第301話「我々が出来る」 シゲヒロ

 春前にウレンベレへ入港し、中頃まで停泊してしまった。暖冬故か偶然か、寒くない割には冬終盤での豪雪強風に見舞われて動けなかった。

 加えて敵地ではないにしろ、勢力ないし影響圏内で身分偽ることなく長居したことには理由がある。それはウレンベレ港にて他艦隊との連携訓練をしていたからだ。

 リュ・ドルホン提督の旧東王軍残党こと、光復党の天龍艦隊とランマルカ革命政府の――公言しないが夏に北極圏を行けば新大陸を通過出来る様子――東大洋艦隊とである。

 手旗、発光、旗旒信号の作戦時統一に訓練時間の大半を割いた。ファスラ艦隊と天龍艦隊は長年南大洋から東大洋西岸で用いられる魔神代理領基準の国際信号を相互認識していたが、東大洋艦隊は神聖教会圏基準の国際信号しか知らなかったのだ。魔神代理領基準が大体全世界共通なのでそれを使えばいいのだが、東大洋艦隊は単純に戦闘能力が隔絶して高く、今後の統一作戦時の主力になるので中々、力関係からそうもいかない。

 三艦隊の信号員と士官級以上は信号勉強会に出席しなければならなかった。ちゃんとランマルカ側も魔神代理領基準の信号を勉強したの一方的な関係ではない。

 船を出してちょっと外に敵船狩りにでも、という状況にはならない。久しぶりに陸で酒もほとんど飲まないで座学ばかりした。勉強の過程で信号表は作成したので最悪、信号を暗記していなくても把握出来るようにはされている。

 馬鹿っぽい割には要領も頭の良いイスカは、うるさくすると思ったら直ぐに覚えて”どうだシゲ、チンポにばっか栄養送ってるから覚えるの遅いんだよ”とうるさかった。下品な信号を送ってくることで有名になりやがった。

 また信号と同様、言語も作戦で統一しなければならないが、魔神の共通語かフラル語を使うかという問題があった。これは短期に勉強会でどうにかなる問題ではなかったので、両言語に堪能な通訳を艦隊の垣根を越えて各旗艦を中心に分乗させることになった。指さし会話帳というのも作られ、配布された。個人的にはフラル語は勉強して分かっているので苦労は少なかった。天龍艦隊は規模が小さく、彼らは方言を話し、良くて天政官語を習得している程度の田舎海賊の沿岸艦隊程度だったせいで少々不安は残るがウレンベレ港のみならず、武装蜂起後に奪取した龍朝天政の港湾施設への寄港、補給許可については便宜を図ってもらうので邪険になどはしていない。入出港時にあちらの天龍艦隊、港湾員の世話になるのだからするわけがない。

 ウレンベレ会議にて、勉強会と同時に行われたは三艦隊の統一作戦の制定。主導したのは勿論ランマルカ革命政府で、東大洋艦隊司令ではなく大陸宣教師アドワルという海外派遣型の官僚か政治家か、とにかく政治権力を絶大に持っている文民だ。政府全権代行だというから余程である。

 まずは決めやすいところから決められた。

 統一戦略目標は龍朝天政が東大洋西岸部に持つ制海権を粉砕若しくは著しく減退させること。

 当面の統一戦術目標は敵東洋艦隊戦力を粉砕若しくは著しく減退させること。

 この点では一致が適った。まずは我々方にとって自由な、敵にとって不自由な海域の出現が無ければ何も出来ないのだ。

 次にそれぞれの目標が挙げられる。

 東大洋艦隊の目標は、極東地域における共和革命派政権の樹立と革命防衛である。

 既にアマナ本島北の大きな島、クイム島には現地妖精達の国であるクイム人民共和国で政権が確立されている。また本島東部、北部では革命烈士達が労農一揆を起こして旧体制武士寺院政権を粉砕中とのこと。そして光復党も完全そのままに思想を受け入れるわけではないが、先進科学的な手法などは積極的に輸入しつつ作戦協力を行うということで革命防衛の対象になっている。

 ランマルカとしては大陸では光復党を支援し、アマナでは共和革命政権のアマナ人民共和国を樹立させ、そして極東に現在迫って来ている帝国連邦との当惑星における北半球東西直結交通網確立からの世界革命の岩盤橋頭保の確保を目指しているらしい。

 地域圏外からやって来るだけの大望があるランマルカだからかもしれないが、発想というかやろうとしていることが大きい。海上作戦会議中に”当惑星における”とか、言うか? 大袈裟な占星術師ぐらいしか口に出さないぞ。

 光復党の目標は、龍朝天政の打倒による王朝復古である。光復とはそういう意味である。旧東王の旗印は光明八星天龍大旗であり、かつての栄光をもう一度などという言葉と色々と掛かっている。王朝復古は最終目的で、まずは旧東王領の奪取が第一である。

 光復党は旧東王領こと金北道と金南道、サイシン半島とその大陸の根本部分、その周辺に広く反政府組織を持っている。また合法非合法、どちらでもない組織としても域外にも触手を伸ばして活動中。定まった本拠地は持たないが天政外にある、北大陸極東部住民の交易拠点となっているこの地、ウレンベレを一種の聖域としている。

 圧倒的な陸軍を保有する龍朝天政に対して現状でいきなり武装蜂起するのは自殺行為。警察と一帯に駐留している東洋軍に対して単独で勝ち目が無い。勝つためには帝国連邦軍との接続からの軍事支援が絶対必要。東洋艦隊戦力喪失からの天政本土東岸部海上交通の麻痺、旧東王領への海上増援輸送阻止による敵戦力集中阻止も絶対必要。またヤンルーに囚われているという東王血統最後の廃王子レン・シャンルと廃王女レン・ソルヒンが、象徴皇帝として有用――絶対必要とも不可欠とも言わなかったのはランマルカへの配慮?――だそうだ。

 彼らに必要な支援は本土との遮断。帝国連邦軍による陸上遮断と三艦隊による海上遮断で旧東王領を孤島と化し、その状況で武装蜂起して非正規戦から始めて掌握。反政府組織から政府組織に変態し、国家体制を整えて正規戦を行える独立国家となること。龍朝天政の転覆は中々、厳しいと個人的に思うが、また昔のように南北朝をやるくらいなら現実的に思える。

 ファスラ艦隊の目標は、魔神代理領に属する独立軍事集団として、平時に受けている分の恩恵と報酬に見合った分、戦時に協力することを原則とする。それからギーリス兄弟姉妹との義理により助太刀すること。

 当初予定していた赤帽党軍への硝石輸送による軍事支援活動の望みが断たれた現在、行い得る魔神代理領に対する支援活動は北大陸極東圏における龍朝天政に対する積極的な妨害活動ということになる。そこの兄弟姉妹の内、姉ルーキーヤに対する義理としてのマザキ支援が盛り込まれる。そして義弟ベルリクの帝国連邦軍支援も考慮される。敵の一致から利害が合致している。

 ファスラ艦隊は自慢だが相当のやり手。しかし作戦上ではとてもではないが主力を担えるような物量を持っていない。全面的に三艦隊の中では主と従の従に徹することになる。まず東洋艦隊撃滅に当たり、我々は東大洋艦隊――名前がややこしい――の水先案内を務める。それからマザキに対して海上から情報を発信し続けて判断材料を与え続ける。我々が出来ることはこのぐらいだ。

 マザキ方面でランマルカと利害が将来的に衝突しそうなのが大懸念。あの革命妖精達が打倒するべきと考えているのはまずトマイ山を中心にする鎮護体制。これはマザキにとっても敵だが、問題はその後で、共和革命派にとって滅ぼすべき貴族同様の武士政権、財産を独占する特権階級そのものであるマザキに対して労農一揆とやらによる革命干渉が無いはずがない。帝国連邦のような人外曲芸の国家体制でも取れば別だが、マザキには出来ない。

 頭領ファスラと大陸宣教師アドワルの話し合いではこうだ。

「アマナを東西分割しましょう」

「定めた作戦が順調に推移すれば何れそうなりますが、しかし燃え上がる革命の心は我々にも止めることなど出来ない。現体制を覆したいという、ささやかな当たり前の幸福を得たいという労農人民の志がそれと反するならば逆らうには理由があり、反抗する動機になります。国は人民あって成り立つものであり、その土台が激動する時、いかなる上位構造物であろうとその影響を免れません。宙に浮いているのなら別ですが、先進社会科学的な研究でもそれは分かっておりません」

「マザキは帝国連邦に取って極東地域における最高の交易拠点です。あちらとの緊密な連携を図りたいのなら多様性は維持されるべきです」

「この天政魔神の大戦の結果、軍事均衡は必ず変動します。かつての交易拠点が無用になり、新たな交易拠点が出現する可能性は否めません。その価値の保障はどれ程あるでしょうか。何れにせよ、トマイの旧体制撃滅の折には協力体制を取ることになり、戦時中に明確な敵対関係になる可能性は低いでしょう。戦後、どのような線が図上に引かれるか、その時を待つよりありません。帝国連邦軍がトンフォ山脈を東に越えたとのことで、今のこの極東情勢も激変すること必至。あちらの同胞同志、盟友達と話し合いをしなければ決まるものも決まりません。そういうことでよろしいですか」

 ファスラ頭領は我々船員にとっては神か化身の如きだが、外交上においては良き伝達係かもしれないが大国の政治意思決定を左右するような力は持たない。会話中に、己の無力を自覚した頭領が一瞬顔をしかめたのが辛かった。アドワルも一応は当り障りのない発言に止めているのも子供扱いに近い。

 会議が終わった後。

「頭領」

 頭領ファスラの蛇のようなチンポを掴む。

「マザキの海上脱出計画、練っておこう」

 気づいたら引っ繰り返って天地逆さま、かと思ったらケツの穴を直接手の平でぴしゃんと叩かれ、通りすがりの女達がわーきゃー言っていた。一瞬でズボンを脱がされていた。


■■■


「天子万歳! ダフィドの弟、リュ同志提督九千歳!」

『天子万歳! ダフィドの弟、リュ同志提督九千歳!』

 ”天下光復興人滅蛇”という旗がウレンベレ市中に揚げられている。天政をレン朝、人間の手に戻して悪い龍人をぶっ倒せ、という意味になる。光復党の間では龍人のことは蛇人、蛇などと呼んで象徴である龍とは差別化が図られている。またランマルカ革命政府との協力体制へ漕ぎつけた曲芸の一端――血縁という意味ではない――が聞こえる。

 こんなに目立って派手にやれば軍事介入がありそうなものだが、近辺の役人も密かに仲間になっているのか? 東大洋艦隊のための石炭も陸から海から引っ切り無しに運び込まれているのだから秘匿されているわけがない。想像の域は出ないが、天政側が反乱分子をまとめて叩き潰すためにあえて放置していたら帝国連邦軍の来襲があってそれどころでは無くなった、ということかもしれない。リュ提督が色々と白黒ではない灰色の境界線を縫って歩いた結果なのかもしれない。要するに部外者には分からない。

「始め!」

『応!』

「降光付体!」

『ハッ!』

「鉄火不入!」

『ハッ!』

「超力招来!」

『ハッ!』

「滅蛇興正!」

『ハッハ!』

 遊牧民の幕舎が集まることも想定された市中央というか、沿岸部以外をほぼ占める広場では光復党の根幹思想を担う黄陽拳の修練が集団で行われている。線香が焚かれた太陽を模す鏡が置かれた祭壇を背にする師範へ、相対する多くの弟子達が、掛け声と共に拳や蹴りを繰り出す。額には言葉の通りに”降光付体 鉄火不入 超力招来 滅蛇興正”と黒く刺繍された白い鉢巻を巻いて汗で濡らし、腰に黄色の帯を締めている。弟子は若い男に限らず、老人女性に子供も参加していて、体を鍛えて白兵戦に備えつつ、皆で同じ言葉を唱え、同じ動作を取って団結力を高めようとしているように見られる。徒手空拳修行の他に槍や刀を使う修練も別の時間に行われる。

「はい、シゲあーん」

「うるせぇ」

 自前の鍋に入れた、屋台で買った羊肉入りの汁麺を啜って食べる。大人しく食ったりしないで、あーん、だとか、足をぱたぱたさせながら喋りながら食ってるのがイスカ。もう春だけどまだ寒いとくっついている。

「口移しがいいの?」

「きたねぇ」

「美少女!」

「はいはい」

「むー!」

「ブスも美女も中身は同じだ」

「おっさんは?」

「絶対嫌だ」

 そう言われると不思議ではある。いや、おっさんは汚い。

「伝令! 伝令!」

 ここの広場は宗教団体が拳法稽古を市民に文句を言われずに行える余裕がある。馬が走っても大丈夫。

 あの騎馬伝令、ウレンベレ界隈の遊牧民じゃなかったように見えたが。帝国連邦の?

 近くを通りがかった、羊を売りに来ていた牧童に聞いてみる。

「坊主、さっきの伝令、どこの奴だ?」

「あの服はユンハルだよ」

「おう、あんがとな」

 牧童のほっぺをつねってぐりぐりする。そしてイスカがにこっと笑ってやると、照れた顔を隠して去っていった。

「美少女!」

「はいはい」

 うーん、何か思い付きそうだが。

「今年最後の砂糖になるよ!」

 ファスラ艦隊が持ち込んで軍資金にと光復党に譲り渡した銀を始めとする物の中でも、砂糖が転売を重ねて原価の何十倍にもなって広場、市場の店頭に並んでいる。転売され過ぎて今その最後の持ち主になろうとしている商人の顔色は優れない。破産しても黄陽拳に入信すれば借金免除、財産没収、罪歴消去、脱退不可で、只一人の名も無き人間として再出発出来る。

「あのおっさんは馬鹿なの?」

「かなり馬鹿か、売り逃げした奴の口が上手いかどっちかだな」

「シゲならどうする?」

「損してでも売って、それ元手に兵隊と武器集めて売り逃げした奴を見つけて殺して回収する」

「そだね」

 汁麺の次は砂糖と香辛料の入ったお茶売りの屋台で自前の鍋に入れて貰って啜る。高い上に茶が薄かったが、生水を飲むよりは長生き出来る。

「シゲ、おしっこ」

「俺は小便じゃねぇ」

「じゃーなーくーてー!」

「行ってくりゃいいじゃねか。川でも海でも湿地でも何でもあるだろ。見晴らし良いところ選べ」

「護衛!」

「そんなもん、拳銃片手にしてりゃ誰も寄って来ねぇよ」

「見られるもん」

「そりゃお前、誰だろうが目の前に小便垂れる奴がいりゃ目が行くだろが。婆さんだろうがおっさんだろうがよ」

「美少女!」

「はいはい」

「はいは一回! もう、出るー!」

「ちょっと考えがある。いいから行けって」

「えー、ちょっと、信じらんないんだけど!」

「さっきの男の子に色目使って頼めばいいだろ」

「馬鹿、シゲ、チンポ!」

「はいはい」

 喋りながら考えがまとまった。立って、さっきの伝令の馬の蹄跡を追跡する。イスカが最初は連れしょんに付き合ってくれると思って付いて来たが、そうじゃないと分かったら「死ね糞が!」って言う。

「頭領に帝国連邦への手紙、書く物あったら書いといてって言っといてくれ。さっきのユンハルの奴に渡したい」

「うー……はーい!」

 イスカと分かれ、追った結果、行き着いた先はリュ提督がいる光復党の拠点になっている商館。出待ちに待機。

 待機中にも商館から、事態が動いたらしく人の出入りが激しくなる。遂には光復党軍の騎兵が広場へ向かって集結し始めた。ランマルカの赤毛妖精の伝令も……二輪の車? に乗って足で漕いで走っている。仕組みは分からないが馬が要らないのかあれ。すげぇな。

「あんたらどっか出兵か!?」

「外北藩! 遂に光復開始だぁ! はっはー!」

「がんばれよ!」

「応!」

 やっと活躍出来ると笑う騎兵を見送る。帝国連邦軍の動きに呼応した軍事活動の初動に見える。あれに伝令が混ざるとまずいな。失敗か?

「シゲ!」

「おう」

 思ったより早くイスカが走って、こっちを見つけてやってきた。手紙を受け取る。これは光復党やランマルカに見られると面白くない内容、のはずだ。

 広場で見たユンハル騎兵の馬の毛色は忘れ、騎乗の人物のユンハルの服、顔を見失わないようにする。馬は替えるだろう。光復党やランマルカの情報員だとか警察に目を付けられているかもしれないが、そこはどうでもいい。

 そして遂に、あのユンハル騎兵が商館から馬を替え、予備も連れて出てきた。顔も馬を操る手も急ぎ気味に見える。その行くてを遮るように出て、商館の警備兵が不審者と思ってこちらに駆け寄る。

「帝国連邦総統ベルリク=カラバザル宛てだ! ファスラ艦隊頭領ファスラからの手紙である。配達、ユンハル経由で託せるだろうか!?」

 そのユンハル騎兵の男、おお! と明るく顔を驚かせて手を伸ばしてきたので託す。

「帝国連邦のカラバザル総統閣下宛てだな! 任せろ、我々は既に帝国連邦なのだ!」

「そうか! 頼んだ!」

 成功。出来ることはやるとの、咄嗟の思い付きで反射的だったが何とか対応出来た。

 ユンハル騎兵を見送り、警備兵が不審だけど咎めるまでではないと引き下がる。そしてイスカが手を引っ張ってくる。

「なんだ?」

「おしっこ……」

「お、おお」

 我慢して頑張ったイスカの小便見張りの後に頭領に話を聞くと、手紙の内容はマザキの危機的状況を伝え、大陸亡命の可能性を伝えるものにしたそうだ。ランマルカに対しても、亡命時に便宜を図れるように仲介できないかとも、ルーキーヤの姉御にもこの内容を踏まえた手紙を送るとも。もし亡命するなら、帝国連邦海軍要員にどうだ? とも。光復党にランマルカとの利害が微妙な内容だった。帝国連邦海軍の拠点として相応しい場所は光復党が拠点にしているか将来拠点にする予定の場所しかない。

「ベルリクの大将、返事、どうかな?」

「流石にちょっと不安だが、あいつならズボン脱いで、良い、凄く良い、って言うぞ」


■■■


 ユンハル部族が帝国連邦に臣従したことが分かった。今彼らの草原で武装蜂起中であり、光復党軍が今動かせる少数部隊で外北藩に陽動攻撃を仕掛けて支援を行い始めた。これは光復党一斉蜂起の機会に繋がるものであり、今後の展開が気になるところ。

 ただそれらの展開は陸上の話。洋上仕事があるファスラ艦隊は、東大洋艦隊の水先案内を務め、彼らを支援するための偵察、通報任務に当たる。

 アマナ南側、マダツ海にて敵東洋艦隊主力は鎮護軍によるマザキ攻撃を海上支援中であることが分かった。また東洋艦隊の沿岸防衛任務は南洋艦隊の一部が引き継いでいて投入戦力は全力で強大。それから鎮護軍を東側から圧迫するはずの、ネヤハタ側からの労農一揆の攻撃は阻止されて一時停滞中とのこと。東大洋艦隊の分遣艦隊がネヤハタ側にいるそうだが、東洋艦隊主力にぶつかれるだけの戦力は無いそうなので、ウレンベレ側から行動を起こさないと状況は悪化の一途を辿る様子。マザキがかなり危ない状況にあると分かる。

 まずファスラ、東大洋の連合艦隊が行う任務は、天政本土から敵の主要貿易港となっているクモイへと繋がる海路を行く敵護送船団の襲撃である。タルメシャ沖で魔神代理領海軍と海上遊撃戦を行って輸送船襲撃を繰り返した結果、敵は学習して輸送船は小別に派遣せず、計画的に大規模に船団を組んで十分な数の護衛艦隊を同伴させて容易に襲撃を仕掛けられないようにしたのだ。その陣容は分かっているものだけでもファスラ艦隊では手に余る規模。海賊では大手のファスラ艦隊でも手が出ない時代になって来たのかもしれない。

 クモイを目指す敵護送船団を狙う理由はまだあり、船団襲撃による護衛艦隊の撃破、そして異常事態に気づいた敵艦隊の出撃を誘発して迎撃もしくは萎縮させて港に留まらせ、敵海上戦力を無力化させた後にクモイ港自体に――停泊艦船も標的――襲撃を仕掛けて鎮護軍に衝撃を与え、敵の陸上作戦全体に掣肘を加えることにある。これの影響が甚大であれば東洋艦隊も南のマダツ海だけではなく北のアマナ海にも艦隊主力を差し向けなければいけない状況に置かれることになり、マザキやネヤハタに対する圧力を減じられる。艦隊戦力の分散も適うかもしれない。


■■■


 ファスラ艦隊と東大洋艦隊はウレンベレを出港、南下してアマナ海海域に入る。

 ファスラ艦隊の兄弟艦が天政の船が良く使う海路上で待機し、風と潮を読んで待機位置を微調整。これはこの海域を熟知していないと難しい。そして敵護送船団を発見、通報して来る。通報結果は勉強した信号で東大洋艦隊に通達され、その天測情報を基に発見位置へ急行する。そこからが重要で、偵察と通報を密に何度も行って敵護送船団の位置、未来位置を把握、特定し続けて海上の迷子にしないよう努め、そして遂に先回りに接触した。日頃の弱い敵を厳選して狙う海賊稼業の腕前が物を言った。これが今、我々が出来ること。

 東大洋艦隊は圧倒的だった。敵護送船団を挟み込むように、誤射をしないよう前後で重ならないよう二つの縦列隊形を組んで帆走と外輪を使わない機走で増速して追いつき、発射と装填頻度が途轍もなく素早い速射砲を舷側から撃ち掛けた。一門一門が小銃撃ちより早い。

 施条砲を装備している護送船団の護衛艦も一応は有効射程に入ったと応射するが一発一発の発射間隔が比較して遅く、移動している東大洋艦隊の装甲機帆船への照準調整が終わる前に何発も命中弾を受け、鋼鉄装甲に穴が開いて内部で爆発、船は無事でも船員が砕かれて砲撃の手が止まって格好の的と化してから更に砲弾を撃ち込まれ、弾薬に引火して爆沈。閃光、爆炎、破片が散って衝撃波が海面を波立てた。

 おそらく大砲の射程に大きな違いは無かったが、発射速度と着弾修正の精確さ、そして徹甲榴弾という対装甲砲弾の有無で天地の差が出来た。また守る船が有る無し、攻撃を仕掛けた仕掛けられたの違いも非常に大きい。

 東大洋艦隊は縦列に突進し、先頭側の艦が砲弾を撃ち込み傷つけつつ目標を次々に替え、傷ついた敵艦は後続艦が砲撃して更に傷付け、後尾側の艦の担当になる頃には転覆、爆沈に至る。攻撃は組織化され、どの艦が一番敵艦を沈めたなどという仲間内での競争があるようには全く見えなかった。功名心が欠片も見えず、只管義務的に動いているように見える。

 義務の具合が我々からの視点ではいけなかった。圧倒的な撃沈風景に見とれていたが、あれはいけない。そう、降伏勧告を出すまでもなく、拿捕して物資を奪うまでもなく沈めまくっているのだ。海上戦闘での死亡率は高いとはいえ、あのような虐殺は普通しない。戦闘機動中とはいえ、足の遅い最後尾の船がわざと、残骸と共に浮いている海に落ちた溺者達の中を突っ切って走って、機走が海水を掻いて生む渦に巻き込んで止めを刺すなんてことは絶対しない。あれは人間のやる動きではない。

 檣楼から降りる。

「頭領! 降伏勧告出すように俺が話しつけに行く。旗艦に信号を」

「マーシム! 撃たれんように接近」

「了解!」

 マトラではあるが、妖精と直接会話したことがあって、フラル語が分かるのは自分だ。

 マーシム船長の指揮でファルマンの魔王号は魔術帆走で増速し、旗旒信号で司令に要件有りと報せつつ東大洋艦隊が射撃する舷側の反対に回り、旗艦に向けて手旗信号でこれから一名移譲すると報せ、了承の返事。そのまま並走し、魔術使い達が頑張って増速して舷側を並べ、近づき、自分は鉤縄を振って帆を広げて煙突から煙を吐く旗艦の欄干に引っ掛けて張り、飛び、空中で出来るだけ手繰り寄せてから舷側に足で着地、ケツを波で洗われながら、砲撃に震える船体に足裏を弾かれなからよじ登る。落下した時のために用心してくれていたヘリューファちゃんが「きゅい!」っと鳴いた。可愛い。

 上甲板に上がると連絡していたので船員が砲声に負けぬよう「ご案内します!」と大声を出し、敬礼して迎えてくれた。

 艦砲射撃は続き、揺れて、砲声が止まらない。砲煙と煤煙が流れ、向こう側の敵艦が炎と煙を上げて破片を散らせながら形を変え、白く光ったと思ったら爆発、轟沈。

 案内されて上ったのは後甲板ではなく、帆柱の上にある指揮用の楼。伝声管の束があって、艦各部とやり取りがされている。

 東大洋艦隊司令が思ったよりすんなりと会ってくれた。ランマルカ妖精なので赤毛っぽさ以外は人間に近い感じだが。

「ファスラ艦隊の方、どうぞ!」

 勿体ぶる感じが無くて、気取らず声を張り上げる。やはり人間ではなく妖精だ。顔を近づけて声を大きく出す。

「提言です! 撃沈行為は控え、降伏させてあの船舶、人員、物資を奪うべきです! 東大洋艦隊には……!」

 再び発光、爆発、轟沈。

「……そちらの艦隊には不要かもしれませんが、それらは光復党には必要です! 同国人である彼らなら身代金を取り、人質交換に使い、勧誘して船ごと天龍艦隊を増強出来るかもしれません! 言葉で相手を屈服させられるのなら砲弾の節約になります! 降伏勧告は我々が出来ます!」

 司令が士官達と顔を突き合わせ、どうしようかと悩んだ顔をしながらランマルカ語で話し合いを始めた。攻撃を手控えれば反撃される恐れがあり、船を拿捕すれば管理しなくてはならないのでやはり悩みどころではあるのだ。

 ……バシィール城を思い出せ。

「何でもかんでも海にポイしちゃダメなの!」

 しかしこれ、通用するか?

『そうだった!』

 東大洋艦隊司令へ提言が通り、旗艦から各艦、ファスラ艦隊も含めて信号で伝達がされる。

 ファスラ艦隊は戦闘へ加わらずに、敵に対して降伏勧告を出して回った。これも今、我々が出来ることだ。

 降伏要件は帆を完全に畳んで、海軍旗を降ろして白旗を揚げ、砲門を閉じて上甲板に船員が整列することで武装解除と見做すと通告がされる。艦砲射撃の最中、戦闘機動中では中々厳しいが、これが東大洋艦隊司令の降伏要件。

 降伏勧告と東大洋艦隊の猛烈な艦砲射撃による撃沈速度が無慈悲ではあったが、敵護送船団の完全粉砕は防がれた。

 次に降伏した船の処理。これらは東大洋艦隊の監視下で、応対に慣れたファスラ艦隊が行った。ランマルカ妖精では相手側の船長とのやり取り一つ、匙加減か誤解か、猶予と容赦のない判断でしなくてもいい虐殺が始まりかねない。

 まずは武装解除を確認し、降伏した船長と意志確認をしてから接舷して武器弾薬を没収。大砲は砲台から外して船倉に詰め込ませて即座に戦闘配置へ付けないようにする。時々出てくる降伏拒否者は残酷に殺して吊るして見せしめにするところだが、相手方の船長に反乱行為として罰させる。基本的には縛り首。あくまでも法の範囲に止めて規律を維持させる。

 撃沈しまくったとは言え完全勝利状態であるが故か拿捕数が多いので降伏した者達に操船させなければいけない。また奪った物資の量も膨大でこちら側の船へは移し替えられない。

 ウレンベレの天龍艦隊へ引き渡すため、東大洋艦隊の一部、ファスラ艦隊の一部による降伏船団の護送がこれから始まる。残る東大洋艦隊は南下を続けてクモイ港襲撃に掛かり、ファルマンの魔王号は先導を務める。

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