第322話「化身」 チェカミザル

「崖の上に塔を建てました!」

「その仕事、棒神ザガンラジャード!」

「わ!? やった! 僕ザガンラジャード!」

 ルッサル地方のリチエ川中流より上流にかけて縦深防御線を構築中である。既にロルコン地方とリチエ川下流域は焦土作戦の後に放棄し、大規模な戦線の圧縮を実行した。

 ロルコン戦線では強力な砲兵を伴った南洋軍がニビシュドラ軍の加勢に現れた。頑強に抵抗しても無意味と判断し、遅滞戦を散発的に行って後退した。

 リチエ川河口部のケムアラには鋼鉄艦隊が現れて艦砲射撃を始めて上陸作戦を実行、阻止は火力差から叶わなず、奪還も同様と判断したため交戦せずに後退した。

 戦線圧縮と平行した焦土作戦中に建物と畑を燃やし尽くし、堤防を破壊し、水源を糞尿死骸が足りなければ泥で汚した以外には、仕掛けたこちら側も把握出来ない程に膝下を狙う程度の細い杭入り落とし穴――類似の膝下を狙う罠多数――を仕掛けまくった。また戻ることは考慮せずに全てに泥、糞、死骸塗り。毒性はいずれ弱まり、穴も雨で潰れるだろうが今は乾季。雨季まで凌げれば良しとした。

 既にニビシュドラ島内における人間以外の種族はほぼ全て解放し、インダラ軍の領域、安全な地域へ退避させている。戦いはこれからが本番。今までの快進撃のような北進は序盤戦だったのだ。

「ザガンラジャード山車を持て! 脱輪、担ぎ上げるぞ!」

『おー!』

 御本棒おわす山車を皆で「せーの!」『よいしょー!』と担ぎ上げ、車輪を外して御輿形態へと移る。乗った楽団が演奏をチャンカチャンカと始め、王は屋根の上で扇を両手に踊る。

「直進するのがザガンラジャード! 鉄の棒は曲がらぬ直棒一直線!」

『おー!』

「王様王様、王様は迂回しないの?」

「王様は直進するのがザガンラジャードなの」

「そうなんだ!」

 これよりザガンラジャード御輿は崖を登る。

「縄を降ろせー!」

『おー!』

 高所より、リチエ川沿いに遡上、侵攻して来る敵軍を見張るための監視塔と周辺の建物の柱――勿論直棒に固くそそり立つ――にニビシュドラ名産である麻縄を巻いてたくさん垂らさせる。

「担いでわっしょい登攀だ!」

『担いでわっしょいわっしょい!』

 麻縄で御輿を縛って吊り上げるだけなんてことはしない。それでは担いだとは言えない。だから皆で持ち手と垂らした縄を片手で掴んでよじ登っていく。肩に担ぐだけの状態より人数は十倍以上多くした。

 そして王は、屋根の縁を足の指で掴んで水平に立つ。

「王様がそそり立ってる!?」

「それも二方向だ!」

「ザガンラジャードの化身だ!」

 そして踊る。

「はいそれそれそれそれ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! わっしょい!』

 少しずつ御輿が崖を登る。下からは長い直棒で支えが入り、崖中腹の足場からも支えが入る。皆の長くて真っ直ぐな、でも力が入って反ってしまう棒が突いて助ける。

「まだまだ低いぞ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! わっしょい!』

 片手で崖を、縄を使って登攀するだけでも大変なのに御輿も引っ張らないといけない。中には口で噛んで引っ張り上げて両手で登る者もいる。そう、それがザガンラジャード。

「まだまだ半分、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! わっしょい!』

 地面まで距離がある。王は屋根の縁回りを掴みながら水平に立ったまま、歩いて踊って扇を煽る。

「あと少し! あと少し! もうちょっとだよ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! わっしょい!』

 遂に、崖上の皆の手が加わって御輿が監視塔の下まで運ばれる。

「到着! 到着! 直に立ってる塔の根本に到着だ!」

『わー!』

 皆喜び、楽しい演奏に合わせて踊る。

 楽しいから国技の油相撲をしよう!

「ヌルヌル、油相撲だ!」

『おー!』

 御本棒が御立ちになる前で、皆全身に油を塗って相撲を取る。

「よっし来ーい!」

「王様、お相手します!」

 手を前に出し、にじり寄り、手四つ。握って、横? 下? 王様はそのまま握って後ろに倒す。相手はのけ反って、しかし頭で支えて背中を地面に付けない。

「えいやー!」

 そののけ反った腹に腹を合わせて圧し掛かって潰し、相手の背中を地に付けて負かす。

 身体がヌルっと滑ってヌルネッチョン、離れる。

「負けた!」

「王様強い!」

「相撲藩王チェカミザル!」


■■■


「逆襲用の川船を揃えました!」

「その仕事、現軍神ゾルブ!」

「わ!? やった! 私ゾルブ!」

 リチエ川下流と中流の境目とされる都市ダブラナーヤは、ロルコン地方へと繋がる街道の結節点。ここを守備拠点にすると下流と内陸路の二方向から攻撃を受けるので要塞として補強しない。その代わりに建物を全て潰し、水路を破壊して広い沼地のように地形を変えた。

 ダブラナーヤは都市だけあって軍をある程度集結、編制するのに良い広さがあったがそれを泥にし、平な地面は穴だらけにし、ただ邪魔をするためだけに杭を打って並べた。

 ここには居座らず、しかし機動的に動ける河川部隊を用意して一撃離脱による機動的な守備体制を整えたのだ。乾季でもそこそこ水量が見込めるこのダブラナーヤ、雨季になれば湖くらいになってしまうだろう。

「ゾルブ山車を持て! 脱輪、担ぎ上げるぞ!」

『おー!』

 教導団団長おわす山車を皆で「せーの!」『よいしょー!』と担ぎ上げ、車輪を外して御輿形態へと移る。乗った楽団が帝国連邦の陸軍攻撃行進曲を奏で、王は屋根の上で扇を両手に踊る。

「地形を選ばないのがゾルブ! 土と泥と水の上で戦うのが水陸共同作戦の心得!」

『おー!』

「王様王様、王様は大丈夫なの?」

「王様は当たらないのが名将の基本なの」

「そうなんだ!」

 これよりゾルブ御輿の上で回避行動を取る。

「撃ち方始めー!」

『はーい!』

 足場の悪い泥の上でわっしょいと御輿が揺れ、王は四方八方から投じられる矢に投石を避け、不可能ならばら扇で受け流してその隙を作り出す。

「戦いの基本は当たらないのがわっしょい!」

『当たらないのがわっしょい!』

 足場が悪く、練り歩き、段差があれば足場が不安定。その状態で矢と石が降り注ぐので容易に避けられない。勿論、楽団や担ぎ手は対銃撃仕様の装甲板に守られている。銃火を恐れず突撃する山車は防御にも優れる。

 そして王は、そのような装甲も不要と脱衣しながら踊る。

「王様が全回避!?」

「脱いで被弾面積が一本増えた!」

「ゾルブの賜物だ!」

 そして踊る。

「ほーいほーい、よいよいよい、わっしょいホーハー!」

『わっしょい! ホーハー!』

 矢を叩き落としてはいけない。石は重く、扇が壊れるので叩き落とせない。避ける、流す、そう水のように流し、泥のようにあまり動かず、土のように常に地に、屋根に足をつけ続ける。飛んで跳ねて避けない。

「まだまだ簡単、わっしょいホーハー!」

『わっしょい! ホーハー!』

 銃兵隊が密集横隊で構え、横五十列、縦三列の一斉射撃体制に入る。彼等は新たに兵隊さんとして登録されたニビシュドラ島在住の妖精達だ。

「訓練と儀式を兼ねるぞ、わっしょいホーハー!」

『わっしょい! ホーハー!』

 そして「構え!」「狙え!」「撃て!」と重なる銃声百五十発。空気を切り、装甲板から火花が散り、跳弾が周囲の泥を跳ねる。

「上手だよ! 上手だね! 一斉射撃が揃ってる! わっしょいホーハー!」

『わっしょい! ホーハー!』

 遂に用意していた石と矢が尽きる。王様の全回避を見た新しい仲間達が拍手をする。

「無傷! 無傷! 朕に痛いところは一つも無いよ!」

『わー!』

 皆喜び、楽しい演奏に合わせて泥んこに踊る。

 楽しいから国技の泥相撲をしよう!

「ドロドロ、泥相撲だ!」

『おー!』

 現軍神が御覧になる前で、皆全身に泥を塗って浅い沼で相撲を取る。

「よっし来ーい!」

「王様、お相手します!」

 手を前に出し、にじり寄り、手四つと見せて首の後ろを掴んで引く。引く力に相手は逆らわないで飛び込み、肩が脛に当たり、膝裏を抱え込まれた。

「えいやー!」

 相手を下にしたまま、抱えられた脚を前へ、そうではない脚を真後ろへ縦に開脚し、二人の体重をかけて泥に沈め、首を抑えたまま漬けて負かす。

 身体がドロっと滑ってドログッチャ、離れる。

「負けた!」

「王様強い!」

「相撲藩王チェカミザル!」


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「コトポ山の中腹に砲台を設置しました!」

「その仕事、火神スクスルタリ!」

「わ!? やった! 俺スクスルタリ!」

 リチエ川上流のコトポ山、この主水源地帯に山岳要塞を建設する。この一帯は密林、用意が無ければどんな大軍も蝕んでしまう猖獗の地である。病原媒体の虫が蔓延り、まともな食べ物も無い。農村地帯でもあれば策源地には多少なるが、そういったものは全て廃棄、移転した。

 この山岳要塞に必要とされる防御力は決して大きなものではないが、容易に攻略されるようではいけない。硬い岩盤に守られた山の砲台が撃ち下ろしに敵包囲軍を蹴散らせる程度は必要である。

 山を堅持する理由は多重に築いた堤防群を守るためである。マトラの同胞達の戦訓により、山を勢力圏として堤防各種を築いて川の水量を、上流を統制出来るのならばその下流域を統制出来たと同義。ましてやこのニビシュドラ、雨季乾季の差が激しく、管制出来るのならば破局的な洪水すら人為的に起こせるという見込みがある。

 敵も地理気候に精通しているので愚かな行為は避けるだろうが、雨季に敵が攻勢に出たならばリチエ川を氾濫させ、無傷で屠れる可能性すらある。そんなことは理解しているだろうから、雨季は攻撃を停滞させるだろう。

 雨季はまだ、そろそろ来て良いが来ていない。

「スクスルタリ山車を持て! 脱輪、担ぎ上げるぞ!」

『おー!』

 御本砲おわす山車を皆で「せーの!」『よいしょー!』と担ぎ上げ、車輪を外して御輿形態へと移る。乗った楽団が演奏を、空包混じりにドンチャンと始め、王は屋根の上で扇を両手に踊る。

「発射するのがスクスルタリ! 熱い穴は吐き出す鉛が大衝撃!」

『おー!』

「王様王様、王様は熱くないの?」

「王様は火の玉熱血でむしろ温度差がスクスルタリなの」

「そうなんだ!」

 火の勢いは足りないかもしれない。何が足りない? そうスクスルタリは火砲の神様でもあるのだ。幸い、糞石という火薬原料補給手段の知識がアマナ帰りのセリン艦隊の船のおかげでもたらされ、火薬不足問題は当面の解決を見た。蝙蝠の糞石はその辺の洞窟を探ればいくらでもある。今まで誰も採掘して来なかったから豊富。

「火と煙と音を絶やすなー!」

『おー!』

 燃える御輿が神に捧げられる。空砲は楽しく、砲台の大砲も試射、訓練を兼ねて砲撃を開始する。

「燃えろよわっしょい行進だ!」

『燃えろよわっしょいわっしょい!』

 これよりスクスルタリ御輿は夜空の下、光に寄って来る羽虫を焼きながら燃える松明をたくさん挿して要塞とその周辺、兵舎を巡る。

 そして王は、両手に両端が燃える松明を持ち、頭へ鉢巻に二本挿し、尻の穴にも松明を挿し、男根にも括り付けて踊る。火の勢いと数が信仰心。

「王様がいっぱい燃えてる!?」

「すごいなー! あこがれちゃうなー!」

「スクスルタリの化身だ!」

 そして踊る。

「いけいけどんどん、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! どんどん!』

 小銃も大砲もどんどん撃っちゃう。久し振りの火力演習はお祭りと一緒にどんどん発射。

「実弾射撃だ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! どんどん!』

 スクスルタリ像に仕込まれた大砲も発射。山の水路工事も兼ねたお祭り発破もどんどん点火。仕事とお祭りを両立させてしまうのがスクスルタリ。

「力が強いぞ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! どんどん!』

 山岳要塞近辺の密林が焼き払われ、高い木を、広い葉を消していく。砲台の有効射程圏内の見通しを良くすることによって敵が接近しても観察がしやすく、砲弾を命中させるのに都合が良い。敵に隠れ場所を与えてはならない。

「火の力! 火の力! もっと燃えろよ、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! どんどん!』

 乾季が終わる前に、乾燥した密林が、山の周囲が炎の海に飲まれて夜空を照らし、煙を上げて周囲を覆いつくす。

「炎上炎上! 大炎上! もっと熱くなれよー!」

『わー!』

 皆喜び、楽しい演奏に合わせて踊って撃ちまくる。

 楽しいから儀式の火輪相撲をしよう!

「メラメラ、火輪相撲だ!」

『おー!』

 燃え盛る油塗り縄の円陣の中で、生贄用の人間と相撲を取る。

「よっし来ーい!」

 相手は混乱しているようで叫び続けている。

 火輪相撲は押し出しが決め手。張り手でまず狙うのは眉間で、相手の視力や思考力を奪って一瞬失神同然にしてから胸を、体重を乗せ、肩が衝撃を吸収しないよう骨で押すように、前へ出るよう押っ付けまくる。

「えいやー!」

 相手の体勢が決定的に崩れた所で諸手突きで火縄に倒す。縄のたるみと火に溺れるように、巻かれて絶叫、火傷に身体の皮と脂肪を垂らして戻って来たところをもう一突き、火に戻す。

「動かなくなったよ!」

「王様強い!」

「相撲藩王チェカミザル!」


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「リチエ川とザボア川の間に道路が通りました!」

「その仕事、星神ガマンチワ!」

「わ!? やった! わたくしガマンチワ!」

 ルッサル地方のリチエ川とインダラ地方のザボア川、このニビシュドラ島南部における主要河川二本は水路で繋がっておらず、道路もほとんど整備されて来なかった。従来までは陸路を行くより海路が近かったのである。

 海路が使えない我々は陸路整備に着手してしばらく経ち、成功した。両河川を繋ぎ、一本の縦深陣地とすることが出来ればニビシュドラと天政軍の攻勢への対処は非常に強靭なものとなる。またこの道は解放した住民達を未開拓地同然のササヤ地方やインダラ地方東部へと導くことが出来る。

 未開拓地を整備するのは大変なことである。これからの数年で戦いが決するのであれば開拓事業に手を出している余裕などないが、これが数十年、百年と続くのならば絶対に必要だ。広大な縦深防御を維持するために広大な策源地が必要である。それも、敵海軍が全く手の出せない土地に。

「ガマンチワ山車を持て! 脱輪、担ぎ上げるぞ!」

『おー!』

 御魔女おわす山車を皆で「せーの!」『よいしょー!』と担ぎ上げ、車輪を外して御輿形態へと移る。乗った楽団が演奏をピーヒャラと始め、巫女歌手が高い声で魔女を意識した擬声歌を歌い、王は屋根の上で扇を両手に踊る。

「予言するのがガマンチワ! 血の力で運命すら捻じ曲げて皆を幸せにするんだ!」

『おー!』

「王様王様、王様はお休みしないの?」

「王様はおはようからおやすみまでガマンチワなの」

「そうなんだ!」

 これよりガマンチワ御輿は不眠不休で新道を練り歩く。

「疲れた人は疲れてない人と交代するように!」

『おー!』

 リチエ川源流のコトポ山から、ザボア川源流のトゥアンモロ山までわっしょい遠足行進。これは道が確かに繋がって、重量物を大勢で運搬しても大丈夫か確認するためでもあり、地盤を踏んで均すためでもある。

「担いでわっしょい遠足だ!」

『担いでわっしょい!』

『ホヴォー!』

 ガマンチワ御輿は朝から次の朝までずっと進み続ける。担ぎ手は次から次へと、赤帽党員も現地妖精も獣人も鳥頭のインダラ、カピリ人と変わっていく。

 そして王は、新しい担ぎ手に「おはよう!」と言って疲れて休む担ぎ手に「おやすみ!」と声を掛ける。

「王様が全然休んでない!?」

「無限に精力絶倫だ!」

「ガマンチワの化身だ!」

 そして踊る。

「おはよう、おやすみ、こんにちは! それわっしょいわっしょい!」

『わっしょい!』

『ホヴォー!』

 道路は砂利引きの道がほとんどで、川や涸れ川があれば橋が架かる。雨季乾季で水の有る無しが変わるので油断せずに架けないといけない。

「道は続くよあっちまで、それわっしょいわっしょい!」

『わっしょい!』

『ホヴォー!』

 砂利だけではなく石畳みの区間もある。非常に頑丈に作られている道は良く水没するような水はけの悪い場所でもある。最悪、冠水しても足を取られずに歩けるようにと要所で工夫がされる。全てを石畳に出来ないなら部分で対処。

「道が良いから順調だ、それわっしょいわっしょい!」

『わっしょい!』

『ホヴォー!』

 幾日も御輿だけは止めず、人を代えながら遂にトゥアンモロ山が見える場所まで到着する。駅を使って休まずに手紙だけを走らせればこのくらいで到着するという目安の時間も判明した。

「見えて来た! 見えて来た! お休みするまでもうちょっと、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい!』

『ホヴォー!』

 そして遂にインダラ軍が新しく首都に構えたトゥアンモロ山にまで到着する。以前はプアンパタラ諸島のシェルーで守備任務についていた同胞赤帽軍の仲間達とも感動の再会に大踊り!

 既に、かつてのインダラ地方の主都スンバオは重装備の南覇軍による強襲上陸で陥落してしまっている。何も残さず焼いて破壊して物資を持ち去った後ではあるが。

 敵は橋頭堡を築いてしまっている。北はケムアラとダブラナーヤ、南はスンバオ、大きく見ると挟み撃ちにされている。しかしこの新道貫通により、敵はむしろ南北に分断されているとも言えよう。

「貫通! 貫通! 敗北の運命を捻じ曲げたぞ!」

『わっしょい!』

『ホヴォー!』

 皆喜び、楽しい演奏に合わせて踊る。インダラ人がガマンチワの歌を歌う。

 楽しいから儀式の首刈り相撲をしよう!

「ザクザク、首狩り相撲だ!」

『おー!』

 ガマンチワの血受けの杯が用意され、生贄用の一番たくましい身体の人間と相撲を取る。

「よっし来ーい!」

 相手は瞳孔が開いた目で突撃してくる。

 こちらは短刀を口に咥えて両手を使えるようにし、相手は初めから手に持っている。突き出すその小手を取って肘を折りながら足払いもかけて投げる。

「えいやー!」

 勢いも借りた相手が地面に投げ出され、小手を取っていない手で短刀を掴んで心臓に一突き、そこから首に刃を回してごりごりと切って、頚椎の隙間に入れて軟骨剥がしに折って頭をもぎ取り、杯に血を入れる。

「頭が取れちゃった!」

「王様強い!」

「相撲藩王チェカミザル!」


■■■


「ザボア川への水路接続が済みました!」

「その仕事、水神ヤトパ!」

「わ!? やった! おらヤトパ!」

 雨季向けに今は空になっている水路がザボア川に複数接続された。雨が降ればそれら水路へ今は枯れている水源地から水が流れ込み、大洪水を引き起こして下流にある、現在南覇軍が制圧しているスンバオの都市を水没させることが出来るだろう。もし足りなければ後から継ぎ足しすれば良い。

 今のこの乾季から雨季に切り替わる時期に敵が攻勢に出て来るかは怪しいところだが、もしそうしたならば、川沿いに形成される侵略軍の隊列は破滅的な運命を辿るだろう。

「ヤトパ山車を持て! 脱輪、担ぎ上げるぞ!」

『おー!』

 螺旋蛇おわす山車を皆で「せーの!」『よいしょー!』と担ぎ上げ、車輪を外して御輿形態へと移る。乗った楽団が演奏をシャンラシャンラと始め、風鳥頭の皆が鳴き歌い、王は屋根の上で扇を両手に踊る。

「台風洪水高潮を呼ぶのがヤトパ! 災い転じて福と成せ、神の嵐が敵を討つ!」

『おー!』

「王様王様、王様の交代はいないの?」

「王様は水の中でヤトパと一緒なの」

「そうなんだ!」

 これよりヤトパ御輿は川へと入水する。

「水没せよー!」

『おー!』

 ザボア川の深いところへ御輿は進んで水の中へと沈んでいく。浮いてしまわないように皆は身体に石の錘をつけて水底へ脚をつける。

「担いでわっしょい水行だ!」

 水中で皆が声をあぼぼぼあばって上げる。

 担ぎ手は息が切れたら交代していく。水中でも声出しをするから潜水が得意な者でも長時間水中に居られないのだ。

 そして王は、完全に水没した状態から水上には出ない。

 ぼうばばがぶっぼびぶぼばば!

 びぃぼぶばあぼおぼばばびば!

 ばぼばぼべびぶば!

 そして踊る。

 ばっべばっべーばばんばばっぼーばっぼー!

 ばっぼーばっぼー!

 水流があり、川の底は砂利だったり脚がもつれる砂だったり、踊って水中わっしょいしながら川を行き来するから大変だ。

 ばばばるばっぼぼばっぼぼ、ばっぼーばっぼー!

 ばっぼーばっぼー!

 大切なのは御輿を動かし続けることなので水の巡りのように担ぎ手が、音が鳴らない水中でも頑張る楽団が後退を続ける。

 ばぼばびばばべぶ、ばっぼーばっぼー!

 ばっぼーばっぼー!

 ザボア川へ流れ込む川の一つ、崖上にあり、滝になっているところまで移動。滝壺前は少し浅くなっている

「滝が見えたぞ前進前進、わっしょいわっしょい!」

『わっしょい! わっしょい!』

 滝壺へと御輿は突入、踏ん張らないと流される強さの落水に耐えながらわっしょいと練り歩く。

「踏ん張る姿が信仰者! 水は僕らの味方だよ!」

『わー!』

『キェピー!』

 皆喜び、楽しい演奏に合わせて泳ぐ。

 楽しいから国技の水相撲をしよう!

「ジャブジャブ、水中相撲だ!」

『おー!』

 虹鱗の螺旋蛇がとぐろを巻く前で、皆裸になって水に潜る。

 ぼっびぼー!

 ぼうばば、ぼばいべびばぶ!

 水中故の、素早く動こうとしてもゆったりしてしまう中、肺の空気の配分を考えて運動量を考える。王はゆっくりと前進して相手の出方を待つ。

 べばー!

 相手が思わずこちらに出した手首を掴んで引っ張り、腹に抱き着いて横隔膜を下から顔で押して息を吐かせて溺れさせる。

 相手が戦うことよりももがいて水面へ出ようとしたところで解放。

 ばべば!

 ばうばぶぼい!

 ぶぼうばんぼうべばびばぶ!


■■■


 お祭りを通して縦深防御が確立されたことを確認した。

 次は陽動作戦を実行する。スパンダ将軍はまだザボア川下流域で、南覇軍と対峙するように軍を構えているのだがその撤退を支援する。また孤立状態になったカピリ島へ、長期戦指導のための指導教官隊を派遣するので敵の注意を少しでも引き付けたいとのこと。カピリ島へは小船を使って密航するように、海賊稼業をするように向かうらしい。

 ザボア川を下り、スパンダ将軍と前線を交代する。

「歌えや歌え! 赤帽党歌、五っばーん!」

『五っばーん!』

 軍楽隊が楽しく楽器を演奏開始!


  赤帽党! 赤帽党! 不滅の鉄腕赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 不倒の鉄棒赤帽党!

  清くて正しい赤帽党!

  凄くてよろしい赤帽党!

  不朽の忍耐赤帽党!

  不抜の頑張り赤帽党! はい!


 派手に少数精鋭の、旗を一杯立てた山車部隊だけで騒いで南覇軍を引き付けるために前進。インダラ軍は交代しつつ、我々が逃げ込めるように迎撃部隊を段階的に配置している。


  赤帽党! 赤帽党! 骨まで元気な赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 尻までみっちり赤帽党!

  無欠の集団赤帽党!

  無心の軍団赤帽党!

  総力一点赤帽党!

  総力一点! 赤帽党! はい!


 川を下って、南覇軍の前線が見えるところまで前進。

 敵は全くこの誘いに乗らない。これで敵が攻撃を仕掛けて来ればこちらは交代し、待ち構えるインダラ軍が迎撃射撃を加えるのだが、叶わないようだ。


  赤帽党! 赤帽党! 揺るがぬ構えが赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 吠えろ爆轟! 赤帽党!

  唸るぞ唸るぞ赤帽党!

  猛るぞ猛るぞ赤帽党!

  赤い戦意の赤帽党!

  戦意が赤い赤帽党! はい!


 もっと前線に近づき、目立つ高台にも上ってみるが銃弾の一発も飛んで来ない。

 河口部に見える占領された、焼き払ったので焦げて廃墟となったスンバオでは南覇軍が上陸作業を継続している。紺水舞龍南覇軍旗が立ち、瓦礫を撤去した街に野営地が築かれ、大量の物資が陸揚げ。大砲も見え、港湾部と沖には鋼鉄艦隊が浮かんで煙を吐いている。あれは近寄ることも出来ないな。


  赤帽党! 赤帽党! 踏ん張れ気合だ赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 踏ん張れはち切れ赤帽党!

  赤い赤い赤帽党!

  真っ赤で真っ赤な赤帽党!

  熱血白熱赤帽党!

  白すら赤化の赤帽党! はい!


 南覇軍が川沿いに大砲を引っ張り上げているのが確認された。道は重量物を引くには悪く、整備されていないので鈍足である。ただ、遅いだけで着実に進んでいることが分かる。


  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい、もう一回! はい!


 攻撃の釣り出しには失敗したが、こちらの動きを怪しがって追撃を仕掛けて来なかったことを良しとし、山車部隊も後退する。血は流れなかった。


■■■


 軍のザボア川中流への後退が成功した。敵海軍の影響力が強い沿岸部は元より当てにはしていない。内陸悪路で持久戦。

 出来るだけ消耗を避け、雨と地形を味方につけて頑張る。百年続くのなら、百年後の子孫に頑張って貰おう。

「王様、こっちの女同胞にね、僕らの赤ちゃんが出来たんだって!」

 何だって!?

「すごい! えらい! お祝いだ! これで百年戦えるぞ!」

「百年!? すごい!」

「お祭りだ!」

『お祭りだ!』

 赤帽党は不滅!

 ザガンラジャード、ゾルブ、スクスルタリ、ガマンチワ、ヤトパの五柱を中心に会場を設けて歌って踊って、残る捕虜全ての首を切り、血を捧げ尽くす。ここからは転換点である。

 血を雨のように五柱へ浴びせて祝福を皆で願って回っていると、血ではないものが降ってくる。密林の中じゃないからヤマビルでもない。

「雨だ!」

「粒が大きいぞ!」

「南の空が真っ黒だ! 雲も早いぞ!」

「雨季到来! 雨季到来!」

「赤ちゃんが生まれるまで戦える! だから百年戦える!」

「共同体の皆の戦いが終わるまで何十年も行けるぞ!」

 ザボア川に繋がる枯れた水路にちょろちょろと水が流れ出すまで長い時間は不要だった。一気に、滝のように雨が降り始めた。予定通りに氾濫を起こせばザボア川と河口のスンバオだけではなく、リチエ川にダブラナーヤとケムアラだって洪水で押し流されて敵軍を討つ。

「歌うぞ歌う! 赤帽党歌、最後の六番!」

『六番! 六番!』

 軍楽隊が楽しく楽器を演奏開始!


  赤帽党! 赤帽党! 宇宙の果てまで赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 因果の先まで赤帽党!

  肉体進化の赤帽党!

  精神昇華の赤帽党!

  叡智を極める赤帽党!

  真理を極めた赤帽党! はい!


  赤帽党! 赤帽党! 不変の根源赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 可変の触手だ赤帽党!

  障害粉砕赤帽党!

  悪心浄化の赤帽党!

  破邪の一撃赤帽党!

  破邪の一撃! 赤帽党! はい!


  赤帽党! 赤帽党! 霊力放出赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 煌めけ爆霊! 赤帽党!

  光るぞ光るぞ赤帽党!

  中るぞ中るぞ赤帽党!

  赤い光明赤帽党!

  光明赤い赤帽党! はい!


  赤帽党! 赤帽党! 顕現自在の赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 常在降臨赤帽党!

  朱より赤い赤帽党!

  深紅と赤い赤帽党!

  黎明超越赤帽党!

  黄昏潰す赤帽党! はい!


  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい、お終いに、もう一回! はい!

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