第316話「魑魅魍魎の軍勢」 ハルカツ
状況は良くない。ハセナリ城代を任せた従兄弟の離反が賢明だと確信出来る程の窮状だ。逆に家臣団や領民がまだついて来てくれていることに内心驚いている。ほぼ有名無実化していた鎮護体制が今や永き眠りから復活し、ましてや龍道から帰還したという徳高きシンザ上人が前線に出ているというのだから逆に自分に従ってくれていることが理解不能。一応、その復古鎮護体制は海洋利権に無頓着というか、天政へ全て売り渡すという懸念が大きく、中央統制が強まって地方自治を脅かす恐れがあるので完全に敵方に有利というわけではない。とにかく、マザキ総大将たる自分、シラハリ・ハルカツに追従しているのは頭がおかしい時勢の読めぬ馬鹿、と感想を付けるような顔はしないようにしている。自信有り気に堂々としているのがまず仕事だ。
ルーキーヤからは密使が来ており、ファスラの義兄弟の船と共に艦隊丸ごと、お家存続用に三男のハルアキも連れ、人を選んで乗せて大陸極東に進出してきている帝国連邦へ亡命するとのこと。ただ逃げるだけではなく、あちらで創設予定の極東海軍の基幹要員になって地位を盤石にする心算だというのだから彼女らしい、大海賊ギーリスらしい足腰軽やかな選択だ。一緒に死ねたらと夢想したことはあるが、どう考えてもそんな根性はしていなかった。長男のハルタダも連れて行けば良いのにと思ったが、後始末担当は必要だ。
悪足掻きをする。前線は鎮護軍へのハセナリ離反で西へ大きく後退。そして南のブンガ湾には天政の南洋軍が大規模な上陸作戦を続行中。進行具合は遅々としている。
南洋軍野営地はブンガ湾沿いに細長く設置されている。まとまった砂浜、集結するに都合が良い広場がなくて部隊が分散している。また鎮護軍ならばともかく、完全な海外からの侵略者である天政兵に対して地元住民は完全に非協力、敵対的。上陸作戦の荷揚げ遅延により一部、食糧不足に陥っていたようでブンガ湾沿いの住民に対して略奪や脅迫的な食糧買い占め行為へと走ったのが決定的だろう。
住民は武装し、非正規戦にて抵抗している。敵の内陸部への進出を食い止めている。以前から広めていた、全人民防衛思想をマザキなりに流用した策が功を為した。農民でも武士どころか先進的な正規兵にも対抗出来る施条小銃を規制せずに売り、カザイ道場の雑兵殺法師範を送り出して戦法を教授してマザキへの求心力を高めた。下手に統制しようとせず、自治を守る後援者としての立場を取って領域を広げた結果がこれだ。
上陸した南洋軍が最大の力を発揮する体制を整える前に、ハセナリ経由で鎮護軍がやって来て合流される前に撃破したいところであったが、海上には鋼鉄艦で編制された強力な艦隊がいた。敵はブンガ湾沿いにいる限り、その巨大な軍艦の艦砲に守護されていた。とてもではないが沿岸部に近づけない。だが、毎年やってくる台風の影響でその艦隊が座礁を恐れてか湾を離れた。
その台風を、故事に準えるならば守護尊鬼の風、護風として好機と捉えた。暴風雨と高波への対処で南洋軍の野営地が移転、補強作業で大慌てとなって疲労し、月が隠れて篝火もまともに焚けぬ夜に精鋭の夜襲部隊、昼に寝て夜に起きて夜目を鍛え、銃ではなく弓矢に刀槍の戦いに優れた武士三百を送り込んだ。万の敵に紛れ、夜襲を繰り返し、一撃離脱を各所で繰り返して混乱させ、動く者全てを敵と思い込ませる程に恐慌状態に陥らせて同士討ちを誘発させた。またこの隙に敵軍を攻める布陣を整える時間を稼いだ。
一晩過ぎても台風は強いまま。昼には荒天でも敵は統制を取り戻すと予測されたので、夜明けからは斑衆六派を突撃させた。奴等は隊列など組むような練度も無く、あったとしても組ませる時間で敵に対応させる余裕を与えたくなかったので雑に突っ込ませた。
斑衆は罪人や奴隷、旧敵主流派で構成される雑兵部隊の一種。異なる入れ墨を顔に入れた六派に分け、各派に階級を設けて差別的に扱って一致団結などさせないようにし、メルカプールの狂戦士の妖術を基に麻薬中毒にさせて精神を縛っている。
今日は大事な戦いであるから、出陣時に使う戦いの薬も、戦った後の安らぎの薬も多めに与えようと言ったら六派代表、平伏して泣いて喜んだ。そして麻薬を服用してから功を争って駆け出して戦場の近代化で不要になった数打ちの槍や刀に斧、棍棒、銃弾火薬の無い旧式小銃に銃剣を付け、獣のような叫び声をあげて突撃。疲れ果て、統制を何とか取り戻しつつあった南洋軍相手に玉砕。夜襲に同士討ち、狂人との戦いで飯も便所も暖を取る暇も無くして消耗させた。
そしてまた夜になり、精鋭の夜襲部隊を送り出してまた掻き乱し、同士討ちをさせた。こうしている間にもこちらは布陣を、ブンガ湾沿いを覆うように各隊配置につかせて止めの一撃を入れる用意を整えた。台風の中、雨に打たれながら準備するだけでも疲労が強かったというのに、連戦続きで寝る暇も無い敵は相当辛かったに違いない。
そして昼になり台風の猛威も峠を越えた。非正規戦を繰り広げていた住民とも連絡を取り合い、決戦が迫っていると確認し合って協力体制をブンガ湾各地で形成。暖かい飯を食い、暖を取って服も乾かして休み、逃げ帰って来た斑衆の残存を集めてまた薬を与えて最後の再突撃をさせつつ、武具の最終点検を行わせた。一兵も逃さず、海へ追い落とす布陣を完了させるまでにまた時間が掛かった。鎮護軍が迫っている中、南洋軍の敗残兵を追い回す余裕は無い。万全に完全消滅させる。
海鳴りがまだ轟く中、夜襲部隊を再度で繰り出して朝を待つ。敵艦隊が戻りつつあると予測されるが、今はまだ波が荒い。それもあと少し。
■■■
異臭が遠くからでも漂う。
台風一過の晴天、鴎と鴉が激しく集まって糞の雨をにわかに降らせる。暑く、降り終わった雨に蒸され、霧が湯気のように海と地面、特に森から立ち上がる。
「かかれ」
軍配を掲げ、前へ振る。これを合図に法螺貝が吹かれ、ブンガ湾沿いの各部隊も合わせて吹いて木霊する。そして太鼓の連弾が始まり、喚声が上がる。
「切願アバガン大尊鬼!」
『アバガン!』
アバガンは持った長棒にて敵や罪人に懲罰を下し、持った銭束で貧者や改心を試みる罪人へ施しを行い、害悪の象徴たる魑魅魍魎を踏みつける。
我々は罪を重ねて罰せられ、許しを乞うて許されて、施しを受けて力を蓄え、利益のために相手を害成し分捕る存在。
マザキ本軍、各武将が率いる長大な横隊が内陸部から同時に霧隠れを破って出張る。敵兵と斑衆の死体と内臓、糞に海水、血に泥水で斑に汚れ切った浜辺とその近隣の狭い平野部へ、小銃一斉射撃と前進を交互に行いながら攻撃を始めて彼我距離を詰める。
遠目には死体か物か生きて立っている人間か分からぬ、陸揚げされた集まりに銃弾が注ぎ、立っていた者が倒れる。霧に銃煙が混ざる。
正面にいる立っている敵をただ撃って、歩いて距離を詰めてまた撃つ。ただこれの繰り返しで殺しまくる。
敵もただ撃たれず、統率を取り戻して隊列を組んで、障害物に隠れて反撃の銃弾を放ってくる。こちらも死ぬ。
正面で撃ち合っているところは膠着するが、そうではないところはこちらの兵士が雑兵殺法にて、指揮官抜刀、猿叫を上げて銃剣突撃を敢行して、混乱し士気喪失した部隊ではない、何となくの敵の集まりを蹴散らして波打ち際に追いやり、まだ荒れて泥に茶色い海へ飛び込ませる。逃げる先も無いのに着衣で泳ぎ出し、溺れて動かなくなる。
突撃による敵陣地の分断が各所で成功し、突出点が複数形成され、統制されている敵部隊の側面を取って二方、三方から十字砲火を加えて弱らせ、士気が挫けたとなれば突撃を行って崩し、海に飛び込ませる。台風に攫われた以上に海面には死体と物が浮かび上がり、波の加減で飲まれたり、姿を一時現わしたりを繰り返す。黒い影だらけになる。
これだけでは決着しない。特に斑衆の突撃の影響が無かった南側の敵の統率回復は早く、陸揚げした物資を使って簡易城壁を築いて防御体制に入ってしまった。体制復帰の余裕があった分、大砲の配置に弾薬の確保まで行っており、銃兵だけでは手出し不能な有様。これに対しては予備に温存していた砲兵隊を差し向ける。小物に大物を用いぬ論理にて大砲は今まで取っておいたのだ。
防御を固めた南の敵部隊に対して砲兵を最大限一極集中し、砲撃を敢行。土や石で固めたわけではない、木箱と砂利の城壁の破壊は容易であった。敵の大砲が反撃に撃って来て損害は出るが、砲兵組織の整備は甘く、たかが知れている。障害の無い初期段階から上陸に手間取っていたような大軍が、台風中に荷解きを行い、散った砲兵を集結させ、混乱の最中に複数の大砲を連携させられるような組織を再編制出来るはずがない。
帝国連邦から輸入した大砲は質で決して劣らず、集めた物量差、火力差でもって相手の砲撃能力を挫いて自主的に降伏してくるまで砲弾を撃ち込ませた。
勝利。荒れる沖合に敵艦隊が戻って来たので、降伏を撤回する前に突撃させて素早く皆殺しとし、本隊を沿岸部より艦砲射程距離外へと退避させた。海面が揺れて照準が容易に定まらずとも、乱射されればそれはそれで敵わない。
その後、身軽な者達を差し向け、死体や生き残りを槍や銃剣で突いて止めを刺しつつ、武器装備を回収させた。地元住民にも手伝わせ、手間賃に拾った物は九割譲渡――大砲や砲弾のような大物はこちらに寄越せという意味合い――した。
敵艦隊は艦砲射撃に、砲弾使用の費用対効果を認めることが出来ず、脅迫程度の照準もいい加減な砲撃を悔しまぎれに少しした後は沈黙して沖合に留まった。上陸部隊を差し向けて来るかと観察したが、凪に向かっているとはいえ海は荒れている。沖を大型船で走る程度ならば問題は無さそうだが、強く波打つ浜辺、死体と残骸だらけな上に敵の大軍が待ち構えているようなところへ、荒波に揺られて船酔いで体調不良の兵を逐次投入なんて真似はしたくないだろう。
浜辺は敵軍が、我々が撤収しても再上陸を躊躇うように死体で穢したままにさせた。暑さと湿気に早くも異臭を放ち始める、鳥と虫集りの死体が砂利のように転がり、何の病が蔓延しているか分からない猖獗の浜に上陸したがる者はいまい。ましてや上陸部隊の集結を待つ間、そこで野営とはおぞましい限り。
ブンガ湾以外に大規模上陸作戦を行い、対マザキ戦に加わるために有力な浜辺は存在しない。一時封殺完了である。各個撃破の戦術、一つ目は解決だ。次の二つ目はハセナリ側からやってくる鎮護軍だ。
この手塩に育てたマザキを摘み取る気ならただでは負けん。手に噛み付き、悪疫をくれてやる。
意地悪く最後まで抵抗し、最大限苦しめて東の労農一揆との挟み撃ち状態を長引かせてやる。
マザキ滅亡後も、武装して自由自治を謳う民兵を蔓延らせてやる。住民へ過剰に武器を渡したのは、そこから更に各地へと流されることを狙い、武装率を上げるためだ。その上、敗北直前になったら武器庫を民衆に開放してやる心算でいる。軍も集団で降伏せず、解散させて方々に散らせ、それぞれの故郷にでも武装した熟練兵を配って自治の道を助けてやろう。マザキは海外貿易以外は統制しないのだ。骸になってもその意志を残そう。中央集権に唾を吐き続けるのが独立鎮護代の生き様、死に様だ。
占領後も長く悩まされるが良い。東の労農一揆と戦いながら西の武装民と争え。最新火器で武装した海賊、山賊と戦い続けろ。もしかしたら西でも労農一揆が起こるかもな。
魑魅魍魎の軍勢は死んでも死なんぞ。
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