第324話「偵察、報告」 シゲヒロ

 ファルマンの魔王号は警戒体制が極限に達しているジュンサン海峡を避け、ジュンサン島を西回りに迂回してアマナ海域へ向かった。

 旧東王領呼称は廃止……サイシン半島より、天政本土側へ向かう航路からも、アマナへ向かう航路からも外れているジュンサン島西方海域では大型船を見ない。ジュンサン島西側住民のための交易船が小規模に行き交う程度で、暇な平時の海賊稼業中でも駄賃稼ぎを手控えるほどしけている。

 そんな暇で萎れた海域にまで、各所で大規模作戦に船を割かれている天政海軍が注力している余裕は無かった。たまにレン朝派と龍朝派の海軍未満の水軍、商船程度の小型船同士で戦闘が散発的に行われていたが全く大勢に影響しない小競り合いである。あれはあれで当人達は必死なもので、無視は多少気が咎めた。

 ジュンサン島を船尾に、アマナ海域へ入った。目論み通りに航路や生活圏から外れているところを通ったので敵船、中立傾向の商船にすら出会わなかった。幸先は良い。

 作戦計画を、イェンベン出港前に立てたが改めてアマナ海域まで無事に到達したということで再考を皆で行った。

 アラジ先生が天政本土の各主要港、マダツ海域などで作戦中と予測される敵艦隊がアマナ海へ集結する予測航路を線にして海図へ描き出す。集結地点は南からやってくる台風を山である程度遮ってくれるロウサ湾だ。広さも申し分ない。

 勿論だがファルマンの魔王号単艦でロウサ湾へ攻撃を仕掛けることは不可能。接近するだけも危うい。慎重な一撃離脱でも、砲戦距離まで近づいてしまうと敵がこちらの退路を複数予測して無数に追撃艦を放てば危機に陥る。もし砲弾でちょっかいを出すのなら、湾へ向かう線の何れか、敵が連携、偶然の連携をしない線を選んで小艦隊か逸れた迷子を狙って襲撃、撃破拿捕に拘らず敵に警戒を強いるだけの陽動を仕掛けるのが適当。敵海上戦力の分散を狙えば良い。

 龍鯨を考慮しない場合の計画はそれと作成しておいて、次にあの化け物がいるという前提でそこから修正する。

 前々から東大洋艦隊がアマナ海で、クモイ城を巡る争いに関わって海上決戦が行われると予測されていた。天政の艦隊行動もそれに倣っているようである。その決戦場を別の場所に移す戦術があるか検討するが、クモイ近辺の陸軍支援の観点から、この海域から艦隊を引き剥がすのは友軍に対して無慈悲。それでも東大洋艦隊主力が一時クイム島まで引き下がれたのは世界最高水準の海軍であり、分遣艦隊を残して本体の影を見せるだけで牽制出来る影響力があったからだ。

 天政海軍にとって、新設したばかりの艦隊で世界最強を謳われるランマルカ海軍と激突するには大変な勇気がいる。その後押しが出来そうな龍鯨が投入される確率は極めて大。

 秘術式高熱短剣の威力は実験済みである。まず水に漬けたらどうなるかと、短剣の柄に長い竿を付けて水を入れた樽に挿し入れてみると泡に湯気が立ち、爆発して樽を破壊して柄も圧し折ってしまった。先生が言うに水蒸気爆発である。樽の破片に当たって負傷者が出て、宙に舞った短剣に皆が恐怖したものだが、それは頭領が抜いた刀の先で柄に鍔を叩いて曲芸に跳ね上げ続けて熱が引く――宙に舞った時点で熱が引いていた可能性はあるが、それを触って確かめる度胸は流石の我々にも無かった――まで待って鞘へ、手を触れずに落し収めた。甲板に刺さったらどうなっていたか。

 まず評価として高熱短剣は水中へ持っていけない。専用の鞘に納めれば全く熱の反応はしないが、ヘリューファちゃんに乗った頭領が水中から接近して龍鯨に一刺しして終わりとは――刺し違えならば別――いかないと判明した。ベルリクの大将もとんでもない、持て余す武器を贈答されたものである。小雨に血しぶき程度ならともかく、本降りの雨くらいになって鞘から抜くと熱湯が弾け跳ねてえらいことになるような難物だ。きっと作った奴は雨がほとんど降らないところに住んでいて感覚が乾いているのだろう。

 他の実験としては、ヘリューファちゃんが見つけて追い込んでくれた鯨に対し、銛を打ち込み空樽で浮かせる通常の手段で仕留め、その巨大な肉の塊に対して高熱短剣を一突きして熱が伝わる範囲を観測した。一瞬の一突きでも傷口周辺が完全に火が通った重度の火傷状態になり、刺して少し時間を待てば血液が沸騰したのか死体が脈打つように震え始め、脂が溶けて挿し口から噴出する程になって回収が一時危ぶまれた程。龍鯨は巨体であり、即死は不可能かもしれないが復帰不能な重傷を与えるには十分と判断された。

 持て余しそうなこの高熱短剣だが威力は折り紙付き。龍鯨退治に当たり、損失を恐れず使い切りの道具と見做して運用方法を検討するに、対象が水面から身体の一部でも現した時に名人の頭領が投擲して突き刺して、自然に抜けるまで加熱するに任せて放置するのが最適と判断された。頭領の技能に頼り切るのもいけないので、長柄を付けて槍として使う方法も捨てないでおく。

 高熱短剣を使わずに退治する方法は爆雷が頼り。水面より上におそらく身体を現さない、そう学習していると思われるので砲撃は――全く機会が無いとは言い切れないので準備はするが――通用しないと想定。爆雷を当てるには当船を追尾させた時に迎撃に投下するか、相手が逃げたり他のことに気を取られたり、よもや無いと思うが動かず待機中の隙を狙って至近距離で投下する方法。

 龍鯨は既にこちらを追尾している時に爆雷攻撃を受けている。受けてしまっている。あれで実は重傷、死亡しておりこの戦争にはもう参加出来ないということになっていれば幸いだが、希望的観測は捨て、まだ健在で爆雷の脅威を学習していると仮定する。そうするともう龍鯨は船尾を追い回すような攻撃はせず、奇襲的に海底から浮上して船底を狙う一撃離脱方式を取るようになっていると考えられる。本来の水竜が行う狩猟方式でもある。これの欠点は受動的であることと、肺呼吸式のせいで無限に待ってはいられず、定期的に浮上した上で――気象条件で程度はあるが――角を立てて行う目立つ潮吹きをしなければならないこと。水上観測を密にすれば発見確率は上がるが、無限に広い海原で昼夜問わずの監視となれば確率は依然として絶望的。ヘリューファちゃん頼りになる。代えの利かない彼女頼りは良いことではない。

 索敵は難しいままどうしようもないとして爆雷の件についてもう一つ。深い深度で爆発するように調整した爆雷を龍鯨の行動を予測した状態で投下しなくてはならない。かなり難しい。鯨や魚群を見つけては投下訓練を実施するが命中率はかなり低かった。派手にやっていると天政海軍に発見される可能性も高く、本番にどれだけ火薬を消費するかも予測不能なので十分な回数はこなせなかった。

 実際に退治出来るかは未知数だが、それでも全く手足も出ないわけではない状態にまで持ち込んだ。次に一番重要な、そもそもの龍鯨の発見である。発見のためには行動を予測して、一番確率の高い海域と何より時機を選ぶ必要がある。それは東大洋艦隊の編制作業中か、決戦前日あたりか、決戦直前に隊列を組んだ時か、決戦の最中か、決戦後半に予備として投入するのか、追撃予備とするのか、そもそも用途が違うので投入されないのか考える。

 龍鯨の骨格標本、先生の観察からあの怪物は海上作戦にしか使えないと判明している。あの骨格では陸上を歩けず、無理に上がれば自重で潰れて生きていられない。海岸に打ち上げられた鯨のように這って戻ることも叶わず死を待つだけ。龍鯨の本領は制海権の掌握にあると見られる。

 制海権を握る主な目的は海上交通の独占、海上火力の沿岸部への投射であろう。龍鯨が仮に百といて完全に海を征服したとしても成し遂げられない仕事は海上火力の発揮。

 クモイでの陸上決戦がまたあると予測されている。鎮護軍にとって鎮護将軍の主城であるクモイ城の奪還は権威、面子の上で必須であり、戦略的にもあの城を攻撃拠点に使われると戦いが相当に苦しい。鎮護軍を勝たせたい龍朝天政はクモイの地上決戦で負けるわけにはいかないだろう。機関銃と対人地雷に最新銃砲を一部でも装備し、城の立地で待ち構える労農一揆とランマルカの軍相手にである。

 クモイ城本体はともかく、その城下町や大きな港、東西に繋がる街道は海上からの影響を受ける位置にある。艦砲並べた戦艦群が、陸上砲に負けぬだけ沿岸にいる方が優位である。海上輸送で補給物資を大量に受け取れる方が当たり前に圧倒的に優位である。

 クモイ決戦に備えて海上火力を良く保存するべきであると分かる。ならば艦隊も良く保存されるべきである。だから海上決戦が行われる前に出来るだけ東大洋艦隊が弱体化することが天政海軍にとって望ましい。その除かれる時機は、修復補填に後退が出来ない決戦不可避の直前、当日が良いと考えられる。龍鯨が混乱に陥れると同時に海上決戦を仕掛けて大勝利を得るのが最良。

 仮に決戦前日に相当する時機に龍鯨が単独で仕掛け、対策を知らぬ東大洋艦隊が損害を受けたとしよう。流石に龍鯨一体で――総数不明だが数が多くても――艦隊撃滅は不可能だろう。水上から戦艦が支援しなければ相乗効果は発揮されないことは明白で、逃走の成功は間違いない。撃滅に失敗すれば戦力を削ぐことが出来ても安心は出来ない。いつ強襲されるか分からず、安定した海上作戦が展開出来ない状態に天政海軍は陥る。龍鯨は全速力を出した船より遅いので、龍鯨対策を心得て一撃離脱に東大洋艦隊が襲撃するようになれば天政側がクモイ決戦を有利に運ぶことは難しい。そのように敵は考えると予測する。

 敵の理想は東大洋艦隊への復帰不能な損害を与えること。そのような損害を与えるためには勿論戦って勝つことで、何より逃亡を許さないこと。龍鯨を奇襲に使って混乱を巻き起こし、混乱収まらぬ内に止めを刺すことが理想的である。これが一番に天政海軍が取って、益がありそうな行動だ。龍鯨はそのために、奇襲効果を獲得するために決戦直後まで秘匿される。我々が襲撃をされたのは、たぶんだが、決戦前の練習相手に丁度良いだろうとなめられて仕掛けられたと思われる。後悔させてやる。

 一番に確率の高い龍鯨運用方法を予測したところで、他の運用方法もあると仮定して行動を計画する。計画変更の必要があった時に、そのまま使えなくても叩き台に出来る。やれることはやるのだ。

 天政海軍がどのくらいの規模で、どの程度の勝算があるかはその隻数を確認しなければならない。龍鯨無しでも確実に勝てる隻数ならば追撃戦に使う可能性もある。艦隊決戦勝利後、予測退路で待ち伏せして止めの一撃を入れる。これも勝利の確信があるのなら良い手だ。

 全てにおいて可能性が高い低いの予測だらけで不確かなことしかない。こちらが考えている以上に敵が賢かったり、愚かだったりして予言など出来るわけがない。その中から一番可能性がある選択肢の中から、成功した時に効果が意味あるほど見込めるものを選択する。会議で、これらの要素から考えた結果、ファルマンの魔王号の行動が決定される。

 一つ。ロウサ湾へ赴いて天政海軍が編制しているであろう決戦艦隊の陣容を調べること。敵が予測し辛いジュンサン島西回り航路からファルマンの魔王号は南進して向かうので奇襲的に偵察可能かもしれない。

 二つ。偵察の後、東大洋艦隊へ敵決戦艦隊並びに龍鯨の情報を報告すること。二隻以上いたならこちらに一隻を割り当てて龍鯨の情報だけでも先に報告させるのだが仕方が無い。またロウサ湾に艦隊が集結中ということはクモイ沖に残した艦隊、東大洋艦隊も分かっていると思うで、その時に偵察任務に当たっている船と出会えれば龍鯨の情報を先に渡す。また、もう偵察が済んでいると言われたら危険なことはせずに海域を離脱。

 三つ。ファスラ艦隊再集結――まだ沈んでいなければ――後に、東大洋艦隊の邪魔にならないように決戦に参加すること。今考えている参加の形式は、前哨戦として龍鯨の探索撃滅後、正面戦闘を避けつつ敵艦隊へのかく乱攻撃を行うことである。非装甲艦の出番は決戦でほとんど無いだろう。

 四つ。決戦が既に終了している、またはそれに類似した状況であった場合は情報収集に当たって別の計画を立てる。ファイード朝にまで逃げ込むことも視野に入れる。

 これ以上の行動は複雑になって実効性が落ちるのでここまでとする。偵察、報告だけで十分忙しい。


■■■


 ロウサ湾へ北西側から――単純な北からの南進よりも航路的に予測し辛い――やや迂回するように接近する。お決まりの手段だが、台風通過直後を狙えるのならば狙った。そして台風とまではいかないが低気圧通過の機会に乗じることが出来た。荒天の後の船員は疲れ、こんな状況で作戦に動いている船もいないだろうという思い込みで監視要員の注意力が落ちる。台風直後はむしろ警戒しろと、こちらの行動から予測している可能性はあるが、それも回避してとなると何も出来ない。

 湾内には避泊のためか単純待機か、敵艦隊が確認出来た。荒天時でも衝突しないように、しかし即座に信号で連絡が取れるようにと固まっている。

 アラジ先生が軍艦を砲隊鏡で一隻ずつ確認し、数学も使って船体の全長全高、排水量――流石に正確性は落ちるらしいが――まで割り出し、帆柱と煙突と砲門の数を数え、装甲化しているかしていないか、それらをまとめて記述し、特徴を捉えるために絵に描いている。先生に色々と親切丁寧熱心に教えて貰っているせいで、気付いたらかなり器用になっているイスカも手伝っている。本当に有能な、もう昔のように恥ずかしがることもなく股間を膨らませている変態男だ。親戚のおじさんとしてはイスカがあの男の嫁に行っても特に反対しない。

 そして一方のファスラ頭領はというとヘリューファちゃんに乗り、龍鯨索敵ついでに敵艦隊の提督の首を狙いにいった。天政の軍艦は昔と違って龍人を船に分乗させたり、あの蛇みたいな化け物に跨った水上騎兵みたいなものまで導入しているので昔のように上手くはいかないと思うが、どうだろうか?

 群島海域でもない海上からの偵察は陸上のように障害物を利用して隠れようもない。相手から見れば水平線の向こうから帆柱の先のみを突き出しているような形になるまで距離取ればそうでもないが、縦横に配置されている決戦艦隊を見て回るためには、器具を使う先生のためにもそうはいかない。そして追撃艦が出動して来ても直ぐに逃げられるよう、龍人が移譲して来ないように走り続けて高い速度を維持。これは龍鯨対策でもあり、爆雷も複数深度に調整して用意してある。

 艦の状態を偵察されることは、能力の露呈に繋がって戦いでは不利になる。大きさが分かれば、距離か速度か、もう片方を計測出来たならもう片方も算出出来るので精確な砲撃を加えやすくなる。旧式砲の旧型艦ならともかく、ランマルカの最新鋭軍艦の照準器ならばこの数値を活かせることは確認済み。火力も大体推定出来ればどれにどの艦をぶつければ良いか考えることも出来るので戦術幅が増える。

 全艦隊が動き出すとまではいかないが、敵艦同士が手旗のやり取りを済ませてから八隻の蒸気帆走艦が帆を広げたうえで煙突から大きく煙を吹き出して走り、ファルマンの魔王号がどちらに転回しても追撃出来るようにと機動する。そして既に、龍鯨か龍人か双方がこの船に対して水中からの攻撃を画策していると見込んで総員、砂を甲板に撒いて武器を持ち、作業中の者のための武器箱も用意。白兵戦用意を済ませてある。

 見えている敵艦からは逃げられそうだ。蒸気機関で回す外輪と合わせて走ってくるので短期には距離を詰められるが、あれはいつまでも全力で罐を焚いていられるものではない。

 見えていない龍人からは、移譲を、少なくとも集団で一気にされる船足ではない。砲門は閉じて、こじ開けられない様に閂もしてある。奴等の筋力なら分厚い蓋も破壊、こじ開けて来るだろうが、叩く音がすれば迎撃射撃体勢を取る合図になる。

 水上騎兵はどんな動きをするか、どの程度の数が用意されているか正直分からない。子水竜相当の動きをすると仮定して、舷側では機関銃と散弾詰めの抱え大筒を即応体制で用意。

 アラジ先生とイスカが敵艦の数を三十四隻、装甲化した砲戦重視の帆走艦が二十二隻、外輪を備えた蒸気帆走艦がこちらを追っている八隻、補給艦が四隻と確認して海域離脱を計る。布張りをして術使いに姿隠しの術をさせて追撃の目を惑わす。逃走方向は、今回は間違いなくクモイ方面。

 ファスラ頭領の心配はしなくて良い。

「よっと」

 船の壁面をよじ登って帰って来た。ヘリューファちゃんも船底の専用空間に入った様子。

「蛇みたいなのに追っかけられちまった。手ぶらだ」

 その後は「ちんちんぶらーん」と言いながら全裸になって甲板で寝てしまった。かなり疲れたらしい。


■■■


 ファルマンの魔王号、欠員無くクモイ沖に無事到達。

 懐かしのファスラ艦隊、兄弟艦に会って旗信号で挨拶、礼砲も一発入れる。

 兄弟艦と情報交換をするに、アマナ海決戦もクモイ決戦もまだ行われていないそうだ。陸はともかく海上での小競り合いは無く、準備だけは進んでいるとのこと。各船の修復補強と、東大洋艦隊から供与された兵器の装備と習熟訓練、艦隊訓練などなど。

 龍鯨に関して彼等は全く知らないらしい。秘匿されていることが分かった。対策用の爆雷の作り方と、鯨と魚群に対して行った訓練内容を教授して用意させる。決戦時には対龍鯨戦に参加して貰う予定であることや、成功したら歯や骨を分割してそれぞれの船に飾って自慢して回ることも。角先――角全体は大きすぎる――は勿論、一番の功労艦に与えられること。

 クモイ沖に留まっている東大洋艦隊の軍艦とも情報交換をすると、艦隊主力はこちらへ向かっている最中らしい。クモイ沖で待ち構えるのか、ロウサ湾にいる敵艦隊へ先制攻撃を仕掛けるのかは不明、機密情報で明かされないが、ともかくまだこの海域には到着していない。龍鯨にロウサ湾へ集結している艦隊の情報、爆雷の作り方を教えたら旗艦のところまで後で先導すると言われた。

 ランマルカ海軍からの許可を得て補給と休息のためにクモイ港へ寄港する。飯屋、飲み屋、宿屋は営業していないと兄弟艦から聞いた。陸上で我々のような他所の船員が利用出来るのは番号札を持って並んで利用出来る公営の風呂屋と売春小屋。

 船以外の場所で食事が取りたかったので港の岸壁や浜に茣蓙、机に椅子を広げて食べた。料理人を休ませたかったが、共和革命派の社会主義的な規律のせいで誰かを雇うことも出来なかった。料理が出来る奴を交代要員として使ってみたものの、こんなもの作りやがって、俺の厨房に触るなという顔を料理長がしていたので一回だけで終わった。

 船以外の場所で寝たかったので、天気が良ければ甲板の上、港の岸壁や浜で寝た。倉庫は空きがあれば良かったが、空きがあっても管理上使用不可。

 寄港した後でも船に留まると魂が腐ってしまうので、陸へ用が無くても赴く。ただ労農一揆軍は余所者、異思想者に排外的な性格を見せているので街に入るのは朝か昼まで。夜は確実に喧嘩から殺し合いになる可能性があった。

 イスカを連れて、手を繋いで散歩に出かける。南洋の黒い顔で、女の子一人で街を歩いていたら問題が起こらないわけがないので保護者付き。男一人だけでも変な連中が寄ってきそうなので船員も、喧嘩早くない奴を適当に数人選んで連れて行こうと思ったが、折角だからと半舷上陸くらいの規模で遊びに行った。労農一揆軍の憲兵が流石に見咎めて来たので同行するように要請。

 街並みは労農一揆の赤旗が、我々が占拠したぞと勝ち誇るように多数翻っていて、日光の旗への反射も合わさり全体的に赤染めとなっている。

 建物は以前にあったはずの物が無くなり、建材真新しい色の物が現れた。屋根色の違いから修復、改装された様子も見られる。それから各所に数人分だけの絞首刑台が複数見受けられた。アマナに首吊り死体を晒す風習は無い。それに一番近いのは磔刑後にそのまま晒すか、台乗せの晒し首が一般的である。あれはランマルカから導入された考え方と設備。革命で文化も変わっていくのだろう。

 街中ではお喋り無しの速足。どこかに留まってはいけないようにして散歩経路は、労農一揆の憲兵隊が気を張る重要軍事施設には一切近寄らない道を選んだ。これだけではつまらないので、自由に遊べる浜辺を目的地にして、到着したら泳いだり走ったり石投げたり相撲取ったり、流木を刀槍に見立ててぶん回し、大声で歌って、ただ叫んで、防風林の松を登ったりして腹が減ったら終了。

 因みに釣りはどこでも禁止である。漁業資源は労農一揆軍の公共財産ということである。イスカが監視についてきた憲兵に「かにかに」と獲った磯蟹を見せていた件は咎められなかった。あれが妖精だったらと思ったら背筋に来るものがあった。


■■■


 補給と休息が終わる前に東大洋艦隊主力がクモイ沖に到着し、寄港せずに補給船経由で補給作業を始めた。旗艦のところまで先導するという言葉がこういう形で現れる。情報は機密。

 ファルマンの魔王号から小船を下ろし、ランマルカの海軍士官も同乗。魔神代理領の旗を立て、正式な使者という体裁を整えた上で東大洋艦隊の旗艦へ向かう。軍艦が揃う海上は波が複雑にぶつかりあって乱れる。

 見たところの東大洋艦隊主力の陣容。

 超大型装甲帆走艦が二隻。蒸気機関を積まない分、単純な構造で船員が多く装甲が厚くて艦砲弾薬の搭載量が多い。強い。

 大型装甲蒸気帆走艦が六隻。推進装置が外側にある外輪型ではなく、水中にある暗車型。戦闘能力は低くない。旗艦がここに含まれる。

 もう一隻、大型装甲蒸気艦があり、あれは士官が言うに冬季航行用の破氷艦らしい。砲門数は少なかったが煙突の数が多い。

 中小の外輪型も単純な帆走型も合わせた軍艦が十六隻。外輪型は特に搭載艦砲が少ないので戦闘向けではなく、曳船としての運用が主。

 後は補給艦が八隻と、浮き船渠資材を展開出来る大型工作艦が一隻。今、蒸気機関の調子が悪いらしい艦が、他の艦に曳航されて浮き船渠に入れられて修理を受けている。

 ロウサ湾の艦隊と比較して戦艦で三十対二十五。これにファスラ艦隊の拿捕装甲帆走艦二隻、非装甲艦八隻を合わせると三十対三十五。拿捕船で強化された天龍艦隊が加わってくれればと思うが、あちらサイシン半島での海上作戦で必死になっているので呼び寄せることは無理だ。

 ロウサ湾の艦隊がこれから強化されないとしたらこちらに数的優位がある。艦型も艦砲も違い、龍鯨や龍人という要素が色々とあるので単純比較は難しいが。

 船員達が櫂走する小船に揺られて旗艦に接舷。頭領、先生、自分と三人が乗船し、あちらからは軍礼を持って提督、艦長、当直士官から迎えられる。

 ランマルカの船には女性水兵に士官もいる。ランマルカ妖精の体格は妖精にしては大きく、人間並みが多いが、顔つきは綺麗というか可愛いというか幼い。赤毛の子とすれ違う時に、あちらは何を思っていたかは知らないが、こっちをそばかす顔の緑の目で見上げて首を「ん?」っと傾げた時は頭を撫でそうになってしまった。引力が強い。アラジ先生は息が荒い。ちょっと何か、疾患があるのかと思うくらいにこの変態は齢のいかぬ少女に敏感である。

「亡命するとか言うなよ」

「下半身の導きだけではね」

 先生が、頭領から後ろ手にチンポを掴まれて言う。

 士官室へ提督を先頭に案内され、こちらが得た情報を旗艦士官各員へ伝える。それをどう解釈して他の艦に伝えるかは提督判断だ。また再説明の機会もあるかもしれない。

 士官の中で、あのハッド妖精がこっちを見て、パっと笑って「シゲシゲ!」と席を立ち、小走りに脚に抱き着いたら背中に上って肩に顎乗せて来て「んふー!」と鼻息を吹き掛けて来た。これがランマルカ人を島から皆殺しに追い出したというんだから分からんな。

 ロウサ湾における敵艦隊の偵察情報を告げた。これまでの海戦内容から、それだけならば十分に勝算有りという雰囲気であった。

 次に龍鯨の情報を告げれば難しい顔となった。先生が鞄から出した龍鯨の骨格標本を見せ、あの怪物が出来ることを解説し、遭遇した時の様子、対水竜爆雷訓練の結果を伝えた。

 対龍鯨作戦には各艦との連携が必要ということで、改めて旗艦に全艦長を集めて会議することになった。アマナ海決戦に向けた最終調整の段取りが始まる。

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