第321話「縦横」 ベルリク

 新開発の、缶詰という物が三つある。金属容器に入れられた食べ物で、完全に密封されていて長期保存が可能らしい。空気やあの細菌という物から遮断されるかららしいが。開封方法はいささか強引で、短刀を使って蓋に穴を開けなければならない。お食事要塞。

 ”美味さ爆裂社会主義! 鉄と油が香り、血と汗の味がするマトラまん”と書かれた缶詰。

 合い挽き肉――時期、地域により入手出来る肉に偏りがあって指定無し――入りの蒸しパン。美味い。

 ”この栄養価重積載! 鉄と油が香り、血と潮の味がするハッド煮”と書かれた缶詰。

 鰯の油漬け。美味い。

 ”健康の秘訣は革命精神! 鉄と油が香り、血と堆肥の味がするランマルカ漬け”と書かれた缶詰。

 柑橘類の砂糖漬け。美味い。

 現在、イェンベンの都はレン・ソルヒンの即位式行事で大忙しである。街の料理人に我々帝国連邦軍の飯まで支度させる余裕は無いので出来るだけ取っておきたい保存食糧に手を付けた。宴席の相伴に預かるというのもあるのだが、総統としては式典に出席するわけにいかないので都内には入れない。出席する以上は家臣や格下扱いにしないと成立しない儀式形態なのでしょうがないのだ。

 即位式典に出席出来ないのならお祝いの品、手紙を贈るなどの手段もあるが贈り主も下々の一人として紹介するので不可能。かと言って顔や名も出さないのは不義理であるから名代としてジュレンカ将軍を派遣。名実ともに、流石に方面軍司令官は国家君主より格下なのでこれが妥協点である。

 祝賀の雰囲気であるがイェンベン周辺に屯っている軍は多忙である。

 イェンベン包囲の解散から、ワゾレ方面軍は南進準備、イラングリ方面軍は北進準備を進めている。それと並行して、その祝賀雰囲気と一連の戦いの疲れから動きが怠惰になっている素人集団のレン朝軍の猥雑な動きとぶつかって混雑となり、鈍足極まる。我々のような何度も遠征を経験して手続き知識もある職業軍人ではない、民兵に毛が生えたような連中なので荷物の取り扱いが悪い。頭と手際が悪い。しかも欠かさず行っている訓練なのか儀式なのか知らないが、天軍ではない方の光復党軍は定期的に広い場所を占有しては列を組んで叫びながら拳や蹴りを繰り出して騒ぎ出す始末だ。

『降光付体!』

『鉄火不入!』

『超力招来!』

『滅蛇興正!』

 光の力が身体に降りれば銃弾食らっても死なず、物凄い筋力が発揮出来て、龍朝を滅ぼしてレン朝復古が叶うとかいう意味らしい。二番目を試してやろうか?

 自分が直率した騎兵隊と快速な騎馬軍編制のイラングリ方面軍だけなら混雑を突っ切って離脱するのはそこまで難しくないが、ワゾレ方面軍にこれからの戦いに備えた物資を引き渡した上で離脱しないといけないから手間が掛かっている。ただでさえ伸び切った補給線の、その最先端に至る彼等には出来るだけ物資を持たせてやりたい。

 ワゾレ方面軍の役割はレン朝軍を、サイシン半島――一応同盟国なので龍朝が使う金南道や、女帝即位後に使うと差し障りのある旧東王領南部等という呼称は以後使用しない――に後退した東洋軍との戦いで敗走させないことだ。勝てれば良いが無理そうなので負けなければ良いとしている。それから消耗は出来るだけ抑え、死ぬのはレン朝軍だけとするように。

 他に忙しいことと言えば、ルーキーヤ姉さんの艦隊から艦砲を陸揚げする作業だ。式典で混雑している都内を利用出来ないので港外の浜辺で行っている。それから招き寄せたユロン族軍にその艦砲を引き渡し、取る扱い説明をしなくてはならない。施条砲であり、砲弾構造は前時代と比べて複雑。それから応急的に旧式砲弾を使用する方法も伝授しなければなるまい。

 受け取りのために部隊を派遣して来たユロン族軍であるが、それを指揮しているのが族長のフルシャドゥだった。ユンハル王イランフが「紹介します」と連れて来た。ユンハル王とユロン族長では王の方が格上だ。うーん、ユンハル属国ユロンみたいなことにならないよう調整がいるな。

「ご紹介に預かりましたユロン族族長フルシャドゥです。蒼天の覇者、復天治地明星糾合皇帝であられる総統閣下にお目通り叶い、光栄に存じます」

 極東方面じゃその称号の方が通りが良いか。

「うん……ユロン高原の名を復活させ、諸族を纏め上げる族長フルシャドゥにユロン王の称号を与える」

 手を横に差し出し、アクファルから偵察隊が仕立てた、馴虎と呼ばれる白虎の毛皮外套を受け取る。

「これは既存の枠組みに囚われない集団を作り上げ、帝国連邦の新たな一部となる者に与える特別な装束だ」

「はは! 有難く」

 フルシャドゥが毛皮外套を受け取る。

「ユロンの王号を用い、まつろわぬ者達に容赦せず、その高原一帯の地を統制して治めるように。蒼天の地を統べる大陸軍の一員となったことを自覚し、常に戦いに備えて精鋭の軍を揃え、戦時とあらば全同胞のために己の命も捨て、敵を殺し尽くすように。地に這い蹲る農民共に決して侮られぬ存在となるよう努力を怠らぬように。誓えるか?」

「誓います」

「よろしい。これから末永く共に戦い続けよう。蒼天の帝国の遊牧の民は世界最強の陸軍で、獣を狩って家畜を養うように、敵の国を狩って味方の国を養うのだ。理解したか?」

「バルハギンの再来」

「違う。我々はバルハギン如きと違い、魔神代理領を黄金の羊として飼っている。諸部族を野放しにせず、世界中の敵と戦うために団結融合させる。もっと広く見ろ」

「……大望、恐れ入りました。地果てるまで最大の努力で戦い続けるという理解でよろしいでしょうか?」

「それでよし。ではユロンの王フルシャドゥ。武器を受領したら逆らう奴等をぶち殺せ。容赦するな。腹の中に将来の敵を抱えたままにしてはいけない。そういう甘さを持ったまま帝国連邦に参加されては困る。最初の試練だと思っていい。我々の戦い方は聞いているだろう。そのようにあの高原一帯を本物のユロン高原にするんだ。命名したのはお前の祖先ではない、お前自身だ。その野心を私は認めたぞ」

「はは」

「やることは分かったな」

「高原の統一と、逆らう者の絶滅。二つの天政の者達に寸土足りとも渡さず、域外であろうと取れる土地、物、人、家畜を取る」

「素晴らしい。それでよし」

「はは!」

 レン朝女帝の即位式をやっている郊外で、そのレン朝領域内にある正式な名称でもないユロン高原の王の即位式を簡単にやった。イランフ王が拍手し、それに続いて彼等の側回りも手を叩く。

 話題を変える。

「さてイランフ王、直接口から聞きたいが、ウレンベレの占領継続しているな」

 この報告は手紙と噂話経由でしか聞いていない。上っ面と実情が異なる場合など幾らでもあるので責任者の面を見ながら聞きたいのだ。

「勿論です」

 イランフには自信があってそして確信に溢れている。実情もその通りのようだ。

「ドルホンの顔は?」

「占領の件を通告した時は顔を赤くしていましたが、声を荒げたりせず、対応自体は落ち着いていました。そちらが主張する領域がどこまでかは分かりました、という返答でしたね」

「辛抱強いな。一応、放棄したとは言質を取らせない物言いだったということか?」

「その通りです。それと赤毛の小人の、アドワルというランマルカの外交担当、大陸宣教師が説得をしていました。あちらの言葉で何を言ったかまでは分かりませんでしたが、ドルホンにあれこれ反論させないだけのものであったようです」

「なるほど、結構」

 ウレンベレの件を使えばレン朝と仲違いをしたい時、光復党派だけを虐めたい時などに使える。レン朝と敵対する要素でもあるが、それは時と場合で使いようがある。この件は外交関係者に手紙で通達しておかないとな。

「アクファル」

「はい大兄」

「……ルサレヤ先生とラシージと毛玉野郎と愛しのハゲにこの件を報告だ」

「はい大兄」

 うーん、どこでその言葉を受け取ってこっちに回してきた?


■■■


 即位式典は戦時、そして設備やら人から足りぬということで短期間で終わった。

 出席したジュレンカから必要な情報を得る。

「光復党党首リュ・ドルホン提督が行政長官である総理大臣に任命されました」

「順当だな」

「加えて光復大臣にも任命されました。その役職の意味はレン朝を復活させるための特命長官で、戦時においてあらゆる権限が認められます」

「ソルヒン帝は象徴存在以上でも以下でも?」

「ございません」

「その方が幸せだな。若いお嬢さんなんだろ? 特に国家指導の教育を受けているわけでもないような」

「皇族としての通り一遍の教育は受けてらっしゃいますが、何分お若いので、その点ではこれから詰めの勉強をするというところですね」

「で、ドルホンの面はどう見えた?」

「式典後の宴席では寛容な大人物像を作るように笑っていましたが、大分お腹の中が煮え繰り返っているようでしたわ。私とお話する時は瞳孔と口の回転の調子までは制御出来ていませんでした」

「大層な役職は順当に取ったが君主を先に抑えられ、ユロンにウレンベレも取られたからな。主導権どころか支配領域も取られている。お前良く殺されなかったな!」

「うふふ、私が死ぬのは閣下の腕の中だけですわ」

 リュ・ドルホンが殊勝で賢いのなら、今のところは有能な家臣として振舞うだろう。レン朝復古を果たすためにしぶとく戦い続けて来た忠臣の鑑、という姿でここまでのし上がって来た奴だ。ただ独立闘争のために、光復党などという胡散臭い宗教拳法――黄陽拳だったか?――を取り入れた政治勢力を立ち上げるような気の強い奴だ。ランマルカに取り入り、部下達からダフィドの弟だとか、勝手に皇帝万歳の一つ手前、九千歳を号させているとか中々、愉快なことをしているから油断はならない。功臣の首を切るのが天下統一後の、皇帝の最初の仕事らしいが、こういった野心高らかな奴ばかりとなれば当然のことだな。

「それから私、天助将軍に任命されました。これはレン朝を助ける、つまり外から来た高級将官ということですが、その立場を尊重し認めるという意味になります。この肩書があるおかげで多少はレン朝軍に対して発言権を持つことになりました。公認の軍事顧問になったということですね」

 国を跨いで称号、役職を持つことは少々珍しいが先例には事欠かない。

「俺にも何か称号を与えるとか言っていたか?」

「それは勿論お断りしておきました。下々より奉った称号ならばともかく、下賜など認められません」

 今、帝国連邦総統の上に存在する称号があるとしたら魔神代理のみである。大宰相は格上と言えるが服従する程に上位存在ではない。それを言ったら魔神代理にも服従しないが、それはそれである。こちらがソルヒン帝に取る立場は対等である。実力差はこちらが圧倒的だが、外交儀礼的には対等。天政的に同列扱いが困難であれば、下の者を使って間接接触に止めるのが穏当だ。触れ合わなければそもそも序列は発生しない。

「大変良く頑張りました。えらいえらい」

 ジュレンカの頭をなでなで。「きゃ」と嬉しそうな声をあげて笑う。

「そうそう閣下、ご紹介したいお友達がおります」

 思い出した、と演技に手を叩くジュレンカ。

「うん」

「連れて来て下さい」

 ジュレンカが付き将校に指示し、案内されて来た人物は若い、痩せ気味の、若干疲れ顔の現地人。うん?

「紹介します。私のお友達のレン・ソルヒンちゃんです」

「初めまして……ベルリク=カラバザル……大兄」

 ソルヒンが、白い顔を少し赤くして上目遣いで遠慮がちに言った。この衝撃未体験。

 アクファル、お前、これのことか!?

 ジュレンカがまあまあ、とソルヒンの肩を抱いて座っていいですよと着席を促して、抱いた手でさすって、安心して怖くないよとやっている。

 雑魚扱いしているが、お飾りだが、政権を本格的に奪還したわけでもないが、女帝と呼ばれるがお忍びで、即位式直後に向こうから会いに来るとは政治的に真っ当なことではない。しかし純粋な力関係から言えば当然のこととなる。属国君主が宗主国指導者に、即位のご挨拶に上がって来たのだ。

 天政では格上を兄とし、格下を弟と称するというような序列付けがされることがある。先の言葉で、レン朝は帝国連邦を兄と見て、己を弟、この場合は妹とすると、非公式だが宣言したことになる。つまり、血の繋がらない義妹宣言である。妹はアクファルとエレヴィカの専売特許だが、政治的妹存在となれば別枠だ。

 不安げな顔、緊張か自前か潤んだ瞳、白くて細い顔のソルヒンが口を開く。

「大兄、どうか、我らの天下をお守り下さい」

 そしてあろうことか、女帝が席を立って、合掌して頭を下げ、祈りに声を震わせた。

 天政において天子、皇帝は祭祀の長でもある。超常的な霊的存在に対して祈祷し、願い奉るのが本業。政務実務は官僚の役目で、政府がきちんと機能していればそちらに口を出す必要は無い。

「うーん……」

 思わず唸ってしまった。外国要人に対して本音を見せたとすぐに気付いて自分もまだまだ手温いと自覚、渋くなりそうになった顔を改める。

 うーん、の声を聴いてソルヒンが肩を強張らせる。

「ソルちゃん、あれ」

 アクファルが急にそんなことを言った。お前、いつから知り合いだよ。

 ソルヒンがおずおずと歩み寄ってきて、膝を突いて自分の右手を両手で握り、下から見上げて来た。ジュレンカを見れば、あらあらと微笑ましげである。お前がそう教育したのか。

「助けてお義兄ちゃん」

 その瞳から涙が流れて手の甲に落ちた。女得意の嘘泣きかと見て探るが、どうも本気か、完全に己を騙して演技をしているか、どちらかだ。

 テイセン・ファイユンに続きレン・ソルヒン! 泣き落としたって、君達の人民を血塗れにしてやるだけなんだからね!


■■■


 長いことイェンベンの宮殿から離れてはいられない政治的妹存在ソルヒンにはお帰り頂き、次はランマルカ革命政府の北大陸極東担当の大陸宣教師アドワルと面会する。ルーキーヤ姉さんも同席。

「まずはどうぞ、お土産です」

 と北大陸西方担当の大陸宣教師スカップが記述した論文を三つ渡す。

 ”機関銃運用論”。大まかな内容として、機関銃火力を最大限生かすためには機動力が担保されなければならないとされる。解決方法として車での運搬が適当。そして斉射砲のように砲兵装備ではなく歩兵、騎兵装備として扱うことで本領が発揮されるとも。また砲兵用の自衛兵器としてならばその限りではないとも。

 ”機関銃がもたらす生産性”。反乱分子を抑え、外敵を排除するために機関銃が有用と説かれている。一丁を操る三人で百単位の軽装歩兵を物理的に抑え、その影響力で千単位を抑えられるので警備人数を最小限にとどめられるというのが主論。

 ”軽量機関銃待望論”。ダフィドルゴー五十年式機関銃とダフィドルゴー五十年式斉射式機関銃の対比から始まり、斉射式機関銃は整備性が悪く、精密射撃が出来ず、製作費用が高く、重量過多で分解輸送も困難で扱い辛い失敗作というところから始まる。次にダフィドルゴー五十二年式回転式機関銃は改良されて全般的に性能は向上したが多銃身機構により五十年式機関銃より重く、まだまだ軽快に運用するには重量過多であるとされる。また三つの機関銃を運用する際には最低二名、三名以上の運用員が必要であることも軽快な運用をするに問題がある。そこで一名で運用出来る小型軽量の機関銃が必要だと訴える。理想を言うのならば小銃を使う手軽さが求められると。

 五十二年式回転式機関銃は実際に、馬に曳かせた車に載せて使ってかなり満足したものだ。ただ大砲程ではないが手軽ではなく、機動力に欠けた。そこに一騎で使える軽機関銃なんて物があったらどれだけ良いかと考える。対比して重機関銃と呼ぼうか、それと小銃の間隙を埋めるものがあればより柔軟な火力戦が可能だ。

 アドワルがざっと論文を斜め読みして目を見開いた。

「素晴らしい! 論文もですが、北半球東西直結交通網確立の有用性が実証されたも同然ではないですか」

「ランマルカ本島にはこの論文はもう届いているでしょうが、新大陸にはまだか、届いたばかりでしょう」

「その通り! 惑星の半周で全周を遂げると同等の連絡速度が達成されたのです。実質、世界の距離が半分になったも同然。こちらとそちらの横断大戦略、ここで結びましたね!」

 アドワルが手を出す、それを握る。

「それからこの、五十二年式機関銃、興味深いですね。こちらにはまだ配備されていません。気になります」

「お、実は我々、それを二十丁、騎兵で車載運用しまして大戦果を挙げておりますよ。その機関銃運用論を参考にしました」

「何と!? では、北極洋航路で送られてきましたね?」

「その通りです。三千騎未満で総計十万以上の敵と連戦し、全戦全勝です。実戦運用の記録も取っていますので差し上げますよ」

「おお……素晴らしい、なんと素晴らしい。世界最強の陸軍が盟友であることに今一度感動しています」

 本当に感動しているらしく、アドワルが手巾で流れる涙を拭いて垂れる洟をちーんとやる。体液処理が済んでから用意の良いアクファルがアドワルにその実戦運用記録を渡す。

「後で拝見させて頂きます。さて、極東構想についてですね」

「基幹となる艦隊要員は確保しました。こちら、その責任者のギーリスの娘ルーキーヤです」

 遅れて紹介することになった姉さんが礼をして、アドワルがそれに同じ動きで返す。

「まず帝国連邦極東艦隊の編制について、我々ランマルカより練習艦を供与し、教官も派遣したいと思います。蒸気機関の取り扱いから給炭業務も初めてでしょうからそのあたりから勉強して貰わなくてなりません。つまり、ランマルカ語の習得から始めなくてはいけませんね。教範は全てこちらの言語を使っております。そちらにランマルカ語話者はおりますか?」

「フラル語までならおりますが」

「なるほど、それもそうでしょう。出来る限り教範の翻訳をした方が良いでしょうね。ただ最新の知識となるとやはりランマルカ語となりますので一定以上の言語理解者がいなければ良くないでしょう。単純に通訳の問題もあります。そちらの極東艦隊、こちらの東大洋艦隊、共同で作戦を行うことも多いでしょうから」

「分かりました。フラル語話者を優先してランマルカ語を勉強させます。言語系統が一番近いので」

「エデルト、エグセン語系ならもっと近いですが、まあ、あまりいないでしょうね。そうしましょう」

 アドワルが書類鞄より折り畳んだ地図を取り出し、卓の上に広げた。新大陸北部について表記がされ、手書きの注釈も入っている。

「現在、新大陸は革新期を迎えております。大きな発端としては龍朝による新大陸進出時における獣の丘部族連合に対する侵略行為です。これに対して我がランマルカは危機を抱き、襲撃して殲滅し、入植民を根絶しました。この時に被害を受けた獣の丘の諸部族と、その脅威を知った中部平原地帯の遊牧狩猟民達は賢明にも革新科学の思想を受け入れるようになってきています。帝国連邦を範とした共生派の意見が通り、かの地にて革新人類連邦成立の構想が前向きに練られております。それに伴い、新たな革命精神を持つ同志達の団結が成れば新大陸開発も大いに進展することは間違いなく、それは北大陸極東部との交流の活発化も予定されていることになります。クイムの同胞同志、そしてアマナの地においても労農一揆の同志達がその地盤を固めつつあります。今はまだ成熟しておりませんが、この東大洋大陸間経済圏は龍朝の北進を阻むことによって我々が主導権を握ることが出来、発展が約束されます」

 アドワルが二枚、北大陸西部と東部の地図を取り出して先の地図と並べる。この二つの巨大な陸塊が我々の手中に収まり、北極洋沿いで一本の道に繋がる……正直、長大過ぎて感覚が掴めない。

「言わば北極洋同盟、といったところですね」

 帝国連邦は惑星を横断する革める同盟を獲得し、縦断する魔なる同盟を抱えている。つまり天下縦横……流石に持て余しそうだ。


■■■


 包囲軍解散への影響力を最小限に、しかし出来るだけ盛大にしてやりたい。

 浸透陽動に直率した騎兵隊二千五百を沿岸沿いに横隊整列。機動力の高さはこういう時にも生かせる。加えてワゾレ方面軍軍楽隊も参加して魔神代理領海軍の行進曲”三海縦横”を演奏。三海とは中大洋、南大洋、大内海のこと。

 イェンベン港から帆を広げて出港したのはファルマンの魔王号一隻。彼等、海の勇者達の見送りだ。

 ファスラは昔のままチンポ野郎だった。昨日の夜は一緒におちんこちんこ音頭をやってみたものだ。

 シゲは痩せたのもあるが、かなり落ち着いた男になっていた。聞いたところ大分勉強したそうだ。

 イスカちゃんは可愛かった。セリンと組になって女の子みたいにキャッキャしているところを眺めてニヤニヤしたかった。

「全たーい……」

 刀を掲げる。

「構え!」

 騎兵隊総員、空包を装填した小銃を斜め上に構える。

「撃て!」

 刀を振り下ろし、礼砲一斉射。

 海面からヘリューファちゃんが跳ねた。

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