第318話「鎮護の体制」 シンザ

 鎮護の西軍、決戦の時が迫る。オン・グジン将軍と地図を見て、地形と要衝を考えると、迫る、と言える。至るとまでは言い切れない。マザキ本城に至るまで、主だった要衝はわずか。

 狭義の、本来のマザキ鎮護代領の南境界線を示すミゾエ川がある。川の要衝としてムクエ寺が有り、小船が潜れる程度に桁の高い橋が架かっている。そこにマザキ軍本陣が構えられた。

 またムクエ寺を守護するように川の上流側、やや離れた位置には川を使った水堀に囲まれた堅牢な、そしてマザキ一の銃砲生産量を誇るオオエイ城がある。そこには現在、マザキ領内から民兵が集まっては武器を受け取っている姿が密偵により確認されている。武装民兵大量動員による総力戦体制へ移行する兆候。

 マザキ本城陥落を目指す鎮護の西軍はミゾエ川の突破を目指す。既にムツゴ城は陥落し、ハセナリ城は降伏。マザキが抱えていた鎮護代が置かれる規模の大城は、本城以外全て除いた上で傘下へと加えた。あと少しで西の戦争を終わらせることが出来る。果てが無さそうな東の労農一揆との戦いを終わらせるために。

 戦わずにことを済ませられれば良いのだが、マザキ鎮護代シラハリ・ハルカツへ向けた降伏勧告は無視されている。だから降伏せざるを得ないような、民衆からの支持を失うだけの損害を与えなけらばならない。彼等が罰を受けたと感じられる程に懲らしめる必要がある。そして決して殺戮をしてはならない。彼等は如何に悪辣であろうとも外敵ではないのだ。

 ムクエ寺南方、西軍より向かって左には寺と街道で直結するツルザマ村があり、ここに敵の右翼部隊が陣を構える。

 ツルザマ村への攻撃は、マザキより鎮護軍へ下ったハセナリ軍二万を差し向ける。指揮する城代はシラハリ家の者であり、跡継ぎを人質としているが離反の可能性がまだあるため東洋艦隊の陸戦隊四千を背後に置いて督戦配置につけている。陸戦隊は陸揚げした艦砲を装備しており、ハセナリ軍へ照準を最初から向けているのでもしもの離反があっても早々に負けることはない。

 同じくムクエ寺南方、西軍より向かって右にはタケ村という農村があり、ここに敵の左翼部隊が陣を構える。周囲を足場の悪い水の入った田に囲まれ、村自体は小高い丘の上にあって守りは堅い。土の城同然と見做して良い。

 タケ村への攻撃は、旧ムツゴ城領内から集めた諸侯軍一万三千が当たる。諸侯の利害が相反して纏まりが悪く、連携が悪いが逆に離反の可能性は低いと見られる。督戦配置には天政より武器を受領して装備を一新したアザカリ軍三万がつく。

 ツルザマ村とタケ村の中間地点にも敵中央部隊が配置されている。悪辣マザキの象徴の一つ、顔に刺青を入れられ、麻薬にて心を操られた斑衆がいる。

 ムクエ寺東方、ミゾエ川を上った位置にあるオオエイ城にはオン・グジン将軍が実質指揮し、自分が名目上の指揮官となる龍牙五千と龍尾三千の八千の軍が攻める。オオエイ城への街道というものは無きに等しく、原野を駆けてからの襲撃となる。

 本来この戦いにはこの地より南方、西岸にあるブンガ湾に上陸した南洋軍一個軍団、十万余りの大軍勢が参加する予定であったが、半数余りが上陸を完了したところでマザキ軍に、台風に乗じた奇襲を受けて壊滅させられた。敗残兵は尽く残虐に殺されたらしく、あちこちで遺体損壊の上で晒し者となっているそうだ。

 今現在マザキ軍をミゾエ川まで押し込めているので襲撃の心配も無く南洋軍の未上陸部隊を上陸させることは可能に思われるが、悪条件が重なって難しいとのこと。まず上陸に適した海岸というのがこの辺りではブンガ湾しか無いのだが、その海岸線は今、大量の腐乱死体が埋葬されることもなく広域に捨て置かれており、処理がされるか風化するまで待たなければ接近するだけで疫病罹患の恐れが大であるとのこと。もし軍を動員して埋葬すれば病で貴重な戦力が倒れかねず、近づくことも出来ない。また疫病を無いものとして考えても再度上陸してから十分な戦力として数えられる部隊に仕上がるまで時間が掛かり、マザキ軍の民兵大量動員――十万で済まないはず――が完了してしまうだろう。

 大軍と化したマザキ軍も恐ろしいが、何よりも恐ろしいのは周辺住民が天政より優れたマザキ製の火器を大量に保持した状態で各地に散らばってしまうことだ。軍は頭を叩けば弱り、崩壊し、降伏して軍門に下ったりするものだが、決まった指導者もいない武装民兵があちこちに蔓延れば下層より鎮護体制が揺るぐ。そう、西で労農一揆が再現されてしまう。

 民兵の蔓延を防ぐため、戦況芳しくない東の対労農一揆戦線へ速く加勢するため迅速な勝利が今、求められている。南洋軍の再上陸を待っていられず、マザキを南方向以外から攻撃する計画を――アマナ海に制海権を持つランマルカ東大洋艦隊に沿岸部から攻撃されればどうしようもない――立てている時間も無い。

 鎮護将軍の居城たるクモイ本城の奪還作戦が失敗している今、これ以上の失敗は許容されない。中立的だった南部諸侯が国家の危機を理解し始めて鎮護体制へ協力を表明し始めているが、これは労農一揆の脅威、農民反乱の影響でもあり、全くこちら、鎮護軍が頼りにならないと見做されればそれも反故にされるだろう。南部までもが労農一揆に取り込まれた時、鎮護の体制は崩壊する。

 ブンガ湾上陸作戦失敗の反省から、マダツ海沿岸部への――軍集結までの時間がかなり掛かるが――分散上陸作戦が検討中である。全く不安材料ばかりではないが、均衡は危うい。


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 先に行かせた、山渡りの術を会得した精鋭達の偵察部隊が、オオエイ城へ至る最短最易の経路を確認して戻って来た。何れは龍道への入道を、と志してきた才有る者達である故、道の検討、目印の付け方は良く心得ている。少し前までは自分とオン将軍が務めていた仕事であったが、指揮官狙撃の可能性が非常に高くなったため改めた。

 龍牙軍五千が先頭に、龍尾軍三千が全大砲を曳き、場合により輿のように棒組みに担いで追従して進軍。雑草、芝が茂り、獣道が有るか無いか、小川に均された泥、砂利が遠目に道に見える程度の原野を僧兵達と駆ける。これは奇襲だ。

 目線より高い草に低木を掻き分けて走る。オン将軍も走り、直走る。

 走り続ければ段々と人の手が入り、薪拾いに芝が刈られ、踏み均された道が見え、整備された細い水路が現れてそれが集まって太くなり、田畑が広がり畦道になる。警鐘が行く先の、窯を焚き続けて白煙を上げるオオエイ城から鳴り響く。城の外観、城壁は非常に低く重厚に見える。構造物も幾何学的に複雑に配置されており、あれは西洋近代式の要塞造りか。城の構造物回りを守備兵達が走り回り、掘に渡された橋が撤去され、素早く迷い無く配置へ付く姿が見られて練度の高さを窺わせる。周囲を囲み、南岸北岸部に分けるミゾエ川を利用した水堀と合わせて鉄壁。規模こそ大きくはないが、小さく良く纏まっていて難攻不落を思わせる。

 先着した龍牙軍で、城外の民間人が村を捨て、焼き――迷わず焼却とは訓練されている――逃げる姿は捨て置いて南岸から、要塞砲の存在を考えて距離を取って包囲陣を簡易に組む。

「オン将軍。あれは、龍尾軍に持たせた大砲を合わせても攻略困難に思えます」

「完全包囲で補給遮断で長期の睨み合いか、大砲砲弾を大量に用意して平にするように砲撃してから兵を大量に突撃させて食わせないと駄目ですな。攻城は諦めましょう」

「では?」

「龍牙軍は少し休み、龍尾軍が到着したら城の牽制を交代。旧ムツゴ軍が攻撃しているタケ村を北から奇襲、挟撃にて陥落させて敵の防衛体制を崩壊させましょう」

「なるほど」

 望遠の術にてオオエイ城を見る。マザキ軍の中でも極めて西洋式に訓練された洋式軍装の兵もいれば、鉢巻襷姿の民兵もおり、それに混じって濃い白粉に唇だけではなく目元にまで紅を引いて歯を黒染めにし、眉を剃って白装束という決死表明の、物の怪のような姿を取る女兵士までいる。あの姿でカザイ流雑兵殺法の猿叫を女の喉で上げたならば、余程鈍い者でもないとば肝を潰される。

「死に戦の化粧をした女達まで小銃を持っておりますね。最後の一兵まで抵抗する気概が見られます」

 オン将軍が望遠鏡で女兵士の姿を確認し、眉をひそめる。

「……化けて出た悪鬼のような……しかし、正規兵は余り多くない様子。攻撃は得意ではないでしょう……しかし士気は高いか……龍尾軍は私が指揮します。シンザ総督は龍牙軍を。虹雀を貸しますので、何かあれば」

 オン将軍の肩から自分の肩へと虹雀が飛び乗る。

 士気を煽るためか、オオエイ城の方から太鼓の音が響き出す。

「教えて頂いた原則を参考に動きます」

「それで結構。複雑な機動など考えずに、一所に集中して単純に当たり……」

『アバガン!』

 城の守備兵が叫ぶ。奇襲に接近したが、城一つで小さくまとまっていたためか全く意味が無かったか?

「……単純に動けば万難とはいかずとも半万程度は凌げます」

「そのように」

 南岸から民間人が散ったのとは反対に、北岸には周囲の村から人が集まっており、またそれとは別に遠方からやって来た様子の人の列が絶えず、荷車を曳いて出て行く人の列も多数。マザキ最大の銃砲生産拠点と言われるオオエイ城にてそのような人の流れがあるということは、武装する民間人、民兵の数が今も尚増強中ということである。

 龍尾軍が到着を始め、砲兵陣地の設営が始まる。それが終わったら龍牙軍はオオエイ城包囲を離脱する。


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 基本に忠実。山渡り偵察部隊が先導、龍牙軍がタケ村北部へ至る最短最易の経路を行く。道中、組織的抵抗こそ無いが武装民兵による狙撃が散発的に行われる。これには狙撃兵狩りの少数部隊を散開させた。

 基本によれば、民間人が武装している民兵なのか、非武装の巻き添えであるかの区別は精査しなければ、つまり戦場においては判断することは不可能な上に時間と状況で変化する。だから見える者、動く者、味方ではない者は全て攻撃対象となる。なってしまう。狙撃兵狩り達へ伝える事項は、本隊と連携が不可能になるほど離れてはいけない。深追い厳禁、以上である。

 木の陰、草の陰、土手の陰にいる民兵以外からも妨害が入る。ムクエ寺、マザキ軍本陣からこちらへ向かってくる、騎馬隊を先遣にする迎撃部隊の出撃。偵察部隊が目測するに、あちらの足の速さとこちらの速さ、そして足場の悪さを比較し、無視して走り去るのが正解と導き出された。山渡りの”技”術である。

 ミゾエ川沿いの道から田に踏み入って走る。収穫前の稲を踏みつけるのは心が痛く、農民に申し訳が無いが畦道だけを大人しく進む余裕は無い。

 目指すは火薬の炸裂音、白煙が丘越しに上がるタケ村。田と畦道、水路に囲まれた集落は周囲より一段高く、生活感に溢れた建物が並んでいるが間違いなく城である。

 龍牙軍によるタケ村襲撃に合わせた迎撃部隊がこちらの背後を突きに来ていると偵察部隊から報告。時間が無いと判断。

「全隊、停止。横隊整列」

 錫杖を横一文字に振り上げ、龍牙隊の足を止める。そして行進縦隊から戦闘横隊への変形を待つ。

「着剣、白兵戦用意」

 僧兵達が担いだ小銃を手に持ち、銃床を地に当てて立て、銃身先へと銃剣を装着。

「前進」

 錫杖を縦にしてタケ村の城へ前進。小龍言を唱える。全く戦と関係の無い言葉を唱えて、それが僧兵達を勇気づけるというのだから奇妙である。敵兵の肝を冷やすというのだから奇天烈である。”晴れの天気、空が青い””雪が解けて花が咲いた””この先は行き止まり”こんな程度の意味なのに。

 城が近づく。タケ村の敵軍は南から攻めている旧ムツゴ軍相手に集中しており、北側にはわずかな、南側の銃声砲声喚声が気になって監視もおろそかにしているような者達が数名いるだけだ。

 横隊行進を行う僧兵達の息が整い、足が良く揃い、心臓の拍動がここまでの強行軍より落ち着いて来た頃合いを見計らって縦にした錫杖を振る。鈴と鳴る。

「突撃に進め!」

 合図に法螺貝が吹かれる。監視の敵兵数名が驚き、竦み上がる。タケ村の敵兵が上げていた喚声、指示の声がどよめきに変わり、南側の旧ムツゴ軍の味方の声が喜色孕んだ喚声に変わった。

 田に畔道を踏み、水路を跳び越え水車小屋を後目に、草の生える村の土手を駆け上がり、木組みの柵へ皆で一斉に跳んで掴んで踏んで駆け登って越える。監視の敵兵、逃げ去り、尻もちを突いて頭を抱えて怯える。

 小龍言を唱和して前へ。村の中へ押し入る。

 背後への備えは疎かであったか、すぐさまに指揮を執る陣幕へ至る。僧兵達が幕へ向かって銃撃を加えて穴を無数に開け、向こう側にいた敵兵を撃ち倒し、支柱を倒して幕を降ろす。

 僧兵達は村へ浸透、通路、広場、屋根の上へと至るところへ進出し、銃剣を突き出しながら目の前にいる敵兵に向かって撃ちまくり、突き入れる。

 抜刀する、鎧甲冑姿ではないが構えが武士と分かる者が自分へ向かい、刀を大上段にして向かって来た。不殺を誓った身であるが、僧達に銃を持たせて不殺などと言っていられない。

 山渡りの術の応用。谷越えの跳び上がりの要領にて錫杖を、相手が刀を振り下ろす前に打ち込んで、刀で防がれ、そのまま振り抜いて倒す。刀は曲がり、腕だけはなく無数の骨を砕く手応えが一度に伝わった。

 ああ、やってしまったか。誓いは重いが、必要に迫られればこんなに軽い。

 それから僧兵達は更に、敵軍南正面の旧ムツゴ軍との最前線へと押し上げて行き、挟み潰しに敗北させ、ほぼ逃がすこともなく多くの敵兵を捕虜にした。

 タケ村は旧ムツゴ軍に譲って、今度は彼等の陣地とする。

 偵察部隊が、マザキ本陣から出撃して我が龍牙軍を追って来ていたはずの迎撃部隊が引き返したと報告した。マザキ軍は全力で前衛の陣地になるタケ村を守ろうとしていないということか。まだあの部隊にはタケ村が完全に陥落したと見えていないはずだ。見切りをつけるのが早かったとも言えるが、本陣主力の温存に努めたのかもしれない。

 時間を稼いでいる?


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 タケ村にて捕虜、死傷者への処置を行い、次にどう動くか、どう相談しようかと前腕に停まらせた虹雀と少々見つめ合っていると旧ムツゴ軍後方にいたアザカリ軍が前進を開始した。タケ村の脅威排除を確認したので、左翼のタケ村、右翼のツルザマ村の中間、中央突破を試み始めた。

 中央に配置される敵軍は、若干の正規兵部隊と、悪鬼のような姿で戦うという斑衆である。

 旧ムツゴ軍にタケ村を託し、龍牙軍はアザカリ軍の中央突破を補助するために敵中央軍側面へ移動する。そこで脅威を演じて陽動するのだ。

 また田と畦道へと降り、部隊を分けた縦隊にて分散して前進し、敵中央軍と交戦距離に入る前に素早く集結、横隊を組む。この動きを見て敵は正面とこちら、左翼側に注意が分散され、単純な陣形から複雑な陣形への転換を迫られ、弱体化した。ここでマザキ本陣から予備兵力が投入されるような動きがあるかと思われ、偵察部隊がつぶさに観察したが全く無かった。ムクエ寺の軍は予備兵力ではないのか?

 アザカリ軍が敵中央軍と交戦距離に至るまで距離があり、大砲を曳いているため鈍足。我々龍牙軍が早過ぎるので感覚としては焦れてしまう……判断を間違ってしまったかもしれない。もう少し側面で陽動する時期を遅らせた方が良かったかもしれない。ああ、オン将軍に尋ねるべきはそれだったか?

 顔に刺青を入れられた戦奴隷、斑衆の一部、隊列も組んでいないので判然としないが一万余り……斑衆全体の半数に上るか? 猿も狂気を感じて逃げ出すような叫び声を上げてこちらへ前進を始めた。

 こちらの対応策は全隊を小隊単位に三つに分け、一斉射撃、走って後退、停止と銃弾装填を交互に繰り返す三段行動の後退射撃。距離を取りながら、迫る斑衆を絶え間なく撃ち減らす。

 斑衆は正気ではなく、射撃については怒りに任せたような地面に叩きつけるが如くの投擲程度であるので距離さえ取れれば、見た目も発声も怖ろし気で、足も疲労知らずに早いが、問題無く戦える。小隊単位の、全体三分の一による一斉射撃を連続で受けて次々と倒れ伏しても、腕が千切れ、腸を垂らして、耳が削げ、顎が千切れ、目が弾けても刀槍農具に斧、棍棒、銃弾が装填されていない銃剣付き小銃を掲げて獣の声を上げて迫る狂気の沙汰ではあるが決して不死身ではない。勝てる。

 斑衆は疲れ知らずのようで、しかし撃たれてもいないのに急に昏倒することもある。身体の動きに心肺がついていけないのだ。であるから、後退射撃では逃げきれないと判断されるくらいに距離を詰められたならば、全隊、背中を向けて全力疾走で走って逃げる。こうすると長距離疾駆してきた斑衆は次々と心肺を潰し、泡を吹いて倒れ出す。

 逃走を停止。振り返って大きく数を減じて息も絶え絶えの斑衆を各個に狙撃して全滅させる。少々、こちらも健脚自慢ながら息が上がって射撃照準が拙く、無駄弾が多くはなった。斑衆の相手は逃げる足があれば損害無く勝てる。ムツゴ城の戦いと、ハセナリ城代からの情報提供で判明している。普通の人間の兵士では難しい方法ではある。

 斑衆の半数を相手している間に、アザカリ軍が行軍隊形から戦闘隊形へと移行して敵中央軍との戦闘に入る。我々は十分に役目を果たし、そして疲れている。側面を取る配置は変えずに小休止に入る。そして、斑衆の中から捕虜に取れる者がいれば取る。殺さない。如何様な姿になったとしても哀れな彼等は救われるべきアマナの民である。

 斑の兵の多くが銃弾と過労、仲間による踏みつけで倒れ、死んでいる。割と元気に生き残っている者は、転んだ上で後続者に踏まれずに圧し掛かられて身動きが取れなくなったり、気が狂い過ぎて戦うどころではなくなり、何やら幻覚幻聴に苛まれて苦しんでいるやら、幸福に歌って踊っているような者達。

 斑衆を生み出したのは、元はジャーヴァルで用いられている妖術の類で、これをマザキの者がアマナで使うに便利なように工夫した結果だそうだ。舶来の物は様々にあるが、このような邪なものがあるとは許し難いことだ。このような術を用いることを良しとした戦乱による人心の荒みようは計り知れない。健やかに病めることの無い生活をしていたら発想することも困難な禍つ大業である。

 東の労農一揆も酸鼻極まると聞く。武士に僧侶とあらば問答無用に嬲った上で皆殺し。そして仲間内でも多少の意見の相違あらば嬲った上で皆殺し。多少は教えに――海外の思想――純粋なところもあるのかと思えば実体は賊の集合であるという無秩序。

 これらは何もかも鎮護体制の崩壊が呼び寄せた災厄である。外道の国となったアマナに課せられた罰は斯様に過酷であらねばならないのか?


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 数で勝るアザカリ軍と、斑衆を半数喪失した上で龍牙軍に側面を取られ続け、後方からの予備兵力の投入も無い敵中央軍は敗北した。天政より受領した新式銃砲による猛射を前に、狂気の突撃は無力であった。ブンガ湾のように奇襲や夜襲であれば途轍もない威力を発揮するようだが。

 勝利したアザカリ軍は次の戦いへ、ハセナリ軍が攻撃中のツルザマ村の側背面を取りに機動を開始。そしてこの場面でムクエ寺のマザキ本陣が動く。遂に予備兵力として動くのかと思われたがそれは違った。前衛に出した軍を見捨て、ミゾエ川に架かる橋を渡って後退を開始したのだ。ここで決戦をするつもりではないらしい。

 オン将軍とも虹雀を交わして情報交換。オオエイ城の方でも民兵が大量にこの戦場から離脱を始めているという。そして、龍尾軍三千と持てる砲兵では未だに攻城戦を仕掛ける戦力に至らないとも。そろそろ城の包囲も解いて良い時期かもしれない。ただ民兵が数をまとめてまた再来する可能性もあるだろうし、判断は難しいと思うが。

 十分に休んだ龍牙軍はマザキ本陣の軍を追撃するために動く。ただ無傷なので敗北する背中に一撃を入れる、というような優位は無いだろう。

 ツルザマ村はタケ村程に堅牢ではない様子で、予備兵力の投入の可能性が無くなった今、陥落は時間の問題となる。こちらの背中は他の軍に信頼して任せよう。

 マザキ本陣、この後退は計画の内だったらしい。非常に素早く橋を渡ったと思ったら爆破して落としてしまったのだ。そしてこちらから見た対岸には殿部隊が、大砲も備えて陣取っていた。こちらも大砲を用意しなければとてもじゃないが正面からの渡河は困難。敵の砲撃に負けない量の砲兵を用意しなければ、そして船を用意しなければ渡れない。

 だが我々は軽快である。対岸の敵殿の陣地から離れ、大砲の射程距離より遠くから川を渡って追撃を続行することに決めた。殿部隊を迂回する。オン将軍にもこのことを伝える。


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 追撃は夜通し行う。夜間は隠密性を維持しつつ、敵味方を間違えず、そして何より部隊から逸れないように動くことが困難。山渡りの術では夜間視力を、山渡り技術でも夜間視力の鍛錬に加えて、暗闇の山間部でも素早く駆け巡る方法が必須とされる。龍道が明るいか暗いかは自分が帰還して報告するまでは分からなかったのだ。だから当然、暗闇での行脚法も必修であった。僧兵達は皆、山渡りの術を修めているわけではないが、良く――入道する程完全ではないが――修めている偵察部隊に選ばれた精鋭達、そして自分が先導と、逸れ防止の役を担う。

 後退するマザキ本陣との戦闘の原則としては主力との戦闘は絶対に避けること。頭数はあちらが四から五倍程で、こちらのように疲労しておらず、弾薬も消費していない。であるから、主力から離れた部隊や、逸れた者、要所要所で迎撃態勢を取る殿部隊への一撃離脱を繰り返す。こちらが逆に民兵から狙撃を受けることもあるが、民間人を追いかけ回っていては意味が無いので深追い厳禁に、そこそこに少数部隊を振り分けて追い払う程度に留める。

 一撃離脱を繰り返す。夜通し繰り返して行い、敵も疲れ、計画的な後退から外れたような者達が散見されるようになる。容易に撃破可能。降伏すれば捕虜としたいが、追撃中に見張っている余力も無い。さりとて鎮護の軍が虐殺など出来るわけもない。武装解除し、見張りを少数つけてマザキとは逆方向の南側へ走らせるぐらいしか出来なかった。

 マザキ本陣の数が減り、弱い部隊が離脱し切ったかまとまりが良くなってからも主力の端の方を突っつくように軽攻撃を繰り返した。反撃を受けそうなら逃げ回り、山の奥、並みの人間の兵士ならばとても追って来られないところまで駆けた。嫌らしく、せこいのは否めない。

 何日も続ける。

 日にマザキの落伍兵が照らされ、疲れ果てて死体と思ったら寝ている者もいる。士気が失せて自ら武器を捨てて投降する者もいれば、武器は捨てていないがやる気が無さそうに故郷へ向かってとぼとぼと歩いている者もいた。

 マザキ本陣の軍は分散、散り散りになってきている様子だ。本城まで道はまだあるが、遠くもない。

 そして遂に、後退行軍のために一時数隊に分かれていたマザキ本陣の軍が再集結している平野部に到着。農村が広がり、軍をしばらく食わせる米は十分にあると見える。そしてそこへ、北のマザキ本城から出て来たと思われる増援が合流を始めた。全兵力集結か?

 ここで為すべきは、戦闘を回避しつつマザキ全軍――と思われる――を牽制し、この状況を後方の軍に伝えて決戦の用意をすることだ。オオエイ城に集まり、散ったとされる民兵も合流を始めたら途轍もない規模になり、西軍だけでは対処不能になる予感がある。

 不眠不休で龍牙軍の皆は疲れている。戦闘せずとも足の怪我で動けなくなっている者も毎日のように現れる。いくら修行にて不眠不休で行脚することがあるとはいえ、無尽の活力を有しているわけではない。才に恵まれて羽を白くした自分とは違うのだ。オン将軍は”指揮官が元気過ぎて先頭を行くと隊が潰れる”と言っていた。

 確実に戦闘を回避するため、近くの、そして大軍では攻撃不能な険しい山の上へと龍牙軍を移すことにした。足に不調がある者は、元気な者に担いで貰うなどさせる。急がず、ゆっくり山へ登る。


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 山に布陣し、鉄壁の状態を保ち、山菜や茸に木の実のみならず、緊急事態でもあるので猪や鹿、栗鼠に狐と選ばず四足の肉も食べさせた。

 西軍の様子が、オン将軍と龍尾軍の、山の麓への到着と同時に知らされた。今まで虹雀を通じて連絡は取っていたが、直接顔を合わせて詳細に。

 まずツルザマ村のマザキの軍が一兵残らず、降伏を拒否して玉砕したそうだ。

 それから民兵を逃がし切ったオオエイ城は僅かな守備兵と共に降伏。城内の武器庫には一丁の銃砲も残っておらず、それどころか工場設備まで全て解体して持ち去った後で、今後、民兵達が孤立して装備が劣化していき戦闘能力を喪失するなどという希望的観測は失われた。

 落ちた橋向こうの殿部隊は砲兵火力を集中して撃破し、橋の応急修理を行った。

 そのような状態でムクエ寺を中心に軍を再編し、北進する準備を整えたという。

 こうなった以上は龍牙、龍尾の軍でもってマザキ全軍との決戦に至る下準備をしなくてはならない。周囲の地形を把握し、どう攻めれば包囲して叩けるか、この戦場から追い出してこちらの有利な戦場へ追いやれるか良く検討を始めなくてはいけない。

 周辺地図を山渡りの術と技術にて詳細に作り、どのような戦術を展開すべきかオン将軍と画策を始めたところで驚愕の事態が訪れた。事件であろうか。

 マザキ軍より使者の一団が訪れた。これ自体は敵同士とはいえ珍しいことではないが、その先頭に立つ者が装いと風体から総大将の様子で、しかし歳が若い顔で違和感があった。

 面会するにシラハリ・ハルカツではない若者で、風格は武士達の長たる威厳があった。

「お初にお目にかかります。マザキ城代、シラハリ・ハルタダです。まずはこちらを」

 地に膝を突き、こちらを上に見て彼が大きめの桐箱を重々しく差し出した。一応、罠の危険があるとのことで僧兵が開封し、改めた。

「我が父ハルカツの首です。マザキ衆一同、降伏します。鎮護体制下に畏れ多くも復帰させて頂きたく」

 そして伏して請われた。

 マザキが鎮護体制下に復帰する。それが戦いの目的だ。しかし疲れた龍牙と龍尾軍のみで、それの何倍ものマザキ軍の負けを認めることは逆に受け入れ難かった。何か策を巡らしていると考えるのが妥当。

 父の首を切ってまで、主力軍を十分に温存した状態で降伏してきたハルタダの判断は異常と言い切れるものではない。ブンガ湾上陸作戦が一度は失敗したとは言え、二度目が実行されて成功すればこのマザキ軍は耐えられまい。外国軍に故郷を蹂躙される前に降伏しておけば被害は最小限に留まる。そして主力となる軍を保全したまま、第二の労農一揆になれるような大量の民兵をも陰に置いたまま、武力をちらつかせた上での降伏となれば鎮護体制側としても最大限の譲歩を持って受け入れなくてはならないだろう。親殺しをしてまで頭を下げたという姿勢を見せるシラハリ・ハルタダに厳しい沙汰を下すなどということは、龍道の教えでは絶対に出来ない。

「その言葉を待っていました。マザキ鎮護代シラハリ・ハルタダ殿」

「城代でございます」

「鎮護総督の権限で任命します。精励しなさい」

「ははぁ!」

 シラハリ・ハルタダ、ただでさえ下げた頭を更に下げ地へ額づいた。これは、龍道僧の自分にはどうしようも出来ない。


■■■


 マザキ降伏となった。壮大な最終決戦は無く、その前哨戦が最終となった。

 マザキ軍の武装解除は行われない。彼等は真っすぐに、西軍が督戦する配置の上で東へ向かって労農一揆と戦う。そして大量の民兵であるが、農民の務めは畑仕事、などとハルタダに言われて動員も武装解除も出来なかった。もし武装解除をするのならば自治精神の強い彼等と戦争しなければならないと、マザキが推進してきた独立的な地方自治の体制を理詰めで説明されて強引に事を進めることなど出来なかった。マザキは地方を統制せず、ただ商品を流していただけと言うのだからどうしようもない。商品の流れだけで統率せず誘導し、中央で人が欲しい場合はただ募集をかけ、多額の報酬で釣ったまでとのこと。

 この処理にオン将軍は怒っていた。

「派手な演出に惑わされてはなりません。降伏など白々しい限りです。大量の軍を領内各地に分散、温存してこちらを脅迫しているのです。労農一揆戦に兵を出せと言われて、大人しく従って非の打ち所が無い仕草です。しかし彼等の武装する、無視出来ぬ民兵数万、十数万、もしかしたら数十万がアマナの西にて、マザキの統制下、いえ統制外に存在し続けています。マザキは敗北したのだからこの西軍は東の労農一揆の戦いに戻さなければなりません。完全にアマナの西は、マザキの自治体の自由な! 武力の陰に入ります。マザキ領内の地方自治権、これでは奪えません。しかし奪おうと、自治を認めなければ労農一揆片手間に、容易に相手をすることの出来ぬ賊が蔓延るでしょう。だがしかし自治を認めれば、鎮護体制の下にとは名ばかりで実が伴いません。彼等は頭や中心を持たず、もし討伐を試みるなら十年単位の虐殺を試みることになります……ああ、どうしようもないのか!?」

 常ならば平静の、龍人超人たる彼もそのどうしようも無さを嘆いている。言葉も支離滅裂とまでは言わないが独白混じりの様子。

「シンザ総督! 戦後、戦後にマザキとの決着をつけましょう」

 鼻息も荒い。

「しかし伏して許しを請われました。許さなけばなりません。許さねばアマナを導く者ではないのです。善人も悪人も皆、連れて行かねばなりません。許しを請われる度に許さねばなりません。降伏をそのまま認めました。鎮護代へ順当にハルタダ殿を任命し、労農一揆に対する戦いへと共に歩むことになりました。そして戦後、良く戦うであろう彼等は功労者となります。その時になってまた敗者のような苛烈な請求は出来ません。労い、共に鎮護の体制を静謐に整えるまでです」

「徳の高さ、御立派と思います。この地の霊的守護存在アバガンの如きでしょう。しかし過ぎたる高徳、大義を誤ります。死んでも死なぬシラハリ・ハルカツの謀りに乗るだけですぞ。悪辣のマザキ、健在のままです。略奪蛮行、奴隷売買、海賊行為の数々に極めつけのような斑衆という悲惨な戦奴隷達。罰するに罰し足りぬ所業の数々です」

「彼等は外敵ではありません。子が悪さをしたからと言って尻を叩いても首を刎ねることは出来ません。我々は罰を与えるのではなく救う者です。救える者がマザキに、仮にわずかしかいなかったとしても、救いの道に乗りたいと意志を見せる者がいる可能性がある限り諦めるわけにはいかないのです」

「……外国人の私が言えるのはここまでです」

 オン将軍も慈善事業でアマナにやってきたわけではない。言いたくても言えないことはあろう。

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