第329話「カギ海戦」 シゲヒロ

 東大洋艦隊主導の作戦にファスラ艦隊は参加する。予定通りに行けば決戦に至り、成功すれば労農一揆勢が今年の冬を比較的安心して乗り越えられる。それだけを見れば得られるものは少ない。本命は時間稼ぎである。クイム島の兵器工廠が本格稼働し、アマナ人兵士がただの雑兵ではなく正規兵として訓練される体制が整うまで時間を得るのだ。装備が整った正規軍を定期的に定量供給出来るようになれば、あとは戦闘可能人口が枯渇した方が負けである。兵器で勝る現状ならば殺傷効率にて、人口に劣る労農一揆でも血塗れの果てに勝利が見えている。そしてある程度優勢に傾いた時、つい最近下ったばかりのマザキ勢筆頭にいつまでも同じ旗の下にいるかとなれば大いに疑問が生じる。そこに妥協案までも盛り込まれればどれだけの者達が心を不動にしていられようか。

 軍全体ではなく、艦隊としての目的はクモイ沿岸の制海権確保からのクモイ攻防戦の補助である。制海権を確保すれば、クモイ攻略を企図する鎮護軍に対して沿岸部からいつでもどこにでも上陸作戦にて横撃を加えられる。またアマナ海側からの海上補給を断って有利に戦いが進められる。

 今、陸戦で考えられているのは大侵攻ではなく大間引きだ。特に鎮護軍の中でも中核となるクモイ軍にトマイ僧兵軍の影響力が減じられれば更に良い。そうすれば寄せ集めの、武力制圧で軍門に下らせられた者達が自意識を取り戻して好き勝手やり始める。戦力の破壊は当然ながら、目指すは指揮統制の破壊。どちらも狙っている内にただの消耗戦になるかもしれない。そこは陸軍が考えることだ。

 陸上作戦の援護が主体であるため、天政艦隊がクモイ沿岸隣接海域より外へ移動し、脅威とならなくなったら積極的に撃破する必要は無いということになる。ただし、天政はランマルカに比べて遥かに艦隊を補充出来る能力が高い。単純に本土が近くに存在するからだ。こちらも間引きに一度大打撃を与えておかないと兵器に勝る東大洋艦隊でも手のつけられない程に規模が拡大する。熟練船員を海に沈め、新米船員を教導出来る者が減れば減るほど拡大計画は遅れる。

 総合して、陸海の陣取りはさて置き、まずは敵戦力の消耗を狙う。何を企むにおいても相手の指を圧し折っておくことが先決だろう。

 アマナ各地に潜伏する革命派の情報により、マザキ港には東洋艦隊主力が、非戦闘艦合わせて四十隻近く結集していると確認された。

 別地域からの情報では、マダツ海には陸上部隊を各地に東洋艦隊に続いて分散上陸させていた南洋艦隊主力が、作業を終えて海域を離脱したそうだ。離脱後、西回りに動くか東回りに動くかまでは確定されていない。

 その南洋艦隊の総隻数は大規模輸送船団を伴って百隻を優に越える。戦闘艦と非戦闘艦の判別は叶わなかったそうだが、確かな戦力であることに違いはない。

 南洋艦隊がアマナ本島西回り航路を取るならマザキ沖を通り、東洋艦隊と合流し、圧倒的物量で東大洋艦隊に対抗してくると考えられる。クモイ沿岸を確保し、クモイ本城奪還作戦に向けて動く自信を持てる規模になる。鎮護将軍の本拠が占拠されるという面目丸潰れの状況を打開しなければ求心力も危ういので、部外者が考えるより鎮護軍は窮状に考えている。権威を軽んじない天政の者なら同情、協力するだろう。

 艦隊分散は海上決戦での敗北要素であり、このような艦隊合流はまず念頭にあるはず。あの龍鯨の能力に圧倒的な自信があれば別行動も有り得るが、あちらもあの化け物の実戦投入は我々に差し向けたのが最初で最新程度と考えられる。東大洋艦隊への龍鯨被害報告は無く、行方不明艦もいないのでほぼ確実。であるから東洋、南洋連合艦隊に加えて龍鯨とその補助艦隊が合流して決戦に備えている可能性が一番に高い。

 一方、南洋艦隊が東回りに動く場合はネヤハタに対する艦砲射撃と上陸作戦が考えられる。北はクモイ本城、中央は山中のヒシト寺、南は大都市ネヤハタを中心に東西アマナは戦線が停滞している。クモイ本城の防備はランマルカ妖精の部隊も加わり、装備が良く配備されていて鉄壁に見える。一度跳ね返しているので再度攻めることに大きな抵抗感があってもおかしくはない。

 南洋軍がネヤハタ西側に分散状態とはいえ確かな物量を確保した上で陸上部隊を展開したことが確認されているから、その勢いに勇気づけられた南部諸侯軍も加えての攻勢は有り得る。ネヤハタはクモイ程に、戦線はアタラ川を挟んでいるとはいえ鉄壁ではない。一旦クモイ方面では、鎮護将軍の面子はさて置いて守勢に徹するという作戦は以前までの常識が覆って久しいと考えれば有効である。権威の象徴が将軍閣下より山の大僧正猊下に移っている時期でもあるので従来の鎮護将軍第一の思想に拘ってはいけない。

 加えて東洋艦隊も南へ移動して南洋艦隊合流、ネヤハタ攻撃に参加する可能性は捨て切れない。東大洋艦隊の襲撃を警戒して艦隊の分散を避けるため、多少はネヤハタ攻略作戦に対して隻数が過剰でも艦隊を集中することは適切な用心の範囲内。だから可能性はある。またこの場合、ネヤハタ攻撃以後に展開出来る作戦がある。クイム島のシナカマリ封鎖だ。ランマルカ本国からの増援艦隊が存在すれば寄港が阻止出来る。新大陸方面から遥々やってきた者達に陸で休ませないとなれば疲労、負担は酷いものとなる。また位置的に東大洋艦隊への合流が阻止出来る。こうなると艦隊各個撃破は不可能ではない。

 今の東大洋艦隊にはネヤハタ攻略作戦が発動された場合にどうこうする余力は無い。クモイ本城から行う大間引き作戦が敵の攻勢、防勢に拘わらず計画されており、増援に到着したクイム共和国軍は既にその準備をしている。であるからクモイ沿岸部の確保が最優先だ。それに冬が明けるまでこちらへ到来する増援艦隊は存在しないのでこちらは艦隊各個撃破を憂う必要が無い。であるから天政の連合艦隊は北回りに行動しているという前提で動く。もし違うのであればクモイ本城からの攻勢を敵に邪魔されずに進めるだけだ。ネヤハタが陥落するようであれば……それは陸軍が考えることか。

 ファスラ艦隊、兄弟艦は今作戦に向けてそれぞれ機関銃や新式艦砲、そして新兵器である敷設機雷を受領し、取り扱い説明を受けた。我々は信用し難い傭兵のような連中だが彼等は遠慮しなかった。

 聞きも見も慣れぬ機雷という兵器は球形の大型爆弾で、海に落せば波間に一部が露出する程度の浮力が確保されている。角のような触覚が複数あり、これが何かにぶつかって折れると信管が起動して爆薬に着火する触発式だ。砲弾より遥かに多くの火薬が搭載出来る上に脆弱な喫水線下を狙えるので巨大戦艦であろうとも一撃で撃沈出来る威力がある。そしてこれに綱と錨を繋いで海に落せば劣化して故障するまで一か所に留めて置ける。地雷原ならぬ機雷原が海上に展開出来る。敵が通過する場所に仕掛ければ遠くから眺めているだけで艦隊を吹き飛ばせる。そして、機雷があると疑心暗鬼にさせれば動きを止められる。港や水道に敷設すれば停泊中の艦隊を麻痺させることも出来る。それから焼き討ち船を、風向海流を見定めて流すようにも使えるだろう。寿命が割りと長いので戦後にも問題を起こしそうだが、そんなことを気にしていては戦争などやっていられない。

 足で踏んだら起爆する対人地雷を少し前に見たばかりだ。それがちょっと形を変えただけ。驚きはしない。勿論、敵には回したくない。

 機雷取り扱いの指導官はあの自分に懐いていたハッド妖精だった。

「爆裂睾丸直撃流産講座!」

 と言ってから始めるものだからどう兄弟艦の連中に通訳してやろうかと悩んだ。船は女、船員は子供と考えればそのままなので直訳した。なるほど、と皆は納得していた。


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 ファスラ艦隊はロウサ湾より東、本島より北沖のカギ島間に形成されるカギ海峡を東から西へ抜ける。東大洋艦隊とは別行動だ。得意が違うのであえて分散行動を取る。

 先頭に拿捕装甲艦を行かせ、敵艦と同型艦という特徴を生かして目を少しでも欺いてこちらに有利な状況が作れるようにしておく。鋼鉄装甲板を備えて耐久力もあるので被害担当も務める。木造船では炸裂する榴弾を食らうと一撃で轟沈しかねないので任せるしかない。

 我々の行動目的は、まず敵艦隊を発見したら陽動、かく乱をかけて弱体化させ、可能ならば足止めもしつつ東大洋艦隊へ通報し、決戦場へ誘う事。そして発見出来なかったら敵がアマナ西側で利用するであろうマザキ港を封鎖するために機雷を敷設して来ることにある。マザキに何れかの艦隊が寄港していた場合の効力は中々のものになるだろう。

 東大洋艦隊は隠匿機動のためアマナ海外洋へ一旦出ている。外洋は待ち伏せが困難なので龍鯨遭遇率は極めて低い。一応こちらが作成指導した爆雷を装備しているが、龍鯨はおろか水竜との戦闘経験も無い彼等である。可能なら一番にあの化け物と戦い、そして仕留めるのは我々であることが望ましい。行動を分け、龍鯨遭遇確率の高い近海浅瀬側を我々が航行しているのもそれが理由だ。

 龍鯨は能力的にも海底が深海のような場所での待ち伏せは不可能と見られる。幾ら海洋生物とはいえ分厚い海水の壁は視覚、嗅覚、聴覚を遮るもので、海底に着底もせずに待ち続けることは無限の体力を要求され、尚且つ胃袋も持たない。水竜も浅瀬でしか狩りをしない。龍鯨は色々と規格外の存在だが、自然の摂理と比較すれば水竜と龍鯨の違いはほとんど無い。むしろ子水竜の群れと合同狩猟をしないだけ劣った存在とも言える。何頭あちらが飼っているのかも定かではないが、広い外洋へ無数に散開させるだけの数がいるわけではないだろう。

 カギ海峡を抜ける直前、西方、前方に敵艦三隻の小艦隊が存在することを見張り台の監視員が発見する。現在の天政軍艦にありがちだが、同型艦ばかりなので個艦の見分けが付かない。そしてその雰囲気を察するに龍鯨の補助艦隊である。これは完全に熟練船員達の勘なのだが、船上での船員達の立ち振る舞い、薫る雰囲気が尋常ではないとのことだ。挙動不審とも言えそうでやはり微妙に違う。とにかく何か変、である。加えて単純に三隻の小艦隊だけで危険水域にて、隠密を意図するでもなく単独行動している果敢さが物的証拠だろう。

 敵艦三隻は舷側をファスラ艦隊に向け、有効射程距離限界かそれを越えて当たらぬ艦砲射撃をしてきた。まずは小手先に距離感を計る心算か?

 龍鯨艦隊であると何となく見当がついたので各兄弟艦に龍鯨接近の警報を旗信号で出そうとしたら遅かった。

 兄弟艦の内、中型の木造帆船が、海底から突き上げる龍鯨の体当たりを受けて一瞬海面より浮き、自重と衝撃で竜骨を圧し折られて真っ二つに割れて撃沈される。

 先頭の装甲艦が狙われなかったのは拿捕艦だから、友軍と見分けがつかなかったからかもしれない。

 あの敵艦の当たらぬ艦砲射撃は大体着弾位置にいる敵艦に向けて体当たりをしろ、という信号だったかもしれない。

 敵艦三隻は高みの見物をするでもなく、隊列を整えて直進運動に入る。たった三隻でもファスラ艦隊、減って今九隻となったが十分に相手取れると見たらしい。舷側を並べ合って砲打撃戦を望む様子。互いに擦れ違うまでに一体何隻が龍鯨に撃沈されるか見物とでも思っているのだろう。

 頭領がヘリューファちゃんに乗って龍鯨に秘術式高熱短剣を刺そうかと窺うが、周囲の波間には龍人、情報に寄れば蛇龍と呼ばれる水中活動が得意な黒い蛇か鰐のような化け物がうようよしていることが確認出来る。今は龍鯨が撃沈した船からこぼれた溺者に止めを刺して回っているだけだが、頭領が海に出れば大挙して取り囲むだろう。あの数相手に達人ファスラと言えど水中戦では勝ち目が無い。

 波間に見える龍人を狭間銃で狙ってみるが、船と波の揺れに加えて潜ったり現れたり、ずっと潜ったままどこかへ行ったりとまるで狙い撃てる様子ではなかった。皆も敵と見て銃撃を仕掛けるが当てられるものではない。爆雷を撒いて手当たり次第に攻撃しても大した効果が望めそうにない散開隊形でもある。

 そうしている内に海上まで揺らす衝撃。また木造の兄弟艦が激震を受け、同時に大きく回頭して船体が割れ、折れ歪んで悲鳴を上げる音を立てつつも合図の信号旗を傾く船体から昇らせていた。

 考えた奴は馬鹿で、実行した奴も相当な馬鹿で、生き残った者達には語り継ぐ義務がある。その技は船底白刃取り。龍鯨に角で船底を貫かれた直後に急転舵し、船を犠牲に捕まえるのだ。

 どうせ一方的に撃沈されるくらいならば一矢報いた方が気持ち良いし格好が良い。

「聞けお前ら! 角折ったぞぉ!」

 沈みつつある兄弟艦の船長が大声で叫ぶ。歓声が飛ぶ。これから撃沈される船から発せられたとは思えない明るい声が響く。

 このくらい、やってやると肚が座っているのがファスラ艦隊だ。

 こうなったら各船急回頭、沈みつつある兄弟艦へ寄って集り、浅深度から深深度双方の深度調節を数種類混ぜた爆雷の導火線に点火し、一斉に投下する。

「死ね糞がぁ!」

「イヤッハー!」

 脱出した溺者へ巻き添え被害が出るが、あの化け物を逃がすより良い。兄弟艦総員で、救助より仇討ちを優先すると決意しているのだ。

 爆雷の起爆激しく、浅い深度から高い水柱、深い深度から低い水柱が立って人を殺しただけでは染まりようがないほどの赤に海が染まる。海水だけではなく生臭い血が甲板に降って跳ねて帆に染みる。

 これはかなり危険な攻撃だ。皆覚悟を決めてはいたが一隻、爆雷の調整を間違えて自爆して弾薬にまで誘爆、甲板に索具、帆を焼いて吹き飛ばして炎上を始めた。燃える残骸が飛び散り、一部他船の帆に甲板を焼き、船員の頭を割る。一緒に降って来た肉片が甲板に脂がこびりついて踏んで転倒する者もいる。

 これで三隻損失。しかしファスラ艦隊、これでビビる金玉をぶら下げていない。我々ぐらいなら龍鯨艦隊単独で相手になると高を括ったか?

 無傷の拿捕装甲艦を先頭に、龍鯨艦隊との砲打撃戦に備えて隊列を組み直すように旗信号で兄弟艦に告げる。溺者救助だが、龍人に蛇龍がうようよしている海上で出来るわけがない。小銃、狭間銃、抱え大筒、機関銃、旋回砲で掃射するがあまり効果は無い。奴等は水中に潜り、水面下から溺者を殺している。

 艦隊列を組んでいる最中に、ファルマンの魔王号の船縁に次々と鉤が引っかかり、そして海面から一跳びで矛槍を持つ龍人が移乗してくる。その矛槍、一振りでまとめて二人、三人と首に腕どころか胸も砕いて飛び散らせる。

 舷側に刃に爪を立て、甲冑を着た龍人に加えて蛇龍も蜥蜴のように登って移乗してくる。人魚かこいつら、気色悪い。

 狭間銃で甲板の上、甲冑装備の龍人の兜を狙い、撃つ。穴が開いて顔から血と骨片を噴き出して倒れる。

 仲間達が小銃、拳銃を持って、距離を取って撃つ。槍に刀で掛かって敵う相手ではないことは皆、承知している。滑稽なぐらいに走って逃げ回り、相手が追っている間に背後から撃って殺す。

 甲冑装備の龍人相手に銃撃が効かない。狭間銃で甲冑に穴を開ける、抱え大筒で粉砕するのが良い。鉤縄を投げて引っ掛け、複数で引いて捕まえ、脚を槍で払って動きを止め、小銃の銃口を兜の隙間、目のところへ突っ込んで目玉越しの脳みそを潰す方法もある。

 蛇龍は姿勢が蛇か蜥蜴のように低い上に這い回りが早く、不気味な姿で海の勇者気取りの仲間達でも悲鳴を上げ、腰が抜けてしまって噛み付き、引っ掻きの一撃で身体の一部を飛ばされて殺される。

 他所の兄弟艦に龍人が移乗している様子は無い。我々が旗艦であると見抜き、首狩りを狙っているのだ。まあ、開戦前から因縁のある有名なお尋ね者だったので真っ先に狙われる心当たりはたくさんある。

 機関銃が船の外ではなく内側に向けられる。船上の戦いが乱戦になれば誤射くらいは良くあるが、これは……名案だ。

「伏せろ!」

 機関銃が己の甲板上に向けられて唸る。龍人とその甲冑に帆柱を穿ち、綱を時に切り飛ばす。そして海からやってくる新手の龍人に機関銃手が掴まれて海に放り込まれた。

 こんな時に頼りになる頭領だが、後甲板、舵輪近辺にて幹部狙いに首狩りをしに来た異形の龍人相手に戦いを続けている。既に艦長マーシム以下航海長に舵長等は巻き込まれたら死ぬと退避し、拳銃を持って支援射撃をしようかと眺め、両者の激しい攻防にその隙は無いと諦めている。

 異形の龍人は甲冑を身に着け、脚が獣みたいに爪先立ちであり、尻尾が生えている。強力な新種の上に拳法の達人めいた動きをしており、頭領に加勢しようとした仲間は拳の一撃で蹴飛ばした球のように海まで吹っ飛び、蹴りの一撃で胴体すら千切れて内臓をぶち撒けていた。強すぎだろ……あれは頭領に任せるしかない。

 船上の乱戦で操帆も操舵も麻痺し、ファルマンの魔王号は艦隊列から外れて動いているが、その間に残る兄弟艦七隻は隊列を組んで敵艦三隻との砲戦を始めている。

 同型の装甲艦同士で、砲弾で火花散らして装甲板を剥がし合い、木造帆船となれば玩具のように穴が開いて構造物が砕けて散って中身を露出し、火災となり、肉片になった船員を曝け出す。数で圧倒しているので劣勢ではないが、木造船の頼りなさが目立つ。

 船首側を覗いた仲間が「船首に杭打ってやがる!」と言って小銃射撃を直下に放って「効かねぇ!」と叫んでいる。

「来い!」

「ほいよ!」

 イスカがついてくるかどうかなど、後ろを向いての確認は不要。どんな動きでもついてくる。

 檣楼から索具伝い、綱渡りに走って降り「上から行くぞ!」と龍人と血塗れに戦っている仲間が声で退いたところへ飛び降り、狭間銃を投げ、甲板に転がって血塗れの砂に服に擦り付けつつ受け身に着地してから狭間銃を受け止める。

 イスカは飛び降り奇襲で龍人の頭を踏みながら鴨足拳銃を首筋に付けて撃ち込んで首を一つ落としていた。

 頭領が異形龍人を舵輪から離したようで、甲板中央まで誘導して来ていた。乱戦が更に混乱しようかという様相だったが、龍人同士の同士討ちを避けようとする動きを利用して立ち回り、素面の癖に異形ではない方の龍人の顔にゲロを鋭く目潰しに吹き掛け、怯ませた隙に刀で目から脳髄へと突き刺すなど勝利への道を築きつつあった。

 臭いが流れて来て胸が悪くなるほど臭い。酒や食い物が混じっていない胃液そのものの悪臭。下劣な卑怯技である。しかし強い。

 艦内から強烈な衝撃、甲板が膨れたような、至るところから船材が軋みを上げた。中に進入した龍人用砲術に、火薬量を増やした空包射撃が考案されている。弾が無くても爆風で身体を千切る威力があるので使ったのだろう。

 甲板の下から、耳を抑えて聞こえていないような仲間が「船首から浸水!」と伝令に叫ぶ。

 船首まで走り下を覗けば、甲冑の龍人が船首喫水線下に杭を組んだ両手で打ち込んでいる。槌の一つもないのかと思ったが、十分に打ち込まれている。

「綱!」

「ほい!」

 イスカが予備の綱を適当に切って寄越した。それを腰に回して結び、船首桁の索具留めに結び、逆さ吊りに落ちて足で船首桁裏に立つ。良く狙い、兜被りの龍人の頭を撃つ。反動は足をずらして宙に放り投げられるように多少浮いて、戻った時に足場を失わないよう綱を突っ張り、船首桁裏を再度踏む。

 血を流して船首が掻き分ける波にのまれて消える龍人が見えた。

 これで終わったと思いきや、蛇龍が顔を出して挿した杭に噛み付き、首を振る。抜く気か!

 大きく振って狭間銃を甲板の上に投げる。イスカなら取る。

「もう一発!」

「はいはい!」

 イスカの装填は遅くない。しかし、目の前でガジガジと鳴らしながら杭を抜いて致命的な破孔を作って船を沈めようとする化け物を前にすれば……。

「チンポ!」

 投げ落とされた狭間銃を掴み、もう一発。蛇龍の頭を粉砕。同じく波に揉まれて消える。

 大きく振って狭間銃を甲板の上に投げ、船首桁の上へ。

 狭間銃が甲板に転がっていて、イスカが蛇龍へ手を叩いて「ほれほれ!」と挑発し、手を伸ばして噛み付く寸前で手を引き、その隙を見て仲間が皆で銃撃集中、弱ったところで目や口、銃創に槍を突っ込んで抉って止めを刺す。

 龍人の数は大分減ってきた。甲板に巻いた砂は血に染まって、蹴散らされてあちこち山になったり薄くなったりしている。

 あの異形龍人、まだ健在である。頭領が長らく相手取り、全く互いに傷も無い。達人の刀捌きも鎧で弾き、短剣投げも同様。含み針すら見切っている様子。ゲロ吐きも避けたか、甲冑に汚いのが付いている。

 頭領を支援しようと小銃を構えても相手はそれが分かっているようで友軍誤射を誘導するような位置取りをし、頭領との戦いの流れ次いでに蹴り殺すなど、全く手がつけられない。一度頭領に距離をとって貰うのが良さそうに見えたが、そうするとあっという間に何十人と蹴り殺される気迫があって、おそらくそういう演出をしている。

 そして達人同士の戦いの中、頭領はさっと己のズボンの尻の部分を刀で裂く。あれをやるのだ。

 手を尻に当て、取り上げた物を異形龍人に見せる。異相の龍人、兜越しにも分かる程に顔をしかめる。殺し合っている相手が人間なのだなと分かってしまう。

 ウンコだ。ファルマンの魔王号の船員以外ならば信じられないような顔をするだろう。

 死戦の最中ひり出した――良く出るな――糞を片手に握り込んだ頭領相手に異形龍人は無駄に気を取られ、動きが悪くなり、そして刀の斬撃を避ける過程で隙を見せ、まだ出るのかと感心しそうになるゲロを鋭く吹いて避けられ、その動きを読んだ位置、鼻の穴に糞が音を立てるほど高速に撃ち込まれる。丁度息を吸い込んだ時のようで、思わず目を瞑り、強い勢いで気道に入ったようで嫌で堪らぬと咽せ、咳き込み首を振った。隙有りである。

 頭領が糞のついた手で鞘を腰帯から抜き、落とし、それが倒れる前に踏んで高く跳躍して宙返り、異形龍人の背後に背を向けて着地。相手の腰より腰を低くし、逆手に相手を背負うよう刃で押し上げ、その体重を利用する。狙い目は股座の鎖帷子の繋ぎ目。ケツの穴から達人ファスラが入れ辛い長刀を刃が見えなくなるまで深く押し上げ刺し込んだ。肛門直腸、大小腸に胃袋を抜けて達するは心臓か? 肺か?

 知っているカザイ流の背合逆手刺しならこれをやり易い短刀で、飛び跳ねずに背後から攻めかかって来た者に対して背中で体当たり、攻撃を避けて肋骨下を狙って行うが、それの応用だ。盲状態でも出鱈目に正面へ繰り出されれば一撃死も、刀弾きもある拳足を避けて跳躍背面取り、化け物を確実に仕留める長い刃渡りの得物を選択した。ゲロ、糞、跳躍、ケツ刺し、全て正解の道を辿っている。

 異形龍人、それでも立ったまま生きているが身体へ正に鉄骨が入ったかのように背筋を伸ばして動けなくなる。身体を動かそうものなら仕込まれた刃に更に体内を切り裂かれることは、貫かれても容易に死なぬ異形の身を持って正に知っている最中だ。

 呼吸は――糞の付いた顔で――している。血を咳き込まないのは肺に刺さっていないから。やはり達人ファスラならば心臓まで狙って刺したと思う。

「カザイ流秘奥義、裏取り逆手一輪挿し。これがあんたを仕留めた技だ」

 異形龍人がファスラに打撃を食らわせようと動き、電撃が走ったかのように倒れる。体内の致命箇所が幾つも切断されたのだ。

 しかし我々は単純な人型と戦ってばかりであったと自覚させられた。倒れ際、異形龍人が尾を振って頭領の脚を打った。骨の折れる音がした。頭領は痛がる風もなく、脛から関節が一つ増えた脚を上げ、片足立ちで勝者のように立ち続けた。

 止めにと仲間達が小銃で異形龍人の目を狙って銃撃を何発も行う。

「こういう日もある」

 涼し気に言う頭領。何か恰好付けてるがあの男、糞を真剣勝負中に人の顔へ投げつけているのだ。勿論ウンコ臭い。その辺で死んだり重傷を負ったりビビったりしている奴等が糞に小便を尻だけではなく腹から出した腸からも漏らしているのでウンコ臭いは今更ではあるが。

「ジージ、さっきのウンコは?」

「ファスラ流秘奥義、糞礫。開けた口か息を吸う時を狙って鼻の穴を狙う。可能なら相手にこれが明確に汚くて臭いウンコだと確認させる。ウンコより遥かに毒性の強い物なんかこの世にいくらでもあるが、目の前で人間のおっさんがひり出した糞以上に嫌な物はほとんどない。これで怯まない奴はいねぇだろうな」

「そうなんだ! すげぇ」

 いや、凄いけど。

「イスカは真似するなよ」

「え、ご褒美になっちゃう?」

「アホ」

 隊列を並べて行った両艦隊の砲撃戦、これ以上の撃沈艦を出さず、龍鯨艦隊の撤退で幕を閉じた。龍鯨だが、砲戦や龍人による移乗攻撃の混乱の最中で完全に見失う。退路を教えるように流血が見られたが海中深くとなれば追うことも出来なかった。

 ヘリューファちゃんに追わせればという考えは安易。あんな可愛い子に龍人とか蛇龍とか気色悪い連中がうようよしているところを泳がせるなんて人の考えることじゃない!


■■■


 ファスラ艦隊は残り七隻となった。そして沈没していないだけで大破した船、帆柱が折れて修理に長時間かかる船は放棄。船員と爆雷、機雷を移譲する。拿捕装甲艦が装甲板を脱落させ、多少損傷してもまだ健在なのは目に見えて分かる理由がある。ファルマンの魔王号も、作戦が終わっても浮かんでいれば装甲を施すか、報酬を頭金に装甲艦を新造させる必要があるかもしれない。蒸気機関は石炭補給が難しいので帆走型のままだろう。

 残り四隻、損傷個所を修理しながらの帆走を開始。

 カギ海峡を抜け、空のロウサ湾を左に見て通過し、南へ取り舵。既に鎮護軍へと下ったというマザキへ向かおうとしたが、その前に大艦隊を発見する。様子見をしながら遠巻きに偵察するに、単純に前に見た時より倍の数になっている。凡そ戦艦だけでも六十隻超というとんでもない隻数。正面から東大洋艦隊とぶつかる心算で東洋、南洋の連合艦隊が合流してクモイ沿岸部を目指していると見て良いだろう。

 今の艦隊で陽動が出来れば良いが、選択肢が二つある。

 一つ目は、挑発に遠距離から艦砲射撃を仕掛け、少しでも敵連合艦隊を分散させるよう誘導する。東大洋艦隊へ通報に一隻行かせるとして、確実に数的優位を確保して仕留めに来るという希望的観測に基づけば六隻程度を引き離せる。あまり効果的には感じられない。先程の龍鯨艦隊もあの連合艦隊に合流し、こちらの状態を報告している可能性が極めて大きいことも考えれば、生半ではない痛手を負っているとバレてしまっている。

 だから二つ目を選択した。

 全速力で四隻は回頭して後退。敵は艦隊列を崩すことなく追撃に軍艦も派遣して来なかった。陽動になぞ掛からない、艦隊を結集したまま決戦に臨んでやるという意志を感じた。

 東大洋艦隊へ通報に出す兄弟艦は、損傷こそしたが帆走に問題が無い木造の小型船。搭載している爆雷、機雷に艦砲、操船に不要な船員まで補充に残る三隻へ移乗して身軽にさせた。

 戦力比一対二十以上。それでもやってやれるのがファスラ艦隊というところを見せてやろう。

 非常に楽しい。水竜の時と違って逃げようと思えば逃げられるのが、少し減点。もう既に龍人からの移乗攻撃が収束してしまったのも減点。凄いことをやってくれそうな頭領が負傷で船内待機なのも減点だが。

 因みに仕留めた龍人、蛇龍の骨はアラジ先生が見せびらかしように白骨加工している。折れた龍鯨の角だが、ヘリューファちゃんが沈降場所を確認してあるので作戦終了後に回収する予定。潮流に流れてしまわないように撃沈された船の錨と結んである。我々は格好つけることを最優先にしているため、これは作戦より優先して行った。


■■■


 東南龍鯨の敵連合艦隊、カギ島海峡を通過中。海峡東側、敵には待ち受けているように見える空の拿捕装甲艦を二隻浮かべてある。複数方向に投錨して位置を固定し、船舷を敵に向けてある。

 この状態で更に、焼き討ち筏もどきを放つ。火薬を積載し、導火線の調整で敵艦至近で炸裂するよう調整するのは難しい。長い艦隊列中に送り込むのだから、何の妨害も無ければ攻撃成功確率は高めかもしれないが、狙い目はそこではない。もっと確実性を取った。

 油を塗って火が点けられた残骸、ゴミを乗せた筏が黒煙を吐きながら敵連合艦隊へ向かった流れていく。そして敵艦、焼き討ち攻撃と見て発砲。艦首砲から砲弾が撃ち出されて筏の近くに着弾、海面を叩いて信管が作動して炸裂。命中弾無くとも筏が引っ繰り返る。また流れている内に焼けて結束が脆くなり、衝撃で分解する。

 これは煙幕筏、敵を混乱させるためにある。視界を塞ぎ、情報を遮断し、こちらの攻撃を理解不能にさせる準備の一つ。

 筏付近への敵砲弾の着弾の具合も利用して彼我距離を計算し、ファルマンの魔王号は新式艦砲にて命中弾を期待せずに空の拿捕装甲艦の後ろから艦砲射撃を開始する。煙幕で良く分からないが、たぶん当たっていない。海面を叩く音ぐらいは敵に送っているだろう。

 そしてカギ島からは装甲艦二隻から降りた陸戦部隊が築いた、森に隠れる砲台からの砲撃が始まる。あちらも煙幕を広範囲に焚き、発砲煙を隠すよう工夫をしている。

 敵連合艦隊は正面、左舷からの砲撃を受ける。そして応射。ファルマンの魔王号にまで敵の砲弾は届かない。空の装甲艦には命中弾がある。カギ島の陸戦部隊にはどうだろうか? 森と煙に隠れ、防御に優れる砲台を築いている。砲撃が集中すれば移動すれば良く、島自体は不沈戦艦であるから一方的なはずだ。

 海上の砲撃戦の戦果は無い。島と海の砲撃戦は多少の損害を与えあっているだろう。

 煙幕を掻き分け、前進してくる敵艦正面の姿が見えてくる。

 散々盾にしていた装甲艦二隻は弾薬を積んでいないので装甲板が脱落し、割れた木材を剥き出しにして火災が生じているものの誘爆もせずに浮かんでいる。しぶとい敵だと敵の砲撃が集中し、ファルマンの魔王号に向けて放たれる砲弾はわずか。敵艦が近づいて来る度に後退しているので常に有効射程外くらいに位置している。

 敵艦隊は隊列を乱さず、整然と、カギ島からの砲撃にも落ち着いて対処。遂には拿捕装甲艦二隻を損傷過多に陥らせて転覆させるに至る。

 敵は筏と装甲艦二隻分の残骸が浮かぶ海を、勝者のように堂々と掻き分けて進んで来る。

 先頭の敵艦、艦首から大爆発。水柱を立てて一気に行き脚が鈍る。そして進行方向から直接飲み込んでしまう急激な浸水が始まり、数十数える内に傾斜を始め、船員が甲板上に溢れて海中への飛び込みを始める。もう数十数える頃には転覆、沈降の渦に船員や残骸の一部が巻き込まれてる。

 これが機雷! 正に爆裂睾丸直撃流産といった様相。砲打撃戦をしなくても船を沈める方法は昔からあったが、この画期さは言葉にならない。

 島と海峡東側からの砲撃を続ける。海面が掻き回される。

 隊列を保つ精強な敵連合艦隊がまた艦首から触雷し、爆発を受けて艦首に穴を開けて船速に従い奔流となる浸水を飲み込んで傾き、船員が甲板上の道具と一緒に海へ飛び込んでいく。海に浮かぶ残骸が増える。波間に浮かぶ機雷が視認し辛くなる。

 敵は今、受けている機雷攻撃が何なのか理解出来ていないだろう。運悪く砲弾が直撃した程度にしか考えていないだろう。

 敵連合艦隊は突き進み、触雷が続く。数を減らしていく。信号が交わされ、溺者救助担当艦が割り与えられたようで停止を始める艦も見られる。彼等が守りたかった整然とした、艦隊決戦に臨む上では戦闘効率を高める艦隊列が乱れ始める。

 そろそろファルマンの魔王号も引き際となったので姿隠しの術を使って移動、カギ島の陰に隠れるように動く。

 去り際まで観察していが、遂に機雷へ、溺者救助に当たっていた龍人が気付き、そして手に取りやすい触覚に触れて爆発して吹っ飛んでいた。龍人の肝っ玉ならそれにも懲りず、機雷除去作業を始めることだろう。

 機雷の情報が各艦に知れ渡ると整然とした艦隊列の崩壊が目に見えて来る。一撃で撃沈してくる機雷を恐れて速度を落とすのは当然だが、それが各艦一斉に行われるわけではない。ましてや島の陸戦隊からの砲撃を受けている最中。的にならないよう機動するよう速度を上げて旋回までしている艦も混じる。命中弾を受け、指令を正確に受け取っていない艦もいる様子。煙幕を被って信号を見逃している者達も多いだろう。

 六十隻の大艦隊、一糸乱れず動けていない。東洋と南洋、そして龍鯨の艦隊でそれぞれ指揮系統も別だろう。こういうことになる。

 敵連合艦隊の後列に位置する艦が複数、カギ島へ接近し、猛烈な艦砲射撃を浴びせながら輸送艦からも陸戦部隊を揚陸し始めていた。

 陸戦部隊は機関銃を装備しているので陸上戦でも優位を確保くらい出来るだろう。引きつけが成功し続けるたびに敵艦の座礁確率も上がる。耐えて貰いたい。ファスラ艦隊と兄弟艦を組むというのは、こういうことをやらされるのである。組むのは頼める馬鹿しかいないのだ。

 それからカギ島には勢力としては大きくないが鎮護軍側についていると思われる武家政権が一つある。艦砲と機関銃があれば敵対しても勝てるだろうし、彼等にはアマナ語話者がいる兄弟艦の者達と、天政の言葉しか話せない者達のどちらが敵に見えるかは行く末が面白いところだ。


■■■


 ファルマンの魔王号はカギ島にある岬などの陰に隠れて行く手を眩ました後に、遠回りにまた近づいては様子見を繰り返して行っていた。

 そして時間が経過。西の彼方、水平線の向こう側に信号火箭が数発、炎色反応付きで打ち上がった。遠方から、伝言するように連続で上がっていた。そして敵連合艦隊の先頭集団が反転を始める。機雷とまぐれ当たりの砲撃を受けて航行困難になりつつもまだ戦闘可能な艦を、外輪型の蒸気艦で曳航する作業を始めたばかりなのにである。

 急を要する一大事と言えば、東大洋艦隊が敵連合艦隊の背面を取ったのだ。隊列を崩しそれを整える時間を奪ってやったことが確信出来る。ファルマンの魔王号対処、カギ島の陸戦部隊対処、機雷原除去、溺者救助、曳船作業にと一塊でありながら、各艦それぞれに作業を割り当ててしまった敵の、実質の分断が成功する。

 反転を始めた敵艦隊の先頭集団へ向かって前進、その尻へ砲撃を仕掛ける。敵艦隊を挟撃してやる。単独でも船が木造であろうとも艦砲は新式。舷側の砲列をこちらに向けない、ただの的のような敵艦へ接近し、有効弾を浴びせる。そうすると敵艦はこちらを無視できない。反撃に回頭を始めたらこちらは距離を取って逃げ、姿隠しの術で消える。そうしてこちらを見失った敵艦は東大洋艦隊に向けて回頭する。そうしたらまた近づいて砲撃する。

 こんなことの繰り返しを許すはずもなく、敵艦隊は五隻程度の軍艦を差し向けて来た。こうなれば最大速で逃げる。カギ島の北、沖に逃げてから西進して島を回って東大洋艦隊に合流する。

 おそらく、もう既に接触している可能性もあるが、血塗れ瀕死の龍鯨が最期の一暴れをするとなれば東大洋艦隊の最大戦力、超大型装甲帆走艦二隻に対してだろう。あの超巨大軍艦は格下を圧倒する海上要塞だ。艦砲で叩いた程度で沈む姿は想像出来ない。であれば龍鯨だろう。

 あの化け物を仕留めるのは我々の仕事だ。


■■■


 カギ島を西回りに行く。荒天にも阻まれず、距離は少々あったが順調。道中、偵察に出て操艦指示でも誤ったか捕捉され、上部構造物が完全に無くなっていた敵艦が一隻浮いていた。

 通報に向かわせた兄弟艦と先に合流し、先導して貰い、先頭集団が単縦陣を組む東大洋艦隊に合流する。

 我々が合流した時には既に艦隊決戦は始まっていた。

 装甲板が傷だらけの超大型装甲帆走艦が二隻、被害担当となり先頭になって突き進んでいた。装甲が厚く、船員が多く、艦砲が多く、弾薬も多く、背撃を受けながら隊列を再整列している敵連合艦隊の軍艦を次々と砲撃、爆発炎上させている。相手も装甲艦だが、発射量が単純に違う。次々と撃って装甲板を剥がし、砲弾が破って内部で爆発。弾薬に誘爆して内部から膨れ上がるように火炎を噴き出して残骸を飛散させる。

 その後ろを旗艦含む大型装甲蒸気帆走艦六隻が進み、撃ち漏らしや中破以下程度でまだ戦闘能力があり、舵機損傷や煙突破損で鈍足になっている敵艦に止めの一撃を丁寧に入れて撃沈していく。

 またその圧倒的な六隻の後から小回りの利く小型装甲帆走艦が各個、戦闘能力を喪失したり、応急修理に没頭せざるを得なくなったり、隊列整理から逸れて孤立していたり、慌てて操舵を誤って座礁している敵艦に狙いを澄まして弱い者虐めの要領で残敵掃討を行っている。

 榴弾の炸裂、装甲板の剥離、内側の木材が露出、火災。

 煙突の排煙、船上火災の炎、舞い上がる火の粉。

 大砲の砲煙、吐き出す炎、燃える火薬滓。

 砲弾が炸裂する炎と煙、金属が削り合う火花。

 脱落する帆桁、燃える帆、倒れる帆柱、沈みゆく船から海へ飛び込む船員達。

 海戦で荒れる海面に小船と残骸が浮かんで、救助作業が行われ、砲弾が海面に落ちてそれを無為にする。

 隊列整理ままならず、友軍を誤射しないように四苦八苦して操舵している敵艦の只中へ東大洋艦隊が突進し続ける。

 前方にも側方にも友軍艦がいないと確信している東大洋艦隊は船首、両舷の艦砲を迷いなく連射する。艦影あればとにかく撃ちまくれば良い。

 敵艦は前方にも側方にも後方にも友軍艦がうろうろし、何とかこちらの艦へ舷側を向けて、主力の艦砲列を向けようと努力する。努力を放棄し、艦尾艦首砲での砲撃を続ける艦もいた。そして向けたところで東大洋艦隊の隙間、艦本体の向こう側には友軍艦艇が存在する。狙い澄まして撃たねば同士討ちとなり、容易に撃ち放てない。そのように機会を待っている内に砲撃を受け、致命打を受けて弾薬に引火して爆発、連鎖して弾薬庫に至って爆発轟沈。煙が舞って視界を塞いでどこに敵がいて味方がいるか把握出来なくなる。艦隊列が整い、盲でも位置が分かる東大洋艦隊とは状況が違う。

 しかし敵艦の数推定六十隻超。非戦闘艦混じりとはいえ数でこちらを圧倒する。装甲艦ばかりで何発も砲弾を送り込まなければ戦闘不能に負い込めず、生物ではないから一部が損傷しても一部が生きていて応戦を止めない。一端撃破したと思ったら応急修理、火災の鎮火を終えて戦線復帰を果たすこともある。

 東大洋艦隊は圧倒的だが無傷ではない。装甲板が剥がれ、破孔が生じ、火災が起きて、帆走具に煙突が破壊されて足が鈍って突進に敵連合艦隊を突き破っていた単縦陣から脱落する艦も出て来る。そこで予備に待機していた中型装甲蒸気帆走艦が脱落艦に取りつき、綱で艦尾艦首を結んで蒸気機関の力で曳いて速力を復活させるが無限に予備待機しているわけではない。

 超大型装甲帆走艦の一隻が突如艦内で爆発連鎖、火柱を立て続けに艦首側から次々上げて遂に中央、弾薬庫に引火して大爆発を起こして船体を折り、沈没を始める。今まで海上では見なかったほどの火炎と残骸に、それに混じって跳び上がる妖精の船員達。凄まじい量の煙が艦隊列を覆う。側面装甲を破った? 砲門に直撃弾? 遠距離から撃った砲弾が甲板を突き破って弾薬に誘爆、連鎖爆発だろうか。敵艦にも幸運が舞い込むことがあるのだ。

 しかし流石は妖精の艦隊か、象徴的が巨大軍艦が一隻爆沈したところで全く戸惑う様子も見せず、隊列を保ったまま前進して砲撃を止めない。

 ただ敵はこれで勇気付けられたらしく、分かりやすく歓声も聞こえ、それから行動が大胆になる。友軍誤射が怖く、舷側を向ける暇も無いのならばと蒸気機関を積んだ敵艦が、東大洋艦隊の側面へ向けて突進を始める。煙突からの排煙が大きくなる。艦首にある衝角で相手の腹を破って撃沈を狙う突撃だ。

 咄嗟の、計画的に距離も取らずに行う衝角突撃は速度が乗らず、その突進する、迫って近づいて命中弾を浴びせやすくなってくる艦首に向けて艦砲射撃が集中。艦首崩壊、喫水線下に命中すればその破孔から突進の勢いを借りて海水を飲み込んで瞬く間に失速、大浸水から横転、そして沈没。

 しかしその衝角攻撃に臨む敵艦の数があまりに多い。即座に突進行動に移れる蒸気帆走艦だけならともかく、ただの帆走艦まで索具を砲火の中忙しく動かして艦首をランマルカの装甲艦の横腹に向け、艦首砲を撃ちながら風に従い、直進するでなく右に左に帆を操りながら突進してくる。そして大体の敵艦は艦首に集中砲撃を受けて、喫水線下に破孔が生じて浸水からの転覆となる。または艦首から艦内へと砲弾が走って弾薬に誘爆して爆発して操艦不能、走る勢いだけ減じながら残って時に衝突に成功し、ある時は友軍艦に衝突する。腹を破られた艦は足が鈍る。応急修理に追われ、復旧叶えば海水を鱈腹入れた状態で鈍足に航行を再開。そうして他の蒸気機関を持った艦が取りついて曳航を始めて速力を回復する。

 衝角突撃は敵の専門ではなく、破氷艦が蒸気機関を何隻分も焚いたような煙を吐いて高速で突撃して敵艦を沈めている。流氷に突っ込む設計は伊達ではない。

 乱戦となれば砲撃戦だけではなく銃撃戦も行われる。甲板の上、帆柱の楼、至るところから海兵に船員が小銃を構えて撃ち、旋回砲を回して砲撃。東大洋艦隊ならばそれに機関銃が加わり、甲板上で動き回る敵船員の群れを薙ぎ倒してしまう。余裕があれば砲門に艦橋も狙い、砲手に信号員に指揮官まで撃ち減らす。

 現状、東大洋艦隊への衝角突撃を行う敵艦はいても接舷移乗攻撃を試みる艦はいない。流石にそこまで接近すると艦砲射撃で間違いなく破壊される。

 敵連合艦隊は形勢不利を見せている。だが艦隊の補充が容易に出来ないランマルカと違い、天政の本土は海を一つ挟んで直ぐそこだ。全滅と引き換えでも戦力を数年程度喪失させられれば十分、割に合うと考えていてももおかしくない。敗走の気配を見せることなく抗戦し続けている。

 ここまで戦闘の光景を眺めてきたが、敵の軍艦はそれぞれ特徴が無いと言える。全くの同型姉妹艦ばかりなのだ。つまり大量生産が出来ているということ。

 東大洋艦隊、ただの勝利では全く不足するぞ。

 ファルマンの魔王号と最後まで残った兄弟艦の二隻は東大洋艦隊の隊列に入り込み、艦砲射撃の邪魔にならないよう位置取りをし、時折動きを止めているような敵艦に止めの砲撃を加える程度に大人しくしていた。

 待っていた。

 そして来た。

 残る一隻となり、大量に砲弾を浴びたせいで歪になり、浸水も発生して一時鈍足となりながらも他の蒸気艦に曳航されることで速力が復活していた超大型装甲帆走艦の左舷横腹へ、角が折れた、白い肌に生傷が見える龍鯨が水中から体当たりを敢行。折れた角が刺さり、装甲板がへこむ。並みの艦なら横転するぐらいに傾斜しかねない衝撃が空中にも伝わったが流石に持ち堪えた。

 龍鯨、海水を赤く染めて海上にまで聞こえるくらいに鳴いた。自分からやったくせにやけに痛々しい。余程に忠実なのか、龍人の誰かに術か何かで操られているのか分からないが、死を厭わぬ格闘振りに見える。

 出番である。

 ファルマンの魔王号、砲火とまだ懲りずに行われる衝角突撃の中を突っ切って東大洋艦隊隊列の先頭へ向かう。

 爆沈する船の爆風に船が煽られる。

 敵と味方が行う艦砲射撃の切れ間を狙って回頭し、帆を畳んで減速し、そしてまた回頭して帆を広げて増速して突っ切るを繰り返す。帆走補助の魔術使いにもここぞとばかりに頑張って貰う。時には味方の、時には敵の艦を盾にするように進む。

 龍鯨は既に海中へと没して姿を消しているが目印の流血が、艦隊機動の荒波に揉まれながらも見えている。時折ヘリューファちゃんが、ここだよ、と跳ねて教える。龍人は粗方殺した後なので安心して可愛い子ちゃんには働いて貰えている。

 超大型装甲帆走艦、曳航されているおかげか圧倒的な砲撃をまだ続けている。敵艦を何隻も砲弾で叩き潰している。あれをどうにかしなければ敵連合艦隊の命運は尽きる。先に一隻轟沈したが、あんな幸運をまた祈るような軍人はいまい。

 ヘリューファちゃんがまた跳ねる。位置は超大型装甲帆走艦の、先程体当たりで装甲がへこんだ位置に正対はしないが、斜め直進で当てられる角度。

 マーシム艦長の腕の見せどころであった。

「面舵!」

「面ー舵!」

 艦長号令、舵長複唱。

 ファルマンの魔王号、右回頭。

「左舷一斉砲撃用意!」

「了解、左舷一斉砲撃用意!

 艦長号令、掌砲長複唱。

「舵中央!」

「舵中央!」

 超大型装甲帆走艦より右に出る。

「取り舵、三十四度!」

「取ーり舵、三十四度!」

 艦長の合図で転舵、鈍足気味の超大型装甲帆走艦の右舷側を回って走り、追い越しを掛ける。この巨大軍艦の揺れ、動きに合わせて運動の機会を見定めるのは専門家の仕事。

 ランマルカ妖精達が配置に付く、熱が籠って損傷だらけで今にも砲弾を放ちそうな砲列が何列も至近に見える。頼むから撃つなよ、と願ったがしかし、妖精の砲手は容赦無く撃った。ただし、ファルマンの魔王号の位置を先読みし、時に帆柱と帆柱の間を砲弾が抜けた。たぶんそれも狙った。たぶん。

 ファルマンの魔王号、超大型装甲帆走艦とそれを曳航する外輪型蒸気帆走艦の船首側へ最短で回り込み始める。旗信号ではそれらの船に、減速するな、と通達。ランマルカの海軍士官達がそれを信用するかは土壇場の賭けだったが、おそらくは彼等の特性、異常なまでの素直さで従ってくれた。

 ファルマンの魔王号の舷側に艦首が当たるような気配は、過剰な臆病者だけが感じて声を上げ、衝突することなく過ぎる。舵取り修正の号令も無く、華麗に我々は回り込んで艦隊列と逆走する位置につく。良く一発で成功させるものだ。

 そしてもう一度同じ位置に体当たりを試みる龍鯨が水面下、暗い海に緑掛かった白い塊の姿で見えて来た。

「取り舵一杯!」

「取ーり舵、一杯!」

 ファルマンの魔王号、左へ傾きながら回頭する。逆走から復帰し始める。衝突さえしなければ。

「総員、左舷移れ!」

 皆で左舷へ走って船縁を蹴って体重をかけて傾きを煽る。

 傾く、甲板を物が滑る。仲間達は索具でも柱でも扉の角でもとにかく掴まる。イスカのアホがチンポ掴んできやがった。

 復元位置、限界をおそらく突破した。このまま転覆しかないぐらいに傾き、

「左舷、撃て! 面舵一杯!」

「撃てぇ!」

「面ー舵一杯!」

「総員、右舷移れ!」

 海面叩く一斉砲撃と面舵が同時。砲撃の反動と転舵が合わさり、復元限界を突破するような傾斜から戻りそうになり、そして皆で逆の右舷へ走って船縁を蹴って出来るだけ体重をかけて転覆を防ぐ。

「取り舵一杯!」

「取ーり舵、一杯!」

 無数の水柱、やったか?

 超大型装甲帆走艦へ、手を伸ばせば届きそうなほど接近し、ランマルカ妖精の船員の顔、目鼻が見えて――互いの砲手が装填棒で舷側を突き合って距離を取る――通り過ぎる。船首の並びが揃い、左に反れて離れ始める。取り舵、間に合った。こんな糞操船、するのは船長ぐらいだな。凄い。

 龍鯨の頭が巨大軍艦に刺さった。装甲板を押し退け、木材が折れて見え、血を頭から流す龍鯨がまた痛々しく鳴く。砲弾、効かなかった? 水面に当たって時点で炸裂した壁になったか? とりあえず殺せていないのだ。

 閃きだった。

 頭領に代わって持っていた高熱短剣の柄を口に咥えながら、接舷用の鉤縄を掴み、離れつつある超大型装甲帆走艦へ投げる、船縁に掛かった。

 かつての筋力、再び戻ってくれ。

 走って跳ぶ。

「ヌオォー!」

 縄を引いて手繰り寄せる。

 全身に亀裂が入ったような痛みが走る。

 砲弾で傷だらけになった装甲板を蹴ってよじ登る。龍鯨の衝撃と浸水が合わさったか艦が傾き、装甲板に足が届かなくなる。縄を頼りによじ登る。

 傾斜する甲板、鉤縄の向こうにランマルカの船員。

「引き上げてくれ!」

「分かった!」

 ランマルカ語と、東大洋艦隊との交流で全く見知らぬ顔ではなかったことが幸いしたかあっさりと助けてくれた。

 甲板の上で脱出に小船を水中へ、留め具を叩き割って落として入れ、浮き輪を投げまくって海へ船員が次々と飛び込んでいる。

 腕と脚がまずい。筋があちこちで、あの石みたいな草で貫かれた場所がはっきり分かるように、氷でも刺されたかのようだ。

 傾斜する甲板、妖精達の波を掻き分けて進む。真下に血塗れの頭を海中へ沈めようとする龍鯨が見える位置まで来た。

 高熱短剣の危険性は分かる。これじゃ相討ちだな

 死ぬのは怖くないわけはないが、やれんことは……母ちゃん!

 高熱短剣の鞘を取って捨て、飛び込む。

 海面、白い血塗れの頭。高い、受け身取る? 滑ったら、外したら終わりだ。覚悟をもう一度決めろ。

「キェエエイ!」

 頭に着地、衝撃は殺さない。脚がイカれたと思う。

 短剣を沈み行く、折れた角がある白い頭に刺す。

 手応えより熱。焼け、刺した肉の下が沸騰して蠢く。

 龍鯨が暴れる、高熱短剣抜ける。血の蒸気が熱くて臭い、顔が焼ける。

 海中に落ちたランマルカ妖精が赤い波に揉まれて沈む。

 妙な具合の脚を龍鯨の頭の傷に突っ込んで踏ん張る。

 一度付けた傷口の奥に高熱短剣を刺し込む。融けた脂肪の中に突っ込んだ腕が痛い。血が弾けるように沸騰している。痛いを越して痺れる。

 傷口に海水が流れ込んで小さく爆発、また抜けないよう傷の底から内側に刃を抉って入れた瞬間に手を離した。水の爆発で短剣を掴んだまま持ち出さないようにした心算だ。こいつの身体の中に残して殺してやる。

 龍鯨が身を捩り出した。横回転!?

 脚が滑った。傷口に突っ込んでいたはずの脚。

 落ちた。

 ……海は冷たくて気持ち良いな。

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