第309話「二年も」 シゲヒロ

「どうぞ」

 停泊中に釣り上げた魚に烏賊、素潜りで獲った海老、貝類の刺身を皿へ薄切りにしつつ花弁に見立てて並べた。醤油は戦中でも商売になればと冒険にやってきた商人から手に入れた。

「お腹痛くならないの?」

「げりげりー?」

 金に赤髪、青に緑目のランマルカ海軍士官達が、人間に比べたら幼い顔を傾げている。

「寄生虫は取り除きました。新鮮な内は大丈夫ですよ」

「変なのー」

「お魚ぁ」

「これ虫?」

「それは海老!」

「そうなんだ!」

「これは何?」

「こりゃあ俺の十五年物のギンギンになっちゃうよぉの色が染みたお酒。一口飲んでもいいぜ」

「やった!」

 中には髪も目も黒い妖精がいるが、あれはハッド妖精だったか。

「はい注目!」

 ぺちんと手を叩いて、わっきゃわっきゃ騒いでいた士官達を静めたのは東大洋艦隊司令である。

「今日は洋上では貴重な生鮮食料を提供してくれた、ファスラ艦隊のヒナオキ・シゲヒロさんにお礼を言いましょう! せーの!」

『ありがとーございます!』

「あぁ……どうも」

 そして士官達が食べ始めた。こう、構えられて手料理を食べて貰うのは緊張する。それと自分達の船の感じで出してしまったが、腹を絶対に下さないという保証は無いよな、と思えば、ちょっと、まずかったか?

「何これー」

「変なのー」

「お魚ぁ?」

 食べたことの無い味と香りのようで皆が首を傾げている。今度は煮るか焼いて出すか? 漬けで出して反応を見るのも良いか。

「次に、これは米で作った醸造酒です。まあ、穀物のワインですね」

 商人から手に入れた酒瓶を掲げて見せると、髪の黒い士官が席から転げ落ちるようにしてこちらへ走って来た。

「ちょうだいちょうだい! それが俺に良いんだよ! いいのいいの凄くいいの!」

 腰に抱き着いてぴょんぴょん跳ね、酒臭い息を吐くハッド妖精。ギンギンになっていて、酒を飲ませてはいけない類の奴にしか見えない。

 我々は待機任務に近い状況下にあり、その時間を利用して交流を深めている。ファスラ艦隊からは自分がこのように刺身を振舞いに、東大洋艦隊からは菓子職人――ちなみに菓子の料理法だがあのナシュカが考案したものらしい。世間は狭い――が逆に出向いている。毎日ではないが、数日おきに、天候が良く敵に動きが見られない時などは各艦の士官級で交流を図っている。顔見知りになって気軽にお話が出来る仲になれれば作戦時にも対話がし易いのだ。

 ファスラ艦隊と東大洋艦隊本隊は別任務に隻数を割きつつ、今や並ぶ者がいなくなり正当な鎮護将軍となったクモイの本領、首都に当たる同クモイ城の港湾部をアマナ海上より封鎖中である。これにてクモイ本領に対する圧迫は相当な物となるが、今や鎮護軍の主要貿易港は南のマダツ海沿岸部となっているので効果は薄い。また年中やってくる台風から逃れるために天候を見て封鎖を解いて避泊しなければならないので体制の程は完璧ではない。

 クモイ港は艦砲射撃により粗方破壊済みである。土地勘のある我がファスラ艦隊の船員の記憶と、ランマルカの軍艦から揚げた観測気球、そして艦砲支援範囲内に一時揚陸させた地上観測部隊によって沿岸砲台、兵士詰め所と弾薬庫の全容を把握した。洋上からの強力で精確な艦砲射撃に対する防御という概念が導入される前の造りであったので苦労は少なかった。また艦砲射撃後の港町は住民が避難してほぼ無人、火の始末が悪くて火災が広まった。更に台風一過で風に煽られて大火と化し、飛び散った瓦礫も散乱したまま。破壊後の施設も状態を見に来たクモイ兵に脅しの砲弾を一発撃ち込んで以来、補修される気配も無い。

 部隊を上陸させて港を占領出来る状況にあるが、艦隊から出せる人数には限りがあるのでまだ偵察部隊程度しか派遣していない。

 敵もただ黙っているわけではなく、内陸側、艦砲射撃が届かない位置にある本拠クモイ城からは海上封鎖前に狼煙が上がっていたので、援軍が到着すると見込まれている。こちらも援軍待ちの状態だ。城攻めには火力が必須だが、頭数も必要だ。

「お願いお願い欲しいの欲しいの!」

 しつこいので、ここは正論で。

「皆、仲良く平等に分けて飲みましょう」

『はーい!』

 良いお返事。

 米の酒は大変好評だった。ハッド妖精にはえらく懐かれ、それからは会う度に挨拶代わりにと抱き着いてくるようになった。士官相手にはまずいと思ったが、犬みたいに撫で回しても「ふにゃんうにゃん」と言うだけで問題無かった。


■■■


「行くよ一発、人民革命! 労農一揆が新政府! それ一揆!」

『一揆! 一揆! 一揆! 一揆! 一揆!』

 夏の南風に乗り、陸側から騒がしい声が北の沖に流れて来た。笛と太鼓と鉦鼓の音も合わさり、祭囃子の様相である。

 クモイより東側街道から労農一揆軍が赤旗を掲げて到着した。これが待っていた、頭数に期待しているこちらの援軍だ。彼らが東側からの抑えになったので、自分が指揮するファスラ艦隊陸戦隊が先導役となってクモイ港に上陸。敵が潜んでいないか安全を確認し――浮浪者が数人いる程度で、尋問してから殺した――無人と判明したので占領。

 続いてランマルカ海兵隊が上陸し、機関銃部隊を中心に港町に防御陣地を構築して橋頭堡を確保。ランマルカの軍艦から外した艦砲と砲弾を揚陸して攻城戦に備える。

 クモイ城の高く、遠くまで見通す天守閣には望遠鏡を持った指揮官が見られ、こちらの動きは把握されている。

 相手は城から守備隊を安易に出せば野戦で撃破されると分かって籠城の構え。労農一揆軍が城を包囲する前に城下町の住民、戦える男達は城内へ避難済みで、女子供を中心に戦えない者達は内陸伝いに山奥の村などに分散避難したらしい。先行上陸していた偵察部隊がそのように把握している。

 クモイ城はほぼ旧式装備時代の造りではあるが、巨岩で組んだ高い石垣は並みの砲撃を寄せ付けない分厚さがある。またその上の城壁は銃眼だらけで、後付けで備えられた砲台も見られる。周囲は複雑に入り込んだ空堀になっていて、出入口は坂道で曲がりくねった虎口。単純な突撃は死体の山を作る備えである。

 指揮系統の混乱を避けるため、労農一揆軍も含めた全軍の指揮はランマルカの海兵隊が行う。海兵隊は正面から攻城戦を仕掛ける。労農一揆軍の内、統制が取れている部隊はその手伝い。統制が取れていない部隊というか、集団、暴徒共は城下町の略奪。統制無き略奪は戒めたいところだが、攻城戦と督戦を平行しては行えないと判断されて今は捨て置かれている。城攻めが無ければ機関銃部隊が奴等を撃ち殺している。

 ファスラ艦隊陸戦隊は、まずは港町の防御を務めることになり、連絡役、通訳として自分が海兵隊指揮官の傍に常駐。仕事の無いイスカがべったりくっついて来たのでどうしようかと考え、考えながら犬みたいに撫でまわしたら「うふんあはん」と言いやがった。騒いで揉めても面倒なので「俺の護衛を命じる」と言ったら「シゲのケツ穴は私が守る!」と問題解決。そうか、犬と考えればいいのか。口には出さずに人間を人間として扱わなければ問題というのは発生しないのかもしれない。

 砲兵陣地に並べられた艦砲を水兵が操作し、砲弾を後部から装填、尾栓を閉めてから発射。試射から始まった射撃は空堀や石垣を叩き、城壁を超越して城内を若干破壊するような無駄弾を出しつつも、弾着を観測、回数を重ねて段々と照準を、最小の試行回数を目指して調整。遂には狙い通りに城壁、砲台、櫓を破壊し始める。面で制圧するのではなく建造物を各個に破壊する形になるので照準調整の時間と発射間隔はのんびりしており、戦闘というよりも作業や実験の長閑さすらある。

 計画通りに石垣上の防御施設を破壊し、反撃能力を大きく喪失させたと確認が出来たら銃兵が前進、逆襲に備えて砲撃中に用意した土嚢を使って防御陣地を構築。敵はこれを黙って見過ごす訳にはいかず、狙撃兵を石垣の上に繰り出して来る。施条銃や狭間銃を装備しており安易に近づけない。これは海兵隊の狙撃手や機関銃兵が各個に相手をしつつ、水兵が艦砲を撃ち込んで撃退する。

 狙撃が駄目ならばと、次は城内より敵は臼砲を使って曲射で砲撃を仕掛けて来る。敵砲弾の着弾位置を見計らい、構築した防御陣地の放棄、位置の前進、後退、角度を変えるなど改めて調整。これで砲兵陣地が前進可能な距離が判明したので艦砲を水兵が前進させる。そして次は城の象徴である天守閣を砲撃して破壊。敵の索敵能力を下げる以上に、象徴を失ったことによる士気崩壊を狙う。指揮官級の直接殺害も見込み、望遠鏡でこちらを身形が良い者が見下ろしている時を狙ったが、効果は如何程か?

 通訳として降伏勧告の文言を海兵隊指揮官と確認し、城の守備隊へと出すが拒否された。これは籠城するに十分な当てがあるということだろう。

 包囲継続のため、労農一揆軍の頭数に頼んだ土木工事。土、町を崩した資材、塹壕で防御陣地を作って逆襲に備えて空堀を囲ませるようにする。

 包囲を続けても降伏しない場合は突撃となる。時間は貴重で短期に陥落させたいところではあるが、精鋭の海兵隊は頭数が少ないし、労農一揆軍は士気も練度も装備も悪いので一度敗走すればそのまま離脱するどころか敵味方の区別も曖昧な略奪集団に転化する恐れがあって使いどころが難しい。所詮は暴徒に毛が生えた程度。

 労農一揆にとって職業軍人で人民を搾取する特権階級である武士や、知識人であり邪悪な宗教を広める僧侶は抹殺の対象。対象外の下級武士ですらない浪人、傭兵、雑兵は、所詮はその地位に留まる程度の連中で高度な知識も経験も無い。例え個人的な武力に優れても現代軍士官の資格が無い。とにかくお粗末なのである。戦争が長引いて自然に練度が上がって組織立ってくれば話は別だが、今の奴等はまだまだ赤旗の下に集って日が浅い。

 城内の間取りを正確に把握するため、艦載の観測気球部隊の上陸を申請しに伝令が出かけ、帰って来た時に我が哨戒に出ていた――隠密裏に陸上偵察部隊も出す――ファスラ艦隊からの情報を持ち帰って来た。

 クモイの本軍、対マザキ戦線から離脱してクモイ城解囲に大返しを開始、とのことだ。

 クモイ城包囲部隊とクモイ本軍迎撃部隊に分けたいのだが、略奪に奔走している連中は土木工事もいい加減に、包囲部隊としての用をほぼ為さない。城から逆襲部隊が出て来たらあっさりと蹴散らされそうな状態で、離散してむしろ敵に成り得る。ここが練度差のある連合軍の辛いところ。労農一揆軍の指揮官もどうにもならないと困っている。民主的手続きで選ばれた指揮官、代表とは妥協の結果である場合が多い様子。

 悪手ではあるが仕方なく、集中したかった海兵隊と揚陸艦砲部隊を二分した。片方は城正面に、片方はクモイ本軍がやってくる西側街道へと向ける。人数の少なさは艦砲と機関銃による防御陣地で対応することになった。労農一揆軍の統制の取れている一応の精鋭は城正面、ファスラ艦隊陸戦部隊は西側街道への防御の補助につく。

 戦力集中のために港町の防衛は一旦放棄した。沖からの艦砲射撃で制圧出来る見込みがあるからだ。

 配置が決まれば防御陣地を構築。城正面と西側街道の陣地を連続、連携する構造にして退路を港町へと繋げた。撤退用の船を常駐させる。

 こちらが真面目に陣地構築をしている間、暴徒同然の統制の取れない連中は城下町を荒らし尽くし、周辺の村へと出掛け、城の裏門などから出撃した守備隊の襲撃を受けて敗走。攻撃を受けたから助けてくれ、などと泣きついてくる始末だった。死ねばいいのに。


■■■


 クモイ城守備隊は慎重だった。奇襲的な暴徒打ち払い以外に積極行動することはなく、城正面の部隊には突撃せず辛抱していた。一度悪天候時に夜襲もあったが、防御陣地と怠惰を知らない妖精海兵隊の見張りが機能して全て返り討ちにした。その中には混乱してこちらの防御陣地に逃げ込もうとした暴徒同然の連中もいたが、まとめて撃ち殺された。

 死傷する以外の理由で労農一揆兵の離脱が目立つようになった。堪えて包囲するということが耐えられないらしい。城下町の略奪も終わってやることが無くなったのだ。統制する武士や僧侶階級がいなくなった群衆とはこんなものか。

 敵と、味方とは言いたくない連中に煩わされつつ、遂にクモイ本軍が近郊に到着した。

 城側が陽動するように示威行動を始めたので、砲弾温存のために今まで沈黙していた艦砲が砲撃で叩き潰す。

 クモイ本軍は前衛と後衛に軍を分ける。そして前衛が横に散開して広く、縦に深い突撃隊形を組んで前進してきた。旧式装備が多いと偵察結果が出ているが、天政式軍を導入したトマイ山の影響もあって、新式装備に対する心得はあると見て良いだろう。

 敵散兵が先頭に立っている。砲撃するには砲弾が勿体ない散開隊形を取る。

 海兵隊の銃兵と、ファスラ艦隊陸戦隊の内、狙撃が得意な連中を自分が連れて前面に出て散兵戦を始める。

 散兵戦は予想されていたので、防御陣地前方に設けた散兵壕に隠れて狙撃。地上に身を晒して前進してくる敵散兵より有利な半地下状態で戦えるので、距離が詰まるまでは一方的に撃ち殺せる。しかしこちらは少数、数が多く大軍になっている敵が迫って来て圧迫感が有り、反撃の銃弾が土を跳ね、時々仲間に当たって殺傷し始めるので不安が強くなってくる。不利が感じられ始めたところで散兵壕からの撤退許可が出る。

 次にクモイ本軍は砲兵隊を、歩兵隊と共に前進させてきた。散兵より前に砲兵を出せば、性能と練度に勝るランマルカの砲兵に、一方的に撃ち負かされると分かっての判断だろう。

 歩兵を砲撃するか、砲兵を砲撃するかの選択を迫られている形になるが、艦砲は対砲兵射撃を迷わず慣行。砲弾が敵砲目掛けて放たれ弾着。砲兵の脇にいる歩兵部隊を爆発で空に巻き上げ、横に飛ばして他の敵兵を肉弾に弾き飛ばして隊列を乱す。そして弾着修正が始まり、大砲と砲兵を破壊、殺戮し始める。速射砲は発射間隔が短く、修正速度が早く、一つ破壊し次を破壊するまでが素早い。また前に出て来た敵砲兵だけではなく、後方に控えた予備砲兵も観測気球が位置を伝え、弾着を修正して曲射に撃ち込んで破壊する。

 砲兵を軒並み叩き潰されたクモイ本軍ではあるが、彼等にはそうされる覚悟があった。砲弾ならずば肉弾である。対砲兵射撃をしている間にも騎馬武士に率いられた歩兵部隊が太鼓の音に合わせて前進を止めない。距離が詰まってきて、今になって歩兵に向けて砲撃を始めても食い止められない可能性が高い。先に前進してきた散兵も施条銃でこちらの防御陣地を狙撃している。

 我々は、銃兵は敵散兵の撃ち減らしに専念している。防御陣地に隠れているから有利だが、数の差があって相対的に不利を感じる。肝が据わってるイスカは死んだ仲間から小銃を取って狙撃の真似をしては「えー、どうやったら当たんのこれ?」と喋っている。

 敵歩兵縦隊の列が迫ってくるが、まだ敵散兵を優先して撃ち続ける。散兵というのはまず精鋭に任され、手強い。敵の銃の名手達を一斉に相手しているのだ。

 敵歩兵は旧式装備主体、旧式小銃と弓矢の射撃部隊を先頭にし、そして後続に槍部隊を配する。姿恰好は笠に陣羽織。旗指物は廃止され、指揮官級が着飾っても長毛の帽飾り程度。防具の類も小手と額当てが精々で、鎖帷子を仕込んでいるかは見て分からない。対銃弾想定の甲冑ですら新式小銃の前では無意味と判明したからか見受けられない。

 敵の見た目は武士と雑兵の差異が少なくなっている。ただ佩刀している者達の中でも特に立派な槍と弓を持ち、小銃には銃剣を装着していない者達が武士階級だろう。あれらと白兵戦になれば数に劣り、武術に至ってはかなり劣ると考えて良いこちらが負ける。白兵突撃を受けて持ち堪えられる人数と装備ではない。その前に勝負が決すれば良いが。

 敵散兵を順調に撃ち減らし、敵砲兵を破壊して無力化。そして無傷に近い敵歩兵部隊が迫って、太鼓が強く打ち鳴らされ始め、法螺貝が吹かれた。

「切願ザイグン大尊鬼!」

 筆頭の騎馬武士が軍配を振り、敵歩兵が『ザイグン!』とクモイの守護尊鬼の名を叫び、ワァ! と喚声を上げて走り始めた。甲冑が無くなったせいか、旧式戦法より突撃発起位置が遠めになっている。

 地響きに近い揺れ。歩兵の塊が迫る。

 武器が林立する男達が壁になって走る。故郷を荒らされ、蹂躙された怒りが伴うならば並みの銃撃で止まるまい。

 敵歩兵の脚が、敵散兵の線にまで到着。こうなれば双方混じって突撃に進んでくる。

 こちらの銃兵は狙って撃つ。真っ先に騎馬武士、指揮官を殺す。今の勢いならば指揮官が一人二人いなくなったところで止まりはしない。

 弾薬は節約された。

 敵先頭集団の一部が脚から崩れ落ちて煙に巻かれた。次々と煙が上がって敵兵が崩れ落ち始め、その倒れた者に後続者が蹴躓いて突撃の先鋒が鈍る。

 踏めば雷管が撃発する散弾地雷が炸裂、敵先頭集団の脚から股座を穴だらけにしたのだ。

「機関銃。タンカと回せば文明開化の音がするぅ!」

 有効射程圏内よりかなり懐へと敵歩兵を潜り込ませてから機関銃が、射線を交差させるように連射を始めた。

 機関銃手が取っ手を回して射撃、給弾を機械式に行い、隊列を機関銃弾で薙ぎ倒しては敵の手足を千切って、腹を割いて内臓を切り出す。助手が革帯に銃弾が収められた弾帯を、作動する機関部が噛まないように送り出し、弾帯一本を撃ち終えたら新たな弾帯を装填、加熱した銃身を水桶へ入れて冷やし、新しい代わりの銃身に交換する。訓練された機関銃班の動きは連携が成って手早い。

 機関銃手達は焦らず、縦に深くじっくりと機関銃弾を送って敵の一団を貫く。敵歩兵は突撃に前進を続けるのだから、その銃弾が進み続けている線に至ると大口径の鉛を受けて肉と骨が裂けて死ぬか瀕死になる。これが交差すれば三角形に侵入不可領域が形成され、何丁も重なれば鋸刃のようになり、そこに触れれば挽き殺される。銃兵は機関銃が撃ち漏らした敵兵だけを狙撃して撃ち倒せば良い。

 機関銃について良く理解していないクモイ本軍は突撃の止めどころが今一理解出来ないようで、死体が折り重なって壁になり、登攀しなければ進めないようになるまで前進を続けた。後方で督戦する武士が進め進めと促してしまったせいで更に被害が拡大、死体で作った庭園のようになってしまった。機関銃が作り出す虐殺の線が死体の並びを一定にし、幾何学的な法則性を見せるようである。

 こうもなれば突撃を止めて敗走しなくてはならなくなったクモイ本軍だが、ここで終わらない。

 射程を長く取った艦砲が、敗走する敵の後退を阻止するように奥の方から砲撃を開始する。水平射撃で安易に直前の敵を狙わない。

 そして銃兵と機関銃兵が前進。こちらは水平射撃で敗走する手前の敵兵を撃ち殺して追撃する。

 直射する銃弾と曲射する砲弾で敵を挟撃して殺戮しつつ追撃を敢行。クモイ本軍の戦力を大きく割いた前衛を撃破した。

 その後に、殺した数千のクモイ兵を城の前へ野積みにして降伏勧告を出した。労働者や農民の命は保証し、武士階級には自刃を許可するという妥協案を含めたら受諾される。

 鎮護将軍の本城陥落は、鎮護軍の致命打には至らないものの大戦果となる。

 労農一揆軍が喜びに、ランマルカの革命記念日の歌を歌い始めた。


  おめでーとー革命日

  おめでーとー革命日

  おめでーとー革命日

  新時代が到来!

  おめでーとー革命日

  おめでーとー革命日

  おめでーとー革命日

  新時代が到来!

  青い数を捨てよう

  赤い数を刻もう

  おめでーとー革命日

  新時代が到来!


  ありがーとー革命軍

  ありがーとー革命軍

  ありがーとー革命軍

  民主主義万歳!

  ありがーとー革命軍

  ありがーとー革命軍

  ありがーとー革命軍

  民主主義万歳!

  妄想による支配

  科学で粉砕

  おめでーとー革命日

  新時代が到来!


  すばらーしー革命家

  すばらーしー革命家

  すばらーしー革命家

  人民等を啓蒙!

  すばらーしー革命家

  すばらーしー革命家

  すばらーしー革命家

  人民等を啓蒙!

  資本主義経済

  狂気の排泄物

  おめでーとー革命日

  新時代が到来!


 労農一揆の貧民連中が一体どれだけ自分が歌った内容を理解しているか疑問だ。


■■■


 クモイ城陥落後の整理が混沌としてしまった。まだクモイ本軍は半壊しつつ、後退の準備もしているが、しかし残存している状態でだ。

 城に城下町を我が物とし、略奪品を並べて商売を始めている暴徒化した労農一揆兵達を海兵隊と、統制が取れている労農一揆兵部隊が取り締まりを開始した。罪状は公共物の占有と横領である。重罪人は戦死体処理に混ぜて焼き殺し、更生の余地がある者は逆さ吊りにして棒打ち。

 城下町の外で村を略奪したり、山の方へ城には女がいないからと走りに行った馬鹿には処罰の手が回らなかったが、クモイ本軍の別動隊が各個撃破に移ったので殺すに任せた。敗走してきて加勢や救助を要請してきたら軍規違反、敵前逃亡として集団で行う石打ち刑に処し、団結力を高める儀式に利用。行き場の無くなった連中は離散し、復讐に燃えるクモイ人に狩られるだろう。

 人的資源の浪費に思えるが、統制の取れない味方は味方ではなく敵より厄介な存在なのだからこれで良い。弱兵でもせめて命令さえ聞くならば良いが、それ以下は無駄飯食らいの無駄糞垂れなのだ。

 労農一揆兵達は一枚岩ではない。流民や無職のような者達が北アマナから集まって来たに等しく、方言違いで言葉が通じず、過去の地域対立から派閥に分かれてまとまりがない。こうなると地縁で組んで集団同士での喧嘩が始まり、殺し合いになり、それを機関銃部隊が掃射して鎮圧するという事態に発展する。

 ここでクモイ本軍の残存部隊を牽制しながら、労農一揆軍に統制を取り戻すための粛清も同時並行して行わなければならなくなった。

 こんな狭いところで騒いでいる間にも外の情勢は動いている。

 クモイ本軍の捕虜から情報を入手した。あまり隠す程の情報ではなく、むしろ自慢気に話した程だが、トマイとアザカリで編制された鎮護軍がマザキの主城の一つであるムツゴ城を陥落させたそうだ。これはマザキ勢の覆し難い劣勢の始まりであろう。トマイ山の天政式軍と龍朝天政の東洋艦隊が強力なのだそうだ。

 主要な城が落ちたとなれば連鎖的に降伏が始まる兆候だ。ましてや相手が徳の高いトマイの鴉坊主ともなり、降伏すれば命も身分も保証するとすれば降伏しない方が難しい。血縁の身内から裏切りが出てもおかしくない窮状だ。これから一年は持ち応えるかもしれないが、二年も、とはあのマザキでも希望的に過ぎる。

 これに加えてアマナ本島へ天政軍が上陸しない保証がない。すると考えた方が良い。南洋戦線では南覇軍が大いに活動して余力が無いと思われるが、その後方にいる南洋軍は別だ。百万と云われる南洋軍の全てがニビシュドラの赤帽軍対策に投入されるわけがない。であるならアマナに投入されてもおかしくはない。北陸を席巻しつつある帝国連邦軍へ投入されることは確実と思われるが、全軍ではないだろう。

 東からは鎮護軍、西からは天政軍が挟撃に出ると予測される。有り得るし、しない理由がない。東大洋艦隊側でも同じ予測をしている。

 帝国連邦とランマルカは条約を結んでいない同盟関係にある。

 共和革命思想でアマナを覆わんとするランマルカは天政にとっては無視出来ない敵だ。アマナを巨大な海軍基地としてランマルカ海軍が活動するようになれば、鋼鉄の海賊対策に巨費を投じて乗り出さなくてはならなくなる。そう考えれば予防に兵力を投入しない理由が無い。親天政の鎮護軍にアマナを掌握させたくなる。

 東大洋艦隊も行動を開始する。一旦アマナ本島より北の島にあるクイム人民共和国の、現代的海軍基地設備が整っている首都シナカマリに後退して補給を受けるとのことだ。アマナ本島南側で別の労農一揆軍を支援していた艦隊と合流し、天政海軍との決戦に備えて戦力を集中させるとのこと。彼等が留守になる間は戦力がガタ落ちになるが、それは必要なことで仕方がない。戻って来る時には訓練が終わった、装備も万端整ったクイム妖精兵を連れて来るとの言葉には希望が持てたが。

 こうなると折角占領したクモイは放棄するのかと疑問になったが、放棄されない。海兵隊の一部が居残り、労農一揆軍に訓練を施す。クモイは今後のアマナ作戦上における前線基地とするそうだ。この為、ファスラ艦隊は東大洋艦隊の留守に代わって海上防衛任務を託された。これは海賊には苦手な仕事だ。天龍艦隊へ拿捕船を連れて行った船団が北から戻ってたらこちらにそのまま加勢するという約束だが戦力不足感が否めない。だから後退する他の艦から弾薬物資を食い合わせに補給させた鋼鉄艦を三隻残して貰ったのだが、天政海軍主力が今こちらに迫っていたらと考えると厳しいものがある。

 ここで我々ファスラ艦隊として大いに問題となるのがマザキの窮地である。ランマルカにとってマザキの崩壊など積極的に憂慮する問題ではないが、我々にとっては違う。ただこの状況下でランマルカの意向に反して艦隊を動かすのは難しい。連合軍の弊害であろう。

 こういう時は東大洋艦隊司令に直接相談すれば良いのだ。頭領もあちらとの会話は出来るが、一応の通訳として自分も随行して旗艦へ乗り込む。

「今直ぐに、ファルマンの魔王号一隻でマザキへ亡命艦隊編制を打診しに行きたいと考えています。まずはクモイ以北に逃がせるだけ逃がして留め置き、状況が許せばウレンベレへ到着するであろう帝国連邦へと亡命させます。労農一揆とマザキの者達は思想違いで合わないですから、北アマナへの亡命ではなく、ウレンベレへの亡命を考えています」

 アマナに残りたいと主張する者もいるだろうが、それはそれで仕方がない。おそらく亡命艦隊に乗せる者達は海の人間となる。地に足つけず、船で生きて往来する性質であるから大した違いはないと思う。

「それで良いでしょう。未来の友軍を見捨てることは損害甘受に等しい愚策です。旧大陸極東、新大陸西部間の海洋交通には大いなる可能性が秘められています。その未来の担い手達は捨て置くべきではないでしょう」

 東大洋艦隊司令から許可が下りた。

 早速ファルマンの魔王号はクモイ港に寄港し、補給を受けた。

 そして出港時には、揚陸した艦砲を敷設した修理改装中の沿岸要塞の上で労農一揆軍が赤旗を、海兵隊が帽子を振って見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る