第325話「教育、啓蒙」 ベルリク

 玄天暦法で言うところの秋に入った。不動の極星と狼座の主星が縦軸で交わったのだ。

 空に輝いていた彗星が消えて大分経つ。目的のウレンベレを掌握、という報告を言葉で受け、極東打通が成り、この戦争もそろそろ終わらせるべきだろうと考える。この戦争中でやっておきたいことを数えれば無限のように湧き出るが、どうしても外したくないとしたらそのウレンベレを直接見ることだ。戦後処理、その以後は極東に寄る暇は無いと思われる。

 ユンハル王イランフから、光復党よりウレンベレを脅し取ったことは聞いているが聞いただけである。彼一人だけが言っているわけではないし、証人はいくらでもいるので嘘などとは言わないが実際見てみたい。イェンベンからは一応東の海を見たが、極東の海はまだ目にしていないのだ。

 地の果てを見ずして戻る気はない。地理的には全く地の果てでも何でもないが、そういう気分だ。

 極東地域に配置された各軍は動き始めている。一度集結したイェンベンを基点に分進する。

 サイシン半島に逃げ込んだ東洋軍を攻撃するのは光復党軍が先頭で、それを督戦配置で監督するのが天軍東方派遣軍。その派遣軍を補助するという名目で更に督戦するのがワゾレ方面軍。三段重ねになっている。既に復古レン朝内では内部的な政治闘争が始まっているそうで、光復党軍という怪しい連中を使い潰してやろうというのが天軍派幹部の思惑らしい。この三段重ねは歓迎されている。

 光復党の連中もそんな窮地を分かっているだろうが、予期せぬレン・ソルヒンの天軍蜂起からのイェンベンでの即位宣言、我々帝国連邦からの後援取り付けという、代償はともあれ大業を果たしてしまったので逆らうに逆らえない。なまじレン朝復古を安易に旗印にしてしまったことが原因となって主導権を失った。その状況でジュレンカが女帝に取り入ってしまっていることも見ている分には愉快である。

 そのジュレンカがどこぞの出自不明な傾国の大毒婦だと言うのなら暗殺でもして女帝の洗脳を解いたぞ、という演出も可能だが、重武装のワゾレ方面軍の司令官であるから雑兵だらけの光復党軍では手の出しようがない。

 可哀想なリュ・ドルホン。宗教拳法まで立ち上げる、なりふり構わぬ姿勢を保った野心の高さは嫌いではないが巡り合わせが悪かったようだ。時と場所が違えば面白いおっさんだっただろうに。

 モンリマ経由で西岸経路にてイラングリ方面軍が最短距離でジン江戦線へ戻る。現状、ジン江を突破することは困難らしい。損害を無視し、突破した後の戦果拡大を望まないならやりようはあるが、そんなものは意味が無い。鉄道直結からの大火力発揮可能状態への移行後となればまだ計画は立てようがあるが、今はどこまで繋がったのか?

 ユロン軍とユンハル軍はイェンベンに注ぐトウ江沿いに北進し、ユロン高原を縦断する。

 ユロン軍はそこから高原の統一闘争に戻る。与えた艦砲を使えば高原統一に抗う者達の拠点を粉砕出来るだろう。どんな頑丈な城でも粉砕されてしまう、というような事実があれば砲弾が撃ち込まれない城も落とせるはず。出来なければ仕方がない。優しく尻を拭ってやろう。

 ユンハル軍はガルハフト入りをしてからジン江戦線へと参加する。西岸経路を通らずユロン高原を通る動きの目的は、その威容を高原各地の者達に見せつけて服属を強化、促すことを目的とする示威行動だ。勿論、ユロン族自体もその対象だ。お前らの領地にこれだけの軍を軽く入れられると教える。それでもってユンハル族とユロン族の間に些細な確執でも生まれてくれれば尚よろしい。帝国連邦の許可なく仲良しになるのは認められない。

 最後にウレンベレへ東岸経路で行くのは、前から率いていた自分の直率騎兵隊二千五百余りと、ルーキーヤの姉さん達海軍要員と一部民間人まで入れて六千名超、ユロン王フルシャドゥの近衛千人隊、ユンハル騎兵千人隊、そして大陸宣教師アドワルとその護衛である。

 下賜した白虎の外套が中々渋く似合っているフルシャドゥ王はもう壮年で、ユロン軍主力を率いる息子達に実権を渡してあるそうだ。直接戦闘よりは交渉事で働いて徐々に一線から退くつもりだそうだ。彼の今の仕事は、自分との親善であろう。今まで形も規模も歴史も怪しかったユロン族なる集団を公に認めて貰うためには様々な角度からの努力が必要である。

 ユンハルの千人隊は、イランフ王が領内警備を疎かにするぐらいに南進へ動員してしまった一部で、これから戻らなくてはならないとのこと。ガルハフト、マドルハイとユンハルは一気に領域を広げたので警備兵力が今更になって不安になっているらしい。

 ルーキーヤの姉さん方一行――というか一個軍程度名乗れる――は道中、アドワル等ランマルカ妖精達からランマルカ語教育を受けている。フラル語が出来る者達はそこそこ捗っているようだが、純粋アマナ語話者には相当厳しいようだ。また語学教育以前の者達は艦隊勤務に向けて結索方法を習ったり、銃や槍の扱い方を学んでいる。

 一万規模の軍となりウレンベレ目指して北進。沿岸の道に出て、見えて来る東のウレンベレ海を指差して未来の海軍将兵達が声を上げる。あそこが仕事場になる。

 イェンベンからウレンベレに至る道は、光復党軍とユンハル軍が駆け抜けて制圧して行った後だ。街道沿いの主要な町はレン朝に与すると旗色を鮮明にしているが、辺境の村にはまだ龍朝派も残っているという。余剰人口の利用、各地の不穏分子に反乱を起こさせないため、そして退役兵士への報酬として各地へ開拓民が地縁から切り離される形で送り込まれている。その者達は必ずしも龍朝に恨みを持っているわけではなく、むしろ新しい土地を貰ったという恩を感じている場合も多いそうで中々簡単に服属しないらしい。街道沿いには見せしめの斬首死体が、逆賊の末路として晒されている。

 既に一万の軍に手出しするような敵軍はこの辺りには残っていないと思うが、警戒に周囲へ騎兵、竜跨隊の斥候を散らしていた。そして正体不明の武装集団確認との報告が上がる。

 一報を受けたら即時、戦闘体制へ移る。海軍要員も武装待機。

 竜跨隊からまず先行情報。集団概数、およそ二万に上る。ただし女子供老人多数で多くが非武装、しかも農具家財を担いで鈍重。

 騎兵から続報。龍朝派系の武装農民と正規兵の一群で、大部分が屯田兵と見られる。不用意に集団から離れていた者を捕らえて尋問したところ、サイシン半島へ後退する時機を見逃し、似たような連中と道中合流していたらいつの間にか大集団になってしまっていたとのこと。今になって南へ逃げようと思っているのは、どうやら道が両軍睨み合う形で封鎖状態になっているという情報を得ていないかららしい。

 姉さん、フルシャドゥ王、ユンハルの騎兵隊長、アドワルを集めて方針を話す。

「ここは親善交流ということで。ルーキーヤ提督、あなたの方にはまだ人を殺した経験が無い者が多いのでは?」

「正規でも、直接経験が無い者がいます」

 姉さんはもう何をやるか良く理解している。

「結構。ユロンにユンハルの方々は、相手の目を抉った経験は無いのでは?」

「家畜や魚の話ではないですよね」

 ユンハルの騎兵隊長がそう返して来た。

「当然。フルシャドゥ王も?」

「昔、刑罰で串を刺させたことはありますが」

 フルシャドゥは、まさかという顔を作らないで無表情。

「ランマルカの妖精って人間食べるの?」

「燻製を作る用意をさせておきましょう!」

 アドワルが喜んだ。

「それは結構。では攻撃しましょう」

 それじゃあ一緒にやってみよう!

 二万の敵集団の進路を予測し、騎兵機動力を生かして回り込んで包囲へと持ち込む。

 正面街道沿い、基本的に戦闘をさせるつもりはないが、車両や荷物を防壁に組んだ野戦築城で構える海軍要員六千。

 左翼丘側、親衛二千騎で回り込む。そしてルドゥ等親衛偵察隊が彼我距離、高低差を測り、有効射程距離を割り出して射撃位置を指定。出来るだけ高所を取って、騎手は馬の背に立って更に高い位置を取り、高所優位に弾道を安定させた馬上射撃を開始。今回は回転式機関銃も高所を選んで陣取って銃弾を浴びせる。流石にこの長距離で狙撃は厳しいので一斉射撃にて命中率を補う。しかし出来る奴は出来る。狙撃眼鏡の扱いに慣れて来た古参の親衛一千騎は非常に良く当てている様子だ。

 この射撃方法はユロンとユンハルの将校に見学させ、段取りも教えている。こういった細かい工夫の積み重ねがあれば一方的に殺せるのだと。お前等の武器、戦術は時代遅れだから我々に従うのが正しいのだとも教える。啓蒙する。

 敵集団は銃声が鳴って、一呼吸経ってから到達する銃弾を受けて、倒れ、大声を上げながらも伏せつつ、荷車を四方に配置して方陣を組み始めた。綺麗に整列はしていないが十分に機能する形に見える。ただの農民ではなく、多少訓練された屯田兵と明らかになる。

 高所からこちらは射撃しているので荷車を通り越して銃弾を送り込める。一方的に殺す。敵は龍朝基準の新型小銃を持ってこちらへ応射をしてみるが全く銃弾は届かず、遥か手前の地面を抉るだけ。距離と高さが違う。

 こちらで撃ち減らしている内にユンハル騎兵が敵集団、背後に全速力で回り込んだ。それから時間を少しかけて、隊列を組んだユロン騎兵が右翼側に並ぶ。

 彼らには幾つか命令、指導してあるが、基本は勇敢に戦うが馬鹿のように死んではいけないとしてある。敵は常に我々より頭数が多い。何せ、我々には敵が多い。それでも武勇を見せねばと、突撃を敢行しその腕前を披露したいそうだ。止めはしない。

 ユロン族近衛騎兵、前後衛に分かれて前進。先頭が白兵戦に備えた程度の装甲重騎兵、後方が無装甲の軽騎兵。

 全隊が弓で、遠射用の軽い矢を曲射撃ちして接近しつつ、隊列維持、突撃発起位置へつく。

 左右に広がった後衛が小銃射撃を開始。

 前衛が小銃を構えて走り始め、距離を詰めて一斉射撃。そして槍に持ち替えて『タートォー!』と喚声を上げて荷車の隙に割って入って衝突、方陣の中を潰し、槍に刀に斧に持ち替え駆け抜ける。その後に後衛が続いて残敵掃討。

 方陣から抜け出して逃げた者達はユンハル騎兵が狩っていく。

 戦闘終了。ユロン騎兵に若干の死傷者が出て、傷の方は治療呪具で治してやったら酷く驚いていた。

 その後は生き残りの中から話が出来そうな奴に尋問する。正規兵に見えたのは両金按察使司の武装警察官で、屯田兵と家族を救出してからサイシン半島へ抜けるつもりだったらしい。サイシン半島の入り口は今、両軍が戦線を構築していて入り込む隙間など無いと言ったら泣いて命乞いをされた。これが最後の手段と思ったか生き残りが高い声を上げて懇願を始めた。これで良し。

 まずは助からないような負傷者を選び、海軍要員の中から殺人経験が無いものが石や棍棒、素手で、出来るだけ相手の感触が分かる形で殺させる。帝国連邦軍とはそういうところだと教育しなくてはならない。

 腕が銃弾で弾けて落ちて、腹を裂いて内臓がはみ出て、頭骨削って髪に皮膚がずれて剥け、太ももに穴が開いて大量出血している瀕死の者達を殺させる。もう手を下さなくても良いだろう、という甘い考えを捨てさせる。

 ハルアキくんが一番に「やります」と声を上げ、刀を持って、胸を撃たれて血の咳をしている警察官の心臓を突き刺して抉って殺した。えらいなぁ。

 それから海軍要員も続いた。瀕死の者を優先に、それから手当しなければ早々に死にそうな者達を殺す。酷いことをした、我々はもう以前の自分とは違うと認識させるのだ。

「次は目玉を抉ってみようか」

 次は無傷か、大した怪我でもなく解放すれば元気に走り回りそうな者達の目玉を抉らせる。我々を敵に回したらどういう目に遭うかを、敵だけではなく光復党の連中にも、ユロンにもユンハルにも改めて宣伝するのだ。あちこちでやっているが、何分土地が広いし戦争で交通が断絶しているのであちこちでやらないと噂が広まらない。

 ユロンにユンハルの騎兵達に目玉を抉らせる。人数が足りないので一人片目ずつ。フルシャドゥは率先してやった。「手本を」と言って、やらせた。

 彼等は全く経験が無いらしく、ユロンにユンハルの全員が、大の男達があんな簡単なことをやるだけで手間取っていた。非常に罪悪感を覚えるらしくてまごまごしている。一々相手に憐れみをかけようとしていて、今更になってどうやったら痛くないように出来るかと考えてしまっている。

 親衛隊の女達が、子供の目玉を抉るのにえらく手間取っているユロンの騎兵を指差して笑う。

「兄さん兄さん、それおしめ替えるより簡単だよ」

「う、うるさい!」

「羊の金玉縛るより簡単だって!」

「あっち行け!」

「顔こわーい」

「ねー」

『キィーヒャッヒャッヒャッ!』

 そうしている間に妖精達が周囲で、敵の死体を捌いて燻製を作り始める。その臭いが漂う。

 教育は大切。

 今日はここで野営した。解放した目玉のある者が率いる目玉の無い者達がそう簡単に遠くへ散るわけもなく、夜中も泣いたり呻いたりしていた。ユロン、ユンハルの大の男達も似たような雰囲気だった。


■■■


 海の見えない内陸側の道を通って、沿岸から遠ざかって、峠とも言えない丘の頂上に差し掛かる。

 本日は晴天、空気は昨日の雨と風で汚れが飛んで澄んでいる。遠くが良く見える。

 川の上流、山の麓には畑が広がって村が見える。旗は光明八星天龍大旗を簡略化した白黄一色の光明旗、光復党のものだ。龍朝派と誤って攻められぬよう、良く目立つように立てている。

「うーん、あの土地はユロンの物では?」

「いえ……?」

 フルシャドゥがお前何言ってるの? という顔になる。

「いやいや」

「そういう……なるほど、そうですね」

 ユロン部族などという名の歴史すら怪しいくせに! ユロン高原の由来とユロン族の関連も偶然に創始者の名前が被ったかその程度のくせに! それでいいぞ。

「やはり! では取り返そう。誰が何と言おうとその言葉、俺が信じる」

 光復党軍はサイシン半島攻めに全力を尽くしている。尽くさなければ消滅する。その背後で彼等の土地を奪う。雑魚相手とはいえこれはとても刺激的だ。

 機関銃隊を中心にして村を包囲するように親衛二千騎と選抜グラスト乗馬魔術中隊を配置する。理想の軽機関銃の出番はどこだろうな? 今ここにあったらな、という実感が無い。もう少し手強い相手でなければ駄目か。そういう相手はもうウレンベレへの道中には残っていまい。

 対象の村の正面側、距離を置いてユロンとユンハルの騎兵を配置。自分はその正面側にいて、フルシャドゥと騎兵隊長に指揮を見せる。

 異常を察知し、警鐘が鳴って村人が家の中へ隠れるように駆ける音、声がする。そして、我々は敵ではありません! と通訳が言うに、そう叫びながら出て来る村の代表が一人、門から光明旗を持って出て来た。転んだ、立ち上がった! これは楽しいぞ。リュ・ドルホンに見せてやりたい。

 アクファル、下絵、と言おうと思ったがあいつは今空の上だったな。

「ルドゥ、下絵」

「奴を描くのか」

 ルドゥが帳面を出してあの、村代表の必死な姿を描き出した。

 横から覗いて見る。うーん。

「こう、走って転んで、どうかこの旗を、って感じ、出せないか?」

「それは絵描きに頼め」

「あれだ、手にシクルの魂でも宿せないのか」

「いいか、大将、馬鹿を言うな」

 あ、怒った。

「あいつなら描けるだろ、たぶん」

「知らん」

 ちょっとこれは悔しいな。ルドゥの絵の上手さは、偵察兵としての精確さである。情緒というか何というか、ウキウキワクワク感が醸せてない。

「下絵はそれで、あとで描ける奴に渡すか」

「好きにしろ」

「あの……どうなさるお心算で?」

 フルシャドゥが遠慮がちに声を掛けて来た。

「うん、ここはユロンに差し上げよう。彼等を皆殺しにした後、あなたの名前で傘下部族の者か、あちこちにいる戦災難民でも招致して感謝されるとよろしい」

「そういった当てはありますが……」

 詐称を本物にしてやろうというのに、もうちょっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?

 通訳が言うに、村の代表は収穫したばかりの麦は差し出します、村の娘も一晩差し出すのでどうか乱暴しないで下さい、と言っているらしい。賊より性質の悪い軍隊相手ならこんなものか。

「撃ち方始め」

 ラッパ手がラッパを吹いて二千騎に合図を出すと、村には火の矢が降り注ぎ、同時に毒瓦斯火箭が撃ち込まれる。

 建物が焼けていく。そして毒瓦斯が広まり、グラスト魔術使い達が風向を全方位から操って滞留するように工夫し、尚且つ火炎の竜巻にまで発達させ、村人は消火作業どころではなくなる。ただ焼けていく。

 防毒覆面を付けた下馬騎兵が村へ接近し、抵抗も何も出来なくなっている壁の外から更に火矢を射掛け、小銃も使って壁と防御施設の守備兵を牽制。牽制している間にグラスト魔術使いが門や壁、その防御施設を土砂津波の術で基礎から崩し、足りなければ衝撃波の術で破壊して突破口を開く。そして各兵、刀槍に斧、弓矢を持って入り込んで虐殺開始。銃弾は節約志向で、主だって抵抗する者以外には使われない。銃声は散発的。

 村の外へ咳き込みながら逃げ出した者は、同じく馬も防毒覆面をつけた騎兵が小走りに近寄って同じく刀槍に斧、弓矢で簡単に殺す。

「描いたぞ」

 ルドゥの描き上がりを見る。情緒は無いが、走る転ぶ旗を這い蹲りながらご覧あれ、と見せている姿が出来ている。

「よし」

 村の代表が泣きながら土下座をしているので、小走りにさせた馬上から上体を真横へ出し、拳銃刀を持った腕を出来るだけ下げ、馬の勢いを利用しつつ、こちらが近寄った気配に上げたその顔を見て、喉を狙って首を刎ねる。

「燃えたが、建物はまた建てればいい」

「何故ここまでするのですか?」

 フルシャドゥは当然の疑問を口にした。

「彼等は、今は敵ではないというだけだ。あのような定住民達はあっという間に数を増やし、我々の土地を侵略する。侵略するような数に膨れ上がるまで待っていたら圧倒的な数の差に押されて勝つことは難しい、出来ない。倉庫を荒らすネズミは繁殖する前に絶滅させる方が良い。牧草地を、狩場を、水源を荒らされる前に敵は絶滅させる方が良い。国境線も何もかも定まらぬ今、少しでも領土を広げ、敵が攻めて来た時に備えて縦に深い、奥に余裕がある土地があった方が戦いやすい。息子達に分けられる土地は多いが方が身内で争う必要が無く、十分な軍備を土地で賄って揃えられれば、それでも足りなくなった時に土地を奪う力が担保出来る。これで光復党の、復古レン朝の一派閥が抱える村を襲撃しない理由があるだろうか? あるなら聞いてみたい」

「悪戯に関係が悪化するのでは?」

「関係が悪化して影響があるのは、それはある程度実力が釣り合ってからの話だ」

「……左様で、ございますな」

 ユロンにもユンハルにも、一つ選択を間違えればこうなるのは自分達であると示す。それと同時に、ユロンには光復党と決定的に仲違いをしてもらう。この村は――もう町と言えるぐらい――簡単だが城壁を築くだけの規模があって大きい。周辺地域の誰もが存在を知る場所で、そこの住人がユロン族支配下で丸ごと入れ替わっていれば何があったかは一目瞭然。レン朝とは終始険悪に、仲良くなどならないように取り計らっていかなくてはならない。

 ぼやっとしていればただの散歩になりそうなウレンベレの道中で教育を重ねる。


■■■


 前線ではないがここも戦場。こちらから煽って戦火を焚いて来たわけだが、他所は他所で事情がある。偵察騎兵が光復党軍の一部隊を発見して、相手も同時にこちらを確認。相手は近場の林に逃げ込ん迎撃体制を取ったらしい。

 敵が待ち伏せしていると同等と判断して警戒。無視は出来ない。何度か偵察を重ねて情報を収集する。相手方は負傷者多数、服装装備も乱れて敗残兵の様相だったらしい。

 白旗を持たせた使者を立て、穏便に事情を聞かせに出した。フルシャドゥが「林毎丸焼きにするんですか?」と聞いて来たので「何でもかんでも攻撃するもんじゃない」と教えておいた。何て攻撃性の高い奴なんだ。

 使者が戻って来たところ、彼等は入植地への移動中に馬賊に襲撃されて敗北、足の遅い者や重傷者に死者は捨てて逃げ来たらしい。そしてその馬賊、どこの部族かどうかは一切不明。夜襲だったそうだ。

 その馬賊を対象に偵察を出す。馬賊にも種類があって、ある集団の正規、非正規戦力であったり、流浪の者が集まった純粋な賊であったり、相手によって対応が変わる。

 偵察を出しながら我々は一先ずウレンベレへ向かう。光復党の敗残兵達には、近くの光復党勢力下の町まで持つ程度の食糧を渡して別れを告げた。評判は二分させておくと均衡が取れることもある。

 そしてウレンベレ到着前に偵察結果が出る。アクファルとクセルヤータが空から襲撃し、攫った捕虜の話によれば馬賊の正体はウレンベレへ注ぐエーラン川上流域、山岳部に住んでいるカルウェジ族と判明。そいつらが一体何者であるか、ユロンにユンハルに、ウレンベレ住民から情報を集める。極東周辺の状況を考え上では、ユンハル族の強大化が一番の懸念であることを念頭に生かすか、殺すか、利用出来そうか、出来ないか判断したい。

 シム、ガルハフト、マドルハイの旧三藩、北東三大部族はレン朝時代から末端部族、氏族の統合が進んでいる。この三部族は明確に降伏して服属下にある。シムはユービェン軍集団が、ガルハフトとマドルハイはユンハル軍が今実際に統制しているので単純ではない。加えてマドルハイ辺縁部族はユンハルが傘下に入らないかと説得中である。

 マドルハイ辺縁の中で最有力部族はブラツァン族。アシュキ川の、マドルハイ圏外から下流域とそのウレンベレ沿岸域まで支配下に置く。ウレンベレ自体も元々はブラツァン族が原型を作り、そこから商人が集まって自治都市の様相を呈して来たという経緯があり、絶対的ではないが中々の影響力を持つ。代々、天政からは将軍号だけ貰って辺境部族相手と小競り合いをし、共存してきたような連中とのこと。ユンハル王が交渉で現在、彼等の領地の軍事通行権まで獲得している。この中立標榜的な態度は信用ならない。

 マドルハイ東のガムゲン族はユンハル軍等に幅広く兵士を出しているが服属の約束はしていないらしい。昔から傭兵仕事をしていた連中とのこと。

 アシュキ川以東のゾレン族とはユンハルが連絡を取り合ったり、何か約束をしたという情報は無い。ただウレンベレから持たされた情報だと、あのハイバルくんの軍がゾレン族の領域へ攻め入ったそうだ。具体的な戦果報告はまだ無い。頑張って東進しているのは時々聞いていたが、随分と遠方まで来たものだ。彼の出身はランダンだぞ。

 その攻め入られたゾレン族より東の連中はビルチャン族と呼ばれているが、もっと細かいのがより集まった、まとまりのない少数集団らしい。ビルチャン諸族といったほうが正確らしい。それだけ。

 後は少数過ぎて数えるまでもない小部族がそれぞれの勢力圏の隙間にいる程度。

 カルウェジ族はユロン族の征服先、ユンハルの影響圏双方何れにも属さない、何とも宙に浮いたような連中と話で分かった。

 掴まえた捕虜は伝令に使う。カルウェジ族族長へは”服従か抹消か”を選ばせる。

 それと同時にブラツァン族にウレンベレへの招待状を送る。ブラツァン族などこの辺りの民族は遊牧諸語系ではないが、知識層は遊牧諸語と天政官語に通じるので問題無い。

 ウレンベレへ海軍要員とランマルカ妖精達を先に行かせ、エーラン川沿いに上流へと四千五百余の騎兵で向かった。山の偵察を得意にする竜跨隊には威嚇に上空で適当に吠えておけと指導。

 軍を川沿いに進めればカルウェジ族長から使者が返って来た。返事は”バルハギンの再来などこの短期間に信じられない。証が欲しい”だと。一応、遥か西からヘラコムにトンフォの山脈を越えて来たことは知っているようだが実感が沸かないらしい。

 そのまま進軍する。使者はこちらが小数の使者団などを組むかどうかを待って、その様子が無いと見て走り去った。

 そして遂にカルウェジ軍が出て来た。その数は竜跨隊の報告で正面約三千騎、側面を取りに来ている別動隊五百騎。川の上流側、高所を取って故地で戦うという地の利があれば、数の上ではそこまで不利ではない。

 どの程度こちらのことを知っているか?

 相手が距離を詰めて来る。坂道の勢いを借りて突撃してくれば中々、旧式装備揃いであれば負けもあり得る気がする。

 そして敵騎兵、こちらの小銃有効射程圏内に入る。だがまだ突撃発起、襲歩に至る距離ではないとゆっくり馬を歩かせている。新式装備の性能を知らないらしい。

「全隊、構え!」

 拳銃刀を振り上げる。防毒覆面を着用した親衛二千騎が横隊を組み、馬に立って小銃を構える。新参の一千騎も中々、姿勢が良くなってきている。必中とはいかなくても、集団の、塊の一角に弾丸を送り込める程度の自信が見える。狙撃眼鏡も装備して訓練を積めばかなり良くなりそうだ。

「ルドゥ、頭を吹っ飛ばしてやれ」

「分かった大将」

 ルドゥが背嚢を地面に置き、それで銃身を支え、狙撃眼鏡の螺子を調節して良く狙い、指先が一切銃を震わせまいと静かに動いて銃声。騎兵隊列先頭のカルウェジ族長――と思しき――の兜と、頭の上半分が弾け飛んだ。

「狙え! ……撃て!」

 拳銃刀を振り下ろす。二千騎、千歩を越える有効射程を持つ小銃で一斉射撃。騎兵突撃が頭にあったカルウェジの約三千騎の何分の一か……ざっと十分の一騎がどっと崩れる。

「各個射撃! 火箭発射、退路塞げ!」

 次いで敵騎兵隊列を超越するように――一部照準がずれて隊列に直接突っ込んだ――毒瓦斯火箭飛翔、着弾、炸裂。天政軍を歴史的に相手してきたらなら味わった経験はあるだろうが、それでも防毒覆面も無い敵騎兵は一方的に撃ち殺されながら目と鼻と肺をやられて混乱、自分を見失って壊走どころですらない。川に飛び込んで逃げようとする者もいるが、馬も混乱して上手くいっていない。

「機関銃隊前へ!」

 車載機関銃隊が頭の上を味方の銃弾が飛ぶ中、その銃撃支援を受けながら前進。回転式機関銃の銃口を敵へ向け、銃身を回転させながら連射開始。

「各隊、交互に前進!」

 騎兵横隊、機関銃隊、各隊単位で射撃と前進を相互支援する形で開始。彼我距離が詰まり、命中率が上がり、敵もまともに動けるようになった者は逃げ出し、遂にカルウェジの騎兵隊列の壁が平らになって、終わる。

「追撃!」

 追撃部隊を出す。

 こちらの側面を狙っていた敵の別動隊は、遥か上空からの竜跨隊の背に乗る跨兵が放つ擲弾矢――手榴弾より弱いが、距離を取っても狙いを大体つけられるのでこれが良いとか――と、竜を焼かないかちょっと不安なグラスト魔術使いの火の鳥の術を浴び、混乱している様子。側背面防御につけたユロン、ユンハルの騎兵がやけくその突撃を仕掛けて来たその敵を迎撃に撃ち殺して返り討ちにした。


■■■


 行きがけの仕事を終え、遂にウレンベレへと四千五百の騎兵隊に、二千近い縄で繋げたカルウェジ族の捕虜と長めの行列を作って入る。管理が面倒なのでそれ以外は殺してエーラン川に流したので、ウレンベレとその近海には先に死体が流れ着いている。カラスとカモメがはしゃいでいる。また、街の中から見覚えのある死体を運び出しては郊外に埋めている者達がいるので、これはちょっと申し訳なかった。後で彼等に手間賃を払っておくように指示しておく。

 我々が市内へ入ると海軍要員にランマルカ海軍関係者達、ユンハル兵の守備隊、そしてハイバル軍が歓迎してくれた。他に度胸のある商人は「その奴隷を買いたい」と申し出て来た。呼んだブラツァン族の族長は、大層深刻そうな顔で礼をして迎えてくれた。

 街並みは、名立たる大都市には当然全く及ばない。元の規模もそれほどでもないが、ちょっと愛しさすら感じ始めたリュ・ドルホンが整備したのか港湾施設が充実しているところが良い。新築の商業施設が、旧市街地を比較して煤けたように汚く見せるくらいになっていて、これから栄えて見せると言っているかのようだ。また光復党関係者がまだ残っているようで、旗を掲げた建物がいくつかある。完全排除は外交、経済的にも良くないか。一部を間借りさせてやっている程度ならば問題無い。レン朝の名前で畑を広げ始めなければ良い。

 光復党軍の艦隊は天龍艦隊と呼ぶらしいが、彼らが使っていた港湾施設は今、ルーキーヤの姉さんが早くも先頭に立って使いやすいように各員の割り振りを決めて整備をさせている。掃除はカルウェジ族征伐中に終わったようで、今は拡張工事中だ。船はまだ無いと思ったが、買ったのか奪ったのか知らないが、小型船舶くらいはそこそこ揃っている。そしてランマルカ海軍が使っている蒸気帆船に乗り、港の近くで実機で勉強している様子も見えた。

 一先ず捕虜は適当に街中を引き回して見せてから外に置いておく。カルウェジの者を捕らえて来た者には報奨金、とお触れを出せば街にいるカルウェジ人が二千の塊に追加される。

 まずは一番気になるハイバル軍からお話を聞いてみよう。

「総統閣下、お久しぶりです!」

 白虎の外套に着られていて、何だか頭の帽子に半分食われてるんじゃないかという感じのハイバルくんが元気にご挨拶してくれた。

「うん、何をしたか聞かせてくれるかな」

「はい! 大成功です、聞いて下さい! アシュキ川をですね、越えてゾレン族を攻めて中核氏族を滅ぼしました!」

「ほう!」

「ゾレンの氏族対立、それからビルチャン諸族の対立を利用して敵味方を振り分け、逆らったら虐殺、仲間になるなら家畜も奴隷も土地もいっぱいあげるってことでとっても広い俺の王国が出来たんです! 奥さんも、えーと、三十二人出来ました!」

「えらい!」

 ハイバルくんの肩に腕を乗せ、頭を撫でてから「おチンポ暇無しだな!」とチンポを掴んで「ぎにゃー!」と言わせる。

「まとめるの大変だろ?」

「今はわざとあっちから軍を率いて離れて、戻った時に命令を聞いていなかったり反乱を起こしていたことが分かったら再度皆殺しにする、あぶり出しの期間なんです」

「ほう! ハイバルくんはそういう策略を考えたのか」

「皆から意見を聞いて、その、はい」

「うんうん、進言を聞いて決断を下すのが指導者だ。それでいいんだぞ」

「はい!」

「で、広い俺のってどれくらい広いんだ?」

「それは、ジーくんが……」

「ジーくんブットイマルス!」

 いきなり大声を上げて躍り出て来たのはジール・ブットイマルス。それから、その後ろで申し訳なさそうにしているのはギーレイのメハレムだったか。にくきゅう。

「ベリリクカララババ総統閣下おじちゃんさん!」

「おう」

 この、何か僕今とっても楽しい! みたいな面が妖精に見えて来る。人間だよな?

「ハイバルくん王国の領域を地図にしてみました」

「どれ」

 ハイバルくんのチンポを捏ねまわして「うひゃうにゃくきゃー!」と言わせながら地図を確認。

 アシュキ川東岸を西端とし、東端は海へ突き当たるまで。またウレンベレ海東沿岸部全てと、ウレンベレ対岸の巨大半島部全域。それから最大の標高を誇る山をブットイマルス山とし、そこを源流にする川の名前がキアルマイ川。それと点が幾つも打ってある。

「この点は?」

「居住地に良さそうな場所だよ! 目印もつけてきたよ」

「キアルマイって?」

「ハイバルくんのお姉ちゃんの名前です」

 あの、ランダン王ウズバラクの嫁に行って取り戻した? だったか、そんな話の姉さんか。

「それで総統に、姉ちゃんを貰って欲しいんですけど」

 腕を外して正面、ハイバルくんお顔を両手で掴む。

「求めるのは股ぐらの血ではなく、傷口からの血だ。縁戚になった程度で安心や何か保証が欲しいのか?」

「いえ……」

「よし!」

 横に回って肩に腕を乗せ直す。

「とりあえずその姉さん、紹介しろ」

「はい! あ、ジーくん、呼んできてくれない」

「ジーくんにお任せだよ!」

 と頼られて嬉しいという顔を全力でするジールトが走り去った。あれは仕事が頼みやすい奴だな。

「アクファル、クトゥルナムを生かしてここまで連れて来い」

「はい大兄」

 そういうことである。

 ハイバルくんの心臓がドキドキと動くのを感じながら待つ、呼んだ二人が現れる。

 頬と舌を吹っ飛ばされて以来、顔が良くなってきたクトゥルナム。

 情が深くて優しそうで、世界屈指と言っても差し支えないくらいの美人で、しかしいちいち覚悟決めないと子供も殺せ無さそうな感じがベルベル的には好みじゃないキアルマイ。

「クトゥルナム」

「はい」

「彼女と結婚してこれからここで軍を指揮しろ。親衛隊から、各部族の代表を最低二名以上連れていくように。極東入植時の顔繋ぎ役に使え。後で教導団で仕上げることにはなるが、ハイバル部でユンハル、ユロンの軍を抑えるには限界がある。ジン江北岸以外にも極東の端に信頼できる陸軍が欲しい。ウレンベレの港を守るためにも必要だ。お前はその先駆けだ。極東方面軍の司令官をやれ。ウレンベレ市長もしばらく、仕事を任せられる奴が現れるまで兼任だ」

「はい。了解しました」

 クトゥルナムは返事が早い。ここまで説明すれば十分だろう。

 アクファルがクトゥルナムを指差し「えらい」と言った。アクファルが口だけでも褒めるとはよっぽどだぞこの野郎め。

「いいか、ハイバルくん。君の新しい義兄さん、クトゥルナムだ。困ったことがあったら彼に聞きなさい」

「分かりました」

 キアルマイは黙って礼をした。弁えている顔をしている。


■■■


 おめでたい結婚が決まった。クトゥルナムと選ばせた連中はここに残す。極東の陸海軍、双方信頼出来る組織に仕上げるための下準備を済んだ。

 結婚式をウレンベレで上げるために、少々急造的だが場所と食べ物と酒を用意させる。

 式の準備中に北極経路開拓団のフレクの王子小リョルトから手紙を受け取った。報告によればチュリ=アリダス川から東に大河口部を発見、一つ目はティルノン川、二つ目はゴイ川とホウボウ川が合流するゴイ=ホウボウ川。ゴイ川沿いに南下し、ユンハルの地で越冬準備をしている最中であり、そこから手紙を送ったとのことだ。これはジン江北岸へ戻る時、寄り道すれば挨拶ぐらいは出来そうだが、ちょっと遠回りか? 手紙出す程度でいいかな。

「ジールト!」

「はい、僕がジールト・ブットイマルスです」

 呼べば現れた。少し前までフルシャドゥと仲良くキャッキャとお話していたが、こいつは何か、社交だけとも言えない才能があるようだ。ユロン族のユロン高原構想を作り上げる手助けもしたらしいし。

 ジールト・ブットイマルスの肩書きは大陸浪人。ゼクラグが推進している、大陸宣教師に近い、かなり個人裁量任せの工作員である。まだ完全な成功は見せていないが、個人単位で国を二つ勃興させたに等しい働きをしている。面白い。

「ユンハルに行けば小リョルトがいるぞ。ハイバル部の地図、見せてやりゃ良いんじゃないか? 二方面から大陸が探れる」

「それはジリャーカも賛成だね!」

「後で小リョルトに手紙書くから次いでに持って行ってくれ」

「それはジリャーカにお任せだよ!」

「頼むぞちんちんちーん!」

 ジールトのチンポを掴む。

「ぎにゃー!」 

 それから襟首掴んで引っ繰り返して金玉揉みながら歩く。

「あふん、いやん」

「準備が整いました」

 アクファルが呼びに来た。

「おう」

 にゃふん、きゃうんと言い出したジールトをメハレムに投げて渡し、ウレンベレ”市”の中央広場へ向かう。ここの広場は広くて丁度良い。

 極東方面軍司令にしてウラマトイ市長クトゥルナムとハイバル王姉キアルマイの結婚式を執り行うに伴い、催し物を行う。

 名も無き蛮族――カルウェジ族のことだが、今後公式文書に名を乗せない――達を使い、人取り競争を集まった皆で行う。親衛隊、ユロンにユンハルにハイバル、ブラツァンにザムゲンにゾレンにビルチャンに光復党に属する騎兵。

 まずは模範演技。裸の蛮族女が広場に放り出されて「逃げ切れば衣服、金銭を与えて解放する!」と言われ、走り出す。裸の女ということで外野が下品に笑いだす。

 そして模範演者の騎兵が走って髪の毛を掴んで引き摺る。

「基本的に取り物のどこを掴んでも構いません。髪でも腕でも、骨でも内臓でも構いません」

 演技に参加しない解説者が説明を入れる。

 次にアクファルが出て、横から蛮族女の顎を片手で掴んで奪う。髪の毛が千切れ、抜け、顎がバグっと鳴って外れ、人と思えぬ悲鳴。そこで持ち上げながら、手が噛み付かれていることを見せて回る。

「このように、顎は掴み易いですが噛み付かれることがあるのでご注意を。今は手袋をしていますし、顎が外れてしまったので大丈夫ですが、指一本だけで引っ掛けた時などに噛み付かれると食い千切られる可能性があります」

 それから髪の毛を掴んでいた騎兵が馬を勢い良く走らせ、蛮族女の腹に抱き着くようにして奪い取る。アクファルはあっさりと離す。

「今のように、強い衝撃があった時に無理に保持すると肩が外れる可能性があるから注意して下さい。怪我をしないように、落馬をしないように取り物を離すことも技術の内です」

 演者が追加。口からゲロを垂らして意識朦朧としている蛮族女の両腕を二騎対二騎で引っ張りあい、肩が外れ、腕が千切れた。既に笑い声など聞こえない。

「取り物の四肢がもげても、絶命しても気にせず競技を続行してください。生死は問うておりません」

 それぞれ、自分の組の木箱のところへ行って腕と身体を放り投げて入れる。

「最終的に箱が重い方が勝ちです」

 投げ入れた身体の方へ演者が向かい、その身体を回収しようとすると銃声が一発。空砲、警告射撃。その演者は回収の手を止め、審判の騎兵に退場を命じられ、分かりやすく項垂れて去る。ここで笑うのは親衛隊など。

「一度箱に入れた物には手を触れてはいけません」

 計量係が重量物用の秤に二つの木箱を掛け、当然身体が入った方が重く、傾く。

「それから騎手同士で殴り合う蹴り合うなどは禁止です。乱暴に触れて良いのは取り物のみです」

 演者同士が馬上相撲を見せ、審判の騎兵が空砲を鳴らして警告、退場を命じる。また分かりやすく項垂れて去る。

 模範演技が終了。アクファルが木箱から痙攣して虫の息の蛮族女を拾い、頭を両手で持ちながらやって来て、得意になったらしくムジっと頭蓋剥きで脳みそを取り出し、持って来た。

「はい大兄」

 受け取った。柔らかくて温かくてヌルヌルして臭い。

「ルドゥ、食うか?」

「食事は食事の時間に行う」

 うーん。適当な相手はいないか?

 北極妖精を見つけた。どうも通訳と、毛象で参加出来ないの? って感じで会話している最中だ。こっちおいで、と手招きすれば、毛象をのしのし歩かせてこっちまでやって来た……毛象、デカいな。

「あげる」

 脳みそを持ち上げて、やる、とやれば喜んで毛象から降りてやって来た。アクファルが脳みそと片腕の無い蛮族女を持ち上げて、どう、とやればもう一回喜んだ。それから偵察隊の分も作ってあげて、とそれぞれ指差しすると、大きく頷いて、わかった! と身体を動かした。

 人取り競争が始まる。部族ごとに分けず、人を混ぜて組を作って蛮族の身体を引っ張り合い、抵抗するなら殴って蹴り、転んだところを馬で踏んでグズグズにしてしまい、馬の背から身を乗り出して死体になったことで重量感が増した取り物を持ち上げ損なったり、落馬したりと騒ぎ出した。

 毛象の参加は見送られ、代わりに鉤竿を使っての毛象同士での人取り競争も行われた。あわや観客の集団に毛象が突っ込んで轢き潰しかけたので一回で終了。古代戦史にあるように、象は方向転換があまり得意ではないらしい。

「アクファル、手、見せてくれ」

「はい大兄」

 アクファルの手を触る。女にしては大きい、ではなく人間にしては大きいか。固さがまた金属で出来てるような質感、重量感。骨の形がたぶん、普通じゃない。これなら手袋無しで噛まれても歯が立たないんじゃないか? こいつの子供がいたら面白かっただろうにな。諦める歳じゃないが。

 馬術に自信がある者は人取り競争に参加して名も無き蛮族を引き千切り合う。クトゥルナムとハイバルくんの義兄弟対決もあって、ハイバルくんが「んぎぎぎぎー!」と声を出し、しかも掴んだところが金玉でもげてしまい、取り合いにされていた男も意識があって悲鳴を上げていたのが笑えた。

 ギーレイのメハレムは故郷での教育が良かったのが素晴らしい名手だった。アクファルが勝負を挑んで激戦になり、取り合いになって腸どころか肺に食道まで引きずり出されてぶち撒けられた。最後に骨盤を掴み合って二つに割れるところまでいった。勝利者は流石に経験豊富なアクファルで、腸を使って死体を引っ掛けて回収するという技で差をつけた。

 勝負がつくごとに溜まっていく死体の山は、妖精達が料理にして宴席に出し、食べ放題だとばかりに食べる。他に食べる人間は一部興味がある者だけだ。親衛隊の者は積極的で、ジールトは「大人なのに人間も食べられないのー!?」と色んな者達に臆せず、言葉が通じなくても煽って回っていた。

 取り物は二千近くいる。競技だけでは殺し尽くせないので射的競技や、グラスト魔術使いによる術のお披露目対象に使った。お優しそうなキアルマイは嫌な顔をしまいと頑張っていた。

 一晩で二千人以上を、極東界隈の諸部族に見せ、殺し尽くした。

 教育、啓蒙。極東地域の安定のためには流れる血と響く悲鳴が必要だ。

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