第336話「油相撲」 チェカミザル
白熱の日差し、焼けて黒くなる肌、鮮烈に明るい南国の赤い花。そう、肌に油を塗って相撲を取ることになった。
ここはガシリタ島の都ユルタン。龍鯨の大角が象徴的にそそり立つ、突発雨が濡らした円形競技場である。そこには赤い帽子にインダラ・カピリの羽飾りを付けた皆、エスナルとファスラの船員、ユルタン政府の手隙の人々、インダラ、カピリの外交代表、奴隷が観客として、酒を飲んで物を食べながら応援。
取り組み相手はエスナルの世界周航艦隊提督ホドリゴ・エルバテス・メレーリア・アイバー。遥々西側世界から新大陸南回り航路――通行不能と話には聞いていたが――を通って横断してきたというのだ。真、海の勇者である。
その勇者達が我らが赤い血潮の赤帽軍をニビシュドラ島より本国まで移送してくれることになった。真に有難い。だから彼等へ敬意を表し、油でぬるぬるするのだ。
ホドリゴ提督は手脚が長く、腰が高い。肘を胸の前で曲げ、膝も曲げた構えでも高さがある。言葉を発し、西の言葉は分からぬが堂々と戦うと言われたと心が感じた。
それから青い目の開きが、陽光を嫌がっているように見える。
「よし、来ーい!」
恩に着る立場とはいえ、手加減しないのが、
『ぬるぬるぬるぬる油相撲!』
だ!
試合開始の銅鑼が鳴る。
回り込んで日差しを背負い、彼の目を眩ませる。手も足も時に二本ではないのだ。三本目の手で目潰しをしてから、低い姿勢を作って左手を突き出し、狙うのは右肩付け根。
提督は左手を取らず、肌をぬるぬるに滑らせてこちらの首の後ろを掴んだ。腕長の差からあちらが先。引き込まれながら腹の下に潜って勢いのまま、右手で膝裏を掴んで下腹部へ肩当てて二歩進み、体勢を崩して転がって馬乗り。そして三本目の足にて喉を圧迫。まだ窒息に至らない程度。
提督を倒す勢いが足りなかった。勝利判定は無く、勝負は続く。
股下でもがく提督。伸ばす長い、接近しては使い辛い二本の腕を掴んで制御して体勢を維持。そのままでは体力が削れると判断したらしく、力強い起死回生の、しかし安易な海老反りからの引っ繰り返しにはすかさず二本足を首の後ろへ差し入れ、首絞めが完成。
「勝者チェカミザル王!」
禿頭が油で更に眩しいファイード王が宣言を出して、提督の意思表示を確認する前に直ぐに三本締めを解きに来た。良き相撲の審判は大事となる前に動くものだ。
『相撲藩王チェカミザル! わー!』
相撲を取るのが赤帽党。拍手喝采赤帽党。
「夫の仇は妻が取ります」
次はホドリゴ提督の、話によればエスナル的な情熱的求婚に応じたというファスラ頭領の孫イスカ。ご縁は竜の大陸に流され遭難した際、偶然出会って生存自活をするところから始まるらしい。式は船上で、今行っている油相撲を含む凱旋記念式典で披露宴を同時挙行した後だ。船を異にして別居婚とするらしいが、それは海に生きる者の定めなのだろう。であればぬるぬる油の相撲で二人をお祝いしなければなるまい。
成長が早い女とはいえ、まだ若すぎて身は細い。どのような油相撲を取るか興味がある。
「負けないよ、デカいチンポの王様!」
「よし、来ーい!」
年齢性別関係ない。手加減しないのが、
『ぬるぬるぬるぬる油相撲!』
だ!
試合開始の銅鑼が鳴る。
白熱の日差し、焼けて黒くなる肌、鮮烈に明るい南国の赤い花。そう、彼女が取った戦法は恐るべし持久戦法だった。
観客には非常につまらない展開であったがしかし、自分の頭に肌が焼け、水が欲しいと訴える。
その一方の彼女、女性だからと褌一丁ではなく服を着て肌を守り、試合開始後に頭巾まで頭に巻き、木の実をポリポリと齧っている。日除けと栄養補給の完成。開始前に水も飲んでいるだろう。
このような茶番とも言える試合、許すまじと始めは走って掴み掛かりに行ったがその避け方の素晴らしさ、寸で曲芸に跳ねて飛んで転がって全く指先一つ触らせない。茶番と侮った。動けば動くほどこちらが疲れる。
昼の暑さが上がる。頭が暑く、膨らみ沸騰しそうだ。だから褌を取って頭に巻いた。熱中症予防が勝敗を決める。そして掴み掛かりにいけば提督が試合へ、大声を上げて割り込んで無効試合としてしまった。どうしたことか? 花嫁の体調を気遣うのは当然か。
「あー、勝者チェカミザル王」
禿頭のファイード王が日陰から召使いに大扇で扇がれながら言った。
『相撲藩王チェカミザル! わー!』
相撲を取るのが赤帽党。拍手喝采赤帽党。
次に、始めから褌を巻かぬ、油に光る焼けた肌の男がいた。武芸において三国比類なきとの評もあるファスラ頭領。
男の約束を、遅れたが果たしてくれた彼は世界周航艦隊をニビシュドラにまで導いてくれ、早期の帰還を叶えてくれた。竜ばかりが住まう大陸から提督を救い出した縁があり、これからエスナルに帰港する彼等に同道してあちらでも賞賛を貰ってくる予定らしい。
「チェカミザル王、お相手します」
強敵相手だからこそ臆せず、手加減しないのが、
『ぬるぬるぬるぬる油相撲!』
だ!
試合開始の銅鑼が鳴る。
妖精と人の間合いは違う。手脚の長さが違う。提督のような西の相撲の経験が多少ある程度では先に仕掛けても待ち構えても動きが神経で分かるものだが、頭領は脱力して構えもしない。大きなちんちんも下がっている。全く間合いが分からない。手を何時、どのくらい出す?
じっくり寄る。ファスラ頭領は片脚の動きが少し変、地面にしっかりつけていない。航海中に添え木が外れたが骨折していたのだ。
頭を手で押されて距離を取られる。もう一度試す。懐に入られるのは嫌か? 仕掛ける、頭に手が触れた時に指絡み。逆らえば圧し折る。
ファスラ頭領は逃げに手を引かず、跳び付きに股が開く、大きなちんちんが見える。
首に脚で組み付き、肘取り? させない、肛門へ肘打ちから大腿へ腕を回し、腰を横へ回す。跳び組み付きの勢いを借り、素早く、体重を乗せ、指絡みは解いていない。頭から……落ちない! 転がった、回る、勢いがつき過ぎた、いや、乗せられた。
強く投げたが動きを制御したのは頭領になる。一連の動きが止まった時、上になったのはあちら。審判のファイード王は止めに入らない。
寝技で下になると辛い。抜けるために全力で抗って油の滑りも使って頭領の下から足掻くが追って来る。逃げる、逃がさない、寝て転がって絡み合う追い合いになる。地面と身体に潰れる胸、腹、口に鼻、呼吸の機会を逃してはならない。直ぐに息が切れる。
「まるでぬるぬるチンポ相撲じゃないか!」
誰かが叫んだ。
這う、腰を取られる、蹴って剥がして転がり跳ね起きる前に潰される。それは誘った。潰される時に勢いつけて倒れ込み、足の親指をファスラ頭領の肛門に挿してしっかり滑らぬよう固定、掴んでから喉輪打ち――これで投げを受けているという意識から反らす――投げ。
「勝者チェカミザル王!」
大の字で放り出された頭領より、勝ったこちらが息を荒らげている。やはり下は苦しい。尻の穴を狙うという戦いの定石を守らなければ危うかった。
『相撲藩王チェカミザル! わー!』
相撲を取るのが赤帽党。拍手喝采赤帽党。
「さあ勝負です」
疲れて休みたいと思った矢先、手を引かれて立ち上がらされた。相手はかつて魔神代理領共同体一油相撲選手権で一位に輝いたことのあるファイード王その人。
相手が疲れて動きが鈍った時、その勝機を逃さず油相撲を挑んで来るとは流石、相撲猛者。次々と相手を替える大大会流の駆け引きも得意と見えた。
相手の弱みにつけ込み、手加減しないのが、
『ぬるぬるぬるぬる油相撲!』
だ!
試合開始の銅鑼が鳴る。
こちらが立って、構える間も無くぶちかまし、頭突き、あの油に滑りそうな禿げ頭に打たれる。
疲労、頭突きからの眩暈、胸を、心臓を打ってくる張り手。よろめき、踵を足の甲で掴まれるような足払いを受けて一時堪えるが、上段蹴りのように払いに発展、倒れそうだが、身体を捻って四つん這いへ。
勘でファイード王の動き読む、いや読むというより当てずっぽう。逆立ちに胡坐組み、その首を捉えた。しかし、次は地面への叩き付け、勢い強い、両前腕と額で地面に受けて衝撃分散。
締め落すのが先か。また振り上げられ、叩きつけられ、衝撃に負けるのが先か。
当然、締め落す方が先だ。急所を突かない衝撃など受け身を取ながら耐えればいいだけのこと。
「勝者チェカミザル王!」
首絞めによる失神で顔を真っ赤にし、白目をむき、痙攣するファイード王を仰向けにし、横隔膜を押して息を戻して覚醒させる。
『相撲藩王チェカミザル! わー!』
相撲を取るのが赤帽党。拍手喝采赤帽党。
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