第317話「親衛の二千騎」 ベルリク

 フンツォ湾沿岸に在り、ライリャン川河口部にある大都市ジューヤンを遠くに見ながら総統直轄の騎兵隊は南へと、東洋軍が援軍を北進させてくる流れに逆らって浸透を遠路行い、陽動かく乱を実行する。敵拠点の包囲はイラングリ方面軍に任せ、そして本格攻略は重砲を持つワゾレ方面軍とグラスト魔術戦団の片割れの第一旅団に任せる段取りだ。改めての話になるが、国家元首のする仕事じゃないよな。

 ジン江線は天軍が抑えている。その最東端のガンチョウと、そこからジューヤンに渡る沿岸線はウラマトイ臨時集団とヤゴール方面軍が抑える。

 シム一万人隊はウラマトイ臨時集団に組み込んで戦力補充。

 キルハンは武装解除と中原系の人間を追放し、シム系の人間が少し残る程度で反乱拠点にならないよう予防した。

 後方は固めたのだ。後は前進あるのみ。光復作戦の内、初動は成功だ。

 浸透騎兵部隊は親衛一千人隊、親衛偵察隊、クセルヤータ隊とその予備隊、選抜グラスト乗馬魔術中隊と少数の毛象輸送隊を合わせた補助部隊、合計千五百弱でこれまで編制されていたが追加される。

 まずは天軍の使者団とその護衛で、条件は騎乗に遊牧民相当に習熟した者達。東王領内の各方言に堪能な者が必要であり、また光復党やレン朝の復古号令に呼応した地方勢力と交渉を行うために必要だ。言葉が通じなければ余計な敵と戦う羽目になる。それはそれで楽しそうだが、少数精鋭で敵地奥深く浸透しようという時に遊んではいられない。

 加えて新設された予備親衛一千人隊。第二親衛隊とか名付けようと思ったが、我が精鋭達の水準には全く達していないので予備呼ばわり。彼らはラグトより極東まで征服した範囲で、己の部族より帝国連邦総統へ忠誠を誓うという意志のある者で集めつつ、優秀な者に限った。新式装備の未熟と親衛一千人隊式戦術の未修については先輩の一千騎が実戦形式で訓練することになった。まずはこちらの行軍速度に遅れないこと、これが第一目標になっている。

 この親衛一千人隊、直轄騎兵は何れ拡充する。一つの部族に依らない化学兵器装備の重武装騎兵を一千から初めて揃え、一万、十万と大きくして部族意識破壊の一助とする。部族ではなく隊を家族とし、親を総統とし、何れ生まれる子供を帝国連邦市民とするのだ。

 ジューヤン包囲に部隊を展開しているイラングリ方面軍が見送りに出した騎兵隊に別れを告げ、三千弱の編制で南進。

 ジューヤン守備軍は被包囲に備えて動けないが、南から援軍としてやってきて都市近郊にて戦闘陣形を整えている解囲軍は黙っていない。まずこちらに対しては威力偵察規模に千から二千程度の騎兵隊を繰り出して来た。そしてこちらの人数が三千と、数だけ見ても侮り難い規模であると見てか動きを小川沿いで止め、少数の偵察部隊だけを渡河させ、前進させて来た。おそらく、解囲軍から歩兵砲兵合わせた援軍を呼び寄せていると思われる。

「よし、射撃訓練開始」

 親衛の二千騎を一度に敵騎兵隊へ向けて前進させる。

 まずは新式小銃にまだ不慣れな予備一千には任せず、熟練の先輩に狙撃で斥候を狩らせた。感心するぐらいに上手くてあっと言う間に倒した。逃げても追走しながらの騎乗狙撃で当てた。

 次にルドゥら親衛偵察隊が砲隊鏡を使い、親衛二千騎がどの位置で停止すれば敵騎兵隊を新式小銃の有効射程限界よりやや手前で収められるか計測し、その位置まで誘導。誘導すれば旧式大砲の射程距離並みに離れており、敵騎兵隊はまだ戦闘開始距離と気付いていない。気付いていても呼んだ援軍が到着するまでその位置を維持したいと判断したのかもしれない。

「予備隊、構え!」

 拳銃刀を掲げて号令。予備一千が新式小銃を馬の背中に立って構える。このくらいの芸当は出来ないと入隊出来ない。そして高さを獲得し、若干でも撃ち下ろしの姿勢を取る。慣れないと当て辛いが、今回は慣れるのが目的だ。

「狙え!」

 不慣れと実戦の緊張から手元だけではなく足腰も震えている者達が散見される。まあ、新兵というほど新鮮な連中ではないが、最初はこんなものだろう。

「撃て!」

 拳銃刀を振り下ろし、馬上から一千丁の一斉射撃。

 敵騎兵隊。騎乗の者は多くが鞍から崩れ落ちるか、倒れる馬に巻き込まれて落馬か、その双方。下馬歩兵として待機していた者は姿勢が低く、被弾率も低い。背に主を乗せぬ馬が走って逃げだすか、苦しそうにゆっくり倒れる。

「親衛隊、撃て!」

 次に同じく馬の背に立って撃ち下ろしの姿勢を取る親衛一千。今回の補給で受け取った狙撃眼鏡を各自小銃に取り付け、元から良い遊牧の視力に望遠まで獲得した一千丁の一斉狙撃。

 敵騎兵隊の残敵が尽くと言って良い程に斃れる。

 狙撃眼鏡は非常に良い物で、既に導入して実戦で良好な結果を出している各偵察隊からもお勧めの品である。またこの眼鏡を使っての遠距離射撃に慣れていない親衛の一千騎は、狙いはつけやすいと言うがまだ不慣れな感じが否めない。撃ってから首を捻っている者がいる。眼鏡の螺子調整にて科学的に当てる方法まで習得すれば、風の強い中の極大射程射撃でも必中だと言われているが。

「前進! 各個に撃て。突撃は禁止!」

 そして二千騎揃って前進、走らない。二度の一斉射撃で、遥か遠方から部隊を壊滅させられてしまった敵騎兵は逃げる。その逃げる背中に騎乗狙撃が加えられる。そして敵がかつて仮の防衛線として使った小川の近くまで到達。

 竜跨隊を斥候に出して小川向こうを高空から偵察させ、敵が呼んだかもしれない援軍を探らせる。

 斥候が戻るまでは、予備一千に小川向こうの敵負傷兵や死体を的に使って射撃訓練をさせ、数を二十丁にまで増やした機関銃隊――半分は北極妖精、毛象隊――とグラスト魔術使いには逆襲対策に機関銃防御陣地を作らせ、毒瓦斯弾頭火箭も発射準備をさせておく。今回、弾薬は積極的に消費することを前提に武器の交換部品も合わせて多めに持って来ているので惜しくはない。荷は重いが、それは途中で敵に降ろすのでそこまで気にしない。

 ランマルカには感謝している。この回転式機関銃の供与もそうだが、ラシージからの! 大分時差がある手紙によれば、革命政府は惜しみなく戦略予備物資まで開放し、武器弾薬、保存食糧として素晴らしい缶詰、鉄道関連物資を供給してくれている上に、使い方が分からない可能性まで考慮して技師顧問も合わせて派遣してくれているそうだ。黄金の羊である魔神代理領から食糧、家畜、衣類に工業用原料を戦時協力の名の元に毟り取っているわけだが、そちらからでは賄えない高度技術物資を送ってくれている。連日連夜稼働している工廠の機械が故障しても直ぐに修理されて復旧しているのはそのおかげとのこと。帝国連邦の工業力を突破して補給が続いている理由である。最前線にいて、後方から物資が送られてきているのが当たり前のように感じてしまっていたがそれは縁の下の力持ち、戦争屋の妖精ラシージがいたからなのだ。言われて初めて気付くほどの配慮ぶり。まるで母の愛である。

 そんなランマルカの供与が実現するためにはオルフ王国の港を通さなければならないのだが、ラシージの交渉によりそれが実現。共和革命派寄りのニズロムだけではなく、保守派のザロネジの港も稼働して帝国連邦への流通が成功。オルフは水運で好景気をにわかに迎えているらしい。一方のエデルトはかなり渋い顔をしていそうである。

 これはランマルカが、こちらの極東打通からの大陸横断鉄道の建設と北極航路開拓に多大な期待を寄せている証拠だ。人間と考え方が違うせいかその惜しみなさが逆に怖い。無償の献身と見做せるかのようである。

 普段はほとんど使わないが、自分も新式小銃を手に取り、四つん這いになって逃げようとする敵のケツの穴を狙って撃つ。穴じゃなくて左ケツに命中して倒した。遊底を引き、ラシージの魂を感じる次弾に頬擦りしてから装填。今度は右ケツを狙って撃ち、右ケツに命中した。

 三発目の銃弾を手に取る。弾頭の鉛の鈍い輝きにラシージの顔が見えそうだ。この若干の金属表面にあるでこぼこ具合が目と鼻と口に見えるかもしれない。思わずチューしちゃう。

「お兄様大丈夫?」

 魔女とやらの服装、化粧のままのアクファルに言われた。ドクロちゃんは一時の悪戯かと思ったがその姿を改める気配は無い。

 射撃訓練もそこそこに、竜跨隊の斥候が帰還。解囲軍が、後続部隊と合わせて五万規模の兵力でこちらを包囲しようとしているとのことで、この地を離脱して南へ更に浸透することにした。敵地内部、奥へと逃げるのだ。敵が我々の尻を追いかけ追撃して来たならば、南からやってくる他軍と道でぶつかり、行軍を阻害し合って混乱が生まれて麻痺状態を引き起こせる。違う道を使い合って部隊同士の衝突が無かったとしても、追従する補給部隊の動きは複雑になって混乱が生じるだろう。全く単純にあらゆる障害が無かったとしても行ったり来たりするだけで当然疲れる。これこそ浸透陽動の嫌らしさ。

 その斥候は休ませ、別の竜跨隊をイラングリ方面軍へ伝令に出す。解囲軍がこちらの陽動に、どのように引っかかったか教えるのだ。


■■■


 ジューヤンを迂回してモンリマ行きの道を行く。旧東王領北西部は沿岸部に、南北に細長い平野部が広がり、内陸部に広大な山岳高原地帯が存在する。隠密行動を取るには道路事情が悪いが隠れる場所が多く、谷や森で視界が悪い内陸側を通るのが良い。こちらには山岳部での機動力が高く、高所から目となってくれる竜跨隊がいるのでその悪条件は大きく緩和される。

 敵軍の発見は簡単だ。絶え間ないと言って良い間隔で南よりジューヤンに向かっている長い行軍縦隊が確認出来る。

 敵はこちらの浸透を確認していて警戒している。道沿いの街や村を中心に大砲付きの防御陣地が築かれ、こちらの機動を見越した位置に万単位の警戒軍が駐留し、千単位の大規模な騎兵隊がその駐留軍を中心に巡回し、互いに視認し合える間隔を保った偵察騎兵がまたその騎兵隊を中心に巡っており、狼煙台があちこちに築かれていた。我々は必ず、敵の部隊規模も当然だが、砲兵陣地が構えられているかどうかで動きを決める。それなりの規模で待ち構えた砲兵相手にはどうやっても騎兵隊では敵わないのだ。

 対応が早い。天軍と光復党に扇動された民衆蜂起への警戒も兼ねているだろうが、自勢力圏内の警戒体制としては過剰と言える程。これにて敵にジューヤン救援以外の行動を強いて負担をかけることに成功した。浸透作戦は成功である。ここで引き上げても良い程だ。

 ここからは本格的に戦うことは避け、存在をにおわせて警戒、拘束することだけに注力し、隙があった時だけ慎重かく乱攻撃を仕掛けてイラングリ、ワゾレ方面軍の支援を続けていれば良いわけだ。しかしそれでは面白くない。

 山がちな内陸部を、空の目を持つ竜跨隊の先導にて進む。手軽に襲撃して倒せる敵少数部隊がいれば撃破し、生き残りがいれば目玉を抉って……と思ったが、天軍への影響を考えて、東王領出身者には金と食糧と武器と軍服以外の服を与えて故郷へ帰れと見逃し、それ以外はやっぱり目玉を抉って放逐。抉り手は新参の予備一千として通過儀礼とした。

 山奥に入り、余りにも敵軍から離れてしまったら沿岸部へ再び出て、手頃な数千程度の敵がいて、砲兵陣地が無い場合は山側の高所から砲隊鏡で距離を測り、彼我高低差もあれば測り、計算して最大有効射程を導き出して高所から二千騎で一方的に狙撃、射殺して壊走を確認してから追撃はそこそこに、逃げ遅れを捕虜として東王領出身なら見逃し、そうでなければ目玉抉りを行った。この程度の規模の目玉抉りではさしたる兵站への負担は掛けられないだろうが、敵に我々を無視させない、北から都市攻略を行って南下してくるイラングリ、ワゾレ方面軍にだけ集中させない目的を達せられるだろう。脱走を考えている士気の低い兵士の背中を後押しすることも出来る。

 尋問も行っている。捕虜達の目の前でアクファルが「霊媒します」と尋問に応じない強情な奴の頭を両手で掴み、親指で頭蓋骨の割れ目を押し、グパっと――マジかよ――割って指を入れて蜜柑の皮みたいに頭皮頭骨を剥いてから脳みそを「じゃーん」と取り出し、別の尋問相手の目の前でぷるぷる震わせて「ボク悪い脳みそじゃないよー」と腹話術? をして説得すると効率が良かった。

 騎兵隊を蹴散らして機動戦力を削いだ警戒軍には、尋問で獲得した情報を活かして偵察して陣容、体制を把握してから夜間に接近。逆襲対策に機関銃防御陣地をグラスト魔術使いが術で高速構築。陣地を安定させてから日出直前に毒瓦斯弾頭火箭を撃ち込んで混乱させ、僅かな時間差、日出と共に集団騎乗狙撃を行って敵が本格的に対応を始める前に離脱。離脱時に即応、逆襲してきた敵部隊には機関銃掃射を加えて出鼻を潰す。潰して牽制している間に確保しておいた退路から離脱開始。

 機関銃は荷車へ後ろ向きに設置しており、馬に曳かせながら撃てる。高機動高火力の並立は強力。それでも敵が追撃してくるのなら騎兵を二つに分けて配置し、射撃と後退を交互にさせて足を出来るだけ止めずに、対峙する敵兵力を常に極小にして撃ち減らした。撃ち合っては多大な被害が予測される騎馬砲兵が確認されたら優先して毒瓦斯弾頭火箭を撃ち込み、射撃体勢を取っていなければ銃撃を集中させ、撃退撃滅よりも一時麻痺程度に攻撃を抑制して後退するように指導。深追いは常に厳禁。一方的な射撃戦以外は避けて消耗は極小にしなければならない。

 そして退路に川や谷が有って橋が渡されているのならその橋を通り、対岸への退避が完了出来たら、追撃に敵部隊が橋を渡って半数が渡り切ったところで、親衛偵察隊が事前に仕掛けた爆薬で爆破、橋を落として分断し、待ち伏せに十字砲火を加えて殲滅。

 こういった一連の高度な作戦を成功させてくれるのはルドゥら親衛偵察隊のお陰だろう。彼等が敵との距離を測り、射撃地点にその予備地点から退避経路まで計算してくれる。偵察の次元が違う。その辺の、目で見たことを報告する程度ではない。何でこんなに優秀なのか? 親衛騎兵にもこの水準で技術を身に付けて欲しいものだ。最終的には訓練終了済みの全騎兵がその領域に最低でも達して欲しい。竜跨隊みたいに空の目まで持てとは言わない。


■■■


 規模の大小あれど、敵軍への陽動攻撃と小部隊の殲滅、我々を捕捉しようと繰り出して来る偵察部隊の撃滅を繰り返して浸透。そして遂にジューヤンと旧東王領の都イェンベンの中間地点にある大都市モンリマを遠くから窺える地点にまで到達する。浸透距離が大分伸びたせいで帰還する方が難しいくらい食い込んでしまった。

 現地での物資調達状況だが、思いのほか良好である。

 第一に敵軍の物資集積所の襲撃と略奪。奪える物は奪い、奪えない物は周辺住民に略奪許可を出し、選別した高価な品は商人に売り、それでも余れば焼いて砕いた。何でも持ち去る――堆肥、硝石になると便所穴まで穿り返すたくましさ――住民が物を残すことは稀だったが。

 第二に敵と味方の区別がついているのか怪しい現地商人から食糧に、大分値が高いが火薬に馬まで買える状況下にある。その商人が復古レン朝支持者である場合が多いが、単に取引出来れば誰でも良いという商人らしさを持つ連中が多かった。代金の支払いは持ち込んだ現金と略奪品。民間人には手を基本的に出さず、軍に限って奪っているのだが絹の反物だとか陶器や絵画まで入手出来ているのが若干疑問。換金用の物品ではあるが。

 専業の商人だけではなく、復古レン朝支持の村から炊き出しに食事を貰うこともあった。君はもう清潔をしたか? の通りに、手洗いうがいをしてから食べる光景を見て村人からそれは何の儀式かと問われた。

 直接敵軍に手を出さなくても、ある程度の陽動になればと敵の首を新参の予備一千の者達に斬らせ、モンリマ近郊の街道沿いへ並べさせていたところで、北に派遣していた竜跨隊の伝令が戻って来た。

 イラングリ方面軍はジューヤン包囲をワゾレ方面軍と交代し、離脱を開始してモンリマへ南進中であるとのこと。敵解囲軍との戦闘は始まっており、こちらの浸透陽動の影響か敵は兵力を上手く集中させられていないようだ。敵大部隊を谷にまで誘き出し、左右の機関銃陣地から十字砲火を加えるなどして大戦果を挙げて死体の量産にも成功しているので無視させていない。

 ジューヤン攻略はキルハン武装解除の噂が上手く伝わっていれば早期降伏に繋がりそうである。またソルヒン帝が直接降伏を呼びかける演説をする予定らしい。砲撃するよりもまず声で陥落させてくれれば効率的だ。西からの補給線は余りにも極東まで長く伸び過ぎている。大砲はあるが撃ち出す砲弾が乏しいのが現状。声でどうにかなるならそうするべきだ。

 モンリマを去る前に、市内へ毒瓦斯弾頭火箭を一発撃ち込んで挑発し、主要街道にある橋を爆薬で落としてから更に後方へと浸透した。敵軍がとにかく北の最前線へ兵力を送り込めば良い、というような単純な作戦では対処出来ない雰囲気を維持し続ける。細やかに嫌がらせをする。


■■■


 我々浸透部隊の噂も大分広まったのか、道中で商人が待ち伏せに――敵部隊なら奇襲を掛けるか避けるかする。判断が難しい時はあまり働いていない天軍の騎兵を囮にしてみる――市場まで開くようになってきた。我々が通りかかれば「賭けに勝ったぞ!」と通訳が言うにはしゃいでいるそうだ。どっちの道を通るか同業と賭けている様子。商人としては健全だろうか。

 商人からの情報で、民衆段階で復古レン朝と龍朝のどちらに付くのが得策かと品定めが始まっているそうだ。村ぐるみで武装蜂起して復古レン朝に与するところもあり、どさくさに紛れて隣の村同士で争いを始める者もいて、旧東王軍残党の山賊だった連中が集結して光復党とはまた別系統の小軍閥を組み出しているという。一応はソルヒン帝を担ごうという旧東王の忠臣が中心的役割を担っているそうだが、対抗反乱の武装勢力というのもいるそうで、にわかに群雄割拠状態が到来しているとのこと。

 良く偵察を行ってからの襲撃、陽動作戦を敵勢力圏奥地でも懲りずに繰り返しながら移動していると、こちらが痛手を負わせた敵部隊を横合いから騎兵突撃を敢行し、捕虜すら取らずに皆殺しにするような暴力的な民兵軍に遭遇した。そして天軍の使者を向かわせて連絡を取れば、レン朝でも龍朝寄りの武装民兵でもなく、我が帝国連邦への加盟を打診しにきた遊牧民族であると判明した。単純に驚き、感心、そして疑う。

 彼等は内陸高地に住む遊牧系のユロン族で、我々への接触を試みたのは大陸浪人ジールト・ブットイマルスの紹介によるもの。ハイバル部族成立の例を聞き、それの応用で故地ユロン高原を完全に取り戻したいと考えたそうだ。そのユロンは古い名称で、かつての旧レン朝に屈服した時に地図から名が消された経緯があるそうだ。旧東王領も単純な一枚岩で構成されているわけではないということ。

 帝国連邦の一員としてユロン族を認めることにした。彼らは馬上にて弓矢よりも小銃の取り扱いを良く心得ている優れた騎兵と自慢していた。腕も見せて貰い、そこそこと判断。今は大した戦力にならなくても将来に期待が出来る程度。仮に裏切ったとしてもそのユロン高原に攻め入って土地を奪う名目が立つので全く問題無い。

 まず彼等には帝国連邦軍へ支援が要請出来るように紹介状を書いてやる。竜跨隊にも各軍へこのことを周知する手紙を持たせる。これで我が軍に下ったと公認出来る。それから彼等に今はユロン高原の支配権確立に専念して、低地における、特に沿岸沿いの都市攻略戦線には参加する必要は無いと告げ、感謝される。大量の出血を持って帝国連邦に参加する代償になると思っていたらしい。

 復古レン朝の支配が旧東王領で確立すると仮定する。その時に、素直に彼等が望む全土をくれてやる必要など無い。協力すべきところと競争すべきところは分けて考える。それがまずウレンベレであり、次にユロン高原となった。ユロン高原は位置的に、常に旧東王領を東西南に監視出来る位置にあって、産業乏しく攻められて略奪されても牧草ぐらいしかない土地だ。非常に良い。属国として扱う時、武力で操る時に必要な前線拠点となるだろう。


■■■


 イェンベンを目指し、襲撃に迎撃、大小の戦闘をまた何度も行い、そろそろ弾薬の浪費は慎もうという判断を下した頃。北と東から竜跨隊の伝令がやって来た。

 まずはワゾレ方面軍がジューヤンを陥落させたという朗報。ソルヒン帝の声だけで落とすには東洋軍の数も多く統制も取れ、特に川と沿岸に配置している鋼鉄の河川艦隊が精神的支柱となって士気旺盛だった。それを挫くために河川艦隊に対して重砲兵が砲撃を加えて三隻撃沈、残存艦艇を市内水域から撤退させた後に、内応した民衆や一部離反部隊と共に内外から同時攻撃を行い、止めに鹵獲蒸気鋼鉄艦を筆頭に商船程度で編制した些末な水軍に光明八星天龍大旗を揚げさせて市内へ突入させ、その姿で士気を喪失させて降伏を獲得したそうだ。天軍に下れば安全が保障されるという噂も手伝ったとのこと。これで、ある程度粛清はされると思うが天軍に東洋軍の一部が編入されることになる。

 続いてイラングリ方面軍が解囲軍を撃破して前進し、モンリマの包囲を開始。こちらの陽動の影響も有り、民衆の親レン朝反乱も合わさって東洋軍は全力発揮出来ていない様子。これにジューヤン陥落の報とソルヒン帝の声、それに加えて降伏した元東洋軍将官の説得があれば砲弾無しでも陥落する気配がある。

 ソルヒン帝の影響力、懐疑的ではあったが我が隊が浸透するその先々でレン朝復古を掲げる民衆、大小武装勢力が確認出来ている。この混乱状態なら旧東王の都、続々と天政本土から海路で送られて来る援軍を受け入れ、大兵力を展開出来るイェンベンを迂回し、更なる浸透と陽動を行うことも無茶ではなさそうだ。東から回り込んで来る光復党軍、ユンハル軍に挨拶してやるのも面白い。リュ・ドルホン提督なる男がどんな者かは分からないが、我々浸透部隊とユンハル軍に前後を挟まれた状態で――東から戻った竜跨隊の伝令がユンハル軍によるウレンベレ占領を確認――ウレンベレを譲らぬと言えるかどうか試してみよう。

 ジュレンカとの打ち合わせではウレンベレ確保が確定し、ライリャン川上流域の保有を明言するのは、イェンベンにソルヒン帝が入城してから、褒美をもらうような形で、だったか。ユロン高原の編入宣言はかなり後、無し崩し的な雰囲気で実現させるのが障りが無さそうだ。名と実、どちらを優先して領土を確保するかは適宜だな。

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