言ったら自慢が出来るね!

 演習の視察はザラとダーリクに、代わり番に馬を操って貰って父さまは同乗しているだけ。今は、ダーリクは馬に乗って後をついてきている。銀仮面は女用だと言ったら防毒覆面を被っていて、国外軍の配置状況を記した地図を馬上で眺めている。

 マトラ低地への国外軍駐留が思いのほか長引きそうなので二人をバシィールから呼んでしまった。ただ見学させるのも勿体無いので馬に鞭に馬具一式、刀に短剣に拳銃に弓矢に工具一式、鍋に調理器具など、やれることは全部一人でやれるように与えた。

 二人はマトラ低地演習が終わったら陸路で道中各州に国外軍の姿を見せながら魔都まで行くことになっている。ザラは魔都留学へ、ダーリクはダスアッルバールで艦隊再編中のセリンの元へ送るためだ。そのため長旅に慣らすようにしている。ちなみに彗星ちゃんはもふもふ狐夫人に預ける。いいなぁ、もふもふしてぇ。

 この前二人にご飯も作って貰った! ダーリクはナシュカに教えて――”うるせぇ黙って見てろ”と言っていただけだが――貰って要領良く覚えたようで、器用に何種類か作ってくれたものだ。手先の天才か。”セリン母さんに作ったら喜ぶぞ”と言ったら照れてか身体をくねくねさせていた。ザラは頭が良いの何なのか手軽に簡単に”成功の秘訣は失敗しない!”との言行通りに作っていた。

 国外軍は歩兵、騎兵、砲兵、工兵、偵察、竜、後方支援、一丸となって再編制で複雑になった指揮系統の確認を優先した軍事演習中。想定は攻撃と防御の二正面作戦。使用弾薬は戦時に作り過ぎた余り物。イスタメル傭兵隊は国外軍各隊指揮下にて、分散配置させて実際に参加して貰う。傭兵隊長のドルバダンと隊を分散させずに一括指揮させるか協議したが、足手纏いどころか着弾地点に迷い込みかねないとのことで今回は避けた。新兵が多いそうだから仕方が無い。

 ストレム砲兵司令指揮の下、ピャズルダ市を攻略目標の要塞に見立てて包囲、横の塹壕線構築、砲兵陣地構築、稲妻型に縦の塹壕戦構築、地下坑道掘削。そして都市手前に立てた旗へ着弾させるために観測気球を揚げてから訓練攻撃準備射撃、城壁破壊を想定した地雷発破、移動弾幕射撃を追いかける歩兵突撃からの想定上での市内突入。実際の市街戦訓練は砲撃していない廃村などを利用。

 秋から行っていた親衛隊によるただの包囲でも脱出しようとしたピャズルダの者がいて捕り物騒ぎになっていたが、砲撃まですると更に脱走者が増える。なまじ本気で逃げて抵抗する必死の活きが良い者が相手なので良い訓練になった。

 これに平行し、ブリェヘム国境での防衛演習はニリシュ将軍指揮。野戦築城は既にしてあるが、編制の完了で規模が大きくなり、またピャズルダ攻略側との連絡も考慮した構成になるのでかなり拡張させた。拡張にも時間と人手の限界があるので重要地点は頑丈に、そうではない地点は簡易にと手を入れるところ、抜くところを分けて弱点は部隊配置と前後の対応で補わせる。何時でも万全とはいかない。

 防衛の不備を突く仮想敵はキジズ将軍が指揮。陽動を繰り返してから突破、砲兵や補給線に攻撃を仕掛ける。基本的にこの攻撃にはストレム、ニリシュ指揮下の部隊が対応するが、二人の求めに応じるか、どうしようもない時は予備隊率いるナルクス将軍が臨機応変に対応。

 そんな忙しい防御中にも守備砲兵は働きどころが勿論ある。敵砲兵が展開していると仮定して、ブリェヘム領内へ対砲兵射撃演習。敵砲兵が陣地転換をしていく仮定を与えるので、こちらの砲兵も忙しく陣地転換を行いつつ、農家の建物、井戸から放棄された何かのボロ小屋まで敵砲兵と見做して射撃目標とし、次々に砲撃、粉砕していく。この軍事演習の様子を見に来た本物の、動く偵察部隊などがいたら絶好で、本気で死にたくないと逃げる相手を数学と地形読みに行動予測で逃走経路を予測して照準設定、見越しで榴散弾を当てるなどする。弾着観測には気球も使うが、頻繁に移動する相手の観測は竜跨隊の出番。とても実戦的で協力的である。

 実際の仮装敵であるブリェヘム軍が反撃してくる可能性は極めて低いので、待機していても時間が勿体ない時は別に訓練も行う。ザラとダーリクにも乗馬に慣れさせるためその騎兵訓練に少しだけ混ぜて貰った。邪魔にならないよう、後ろに続く程度である。でも「ちっちゃい子に負けるなよ!」と煽っておく。

 東西遠征の連続で人も死んだが馬も死んだ。我が国外軍の騎兵達、調教を始めたばかりの馬も多いので軍事演習中でもみっちりと訓練をしておく。

 柵越え、溝越え。捕虜を使い、馬が避けたがる踏み潰しをさせる。

 斜面下り上り。崖下り上り。階段下り上り。川走りに森走り。人工的な地形の踏破訓練は工兵が作った防御陣地を使って渡らせる。

 悪路を行く時、騎手もどう体重移動してやれば馬に怪我をさせ辛いか考える。怯えているけど越えられるところでは激励し、落ち着いていくべきところは慎重にさせる。

 密集隊形から散開隊形、またその逆。横一列、斜め一列、縦一列、凸列、凹列、二分、三分、四分、五分と分散集合を繰り返す。

 そして銃声、砲声、鏑矢、各種族の喚声、犬、牛、駱駝、毛象に慣れさせる。砲撃演習がある時は特に、他の訓練を中断させても馬を集めて爆音を聞かせて慣れさせる。

 演習中の各地を道中巡りつつ、野戦司令部到着。ラシージ副司令が伝令と通信手からの報告を受け取って状況を整理、把握して適宜指示を下している。総統で司令のお仕事はこんな煩雑なことをすることにはない。やれって言われれば、出来なくもないけど絶対に遅れる。

「ご苦労。どんな感じ?」

「お疲れ様です。これを」

 演習経過をまとめた書類を読む。ラシージは全体を指揮しながらこんなの作るんだから凄いよね。

「電信凄いな。襲撃感知からの具体的な反応が良いな」

 小規模襲撃に大勢の援軍を送らず、無視出来ない陽動へ適切に対処。そこからの本格攻撃には釣り出されず待機していた大勢を送って対処。夜襲に対しても齟齬が無い。攻撃があったと報せるだけの狼煙、信号火箭とはわけが違う。

「込み入った内容が、鳩に腕木信号と違って夜間でも即座に送れるのは素晴らしいことです」

「ああこれ、電信線切られてる?」

 電信通信が中断され、伝令通信に切り替わって対応が今までの鋭敏さを失った局面が書かれた物があった。

「はい。電信線の完全防衛は距離的にも困難で、防衛線の内側に入られたら難しいでしょう。全て埋めて地下に隠すことも短期には難しい。それから故障してもそう喋るわけではないので保守点検も忙しいです。複線にして予備を確保するにも資材に限界があります。今は冬に入ったばかりで乾燥していて良好ですが、降雨降雪暴風となると事故率が上がります。それから盗聴も不可能ではありません。中間からでも流れる電流を検知すれば符丁が分かるので」

「従来の手段に混ぜて使うと便利程度ってところで頼っちゃならんな」

「はい」

「父さま父さま」

「何だ?」

「盗聴は盗み聞きだよね」

「うん」

「秘密の言葉を使えばいいんだよ!」

「使ってる?」

「暗号通信は速度を重視しない場合に用います。緊急事態に解読の時間を使わせる余裕はありませんので。これも用途別です」

「だってよ」

「良い思い付きだと思ったの!」

「実際に使われてる手段を思いついたんだ。えらいえらい」

「むー」

 悔しいらしくてザラちゃん、電信装置を前に電信を平文に直している通信手を睨み出した。何か不備を見つけたいらしい。やれやれ。


■■■


 ツァミゾールの聖使徒大聖堂へ赴く。今日はお客さんがいる気配がしたので、わざわざ竜跨隊と骸騎兵百人隊に護送させた。そうしたら神聖教会中央から使節団が到着しており、声を上げ腰を抜かした者もいた。張り切って目がキラキラしていて何をしでかすか分からない気違いにしか見えないキジズくんが――人と見て分かる部位、殺した捕虜の人肉燻製を見せつけて食べるなど――脅かして回ったせいで一騒動。遂に食人遊牧蛮族が出現したのだから悪夢だろう。

 ルサンシェル枢機卿へ秘書のアクファルが書類を手渡す。使節団代表もそれを覗き込む。

「要塞演習の次に行う予定の強行軍演習の行程表です。領内、国境際まで隅々動くことになりますので、民間交通に障害が出ます。ですから事前通告の準備をお願いします」

 行程表にはちゃんと地図に進路も記載しているので非常に分かりやすい出来になっている。行政長のルッシェくんも手間が少ない。勿論、作ったのはラシージ。だがしかし、悲しいことに末端の統制が完璧に行くとは限らず、越境して物資を現地調達してしまうなんてことも可能性としては有り得る。何せ余裕のない強行軍なのだ。どうなるか分からないなぁ。

「これを」

 お返しとばかりに使節団代表から書類を受け取る。対ロシエ戦争時における帝国連邦軍雇用費の支払いを始めると言う誓約書で、内容は分割で五十年払いとある。

 五十年? 自分が死んだ頃に終わるというわけだ。それまで停戦条約のように発効し続けるとでも言う心算らしい。狡い考えだな。

「長期に過ぎますね。担保が欲しい」

「マインベルト王国領内の教会税受領権を五十年お預けします。そこから得られる分は支払い分に含まれます」

 回収手続きの透明化を伴う徴収権じゃなくて受領権と来たか。それから好景気の気運に乗る、親帝国連邦に傾きつつあるマインベルトから払わせるというのも狡い考え。

「受領権ではなく徴収権。それからブリュヘム、両フュルストラヴ、ウステアイデンから受領権を頂きます」

「それは不可能です。お分かりでしょう」

 ブリェヘムに分裂フュルストラヴ相手だともう一度戦争しなければならないだろう。これは冗談。

「ウステアイデンの徴税権は出来るでしょう。非常に明瞭且つ、単純に」

 アクファルが、ジルマリアが作成した徴税に関する完璧な書類を使節に手渡して読ませる。訓練された鉄面皮だが、目の動きは面白い。

「財務省に確認を……いえ、分かりました。そのように修正させて頂きます」

 そのくらいの裁量権が無ければ使節じゃないだろう。

 交渉は力によって決した。狡い考えとは思わない。

 ルサンシェル枢機卿は一言も喋らなかった。


■■■


 後日、支払いの担保が決定した。

 マインベルトの徴税分はモルル川上流を中心にする交易設備拡充への基金に充てると国王と合意。

 そして元から我が政府の一機関だったかのように速やかにウステアイデン枢機卿管領へ、フラル語であちらの官僚が使う物と同様の書式書類を送付し、障りなく銀行経由で帝国連邦国庫へ教会税初年度分が入金された。ジルマリアの書類不備などを指摘させない完璧な仕事が光る。

 国外軍は強行軍演習計画を中止してマトラ低地から撤収する。作った要塞はイスタメル傭兵に使い方を説明し、設計図や拡張予定図も一緒に引き渡した。実戦にも訓練に使える。

 鉄道を使って五万の軍はバシィールへ向かい、イスタメル州経由で陸路、魔都へ出発する。長い行軍が始まる。

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