第335話「戦後策」 ベルリク
ヘンバンジュで行われた和平条約の調印式は儀式だけで済んだのですぐに終わったが、面白かった。
会場控室には、死んでも戦うという意の髑髏騎兵帽に肋骨服を着たカラミエ式驃騎兵の正装をしたザリュッケンバーグ校長がいて昔話が楽しかった。エデルト軍事顧問団の件など今頃になって突っ込むところも無いので第一次、二次西方遠征の時のエデルト軍の糞のろま振りを笑ったら再編がどうのこうのとか目を白黒させていて笑えた。
あと戦死同等の行方不明扱いだったカイウルクの親父、オルシバの行方がここでようやく判明。わざと捕虜になって西克巡撫になる前のサウ・エルゥを暗殺未遂、その場で校長が殺したそうだ。それでサウ・エルゥは本来なら死んでいるところ、龍人になって復活したそうだ。士気高揚、同じ手を取る者の続出を避けるために隠していたとのこと。これは良い土産話になる。
それからレン・セジンが来るまで時間があったので王弟ラーズレクと話す時間があったが、あの爺さんは面白過ぎた。代表同士の罵り合いが始まって交渉決裂、なんてことが無いようにという仲介人の仕事を果たしたまでのようだが、個人的には傑作。
初めての嫁が革命から亡命してきたランマルカの、酒乱のケツ顎王女で、べろんべろんに酔っぱらったあの巨体に押し倒されて”痛いよ痛いよやめてよ!”って言っても腰振るの止めなくてちんちんの童貞膜が破れたと思って泣いちゃったそうだ。そいつが死んだ時もべろんべろんに酔っぱらって階段から転げ落ちて、でんぐり返しの状態でデカいケツ見せてて、積年の恨みから思わず仕返しのつもりでビダン! って張り手をしたら兄のドラグレク王に”お前、ケツがあれだからって何叩いてんだ!”ってめちゃくちゃ怒られたそうだ。その声真似もまた凄いのなんの、顔が痛くて何喋ろうとしても”うーえ”としか返事出来ない始末。
爆笑していたらあのレン・セジンがアホみたいに扉をバっと開けて”私が外交代表、龍人王レン・セジンである!”ってえらいデカい声を張るもんだから腹が痛くて椅子から転げ落ちてしまって、笑いが止まらないせいであの男、ぷりぷり怒り出して、説教始めて、隣でサウ・ツェンリーがあの糞真面目面で玉璽の箱持って直立してたのがたまらんかった。
ようやく調印を始めようとしてらカルタリゲン中佐が思い出し笑いを始めやがってまた腹が痛くなってまた龍人王殿下が怒り出して、収まるまで署名するどころでなかった。
二人ともくっそ面白い男だった。セジンの方は前に海から襲撃した時に会ってみれば良かったかもしれない。良く覚えてないが肩書くれるとか何とか、当時言ってたような気もする。今回は蒼天王って称号を形式上くれたんだったか。受け取ってはいないが、あちらはそう呼ぶことになっている。文化の違いは面白い。
和平条約だが、
第一項、帝国連邦が今戦争で獲得した領土の領有を龍朝天政は認める。また解放された諸属国へ干渉しない。
第二項、相互に、独自に作成する地図、文書等の記述方法等へ悪戯に異論を挟まない。
第三項、国境線上またはそれに繋がる地域における土木、水利工事は両者の合意が必要。
第四項、捕虜返還並びに戦災難民への人道的配慮を行う。ただし補償を行うものではない。
第五項、和平を実現、継続するための努力を怠らない。
という内容にまとまった。あちらと記述は違うが解釈は同じである。
第五項に関しては記述も解釈も同じだが、こちらは実情と一致させない。龍朝天政とは和解だとかの雰囲気が出来てはならないのだ。東の地域は常に脅威に直面し、北と南は宿敵同士の必要がある。平和と融和は南の、人も土地も豊かな国を利する。だから常に敵対する。後レン朝による軍事干渉、停止する気はない。偶発や事故、先走りにあちらが先に手を出したという口実を得ての小規模作戦、断続的に行う予定だ。
レン・ソルヒンはジュレンカちゃんの傀儡である。昨今は特に、レン・セジンが龍人王を名乗る切っ掛けとなった霊的存在の黒龍公主――実在するか良く分からんが――との、たぶん儀式的な、成婚発表からその傾向著しいと連絡が来た。
女帝ちゃんが潰れても野心高らかなリュ・ドルホンがいる。ただこいつ、地位と引き換えに龍朝天政に寝返られる程度の立場にあるので派閥対立を促して影響力を弱体化させておく必要がある。具体策としては極東方面担当の大陸宣教師アドワルと連携して本物の共和革命派を育成することだ。奴の光復党、ランマルカ革命政府への同調も軍事支援を取り付けるために名目上掲げており、ダフィドの弟とかいうわけのわからん名乗りもしている。そこから付け入る。皇帝頂く共和革命派――そんな単純じゃないが――と言えばロシエ帝国型が前例にある。今後、目指すのは後レン朝の革命帝国化だ。
帝国連邦の行政は現在、総統の秘書局、内務省、軍務省、財務省で構成される。これからの発展に伴って部局数は増える予定。初期の頃など秘書局に財務省すら無かったのだ。
鉄道と電信の整備により極東地域にいても首都からの通信、郵便が快速である。互いに報告、提案がしやすい。帝国連邦議会開催準備に向けて、ということもあるので情報がまとまっていないが、バシィールに帰る前に、戦後に向けた決定事項、計画や予定が大枠で決まった。
帝国連邦議会開催予告を広報した。議会の面子は新しい構成国、区、市から一名ずつ排出されることになる。特例として極東艦隊と水上騎兵軍集団の長も水域の住人代表ということで議員として認める。また総統が王を兼任する場合、当国の宰相が長となる。これで議員を四十名確保。行政側からは総統、内務、軍務、財務、魔法長官が出席して五名となる。その四十五名には秘書や相談役、通訳などが議場に同伴可能で、当人を含めて三人まで入場可能とする。議会運営用の係員、速記係だとかお茶汲みに警備員なども入れれば百五十名前後の規模になると思われる。
諸外国の議会議員は、数の大小はあるが数百名規模なので非常に小さくなってしまっている。まあ、初回はこんなものか? 発足したばかりだし、あまりごちゃごちゃと頭数を増やせばまとまる話もまとまらないだろう。いずれは民族代表、大都市代表、産業代表だとかも増やす必要はありそうだ。だが選挙で連邦議員を選ぶというのは帝国連邦議会では考えていない。各構成国で国家としての議員選挙を行い、そこから代表が選ばれ、その代表か代理が連邦議会へ出席、と考えている。実情でも、総統一人対各国王というやり取りで表面上は成り立っているのだ。その延長線で考えれば連邦議員選挙は存在しない。
賢い者はもう既に帝国連邦議会が始まっていると理解している。前々から、具体性には欠くがやるとは言っていたのだ。
”変な”デルム、リョルト、マリムメラク連名で委員会設立案が送られて来た。内務長官、財務長官、指名する幹部宛てに同様の文書を送ったとも書かれている。
”変な”デルムの高地管理委員会、軍事部長にボレス指名。
リョルトの極地管理委員会、海事部長の紹介を要望。
マリムメラクの主都管理委員会、工業部長にセルハド指名。
そしてそれぞれその役職に集中するため退位して王冠を王子達へ譲るとも。
三人、三族が帝国連邦の外枠と中心点を寄越せときたものだ。それも重役に妖精を指名。海事部長の紹介というのは、これは現時点でランマルカから呼ぶのが最善か? 我々に今、北極洋に海の者を割く能力はない。
これはもう獣人党が結成されたも同然である。人間に対して頭数に劣るのならば連合するしかあるまい。
発案者は一番頭に名前が来ている”変な”デルムかな? 良く心得ている。既に帝国連邦内における王領の争奪など意味が無い。取り合うべきなのは役職、地位だ。議会開催時にもっと詳しい話を聞かせてくれるだろうが、草案を読む限りこちらの民族練成を良く分かっている。
獣人だから練成するまでもない、わけではない。多種族合同で長所を活かし合うという文面にて、単一種族の独擅場にしないよう運営することが書かれている。”変な”デルムなぞエルバティア人の取り込みと、かの部族本領に対する帝国連邦への加盟圧力推進計画まで載せている。やっぱり発案者はあの傾奇者だな。ダグシヴァル人随一の商人の目先は流石と言ったところ。
他の獣人は、東スラーギィに移住したギーレイ人を主都管理委員会が陸運要員として雇用する方面から攻めそうだ。砂漠の交通関係で当初からチェシュヴァン、ギーレイ人は親しい。ギーレイ人にはムピア人、黒人もついてくるだろう。あとウルンダルからチャグルにかけてごく少数いるサブドルタ人は政治勢力を成すに至ってはいない。
この国王自らが官僚機構に下る――実質昇ると言っても良い――という方針は面白い。旧世代を民族主義から遠ざける効果も期待出来そうだ。
さてこの帝国連邦議会議員を輩出するにあたり、行政区分の再編と、戦後の各方面軍、新規配置する軍区の再編配置計画を最終決定し、四十という数値を出した。バシィールのジルマリアが首都から、中洲要塞の軍務省本部が西から、ランダンで事後処理に当たっている次期軍務長官ゼクラグが中央から、そしてファランブルにいるラシージが東から電信でやり取りを行った結果だ。第一回帝国連邦議会議員の決定は出来るだけ素早く行って各部に通達せねばならないから条約締結直後くらいで丁度良く、その通りになった。だがしかし仕事が早過ぎないか? ちょっと前にヘンバンジュでの調印が終わったんだぞ? その段階で戦後計画が始まるというのだ。
方面軍の再編配置の決定は、戦後戦略、新旧現存戦力、移住人口の加減、各地域が捻出出来る兵力を考慮して決まる。軍務省と内務省が帳尻を合わせて実行するこの計画は、戦前から領土も人口も三倍以上に膨らみ、後レン朝という事実上の属国を抱えるに至って複雑膨大になっている。作戦開始時から草案を作り始め、戦果報告を重ねて受けながら徐々に修正拡大していけば摩訶不思議とは言えない策定速度なのかもしれないが、実際にやってしまうのが素晴らしい。鉄道電信という存在がやはり、あらゆる困難を打破してしまったのだろうか。
行政区は五つ、軍区は四つ設定される。この”大”行政区の長は内務省官僚が務め、権威者としては振舞わず、専ら実務、中間管理に徹する。
外トンフォ行政区及び軍区。バシィールから見てトンフォ山脈以東という意味になる。
ウラマトイ王国、ユンハル王国、ユロン王国、ハイバル王国、ガムゲン自治管区、ブラツァン自治管区、ライリャン特別行政区、ウレンベレ特別市の八つで構成。
ウラマトイ両翼、ライリャン、ユンハル、極東の五個方面軍と第二教導団、極東艦隊が配置される。軍区司令はクトゥルナム。司令本部はウレンベレ。
今回、クトゥルナムには外トンフォ軍区司令、極東方面軍司令、ウレンベレ市市長と重要な役職を三つ兼任して貰う。これはまず総統に篤く信任されている人物だと主張し、極東諸族に威厳を利かせる目的がある。それから指導者として成長して貰い、彼の権限で方面軍司令や市長を任命させて派閥を作れるだけ大成して貰うのだ。当面の間は母のトゥルシャズが補佐してくれるし、頭のおかしい義弟ハイバルくんを番犬にすれば良い。そういう主旨の手紙を送ってある。あとハイバルくんは同時に自分の番犬でもあるのでクトゥルナムの自制心に刺激を与えられる。
外ヘラコム行政区及び軍区。バシィールから見てヘラコム山脈以東という意味になる。
ダシュニル共和国、ハイロウ共和国、カチャ共和国、チュリ=アリダス共和国、ハヤンガイ自治管区、ランダン自治管区、アインバル自治管区、ヒチャト特別行政区の八つで構成。ハイロウが巨大過ぎるが、既に都市連合行政が完成されているので問題無い。
ダシュニル、南北ハイロウ、チュリ=アリダス、ランダンの五個方面軍と水上騎兵左翼軍が設置される。軍区司令はアズリアル=ベラムト。司令本部はダシュニル。
ヤシュート王アズリアル=ベラムトには地理的にもヤシュート王国から隔絶した場所に就かせる。外ヘラコムは併合して日が浅いので水上騎兵の長がいると安心感が強い。また民族練成の一歩、ヤシュート族希釈政策を進めるために故地から離した。反発するかしないか、顔に出すか出さないか、色々と各自の思惑が見えて来そうな帝国連邦議会で確かめてやろう。それから王と水上騎兵で、一人で二議席分という状況にもどう対応するか実験的に見物。
外ユドルム行政区及び軍区。バシィールから見てユドルム山脈以東という意味になる。
ユドルム共和国、ウルンダル王国、チャグル王国、ムンガル王国、イラングリ王国、ラグト王国、西トシュバル自治管区、東トシュバル自治管区の八つで構成。ダルハイ軍管区は自治管区から昇進したムンガル王国に統合された。また西トシュバルは軍管区から自治管区に変更された。軍が行政管理する軍管区は二重行政化と拡大する軍が欲する軍官僚の負担が増えるということで廃止が決定。
ユドルム、ムンガル、イラングリ、ラグト両翼の五個方面軍と水上騎兵中央軍が設置される。軍区司令はシレンサル。司令本部はウルンダル。
シレンサルにはウルンダル世襲宰相兼任でいて貰う。間接的にウルンダル王でもある総統ベルリク=カラバザルの影響下に強く入って貰おうという論理だ。忠犬にして猛犬の素質を見せたシレンサルの影響力はヘラコム山脈のアイザム峠突破時の戦いぶりで高まっている。思いのほか適任だ。可愛くなってきたのでこの前会った時にチューしてやったら初心な乙女みたいに腰を抜かしやがった。
内マトラ行政区及び軍区。バシィールから見てマトラ山脈以東という意味になる。
マトラ共和国、シャルキク共和国、チェシュヴァン王国、フレク王国、ヤゴール王国、ヤシュート王国、ダグシヴァル王国、上ラハカ自治管区、中ラハカ自治管区、下ラハカ自治管区、スラーギィ特別行政区、バシィール直轄市の十二で構成。ワゾレ共和国はマトラに統合された。東スラーギィ軍管区はスラーギィ特別行政区に統合され、南メデルロマ行政権も移管された。ダカス山に移民したエルバティア族居住区を自治管区に昇格させるかは未定。
マトラ、ワゾレ、スラーギィ、ヤゴール、シャルキクの五個方面軍と水上騎兵右翼軍と第一教導団が設置される。軍区司令はカイウルク。司令本部は中洲要塞。陸軍大学が新設予定で初代校長はゲサイルが候補になっている。”変な”デルムの提案に倣い、イラングリ王のカランハールを騎兵科教官に誘って王を退位させるよう誘導するのも良いかもしれない。
カイウルクを長に置くのは遊牧民とそしてバシィール市に隣接するイスタメル州への影響力を考えてのこと。軍務長官ゼクラグが中洲要塞にいるのでマトラ、ワゾレ、シャルキクへの妖精への指示、配慮は問題無いので二人で連携するように言ってある。故オルシバとゼクラグは仲が良いとは言わないかもしれないが、仕事上の付き合いが長かったので息子に継がせる形になった。またカイウルクの第二夫人はイスタメル筆頭土着貴族ラハーリ・ワスラヴの娘で、その息子を後釜に据えようと画策しているそうだ。その補助のためにも大きい肩書をつけておく。
外マトラ行政区及び軍区。バシィールから見てマトラ山脈以西という意味になる。
マトラ低地枢機卿管領の一つで構成。今後、第三次西方遠征が実行されて成功したならば拡張の余地がある。
軍事は正規軍ではなく内務省軍の管轄となっている。神聖教会圏との間に悪戯な緊張を作り、軍事事故を発生させないという処置であり、神聖教会との約束でもある。この地では内務省軍の特に恐ろしい連中が目を利かせており、聖なる神の信徒達を守るべくルサンシェル枢機卿が気苦労を重ねている。
海岸線が明らかになって来ている北極圏は形だけ北極圏特別行政区が設置されているが、ほぼフレク王国と北極開拓団任せになっている。現地人の北極妖精にも帝国連邦議会に代表として――フレクは王国で席を一つ取っているので北極分は無し――参加して貰うが、まずどの程度政治的な言葉が通じるか不明という段階。キャッキャしているだけかもしれない。
そして首都バシィールには国外軍司令本部が設置される。基本的に国外に留まる予定であるが、国内に帰還した時の駐屯場所は首都近郊――首都には入れない――になる。土地の都合が付かなくなったら最古参のレスリャジン族の者達をスラーギィに移住させ、少数居住しているイスタメル人を立ち退き――怖くて向こうが先に逃げるかもしれないが――させる。イスメタメル州から土地を借用する手も考えてある。
国外軍の人事も決まった。
司令は自分ベルリクで、アクファルが秘書、代理でつく。これはいつも通り。
副司令はラシージで、実質の長。砲兵司令はストレムで、実質の副長。
妖精では交渉がし辛い相手に備えて自分とアクファル以外の代表が必要ということで、ここはチャグル王ニリシュを指名する予定。
理性はこのくらいにしておいて、国外軍に必要なのは蛮性であろう。こいつらやばい、と思わせる威容が必要なのだ。
残虐非道な古参妖精兵を率いる長はナルクス。”三角頭”師団の中でも突撃隊長を務めていて、何でも死んでも生き返るらしい。なんじゃそりゃ?
この度国外軍に参加させる妖精は文字通りの古参、今は元気だがそろそろ寿命が来るのではないかという者達で固める予定だ。ただし、士官級以上の経験を積ませたい者達は逆に若手である。ストレムもナルクスも若手だ。
勇者を超越して妖精に感化されて人食いまで始めた遊牧騎兵を率いらせたいのはカラチゲイ族長のキジズくん。ロシエ戦役で首狩りに目覚め、何と天政戦役で人食いに目覚めたらしい。指名には応えてくれそうだ。
さて帝国連邦の人間が食人を始めた時期は定かではない。飢饉があれば食人ぐらい良くある話だ。そういう良くある事例を無視した経緯としては、妖精がいつものように食人をして周囲にそういう方法もあると見せる。興味が出たり、度胸試しだったり、平気と思った一部が食べ始める。遠征が続いて食糧不足になった時に、俺は人肉で良いよ、と仲間に自分の分を与えるような気遣いの者が一部出てくる。敵を食って恐怖させてやる、もしくは怖いから食って克服してやるという者も一部出る。遂には補給を待ったり略奪で確保するより今殺した敵を食った方が手っ取り早いよな、と気付いてしまった者が出て来る。それから命令で無理矢理食わせた――全滅した南ハイロウ軍は二十万名が全員そんな感じだったらしい。怖いね!――という例もあるそうだ。
人食い遊牧騎兵の襲撃だなんてまるで悪夢だな。同情する。
今年の冬でズィブラーン暦四千一年、四千年紀末を迎える。魔神代理御隠れと戦後を合わせ、共同体の混乱が手堅く予想される。この国外軍は趣味と実益を兼ねてくれるだろう。
四軍区、二十個方面軍、三個水上騎兵軍、一個艦隊、一個国外軍に帝国連邦軍は戦後再編される。これらは定数に届かず人員、武器が全く足りていない状態で発足する。まずは大枠を設定し、軍や移民の移動の完了、将兵の訓練満了、工廠の稼働、物資の移送を待って徐々に充足させていく予定なのだ。
鉄道電信のおかげこのような大規模再編が出来る。そして何より、帝国連邦発足以前、独立軍事集団発足以前からいる者達、マトラ人民義勇軍発足以前からいる妖精達の経験と努力の賜物である。今日までの十八年、一体何度再編を繰り返したか数えていないぐらいだというのに組織は崩壊していない。
凄い、特に手を出さなくても俺の超凄い殺戮軍団が出来上がっていっているぞ。どうなってんだ?
軍は凄い。しかし帝国連邦に民はまだまだ斑であって、混ぜ込んだ一つ色ではない。国の頭が替わっただけで分裂離散する弱い遊牧蛮族集団を解決しなくてはいけない。未だに自分が死んだだけで国体が存続されるかはまだ怪しいところ。現代的で均一感がある帝国連邦人民を創造しなくてはいけない。
固有の民族伝統の守護者である老兵を大分死なせることが出来た。
軍教練と戦争の遂行で言語の壁が崩れ始めた。一般兵の教育隊、士官学校、専門の術科学校、上級の軍大学と進めて行けば尚良い。
東西ごちゃ混ぜに交流が拡大して通婚、混血が進む道筋が出来た。
獣人も自発的ながらあちこち分散して移住する方針が固まった。
まず手の付けやすかったヤシュート族は軍事面から具体的に民族色を希釈するように誘導した。我がレスリャジンもまず極東固めに男女合計一万騎を送った。
ヤゴール族は何れ、文化的に交流が密接だったオルフ人の概念を希釈する第一段階に使う。アッジャール=オルフ人の風潮がそこそこ出来上がっているから、ある意味ではな第二段階となるか?
一番にしぶといのがケリュン族。固定されたような根拠地を持たず、知識層として振舞う伝統を持って、玄天教という難しい宗教を持って己と他人を区別する。彼らの頭脳が陳腐化する程に教育が普及することを待つ必要がある。義務教育の普及は予定しているが、まずは都市部や大規模農場地からとなりそうだな。
帝国連邦の各民族へ人的圧力をかけたい。攫ってでも買ってでも若い他所の女を男一人に何人も充てるようにしたい。民族意識を混濁させて帝国連邦人民に加工したい。
子供が育てられないのならば国で預かり、既に一部で始まっている子供の集団保育、マトラ式幼年者教育課程へ進ませる。これが一番帝国連邦人と育てられるな。
国際色が豊かになればなるほど旧来の民族秩序は崩壊し、精神の拠り所が民族から離れて帝国連邦の国体に拠ってくる。そうならなかった時は、それは自分の想像力が乏しかっただけのこと。拡散し、混合し、同じ物に染め続け、そして常に外縁に宿敵を置いて圧力で固める。仲違いの余裕は無くす。そして繰り返す戦争の熱で溶かす。かつてイレインが親衛軍を創り上げて忠義の向く先を限定したように、帝国連邦も部族への忠義を廃して国体に向けさせたい。規模が大きいので安易な模倣は避けるべきだが。
これら中央統制の確認作業方法だが、天政が一つ模範となっている。王朝が替わる度に方角に指定する色を変えたり行政区分の名前を変えたり、行政機関名や役職名まで変えれば、地方へ中央統制が行き届いているかいないかの確認に使える。時に文字まで変えているが、文書の一つ一つまで前王朝のものか新王朝のものか一目で分かるようになっていて面白い。これに相当するような何かはまだ見えていないが何れやるべきだろう。
方言を廃するようにして遊牧諸語を統一して作る共通語が欲しい。魔神代理領共通語とある程度互換が可能な、主にそこから語彙を多数借用した言語だ。これは遊牧諸語を使う者達用の義務教育言語とし、孫の世代には祖父母の言葉が訛りが強くて聞き取り辛いくらいにしたい。民族練成は言語からも攻めるべきだ。
共通遊牧語の作成は専門家に任せないとならないが、うーん、ルサレヤ先生が趣味の小説で創作言語とか作っていたから当てにできそうだ。文字は魔神代理領共通文字を借用で良さそう。口語に合わせる発音記号は豊富にあるので問題無いと思うが、やはりこれは専門家判断だろう。
共通遊牧語は行政語にして軍隊語である魔神代理領共通語に何れはとって代わるべきだ。人口の過半が理解出来ない魔神代理領共通語を何時までも使い続けるのは厳しいので外交語、いや第二言語程度に収まって貰うべきだろう。また遊牧諸語系に属さない少数民族語にまで気を配るようなことは出来ない。押しつけでも学んで貰うことになる。
マトラ語と科学技術用語と化しているランマルカ語に関しては手を入れられる状態ではない。マトラ語がランマルカ語から多数の技術的な語彙を輸入してはいるという発展はある。人間と妖精を種族以外で分けてしまうのがこの点だな。二語話者に頼るしかないという状況は変えがたいか。
国語法としてまとめる必要があるだろうか。既に言語法があるので、そっちに修正事項を入れればいいのか? うーん、自分じゃ大体の構想を練れても実効性のあるものには出来ないな。
色んなことを戦後行うためには人と金と時間が必要である。この中では一番に金が、何とかなるような気がする。
ナレザギーからの財務報告では借金総額が理解不能な桁を示している。収益と増益見込みがあるので悲観的ではない。
まず借金の桁が膨れ上がったのは、まず戦争中盤までの食糧移送料だ。単純に羊一頭の値が前線到着までに距離が有り過ぎて経費と手間賃が半端ではなくなり最高値で百倍! まで膨れ上がっていた。百倍になる前からそんなに儲かるならば、と価格が高騰していったこともある。後半になると缶詰工場が稼働し、鉄道も動いて移送効率も上がり、征服地からの食糧調達も軌道に乗ってくるのでまた値は大きく下がる。食糧高騰で魔神代理領の人々が困窮したのでそれを救済する事業も行い、追加で金が掛かっている。徳の負の効果だ。
巨額の債務は債務整理だとか社債、国債発行、それに魔神代理領に負担――あちらの財政がまずい時は負担取り消しとなるが――して貰うことでかなり減額されるがまだまだ大きい。
財政策は重工業、新兵器と鉄道の販売だ。今回の戦争で共同体各国が実感した旧式兵器の脆弱さと、鉄道輸送の強力さを前面に出す。大量生産には投資がいるので借金元から大量の金と人を呼びまくって国内工場を拡大させる。つまり大工業地帯の建設。これは同時に次の戦争時に大量の兵器が投入可能になることも示す。
販売先は魔神代理領共同体に限らない。後レン朝は疑いようもなく最有力。傭兵公社が雇っている傭兵団やその根拠地たる小国群も有力。神聖教会圏諸国も一枚岩ではないので売り先は選べば困らない。いっそそれらに帝国連邦式装備、鉄道を採用させて半属国化するのもありだ。ランマルカ本国からの海路補給が遠隔過ぎる東アマナ、クイム、東大洋艦隊は良い客のようでいて、世界戦略協同体として無償に近い提供をしなくてはいけないかもしれない。天政との大戦で、主に鉄道方面で巨大な借りがある。借りを返したらそれで終わりという間柄でもないのでここは資本主義的に考えると頭が痛くなるが、政策として考えればたぶん、大丈夫。
この重工業策のためには大量の国外労働者を呼び込むことになる。移民法と外国人労働者法と居留地の整備が必要。外国人労働者は国民ではないので民兵ではなく、従って生活保障対象ではない。かと言って浮浪者のように放置するわけには当然いかない。外国人街を作る必要があるだろう。これにはイリサヤルを実験都市として充てる。そこでの成功失敗を積み重ねを他所へ後に反映させるのだ。その次は前線工廠があるダシュニルとタラハムへ着手か? 帝国連邦の外付け工場になっているザカルジンも捨てがたいが、あちらも子供じゃあるまいし、自分で考えて動くだろう。
重工業策の他には貿易策がある。ナレザギーとかいう狡狐が、戦争勃発頃からの南洋貿易路の不振を見計らって投資を行い、戦前と比べられない程に拡大して牛耳るに至る気配らしい。また戦争中に天政が多少は損してでも国内決済用に銀を欲しがっていることを把握していたので既に西の銀は買い占めているそうだ。大抵の西側の会社は我が社を介して我が社の銀を使って東と貿易することになるんだと。それから和平により独立承認されたインダラとカピリへの大規模農場建設事業もファイードのハゲ兄さんの仲介こそあるものの始まっているそうだ。かの地は手付かずの土地だらけで、地主である人間は皆殺しにしたのである程度開発済みの土地も権益に縛られずに好き放題使えるとのこと。バシィールを留守にしてあちこち動き回っていた成果がこれだ。あいつ、どういう頭してるんだ?
帝国連邦財政の未来は悲観的ではないことが分かった。さて魔神代理領だが、下手をすればこちらが借金を肩代わりか、何か権利を買い取ってやらねばならない状況に陥る可能性がある。
魔都焼き討ちによる交易路としての一時的機能低下とその連鎖による経済停滞、衰退は確実視されている。復活までに情勢が変わるのは間違いが無いので先行き不安。不安が尚経済を悪くする。地形が変わったわけではないので世界最高の交通の要衝であることに変わらないし、既に終戦となったのでまた焼けるということにはならないが、代わりの交易路に力が入る。申し訳ないところだが大陸横断鉄道の開通――現在、ファランブルより延線してバンシャルシュンまで到達。ウレンベレはまだ遠いが――により少しは分けて貰うことになる。
次に大量発行した国債の利払いがある。超低金利とはいえ積もりに積もって高額になる。特に直接戦力を投入出来ないからと多数購入したハザーサイールは今、西にロシエ侵攻の脅威を感じていて軍事費増大の中で買ったのだ。元から慢性的なアレオン騒乱に出費がかさんでいる中で買ったのだ。この危機が悪い方向へ進展すれば今度はハザーサイールのために財政出動が始まる。そこで財政が焦げ付いて利払い停止、債務不履行となれば経済危機、その連鎖が見えて来る。共同体の衰退どころか南大陸失陥も有り得ない話ではない。
失陥は現実味がある。今魔神代理領海軍は再建途上なのだ。ロシエの海上侵略に対して効率的に対処不能である。だから鋼鉄艦隊の再編計画が進んでいるのだがこれの出費が膨大。ランマルカ的な非資本主義的協力の下で格安ではあるものの、旧式海軍工廠、施設の多くが規格に合わず役に立たないのでやはり国家財政が傾きかねない規模の金額が動いている。再編までの間海上権力が損なわれているので尚更、魔都の麻痺からの交易収支が危ういのだ。
そして五年任期満了を今年の夏に迎えるダーハル大宰相はこの戦争の失敗責任を取って任期継続提案をしない気配が濃厚。そうなると特大の醜聞爆弾を抱えているベリュデイン州総督が次の大宰相として就任する可能性が――お付き合いの関係から支持することになると思うので――大。他に強い候補はいない。それの何が問題かというと、彼に経済復興の才能があるか未知数だということ。未知数というだけで経済不安は訪れかねない。シャクリッド州総督時代に目覚ましい経済発展を遂げさせた、というような評判は聞いたこともない。
魔神代理領もとい俺たちの黄金の羊の経済、毛並みの安定は帝国連邦にも影響があるのでこの不安定感を改善しなければならない。そのために国外軍を使う予定だ。国外軍の行動予定は熟慮と慎重が要求される。
話は少し変わって、ヘンバンジュでの調印が終わったから鉄道にて素早くバシィールへ帰って、改めて勝利宣言を出して内外に広める必要性が発生している。西側住民の不安解消と西側仮想敵国に対する圧力を掛けるためだ。第二次東方遠征で西方防衛が疎かになっているのは事実。今すぐ攻め込めば何とかなるんじゃないかという気分を吹き飛ばす。だからそのために鉄道による高速移動が可能と知らしめるのだ。常に戦場で先頭を行く総統が帰還となれば容易に手を出せない雰囲気を醸せる。そして帝国連邦軍が極東にいようとも短期間に大返しで戻って来られるという事実を証明出来る。これは脅威である。
この脅威、圧力を減じてはいけない状況に至っている。
去年でオルフ内戦介入分のエデルトからの傭兵契約金の分割支払いが終了した。
今年で第一次西方遠征分の神聖教会からの傭兵契約金の分割支払いが終わる。
そして第二次西方遠征分の神聖教会からの傭兵契約金の分割支払いがまだ始まっていない。
ロシエ”王国”が完全に屈服する直前に帝国連邦軍は撤退し、ロシエ”帝国”の誕生を許したので契約違反であると相手は主張しているのだ。こちらとしては十分に戦争に協力したので支払い義務があると主張している。軍事作戦に必要な経費は適宜受け取り、支払いを肩代わりさせて来たので丸損というわけではないが、かと言って支払いの踏み倒しは面子の問題からも看過出来ない。即座に支払いを開始して貰うのが筋であろう。国内開発にこれからは重点を置くので金がいくらあっても足りない。勝利宣言をバシィールで出して金を引きずり出すべきだ。
神聖教会の坊主共も我々がいなければ逆侵攻を受けていたような雑魚のくせに生意気である。こんななめた態度を取るのは軍主力が極東に行ってしまったからだろう。あわよくば龍朝天政相手に我々が敗北し、弱って内戦でも始めたところで踏み倒す気だったに違いない。一応、第一次西方遠征分の支払いが終わってから始めようと考えていた、などという言い訳が通用する程度には予防線を張っているのが更に小生意気。どうしても支払いが嫌なら聖女ヴァルキリカでも寄越して、ごめんちょっと待っててね。チュッ! とでもすれば良いものを。愚かである。
さてこれがまずいかというと、良い面もある。これを利用して政治、軍事、経済圧力をかける大義名分が得られるというのが面白い。大義名分無しに侵略しちゃっても国内的には問題が無い帝国連邦だが、魔神代理領共同体の一員としてはそれはまずい行為。宣戦布告と同義の圧力をかけることも同様に、本来はまずい。
大義名分が得られたところでどんなまずい悪戯をしちゃおうかなと考えてしまう。悪戯は実力が伴って出来る。まず、魔神代理領海軍の壊滅と再編作業が行われている現状から海からの干渉は当面不可能。陸上は軍の大再編があるので直接干渉は同じく当面不可能。外交、諜報、物流、金融方面からかな。
うーん、外交以外は専門外だな。外交ならワゾレ西部のマインベルト王国への干渉は面白そうだ。あの国は聖王にブリェヘム王国と仲が悪いし、神聖教会とも疎遠だ。セレードとは伝統的に仲が悪い。若い頃、放浪軍もどきの民兵をやっていた時に小競り合いの経験もあるぐらいで、対エデルト政策にも利用出来る。全方位に敵対している外交アホ国家なのだ。
宣戦布告と同義の圧力、干渉となればどんなものか? 帝国連邦製の武器を輸出し、軍事顧問団を派遣し、強力に経済的に結びついて独立勢力化を推進させてやることかな? おお! これは良いな。
神聖教会には契約金の支払いが分割支払いでも厳しいというのならば代わりにマインベルトなどの教会税徴収権を寄越せと迫るのも良い。金より権益を寄越せと言う方が敷居が高いが、そこは圧力で頷かせるものだ。断れなくしてからやるのが交渉というもの。そうして徴収権を獲得したらそのままマインベルトに徴税分を還元してやればとても良く懐くだろうし、それを羨ましがる連中も寄って来る。
ロシエにおける聖なる権益を喪失した神聖教会の聖なる税収は明らかに下降しているのが実情で、軍事圧力を抜きにして第二次西方遠征分で請求する膨大な金額を前に途方に暮れている可能性はある。財政危機だからごめんね、とは面子や信頼、他業者との金融関係上出来ないからかもしれない。だから付け入る隙は多そうだ。議会じゃなくて長官会議で実現可能性を探ってみて良さそうだな。
マトラ低地奪還作戦あたりからマインベルトとの関係改善の動きはあったので、情報部辺りはその点で”橋頭堡”を築いているような気もする。
そうだ、ラシージに聞いてみよう。
「ラシージ」
「はい」
「マインベルトの独立若しくは属国工作、手がついているか?」
「道路と連絡手段と相手、国情は既に把握しております。商取引は既に始まっております」
「神聖教会が契約金渋るようなら国外軍の第一回派遣先、魔神代理領を後回しにマインベルトも検討しておいてくれ。派遣する素振り、少数先遣隊を見せる程度で後方に本隊チラつかせるとか、段階的にだな」
「分かりました」
「アクファル」
「はいお兄様」
「ナレザギーに、神聖教会からの契約金の代わりにマインベルト筆頭に聖王圏から教会税徴収権を取れないか交渉を検討するようにと。秘書局には両方の話通しておいてくれ」
「はいお兄様」
国外軍の派遣順が大体頭で整理がついた。
第一に、国外軍編制作業と合わせてスラーギィからマトラ高地そして間接的か一部直接的にマインベルトかマトラ低地へ配置する。西側への圧力を復活させる。
第二に、移動は海軍を使えない状態なので陸路を使い、道中の共同体各国各州に軍事圧力をかけながら魔都を目指す。魔神代理に対して今、広めて実行している魔なる教えが過去に恥じず、未来に誇れるかと問えない就任したばかりの新大宰相の下へ、凱旋門を通って勝利宣言しつつ入城する。象徴を失い、教えの正しさを絶対的に心の中で問える相手を失った人々に、魔なる教えとはまず強さということを見せに行く。
第三に、おそらくはハザーサイール帝国。アレオン問題、ロシエの侵略可能性の解決か緩和。南大陸でも傭兵公社が東海岸側のギーレイ族領経由で植民地開発に乗り出しているし、直接に見に行くのも面白い。ロシエも西海岸側から内陸部へ進出しているそうだから、そちらで衝突する可能性も無くはない。
いいなぁ、国外軍。帝国連邦本土が平和でも戦争出来そうだぞ。ラシージはなんて素晴らしい軍を考え出してくれたんだ。戦後策にぴったりだ。
「偉い!」
「ありがとうございます」
うん、命令書類を作っているラシージをちょっと邪魔してしまったな。反省。
■■■
ファランブル駅発、バシィール駅着の列車が発車準備中。車両連結作業完了まで少し待機。この駅からはランイェレン線を通ってあの、最後の突撃を敢行したランイェレンまで鉄道が通っている。
「連けーつ!」
車両同士の連結器を妖精の鉄道員が繋げている。部品一つ一つを見ると職人さえいれば真似出来るのかなぁ、と思ったりするが、それらを全て組み合わせて一つの機械にするとなればやっぱり別。素人だからそんな感想が出て来てしまうんだろう。
「連結完了!」
「ご苦労様です!」
「そちらこそご苦労様です!」
「もしもし! もしもし!」
列車に乗り込むナシュカ率いる炊事班の妖精達が作業の終わりを見計らって声をかけた。
「もしもし、何ですか?」
「この大きな車は列車ですか?」
「はい、この大きな車は列車です!」
「この列車は素早く重たい荷物を素早く移送することが出来る先進科学的な車両なんですか?」
「はい、この先進科学的な列車は重たい荷物を素早く移送することが出来るんです!」
「君達が鉄道員さんですか?」
「はい、僕たちが鉄道員さんです!」
「そうなんだ!」
「教育と労働の帰結です!」
「すごい!」
発車合図の汽笛が鳴る。さて、乗るか。
■■■
列車はウラマトイ王都タラハムを通過し、トンフォ山脈越えの坂道を進んでいる。機関車一両では力が足りないので前後一両ずつで挟んで押し上げている。排煙が平地を行くより多い。
馴虎対策の後で、かつて森林が茂っていたこの山は街道を中心に禿げてしまっている。
センチェリン峠を迎え、あの大爆破からの突撃を思い出して泣けてくる。もう一回やりたい。ランイェレンの突撃もかなり、武器ぶっ壊れるまでやって楽しかったが、明瞭に戦術的な結果に繋がるという満足感は薄い。戦略的な結果には繋がったが。
そのランイェレンでは、病人は戦って死ねということになっていた。病人ではないが疲れ切った老人にも同じ指示を出し、大分死なせた。そして疲れても高級故に死なれては困る者は列車に同乗させて帰路へ。その高級老人の筆頭があろうことかニクールのジジイだ。久し振りに見た時、あの黒犬頭に白い毛が混じっていた。
古参の給仕が食堂車でナシュカが作った飯を運んでいる。いつも上機嫌だが、
「タンタン、タンタン、タンタンご飯」
いつもより上機嫌。行く先は寝台車だ。ちょっと後をつける。
黒旅団には頑張って貰った。ニクールも当然だが、辺境での長期軍務は流石に辛かったようだ。身体もそうだが精神が疲れ切っている。乗せる前に話を聞いた時は、涙ぐみながら”心が折れた”と言っていた。見たくなかったが、年寄りにはこの遠征は苦し過ぎた。自殺同然の突撃にも乗り気になろうというものだ。
「タンタンご飯ですよ!」
二段寝台に寝ているニクールは枕から頭を上げるような素振りを見せて、直ぐに止まる。かなり億劫になっているようで日がな一日寝てばかり。
「起きて起きて」
「うーん」
「起きて食べてうんこしないとポンポン痛くなっちゃうよ。おならもくっさーよ」
「ああ」
やっと目を開けて唸りながら布団から足を出した。
車両の端から見ていたが……執務車へ戻る。ギーレイの故郷で死なせてやろう。
■■■
山脈を越えてチュリ=アリダス流域に入る。
ここでは旧名復活にベイランも考えたが、現地人からの評判が良くないらしいので却下。
首都のカラトゥル駅で停車。車両点検作業に停まり、動かない地面で休憩。
■■■
再出発してランダンの北口コルチャガイまで到着。ここからランダン線が南に延び、ハヤンガイ盆地のトルカントまで伸びている。
旧ランダン王国住民は和平条約により、帰還希望者がいれば戻ってくるが、まだまだ人口希薄地帯のままだ。移住者も入れるが何分広い。
鉄道が通っていればちょっと覗いてみたい気もするが、延々と高地の草原、荒れ地が続いているだけとも。盆地の都市群は立派だったそうだが、今は焦土作戦で崩壊した跡。
■■■
カチャを通過し、ダシュニルへと到着。鉄道の速いこと、寝ている間にも進んでいるのは馬も同じだが、やはり速さと力強さが段違いだ。
大規模集団農場は今までも帝国連邦領内では経営されてきたが、ダシュニル程に超がつく大規模ではない。列車で農場を見ながら進んだが、いつになったら端にたどり着くのか分からないくらいに続いていた。これだけのものをハイロウの人々が作ったのかと思うと感慨深い。
西へ早く帰りたいが、一応農場の視察ということでテイセン・ファイユンに案内されてざっと見て回った。畑仕事は専門外なので見ても、説明されてもピンと来なかったが、集約的に工場で生産された最新の鋼鉄製農具が効率的に共有されている様子だったので一先ずは良しとした。
それからマシシャー朝復活を再度、冗談半分で言ってみたら固辞された。王政は既にハイロウ文化に馴染まないと歴史的経緯から聞かされた。
次にまだダガンドゥで戦後処理に当たっているルサレヤ先生からの報告が届いていたので受け取った。
ザカルジン大王との南ハイロウ分割案が決まった。内訳は、南ハイロウ西半分、北はムド、南はオチョン、ムルファンまでをザカルジン領として残りはこちらへ。ザカルジンとしてはそれ以上の管理が出来ないと判断したらしい。プラブリー国境の管理までしたくないという意味でもあるかな。
ハイロウ人民を守るために南ハイロウ軍二十万が抹消するまで頑張ったバフル=ラサドだが、この分割案には内々に反発していたそうだ。そして病死とのこと。死ぬ前は戦前より人相が変わり、白髪になって老いくたびれていたとのこと。無理が祟ったか、毒殺か。毒殺なら誰がやったかだが、全方位からの可能性が考えられるので考えなくて良い。
ダシュニル駅から発車後、馬に乗って追いかけて来たアズリアル=ベラムトから「退位して王位は息子に譲ります!」と窓から顔を出して聞き届けた。そのまま了承しておいた。まあ、無難な対応だったな。面白みが無い。面白いで生活している男ではないだろうからそれでいいんだが。
■■■
また機関車を追加で連結し、ヘラコム山脈越えに入った。
アイザム峠は、自分はヴァララリ山地側のストルリリ峠経由でハイロウへ入ったのでこれが初めての通過だ。
ここをシレンサルが片腕落して突撃して開いたかと思うと楽しい。畜害風が吹かず開戦当初の奇襲に失敗していたらどれだけ我々は東へ進めただろうか? ヘラコム山脈で止まっていたかもしれない。戦争もまだ継続していて、魔神代理領の敗北はもっと屈辱的だったかもしれない。
■■■
峠を越えてこれまた未踏のラグトの領域へ入る。川沿いの都市は思っていたより大きく、首都のアスパルイの宮殿はちょっと都市規模に対して過剰なくらいに大きかった。一応はあのイディルのアッジャールと張り合った時代があっただけのことはある。
そして次に懐かしのクルガバットを通過。シゲがサウ・ツェンリーに串刺しにされて面白かった場所だ。
帝国連邦誕生前の最到達地点を、東から逆に何日もかけて列車で通過するなどと当時は想像すらしていなかった。
■■■
旧国境のスラン川を越える。川には鉄道橋が架かっていて船に乗り換える必要は全くない。橋の下を船が通過していた。それから、旧イラングリ人と思しき人の姿は一切見なかった。
それから初めてになるが、ウルンダル王として王国の首都で顔見せを簡単に行った。早く西に帰るので泊まりはしなかったが、一応、宿泊をしつこく誘われるぐらいは大歓迎だった。
■■■
ユドルム山脈越えに旧レーナカンド峠へ差し掛かる。
この地には新しい名称はつかず、旧レーナカンドまたはレーナカンドと呼ばれている。まあ、いいか。
■■■
トシュバルを過ぎて、そしてようやく、しかし一月どころか半月も要さずに内マトラ行政区に入る。頭の中でこの新しい名前を思い浮かべるに、まだかなり違和感がある。
イリサヤルの、前に見た時よりも規模が拡大しまくった大工業地帯を列車内から見て唸ってしまった。工場が稼働している排煙が無数の煙突から昇っている風景はどこでも見たことが無い重量感というか、自然に逆らっている感があった。文明の結晶塊。
工場見学ではやたら嬉しそうな妖精の工場長に鋼鉄を作る炉だとか、赤熱している鉄の塊を火花散らして機械で加工している場面だとかを見せて貰った。作る物の大きさ、数が途轍もなく、異世界でも覗いていたようで、ここでも説明を受けたがほとんど分からなかった。鍛冶職人が鎚を振るう従来の世界とは違った。あの巨大な赤い鉄は良かった。
ここが将来、投資でもっと巨大になると思うと中々、たまらん。
■■■
工場の赤い鉄にちょっと魂を奪われつつ、イブラカン砂漠に東スラーギィの砂漠を通過する。
東スラーギィ演習時にあれほど苦労した水のことは水槽車一つで解決し、列車は軌道を進む。
ニクールはここでようやく、寝ているだけじゃなくて外の景色を見るために出歩くようになった。途中、列車に併走するギーレイの騎兵に手を上げて見せていた。少し元気になったか?
列車旅も中々、座っているだけも疲れるのでニクールをマンギリク駅で下ろし、ギーレイの者達に世話を預ける。それから、古参の給仕をナシュカに話してニクールにくれてやった。タンタンとは一緒という約束を昔にしていたので守らせるのだ。ジジイはあの犬面だから良く分からなかったが、給仕の方は大層喜んでいた。
■■■
それから砂漠横断に一日も掛からずに渡り切って中洲要塞に到着してしまった。
ここで終点ダフィデスト着、分岐線から南行きのバシィール線に分かれるのでバシィール行きへ。
中洲要塞も、昔の素朴なレスリャジンの砦だった頃の面影が一切無い。護岸され、交通の要衝として古い建物は全て撤去され、橋が掛かって鉄道が通り、軍務省庁舎や兵舎、訓練場を筆頭に施設が整然と並んでいる。ここに大学も建つんだろうが、国外軍で遠征やってると見る機会もあんまり無さそうだ。
■■■
マトラの山を北から昇る。やはりここをこっちから行くと帰って来たという感覚が強くなってくる。
若い奴等に、昔はここで自分が斧振って木を倒していたとか言って信じるかな?
三七番広場駅で一旦停車。
アホにデカくて金ぴかの自分の像が見下ろす中で凱旋式典が行われ、無数の妖精達が集まってワーキャー騒いでいる。頭数は作戦や国内開発のせいか何となく少ないように見えるし、大半が若く、子供だ。大人は戦地と仕事場へ行っている。今や工業の中心はイリサヤルへ移った。
「最大不滅の我等が大英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬、楽園の管理者、空前絶後の救世主、天地星合の煌めく光、諸国民の牧童、惑星蛇……帝国連邦初代総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンよ永遠なれ! その偉業を称え万歳三唱!」
『万歳! 万歳! 万歳!』
また増えたな。
「帝国連邦国歌斉唱!」
指揮者令下には軍楽隊教育課程者達で編制された楽隊、そして砲兵士官候補生達が楽器ともなる大砲を三門、重砲を一門構える。歌は妖精達が合唱する。
垣根を越える同盟を、
偉大なる総統は団結する!
不滅の帝国を実現する、
約束された連邦万歳!
・大砲一門、空砲発射
栄光あれ祖国
民族は一つに
結束せよ、同胞よ!
旗に集え、兄弟!
・大砲一門、空砲発射
祖国に捧げよ、力
捧げるは皆がため
高炉で燃える鉄鋼と、
広大なる農土で繁栄する!
創造の帝国を実現する、
組織された連邦万歳!
・大砲一門、空砲発射
歓喜あれ祖国
人民は一つに
結束せよ、同胞よ!
旗に集え、兄弟!
・大砲一門、空砲発射
祖国に捧げよ、力
捧げるは皆がため
世界に冠たる軍勢で、
愚かなる敵勢を撃砕する!
無敗の帝国を実現する、
訓練された連邦万歳!
・大砲一門、空砲発射
勝利あれ祖国
国家は一つに
結束せよ、同胞よ!
旗に集え、兄弟!
・大砲一門、空砲発射
祖国に捧げよ、力
捧げるは皆がために!
・大砲、順に三発空砲発射し、最後に重空砲発射、合わせて機関車が汽笛
昔、初めて聞いた時は誇大というか、それを目標にやっていくんだなと思ったものだが、現実になると足元が浮いて来た気がするな。
出発する前にミザレジの墓参りへ行った。妖精に個人の墓は無く、詣でる者もいない共同墓地というか、共同死体処理場、いや堆肥工場へ。彼個人だけではなく、今日までにかなり死んで、肥料にすらなれなかったものが無数に存在した。
隣に並ぶラシージが手を握って来た。
彼等は既に死ぬ覚悟が決まっている。彼女達はもう死んだ分以上を産んでいる。死んでも共同体に貢献している。何か迷う時点はとっくに過ぎている。
「行くか」
「はい」
■■■
マトラの山を下り、遂に見えて来たのは首都整備が進んで、かつての田舎の城の姿が嘘になったバシィールである。
あれが本当にバシィール? 一般市民は入れず、政治機能だけに特化したような都市設計なので規模だけなら連邦構成国のほとんどの首都に対して負けるが、屋根と塔が空を背景に作る都市の輪郭線が洗練された都になっている。異世界に迷い込んだかな?
バシィール駅に到着。駅は駅でも昔と違って馬のためじゃない鉄道駅で、何とここからマリオルまで延線して終点じゃないんだと。中大洋からウレンベレの海、極東まで一本で繋がるということか!
列車の長旅で変に疲れた身体を重たく、下車する。徒列した儀仗兵、周囲固める警備兵、一部官僚に家族、観衆、招いた各国記者陣。
「きゃーあー!」
一つの奇声。歓迎の軍楽隊が演奏を始めようとして、遠慮して止めた。
お出迎えにおっきくなって髪も伸びた綺麗なお嬢さんが突っ込んで来る! 一体誰なんだ!?
駆けて、だっこと手を伸ばす。抱え上げる。顔を擦って来て髭が痛い。
「父さまお帰りなさい!」
「お? こんな美女知らないぞぉ」
「嘘!」
「うそー。ザラちゃんです」
「正解です!」
大きくなって手脚が長い感じになったダーリクは負んぶ紐を付けたナレザギーの奥さん、ガユニ夫人と手を繋いで待っていた。ジルマリアがいないか期待しないでちょっとお迎えの群衆を眺めてみるがいるわけがない。
「子供達がお世話になったようで、ありがとうございます」
「いいえ、こちらが楽しませて貰ったくらいで。ね?」
ね? と言われたダーリク、奥さんの脚にくっつく。
お?
しゃがんで目を合わせる。
「ダーリク、父さまに挨拶はしてくれないのか?」
「うん」
はいともいいえとも良くわからん返事だな。
ザラは延髄締めを頑張ってる。
「奥さんにお礼言ったか?」
「ふかふかでもふもふ」
「まあ!」
おお!? こいつ! 俺もふさふさしたいけど、流石にナレザギーの奥さんはなぁ、そこまで常識外れのことは出来んよなぁ。
ダーリクの頭をぐりぐり撫でて、立って奥さんの手を握る。ふかふかでもふもふの気配濃厚。狐頭界では有名なサスカチュル美人なだけあって毛長である。
「ありがとうございました」
「いえ。それで」
「はい」
奥さんが上体を捻って背をやや向ける。負んぶ紐は二人用で、覗けばうるっとした目が開いてる人間の赤子に、「くぅあ」と寝言を言ってる狐の毛玉。
これが彗星くんにフルースくんか!
「ザラちゃん、答え合わせ」
「はい」
「名前は、彗星くん」
「父さま正解です!」
チューされた、しかも唇! いやぁ! こりゃまいったね!
「彗星くん、よろしく」
人差し指を立てて鼻でもつつこうと思ったら掴まれてしゃぶられた。いやぁ! こりゃまいったね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます