第306話「こっちも頑張る」 チェカミザル

 ギバオへ北進するため、ニビシュドラ軍が守る要塞都市マフゲスへ攻撃を開始する。そこはロルコン地方の中央山間部を抜ける経路上にあり、真っすぐ愚直に棒を突き通すように突破しなければならない。この経路は大軍で通れる迂回路も無くて進撃が予測しやすく、待ち伏せが容易。そうなればこちらも固い先端を押し当ててその幕を突き破るように前進粉砕大出血させるしかないのだ。当然こちらも傷つく。

 この経路以外にギバオへ行く方法は海に頼らないといけない。西沿岸線のロルコン湾経路は塩性湿地帯が長く広がり、干満の影響を受ける場所で獣道すら無く大軍の通行は困難。東沿岸線の東大洋経路は岩がち、絶壁だらけで道が無くて通行不能。ここは地元住民でも岬を越えるために船を使わざるを得ない場所で、波が荒く嵐になれば岩壁に船が打ち付けられて破壊されることで有名な難所。

 ルッサルからの快進撃で、突けば崩れる弱体なニビシュドラ軍は敗走を重ね、ロルコン地方南部の要地、大湖ブエは既に掌握して穀倉地帯を奪取。そこから平野部を北進しつつ行った追撃戦は無人の野を行くようであった。

 古い関と国境線の物理的画定のための長城から発展した要塞都市マフゲスは、大砲を持たなかった時代のインダラ人を想定した古い火器前時代の造り。ただこの戦いの影響で応急的に修繕がされていると斥候が確認。距離と開戦から経過した時間を考慮すれば、天政本土から送られた武器も到着し、配備、訓練がされて火力も向上して侮れないだろう。

 ここを抜ければギバオ地方まで沿岸地形が複雑なビスリ地方の一画のみ。遠いけれどもしかし、敵の本土まであと壁が二枚なのだ。頑張る赤帽軍と解放軍ならば行けないことはない。

 大きな懸念としては敵の新司令官であるニビシュドラの王子クワダット。今まで戦線が崩れると司令官である王族が腰抜けに真っ先に逃げ出し、兵の士気も上がらずに壊走を始めてる光景が良く見られたが、彼が前線で兵士を鼓舞するようになって変わった。戦線が多少崩れても持ち堪え、予備兵力の投入まで血塗れになっても踏ん張るようになった。かの王子が前線にて己の名を名乗り、激励している姿が目撃されている。狙撃手が一撃食らわせたはずだが、マフゲスの城壁の上で隻腕になっても大きく声を上げていたと斥候が情報を上げている。

 重臼砲を装備する砲兵隊がマフゲスの防御施設へ破壊射撃を行っている。

 今回は毒瓦斯弾頭火箭、煙幕弾頭火箭の使用判断が為され、使用しないことになった。この長城の谷は風が一方向に吹き、本日は逆風となる。季節の北風で、南から攻める我々に向かう。毒瓦斯、煙幕を撒いてもすぐに拡散、こちら側に返って来る。

 そして数日に渡って無駄弾を撃たないように弾着観測を行っていた砲撃中に風向きが変わり、南風になる。雨が軽く降った、と思いきや風が強くなってくる。

 風が変わって砲兵隊が弾着を修正させている間にも雲が流れて来て空が曇る。

 乾季終了の風向きの変わり方で、しばらく南北の風向きが混じってから本格雨季、夏の到来とのことだが、天候の気まぐれでその雨季、中間期へ既に突入してたけども、好天が続いたせいで気づかなかったといったところか。暖冬だったというし、夏の訪れが例年より早いのかもしれない。


■■■


 マフゲスへの機能障害を起こす程の破壊を確認。砲兵指揮官との協議により、攻撃開始。

「歌おう! 歌おう! 赤帽党歌のぉーよーん番!」

『四ばーん!』

 軍楽隊が楽しく楽器を演奏開始!


  赤帽党! 赤帽党! 仲良し大好き赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! いっぱいすきすき赤帽党!

  手を繋ぐよ赤帽党!

  愛を紡ぐよ赤帽党!

  団結結合赤帽党!

  合体連結赤帽党! はい!


 砲撃で敵軍の注意力が散漫になってから先行した散兵が、遮蔽物に隠れ――必要があれば自弁――ながら敵兵を狙撃し続けていた。こちら一人を殺すために敵は何十、何百発と銃弾を要求される。ニビシュドラ軍もそこまで火薬を潤沢に保持しているわけではないから無駄撃ちさせることは勝利に繋がる。

「赤い帽子の殺し屋さん! はいはいはいはい! そいそいそいそい!」

『わっしょいわっしょい!』

 雨が降る。雷管式小銃は濡れても撃てるが、雨の機械部への当たり方で不発が少し目立ってくる。一方の敵軍は、屋根の下からの銃砲撃は止まらないが、それ以外は火打石、火縄式で不発が始まる。

 不発が多く新旧装備混合の上に民兵どころではない武装農民混じりのニビシュドラ軍は弱兵だが、要塞を構えて防御する利はあり、やはり油断ならない。

 重臼砲が我々の頭上を超越する砲弾を飛ばして援護する中突き進む。砲弾を攻撃兼ねる防護幕として前進するのが最近の流行最先端。つまりは赤熱する先端部分でありほとばしる先の端。

「まだ! まだ! まだ! まだ!」

『わっしょいわっしょい!』

 砲弾がマフゲスの石壁毎敵兵を潰して肉と混ぜる。流れる血が瓦礫の隙間から、壁の目を伝って、まるで壁が出血しているように見える。

 山車は待機する。王はもう踊ってる。

 皆頑張れ! 頑張らないと楽しくない!


  赤帽党! 赤帽党! ご飯が美味しい赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! お酒が美味しい赤帽党!

  元気に楽しい赤帽党!

  お得で嬉しい赤帽党!

  精力満々赤帽党!

  精力満々! 赤帽党! はい!


 突撃兵が防盾付きの突撃砲に鹵獲した軽砲、斉射砲を盾に、前進と砲撃を繰り返し、直進するだけではなく蛇行し、頻繁に陣地を替えて敵砲兵の弾着修正より素早く移動、機動によって損害を防ぐ。

「灼熱御棒が打ち据える! よいよいよいよい! ほいほいほいほい!」

『わっしょいわっしょい!』

 防盾が銃弾に削られ、弾けた弾丸が随伴する歩兵の頬を切り裂き、歯も舌も飛ばす。

 ザガンラジャード神突撃御準備。山車の押し手や奏者、銃砲手を守る防盾を取り付ける。

 御本棒積みの山車は散兵、突撃兵に続き、戦闘工兵、主力歩兵と前進する予備砲兵の弾避け、盾になるのだ。攻め突き立てるのがザガンラジャード神であるが、攻撃は防御、奥へと入り込むことによって相手に食らわせ、太いその一点にのみ眼をその先へ集中させるのだ。

「行くぞ! 行くぞ! 行くぞ! 行くぞ!」

『わっしょいわっしょい!』

 砲弾が穿った穴を、倒れた仲間の死体を、転がる石ころ、朽ちた倒木、爆風で倒れたあばら屋を踏みしめて進む。

 悪い地面で山車が脱輪して、御本棒が傾く。斜めになった屋根の腕で重心を替えつつくるりと踊って両手に持った扇を振り上げる。

「……もう一回! せーの!」

『よいしょー!』

 傾いた山車を持ち上げ、脱輪を修理。

『わーっしょい! わーっしょい!』

 山車は前進する。王は踊る。

 皆頑張れ! 頑張り倒れても進むんだ!


  赤帽党! 赤帽党! 柔らか乳房の赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 来いよ爆乳! 赤帽党!

  柔いぞ柔いぞ赤帽党!

  温いぞ温いぞ赤帽党!

  赤い血肉が赤帽党!

  血肉が赤い赤帽党! はい!


 乗っている山車に砲弾が直撃。御本棒も車体も、銃砲手に火器、奏者も楽器も破片に散って押し手を骨ごと骨髄飛ぶまで切り刻む。

 屋根から爆風で飛んで回って隣の屋根に飛び移る。

 形ある物は壊れ、立った者は何れ寝る。壊れた御本棒山車は後続の者達の遮蔽物として割り切り、前進続行。御本棒の転生復活は後回し。止まらないのが赤帽軍。

「ザガンラジャード嬉しいな! えいえいえいえい! せいせいせいせい!」

『わっしょいわっしょい!』

 雲が黒くなり、雨強まり、豪雨そして雷雨。視界が閃光で染まって轟音、木が一本裂けて燃える。

 南覇軍ほどではないが、逆茂木を巡らし撒き菱を置いた塹壕線が道を遮り生半ではない。火器が足りない代わりか、銃兵に槍兵弓兵混じる形で脆弱に見えてしまうがそれらは昔から敵を殺してきた武器だ。

 塹壕戦に対して戦闘工兵が組み立て式重火箭を発射。砲兵が破壊し損なった箇所を狙って大火力による爆撃一掃、兵も障害物も吹き飛ばす。前進して砲撃準備をする予備砲兵がこれから行う直接照準射撃に合わせた突撃のための突破口を開く作業が始まった。

「前へ! 前へ! 前へ! 前へ!」

『わっしょいわっしょい!』

 敵弾に倒れ、泥に帽子と死体が沈む。後から来る者は止まることは許されずに踏みつけて潰す。死んでないがしろにされるのも兵隊さん。死んで土に還ってそこからまた口に胎に戻って生まれてくる。肉も魂も赤帽軍ならずとも巡る。

 山車は前進する。王は踊る。

 皆頑張れ! 頑張る姿が赤帽軍!


  赤帽党! 赤帽党! 毎日歌おう赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! 毎日踊ろう赤帽党!

  素敵な素敵な赤帽党!

  一緒に一緒に赤帽党!

  楽園極楽赤帽党!

  転生復活赤帽党! はい!


 散兵が先んじて牽制、突撃隊が軽快な防盾付き火砲で更に強く頭を押さえつけ、象さんの力を借りて地面が悪くても前進した予備砲兵が更なる突撃準備射撃を開始し、戦闘工兵が各突破口を整理して準備万端整えてから山車が主力歩兵の先に立って突入。塹壕へ押し出され、落ちて残る敵兵を踏み潰して嵌まり込んでは橋や橋脚となり、必要があれば板が渡される。演奏は衝撃で乱れてもそのままで楽しく、調子合せは後回しに鳴らし続け、突撃兵も楽しく笑って押し手と一緒に残敵掃討。拳銃、短剣、棍棒、手榴弾で雨と血と泥と内臓塗れになる。

「流れる血潮が赤いんだ! あいあいあいあい! らいらいらいらい!」

『わっしょいわっしょい!』

 塹壕に架橋するための資材に死体、それから死にぞこないや戦意喪失した敵兵も使う。怪我の程度が低い者ほど地面に置いて、その上に元気無い者、死体と積み重ねて行くと暴れても揺るがない。土嚢を用意するより体を引っ張った方が早い。賢い! 工夫するのが赤帽軍。

 重臼砲の攻撃準備射撃、接近した予備砲兵の直接照準射撃、突撃隊の小口径ながら火力のある砲撃、そして雷管式でなければ著しく不発率を上げる豪雨が合わさった中、崩壊寸前のマフゲスの城壁へ、山車の橋を渡る後続の山車を先頭に、弱った迎撃射撃を御本棒の先端に集めながらわっしょいと突撃。

 突撃に合わせて各砲兵は射撃目標を変更。重臼砲は既に長城の向こう側を砲撃して敵の砲兵、予備兵力を攻撃、拘束していた。予備砲兵は突撃箇所以外へ牽制砲撃、突撃隊の軽い砲兵達は前進して更に距離を詰め、城壁を迫る主力歩兵の盾になりつつ、銃撃だけでは撃破し難い銃眼、砲眼を狙ってより精確に狙って破壊する。

「元気! 元気! 元気! 元気!」

『わっしょいわっしょい!』

 城壁への突入時も音楽隊は楽しい音楽を止めないで演奏して応援!

 雨で山車毎に音が合わせづらいけれども、正確さよりも魂が伝われば何も問題はない! 精気精魂が伝わって実るのが赤帽党とその兵隊さん。

 山車は前進する。王は踊る。

 皆頑張れ! 頑張れ弾ける御入棒!


  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  赤帽党! 赤帽党! わっしょいわっしょい赤帽党!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい!

  どんどんどんどん赤帽党! はい!

  それそれそれそれ赤帽党! はい、もう一回! はい!


 城壁の上、破孔へは山車の屋根、長さを調節した梯子を使って登って攻める。拳銃、棍棒持ちの突撃兵が手榴弾を投げ込んでから先へ行く。壁が崩れて坂になったところからも侵入。攻城兵器を使われる想定ではない城壁で、単純に一階部分の破孔からも侵入出来る。

 ここでやはり活躍するのが、雨で濡らさないように防水布で守って来た火炎放射器。突入前に一回燃える燃料を吹き込めば敵が絶叫して暴れ出すのが分かり、屋内で飛び火、延焼して制圧すべき箇所が減る。燃え過ぎて天井が崩れれば雨で鎮火し、早めに城壁向こうに行きたい時は戦闘工兵に爆破鎮火して貰う。

 技術と情熱が合わされば敵の守りを粉砕だ!

「いきり立っては大爆発! へいへいへいへい! やいやいやいやい!」

『わっしょいわっしょい!』

 火災に巻き込まれ、焼け爛れて敵か味方か分からない状態で城壁から飛び出して来る兵隊さん。悩んでもしょうがないので直ぐに銃殺される。痛いの終わり。

 城壁を突破。要塞になっている正門の建造物は中途半端へ砲撃に耐えたおかげか、そして内部に良く木材が使われたせいか火炎放射器によって大炎上、侵入不可能になっている。これだけの物を爆破鎮火するのは火薬が勿体ない上に、弾薬庫引火の危険性があって近寄ることも出来ない。

 補給が乏しい中、毒瓦斯剤が乏しく化学戦が思うように行えない。インダラの方で化学工場は出来上がりつつあるが、ほぼ一からの建設なので生産力に問題がある。あと単純にこのロルコンの地まで遠くて、生産第一号が届いていない。工業力に縛られるのも赤帽軍。

 正門要塞から離れた場所の城壁を工事して道を作ろうかとしていると、インダラとカピリ兵が長城外側の、人外の健脚でなければ高機動不能な山岳密林側から浸透包囲に、北側から迂回して現れた。山車も、戦闘工兵が通れるようにした穴から城壁の向こう側へ行く。包囲して戦果を最大限に引き上げるのが赤帽軍。

「充填! 充填! 充填! 充填!」

『わっしょいわっしょい!』

 長城の向こう側、正門要塞北側の街並みは木造で、豪雨に濡れて燃える感じがしない。重臼砲の砲撃で砲兵陣地も含めて軒並み潰れているけれども、残敵は潜んでいるし、それより後方には予備兵力が待機している。

 突撃隊が突撃砲、軽砲、斉射砲で隊列を組んで、防盾で防御を確実にしながら射撃を行いつつ確実に前進開始。

 そして後方、インダラ、カピリ兵が声を上げて敵軍に包囲していることを敵に告げる。雨でも『ホヴォー!』『キェピー!』と響く。

 山車は前進する。王は踊る。

 皆頑張れ! 頑張ろうの気持ちが最先端!

 雷が光る、鳴る。

 ここで毒瓦斯を流して燻蒸出来れば楽なんだけど、化学戦は品切れ状態。火箭発射分は多少あるけど、一時の目潰し程度で終わってしまう。ということで楽しい音楽と一緒にお歌も歌ってマフゲス守備隊に呼びかける。

「負けーて悔しいしょうがーないね!」

『しょうがーないね!』

「降伏しましょ!」

『そうしましょ!』

「参ーったしないと痛ーくなるよ!」

『痛いの嫌い!?』

「降伏しましょ!」

『そうしましょ!』

「命が惜しい?」

『命は惜しい!』

「お家に帰る?」

『帰りたーい!』

「それなら降伏しましょ!」

『そうしましょ!』


■■■


 雨季到来。豪雨と洪水で乾季には通行出来た陸路、道が寸断されるので判断をしないといけない。

 マフゲス以北の幅広い谷は、乾季には分からないが雨季になると細い川、枯れた川が復活し、窪地や湿地が湖になり、 溢れ出して水域が一挙に拡大する。勿論、堤防などは整備されていない。ニビシュドラ島内でもギバオのような先進地域でなければそういった大規模利水設備は存在しない。

 水が集まる谷底経路か、道も無いが湿地も無いけど代わりに山岳の急流があるインダラ、カピリ兵が迂回に使った経路が選べる状態。

 軽歩兵程度なら水浸しでもそこそこ素早く展開可能でインダラ、カピリ兵だけではなく、赤帽軍も水陸両用訓練を受け、平底船を使える。砲兵でも通行可能な陸路と水路が確定すれば行ける。内陸用の船の準備と訓練は十分だ。

 この雨季は攻撃停止の理由にならないのだが懸念は別にある。それは火薬不足。火力によってニビシュドラ軍を圧倒してきたのだから火薬が無ければどうにもならない。巧みな運用も運用するべき道具が無ければどうしようもない。手持ちの火薬、今後方から少しずつ補給されている火薬では心許ない。ファスラ艦隊が硝石を買って来てくれる予定だったが音沙汰無い。約束を破る男根ではなかったのでアマナで問題が起きたのだろう。

 ニビシュドラ軍だがマフゲス要塞の突破で弱った感じはしない。捕虜尋問の感触だと、訓練されて装備の整った正規軍はギバオにいて、こちらの攻撃に備えて強力な防御陣地を構えているはず、らしい。またここにいたクワダット王子は逃走したらしく、インダラ解放軍からはそのような人物を捕らえたと報告は無い。

 そして驚きの情報が重なって舞いこんだ。我々がマフゲスにて戦っていた頃、ロルコン湾に魔神代理領艦隊の一部が現れ、伝令を上陸させてこちらに送って来たのだ。

 伝令が持ってきた情報はかなり厳しい判断を迫られるものだった。

 まずはジャーヴァル帝国軍が南洋戦線から実質離脱したこと。それから魔神代理領南洋連合艦隊も後退し、鋼鉄艦隊編制による立て直しが成るまでタルメシャ海域には接近しないことである。

 ジャーヴァル帝国軍の実質離脱がどの程度のものかは詳細に把握しかねるが、ラスマル大提督とセリン提督の予測などを加味すれば、南覇軍の大半は自由となり、南洋軍はほぼ完全に自由になったとのこと。このニビシュドラ戦線に、その圧倒的な海軍力に裏打ちされた百万近い増派が可能になったということだ。

 鋼鉄艦隊編制についてだが、輸入軍艦を艦隊に組み込むだけなら今年中。これを艦隊編制、訓練して使い物にするならば来年。新造艦を組み込んで艦隊決戦可能な程度に仕上げるには、タルメシャ海域へ移動する最中に訓練を仕上げるやり方でも、早くても再来年ということが判明。

 この二つの事情が合わさると変動するのが外交情勢で、ファイード朝はこれ以上、天政に対して敵対中立行動を取れなくなったので今までのような中立を装った友好的な支援は打ち切られるという見通しが立つ。極東情勢はファスラ艦隊が連絡を寄越さない、ニビシュドラ島南部に来る貿易船が途絶えたことで全く掴めず、消極判断を強いられる。

 伝令にはセリン艦隊への返信を依頼した。

 まずセリン艦隊は赤帽艦隊と合流し、プアンパタラ諸島など離島部は全て放棄してニビシュドラ本島へ兵力を全て移送すること。

 次にニビシュドラ周辺海域における広域海上遊撃戦を実行し続ける海軍基地を南覇と南洋の艦隊相手に維持は困難なので、南洋諸島経由で魔神代理領へ帰還するようにと、命令権は無いが命令という強い形で出す。ここで我々に義理立てしても無駄死にであり、アマナは情勢が掴めず寄港するには危険が大きすぎる。天政海軍の縄張りになっていてもおかしくはない。

 赤帽軍に解放軍も判断を下した。攻勢を停止し、マフゲスよりインダラへと繋がる北から南へかける長大な縦深防御陣地を構築することにした。この外洋からの補給途絶状態で、支援を受けるニビシュドラ軍が本気を出して防御を固めた陣地に突撃する余裕はないと判断。これからは防御と遊撃戦により敵兵士の頭数を減らす消耗戦に移行する。ニビシュドラ北部の人口はそこまで圧倒的に多くは無いので、無視出来ない程の殺害作戦は実行可能。

 手が空いた南覇軍に南洋軍が上陸部隊を差し向けてくると見た。早くて今年の次の乾季あたりだろうか? それまでに十分な要塞の建設などは出来ないから、今まで進撃路に進んで把握した長い道を要塞と見做して使うしかない。

 これで南覇軍に南洋軍をニビシュドラ島に、一部でも拘束出来るのなら帝国連邦の助けになるのでここからの戦いは無意味ではない。この島を見捨てて帝国連邦に対策しに行くのかは今後の動向を見ないと不明であるが。

 帝国連邦軍が天政と戦い、講和に至るまで持ち応えるのが赤帽軍の務めである。見捨てられた場合を考慮し、島の治世を促進させ、資源を得られる根拠地へ作り上げることも考えよう。解放軍からは職業軍人だけを残してそれぞれの故郷へ戻し、生産活動に戻す必要が出て来た。戦力は一時的に減少するが、これは数十年と戦う覚悟を決めてのことだ。

 問題は火薬。兵士を故郷に戻すことにより使用弾薬量が減るが、根本的解決にはならない。硫黄は島で自給出来る。ただ便所から硝石を採る体制は確立中だが時間が掛かる。何か他に良い方法は無いだろうか? 敵から奪う程度では限度がある。


■■■


 実は悪いことばかりがマフゲスで起こったわけではなかった。

 アウルの藩王として祭祀に最も関わる立場であるがしかし、新しい神の誕生の現場に居合わせるとは思いもよらなかった。話し合って新しい神を創ろうと画策したわけではない。遊んでいた兵士が二つの神像を見て、泥粘土をこねて枝を使ってなんとなく作り、見た者全てがこれだ! と霊撃が走った。つまり、誕生したのだ。

 ザガンラジャードとガマンチワはニビシュドラの島で出会い、悪との戦いの最中で泥中を転げまわり、互いの血が混じり合い、その息子が土人形として姿を現した。名は現況のあらゆる属性から言葉を合わせて征服の神スクスルタリという。赤い帽子を被り、男性器を火砲とし、生殖ではなく砲撃種付け粉砕征服によって数多眷属を産み出すのだ! そして砲弾は尻から装填する。人形制作者が後装式旋回砲の砲手であったからだが、摂取すべき口はガマンチワの憤怒を受け継いで敵を威圧し続ける。仲良しの証として二本の右手が握手し合っている。

 生贄に人間が三から四人用意される。

「偉大なる星の魔女よ、我らに運命を与えたまえ!」

 スパンダ将軍が泣き喚く元気な人間の子供の足首を掴んで吊り下げ、刀で首を裂いて血を杯へ注ぎ、壇上から投げ捨てる。そして杯を天に掲げてからガマンチワ像へその血を激しく浴びせる。

「衝撃なる男根乳房よ、いっぱい嬉しく楽しいこの世にまた生まれろ!」

 皆で『わっしょーい!』と戦闘で破壊されたザガンラジャード象を形だけ修理した物を持ち上げ、頭を棒で殴って地面に転がした妊婦と思しき腹膨れ女の上にかざし、その御本棒の大先端に自分が「現界転生!」と飛び乗った勢いを借りて重く打ち据えて潰して失った魂を移し替えて精気を取り戻させる。これで一時失った御本棒を取り戻した。

「すっごく強いぞ火砲権現、敵を火力粉砕ぶっ殺せ!」

 人形制作者が使い捨て木製砲身に尻の形の後部から火薬を装填して導火線を付ける。砲口に顔を真っ赤にして抵抗する筋骨隆々の男の腹を棍棒で五回殴ってから頭を入れ、ちょっと型が合わなかったのでその頭骨を削って合わせてから点火、皆が物陰に隠れてから爆発粉砕。応急で作った砲身と頭を削った男は粉々になった。像が壊れない型の生産はこの戦争中には難しいだろう。しょうがないね。

「血を捧げたぞガマンチワ、我等に運命を与え給え! ギバオに膿腐れの明日を!」

「肉を潰せよザガンラジャード、もっといっぱいぶっ潰せ! 赤帽軍が大勝利!」

「火を噴けスクスルタリ、鉄の種を噴射しろ! 火薬で生み出せ生産力!」

『おお!』

「北陸南洋、皆が頑張ってるからこっちも頑張るぞ!」

『頑張るぞ!』

『ホヴォー!』『わー!』『キェピー!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る