第334話「実験体」 シゲヒロ
飛び切りと言っていい。目覚めが良い。目が開いた瞬間、怠さも無く跳ね起きられそうなぐらいだ。だが身体は動かない。おかしい。
それから空気というか日の光が、曇っているが、赤っぽいのか周囲がそのように見える。横目に誰かを確認。衣服は天政調、袖から見える手の一部は鱗で龍人か。
周りは岩場か砂漠? 正面に白装束集団も見えて、どうやら神聖教会の坊主共。偉そうな奴が一人に、赤装束も一人いる。赤は枢機卿だったな。帝国連邦を東西で挟み討つようにという外交方針ならば有り得る組み合わせだ。奴等からの視線が集まったり離れたりする。晒し者になっているようだが。
「大分待たせたの。見せるもんとそうではないもん、分けたり、別の用事あったり色々やわ。西の方も強くなって貰わんとこっちも大義やからのう。さて、新顔もおるなぁ。まずは基本のおさらいや」
天政官語が聞こえる。耳が効いているし理解出来る。喋っているのは、視界外だがそう遠くないところ、横方向にいる、変な訛りの、声から若い細めの女。自分の横にいる天政の何者かが坊主共に講釈垂れるという形か。
自分は龍鯨ごと海に沈んだ、までは覚えているが死ななかったようだ。そして敵に捕まった状態でかなり強く拘束されている。これからなんだ? 拷問、尋問? 知っていることを全部喋ったところで役にも立たないんじゃないか? 機雷は重要だが運用方法までで作り方は知らない。東大洋艦隊の動向なんぞ分からん。ファスラ艦隊は尚更分からん。
「魔神代理領の組織って凄いんやなぁ。開戦から二年ぐらいで魔族化失敗の噂が立たん程度に抑えて万単位の魔族軍なんてのを編制した上に、親衛軍三個に魔族士官を大量に送ってる。それも痴呆入ってるのは無しで、全部術使えて軍教育終わってるなんてとんでもないわ。素体と魔族の種の相性の良さを見極めるのが高度で徹底してるんやね。その良さを見極めるためには両方の膨大な情報を持ってないといかんわ。血統から生まれから育ちから体格の程度、趣味に嗜好にまあ何でも、もう調べ上げられないぐらいに記録して、分からんところは膨大な経験則による推測で穴埋めしてるって感じだと思うわ。その上で用意してある素体と魔族の種の量が膨大で選択肢が多い。はっきり言ってあれを真似することは百年掛かりでも厳しいわ。社会体制をそれに特化させないとならんね。魔族の種を大量一括管理していたと判明した魔神代理が没し、おそらくその面で大後退があるかもしれんけどそれは希望に過ぎんわ」
機雷だとか海軍の動向とか知りたがっている連中の集まりには見えないな……魔神代理が没するとは、どうやって? 全くわからん。魔都が襲撃を? どれだけ距離があると思ってる。まさか、龍鯨を仕留めた時から何年も経って……まさか帝国連邦軍が押し返された? そんな馬鹿な。
「人間と魔族の種、こっちで使ってるのは人型に近い龍の木乃伊で変化させる龍人。発掘して色々揃えてるんやけど人間にそのまま適応出来るのがあんま無いんや。で、魔神代理領は魔族からどうにかして魔族の種って作ってるらしいんやけどこれの方法が全く分からんわ。もしかしたら魔神代理がそういう術持ってたかも分からんけど、要調査ってとこやの。術が分からんから種の方が増やせない、選択肢がほとんど増やせない。相性の検証も出来ない。直ぐ死ぬ、死体同然の失敗作、痴呆有りのまあまあの成功作、術も使えて頭もよろしい大成功作、安定して作れない。妾のとこは人が有り余ってるからほいほいと失敗恐れんでやれるんやけど、そちらさんはきっと難しいねぇ」
どうやって不意打ちを食らわせ、場を混乱させて脱出しようか考えるが、指先一つ動かせないのはどうしようも無い。機会を窺うのは当然。機会が訪れたらどうする? 身体のどこが使えるかを大人しくしながら確認して、動ける確信を得てから人質を取る? 人質が効く連中に見えないが……坊主共の中からか。いや、脱出などせず、道連れに誰か殺してやるのが一番か。
「さて、その問題の一応の解決策。後ろに見えてる獣の塊みたいな気色悪いの、これが新大陸で言われている獣の神って由来も正体も不明の何か。ここに人間を放り込むと獣っぽい特徴を加えて変化して吐き出される。半獣人化する魔族の種ってところや。これは術の使える使えないはあんまり関係ないみたいで、それと別の基準で選り好みする。気に入ったら飲み込みに動くし、そうでないなら黙ったまま。ただ無理矢理口をこじ開けて突っ込むとちゃんと仕事してくれるんやわ。気に入ってくれた方が仕上がりがええみたいやけど。で、ここに人間入れて半獣人化させると最初の内は無作為に色んな獣の特徴を備えて出て来たんやけど、実験の途中で突然ただの消化物になって吐き出されたんや。回数制限あるんかなって思ったけど、違った。一番最後に食わせた獣の姿を人間に移すって機能だったんやわ。犬、猫って食わせてから人間を三人入れたら、猫っぽいの犬っぽいのゲロゲロってのが出て来たんやね。それから次が重要。半獣人化させる時に、人間側に欠損部位があるとそこに獣の特徴がかなり強く出るんやわ。逆も然り、欠損部位がある獣を使うと人間にその部位の影響がほとんどない」
若い女の声はかなり重要な情報を喋っている。何に使えるか分からないが道連れに誰か殺すよりも重要な気がするな。
「さて、はい! これからが大事よ。魔族の種、こっちの龍の木乃伊、でそっちが持ってる不朽体、全部人間相手じゃないと反応せんよね。まあ、隠しててもええけど。そこを工夫する。まず人間を脳髄だけになるぐらいに削ぎ落してそれを、狙った獣を入れておいた獣の神に入れるとどうなるか? 人間と種に誤認される獣が出来上がるんや。凄いのう! この時の注意は、下手に知恵付いた大人の脳髄使うと獣の身体になったのが嫌で発狂して面倒なことやね。そもそもあんまり相性も良くないみたいやから赤子を使うのがええね。軽くて小さいのがええのかもね。脳髄は死後劣化するけど、その劣化分は獣が補うから、まあ成功失敗恐れないで根気強く作り続けないと駄目やね。前に見せた虹雀、蛇龍、鉄亀、龍馬、あの霊獣はそうやって人間の脳のある獣を相性の良さそうな種と反応させて変化させたもんなんや。吃驚やろ?」
坊主共はそれは凄いと頷いて感心している。
あの化け物共はそうやって作ったのか。龍鯨について言及が無いが、それは秘密の術ってところか。この場所を仲間に伝えられれば、襲撃して化け物生産場を破壊することだって出来るかもしれない。相討ち覚悟で獣の神とやらを破壊出来る? 視界内に無いから計画も立てられないな。
「殿下、魔都を焼いたというのは?」
「あれ教えて欲しいっていうならそっちの聖遺物貰って、異形作るのこっちに一手にさせて貰うぐらいやないと駄目や。そのくらい重要、分かる?」
魔都を焼いた? やはり魔都が襲撃されるくらい時間が経っているのか。外の様子が気になる。どうにか脱出したい。
「さて、これの応用は教えておこうかの。獣の神に貴重な人型龍の木乃伊を入れる。これはそれ以外の形の龍だと、人間でも獣でもないって見るみたいで消化物にして吐き出されるから注意。それから人間を入れるんやけど、そのままだとあんまり効果が無いんや。隣にいる龍人っぽいの、それで変化させたんやけど龍人より身体強くないし特別何か出来るようになるってわけでもないんやね。でもここで工夫、何事も工夫よぉ。下半身、選んだ筋肉と骨、表皮及び爪、小腸、大腸、直腸、膀胱、生殖器を欠損させた人間を入れてやると並より強い龍人が作れるんや。欠損させる部位は幾らでも選べるんやけど、極端に削ると人間の方が負荷に耐えられんでえらい短命になったり障害持ちになって使い物にならんのよ。あと左右非対称は駄目ね。腕も強くしたいけど、上下の均衡崩れるとまともに歩けんようになるから脚が一番大事やね。ただこれ、木乃伊を失う割にはそこまで極端に強い者になるわけでもないから、あんまり割には合わんねぇ。身体能力は抜群、頭は良くならない、術が特別強く使えるわけでもないし、身体の負荷が強いからやっぱ短命やね。鉄砲出て来る前の時代なら価値はあったかもね」
たぶんそいつはあの頭領にケツの穴掘られた奴だな。強いが無敵じゃなかった。
しかし、糞、どうする? 何も出来ないのか?
「素晴らしい情報です。こちらも実用の目途がつきそうです」
「それはよろしい。さてここで実験や。この、妾の最大作海龍を殺した男……」
坊主共の視線が再度集まる。やばいな。ただ、海龍は龍鯨のことだな。まあ、これで相討ちは確認出来た。ただの人間一人がやった結果にしちゃ上出来すぎる。大体、満足だ。
「……を最後に強い龍人を作る実験を当面凍結する。この男は術の才能無しやけど、生命力の強さは史上稀に見るほどや。実験体として面白い。普通なら死んでる重傷、出血でも死なんで、医療体制の悪い船での長期移送にも耐えたんや。凄いのう、とんでもない負荷にも耐えられるんやないかのう。で、この身体をほぼ全欠損させて古の、かつて我々より以前、もしかしたら文明どころか人間だとかが生まれるより前の超古代世界の頂点に立ってたんやないかって云われとる龍の再現を少しでも試みる。人型限定やけど、まあそれはそれや」
傍にいる龍人――っぽいの?――に抱え上げられた。えらく、すっと軽く持ち上げられた。
わからない、自分の身体はどうなってる? ほぼ全欠損させたと言ったか? まさか今、脳髄だけ?
耳は生きている。目も生きている。においはする。頭痛がしてくるような気はした。こいつは、頭しか残ってなくて、皮も肉も削がれてるってのか?
目蓋、動かない。呼吸、していない。顎、動いている気配がしない。
糞、なんでこんな冷静なんだ? 奴等が使う術の影響か何か、目覚めが良くなる術? 全くわからんぞ。
視界が回る、坊主共が視界外へ、一瞬女の龍人が見えて、獣の神とやら。
無数の四つ足獣の隙間に蛇やら蜥蜴やらも無数に混じって食い合い、混じり合うような姿の巨大な塊。剥製のような置物に一瞬見えたが、一つ一つの獣の目が動いてこちらを見る。頭が動いてこちらに鼻先を向けるように、興奮するように蠢き出した。
身体が無事ならきっと、震えるか小便漏らすか。
「ほーう! 気に入りようが今までに無いのう! こんな食いつくなんて初めてやのう!」
坊主共が、おお、と感嘆。糞、むかつくな。聖都焼いてやろうか糞垂れめ。
頭領がふらっと現れてくれそうな気がするが、いや、無理だな。
イスカはくっついて来て……来てないほうがいいな。
獣の神の、胴体のようなものが糸と引いて大口を開く。無数の獣の男根女陰をぐちゃぐちゃに固めてひだだらけにして蔦みたいに垂らしたり起き上がらせたような中身。死ぬのは怖くねぇが、こりゃあ……。
ぷつっという感覚。耳が片方、またぷつっと、耳が聞こえなくなった。最終処理ってか?
ぷつっと、においがしなくなる。
肉の蔦が伸びて迫って来た。
……アバガン、メイオン、クロウン、ザイグン、ガシャエン……。
ぷつっと、視界が狭く。
ぷつっと、暗い。
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