第310話「一年程度で」 ベルリク
自分が直率する千五百騎がキルハン近郊で陽動攻撃を仕掛け、動きを拘束した即応軍とシム一万人隊は、ガルハフトの藩都ヤレンハルに、大量の新式武器を運んだ上で集結、外北藩軍主力と合流する予定であったらしい。
外北藩軍の軍容はシム、ガルハフト、マドルハイ各藩に騎兵一万人隊が一つずつ。そして各藩都に中原系屯田兵司令部が置かれ、定住民の成人男性人口が丸ごと動員出来る仕組みになっていたのだが、その動員をユンハル軍が奇襲攻撃で防いだ。こちらは武器の輸送を防ぎ、ユンハル軍はその離反を察知される前に奇襲を仕掛けて反撃体制を取られる前に各個撃破と同時に遊牧、狩猟民に対して寝返りの扇動して二つの一万人隊を吸収してしまった。襲撃時は友軍を装い、帝国連邦軍にユンハルの地を占領されて逃げて来たなどなど、相当な嘘を吐いて回り混乱させたとも。
そうして東側から挟撃に出ている足の遅い光復党軍がマドルハイの藩都エヌアギに到着するより早く、我が隊が一撃離脱の陽動を終えてヤレンハルへ到着するより早く、シム藩を除いてユンハル軍が征服してしまったのだ。
ユンハル軍の当初の戦力は正規一万人隊が両翼、中央で三つ、三万。それから一線級戦力ではない者達、放牧地の最低管理人員を残した根こそぎ動員――戦闘能力は低い――にて十数万。これにガルハフト、マドルハイの正規一万人隊が加わり、中原系入植民に反感を持つ狩猟民が加わり、我々に倣って旧外北藩臨時集団も編制して大軍を為してしまった。また人口は少ないが、外北藩よりまた外の辺境にいる精強な、かつてはレン朝に優れた将軍を輩出してきた狩猟民がいるそうで、そちらも帝国連邦へ参加しないか呼び掛けてみるという。この情報が広まればシムの一万人隊も流れに乗って離反してくる可能性がある。
こちらが渡した新式小銃の攻撃力が結構な手助けをしたとはいえ、三藩の遊牧、狩猟民がほぼユンハル族と同一というか通婚で縁戚ばかりだったとはいえ、見事なやり口である。ユンハル王イランフは自分には従順で、一種妄信の気すら見せる顔をしておきながら、帝国連邦から版図に対して口を出される前に己にとって核心的な土地と人を確保してしまったのだ。
イランフに対してはあれやこれや口出しをしようかと思っていたが、ヤレンハルにてその戦果を聞かされた時は出す口が無かった。
「総統閣下! 少しお時間を頂ければ我がユンハル軍、見立ててでは外征兵力として一万人隊を八個まで、旧外北藩臨時集団は五万まで拡充、統率することが出来ます。勿論、旧式装備ばかりですが、新式装備さえ頂けるのならば大いに活躍してご覧にいれましょう」
戦果報告の次に、こんなにも大軍が編制できるよと報告、自慢、一種脅迫までしてくる始末だ。時代が時代ならユンハル帝国くらい名乗り始めてもおかしくはない。
「まずは新式装備の精鋭部隊だけを抽出して外の作戦に使えるように。旧式装備の部隊は更新するまでの間、征服したばかりの土地の治安維持に努め、そして東から来ている光復党軍が領域を侵犯しないように厳重に見張って下さい。まだまだ敵を同じくするだけの関係と見做さなくてはいけません。元来は利益相反する敵です。戦中の混乱に紛れて領域を侵犯されてはいけません」
「確かにその通りです」
「中原系の入植民、屯田兵、これは軍事演習というよりは、新たに団結した軍の意識をまとめるために皆殺しにして下さい。無抵抗な彼等を練習台に、組織立って殺すのです。纏まって日が浅いのでまずは統率第一に考えて下さい。統率の緩い軍は邪魔で、帰属意識が天政にある住民も邪魔です」
「領民を……虐殺せよと?」
領民と言ったか。中原系の入植民もそのまま抱える、旧来の寛容な遊牧王になる心算だったようだ。
「畑の維持管理は人の数が必要ですね。寒い地域ですが水が豊富で芋に麦に豆、白菜に甜菜に林檎、それから牧草。森では豚、狩猟で鹿に猪。悪くない土地です。税も中々の額になります。しかし殺さなければならない。今は衝撃的に降伏したばかりで大人しくしているかもしれないが、彼等は遊牧諸語を話さない、天政官語やあちらの方言を話す定住民。新しいユンハル王国に紛れ込んだ潜在的反乱分子。今、優勢を保っているからこそ傘下に加わっているが、一度劣勢になり、隙を見せ、何より将来的に数を増やして圧倒すれば飲み込んで来るのはあちら。我々遊牧民は広い土地に少ない人数でしか暮らせないが、定住民は良き狭い土地に圧倒的な人数で暮らせる。その力は目先の利益に囚われている程度では防ぐことは出来ない。もし仮に畑を維持したいのなら頭数を厳格に管理し、最終的に耕す者達は全て我々の言葉を母語にし、文化を共有する者にしなければならない。帝国連邦では統制が効いているから多少の異文化定住民は管理が出来る。何れは拡大した領域各地に、馴染みの無い土地へ集団移住をさせ、その土地で新たな敵を与え、政府に依存するしかないようにして反乱する気力を奪う。今のユンハルにこれをやる余裕は無い。今のユンハルはまだ不安定で早急に統制を利かさなければならない。血塗れの儀式でかつての隣人殺しの共犯者として手を組ませなければならない」
「まだ私は目が覚めていなかったようです」
イランフが頭を下げた。自分すら騙す役者なのか、ただ素直なのかはまだ分からない。
言ったことは帝国連邦の方針であり嘘は無い。嘘ではないが騙している部分は独立性が高まりそうなユンハルに、戦後に虐殺で空いた畑の手入れに忙殺させてあれこれ余計なことをさせないためだが。さて、バシィールからとんでもない遠方になったもので多少小手先を利かせたところでどうにもならない気がしている。きっとどうにもならない。ユンハルの独立性を抑える方法は鉄道の開通による地理圧縮と、ウレンベレ取得による東西挟撃の構えによる牽制だ。
もうただ前進するだけならウレンベレは年内到達可能な位置にあるのに、概念的な壁が立ちはだかる。
■■■
ヤレンハルにてユンハル軍指導の下、ガルハフト兵が悲鳴を上げる定住民を虐殺している様子を眺めながら、連日の機動作戦で疲れている人と馬に毛象を休ませているところで急報がもたらされる。
ジン江北岸にて我が軍と対峙していた纏軍がレン朝の復古を宣言して天軍を名乗ったという大事件である。首魁は天子にして天軍大元帥、レン・ソルヒン女帝である。これに対してユービェン関にいる極東総軍の片割れ、ユービェン軍集団司令ジュレンカが瞬発。総統にして前線司令である自分に、この作戦に従えと行動を事後報告してきやがった。
主攻。シムの藩都キルハンを東西より挟撃する。先発がイラングリ方面軍、後発がワゾレ方面軍とグラスト魔術使い一個旅団が西から攻める。これに応じて総統、ユンハルの軍は東から攻める。
助攻。ジン江河口部の都市ガンチョウへの陽動攻撃にて敵東洋軍の予備兵力拘束。先発がウラマトイ臨時集団、督戦配置につくヤゴール方面軍が後発。
主助双方の後方予備としてユービェン関守備、天軍への警戒に選抜非正規一万人隊を配置。尚、ヤゴール方面軍も一部その役割を果たす。
主攻はキルハン攻略後、ライリャン川を下って河口部のジューヤンを攻める。
ジューヤンは金北道へ北から入る玄関口であり、ここを落として沿岸部の旧東王領諸主要都市を解放する。玄関の扉が開いたならば復古レン朝の女帝レン・ソルヒンを招聘、現地にて改めて復古宣言を出させれば現地住民による武装蜂起が加速する見込みである。
この作戦計画はソルヒン帝と直接面会の上で承諾済み。非常に相手は乗り気だというのだからジュレンカちゃんは全くたまらん。しかも化粧や爪のお手入れの話題で友人になれたとのことだ。孤独な若い姉ちゃんなんて、歴戦の女傑の手の平の上で転がすことは容易だっただろう。昔から変化する状況に上手く対応する可愛い子ちゃんだと思っていたが、これは今度会ったらチューしちゃうべきだな。
作戦は光復作戦と命名された。この名前も重要で、是非光復党の連中に広く宣伝するべきとのことだ。光復党の、レン家の名を借りて軍閥として権勢を揮いたい連中に政治的打撃、純粋に復古を目指す者達に追い風となるだろう。良い分断である。
ジュレンカは良く理解している。我々が極東方面に拘るのはウレンベレの極東貿易港のためで、そこが確保されなければ国益に適わず、作戦を積極的に展開する意志を継続出来なくなるので”昔から中立地帯”だったウレンベレの領有は争わず、こちらに認めて欲しいということを話し合い、相互確認したとのことだ。
これでは途中まで組み立てていた構想が練り直しである。
マドルハイのエヌアギに迫っている光復党軍には、反転してウレンベレに戻り、尚且つ金南道へ攻撃を仕掛けて陽動作戦を実行せよと通達する。まずこれから旧外北藩で虐殺を行い、余剰になった食糧家畜などは全て軍事作戦に転用するので現地にはそもそも奴等に食わせる飯が無いということを伝える。また定住民と見た目が大して代わりがないので同士討ちの恐れが非常に大きいということ。こちらはこれから西へ戻って金北道へと攻撃を開始するので南北から挟み撃ちにし、光復の同志達へ武装蜂起の機会を与えるべきであり、何より敵戦力を分散、弱体化させればレン・ソルヒン帝の東王領帰還が早期に叶う、と手紙を出す。
この手紙、命令に逆らったならば光復党軍を攻撃してウレンベレにまで雪崩込む心算だ。そしてユンハル軍に督戦をさせて尖兵にする心算で、イランフを始めに軍高官には尖兵の運用方法を教授しておいた。
東王領はレン朝の源流である。その地の者達は中原へ下った者達と違い、尚武の気質を保ったままだという。
中央の人間が文弱なれば東の人間は武弱、という悪口があるそうだ。内戦時に王子同士で殺し合って自滅したのだからその通りだろう。きっと頭が悪く、腕が太く、情には厚そうだ。
ソルヒン帝に懸念があるとすれば男系なのは良いが女君主であること。武を重んじる風潮ならば女性は基本的に軽んじられるし、ヤンルーには彼女の弟、正式な現レン家家長たる廃王子シャンルが存命でいることだ。
前レン朝が分裂、北朝と南朝になる。
北朝は小北朝、小東朝、小南朝へ分裂。南朝はエン朝になる。
エン朝に取って変わって龍朝が出現して一時統一。
しかしそこから後レン朝が復活する。
その後レン朝は、女帝派と光復派に分かれる可能性があり、傀儡王子派の台頭も有り得る。
後の歴史学者がもっと分かりやすい名前をつけてくれると思うが、良くもまあこんなに身内で争っていられる。
ジュレンカの対処は適当だと思うし、状況は既に流れているので変えられないがしかし、天軍の蜂起は素直に歓迎出来ない。ジン江北岸を防御するのには使えるが、南岸へ攻撃するのには全く使えない。まずそこに存在している時点で我が軍の邪魔になり、尖兵のように使い潰せるほど政治的に弱くない。一応は友好勢力になってしまったのだから。
戦後の領土問題もある。白北道北部のライリャン川上流域、回廊地域の領有は鉄道を極東に繋げるために絶対必要なのだが、あちらは北王の領域だからと主張してくることは間違いない。鉄道利権だけこちらに、という手法もあるかもしれないが、あんな信用ならない雑魚共に大事な鉄道の安全を握らせるなど有り得ない。次にウレンベレの領有問題。ジュレンカがソルヒン帝にほぼ騙す形で口約束を取り付けたのだが、光復党が本拠として使っている以上は簡単に譲られるはずがない。
現状で終戦を迎えたと仮定して、戦後は復古レン朝を緩衝地帯として双方と領土問題でもめ続けることになる。全てがこちらの意志で終戦を決められればよいが、政治主導権は魔神代理領中央にあり、この戦争の原因となった南洋戦線にてある程度の決着が見られれば終戦工作に入ってしまう。それに我が黄金の羊たる魔なる人々は先の聖戦より戦争に飽きている。終戦は遠くないと見て良い。
正直、政治的駆け引きをどうしようかと考えても、状況が動かないと予測するだけで全く答えが出ない。
全て軍事力で解決するしかない。まず回廊地域は軍事力で断固維持。ウレンベレは、金南道へ光復党軍が張り付いて離れられなくなったところで脅迫、直接侵攻してでも奪うことだろうか。
こうなるとウレンベレ攻撃はユンハル軍が主力となる。ユンハルの戦功が増え、独立性が高まり、ウレンベレへの影響力が増大してしまう。直接侵攻よりも交渉で奪取した方が後に障らないとは思うが難しい。
ウレンベレと引き換えに東王領を引き渡すようにしなければならないと思われる。ジューヤンから南の、旧東王領主要都市は帝国連邦軍が占領しなければその発言権が得られにくい。しかしその占領、ソルヒン帝の武装蜂起扇動の下で行われる予定なのでこちらの影響力が薄れそうだ。影響力を気にして扇動を無視し、攻撃占領すれば住民の内応も怪しく、大量殺戮が伴うことになるだろう。復古レン朝の心証をかなり悪くするので交渉が面倒になる。はっきりそれで敵対してしまえばまだやりようはあるが、ぐっと堪えられるとこれが面倒。
うわぁ面倒臭ぇ! 全員殺してぇ! 南メデルロマみたいな名目と実権の分離では駄目。マトラ低地ぐらいに名実支配でなければならない。
悩ましい。
キルハンへ出撃する前にイランフへ命令を下した。
「キルハンへは我々だけで向かう。ユンハル軍は光復党の背中を急かしてウレンベレ海沿岸回りで金南道へ攻撃開始。ウレンベレは占領必須。相手が歯向かうなら撃破せよ。代わりに東王領はくれてやるとちゃんと説明はしておくよう」
「了解しました。しかし、主力ではなくてもシムを脅す程度の兵力は必要では」
「今の光復党軍は弱くても、あっという間に現地人を取り込んで拡大する。あちらに注力して下さい。こちらは何とかします」
「分かりました」
ユンハルの忠誠の度合いは未知数。もしかしたら終戦後、独立する動きを見せるかもしれない。ただその戦いは天政との終戦とは全く別の路線で行えるので面倒が少ない。
まず動こう。
■■■
東のヤレンハルから西のキルハン近郊へ取って返した。
こちらの竜跨隊がキルハン側から出動した、一万未満に減じたシム一万人隊を確認。
そしてライリャン川向こうからやって来た竜跨隊が、間もなくイラングリ方面軍がキルハン西側に到着すると報せてくれた。
対処すべくイラングリ方面軍司令のニリシュへ命令書を書く。
あっさりと見つかり、あっさりと迎撃配置に付かれた。これはわざとである。即応軍とシム一万人隊を分断し、各個撃破ならぬ各個対処である。距離があって監視の目が無い方が素直になれるというもの。
こちらは以前と変わらず千五百騎余りと少数である。シム一万人隊からしてみれば兵数は下で逃げる程ではないが、攻撃を仕掛けても手痛い目に遭うのでどう対応したものか悩ましいと積極行動に出てこない。斥候は繰り出して来るが、こちらは斥候狩りの騎兵と偵察兵を出して、可能なら殺さないで生け捕りにする。
ニリシュへの手紙の内容に問題がないか確認してからアクファルに託す。
「アクファル……うん?」
「ボク、ドクロチャンダヨ」
アクファルが何故か、いんちき霊媒師、祈祷師、呪術師、占い師、なんでもいいが、そういう恰好になっている。目の周りを縁取る魔除けの化粧、帽子軍服のには銀貨、玉石、鳥羽、編紐、骨に牙に爪飾りを増やし、垂らして何かに引っ掛けたりしないよう縫い留めている。そして頭蓋骨片手にこれは……腹話術! 大道芸で見たことがあるぞ。
「おい、どうした?」
「処女は三十歳過ぎると魔女になります」
「あうん?」
「夫も恋人も友人も出来ないので話し相手は死人に求めます。クトゥルナムくん弄りは飽きたので止めます」
そう言ってアクファル、頭蓋骨をこちらに差し出す。受け取る。
「おおクトゥルナム! こんなに小さくなってしまって、志半ばに斃れてしまうとは!」
「生きて、ます」
後ろにクトゥルナムがいるが、そんなことは知っている。頭蓋骨を「ボク、ドクロチャンダヨ」と手渡せば困った顔をした。
クセルヤータに、お前どうしたのあれ? と顔で聞いてみれば、分からない、と顔を動かした。お兄ちゃんもアクファルのことが分かりません。
アクファルを伝令に出した後、こちらの斥候に道案内をさせてシム一万人隊の野営地まで赴く。グラストの術士に魔術で声を大きく響かせる。
「私は帝国連邦総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンである! シムの騎兵よ、軍門に下れ! 外北藩は既に崩壊した。ガルハフト、マドルハイは既にこちらの軍に入っている。今彼等は植民してきた定住民共を抹殺している最中だ。お前らも親戚から、今東で何がどうなっているかくらい聞いているだろう!? 地に這い蹲る者達と心中するか、我々とその者達を殺して奪って回るか、どちらが風となった祖先に話せるか考えてみるんだな!」
その日は返答などは聞かずにこちらの野営地に帰る。
そしてアクファルの帰還を待ち、ニリシュが命令を了解したと確認。またキルハンを包囲するイラングリ方面軍の陣に、後発のワゾレ方面軍の先発隊が到着し始めたとのこと。
それから竜跨隊を交代で飛ばしながら時期を待ち、時期到来と確認が出来たら千五百騎でまたシム一万人隊の野営地へ向かう。
野営地に到着したのは我々だけではなく、ライリャン川を渡ってきたイラングリの騎兵一万騎もだ。
「答えを聞こう!」
降伏した。
ユンハルが得るはずだった影響力を幾分か減じた。
シム藩一帯の地域だけでもこちらの意のままに出来るようにしておかなくては。
■■■
シム一万人隊降伏後、彼等も交えてキルハンをワゾレ、イラングリ方面軍で両岸から包囲した。
武装解除すればそのまま南へ逃げて良い、希望者は我が軍に入っても良いと、砲兵陣地をこれ見よがしに並べ、河川艦隊を陸上から砲撃して撃破して見せたところでキルハンは降伏した。同都市に駐留していた即応軍だが、ちゃんと約束通りに対処した。我々は残虐だが約束を守るということを今の内に、新鮮な情報、噂としてジューヤン以南に広めておいて貰わなくてはならない。旧東王領を解放する光復作戦には必要なことだ。
天政兵は武器を持たずに最低限の食糧を持って川を下った。追撃や嫌がらせなどはしない。
従軍希望者はシムの現地遊牧民や半農の者が加わり、一万人隊に管理を任せた。武装解除で手に入れた装備は彼等に使わせる。即戦力として戦って貰う予定だ。
キルハン港にある船も手に入れた。中には石炭補給が間に合わなくて出港出来なかった蒸気鋼鉄艦が一隻あった。これは面白いがさて、今、急にこんな軍艦を手に入れても作戦に生かせるかは不明である。キルハン守備の要塞砲代わりに使う程度か?
市内にてジュレンカと再会する。
「総統閣下……」
ジュレンカの両手を握る。
「あっ」
親指を手と手の隙間に入れる。
「ん」
引き寄せて口にチュー。
「きゃ!」
「よくやった」
「閣下のためですから……」
ご褒美は終わりにして、ジュレンカが預かっている手紙を受け取る。
まずソルヒン帝からの同盟に関するの手紙だ。翻訳して貰い、中身の無い虚飾の文章を省いて読む。
弟シャンルは犠牲にする覚悟で立ち上がった。
東王領にて改めて復古宣言をすれば一億の――そこまで人口はいないだろうが――民が光復を願って立ち上がるだろう。
ウレンベレ領有の件は了解。対価としては安すぎる。
「復古、の方が復活より天政的には響きがよろしいようです」
「発言の時には気を付けよう。ライリャン川上流域については?」
「川の東岸、北岸以降は北王領ではないという認識でしたね。ユービェン関は北王領側のウラマトイとの国境という認識です」
「鉄道を通すことは?」
「軍事、経済的に利益があるのなら推進するべきと。ただ、沿線にこちらの軍が常駐するという話では、同盟や軍事通行権で対処。基本はあちらの兵が責任を持って警備するなどという意見でした」
「駄目だな。禁衛と北征軍に北進の気配は?」
「全くありません。あちらも天軍を緩衝地帯にする心算なのではないでしょうか」
「ウレンベレ確保が確定してからライリャン川上流域の保有を明言する。それでは実質維持だ」
「分かりました」
次の手紙は非常に良い、北極探検隊と鉄道の報告だった。これが一緒とはおかしな話だが、同時だ。
まず西から伸びた大陸横断鉄道がダシュニルに到達したのが前回の鉄道建設の報告だが、今度はそこから延線してカチャに到達。新型工作機械を投入し、交代制で昼夜問わず、工事現場を迂回してその先でも工事とやっていけば順当に建設するより早いのはわかるが、早過ぎじゃないか? 知らない内に我が国の鉄鋼生産量は尋常ではなくなったらしい。ランマルカから軌道その物を直接輸入し続けていることもあるらしいが。ランマルカで過剰生産して在庫が余っていたのか? それとも新大陸用の物を回してくれているのか。
さてこれが北極とどうして繋がるかと言うと、ランマルカの輸送船団が北極洋に入り、我が北極探検隊が発見した四つの大河口部の内、西からルア、ティラール、ハルジン、チュリ=アリダス川とあるが、東二つから遡上して技師、資材、器具を送ってくれたのだ。大陸横断鉄道の同時施工箇所が増えたことにより工期が大幅に短縮される。夏季限定となるが無いより余程良い。
鉄道建設を全面的にランマルカが補佐しくれている。将来的には新大陸と極東との交通を繋げるのであちらにも利益はあるのだが、その規模が途轍もない。こんなに入れ込んでくれちゃったいいのか? と逆に怖くなる程だ。
報告書には文章以外に図で説明が入っているが、なんだか頭の中の距離感が狂ってくる。
東征開始から一年程度で、暖冬や進み易い道であったとはいえ、一気に来てしまったな。
■■■
ジューヤン攻撃のためにライリャン川を下る。足の速い竜跨隊、そして早くも働き始めた後レン朝の諜報員からの情報が入ってくる。
沿岸部に分散配置された東洋軍はガンチョウとジューヤンがあるフンツォ湾沿岸に集結中。天政本土側はともかく、旧東王領側の戦力も北に、こちらに集まっているということ。光復党軍は動きやすくなっただろう。
肝心の敵最大の精鋭、主力である禁衛軍と北征軍は引き続き訓練とジン江防衛線の防御固めに邁進していて不動の構え。攻めれば打ち破れる天軍とは対峙したままである。下手に攻めて失敗する可能性を拾うより、守って失敗しないことに専念する心算か。もう失点を重ねないようにして終戦工作に入っているのか? それとも違うところから攻めるのか。緩衝地帯を設けるためというのが最有力だが油断はならない。
そしてリュ提督からの手紙の返事が到着。
ソルヒン帝万歳。光復党軍は金南道攻めへ行く。ユンハル軍の武勇に期待する。ランマルカとの海洋交易は双方に重要、との主旨だった。
表立って逆らわず、ユンハル軍にただ督戦される心算はなく、ウレンベレの領有に関して濁した発言で先延ばしといったところか。
ユンハル軍にはウレンベレの占領を指示してある。距離もあり時間差もある。次にあちらから来る手紙は抗議文かな?
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