第340話「議会の開催」 ベルリク

 第一回帝国連邦議会の準備は終戦後の夏から具体的に始まり、開催は各指導者からもう始めて問題無いと確認を取ってからなので――鉄道があるとは言え――秋になってしまった。降雪前に帰してやりたいが、議論が紛糾して長引くのか、中央政府側からの”下知”を聞いてとっとと終えてしまうのか予測がつかない。

 議会の段取りは一番目に、今夏に始まって終わった主無き魔神代理領定期御前会議の結果を改めて、帝国連邦総統代理として出席したルサレヤ先生から告げるのが挨拶代わりとなる。あくまでも魔神代理領共同体傘下の帝国連邦である。この点は今後、何度も強調していく。

 二番目に新規に発効する法や、動き出した各省の動きに関する報告。反対意見などあれば受け付けるが、動き始めた事に関しては余程の対案でも無い限り受け付けないし、帝国連邦について完全に把握している者も少ないので意見を練ることも中々難しい。各長官の独壇場になるだろう。

 三番目に共同体と国内での動きを踏まえた上での対外戦略について。これも反対意見があれば受け付けるが、やはり余程の対案でもない限りは受け付けない。それから二番目、三番目は内容が前後したり混同したりすると思われる。

 四番目に国内有志からの意見を聞き、実行したい政策を提案して貰って検討する。準備が既に終わっているのなら今議会中に実行許可を出し、終わっていないのなら次の議会に持ち越しか、延長して検討続行。あまりだらだらと長引かせる気はないが。

 中央政府としては話を聞かせ、反対意見があれば聞くという姿勢を見せた上で言うこと聞かせるのが目的。ただ本当に良い意見を出して改善なり失敗を事前に防いでくれるのならばそれで良しとする。

 まずは議会の予行練習。どんな形で進めるか段取りの確認である。一から四まで行ったが、開催の挨拶はともかく後はそこまで順番を気にする必要が無いことが分かった。あくまでも予行段階での話ではある。

 その予行の締め括りに、ザラちゃんが「やってみたい!」とのことで意見表明をさせた。演台に立って喋る姿がちっちゃい!

「私が提案するのは仲良し社会主義による文化改革です……」

 ……と言葉に詰まりながら、まとめ切れていなくて遠回りな演説した後に「父さま、私、魔都に留学したい!」と言った。

 四千年帝国を続けて来た魔神代理領の魔なる教えを理解することによってその仲良し社会主義とやらの内容が、普遍的で受け入れられやすいものになりそうな感じはしなくもない。ジルマリア母さんと久し振りに――もしかしたら初めての――夫婦らしい話し合いによって、議会本番で堂々と弁舌を振るえたら認める、とした。可愛い我が子には敢えて獣の、茨の道を歩ませるべきとは古くからどこでも言われているが、もうそんな時期が来たのか。その晩は酒を飲んだら泣けてきた。


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 議会の開催当日。外では軍楽隊の伴奏付きで女性歌手が国家独唱などしていた。派手だが、自分が考えていた議会と雰囲気が違う。記念式典じゃあないんだぞ?

 それから議会場へ入場する際には徒列した妖精達が『総統閣下万歳!』を連呼し、自分を称えるというより、帝国連邦ってのはこういう場所だぞ、と各指導者を脅迫しているように見えた。マトラの情報局ならやりかねん。

 広場では北極妖精が飼育している毛象がお披露目されており、曲芸団来訪みたいな賑やかさ。毛象を後ろ脚だけで立たせてその姿勢を維持させる芸もやっていて拍手喝采。お祭り気分どころではない。

 出席者、各指導者及び通訳や相談役は戦死、終戦後に病死、新しい役職のために退位、など顔ぶれが替わっていて知らない者もいる。それから雨後の何とやら、出自経歴が怪しい変なのも混じっている。議場警備に当たる親衛偵察隊の引き金が常より軽く見えた。

 外トンフォ行政区より、

 ウラマトイ王国、アリラシャーン王。王族でバルハギン統。ウラマトイ臨時集団の指揮官が五人戦死した後に選ばれた六人目。

 ユンハル王国、コルガル王。前王イランフの息子で顔は似てる。かなり若く髭すら生えておらず、傍にいる母が摂政として実権を握っている様子。

 ユロン王国、バサルダイ王。前王フルシャドゥの孫でこちらも若い。伝統的に実権は親、伯父方に託す型式がユロン流らしいのでユンハルとは毛色が違うか。

 ハイバル王国、ハイバル王。参加者の中ではおそらく一番の成り上がり。白虎の毛皮を被って緊張しているのか得意になっているのか良く分からん面をしている。

 ガムゲン自治管区、ウレンチャ隊長。政治代表ではなく部族の軍代表、つまり傭兵隊長。政治への参加はどこに兵隊を送るか、程度でしか認識していないわけだ。

 ブラツァン自治管区、シムガネ長老。族長ではなく知恵袋役の婆様。筆頭呪術師みたいな立場で、玄天教のケリュン族。お前もか。

 ライリャン特別行政区、ジェバ族長。シム族一万人隊の隊長でもある。ライリャン川でこちらの親衛隊と交戦した時の負傷で左耳が根本から千切れている。

 ウレンベレ特別市、クトゥルナム市長。色々役職負わせてやったせいなのか、嫁さんが美人過ぎるのか、義弟がアホなせいかは知らないがちょっと老けたかもしれない。それと面構えが父イディルにかなり似て来たらしく、旧知の年寄り達が驚いていた。

 外ヘラコム行政区より、

 ダシュニル共和国、テイセン・ファイユン大統領。マシシャー朝復活はイジメが過ぎるので取り止め。蛇部分がデカくて席からはみ出して申し訳なさそうにしているのがたまらん。撫でたい。

 ハイロウ共和国、マンダブ・クマル大統領。あのサウ・ツェンリーがダガンドゥ市長に選任して以来今までその役職についていた男で、良くハイロウを把握している。

 カチャ共和国、チムライ大統領。カチャ市の官僚で、一番早くに占領政策に協力した人物。天政の官僚選挙でも首席ではなかったが三位に食い込んだらしい。

 チュリ=アリダス共和国、ボルダ大統領。北オング高原の名士で著名な冒険家。あの山岳地域に道標を建てまくっていて、土着信仰的にも名声があり、大衆人気が強い。あと相撲も強いらしい。

 ハヤンガイ自治管区、アシャブ=ベルキン族長。戦中は天政側に逃れて敵対していたが、戦後の帰郷時期に亡命していた旧ランダン王国勢をまとめて連れて来た。彼がいなかったら大分、人手不足で悩まされただろう。

 ランダン自治管区、カンクル=オズム族長。前ランダン王の娘婿で、反乱容疑で追放されていたがこの混乱時期に戻って来た。前政権関係者とは仲が悪いので使いどころが面白い。

 アインバル自治管区、バオ・ジャンジ将軍。元西王家のエン家の外戚で、反レン、龍朝闘争を続けていた。戦歴を聞くに、エン朝軍壊滅から独自軍閥の旗揚げを二回やって失敗し、今度はランダン臨時集団に参加して実力で将官級にのし上がってと根性がある。

 ヒチャト特別行政区、タプリンチョパ博士。天道教白衣派の最高学位者。遊牧帝国域東方では信者ではなくても尊敬されるような肩書。かつてバルハギンに東方統治の権威を与えた青衣派よりはかなり格落ち感があるらしいが。

 外ユドルム行政区より、

 ユドルム共和国、シャールズ大統領。前国家国民需給品目審議数量査定委員会委員長で、鉄道業務にも関わって物流に明るいそうだ。マトラの上位妖精。

 ウルンダル王国、シレンサル宰相。片腕が無いと人間は心身共に弱るよなぁと思いながら見ると例外があることが分かる。

 チャグル王国、メイメル王。前王ニリシュの甥。死んだ息子達よりは優秀と言っていた。

 ムンガル王国、イルタメシュ王。前王サティンバダイの息子。あの爺さんの実子の割には若い。ザラに求婚しただけはあったか。

 イラングリ王国、カブルディーン王。前王カランハールの歳の離れた弟で、何と最近まで魔都留学で勉強していたそうだ。学者肌。

 ラグト王国、ユディグ王。バルハギン統の存命中の人物で一番に血統が良いので粛清したい病が出て来そうになる。お飾り王から本物の実力者になろうとしている段階なので見守るべきだ。

 西トシュバル自治管区、ファイーズィー族長。キジズ君がカラチゲイ族長を退いてから就任した。どうもカラチゲイは強い指導者を置きたがらないのでお飾りのようだ。

 東トシュバル自治管区、バルダン区長。ケリュン族には族長というのは存在しないが、敢えて族長とするならこいつ。何か企んでいるようにしか見えない。

 内マトラ行政区より、

 マトラ共和国、エルバゾ大統領。合併されたワゾレの代表から引き継ぐ。確か老衰したミザレジより年寄りのはずだが全く老いの兆候すら見えない。上位妖精だが、最上位に近い?

 シャルキク共和国、ハリスト大統領。マトラではなくリャジニの上位妖精で、旧スヴァルヤステンカ公国の外務官僚。語学に長けていて交渉事が得意らしい。オルフとのやり取りが活発なので頼りになるだろう。

 チェシュヴァン王国、イマーマラク王。前王マリムメラクの息子。見た目の違いが分からない、とか言ってはいけない。

 フレク王国、クトラ宰相。前王リョルトから継いだ小リョルトは北極探検に専念したいとのことで議会欠席。やはり見た目の違いが分からない、とか言ってはいけない。

 ヤゴール王国、シュミラ王。第一次東方遠征時に初めて見た時に比べればかなり老けており、介護は不要そうだが杖を突いている。そろそろ代替わりか?

 ヤシュート王国、デルヴィ=カザム王。前王アズリアル=ベラムトの息子。水上騎兵業務について良く把握していて、水上騎兵軍集団司令の後継者でもあるとのこと。

 ダグシヴァル王国、”太い”イサグ王。前王”変な”デルムの息子。脂肪と筋肉量が山羊というより牛で見た目の違いが良く分かる。ダグシヴァル族は見た目の違いを結構重視しているのが面白い。実力があって当然、目立って覚えられることが大事という思想らしい。分かる。

 上ラハカ自治管区、オルマード首長。前に土下座を見せてくれた奴だ。前からパっとしないことに変わりがないな。

 中ラハカ自治管区、サラー首長。前に会った時は小生意気なガキっぽかったが、流石に成長した。活躍の機会が無くて少々可哀想かもしれない。

 下ラハカ自治管区、ヒルミシュ首長。やはりケリュン族のおばさん。相談役にダグシヴァル族を連れてきている辺り、ラハカの中でも格の違いを見せている感じはする。ジュルサリ海沿岸の開発は順調と聞いている。

 スラーギィ特別行政区、カイウルク頭領代理。相談役にイスタメル貴族を堂々と連れてきている辺り、力点をあちらに移す気が見えている。議会ではその辺りを話してくれるそうだ

 バシィール直轄市、マキサム市長。前市長はあくまで建築家だったので既に退任。元はバシィール城の管理者で、その延長で市を管理するマトラの上位妖精。名前は知らなかったが顔はもう二十年近く前から知っている。撫でたり追いかけっこしたり一緒にお昼寝した記憶を思い出すのに苦労しない。 

 その他行政区等より、

 マトラ低地枢機卿管領、ルサンシェル枢機卿。随分と過酷な勤務だったようであの可愛らしさすらあった顔が老けてしまっている。あと顎が二重に見えるくらいには太った。保護すべき信徒達が残虐なエルバティア族に肝臓を啄まれる姿を幾度となく見て来たのだろう。

 北極圏特別行政区、イヌクシュク首長。北極妖精の上位妖精で、どうも最上位と呼べるほどの求心力は無いらしい。氷菓子を食わせてやったら”うにゅにゅーん!”と喜んでいた。言葉があまり通じていないようで、どうしよう?

 水上騎兵軍集団、アズリアル=ベラムト司令。ヤシュート王国と合わせて実質二倍の発言力があるということで嫉妬の注目が集まっている。

 極東艦隊、ギーリスの娘ルーキーヤ司令。他の代表たちと比べて将来性はあるがまだまだ小勢力なので肩身が狭いかもしれないが、そんなことで縮こまる肚はしていない。

 内務省、クロストナ・”ジルマリア”・フェンベル・グルツァラザツク長官。議会開催に向けて一番努力していた。大体何でもお任せしてしまって申し訳ない気がするが、仕事狂いなのでどうかな。

 軍務省、ゼクラグ長官。ラシージから引き継いだ古傷だらけのマトラの上位妖精。他の上位妖精に強力に命令出来るので最上位に近いらしい。集団の規模が大きくなると階層も増えるようだ。

 財務省、ナレザギー長官。こいつも何やら久し振りに見た。凄い悪党だから成敗してやると転がして脇とか腹とか撫で回していたら奥さんに見られて「あらぁ」と言われた。

 本議会の議長を務めるのがルサレヤ先生。立場としては魔法長官として出席する。魔なる神、そしてその代理に対してその事を表明し、恥じ入るところが無ければ良しという魔なる法の視点で見てくれる。分かるようで分からないような。

 それから発言権は無いが後レン朝から外交官が出席している。事実上の属国だが議会でどんな話し合いがされているかを見る資格はあるだろう。この他にイスタメル州から派遣された外交官もいて、これは半ば伝統。アッジャール朝オルフからも招くか検討されたが”エデルトの尻尾”の立場である以上は除外された。マインベルト王国も検討されが、まだまだ神聖教会圏の一員であることから除外される。議会では口外無用の話もあるので部外者は出入り禁止なのだ。

 さて挨拶代わりというべきだろうか、政治的妹存在レン・ソルヒンから開会前に贈り物があった。豪勢な漆塗り金箔龍の箱を開ければ、手働きをしない女の白くて皮が薄く節くれも優美な、手入れされた化粧の映える爪が桃色の玉石のように綺麗で長く、骨のか細い指が一本……切断面は生々しく、色々と憶測しても納得出来ない……ということでジュレンカが添えてくれた手紙がある。

 落した指を差し出すのは反省、抗議、献身、覚悟などを不退転に示す時の自傷行為で、主に東王領の風習、呪術行為だという。偽指職人というのがいて約束状代わりに儀礼、儀式的に偽物を渡すこともあるがこれは本物とのこと。そして伝言では”よしなに、お願い申し上げます”だと。その一言のみ。奥ゆかしさが極まるとこうなるのだろうか? この”お気持ち”に詳しそうなルーキーヤの姉さんに相談したところ”よろしく以上の意味は無いけれど、無下にしたら呪うって意味ね”と教えてくれた。

 呪術外交、馬鹿に出来ないかもしれない。

 ルサレヤ議長、開会の挨拶。

「三千年の永きに渡り、魔神代理領共同体の柱として魔なる教えを奉じる者達の基準となられた二代目魔神代理が御隠れになられたことは皆、承知のことだと思う。この御隠れという表現、死を暗喩するものではなく、事実行方不明を指す。

 此度の定期御前会議において三代目魔神代理が選出された。仮に二代目が御戻りになられた場合には相談の上ご退位願うことになられるので、臨時代理と認識して貰いたい。三代目はジャーヴァル帝国前皇帝ケテラレイト殿である。かのお方に魔の御力がありますように……。

 選出に至る経緯を説明する。かねてよりケテラレイト殿はザハールーン皇太子成人の折に退位する予定であった。しかしそこでジャーヴァル各地の女神信奉者達、俗称であるが女神党より、神の夫として常人は相応しくないという反発があった。そこで皇帝を退位はするけども、共同体の頭、魔神代理として就任するならば良しという了解を得て国内問題であるが解決に至った。またケテラレイト殿はかの魔帝イレインの直系であり、魔なる力としては神の如きケファール殿を継いでいるということで、あらゆる方面より適格と判断されて全会一致となった。私も会議にて、帝国連邦総統代理として適格と表明した。

 三代目選出に限れば魔神代理領共同体、戦後混乱期を脱出する兆しが見えるようであるが、そうではない。ハザーサイール帝国にて帝位継承に関する紛争が起こっていることは耳の速い者ならば知っていると思う。二代目御隠れの報を聞き、魔都へ御前会議に赴いたハザーサイール皇帝ハドマ殿が現地でお亡くなりになった。かの帝国では白人であるサイール人皇妃の嫡子の次は黒人であるムピア人皇妃の嫡子が帝位を継ぐという伝統を持つ。混血により見た目の違いに関しては論を避けるが、白人皇帝の次は黒人皇帝が即位するという法があり、ハドマ殿は白人皇帝であられた。法の通りに次代は黒人皇帝が即位すれば問題が無いようだが、現在ハザーサイールは国難に直面している。もしハドマ殿が黒人皇帝であれば即位したとされる白人のイバイヤース皇子、トゥリーバルの土人形遣いの名で知られる先の聖戦の英雄が国難に対応出来る新皇帝に相応しいとする一派がおり、派閥が分かれてしまった。既に血が流れているとの噂もある。

 長引くアレオン紛争、天政との大戦における巨額の出費、南大陸南方における旱魃からの情勢不安、民族紛争に繋がる帝位争い、そしてロシエからの圧力。まさしく国難。魔神代理領共同体は相互に安全を保障し合う仲である。これを他人事と考えないで欲しい。

 新しい大宰相には元シャクリッド州総督ベリュデイン殿が就任された。ベリュデイン殿は親衛軍の強化、魔族化を表明され、陸海軍の近代化を推進される。その近代化には我々帝国連邦とランマルカ政府の軍需産業が与するところ大である。その強化される軍事力の一部は国難のハザーサイールを助けるために向けられる。

 第一回帝国連邦議会開催に当たり、帝国連邦は魔神代理領共同体でもあることを忘れないで欲しい。”共同体の帝国連邦、戦を厭わず”との標語、嘘と言われれば名誉に悖る。我々が命より重要と考えるものだ」

 帝国連邦構成員としての自覚はあっても魔神代理領共同体の一員という自覚のある者は少ないだろう。まずルサレヤ先生に魔神代理領の話をして貰い、国外問題ではないと認識させる必要があった。これでハザーサイール問題を、遠くの海外で起きてる何か、程度と認識する奴は馬鹿ということにする。

 しかし改めて。ケテラレイト帝が三代目になって、ベリュデイン総督が大宰相に、ねぇ?

 施行される新法、様々にある。代表的なものは国家総動員法に関連する一連のもの。既に発効されていた法も新法に合わせて微調整がされ、名前が変わることもある。基本理念は全人民防衛思想に基づく。

 国土開発法。公共事業が私有地を対象とする場合、該当権利所有者は拒否出来ない。損害分の補償は要求出来る。

 戸籍法。社会身分を管理社会生活者と非管理社会生活者に二分する。

 管理社会生活者は生活を保障され、非課税対象者である。職業と移動が制限される。健康であり成人している場合は平時より国内、国境警備に従事して軍が要求する基準を満たす兵士である努力義務を負う。特定業務従事者等には免除措置が講じられる。

 非管理社会生活者は課税対象者である。公共の福祉に反しない限り職業と移動の自由が保障される。

 民兵法。健康の度合いに拘わらず全帝国連邦人民は民兵である。所管地域が指定する軍事訓練を受ける義務を負う。また有事とあれば内務省指揮下に入る。特定業務従事者等には免除措置が講じられる。

 中絶禁止法。中絶または中絶を伴う医療またはそれに該当する行為を禁止する。

 養育放棄対処法。人民は、国家の人的資源である幼年者たる被扶養者の養育を放棄する場合は所管地域が指定する幼年者教育機関に引き渡す義務を負う。自己判断で捨てたり殺害してはならない。

 死刑禁止法。生産性の無い抹殺のみを目的とする刑罰を禁止する。

 刑罰法。重犯罪に対し重労働刑もしくは教練等資材刑が適応される。軽犯罪に対し軽労働刑もしくは罰金刑が適応される。

 降伏禁止法。帝国連邦とその人民は戦争行為に当たっては全力を尽くし、降伏またはそれに類似する行為を認めない。命ある限り奮戦し、所謂敗北した状況に置かれても捲土重来を自身と子孫絶えるまで志す。

 更にそれらを補助したり誤解が生じないようにとする細々とした法から、自分がちょっと興味持てない分野の法まで各長官が担当分野毎に発表していった。興味が無ければ子守唄になりそうな具合で、アクファルに「はいお兄様、はいお兄様」と言われながら両耳をにょいにょい引っ張られて眠らないようにされた。

 これで妖精の社会制度が明文化され、一部の人間、獣人にも政府として正式に適応出来るようになったところが一番の注目点か? 昔自分で作ってみた憲法草案が元になっているところがあり、俺って中々やるじゃん、と思ったりする。

 元から実行されていることを並べ立てていると言われても否定出来ない内容だ。その目的は、将来何も考えていない馬鹿が引き継いでも国家精神と進行方向に揺らぎが無いようにという措置。法で目的を設定してやらないと官僚達が何をしていいか分からなくなって暴走したり硬直したりすることがあるのでその防止策でもある。”何も言わなくても、ほら、分かるだろ?”というのは創立に関わった年寄り相手にしか通じないものだ。

 ジルマリア内務長官から国土管理局について。

「内務省の部局が一部再編されます。再編対象の国土管理局が前例より特殊なのでご説明します。局下には主都、農地、牧地、高地、極地管理委員会が設置されます。

 国土管理局は国益を第一に活動します。帝国連邦精神に基づき、最大効率的総力戦体制の構築を目指すものです。よって各構成体の意志に反するような権利等を侵害することがあります。そして抵抗に対しては強制執行が伴います。その場合に動員されるのが内務省軍です。ご存じない方は覚えておいて下さい。

 主都管理委員会は都市、産業開発から道路、鉄道、船舶交通網整備全般に関わって総合的に運営されます。各構成体の方々に事前通告しておきますが、国土開発法に基づき、伝統的な土地、建造物等に対しても大規模な工事の手が入ることを留意して下さい。

 農地管理委員会は旧来の粗放な個人経営農業から、穀倉地帯を中心に集約的な中央統制型の大規模農業を運営し、拡大していきます。最新の科学に基づいた農法を用い、農具や家畜を配備し、作物を集中管理して利潤よりも国内需要を満たすことを目指します。現状では自発参加を促し、移住者を募集する形で人員を確保しますが、運営に支障があればあらゆる方法で確保します。各構成体の方々はその点に留意して下さい。基本的に地方農業と自治体の破壊は意図せず、それらの補助業務も行います。ただし水利工事等は生産能力第一に行われますので、場合により耕作地を放棄して貰うことがあります。留意して下さい。

 牧地管理委員会は各方面軍一万人隊以下の遊牧民との間で、情報交換をするなど互助的な役割に限定されます。余剰放牧地の情報、天気予報、牧草飼料不足が発生した地への支援仲介、品種改良の手伝い、労働者の紹介などです。業務内容は多岐に渡りますので所管の地域に設置された管理委員会事務所にご連絡下さい。

 高地管理委員会は生活や移動困難な高地山岳地帯を総合的に管理運営し、警備を担当します。無人地帯の放置を防ぐのが第一です。該当地域は生産性には著しく乏しい荒れ地ですが戦略的には重要であり、特別に管理する組織が必要と判断されました。軍事部が設置され、単独で軍事能力を保持します。管理対象地域であれば各構成体を越境して作戦行動を取り、工事等を行いますので留意して下さい。

 極地管理委員会は生活や移動困難な北極圏、酷寒地帯を総合的に管理運営し、警備を担当します。高地管理委員会に準じ、最低限の自衛能力を保持し、大規模な編制に至るまでは北極艦隊の運用も行います。追加してお伝えすることとしては、北極探検に出ている小リョルト王より、新旧大陸海峡を冬季凍結時に氷路、徒歩で渡れる可能性があるので今冬にも試みるそうです。これが成功した場合、極地管理委員会は暫定的に帝国連邦新大陸領土の管理も平行して行う見込みです」

 やる気が疑わしい低い声で淡々と、逆らったらぶっ殺すと言った。そして非常に重要なことを言ったのだと今更気付いた者は慌てた様子で、気付いていない奴はつまらなそうだ。前から気づいて既に手を回していた者は余裕の、してやったりの笑みがある。

 牧地管理委員会を除き、他四つの委員会は帝国連邦を内側から支配する組織である。各構成体より強い権限を持っていて武力も行使出来る。その委員会の面子は議会資料で閲覧出来るが、少数派であって政治力が弱いと一見思われていたような獣人達の名が目立って載る。主都管理員会の長にチェシュヴァンのマリムメラク、高地管理委員会の長にダグシヴァルの”変な”デルム、極地管理委員会の長にフレクのリョルト。委員会を補佐する各部には以前まで万以上の兵を指揮していたボレスやセルハドのような将官級の名が載っていることから、この国土管理局が如何に強大であるかを物語る。各構成体の大仰な国名などただの看板に成り下がり、王や首長などただ黙って座っていれば観光名所の一つに貶められつつあるということなのだ。

 中央官僚と地方貴族の勝負は今決した。事前準備段階で横槍を入れて邪魔するなどしなかったのが、地方分権派というものがいるのならば失敗だ。そんなことはさせる心算は一切無いけれど。

 ナレザギー財務長官から膨大な債務返済計画についての説明。

「皆さんの耳に入れておくべきことは債務返済計画ですね。長きに渡る総力を伴った大遠征で膨大な出費を強いられました。即金で払える額ではなく、借金をしてそれに充てました。まず、魔神代理領共同体各位が肩代わりしてくれていること、返済に失敗すると貸した側も共倒れになる額なので相手もこちらの話を良く聞いてくれるということ、そして即金で出す必要はありません。今不測の事態が起きて資金が要りようになっても混乱は無いという点を理解して下さい。

 この時点で胡散臭いとお思いでしょう。ですが信用あればこそ膨大な額でも相手は返済を待ってくれます。差し押さえなどの強硬手段に出られることもなく、破産して諸共死んでやると呪いの言葉を吐いてこないんですね。その信用を担保するのは帝国連邦の重工業の将来性にあります。主に新型兵器と鉄道、ご覧になった方も多いでしょうし、バシィールに来るために列車に乗ったと思いますが、あれは今後の世界に必要な物、絶対に売れる物だと理解出来ると確信しています。ランマルカの技術協力のおかげで資本主義的に成功してしまいますね、これは。

 さて。これから帝国連邦は重工業産品を作りまくって売りまくった利益を上げて返済に充てます。大陸横断鉄道開通により東方物産をこれまで以上に西へ安く大量に売れるようになりましたがこれは重工業産品がもたらす利益と比べると格段に落ちると試算が出ています。かつて遊牧帝国が富の原泉であると確保に血を捧げて来た北大陸横断道、基本は同じですが駱駝や馬で隊商を組むあの姿は過去になっていくでしょう。

 ここで重要なのは重工業への投資です。設備の拡充と労働者の確保を国内のやりくりだけで、これからの膨大な需要を満たす生産力に到達出来るかは難しいと計算されています。そこでその債務返済相手に投資や労働者を斡旋する権利を与えました。利子以上の更なる収益が見込め、破産したくはないので必死になります。これが事業から離れられなくする仕組みです。

 何らかの理由でその重工業政策が失敗した時、阿鼻叫喚の大混乱が待ち受けていますが、今のところ焦らせられるような問題はありません。あれば総統閣下が軍事力でどうにかしてくれると信じております。

 それから投資でかなり補うとはいえ工業開発には諸経費が膨大に掛かるので元手が必要となります。不足の事態に備えて手持ちの資金以外を使うことが望ましいでしょう。いざという時に貯めた金銀には最後の最後まで手をつけたくはないものです。そこで第二次西方遠征で支払われるはずだった傭兵雇用費が魅力的です。しかし神聖教会から支払いが開始されるはずなのですがまだ始まっておりません。これについては総統閣下に解決方法を見出して貰っておりますが……」

 ナレザギーが懐中時計を取り出して「ふむ、時間ですね」と言う。そして議会場の外で鐘が鳴り、議会進行役の妖精が手鐘を振って「休憩時刻になりました! 休憩時刻になりました!」と連呼。

 手を二回、大きな音を立てて注目を集める。

「財務長官が仰った通りの事を、休憩が終わってから総合してお話しますので、一度解散して下さい!」

 席を立ち、ざわめきに、それぞれ好き好きに話し始める。足早の者は便所か、これらの話を受けて伝令でも早く出したい者かといったところ。

 休憩に入らなくていいから話の続きを聞きたいという輩がちらほら見えるが無視して席を立って目線も合わせない。お腹空いたし、小便したい。


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 休憩中に問題が発覚した。参加人数に対して便所の数が足りない。急遽、議場周辺の他の建物や民家の便所まで借りることになった。

 各指導者に相談役に、議場に入れなかった者達が休憩時間にあれこれと話し合って、今後の方策やら愚痴やらを話し合っている。人が集まればその分口の数と耳の数が増えて、喋る言葉が乗算で増えていくものだがえらくやかましい。特に、次の戦争はなんだとかそういう話題で持ち切りだ。帝国連邦は軍隊を運用するための補助組織ではあるんだが……それにしても具体的に軍隊を維持増強するためには、現状で作戦行動を取るにはどうすればという現実的な話がほとんど聞こえてこないのが残念で仕方が無い。自分も軍務官僚に戦争準備をお任せしている立場なので偉そうに批判は出来ないが、何とも、あらゆる準備は勝手に誰かがやってくれるものだと認識している雰囲気が気に食わない。何より、戦争準備から含めて可能な限り勝利の可能性を高めてから挑むという考えなのだが、とにかく狂犬のようにあたりかまわず噛み付いて勝利してきたかのような”偉大なる総統閣下”評を耳にする度に嫌な気分になる。その間違った認識を、自分亡き後にやられたら……まあ、死んだあとのことなど知ったことではないが、脚萎えのジジイになって病床から馬鹿ばかりやっている姿を見せられたらたまらんな。

 死ぬ時は戦場が良い。元気いっぱいに突っ込んで血塗れになってぶっ殺しながら死にたい。やられっぱなしは気に入らんから相討ちかな? シルヴと相討ちが最高。空想しただけで幸せになれる。

 休憩時間中には軍楽隊が演奏し、お茶やお菓子が出されて立食の宴となってしまっている。劇団が共和革命派的解釈で第二次東方遠征の各場面を再現しているが見に行けない。一度見に行こうと思ったら観客の妖精が『総統閣下万歳!』を連呼し始めやがって、それはいつものことだが各地から集まった人間の目がこう……変に目立ったので駄目だった。レスリャジン伝統の銀仮面でもつけて歩くか? 女物だけど。

 しかし自分の認識では、議会というのは人数が少なかったら事務室で膝突き合わせて喋るような感じで済ませるものだと思っていたのだが、こんなお祭り騒ぎになるとは思わなかった。

 人が集まるところは気が休まらないので、ナレザギーの家でガユニ夫人の毛長のもふもふを眺めながらお茶を頂いた。子供達と一緒に、毛玉のフルースくんと毛玉のダフィドの追いかけっこを眺めていたら休憩時間終了を報せる鐘が鳴った。

 その鐘だが便利だからとノミトス派の、建設途中の――一般に百年単位で作るようなものだが――バシィール大聖堂の鐘楼が使われている。礼拝とは別に時刻を報せるのにも使われており、何だか妙な気分にさせられる。ともかく新生バシィール市はそういう都市設計になっている。


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 議会再開。再開直後にまた便所に行きたくなっているアホがいたが無視。具合が悪くなるくらいのうんこ腹痛じゃなければ大丈夫だろ。

「帝国連邦の対外戦略を申し上げます。これを聞いて、意見、改善案などあれば是非お聞かせ願いたい。開会前から通達してありますが、発言したからと言って罰せられるものではなく、自由に喋って貰いたい。事は国家、三千万人民の命運を左右するものです。

 ではランマルカ革命政府に対して。先の大戦時は非常に強力な支援をして貰い、大変に感謝をしております。彼等の支援が無ければ鉄道は短期にトンフォ山脈を越えることはなく、戦況を打破する軍事力も存在しませんでした。

 彼等とは惑星を横断するという世界戦略をこの度共有することになりました。帝国連邦の大陸横断鉄道と、ランマルカ革命政府の新大陸北部領土と高緯度海域制海権、オルフの北極圏港で繋いで一繋ぎの交通網です。北極開拓時に幾つもの大河口が発見されており、同盟者ではないオルフの北極圏港に依存する必要が無くなってきているので今後の北極圏開発はその世界戦略の唯一欠点を補うものです。

 ランマルカ革命政府とは妖精種存続という点から始まり、一度オルフ内戦で干戈を交えたものの戦略上の分かち難い同盟者であります。こちらの難局に彼等は手を差し伸べてくれる以上、こちらもあちらの難局があれば手を差し伸べるべきであります。その難局あったならばある程度の疲弊を覚悟してでも助けるべきです。こちらの都合の良い時だけ、という考えは捨てて下さい。

 アッジャール朝オルフに対して。かの国は現状”エデルトの尻尾”であり、帝国連邦の喉元に突き付けられた短剣であります。これを何れは”帝国連邦の最右翼”としなければなりません。アッジャール家は今でもバルハギン統の筆頭でありますが、その蒼天の下の者達が未だにこの帝国連邦と共に無いことは思想としても、地理的にも看過出来ません。攻め滅ぼす、とは単純に考えておりません。可能ならば血を流さずに帝国連邦と共にあって欲しいと考えております。出来得るならばアッジャール朝の帝国連邦加盟でもって最右翼としたい。加盟であるからこそ隷属でも支配でもありません。むしろ最右翼として第一に尊敬される存在になって貰いたいと考えております。

 エデルト=セレード連合王国に対して。エデルトと同君連合をしているセレード王国は蒼天の下の中ではもっと西方に存在し、私の故郷であります。個人的には奪還して然るべきと軍事力の差から言ってみたいのですが帝国連邦として考えましょう。

 まずエデルト王国は西側、ロシエを除けば神聖教会圏最強国家であります。もし西側との大戦あれば最も手強い敵となることは明白です。それを幾分かでも弱体出来るのならばした方が良いことは当然です。具体的な弱体策とは、エデルト優位に甘んじる現状に不満を持つセレード人の蜂起、取り込み、加盟です。

 現状ではそのような工作、不可能となっております。アッジャール朝オルフという尻尾が直接的な支援を防いでいます。

 マインベルト王国に対して。かの国は神聖教会圏の中でも聖王領に属し、聖王領の中でははみ出し者です。聖王領の筆頭ブリェヘム王国とはモルル川水運を巡って歴史的な確執があり、第一次西方遠征、中央同盟戦争時には中央同盟を裏切って首都カラドス=ファイルヴァインを急襲し、指揮官の暗殺でもって失敗をしています。

 現在、ワゾレ地方を通じて帝国連邦とマインベルト王国は通商しており、いつでも彼等に更なる手厚い支援を送れる状況にあります。可能ならば教会と聖王という頸木から脱せられる程に送れます。鉄道の直接接続もあちらの了解を得れば可能です。接続がなれば、極東からの鉄道輸送で運ばれて来る東方産品を直接聖王領に余計な関税を経ることもなく、極端な損失をもたらす事故、海賊行為の多い船便の十分の一以下の時間で運び込むことさえ可能です。西側の東方貿易に従事する商人を軒並み粉砕する規模で売ることも不可能ではありません。相互に良い貿易相手となれる可能性を秘めています。加えてマインベルトとセレードは地理的に接続しています。エデルトの尻尾であるアッジャール朝を掻い潜り、直接接触が可能となればエデルトの弱体化、可能となります。

 神聖教会に対して。神聖教会と帝国連邦は一定の協力関係にあることは意外に思われるかもしれないが事実であります。第一次、第二次西方遠征においては彼等には不可能だった軍事的成功を我々が収めさせました。雇い主と傭兵の関係であり極度に親密ではありませんが、マトラ低地枢機卿管領という存在から全く疎遠ではなく、私の娘を実質の人質、聖女ヴァルキリカへ養女として渡している程の関係があります。

 神聖教会に対して現在では直接の危害を加える理由は一点を除き存在しません。その一点とは第二次西方遠征時における、我々に支払われるべき雇用費が、休憩前に話した通り分割払いですら始まっていないことにあります。神聖教会も財政難であることは事実ですが、血を大量に流したあの遠征に対する不誠実であることには変わりありません。我々をなめていると解釈するに値する行為です。

 どのように名誉と費用を回収するかが問題となります。単純に侵攻し、略奪して奪うには多額に過ぎ、こちらも龍朝との大戦を終えたばかりで余裕がありません。そこで示威行為によって彼等に支払いや譲歩を促すことにします。マトラ低地には帝国連邦正規軍を置かないという条約がありますが、これを反故にする。具体的には編制予定の国外軍をかの地に集結させて圧力を加えることです。尚各方面軍に負担は無く、それで足りないのならば傭兵公社を通じて頭数を充填します。これに対して神聖教会側は対応するべく軍を召集しなければならず、非常な負担となるので説得に応じる可能性があります。それでも応じないのならば先に話したマインベルト王国へ武器を提供し、軍事顧問団を派遣し、鉄道を接続し、神聖教会の一角を切り崩すような行為に発展させます。このような敵対行為に至る大義名分には十分でしょう。

 さて、支払う気になっても支払えないということもあります。その場合、我々が要求するのは神聖教会圏における教会税徴収権です。主にマインベルト王国などに隣接し、徴収がしやすい国家が良い。そこでもし、権利だけ取っておいて徴収をしなかった場合、どのように思われるか面白いと思います。

 エルバティア族に対して。高地管理委員会主導で、ガエンヌル山脈エルバティア族本土の、手段を選ばぬ構成国化を図ります。特異な成人の儀式、殺人、肝臓食いなどの風習は帝国連邦として対応可能であり、和解の道が開けております。またその特異な儀式から治安維持、安全保障上の問題から、かの地、外ユドルムに一点の曇りがあるような状況は東西の巨大な潜在敵を抱える我々にとっては看過出来ません。彼等の暴力は帝国連邦の下で統制されるべきです。

 天政に対して。レン朝に対する厚い支援を持って相互の軍事的緊張に対応出来る状況を維持します。構成国ではないがそのように安全を保障せねばならず、そのために経済も保障されねばなりません。極東の維持、世界戦略のためにも血を流すに値します。極東軍管区を通じた協力体制は今後保たれ、可能であれば推進されていくべきであります。

 その上で龍朝との国交正常化、貿易の正常化は停戦条約の通りに維持されるべきです。蒼天の領域は既に復されました。現状、これ以上南下する必要は帝国連邦にとってありません。レン朝にとっては全土奪還が目標となりますが、今日明日に叶うようなものではないことは明白です。時期が訪れるのならば、その時期まで忍耐するしかありません。ですからその時まで我々が保障をしなければなりません。

 魔神代理領共同体に対して。開会時にルサレヤ議長が仰った通りですが補足します。

 共同体の各州各国は一番の同盟であり貿易相手です。何より帝国連邦はその一員です。帝国連邦旗にも書かれた標語”共同体の帝国連邦、戦を厭わず”とは誇張でもない事実であるという認識を改めてして頂きたい。先の大戦、第二次東方遠征ではランマルカの支援も強力でありましたが、何よりもハザーサイールを筆頭に国家財政を傾ける程に支援してくれた共同体の者達がいたからこそ成功を収めたことに間違いがありません。標語を解説するのならば、厭わず戦をするためには共同体に帝国連邦は属していなければならない、ということになります。この点、忘れないで欲しい」

 それから対外戦略に関しては、もっと苛烈に動けばよいという意見が直ぐに出た。議会開会直前、休憩時間の雰囲気に沿ったように出た。

 各指導者、席を立っては思った以上に好き放題言ってくれる。特に神聖教会圏、総合して龍朝に劣るので第三次西方遠征にて全問題解決出来るだろうと言うのだ。今すぐ、電撃的に奇襲すればやってしまえないのか? 答えて欲しい、とのこと。勢いだけは良い。

 話を聞いていたか? それとも、自分が思ってもいなくても勢いの良いこと言って姿勢を見せろと言う空気でも醸しているのだろうか? 何だか規模が拡大したせいか分からなくなってきたな。

 ナレザギー財務長官に答弁して貰う。

「第二次西方遠征に引き続いて行った第二東方遠征で負った債務返済計画を中止しなければ再度の総力戦に臨むことは出来ません。この返済計画は先に説明した通り、ただ金を返すのではなく、投資を呼び込んで重工業化を発展させたり、国内整備、特に鉄道網の拡充にも利用していますのでそれを中断させるということになります。時代の変革を起こす引き金と捉えており、非常に重要です。その引き金を絞らせたくない、という発言と捉えてよろしいですかね。それから当然、全取引相手に事実上の債務不履行宣言になるでしょう。戦争は基本的に浪費、稼ぐものではありません。略奪品を当てに出来る程に現代の経済規模は小さくありませんがご存じでしょうか? 開戦すれば以前までのような補給計画を立てられません。全て現地調達で勝利し続けられる軍隊であるならば心配ありませんが、そんな中世の軍隊でしたか?」

 挑発的だった。それに乗って表情を変える馬鹿面を確認出来た。新参者が多い。特に教導団から正規軍としての訓練を受けていない連中ばかりだ。ただ突撃をさせてやっていただけの奴や、親から継いだばかりの奴、教育が足りないのが見え見えだ。勘違いさせちゃったかな?

 ゼクラグ軍務長官に答弁させる。

「戦争計画は軍務省が練り、総統閣下が是非を判断する」

 と言って直ぐに座った。原則を説明しただけ納得するのは妖精ぐらいだろう。言葉が足りないんじゃないかな? 顔でそう言ってみると、通じない? しかしラシージが視線を送ると言葉を足した。

「戦争計画に携われるだけの知見を養ってから発言をすれば不要な問答が不要になる。ベルリク=カラバザル、まだ何か言わせたいのか?」

「いや結構。皆さん、無用な言葉で飾らない妖精の彼の言葉が適格です。確かに本議会は色々な、自由な意見を求めていて、多少騒ぎになるのは仕方のないことでしょう。だがな、馬鹿を言うな。出来ることと出来ないことを理解してから喋ろ。具体的な計画を作ってからとまでは言わんが、草案程度は思い描いてからにしろ。ここは飲み屋じゃないぞ」

 議会の”熱”が下がった。

 次に国外軍について。

「各方面軍とは別に、現在のような平時でも各地、特に国外で活動することを目的にした国外軍について説明します。

 現在、魔神代理領共同体は大戦の連続にて経済難に陥っています。帝国連邦も同様であり、加えて国境守備を重点においた各方面軍再編作業中につき総力戦体制に準じた、方面軍の戦力抽出からの派遣が困難で、しばらくこの状態が続きます。魔都襲撃からの二代目魔神代理御隠れの一件より共同体は不安定になっており、今減じている抑止力を我々が補うことで貢献が可能です。

 現在、スラーギィにて歩兵、ガズラウにて騎兵、イリサヤルにて砲兵と三兵科に分けて第一次編制をしています。神聖教会に対して圧力を掛けるという行動方針に有効な反対や、再検討を促すような発言が無かったために本議会終了後に国外軍へ行動命令を発行します。内容は、スラーギィにて編制中の歩兵部隊から先にマトラ低地への集結を開始します」

 ルサンシェル枢機卿が今、目が覚めたように顔を上げた。この議会、お遊びでもただこちらから一方的に主張するだけじゃない。あなたが、きっともしかしたら秘密裏に神聖教会から聞かされていた雇用費支払い条件から交渉に臨んでいたらこんな緊張が高まるような事にはならなかったのだ。管領の仕事が辛くて疲れて気力が萎えていたというのは知ったことではない。

「マトラ低地は本来正規軍が立ち入ってはならない地域ですが、約束の反故には反故で返します。順次、騎兵、砲兵と追加していき、そうしながら軍事演習を実施します。演習相手には、未だ当該地域に残存している聖シュテッフ報復騎士団や、国境沿いに存在し時折越境してくる亡命バルリー人が適当と考えます。

 そして一定の成果が得られた場合、国外軍は陸路にて魔都を目指します。海路輸送の方が従来は早かったのですが、魔神代理領海軍が再編中につき万単位の重武装軍を移送することが困難になっています。また速度を重視しないのは、その陸路にて国外軍の姿を道中の共同体人民に見せ、いつでも帝国連邦軍は救援に駆け付けられるという宣伝を兼ねます。魔都では凱旋行進を予定しています。個人的には大戦に参加した全軍百万以上を連ねてやってやりたいところですが、大規模軍事遠征並の経費が掛かり、あちらにも迷惑なので国外軍に限定します。戦後混乱期に不安になっている彼等を勇気付けるのが目的です。千年平和だった交易の中心地としての信頼が揺らいでいますが、帝国連邦軍がどんな時にでも駆け付けられるという軍事的な信頼を持って揺らぎを落ち着かせる効果も狙っています。

 示威行動以外に国外軍は最新兵器、戦術の研究をします。道中、各共同体と軍事演習を重ね、場合によっては反乱軍等の討伐に参加して戦訓を得て、常に世界最新の軍事事情を取り込み、発展させていきます。平和に耽溺し、戦争を忘れるということは帝国連邦が一番に避けるべき行為です。常に我々の刃は血で磨かれていなければなりません。各方面軍を抽出出来ないような現在のような状況でも、です。

 国外軍の司令には私、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンが就きます。帝国連邦における総統は常に最前線に立つからです。

 副司令には前軍務長官ラシージ、砲兵司令には前ユドルム臨時大統領兼ユドルム方面軍司令ストレム。幹部には前チャグル王兼イラングリ方面軍司令ニリシュ、前カラチゲイ族長兼第四ニ騎兵師団”西トシュバル”師団長キジズ、前親衛突撃連隊”前進”連隊長ナルクスを任命予定です」

 ここでしまった、という顔をしている奴はちょっと間抜け。事前に話が終わっているのが賢くて、特に何も気づいていないのがアホ。これは前例で言えばカイウルクにクトゥルナム並の出世街道なのだ。分かっていたヤゴールのラガ王子など事前に参加したいと、あの如何にも冷酷で強気そうな顔を半泣きでめちゃくちゃにしてしまっていて思わず抱きしめたぐらいに可愛かったが、父王の引退がそろそろ近いので諦めざるを得なかった。まあ、しょうがないね。

 議会開催前に本番は終わっているのだ。

 カイウルクより提案。具体的な計画資料が冊子にまとめられ、各代表に配られる。本番前に終わっているとはこういうことにも言う。準備が全て終わって、各長官にも話を通し、あとは喋るだけだ。もう動くしかないぐらいに整えるのが作法。

 しかしあのチビのガキんちょが今はもうこんなことをやるようになったのか。思い返せばにこにこしてにゃんにゃんな感じなのに、目前にすれば……髭うっすいなぁ。

「イスタメル、更に言うならば大イスタメルの拡張政策を提言します。何故今ここで、しかも帝国連邦構成民族でもないイスタメルにマリオル、メノアグロ、ヒルヴァフカ人達の拡張なのかを説明します。

 はっきり言って、我々のような西方から見れば恐ろしく野蛮な人食い殺戮の、遊牧、妖精蛮族に対して非常に強い抵抗感を持っています。恐怖させるのならばその評判で結構、しかし恐怖させずに浸透させるのならばその評判ではいけません。私が、御存じの方もいらっしゃるでしょうが、イスタメル貴族の領袖ラシュティボルのラハーリと縁故があります。彼の娘リュビアを妻とし、既にユルグスという息子がおります。その彼と拡張策について検討しました。信頼出来るかどうかについて、相互に利益があって、敵がいるならば共通するということで信頼可能と見ております。具体的には傭兵、入植、宣教です。イスタメルでは統計調査の結果、早くても十年後には土地の人口扶養の安全限界を突破する見込みです。既に失業者が多く、農家も畑に対して人手が余り、安定的に拡張するだけの水がありません。この余剰人口の処理に困っておりますのでそれをこちらで駒として使わせて貰うということになります。彼等は妖精や遊牧民より抵抗無く西側へ浸透可能です。

 差し向ける先はマトラ低地を窓口として神聖教会圏東方諸国。民族、言語、宗派の違いと、我々よりは近しいそれらによる侵食と融合、対立と排除が行われます。争いをもたらすこの行為ですが、イスタメル内にてそのような事態に起きてしまうよりは断然良いと考えられます。ここバシィールも地理ではイスタメルですので直接、我々の問題です。我々にとってはそう、彼等は尖兵の役目を果たします。我々は国境線上に主権の曖昧な地域を設置して防波堤とする国策を兼ねてより実施して来ました。それを西にも拡大します。仮に神聖教会圏で騒乱が起こった時、帝国連邦として介入が同時に困難であった時、動かせる第三の手があるとすれば尖兵たるイスタメルの息子達なのです。

 イスタメル側が出せるのは人と、貧相な餞別程度。こちらからは自衛のための武器、戦術、情報、崩壊しない程度の食糧支援に、当該地域における権利保障に闘争の折に確保されるべき逃げ場、聖域です。全て万端、こちらで支える必要はありませんが厚く支援しなければただの流民で取るに足りません。心が折れぬ程度、懸命なる努力が必要な程度で構わないと言いたいところですが戦略目標達成のためには尽力が必要です。ご検討ください」

 カイウルクがイスタメルでやりたいことの、まず一つ目がこれだ! 資料からは第二段階目以降について臨機応変な選択肢が示されている。”新”大イスタメル影響圏の父になろうというわけだ。自分じゃ全く思いつかないやり方だ。これは面白いなぁ。

 一時気候は寒冷期に向かうと思われたが、温暖で過ごしやすく作物の育ちが良い状況に向かっているのが現在の流れ。しかし何時気温が揺り戻るか分からないというのが実情だ。ずっと貧しいより、一時的に富んで人が増える方が問題を起こす。増えた人口と維持出来る人口の落差が激しい程状況は悪くなるものだ。予防線を張って”見做し余剰人口”を排出するのは賢いやり方かもしれない。初めてイスタメルを訪れた時に遭遇した人食い街道強盗を思い出せばこのくらいは学習からの実践の範囲内だ。

 それからカイウルクの大イスタメル作戦については有効な反論が無く、裁決となる。

 その後は具体的で実りのありそうな提言、意見表明は無かった。良く分からない哲学を披露された時には欠伸をしてしまって、披露している者が、しまった、と言葉を詰まらせたのでそれはそれで申し訳なかった。

 最後にある意味本番、ザラからの提言というか意見表明。予行で聞いた内容だと、何だろう、哲学の披露に近いかな? 具体的な計画が無く、どのような法整備や予算が必要かという試算も無いのだ。だからと言って黙殺すべきではない。娘を贔屓している点は無いとは言えないが、この議会では言いたいことがある国内有志に開かれている。そういう風に広報していたが議会出席者以外に口を開きに来た者はザラちゃんだけである。先例ということになれば次回からはそういう者も増えるだろう。

「私が提案するのは仲良し社会主義による文化改革です!

 全種族、全対象年齢者に行われる義務教育を可能な限り多種族混合で行います。連邦構成種族から各一名以上、良くも悪くも顔を知って貰います。これが基本になります。無知による誤解が争いを生むのならばまず無知を取り除くことが広いこの国土でするべきことです。仲の良し悪しは個人の感情に根差すものであり、国家として介入が困難な精神の領域です。であるならば無知だけでも取り払うことが必要と考えます。あらゆる分野において、多様なこの帝国連邦の基本理念として受け取って頂きたいです。

 そして仲良し社会主義の仲良しとは政治的に、強い者が弱い者を守り、弱い者は出来ることをするという意味と捉えます。個人間に差があり、民族中に差があり、民族間に差があり、種族間に差があってそれぞれに長所と短所があり、それをもって何かを強制したり排除したりしてはいけないという考えであります。ある長所が他の者の長所に満たず、比較して劣ってしまうことが必ずあるでしょう。そこで見下したり、差別したり、虐めたりしてはいけない。それが仲良し。

 今の時代、道具の発達により能力の差というものは決定的ではなくなって来ています。事実、幼い私が拳銃で、大人の訓練されたロシエ騎兵を撃ち殺したことがあります。道具一つで、力の弱い子供が強い大人を殺せるような時代になっているのです。道具さえあれば弱い者も強い者と同等に近い力を発揮出来ることもあるでしょう。優れた道具があればその実、理論上は肉体の能力差など微々たるものとなってしまいます。その上で国力の増強は人口の増加であることが自明となります。いなくなって良い国民などいません。全資源、全労働力を結集してこそ帝国連邦を富める国へと成長させられます。よって仲良し社会主義のためには強力な工業力を支持します。力の差を埋める道具を作り出し、筋力を越える力を生み出す鉄と火の力を全国民が容易く手に入れられなければなりません。勿論、決定的な種族差による長所を否定するわけではありません。その長所は活かして貰います。

 道具により機械により社会は発展しより多くの”余力”が生まれます。その余力によって更にここで表現出来ないくらいの別の何か、力を得られるでしょう。多様な産業が誕生する土壌になります。哲学者は、暇人を養えるだけの社会であればこそ誕生するとも古来より言われております。

 仲良し社会主義のためには、国民には兵役と労働の義務が課せられます。出来ないことはさせられませんが、出来ることはさせなくてはなりません。周囲を敵に囲まれる中、軍が守らなければ国は無く、国が無ければ生活が保障されません。生活が無ければ労働をする社会が無く、社会は国が整えるもので、その国を守る者は軍隊で警察力です。無敵のように勝ち進んできた帝国連邦ですが、それは不断の努力あってこそのもの。その努力とは優れた軍隊の育成と拡大に他なりません。育成と拡大は、戦う意志のある兵士と、兵士の力を補う兵器あってこそのもの。これは生活と労働が生み出すもので、全ては巡って不可分となっています。

 兵役と労働の義務、これは国が強制するものです。個人の臆病と怠惰の感情を抑え込んで社会貢献させるものです。従って治安維持と失業対策の責務、これは国民が強制するものです。国家は、そうあれ、と言うのであれば、そうする、ことが求められます。

 誰でも誇りを持って働き、誰でも誇りを持って戦って死ねる社会こそが帝国連邦に求められる、相互の務めです。

 仲良しとは排他であります。内と外を分けるからこそ仲良しと言えます。仲良しであるからこそ為すべきことが見出されます。敵と味方の認識があってこそ初めて排他することが出来ます。その認識は国内でするものではなく、国境線や思想線上で行うべきなのです。これこそが仲良しという認識です。

 帝国連邦は内側への拡張、充実を絶えず行い、外側への拡大、侵略を絶えず行わなければいけません。その行い自体は時代により様々になりますが、その敷居を認識することがまず、この国家の運営方針を明らかにするでしょう。これらの共通認識を義務教育段階から学ばせることにより文化が改革され、前時代と後時代に分かたれる時が来るのです。それは個人の自発意識では誘導することは叶いません。であるから個人より社会を優先する社会主義的で強力な、排他の指導が必要とされます」


■■■


 議会は閉会。開会と違って大仰な挨拶も無く、ルサレヤ先生が”次回開催に向けての準備は今日から始まることを忘れないように”と説教して終わった。

 その先生と、用水路で釣り針の無い錘だけの釣りをする。知恵釣りだ。

「俺があのアホアホの空気、作ったんですよね」

「アホアホ? ああ、あの蛮勇ごっこか。そうだな。」

「せめてですよ、軍事科学的な観点から好戦的に喋るのならいいんですよ。とりあえずやれ、ですよ、あれ」

「教導団と陸軍大学に良くして貰うしかないな」

「ええ……ああ、そういえば方面軍の訓練ってまだやってる最中だったか」

「臨時集団の戦いが正解だと思ってしまった奴は手強いな。誰のせいだろうな」

「はい」

「使い捨ての雑兵だったと信じたくないのかもしれないな」

「ああ、それもあるのか。見えているのに砲兵と後方支援の動きとか、見ないでいる可能性ありますね」

「見えていても理解出来ないかもしれないが。私も正直、あの、なんだ、砲兵の射撃術? 計算から何から、何やっているのか分からないんだが」

「あれはねぇ……先生、議会ってやっぱり準備が本番ですよね?」

「そうだな。そうじゃない時もあるが、準備が出来ているものは今必要とされているし、出来ていないものは必要とされていないことだ。次回、次々回にどうにかすればいいことだ。大抵はな」

「はい」

「全て今、ここで何もかも決定する必要はない。後は言いたいことを言わせて鬱憤晴らしをさせてやればいいんだ。飲み屋じゃないと言ったが、あれは間違いだな。飲み屋みたいなもんだ。配下の統制には必要なことだ。反抗していないのに反抗し終わった気分に出来る」

「なるほど」

「御前会議と比べてるか? あれは千年以上の歴史と伝統と、業務日報と会報と疲れた老人の気位で出来上がっている。比べて貰っては困るな」

「ああ……法案作成で思ったのが法典派のことなんですが、文章化されていない帝国連邦精神を書くために先生方、長官と複数書いてみて、読み比べて、これは違うあれは違うとやっていたらかなり時間が掛かりましたよね。一つ良いものが出来たと皆が納得した次に、関連法を書くと矛盾が出て来て、矛盾ほどはっきり分かればいいんですが、誤差と言えるような食い違いだとか、雰囲気違うけどこれ馬鹿なら誤解しないか? と不安になるものとか」

「面倒なことを誤解しないように書くというのは専門家の仕事になるくらいだ。そんなものだ」

「魔なる教えを明文化しようって考え、政治だけではなく宗教か俗世の渡り方まで包括するようなあの掴みどころがないようなものを文章にするって、一体どれだけの苦労があるのかと思うんですよ」

「法典派の歴史は、編纂しろと言われたらお断りしたくなるような経緯がある。作っている内にある分がふいになり、解釈違いで争って、そうしている内に編纂者が死んで作業が後退、やり直し。戦乱や気候変動で民族移動が起こって風土から意識から言語から変わってまた最初から、なんてこともあった。良くやるものだと感心するよ」

「魔神代理という柱を失った今――ケテラレイト殿には申し訳ないですが――誤解、暴走、硬直を防ぐためにそれでも編纂しようとする考えが間違いとは思えないです」

「法典派にも、全てを網羅しようという者と、地方限定の局所的な法だけでもまず作ろうという派閥とは言えないが……学派とは言えるか。そういう奴等がいる。大法典派、小法典派とでも便宜上名付けようか。零と百じゃない、一つ刻みの活動は積み重なっている」

「その名前で会報に記事載せるといいんじゃないですか?」

「前にやったが流行ってない」

「あー」

「そうそう、ザラから魔都に留学したいからおすすめの大学が無いかと聞かれたぞ」

「議会の最後のあれ、ちゃんと喋れたら留学しても良いって約束したんですよ。予行では下手糞で内容もまとまってなかったんですが、本番であれですよ」

「流石二人の子供と言ったところだ。仲良しっていうのがまた、説明していたが、無邪気に恐ろしい響きだな。あの年頃だから虫でも千切るように首を刎ねそうに聞こえた……ああすまん、言い過ぎだな」

「まあ、私もそう聞こえましたよ。それで私からもおすすめと、あと焼けてなければ下宿させやって欲しいんですが」

「今の魔都は想像がつくか? 今まで魔神代理の御威光で陰になって抑えられていた連中が立ち上がっている。ケテラレイト殿は最良の一人だが、三千年の先達にはどうしても敵わない」

「長老は立候補しなかったんですか」

「狂犬の見張りを誰がするんだ」

「あー、ははは」

「魔都に行けば面倒事が押し寄せるぞ。子供には辛すぎると思う」

「今だからこそ色んな議論が飛び交っていて、帝国連邦総統の娘と知られれば向こうから勝手に色んな人がお話にくるから今こそが絶好だって言ってましたよ。狂った考えでも狂っているものと分けて考えればためになる、とか言ってたかな」

「それはそれは……分かって言ってるのか」

「前に偉くなるためにはどうすればいいかみたいな話をした時に、今はとにかく色んな人といっぱいお話すればいいって言ったんですが、あちこちと文通し始めたと思ったらこれですよ」

「成長が早過ぎるようで気になるが、もうその道で行くというのだから止めるものではないだろう」

「ですね……あ、直ぐには難しいと思うんですが、陸軍大学に、あと極東艦隊が育ってからの海軍大学と、まあ工兵だとか建築も陸軍大学の派生で考えるとして、軍関連とは別の教養の大学は必要ですよね。科学の大学は無いけど研究機関はあったか……とにかく魔神代理領中央に名門大学が揃ってるからそっち行けばいいやって状態なのは間違ってると思うんです。いや、帝国連邦内にも伝統ある宗教系の大学はありますが、田舎臭過ぎるというか、世界にこの大学を出たぞ、と威張れるくらいのものがありません」

「ダガンドゥ大学は有名だぞ。あっちではな」

「ああ」

「レーナカンド大学も有名だったが、誰かが破壊してしまってな」

「あー……」

 釣り糸に何か掛って、揚げると手拭い。用水路の川上から洗濯中だったと様子のおばちゃんが「すいませーん!」と走ってきた。

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