第331話「ごみ捨てのような戦い」 イランフ
「君達は新しい帝国連邦の仲間だ。終戦後に帝国連邦議会を開く予定で、そこで皆の声を聴き、意見を採用し、決めたことを周知する。ただその時、一滴の血も流さずそこへ顔を出せるか? 嫌だろう。何の苦労もしていない奴の意見なんか聞きたい奴はいない。一度も戦場どころか狩猟にすら出たことの無い若者が君達の会合で意見を述べた時、説得力があるか? あるわけがない。地理的に時期的に苦労の大小があるのはしょうがない。ただそのために……一度も戦ったり死ぬ機会すら与えられなかったらお前らが可哀想だ。無駄に虐められる姿は見たくない。その時のために腕や首の一つを失い、息子や孫の一人や二人を死なせてやる機会をやろう。これからの戦いで君達を評価する。ただひたすらに勇敢に戦う事が君達の子と孫、父と祖父と一族、部族の評価を定める。ここで臆病者がいれば我々は、その者を輩出した部族は所詮その程度なのだと判断せざるを得ない。勇者の如き奮戦を見せれば勿論、我々は勇者を輩出する部族はそういう者達なのだと評価する。戦い方が稚拙であったり武器が貧弱であってもそれはしょうがない。そのような訓練を受けていないのだ。ただ勇気だけならば見せられるだろう。君達の肩には一族の、今から百年以上に渡る名誉が乗っている。生活が掛かっている。はっきり言わねば分からないと思うから言うが、臆病者の部族に対して帝国連邦は冷遇する。厚遇する理由が見つからない。仮に私が何らかの理由で特別なお気に入りにしたとしても皆を納得させられるような言葉を知らない。だから臆病部族には価値無しと判断し、土地を取り上げ、人々を離れ離れにし、その部族の名があったことすら二十年後には忘れ去られるような状態に貶める。帝国連邦が、私が、今更数十万、数百万程度の人生が灰や糞塗れになろうと同情したり後悔したりするわけがないことは既に知っているだろう。だが可能ならばそうしない方が良いと思っている。だから皆仲良く、今日、血塗れになるんだ。そうすれば幸せになれる。安心しろ、一人残らず死に尽くした部族がいてもちゃんと評価する。約束だ」
そう、帝国連邦が極東諸族と呼ぶ我々の面前で一説したのはベルリク=カラバザル。第二のバルハギン、復天治地明星糾合皇帝。
冗談で言っている顔でも声でもなかった。穏やかで優しさすら感じた。
彼は若くない、しかし老いていない。大柄でもない、異相でもない。しかし、吸い込む渦が巻いているように見える。目線が吸われた。
計り難い。センチェリン峠でこの男に賭けて良いと確信させた熱はまだ宿している。
ランイェレンのブラブン川を挟んだ対岸、遠い。並みの雪が降れば向こう側の長城も影すら消えて見えなくなる距離感。
タルヘ川がブラブン川に合流する要衝で発展したのがランイェレンという都市。
ここより下流は川幅が広く、水量が多い。土地も比較的平坦である。ジン江にまで合流すれば更にその傾向が高まる。
ここより上流は川幅が狭く、水量が少ない。土地は山がちで絶壁が続く。オング高原にまで登れば軍隊どころか冒険者もはね退けるという。
列車砲という最新兵器は線路という物の上ではないとまともに走れないらしく、その線路はランイェレンに到達し、下流側へと敷設されている。砲弾を受ければ壊れる物なので川岸よりかなり引っ込んだ位置にある。射程距離が途轍もないらしいが、そんな奥に引っ込んで働けるのだろうか。
降雪が止み、視界が晴れて来る。対ランイェレンの大城塞が待ち構えて見える。
気球という、熱した空気を孕んだ布袋によって空に浮かぶ大籠が揚がる。あそこには観測員が乗り、弾着観測を行う。係留と通信のための綱や線が何本か下がっている。
背後から爆音、空気だけではなく地面伝いに振動が来る。地震ではない。
列車砲による砲撃始まる。砲弾が高い音を立て頭上を行き、対岸の長城に着弾、土煙が上がる。着弾箇所が動き続け、建物に当たり始め、弾薬庫への引火か火柱が幾つか上がる。雪と土と枯草、石に火の粉が舞う。
六万五千の極東諸族軍が突撃する道をあれで整えている。
破壊されていない敵砲台が凍り付いた川への砲撃を始め、氷割りを列車砲に遅れ、反応して始めた。列車砲が叩き潰した砲台は機能せず、こちらからあちらへの氷の道が保たれる。いっそ割れてくれればとも思う。多少は砲撃から生き残った砲台が氷を叩いて割るが完璧ではない。終戦後の帝国連邦会議にて血も流さずに参加するのは辛いというのは事実だ。やはり割れてくれるなとも思う。ユンハルは突撃しなくても十分に功労有ると思うのだが……帝国連邦の考える基準は計り難い。
枯草を網に絡ませた隠蔽幕が外された工事済みの重砲設置場所が暴露され、重砲の設置が開始される。対岸からの砲撃がこちらに届かないと判断されたようだ。
あの列車の線路より小さい、軽便鉄道というのが各重砲へ砲弾を運んで集積が始まる。機関車という機械の車ではなく、馬が貨車を曳いている。
重砲による砲撃始まる。威力は高いが発射数の少ない列車砲に加えて本格的な火力が投射される。長城が削れて崩れ始める。着弾箇所の修正が続き、あの向こう側への突破口が開き続ける。
列車砲の着弾位置が動く。長城後背の制圧に入ったようだ。
続いて重砲射撃が加わったことで更に安全が確保された川岸に野戦砲兵が砲列を組み始める。
凍った川岸にいるベルリク=カラバザル。手持ちの拳銃七丁と、拳銃仕込みの刀と短剣の点検をしている。
妹の総統秘書のアクファル。弓に小銃、矢に弾薬を積んだ橇に繋いだ縄を片手にしている。
「防毒覆面着用! 全たーい、前へ!」
刀を掲げたベルリク=カラバザル、一番先に凍った川へ足をつけた。
全く血を流していないブラツァン、ガムゲン、その他小数部族軍が徒歩で続く。
続いてユロン、シムの一万人隊も徒歩で続く
我がユンハル軍も徒歩にて、マドルハイとガルハフト兵を前に出す形で督戦配置で続く。
総数六万五千を砲弾が送る。列車砲、重砲、遥か上空を巨大な砲弾が飛んでいく。
野戦砲射撃も始まる。川岸のわずかに高い段差から放たれ、頭上を砲弾が飛んで音と圧力が首筋に伝わる。
総員下馬して突撃という命令の意味が今実感して分かった。この砲撃の余波に耐えられる馬、我々は持っていない。
これは陣取り合戦ではない。圧倒的に兵数が上の相手に間引き戦のようなことを仕掛ける気なのだが、間引きの対象は我々だ。そんなことをするような奴は、並ならその背中を撃つのだが、並ではない。トンフォ山脈以降の働きを目にし、以前を聞き、並ではないのだ。
ユンハルは一時凋落したが此度、祖先に顔向けが出来る程になった。ここで出来るだけ服属させたマドルハイ、ガルハフトに被害を受け持たせてユンハルに名誉を獲得させるのが賢いやり方だが……小賢しい存在をあのベルリク=カラバザルが認めるか? 大帝国の首領のくせに今まさに先頭に立っている奴がだぞ。
爆轟鳴らして炎と埃が爆風に巻かれる対岸目指して歩き続ける。兵士の足と爆ぜる火薬で氷上が揺れて軋む。氷割りの砲撃が無くても沈む気がしてくる。
ベルリク=カラバザルが川岸に近づき、野戦砲射撃が中止。砲列を解いてから前進を始め、川を渡り始める。
列車砲と重砲射撃位置調整、破壊する突破口、左右に広げ始める。
「突撃に、進めぇ!」
『タートォー!』
角笛が合図に吹かれて突撃、始まる。太鼓が叩かれて、音に合わせたように歩いて突破口へ突き進み始める。あれだけ砲撃したのだから反撃も薄いだろうと思いきや、銃砲火の瞬きが見えて兵士が倒れ始める。砲弾が炸裂して氷と弾殻片を散らして切り裂く。
瓦礫に塗れた敵へ向かって撃つ、撃たれて倒れる、死体を乗り越える。それをひたすら繰り返しているように後ろからは見える。
真っ先に撃たれて死にそうなベルリク=カラバザルには一発も当たっていないようで、刀を振って前線指揮をしながら敵を見つけては拳銃を連射している。アクファルは途轍もない勢いで矢を連射している。狙っているのかあれは?
兵が走る、前に進んで死んでいく。負傷兵が後送されてくる。
氷上に野戦病院が敷設されている。軽傷者は治療して前線へ戻し、重傷者は止めを刺す。
治療呪具という傷を瞬く間に治してしまう驚愕の道具で負傷兵は治療される。それで動けるようなら直ぐに前線へ、それでも動けないようなら処置無しと止めが刺される。
動ける基準だが、内臓が破れ中の糞が腹に中に回っても直ぐに腹膜炎を起こすわけではないので、これで動けるなら治療される。勿論、腹を破って綺麗な腸が出る程度は問題ない。
出血がひどくて貧血で動けないなら切り傷だけでも殺される。貧血していないなら治療される。
弾が骨に当たって砕け、早期治療の見込みがないようだとこれも殺される。砕けず、折れているだけなら治せるので治療される。
医師と術医師は非情な判断基準で選り分ける。命を助けるのではなく、戦力低下を抑えるのだ。恐怖で意気地が折れているような者は復帰の見込みがあっても殺される。
始末人は全くどんな相手でも手加減しない小人が担当する。人間なら躊躇するような、命乞いが上手い美少年でもあっさりと撃ち殺す。
ガムゲン族族長戦死の声が野戦病院から響いた。
逃亡兵は今のところ小数。いるにはいるので捕まえて、分かるように首を落して並べて警告に置いておく。
遂にユロン王まで後送されてきた。脚が吹っ飛んでいて、意識はあるようだ。王のような立場ある者の場合は口が動くだけでも価値があるので治療されるだろう。
初めはただ兵士達が死んで、怪我して後送され、一部の元負傷兵がまた前線へ送り出される姿を延々と見送り続けていただけだった。破壊射撃で広がった長城の突破口へ、今まで先頭集団がいたせいで後方待機を余儀なくされていたシム一万人隊が延翼に投入され始める。
敵も攻撃を受けている箇所を特定し終え、増援部隊を次々と送り込んでいる。突撃箇所を挟むように敵兵が現れては銃火が閃く。突破口を開くための列車砲、重砲の砲弾を浴びて瓦礫毎吹き飛ぶ。
治療呪具の凄さは治療の速さ。先ほど後送されたばかりと思ったユロン王が脚の無い姿で、兵士達が担ぐ輿に乗って再突撃を始めた。手には小銃を持っており、死んでも戦う気合が見える。その姿は目立ち、語り継がれるだろう。つまり、帝国連邦議会で彼の息子達が名誉ある人物として扱われる……自分はまだ前に出る必要は無いが。
戦況が進捗。死体の山を築いて突撃部隊が崩壊した長城を登攀し、遂には最先鋒に至った者が頂上にて旗を振るい、砲弾を受けて爆発四散した。列車砲、重砲は勿論そんなところを狙ってはいない。長城後方に展開した敵砲兵の射撃が長城に撃ち込まれ始めたのだ。
先頭を行ったブラツァン、ガムゲン、その他小数部族軍兵の死傷率は雑感で五割越え。遂にはブラツァン族族長まで後送されてきた。
消耗が激しい。立っている兵士の線がまばらで細くなって来ている。
マドルハイ、ガルハフト一万人隊を前進させ、列車砲と重砲が更に広げた突破口へ延翼して取りつくように指示する。
火箭部隊が前線へ到着する。並べた棒無しの、彼等の新型火箭が連続発射台に乗せられ、炎と煙を吐いて一斉に次々と長城の向こう側へ送り込まれている。
復帰したブラツァン族族長、走って前線へ戻る。
ベルリク=カラバザル、まだ先頭にいるのか? 負傷して後送されてきたという報告も無い。もし彼が戦死したら……即座に反乱は早計過ぎる。むしろ内部で忠義的に働いて勢力拡大を狙うべきか。焦ると死ぬ。
しかしこの突撃、いつ止める? 止める指示を出せるのはベルリク=カラバザルしかいないのではないか? もう死んでいるのなら自分が判断すべきだが、生きているのに中止命令を出すわけにはいかない。もし出してしまったら越権行為に臆病者の塗り重ねだ。ユンハルが消える。生死確認だけでもさせるべきか?
敵の、長城に到達している兵士達への砲撃が止まらない。火箭一斉射撃後には一時大人しくはなったが、増援でも到着したのかまた激しくなる。
こちらも何の手段も講じていないわけではない。移動した野戦砲兵が前線に到着し、グラスト術使い隊が魔術によって強化した氷上で砲撃を開始。曲射にて長城越えに砲弾を送り出し、その向こう側にいる敵砲兵を攻撃する。始めは戦場の賑やかし程度に思えたが、後方の気球観測部隊との電信という、術道具のような装置を使っての通信が始まってからは敵の砲撃が減る。
電信。旗や光を使った信号通信のように、電気というものが通る通らないを利用して短音長音を繰り返して信号とし、通信員が言語に起こして砲兵に伝えている。術ではない証拠か、電気を通すために線を引っ張っているが、やはり良く分からない。これが西の果てから東の果てまでやってきた者達と我々の差か? 喋る動物程度にしか今まで思っていなかった小人共がそのような技術を扱っていることにも驚きを禁じ得ない。
その小人共が、我がユンハル軍の背後に横隊整列、手に小銃を持って待機し始めた。
更に老兵、傷病兵達が出て来た。我々のような新参者達ではない古参ばかり。腕が足りなければ片手で扱える刀や拳銃を持ち、両腕が無ければ旗指物をして背負い鞄に爆薬を詰めて自爆攻撃に備える。脚が無ければ橇で引いて貰い、座ったまま銃や弓を使う心算の不具者が目立つ。あんなものが予備兵力だ。主に、突撃する我々が後退する時に殿部隊として投入される予定だと聞いている。
長く生きる体力がない傷病兵はここで最期に戦って死ぬ。無理に故郷へ戻る体力が無い老兵もここで最期に戦って死ぬ。疲れ果て、役立たずになって惨めに死ぬよりここで名誉の戦死を遂げる方が幸せという考えらしい。理解出来るが、本当にそれを戦法に組み込むとは帝国連邦の戦争への情熱と合理性のおかしな組み合わせが感じられる。個人的には死ぬにしてもああはなりたくない。
出番がやってきた。ベルリク=カラバザルの妹、祈祷師みたいな恰好と化粧をした総統秘書アクファルが血塗れになってやってきた。その一挙一動は健常のもの。全て返り血と物語っている。
「総統閣下よりユンハル王イランフ様へ伝言です。出ろ、以上です」
「出ろ……」
「説明、必要ですか」
「いや、いや! 結構」
背後にいる小人の横隊が楽し気に短く歌った。言葉の意味は分からないが、背筋に冬の寒さ以外のものが走る。
「あれは」
「秩序を守るよ憲兵隊、逃亡兵をぶっ殺せ、です。そのようにしますので、後は彼等にお任せを」
「なるほど」
自己保身に走るな。
「全軍前進!」
角笛を吹かせ、下馬したユンハル軍全員を前進させる。太鼓が鳴らされる。
ユンハル兵一人一人の命を守ろうと思うな。
「長城を越えろ!」
ベルリク=カラバザルは怪物だ。帝国連邦軍は殺戮する歯車だ
「死んでも進め!」
意に反してはならない。反抗するような力があれば別だがそんなものは有りはしないぞ。
全員が防毒覆面を被って進む。後方に控える帝国連邦正規兵から譲り受けたものだ。寒さで始めは感じなかったが、吐息の熱で蒸し戻ったか他人の臭いがする。
氷上を渡り、川岸に近づけば杭が少し頭を出している。船を上陸させないための物だが今はあまり意味が無い。ただここで転んで杭に刺さって死んだ者も見かける。
砲弾で穿られた痕だらけの対岸に上陸した。敵の遠隔爆破地雷もあったのだろうか?
死体を踏み、金茨に被せられた死体も踏みつけて進み、斜面を上り、塹壕へ降りる。降りて背後から寒気、覗き窓だ。中には敵の死体と武器が転がっている。
梯子か、死体や壁面を補強していた木材で作った応急階段で登って塹壕を越える。
越えた目の前には半地下の銃眼。あそこから撃たれてどれだけ死んだだろう。
銃眼を掘り返して上半身を突っ込んで死んでいる者がいて、突入に失敗したらしい。中から炸裂したように土と肉が噴き出た後も見える。突入が成功した後に自爆されたか?
始めは味方の死体だらけだったが、段々と敵の死体が増えていく。
砲撃で砲台や銃眼が相当数崩壊しているのが分かる。砲撃無しでは突入不可能だった。
更に坂道を梯子と応急階段を登って進む。土に半ば埋もれた砲台が砲撃で叩き潰されているところからが上りやすい。
崩れた砲台の奥、鋼鉄の扉で閉じられている。入れるのか? 目の前にある扉は歪んでいて開けられそうにないが、他の扉は突入しているのだろうか。地面の下から声や銃声が響いているような気がしなくもない。地下の戦いも続いている様子だ。
砲撃で崩れた長城、巨大な土塁の頂点へと到着する。
長城に一定間隔で置かれていた防御塔は瓦礫になって平らと化す。左右、破壊されていない、列車砲と重砲で叩かれている最中の長城側からは敵兵が増援に現れているものの、制圧されてまともに動けていない。砲撃が止まったら側面が危険に晒されるので一番先に突撃したブラツァン、ガムゲン、その他小数部族軍が守備配置についているのが見える。
頂点側から敵側を見る。敵味方の死体だらけの塹壕線が広がっている。砲撃痕だらけ、硫黄毒の煙が漂う。
金茨に死体を被せた足場が見えて、その塹壕第一線目にこちらの兵士が生きて、入っている。ユロン、シム、ガルハフト、マドルハイの兵達だ。防毒覆面着用なので小銃へ弾薬を装填する時は、薬包は噛み切らず、指で千切っている。それが面倒ならと弓矢が積極的に使われる。
射撃する相手、位置が高くなった塹壕第二線目に敵兵が有利な状態で並ぶ。塹壕で向かい合って撃ち合っている。
輿に乗っているユロン王が見えた。項垂れていてどうみても死んでいるが、死体でも旗印代わりになって激励している状態。
敵砲兵が更に第二線目より向こう側にいて、氷上から送られる野戦砲兵の砲撃を受けて数を減らしている最中だが、左右後方からやってくる増援が補充に当たる。際限が無いように見える。あの砲兵の増援が途切れればあの第二線目に屯する敵兵を砲撃で粉砕出来るのではないかと見えた。
長城の頂点から坂を下りる。川から上るより緩やか。土と木で作った階段もあり、大砲を引っ張っていけるような折り返しの坂道もある。
目立っている者がいる。狙い撃ちにされるような位置にいて「またかポンコツ!」と拳銃を投げ捨てては死体から銃を広い、敵へ向かって撃っている。
「お、良く来たな!」
防毒覆面の下で笑って、こちらに手を振るのは血泥塗れになったベルリク=カラバザル。その一挙一動は健常のもの。全て返り血と物語っている。
「いやぁ、持ってる武器全部撃ちまくって殴ってたら壊れちまってよ!」
自慢らしい。
「塹壕は一線目取った。二線目はあと一押し。そこを越えたら敵の砲兵陣地。ユンハルは押して、敵の砲兵全部殺せ。後は適当に捕虜取って目玉抉って放逐だな」
「はい……ユンハル、全軍突撃だ。合図!」
刀を振る。角笛が吹かれる。
『フールアー!』
我が兵士たちが喚声を上げた。
顔に土が掛かった。
■■■
……暑くて、うるさい。
「出ろ老いぼれ、死に損ない共! 最期の戦いだぁ、ぱぁっと死ねぇい!」
『ウォー!』『ホゥファー!』『フールアー!』
「うん?」
外が騒がしい。
外? 天井がある。布、天幕、冷たい風が無い。
「王よ、お目覚めか!」
天井代わりに視界を覆ったのは近従の老兵だ。
「塹壕の二線目は?」
「塹壕二線目、我らが兵が見事突破し、敵砲兵を撃退しましたぞ」
「本当か……もう終わりか?」
「敵の逆襲部隊が続々到着し、今は撤退戦に入っています。列車砲、重砲は弾薬切れ、野戦砲は撤退している最中です。総統が撤退指示を出されました」
「じゃあ?」
「後は撤退する部隊を支援するだけです。既に声を聞かれましたか? 予備の老兵や傷病兵達が今出撃しました。最期に死んで華となるようですな」
「そうか」
「さあ、我々も戻りましょう。まだ残っている兵を鼓舞しなくては。疲れて逃げる気力も底をつき始めています」
「ああ」
近従が自分をまるで子供のように抱えようとする。何だ、そんなこと……?
立とうと思って、応えが無い。脚が無かった。丸く、包帯で巻かれた先が無い。膝は、変に曲がってるだけじゃないのか!?
「あッあぁ!?」
足どこだ!
「治療の術で塞がってます! 死にはしません!」
振れば隠れているのが出て来るか? 出る? 足が!?
「動揺されるな! 座っているだけで良いのです。ユロン王が好例を、見たでしょう、輿に乗っているだけで良いのです。我々が担ぎます。最期を飾りましょう」
「いーやだ!」
こんな、ごみ捨てのような戦いで死にたくない!
「ユンハルの名誉が、騒がれては、名折れですぞ! ええい」
近従の手首が喉に乗る。押し退けようと手を、手が無い!
「私も後から一緒に死にますゆえ、お許しください」
こんなところで……。
「うぐっ」
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