第311話「五日間で」 シャミール

 台車に積載、いや、組み立て式に一体となっている巨大な大砲が滑るように、煙を吐く蒸気機関車に引かれて進んでいる。あれらは列車砲と呼ぶらしい。人と牛馬が曳く荷車、そしてただの均した程度の地面では日に散歩をする程度しか進め無さそうな代物が軌道の上を、走る人の速度で前線へと向かった。

 北極洋――長く生きているが初めて聞いた――からハルジン川河口――中流の地元住民も良く知らぬ――より遡上したランマルカの輸送船団が北ランダン戦線へ、鉄道敷設装備と共に列車砲をもたらした。担当の陸軍砲兵士官が言うに「この大きくて強い雄型? 大砲は我々の堅さを誇り……必ずや敵の堅牢な、奥に秘められたー、えー、掩蔽された箇所でも圧倒的な飛距離と火力でもって破壊することでしょう。ただそちらの砲兵隊との緊密な連携は訓練を重ねなければ出来ないので、別の仕事を互いに行いましょう……です。砲撃目標は分担しましょう」と通訳が苦労しながら伝えてくれた。俗語が混じっていたと思われ、上品な同時通訳は難しかったようだ。ランマルカ語は分からなくても、雰囲気から性器と連呼していたことは大体分かる。

 ランマルカ妖精の軍隊は不思議の軍隊だ。列車砲に専用の弾頭、発射薬分離式の砲弾、機関車に台車に軌道に枕木、電信柱に電線に電信局? 軌道敷設用の工作車という重量物の数々は起重機や、労働型呪術人形なる人型労働機械を利用して船から陸に揚げられ、組み立てられ、線路が敷かれて柱が立てられて線が張られていった。旧来ならば途轍もない人手と家畜が必要なことを、船員とその設備だけで完結して行った。今後の世界はこういった工業力が物を言うのだろうなと感じられる。強い力というのは大体、発展する科学で代替可能だとは昔から言われていた。

「あー、シャミール閣下?」

「うん」

「彼がその、身体を触っていいかと……」

 こちらを見上げ陸軍砲兵士官が、黒い目をキラキラさせている。この鯰か蛇に人を混ぜた上に白子のような不気味な自分の、魔なる眷族としての身体に興味があるらしい。手を差し出すと掴んで撫で始める。

「つるすべ、だそうです」

「そうだな」

 人間社会の社交様式など知ったことではないという振舞い。遠慮なく頬擦りすらしている。あ、腕からよじ登って来た。

 この新兵器登場時の衝撃力を借りようと考える。

 補給は全て極東のベルリク=カラバザル総統が突き進む最前線への供給を優先に計画が立てられ、実行されて来た。その道中にある北ランダン戦線への補給など二の次にされてきた。そのため、総攻撃を行うような弾薬の備蓄までに時間が掛かった。旧式装備では役に立たないからと新式装備の導入、天政軍からの鹵獲装備の研究も併せて行ったので尚更であった。これが今まで戦線が停滞していた言い訳になる。東方への快進撃の報告を受ける度に遊んでいるのかと誰かから怒られやしないかと空想すらしていた。

 ランマルカの新兵器が加わった。新旧、鹵獲装備の有効的な組み合わせと運用も各隊は把握した。これにて総攻撃開始時期が訪れた。この北ランダン戦線を停滞させ続けるだけでも極東進出を助けることにはなるが、そうもいかなくなった。

 南洋戦線の停滞的な状況変化により、そちらへ派遣されるはずだった親衛軍第二軍団が北陸戦線へ向かうことになった。またシンラーブ王子の軍が敵対となったタルメシャから南ハイロウへ脱出を果たし、この両軍を持ってゼクラグ将軍率いる南方総軍への、完全に壊滅した南ハイロウ軍の代替戦力として補充されることになったのだ。

 これで南方総軍への補充戦力の当てが出来たことにより、北陸戦線への当初からの補充戦力であった親衛軍第一軍団はランダン北部へ送られることになり、既に現着。またハイロウ方面軍とランダン、アインバル、ハヤンガイ各臨時軍の訓練が北ハイロウで春から開始され、修了予定は秋頃であり、戦力補充の目途がついている。

 我が大内海連合州軍は魔神代理領に攻めて来る遊牧帝国の消滅、今の帝国連邦とザカルジン大王国の登場により歴史的役割を終えようとしている。また時代が下れば分からないが、しかし今、遊牧帝国に対する盾としての役割を果たす必要がなくなった。死に花を咲かせる時であると歴史が背中を突いているように感じる。血を流す義務を果たす時が来たのだ。


■■■


 総攻撃開始予定日の夜明け前。

 アリダス川上流域にいるラグト両翼軍には今日の払暁から攻撃を開始すると伝令を送り、またそれに応じるとの返答を受け取ってある。もうやるしかない。

 攻撃準備射撃開始。

 鹵獲砲を含む新式砲兵による砲撃が敵軍最前線の、塹壕線上の防御施設を叩く。敵からも反撃の砲弾が降り注ぐ。

 互いに砲兵を観測出来ない中、当てずっぽうで、しかし前日から行っていた相手の砲兵、砲兵陣地に適した地形の情報を元に暗闇の中、探るように砲戦が交わされる。

 砲撃で牽制している間に各隊、全正面で突撃配置につく。ハルジン川流域幅一杯、川が見えない丘向こう、山岳兵がようやく配置につける山腹まで。天元の山頂は高過ぎる。

 敵の正面塹壕は東西に長く、全てが厳重で堅固な防御陣地ではないが、一番に弱いところでも十年前の戦いでの基準ならば堅固と呼べる域に達する。どこかに弱点、漏れがあれば突破迂回、一部包囲からの戦線崩壊が予測される。お互いに予備兵力は多く配置している。

 待機中の列車砲は超遠距離射撃が可能である。黒い夜空が端から青くなってきて、ランマルカの観測気球部隊が気嚢を火で熱した空気を送って膨らませ、観測要員を乗せた、地と縄で繋いだ乗り籠を上昇させる。彼等が狙うのは敵の前線司令部と弾薬庫、それ相当の最重要区画。そのような区画は通常の新式砲の射程圏外に在り、前線の状況を見渡せる丘の上にも有り、離れ過ぎず近過ぎずという間合いで普通は手が出せない。

 前日の昼までに前線司令部、弾薬庫と思しき候補地点の目星が付けられた。砲撃と夜に紛れ、前線を横断するように敷かれた線路上に列車砲が並べられ、発射の衝撃を吸収する脚が台車から伸ばされて接地。砲弾が集積され、砲弾装填用の起重機に労働型呪術人形が配置され、弾薬を使用しない発射練習と機械動作確認が同時に行われる。

 前線に出て来た敵砲兵が放つ砲弾の最大到達地点より後方から、こちらの前線から放っても届かない砲弾の最大到達地点より後方へと飛ばす気らしい。これでこの総攻撃が奇襲化してくれればと祈る。


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 空が赤、橙に染まって綺麗な青も見える。夜明け。

 念動の魔術で自分を浮かせ、空から俯瞰。敵兵がこちらを指差しているのが見える。

 暗闇に隠されていた敵と味方の防御陣地の姿が明らかになる。

 死傷者を後送する人の流れ。

 穿り返されるも何の被害の痕跡も無い地面。

 構造物が崩され、中が空洞だと影を見せる堡塁。

 砕けても完全に無力化されない金茨。

 多少は砲弾に折られても術の力で再度茂る妨害用の人工林。

 砲弾に崩された塹壕を修理する工兵。

 夜から繰り返して砲撃を繰り返す砲兵。明るんで相手の砲兵陣地の位置を正確に掴み、弾着修正が始まる。

 破壊されて横倒しになっている大砲、肉と骨を見せて散らばる砲兵。

 敵の突撃に備えて塹壕内で待ち構えて整列待機している歩兵、軽砲、斉射砲部隊。

 砲弾の炸裂の恐怖に耐えきれずに逃げ、暴れ出す者。

 その後方の予備塹壕で更に待機する歩兵の列。無傷で待機中の予備砲兵。

 恐怖を誤魔化すために演奏する軍楽隊。

 湯気を上げる朝食を配る者も見えた。

 あんなところに我が兵を突っ込ませるのか。砲撃で傷ついてはいるが迎撃、逆襲準備が出来上がっているあんなところに。

 これに帝国連邦軍のように毒瓦斯と煙幕弾を混ぜられればいいが、我が兵は防毒覆面付きで煙幕の中へ突っ込むような経験も訓練もしていない。覆面自体人数分存在しない。

 列車砲の列が砲撃を開始した。目星をつけていた前線司令部、弾薬庫を狙い、観測気球部隊が弾着情報を送って修正を始めてそれらの区画を複数叩く。重く大きい砲弾は並みの砲撃では破壊出来ない掩蔽壕も貫き、爆発。火柱を上げて誘爆する弾薬庫もあれば、他の塹壕や堡塁へ砲弾が落ちた時よりも遥かに人の出入りが激しくなる司令部――と思われる区画――もある。ただの宿泊所の可能性もあるが、寝ている兵士を一網打尽となれば効果は高いだろう。

 これで敵の指揮系統が麻痺し、弾薬不足に陥り、想定外の位置への砲弾直撃で対処に追われて混乱、などなどしてくれれば良いが、現場段階で前例に倣った動きを繰り返されるだけでも厄介な防御陣地が相手である。果てしなく横に広く、奥に複数段あるような陣地。

 総攻撃開始時刻。先発は大内海連合州軍である。

 従軍希望の開悟派学者が激励に唱えて回っていた。


  魔神こそ全てである

  魔神代理は唯一である

  魔なる教えを信じる者達よ、辛き時に教えを思い出せ

  魔なる教えを信じる者達よ、迷う時に教えを思い出せ

  魔なる力こそ並べられること無き強さ

  魔なる力こそ用いられれば不正を正す

  形無く正義に象られし魔なる変幻の力を信じよ

  姿無く魔神が示したる次なる未来の道を信じよ

  悲しみは希望で、恐怖は団結で乗り越えよ

  理不尽は忍耐で、災厄は対策で乗り越えよ

  それらに魔なる力を用いてあらゆる痛みを報奨とせよ

  それらに今打ち砕かれようとも次なる者達が礎とせよ

  悪しき囁きに耳を貸さず

  邪な考えを頭に浮かべず

  力の懲罰が敵に降りかかるよう信じて行いをし

  皆の信仰が悪を滅ぼし去るよう信じて行いをし

  ただ只管に義務を果たし、義理を果たせ

  共同体の同胞に魔なる力がありますように


 号令の太鼓が打ち鳴らされる。

「ズィブラーン……ハルシャー!」

『ズィブラーン・ハルシャー!』

 魔神こそ全て。

 塹壕から一斉に突撃配置についた兵士達が這い出て、魔術で火炎を纏わせた刀を掲げる士官に率いられて走る。旗手が軍旗を掲げているが、火炎の揺らめきの方が兵士は怯えず良くついていく。

 友軍への誤射を避ける超越射撃を行う砲兵が敵砲兵を叩く。

 簡単に滅ぼされない敵砲兵が突撃に進む兵士達を榴弾で粉砕、爆風で巻き上げて散らかす。

 歩兵の前進に続き、後ろから旧式大砲部隊が前へ出る。射程が足りなければ接近して撃てば良いのだ。銃兵と砲兵が肩を並べて撃つ必要のある場面が現代の戦場にある。

 前衛部隊は射程の長い施条小銃を撃つ。後衛は通常の小銃か、風加速術を使う弩兵。

 歩兵はそれぞれ、重いがしかし命を守る土嚢を持って前進する。一見間抜けだが、これが無いと塹壕戦の手前で停滞した時、ただの的になって死ぬ。

 炎の刀に導かれた兵士達の足が遠隔爆破の地雷で吹っ飛び始める。

 土の術使いが地面を引っ繰り返して地雷をほじくり出すなり、更に地中深く埋めて無力化するが千切れる足の数が増え続ける。遠隔爆破を行う敵術者の予測位置への砲撃は行われているはずである。

 術妨害への妨害砲撃は出来ている。その証明が、術の火炎――燃料になる物は一切巻いていない――を纏わせた刀を持つ士官の位置。妨害がかかっているかいないかの目印に、後方からでも分かるので良い。士気高揚、白兵戦能力強化以外にも役立っている。

 砲撃で散々砕いて切り裂いたはずだがそれでも足を刺し、裂き絡んで止める能力を保持し続ける金茨へ、土嚢や死んだ戦友、術で盛り上げた土で覆って踏んでも問題無いように均される。

 地雷、金茨の処理は決死。丁度そこで足止めされる距離が敵銃兵、軽砲兵、斉射砲兵の有効射程圏内。撃ち返すことは後回しに土嚢や土を盛り上げながら銃弾、砲弾で死んで千切られる。死体を積み上げなければそもそもまともに戦う権利すら与えられない。土嚢と死体で簡易防御陣地を築かないと当たるかどうかはともかく、撃ち返す機会もほぼ与えられない。

 新式小銃を持つ銃兵が牽制に撃ち返すが、隠れた場所から撃ってくる敵銃兵には全く敵わない。射撃を確認されて狙い撃ちにされて真っ先に死ぬ。散弾で部隊ごと潰される。

 死にながら土嚢を積み上げ胸壁を形成し、銃兵が敵に撃ち返し始める。これでようやく後続部隊が死んで払底せずに数が揃い始める。

 土の術で一気に巨大な陣地を作る箇所もあるがそれは全体ではない。風煽りの術で土埃を飛ばして目潰しを行い、塹壕を土の術で崩して埋めるなど、術使いの名人が一部で陣地形勢どころか突破口を開いて部隊を突撃させる箇所も見られるが、所詮は名人芸であるか局所的な優位しか取っていない。そのような突出点は孤立し、敵に包囲されて潰される。現代戦は総合力が試される。大勢に影響無し。

 小銃に対し、敵は重火器混じりで迎撃を続ける。ようやく旧式大砲部隊が到着し、敵に砲弾を直接照準射撃で撃ち込み始める。しかしそんな巨大な的は優先的に敵の砲撃を受けて破壊される。

 それでも死体を重ねて前進を続け、全体的に敵の正面塹壕への突入が始まり、孤立せずに隣の部隊同士で連携を始めれば突破が一部で始まって継続される。

 そして塹壕に突入すれば敵と銃剣と銃床、拳と歯で殺し合う白兵戦が始まる。炎の刀がそこそこ目立って活躍するが所詮燃えているだけで大戦果など出さない。突入箇所が側防窖室ならば、その内側から安全に猛射を行ってくる敵に部隊が丸ごと、逃げ場の無い壕内で全滅する。

 塹壕内に対しては予備に温存されている魔術の名人が土で埋め、炎で焼いて一掃するものとしているが、塹壕正面にとりつく時点で予備だったはずの名人達が多く銃弾、砲弾で死んでいるので全面的には上手く行っていない。理想には遠い。土ではなく死体で埋め、銃剣と手榴弾で一つ一つ塹壕の区画を潰して行っているのが現実。

 列車砲部隊が線路に沿って移動を開始し、新たな射撃位置に付いて新たな目標へ向けて砲撃開始。持ち込まれた砲弾数には限りがあるので回数には期待出来ないが、その代わり中途半端にしては意味が無いと、持って来た砲弾は今日全て使い切る心算で敵の防御陣地、塹壕の第一線の破壊を補助してくれる。”男らしさが老いるまで砲弾は苛烈に磨かれ放たれる”と通訳が唸りながら砲兵士官の言葉を介してくれた。

 今血塗れ土塗れになって死に続けている線はまだまだ第一の正面塹壕。正面塹壕の後ろには支援射撃可能な距離、逆襲部隊の先鋒が待機する支援塹壕があり、後ろには予備兵力が控える予備塹壕が在る。これが地形に合わせて距離を空けて複数。

 支援塹壕から火箭の雨が放たれ、正面塹壕を占領しつつある兵士達の頭上に降り注ぐ。風煽りの術で防ぐことになっているが、この時に合わせて術妨害が強烈になった。炎の刀が一斉に消え、直撃。細かい炸裂、煙の海に塹壕一帯が埋め尽くされる。

 チャルメラ吹きが始まる。

『前進! 前進!』

 支援塹壕から敵の逆襲部隊が這い出て、軍旗を掲げる旗手を先頭に駆け出した。正面塹壕が素早く敵に奪還され、そこから更に前進してくる

 前進してくる逆襲部隊を、前衛部隊が死に続ける前提で送られ続けていた後続部隊が、正面塹壕前に築かれた死体と土嚢の前進拠点で食い止める。

 旧式砲は砲弾が足りなければ、銃弾やその辺の石、外した銃剣、何かの破片、千切れた指に歯まで入れて散弾撃ち。火薬も足りなければ魔術で応急発射。

 酷い消耗戦になり、前進も逆襲もそこで止まる。

 夕暮れまで続いた戦いは暗くなって自然に停止となり、疲れ果て、何とか互いに自然休戦しつつ、息のある助かりそうな負傷者だけでもと、膨大な戦死体と呻く瀕死者は置き去りにして救助を始める。

 報告ではこの中央以外の両翼でも一進一退で停滞。一部で騎兵突破を互いに行ったこともあったが、予備騎兵に潰される程度で終わったそうだ。山岳地域は山羊や鷹などの高地適応した獣人奴隷兵が前進に成功したそうだが、そこから平野部への戦果拡大に繋げることはまず不可能とのこと。


■■■


 日が落ちて暗くなる。後方地域では寝ずに軍医、看護婦が野戦病院で負傷者治療に奔走する。負傷治療の呪具を使って復帰見込み、直ぐに前線に出られる者が最優先とされる。泣き声と恨み言と唸り声が重なって止まらない。

 夜には夜目が効き、鼻も利く獣人奴隷兵部隊を夜襲に出して敵を休ませない。夕方は自然休戦になってしまったが、あれは本来の予定になかった。

 馬、犬、猫、数は少ないが狼の頭を持つ彼等は刀槍や斧に弓矢という、日中の現代戦では遅れを取るが、暗闇の中、静かに位置を悟られずに殺せる古い武器で戦果を獲得しに行く。

 獣人達は死体をかき分け、正面塹壕内で待機する敵逆襲部隊に襲い掛かり、ほぼ一方的に殺戮した。

 正面塹壕も越えて、支援塹壕に到達して戦闘開始。敵が銃を撃って音と光で己の位置を知らせながら、隠れながら戦う獣人達に静かに仕留められる。恐慌状態となり同士討ちも始め、灯りのある篝火に身を寄せ始めて照らされ、良い的となり、暗闇から矢を浴びせられて倒れる。

 この調子なら支援塹壕も占領出来るのではと思ってしまうが、獣人奴隷兵の数と敵兵の数は十倍以上の差があり、数の差は埋められず、敵も敵なりに反撃して撃退され始めた。

 戦いは夜が終わるまで続く。


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 二日目の朝を迎えた。獣人奴隷兵達は夜が明ける前に傷つき、数を減らして帰還した。

 親衛軍第一軍団と大内海連合州軍は前線を朝までに交代した。獣人奴隷兵の夜襲はこの行動の秘匿、露見しても攻撃させない牽制であった。盲撃ちの夜間砲撃は互いに行っていたが、所詮は夜間砲撃で弾着修正も不正確、効果は薄い。

 獣脚、首長の蛇と人面の中間の相、そして鈍鉄のような鱗を纏う異形を取る第一軍団長が先頭に立つ。この方式は古臭くなってしまった。

「大総督。噂には聞いていましたが、今の戦争はこうなのですか」

「華麗には死ねないようです」

「それはまた、なるほど」

 第一軍団長は、それでも華麗に死ぬ方法を取るそうだ。十発程度は銃弾を受けても倒れない体躯をしてはいるが。

 後退した大内海連合州軍の各隊は、損耗著しい部隊を解隊して他の部隊に編入させて行う共食い編制によって定数を復活させる作業に素早く入っている。負傷兵と、負傷はしておらずとも精神均衡を崩した者も後送され、処置無しと判断されれば止めが刺される。早期復帰見込みの負傷兵が最優先治療される方針は変わらない。

 親衛軍行進曲”骨も魂も”の演奏が始まる。音が大きい楽器演奏、威圧的な曲調もさることながら親衛兵総員が軍服につけた鈴が鳴り止まない。

 鈴が鳴り続けている間、親衛軍は戦い続ける。敵の敗北が確認されるまで止まず、最後の一人が死ぬまで止まない。

 鈴は真鍮製が基本だが、各人、必ず戦死した先達の骨で作った形の悪い鈴を持つ。これが妙な低音を鈴の中に混ぜて聞きなれぬ敵に不安を煽る。

 魔神代理の戦う奴隷達が整列して、占領した正面塹壕から、死体の山を踏んで、血に足を時折滑らせながら突撃配置に付く。

 異形の魔族が高級士官としており、頭に布を巻く。

 兵士は人間に獣人が多種、肌も毛色も多様。先端が背中に垂れる縦長帽子で揃う。

 装備は赤帽党基準の新式装備。後発でやってきただけに揃っている。

 夜間の内に前進した新式砲兵が奥の方へ、敵の予備塹壕へ第二次攻撃準備射撃を加える。旧式砲兵も、正面塹壕の後ろから支援塹壕へ直接照準射撃を加え、敵砲兵の的になって砲兵が砕け散る。

 大内海連合州軍砲兵の部隊は引かず、人員は予備人員と交代しているので新鮮。

 第二次総攻撃開始。

「ズィブラーン……ハルシャー!」

『ズィブラーン・ハルシャー!』

 魔神こそ全て。親衛軍が唱えてこそ実感ある言葉だ。

 殴る錫杖、親衛軍式指揮杖へ魔術で長い火炎を巻きつつ、それを掲げた士官に率いられて親衛兵が駆け出す。火に導かれ、鈴の音に紛れると心は常人ではなくなる。

 親衛軍の突撃を見て、敵は支援塹壕を放棄して最後尾の予備塹壕まで後退し始めた。獣人奴隷兵の夜襲からまだ立ち直っていないか?

 行けるか?

 支援塹壕に前衛が到達し、巨大な爆発、塹壕が壁と化したかと思う程の粉塵が縦に噴き上がった。地雷の一斉爆破。かつては一騎当千の如きであった魔族も大規模な爆発の前で砕け散る。第一軍団長も爆風で巻き上げられ……空中で姿勢制御して着地した。思ったより頑丈だった。同じようにというわけではないが、爆発の中から魔術や強靭さのみで凌いで飛び出す者もいるので、まだまだ力は強く、人を超越した者達ではある。

 親衛軍の鈴鳴り止まらず突撃は続行。魔族士官が閃光の魔術で敵を目くらましにして予備塹壕からの射撃を乱し、大きく防いだ。また音の魔術で天政官語の発音に合わせた音の一部を相殺、聞き取り辛くして連絡阻害。中には四つ足に駆けて弾丸を避けて先行して敵塹壕に飛び込んで怪力撲殺で一部占領する荒業もあれば、矢よりもゆっくりだが飛翔する火炎の大玉を飛ばして堡塁とその周辺塹壕を焼き尽くして弾薬に誘爆させて爆破する者もいる。

 一部優勢はあるが基本的に、予備塹壕より奥に引いた敵の大砲、斉射砲、連機火箭の水平射撃で魔族士官も奴隷兵士達も散って突撃前進はそれ以降、防がれる。火薬は魔なる力を砕いて焼く。

 親衛兵達は持った土嚢を途中で積み重ね、戦友の死体も組み込み、土の魔術で地面を盛り上げて新たな前進拠点を作り、旧式砲を後方から呼び寄せ砲台を作って撃ち合う。

 この停滞は予測された。

 あとから配置についた親衛軍砲兵が魔術式砲術で敵の予備塹壕後方の砲兵を狙い撃ち始める。風の術応用の砲弾加速、光学の術応用での弾着観測が合わされば列車砲には劣るが、通常運用の新式砲には勝る射程と精度を発揮し、敵の砲兵は数を減らし続ける。

 親衛軍は強い。非常に良く敵を殺して退ける。しかし第一線最後の、目前にしている支援塹壕へは後方から敵兵が補充され続けていて鉄壁を思わせる。

 互いに射撃戦を基本に、機を見ては突撃、銃剣に刀を閃かせて銃撃で倒れながらもつれ込むように相手陣地に切り込んで、術の炎を上げる。そして陣地を取っても後方から投入される予備に潰されることを繰り返して時間が過ぎる。

 酷い消耗が続くまま、前進が止まった。

 一部魔族の目覚ましい英雄的とも言える活躍も、敵の補充兵が突撃して台無しにしてしまうのだ。

 ベリュデイン総督の魔族増加案、これだけを見れば是が非も無く実行されるべきと思う。今日ここにいる、昔の編制より多いと思った魔族の士官はその増加案にて、予定を繰り上げて成った者が多くいるらしい。


■■■


 二日目の夜になる。一日目と違って自然休戦は無し。

 夕方になっても戦い続け、夜になっても戦い続けた。そして夜は親衛兵達による得意の抜刀突撃が積極的に開始された。真鍮の鈴を外し、鈍く不気味に鳴る骨の鈴だけを鳴らして。

 夜戦、白兵戦は恐るべき姿の魔族が本領発揮をするところであった。獣人奴隷兵の襲撃時よりも遥かに短時間で予備塹壕に籠る敵軍が恐慌状態に陥って、泣き叫びながら壊走したのだ。

 これで第一線、確保された。


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 三日目の夜明け前。

 予備塹壕を掃討している親衛軍第一軍団と大内海連合州軍の再編制部隊とが前線を交代する。戦闘が一時中断した静けさが訪れている。

 予備塹壕にて突撃配置につく再編制部隊、前進する新旧砲兵、砲弾はまだわずかだが残余がある列車砲部隊の動く音が響く。今、銃声と砲声は止んでいる。

 明るくなれば敵が遺した装備を鹵獲して再利用が検討出来るが、死体塗れの暗い内は難しい。

「まだ終わらないんですよね」

「もう一つ同じ規模の防御陣地が向こう側にあります。更に奥にもあるようですが、そちらはこれ程の規模ではないようですが、今強化されている可能性はあります」

 抉れた右目と側頭部を、負傷治療の呪い具で塞いで貰っている第一軍団長と話す。

 敵と味方の死傷者数は、全正面にて概算でも双方含めて十万弱と報告される。混戦しており、観測出来ない地域は他の地域の数字を持ってきて当てはめる程度なので正しい数字ではないのだが、しかし、一つの戦闘でかつての一つの戦役で発生する死傷者と同等となってしまっている。

「信じ難いですが」

「これからの戦争がこれですか」

「来年のことを考えていたら幾ら頭があっても足りませんよ。目の前に集中しましょう。そのためにはまず休んで下さい」

「それは確かに。シャミール大総督は休まれないので?」

「私はあまり寝ません」

「それはそれは」

 親衛軍第一軍団、掃討を終えつつ再編制開始。

 そして夜明けを待ち、偵察部隊が第一線の向こう側にある第二線を偵察する。また軽歩兵部隊が威力偵察に前へ出る。中央戦線以外の、もう少し戦場が動き辛く、また広い山地や荒野部では偵察騎兵も出ている。

 ランマルカの観測気球部隊が第二線の各施設配置を把握して図に纏めた。昼になる前に全線の指揮官級が集結してその図から情報を共有。

 そこから次の選択を迫られた。

 その一つは、確保した敵第一線予備塹壕から縦に塹壕を掘って万全を期して第二線へ攻撃を仕掛けること。新式砲兵を出来るだけ無傷で前進させて攻撃準備射撃に充てたいからだ。ただその作業中に敵は疲労を回復し、後退した部隊を再編して再配置するので防御がかなり固まってしまう。折角夜襲で混乱させて散らした敵兵が落ち着きを取り戻してしまうのだ。

 その二つは、塹壕掘りは省略。障害物の無い平野に身を晒して歩兵部隊が前進。前進して確保した地域に新式砲兵を配置し、前進する歩兵が的になっている内に攻撃準備射撃を行うこと。

 どちらが正解かは分からない。ランマルカの観測気球部隊を信じるならば、どちらも正解で、解答の代償はどちらも大損害ということだ。そして忘れてはならないのが、アリダス川上流域方面から攻撃を仕掛けているはずのラグト両翼軍と補助に付く各州義勇兵部隊。比べた天秤に多正面作戦を加味すれば、答えは迅速を重んじるその二となる。

 第三次攻撃準備射撃開始のための、第三次総攻撃開始。

「ズィブラーン……ハルシャー!」

『ズィブラーン・ハルシャー!』

 魔神こそ全て。

 予備塹壕から這い出た兵士達が、本数を減らした炎の刀に導かれて前進を開始。敵の砲撃を受けることを前提に、兵士同士の間隔は広く取っている。

 第一線から第二線までは意図して距離が置かれており、そこは絶好の射撃場と化していた。

 第一線攻撃時よりは少ない敵の砲撃量だが、遮る物が頼りない灌木か突き出た岩程度しかなく、埃巻く爆風で吹っ飛び、上がって落ちる兵士の黒い粒みたいな姿が幾つも、良く見える。

 走って駆け抜けられる距離ではなく、砲弾を浴びながら彼等は練り歩く。駆け抜けに肝を誤魔化せない。

 随伴する軍楽隊が演奏し、兵士達は『ズィブラーン・ハルシャー!』をひたすら連呼する。

 肉体と精神を歩兵がすり減らしている間に、囮となっている間に、敵第二線正面塹壕を目前にしたならば直接火力支援を行う旧式砲兵が前進する。

 旧式砲兵か新式砲兵かは遠くからは確認し辛い。敵は歩兵よりも砲兵を恐れて照準をずらして砲撃を開始する。砲兵が爆風で吹っ飛び、旧式砲を運ぶ台車の車軸が折れて横転する。

 第二の囮が砲撃を受ける中、遂に新式砲兵が前進を開始する。

 広く散開した歩兵部隊が第二線正面を前に小銃射撃圏内に到着し始めた。金茨と地雷が待ち構える手前である。土嚢と土の術で各所で即製陣地が作られ始めるが、そこに砲撃が加えられる。

 旧式砲兵も続々到着して直接照準射撃で砲弾に身を晒している歩兵を助けに行くが、距離が近づいた分精確に砲撃を加えられて撃破される。大分数が減った。次の戦いがあれば旧式砲兵部隊は解散が妥当な程。

 新式砲兵も距離を詰める。第三次攻撃準備射撃の準備を整えているが、これもまた敵砲兵の射撃の的になっていて分が悪い。射撃準備を整える時間があるだけ攻撃側は不利。

 獣人奴隷兵や予備騎兵を出して彼等に素早い増援を送りたくなる惨状であるが、我慢である。今は意味が無い。

 列車砲部隊に敵砲兵を叩いてくれと要請したくなるが、彼等が今線路を築いて位置を確保して狙っているのは敵の司令部、弾薬庫などの絶対に破壊したい目標なのだ。

 歩兵と新旧砲兵が砲撃の的になり、必死に塹壕を掘り、徐々に数を減らされている姿を見守るだけになる。

 心身の疲労から脱走兵が目立ってくる。督戦部隊が対処する。


■■■


 三日目は戦果も少なく損害ばかりの前進だけで日没が訪れた。

 簡単な塹壕は各隊掘り終え、夜の闇が敵の目から隠してくれる時間を歓迎している。

 ランマルカ軍から今の状況にぴったり、と言う兵器を紹介して貰った。

 機関銃一丁と斉射式機関銃二丁搭載の強襲型呪術人形である。これを夜襲に用いると敵は確実に、非常に強固な防御体制を築いていても恐慌状態に陥る、らしい。

 夜になっても金茨と地雷、胸壁背壁に守られた銃兵だらけの塹壕線、その後方の堡塁群に行われた第三次攻撃準備射撃は射撃量が不足していて攻めるに攻められない。任せてみた。

 人型だが四つん這いに走り出した、奇妙な人形が闇を進む。

 肉の身体ではないから金茨も障害とせず、遠隔爆破の地雷は闇とその異様な移動速度に対応出来ず、塹壕に飛び込んだ呪術人形は塹壕の線に沿って斉射式機関銃二丁を一瞬に撃ち切る。塹壕の中に並んでいた敵兵がそれで、曲がり角に到達するまでの直線上で全て死んでしまう。それからは機関銃を少しずつ連射しながら塹壕内を這い回り、撲殺も併せて敵を殺戮して回った。

 少し早いが、再編制を終えた親衛軍第一軍団を前線に加える。交代はしない。数は減って窮屈過ぎる程でもない。

 第四次攻撃準備射撃に備えて親衛軍砲兵も新式砲兵の砲兵陣地へ移動。列車砲部隊の線路も夜間に最終確認が行われる

 強襲型呪術人形がもたらす敵兵の悲鳴が夜一杯に響き、途中で爆発で途切れ始める。一定時間経過するとその強襲型呪術人形、鹵獲防止に自爆するそうだ。

 あんな物が量産されたら世界を征服されるのではないか?


■■■


 四日目の夜明け。第四次攻撃準備射撃本格開始。

 列車砲の移動から始まり、敵司令部、弾薬庫への砲撃が行われ、時に誘爆からの巨大な火柱を上げる。

 初日にも同じようなことが行われたわけだが三日かそこら、攻撃を受けながら対処法を編み出すには難しかったようだ。

 新式砲兵、親衛軍砲兵が砲弾を敵第二線正面塹壕へ叩き込み始める。強襲型呪術人形が敵をかき乱したおかげか反撃が鈍い。

 総攻撃開始から三日経過。双方の疲労は極地に至り、過労で倒れる者が出る。第四次総攻撃準備が発令されても眠りこけて中々目を覚まさない兵士達も多い。水を使う術使いが目覚ましに冷水を浴びせて回っている。

 こちらは夜襲で休憩時間を稼いでいる分、これでも楽である。強襲型呪術人形が稼いでくれた一晩もとても大きい。

 敵も部隊を適宜前後交代していると思われるが、それでも十分疲れているだろう。

「こんな攻撃、二度出来ませんね。死んで来ます」

 そう言って第一軍団長がまた先頭に立った。異形は先駆けに華と映える。

 第四次総攻撃が間もなく開始される。

 攻撃準備射撃の弾着地点が正面塹壕から支援塹壕へと延長されるために、予備砲兵が前進して砲撃を開始。

 大内海連合州軍に先立って親衛軍が突撃。親衛軍行進曲”骨も魂も”が演奏される。

「ズィブラーン……ハルシャー!」

『ズィブラーン・ハルシャー!』

 魔神こそ全て。

 数は減ったが、敵の迎撃射撃が少ない分、余裕を持って金茨に地雷の処理がされて突破口が開かれる。

 正面塹壕も迎撃が弱い分、余裕をもって組まれた集団魔術による、地上に人も立っていられないような暴風が巻き起こされて敵軍がほぼ行動停止。土に砂も表層から吹き飛び、一部施設は倒壊する程で飛んだ破片で敵に死傷者が出る勢い。

 暴風の隙に正面塹壕は土で埋められ、炎で焼かれた。壕内の退避壕も地下通路も側防窖室も潰れて消える。敵兵は生き埋め。

 正面塹壕が制圧、均された。工兵も板の橋を渡す余裕もあった。

 これは勝敗決したかと思えてしまうが違った。支援塹壕から火箭の雨が降り注ぐ。これは何時もの逆襲開始の攻撃手順で、対策に風の魔術が使われようとしたが術妨害に遭って失敗。隠れる場所がほぼ消えた場所で親衛軍は火箭をいつもより長く、逆襲が始まらず、後退せざるを得なくなるまで爆撃を受け続けた。

 我々には帝国連邦軍が教授してくれた対妨害術射撃が出来ていない。余分に、魔の流れを追って存在が予測される地点に砲撃を加える余裕が無いのだ。

 親衛軍は後退し、昼になっても前進の糸口が掴めないでいた。敵は火箭を豊富に支援塹壕に用意しているようで、後退後、もう一度突撃を試みたが面制圧に撃ち出される火箭の雨に潰されて、第一軍団長が戦死する事態に陥った。

 正面塹壕憎しと術で潰したのが災いしたかのようだ。潰さずとも曲射に上空から降ってくるのが火箭なので結果は変わらなかったかもしれないが、しかし連絡壕伝いの突撃は出来た。それが出来なくなった。後悔しても遅いが、死体だらけで歩くのがやっと、走るのは辛い地形になってしまっている。

 ここでめげずに旧式砲兵隊が前進。支援塹壕へ直接照準射撃を行い、新式と親衛の砲兵も後の攻撃計画を一旦置いて射撃量を増やして叩く。

 そして代わりに大内海連合州軍が突撃を敢行する。砲撃で抑えれば、そして夜が訪れれば突破出来るかもしれない。

 予定調和に火箭の雨が降る。前衛がこれで潰れて逃げ帰る。

 火箭の雨が止んだらまた部隊を出し、また潰される。

 三度目と繰り返せば火箭の在庫が尽きたか、支援塹壕から出て来たのは敵の軽砲、斉射砲の防盾付きの戦列。

 三度目の前進の出鼻がその戦列の射撃で粉砕され、敵の逆襲部隊がチャルメラの音と共に現れた。

『前進! 前進!』

 次に、大内海連合州軍が撃退されている間に配置されたランマルカの海軍陸戦部隊の機関銃隊が射撃を開始する。繰り返す突撃に隠蔽することは容易い、とランマルカの海軍士官が言った。

 冷却のために回転する銃身からとめどなく銃弾が発射され、それが形成する線に突撃する敵逆襲部隊が触れる度に切り裂かれて倒れていく。

 銃弾の線が交差し、阻止線が形成されればそこを通過する敵兵が次々と倒れる。倒れずに足を止めれば後続の、突撃する兵に背中を押されて転んで踏み潰されるか、督戦する士官に臆病者と背中を押されて銃弾に倒れる。仲間の肉を盾に阻止線から前に出れば、余裕を持って構える銃兵が撃ち殺す。

 敵の逆襲する喚声、煽るチャルメラの声と音が長らく続き、回転式機関銃も軒並み弾薬切れ、故障で動かなくなり始めた頃には動く敵兵の姿はほぼなくなる。機関銃を理解していない敵が取る行動はこのようになると予測されていた、とランマルカの海軍士官が言った。

 この機を逃さない。死んだ英霊の犠牲を無駄にしないとは実務家にとって愚かな言動であるが、彼等が死んで作った機会は今なのだ。

 無傷で疲労も無い、装備に故障も無い各州義勇兵部隊を後方から投入、突撃させる。

「ズィブラーン……ハルシャー!」

『ズィブラーン・ハルシャー!』

 魔神こそ全て。

 大内海連合州軍より数は少なく、親衛軍のように人も装備も揃っていない弱兵達ではあるがしかし、この日まで血に塗れずにいたのだ。

 勢い良く飛び出していった。逆襲部隊を皆殺し同然にされ、兵力を喪失した第二線に籠る敵軍が撤退を始める。確実に重火器による射撃を実行し、放棄となればそれの点火孔に釘を打ち、弾薬庫を爆破しながらだが。

 殿部隊の抵抗を受け、各州義勇兵も血塗れになって第二線が確保、制圧された。

 恐るべき龍朝天政軍は、まだこの先に第三線を用意している。

 その第三線へ逃げ込む敵兵を出来るだけ減らすために予備騎兵を追撃に走らせた。それを補佐するための獣人奴隷兵達も、騎乗させて騎兵として出発、夜の狩りを主に担当させる。

 戦果の拡張は徹底的にするのが英霊への報い方の一つだろう。


■■■


 五日目の朝を迎えた。初日より慌ただしくなく、寝ている者達が多い。

 追撃に出した予備騎兵、獣人奴隷兵からの戦果報告、連行されてくる捕虜の大行列が朝日に照らされる。我々は帝国連邦軍ではないので目玉を抉ったりなどはしない。ただ、食糧が不足していればある程度我慢はして貰うが。

 それから続々と第二線より向こうの報告が届く。

 待ち伏せ攻撃を受けて相当な被害を出た。

 第三線は目ぼしい物資も残されずに空であった。

 村や町は建物どころか牧草地すら焼けるところは焼かれていた。

 井戸は糞塗れ、川はわざわざ腹を掻っ捌いた死体だらけ。

 物資は残されていない。持ち去るか焼いた跡。

 大砲は持ち去れなかったものは使用不能に破壊されている。

 計画的な後退であろう。第二線は後退の犠牲に使われたらしい。

 この五日間で戦闘は一段落した。ただ最終日を除いて毎日二万名弱が死傷し続けた計算がされている。以前までの常識ではこの損害だけで継戦の是非を中央へ問うところだった。

 死傷者だらけで軍組織は、万全を期すなら長期停止と再編制を迫られている。極東に向かった軍への補給を優先しているせいでもあるが弾薬備蓄も残り少ない。大砲も酷使で故障が多い。ランマルカの支援も、次の船団が到着するまで無い。しかしそんな弱みを見せずに進まなければならない。

 東のアリダス川方面からはラグト両翼軍が攻撃を継続している、はずなのだ。それも自分の命令で。


■■■


 ハヤンガイ盆地の主都トルカントへ到達する。都市は焼き討ちにされ、崩壊している。気安く寝られる床というものは残されていない。歴史的建造物の跡も見られるが、これは現地住民が為したものではないと分かる。装飾された霊廟や寺院の崩れた姿が悲しい。寝床に関係の無い壁画や彫像は残ってはいるが。

 そして瓦礫に潜んでいた決死の暗殺部隊が自分へ突撃、銃撃、投擲、ともかく複数手段で襲い掛かる。念動魔術で防いで捻り殺しつつ、姿を確認すると龍人兵であった。スラン川で昔、討伐してやった連中と同じだ。前線で全く見かけないと思ったが、このような運用をしてくるのか。ハイロウにて大量に戦死したと聞いているから、このような使い方しか残されていないのかもしれないが。

 直属の馬頭獣人達がこれで頭にきて、トルカントの完全調査まで立ち入り禁止などと騒ぎ始めてしまった。自分も「危険ですから」と外に追い出されてしまう。

 そして外で待っていると東のアリダス川方面からラグト両翼軍の斥候伝令が到着。後日、合流してランダンを南下することにした。

 こちらの軍はあの五日間で戦闘能力を大きく損なってしまった。一方、ラグト両翼軍とその補助につく各州義勇兵隊は敵の後退が迅速で、ある程度の規模の野戦はあったものの、損害軽微でここまで進出してきたというのだ。であるから先鋒を元気なラグト両翼軍に任せ、こちらはまたまともに戦えるようになるまで再編制作業を行うことにした。

 敵軍は荒廃したハヤンガイの土地だけ残して後退し、戦線を圧縮した様子。これは勝利か敗北か、英霊や遺族には勝利と告げられるが、戦略的には、その、怖ろしく微妙だ。

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