第300話「後事は託せる」 セジン
諸尊鬼集会の間。床は色付きの玉砂利で独特の宇宙観を表現した絵が描かれており、尊鬼と呼ばれる異形の木乃伊が思想に基づいた位置に鎮座。そしてその中心部には空の座がある。そこで資格ある者が瞑想に入れば、鴉頭ならば白羽の超人へと即身転生するそうだ。資格無くば廃人となるとも。
このような物、部外者に見せる秘儀ではないが、ここのキサギ大僧正、精神不均衡を起こしているせいか強い力を見せるところっと転がる。
魔神代理領の魔族の種とは違う様子だ。あちらはどうやっても人間しか変態出来ないということになっていて獣人共には縁が無いという話だ。しかしここでは人間に縁がないということになっている。世界中の宗教勢力がこういったものを公開し合い、研究を重ねれば途轍もない発見がありそうなものだが、宇宙を天政下に統一でもしなければ難しそうだ。
大僧正にこの秘儀を見せて貰ったのは、自分が知る霊山の知識との交換ということで叶った。あの約五千歳に義理立てする気はほとんど無いし信用していないので自分で何とかこの不思議の世界の知識を高めて自己防衛策としたい。人間から不思議の龍人になり、何度か死んでは生き返っているのだから当然のことだ。
他にも龍の骨を見せて貰った。このトマイ山にある頭骨が無い肋骨姿は百足かもしれないと言われたらしい。蛇龍を骨にしたらこうなるだろうという骨格だ。
シンザ総督が実際に龍道で多くの龍の亡骸を見て、幼体と見られる姿は蛇龍と近似していると確かめた。
自分も霊山に赴いてあの龍帝なる不気味な生きてるかどうかよくわからないデカブツを、龍人になる際に拝んだことがあるが、あれを小さくしたものに見えなくもない。
また驚くべき情報は、龍道には白面龍王なる生きた本物の異形の龍――脚が四つに腕と翼があるというのだから龍なのかと思うが――がいたというのだからまだまだ世界は分からない。これは約五千歳さえも知らない可能性がある。
もう一つ聞かせてもらったトマイの秘儀、人間の舌では不可能な、鴉頭でなければ発声出来ないとされる小龍言経を聞いたが、あれは以前に少しだけ聞いた黒龍公主の独り言と似ているような気がしている。全く同じではないし、あくまでも人の舌から発せられた言葉だったので比較が確信にまで至らないが関連性があって怪しい。
あの約五千歳はこれらのことに関して色々と知っていそうだが、直接問いただすのもどうすればよいやら。流石にあれを口車に乗せる自信は無い。
不思議のお山のトマイの龍道寺勢、現在、我が特務巡撫の手によってある程度動かせるようにまでなっている。その特性を知れば牛馬のように頭の向く先を指定が出来る。
龍道寺勢は基本的に全て山中に根付く。昔から山は麓から沿岸部の人間にとって、寺への参拝客だけが特別に許可される形で禁足地とされてきた。許可されていない登山道など作れば征伐対象になるほど厳戒。これは山の毛皮、木材、金属資源、水源地の独占だけではなく、尾根伝いの内陸連絡網、情報網の独占でもあった。山中の道は秘儀の一つで僧達以外に把握しているものはいない。
このような髄から山岳勢力であるトマイが最終的に行うべきことは、全アマナ人民の沿岸部から内陸部への強制移住、遷界令だ。海は天政、山はトマイ、そしてその中間の狭いところに雑民、海賊共を封じ込めれば良い。いずれ世代を重ねて海を忘れれば良い。
普通ならば海を遮断するようなことは我々の手によって大弾圧する占領統治でもしないと出来ないものだが、海を利用する頭の無いトマイのキサギ大僧正殿それは名案と思っている。それは利害の一致であり、彼が特別愚かということではない。今まで思いつかなかったことを、実行する手段と合わせて自分が提示することにより頭をその方向に向けさせたのだ。まあ、ここまで過激なことはアマナ統一後、如何様でも武士階級を粛清出来るようになってからではあるが。
キサギ大僧正の信頼を得る方法は我々に取ってはそこまで難しくない。本土より大量の新型装備を持ち込み、軍事顧問によって兵士を鍛え上げて強力な軍隊に仕立て上げること。
既に龍牙龍尾の軍はシンザ総督を介して指揮するグジンによって瞬殺するようにアザカリを下した。今まで何十年と掛かって攻めあぐねていた勢力を一月経たずに負かしたのだ。力の信奉者であるキサギ大僧正は夢中になって、言うことを何でも――節度、常識が伴っていることが前提なのは言うまでもない――聞いてくれる。こちらが示した戦略方針に確信を抱いている。
嘘を吐かず、騙しもせず、むしろ相手のことを思いやって助けるつもりで利用する。ああ、自分の才能が怖ろしい。九番目の上帝となる男は格が違ったな。
トマイ山の僧兵軍だけではなく、クモイ軍、その次にアザカリ軍への新型装備の供与と訓練が進んでいる。訓練は龍の軍が施して――宗教的な修練も含まれ、忠誠心向上も見込める――マザキ攻めの準備中。東洋艦隊が今、アマナ周辺海域の制海権を、南洋艦隊の一部と共同で握っていて海路は安定し、物資搬入は――ワイジュンで一騒動あったらしいが――順調。
南洋艦隊の一部を引き出せたのは自分の手腕による。約五千歳を説得して訓練中の龍人蛇龍の霊洋艦隊を南洋艦隊への一時的な補填に当てたのだ。海防任務は防御的ではなく、アマナ作戦で攻撃的に行って達成されると約五千歳に南洋艦隊提督、それに南覇巡撫も説得したのだ。根拠あり、納得に値する情報を並べ立てることには苦労した。アマナの情報はトマイで得たが、本土等の事情はフウやハン親子から大分仕入れることになった。
これらは虹雀あっての素早い伝達によって成された。全く、約五千歳はアレのアレアレだが、霊獣創りだけは尊敬出来るな。重ねに重ねた分厚い歳の功というやつだろう!
トマイに残った我が兵士達も新規に、アマナの故事から引用したという虎牙虎尾の僧兵軍八千を訓練中であり、その八千はいずれ龍道寺の無数の門徒達を訓練して数万の現代兵へと仕上げる。そうなればアマナに敵無しとなる。
うん! 兵力の効率的運用が成されているな。外交だけではなく軍事にも才があるとは己が怖ろしい。余りに有能過ぎて十番目以降に上帝となる者に多大なる試練を与えてしまう。後代、罪な先代と噂されよう。
尚、クモイ、アザカリから東洋艦隊のような軍艦を揃えたいとの打診があったそうだがこれは断った、というか不可能。我々がどれだけ人と資材と金を海軍に費やしたかを教えると引き下がった。ただ船を建造するだけではなく、それを保守点検する設備を維持し、船渠で整備している最中に代わって海に出る船の数を確保するなど、ただ軍艦単体ではなく海軍組織として運用する必要を説いた。本格的に海軍指導を行うとしたら戦後、アマナ統一後くらいの財政基盤が無ければ不可能であるし、海からは遮断する予定なので有り得ない話だ。
今日はキサギ大僧正との付き合いで、冬の雪が解けて地肌を見せる山にかかった霧と陽光が作り出す虹円の後光を拝む集まりに加わっている。蛮朴な行いであるが、まあ今日は良いのではないかな。景勝である。
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トマイでの食事は薬膳が基本、つまり菜食。豚が食べたくてしょうがなかった。僧兵達は体作りの薬と称して鹿、猪、熊の肉や臓物を食べているのだが、兵士ではない高僧達は違った。肉類、生臭物は下等な物とされ、外交特使たる自分にそんな物は出せないと菜食料理が出される。唸ったり顔をしかめたりするわけにもいかず、美味い美味いと世辞を言う気もなく、地べたで生肉を食らう蛇龍に若干の羨みを感じていた時にネヤハタの敗残軍がトマイ山に向けて進軍中と、東の地から山渡りの術にて跳んで来た伝令が急報を告げた。”敗残軍”とは事情、単純ならぬ。
そのネヤハタ軍を敗残たらしめ破ったのアマナ北、東部で騒いでいる労農一揆。つまりランマルカに扇動され、支援された反乱する暴徒、民兵組織である。旧式装備が多いとはいえ、多少は外国から最新兵器を買い入れているアマナ軍事政権の一画が、予報もほぼ無く敗走を見せたとは油断ならぬ。全力で当たらなければこちらもまた危うい。ランマルカ軍を相手にしていると考えて行動するべきだ。
まだ訓練未了ではあるが、撃って穴を掘る程度は問題無い虎牙虎尾の軍八千を出動させる。グジンの龍の軍と同様に、訓練教官としてついていた我が部下達八百もそのまま随伴させる。指揮官は山の者、そして参謀は部下の中で一番に将軍の才がある者をつけ、自分は外交使節である白羽の僧正を同伴してついていく。ただの侵攻ではない異常事態なので高度な外交判断が必要だろう。
訓練中の軍は訓練の装いはそのまま実戦の装いなので食事をさせれば直ぐに出せる。道中の食事は早馬伝令を出して門徒達に村々で炊き出しでもさせれば良い。その様に手配させてトマイ山を東へ向けて降りる。
言いなりのキサギ大僧正は面倒が少ない。
門徒軍の雑兵も動員させて、虎の軍の後方に待機させるようにする。敗残で旧式装備が多いとはいえあちらは正規軍、いきなり矢面に立たせて壊走でもしたら面倒だ。訓練前に、一端の兵士になる前に死ぬことは許さん。
脚だけは山で宇宙有数に鍛え上がった僧兵、虎の軍の行軍は素早く、食事は道中の村で済ませて素早く要衝ヒシト寺城に布陣。塹壕を掘り、符術――天政の詩を教養として僧が習得しているので理解が早い――で固め、後から到着する砲兵のための砲兵陣地も築いておく。城下町の住人は避難、そして有志は消火班として残しておく。城自体の守りは城の兵士に一任するが、双方の指揮官、兵士に行き来させて間取りを確認、落城時、城へ退避する際、敵が劣勢に陥った場合、追撃の機会を得た場合などの段取り合わせを行い待つ。
後は蛇龍を城代や城の兵士達に見せて鼓舞し、信頼を勝ち取る。そんなところか。道中の村々でも見せたが反応はすこぶる畏敬の念が現れていて良好だった。役に立つと頭を撫でれば調子に乗って体に巻き付いてきた。勿論、不敬と叱った。
■■■
時間的に十分とはいえないものの、急がせた結果ではあるが榴弾砲の到着の後に、敗残と言われたネヤハタ軍の大軍がヒシト寺城より東の関に現れた。そこでの防御は時間稼ぎ程度に考えていたがどうも、相手方に攻撃する気配無し。そして何と東軍大将、お飾りと呼ばれていたネヤハタのヨナガラ・ソンイクが先頭に立って話がしたいと言っているらしい。
外交使節である僧正と共に関へ行き、見張り台より見えたのは大群であった。そして軍隊は遥か彼方、群集の最後尾にいるらしく、関の手前にいるのは女子供であった。
ヒシト寺城にまで呼びつける時間も惜しい事態と判断したので関の、雑兵が使っている臭くて汚い詰め所にて話を聞くことになった。僧正に自分が助言する形を取る。
「ではヨナガラ殿、おうかがいします」
「はい。ネヤハタは労農一揆に対して敗北、本城も陥落。彼等は下層階級の貧民、農民が中心で、貴族や武士、僧侶や商人を尋常ならざる程に憎悪し、捕虜にするでもなく売るでもなく拷問した後に殺戮しています。我々は女子供も、労農一揆の目の仇にされている者達を出来るだけ連れてここまで落ち延びて参りました」
若きヨナガラ・ソンイク、平伏。声も高く髭どころか下の毛も怪しい。確か、最近のヨナガラ家当主は夭逝する者が連続して、一時は女が代理当主をしていたぐらいだとか。この少年はようやく育った男の一人だったか。
「降伏致します。戦えと言われればネヤハタ武士、総員討ち死にする覚悟です。鎮護将軍詐称の件、我が首、一族郎党の首を差し出して詫びろと言われればそのように致します。ですが女子供達だけは助けて頂けないでしょうか?」
僧正がこちらを見る。助言する。
「殺しても見捨てても益はありません。傘下に入り、戦力となるなら拒む理由はありません。ただし、本当に下る意志があるかどうかは戦場で確かめる必要があるでしょう」
「確かに。ヨナガラ殿、それで良いですか?」
「忝うございます」
方針は決まった。
「僧正、この一件、伝令を出して下さい。難民受け入れの体制を整えなくてはいけません。寝床と食糧、まずは集められるだけ。具体的な数量は後から勘定させれば良いでしょう。彼等の管理は集めている門徒軍を使って下さい。それからマザキ攻めの手を緩める必要は無いと念押しを。ここで下手に手控えれば防勢に挟撃されます。それは敗北に繋がる」
「はい、そうのように」
この件は虹雀を使って大僧正にもグジンにも念押しに通達しておく必要があるな。特にマザキ攻め、これが要だ。最悪、トマイを捨てて西進してマザキ征服、そこから大返しに攻めてもいいぐらいだ。補給物資は東洋、南洋艦隊が保障するのだから。うむ、この件も合わせて通達しなければな。
「ヨナガラ殿、顔を上げて下さい。作戦を決めますよ」
「はい」
これでヨナガラ・ソンイクが顔を上げる。これでネヤハタ軍は自分が掌中に収めたぞ。
「まずは避難民、これを出来るだけ遠くに行かせて下さい。戦場では足でまとい、邪魔になります。そして撤退を支援する殿部隊と、ヒシト寺城に布陣させる軍に分けて下さい。敵の勢いの程度によりますが、この関で殿部隊は全滅覚悟で足止めを。その隙に迎撃する陣を整えて叩きます。地の利はこちらにあります」
「……一つよろしいでしょうか」
「どうぞ」
うん? この作戦に不満か? 生意気だな。
「労農一揆、雑兵共は本当に大したことがありません。しかし、遥か海向こうの東国よりもたらされたからくり兵器が真に怖ろしいのです。まるでそう……蜂の巣を暴れさせたような火器とでも言いましょうか。あれ一つに我が武士団、一瞬にして千も二千も殺されました」
「アマナにいては知らないでしょうが、最新の火器とはそのような威力があります。大層肝を冷やしたでしょうが、こちらもその最新火器を持っています。劣ることはありません」
「そうなのですか!? いやはや、あの兵器をお持ちでしたか! これは失敬、実力を疑うような真似、ご容赦を!」
また若きヨナガラ・ソンイク、平伏。
現代戦を知らぬ若者となればこのようなものだろう。むしろはっきり物が言える時点で見込みありというものだ。見込み無い者なら仰天して歩き出すことも困難になる。
「顔を上げてください。座っている暇はありません、直ぐに行動を」
「はい!」
アマナ人の習い性か直ぐに地べたに這う。否、これは帝の威光を発する自分を前にして仕方のないことかもしれないな。
しかし天佑あった。どう攻めようかと考えていたネヤハタが内紛で崩れて下って来るとは。主力武士団がこちらに加わるということは実質、既に敵勢の半数を撃破した上に取り込んだに等しい。例え元が互角であったと仮定して、この展開があれば戦力比三対一と単純計算で出る。占領後統治も容易い。
「あの鋸引きが……」
鋸?
■■■
東に詰まっていたネヤハタ避難民の退去完了。急なことで寝床も食糧も一時不足するだろうが、残酷な死を免れたのだから根性が曲がった一握りの者以外は文句を言わないだろう。
ネヤハタの殿部隊が関を放棄して後退してきた。血塗れで、歩けない負傷者は見捨てられて一人もいない。数は元が一千で、六百が生き残っている。逃げる姿には余裕がある。どうやら敵には足の早い騎兵が不足していて、逃走経路のある追撃戦は苦手らしい。
それからその四百名の死因だが、あの蜂の巣を暴れさせた火器、らしい。斉射砲の一種だろうか。ロシエでは帝国連邦騎兵を何と瞬間的に、集中運用で五千騎近く殺戮したとの、誇張は大分あるだろうが非常な戦果を上げた実績がある。間合いと機会が合わさればそういうこともあるだろう。
疲れている殿部隊は後方で休ませ、予備として置いておく。
虎牙軍五千五百、街道沿いの敵を迎撃出来るよう北の山を背に斜面へ配置。虎尾軍三千三百は北の山に敵を登らせない配置、虎牙軍の護衛につく。
ヒシト寺城軍、城に一千。他の各隊は南の山に四千、敵を登らせない配置につく。
街道正面、敵が戦場に大口径砲を持ち込んだとしても届かない西の奥にネヤハタ軍、何と三万五千。雑兵交じりとはいえ相当な数である。これが逃げ出すとは余程に敵のランマルカ製火器が凄まじかったと分かる。確固撃破されて逃げ、ようやくこのヒシト寺城に集結してその人数となったわけではあるが。
待機する。山への強攻を仕掛けて突破しない限りは三軍に三方囲まれる絶対不利の虎口へ敵軍が先頭から順に、縦列に入るしかないように布陣した。このヒシト寺城は、戦城の性質のように守りやすい要所に建築された。その要所とは山林に挟まれた谷の道である。統制取れた部隊が三つあればどんな大軍相手でも正面押し以外で敗北することはまずないような地形。
歩調合せの太鼓と、西洋式のラッパや笛の音が聞こえて来る。雑兵の中にランマルカ式の最新装備部隊が混ざっていることだろう。
扇を煽る、滑稽面を付けた先導者に導かれた民兵軍が街道を行進、ではなく練り歩いて現れた。
「良い国作ろう、階級粉砕! 労農一揆が大勝利! それ一揆!」
『一揆! 一揆! 一揆! 一揆!』
敵は隊列を組むどころではなく、そして装備は農具交じりに見える。士気は高そうだが、情けない姿のあれに旧式装備が多いとはいえネヤハタ軍が敗北? 疑念が浮かぶ。
帝国連邦軍は徴集した民間人を集めて突撃、弾除けにして戦うというからその類縁の戦術か? しかし先導者も民兵達もそんな悲壮な運命を目の前にしているような感じがしない。むしろ明るく『一揆! 一揆!』と武器を持って宙に突きを入れては踊って楽しげですらある。槍先には先ほど敗走してきた殿部隊の武者と思われる首や腕が掲げられている。
ネヤハタ本城の総構えは広大で、広い堀に高い壁、分厚い石垣も含めた難攻不落の城と云われる。壁の内に畑に湧き水もあって過去には年単位での包囲も凌ぎ、飢えと財政破綻で敵軍を敗走させた程の堅城と聞いていたが、それを奴等は落としたのだ。ネヤハタ城は海沿いにあって、ランマルカ海軍の艦砲支援があっただろうからそれが要因だろう。しかしここは内陸。繋がる大河もなく、蒸気船に曳航させても海軍の出番はない。多少海兵隊を降ろしていたとしても大洋を渡ってくる以上は限界がある。
敵に動きがあった。何やら兵器と思われる重量物をネヤハタ軍と虎牙軍側に向けて横列に並べ始めた。こちらの榴弾砲の射程圏外でだが、あれも大砲? 重たげだが大砲程の重量は無さそうだ。
並べた物の炉に火が入れられるような準備があった。そして歩き出したのは、四本足? の……ロシエの戦争で使われたという戦列装甲機兵、新大陸の呪術人形、その類か! その数、虎牙軍に向かって来るだけで数十? 決して多くはない。
砲兵に、油断せず砲弾を惜しまないで全力射撃をするように指示。観測射撃も兼ねて、有効射程に入る手前から砲撃開始。爆風、砲弾の破片、飛び散る泥に割れた地面に四本足が転……ばない! 足一本で立ち上がったり、重心を傾けて姿勢を直して前進を続ける。蜘蛛のように這い走り続ける人型人形だ。流石に砲弾が直撃すれば破壊されるようだが、散開していて這い蹲っていて弾が当たり辛い。
そして小銃の有効射程に入る前に四本足ならぬ”這い蹲り”の人形が太鼓連弾のような速度と調子で大口径銃弾を発射、塹壕を穿って土煙をいくつも上げ、山林の木々に当たれば細木なら一撃で圧し折れる。
連射する銃か!? こんな物で撃たれたら旧式軍など勝てるわけがない。
虎牙軍が塹壕の胸壁に隠れながら小銃を撃ち続け、各砲が榴弾、榴散弾、缶式散弾と切り替えて砲撃。
「数十の敵ではなく、数千の敵が突撃してきたように撃て!」
近づき詳細に見えてくる”這い蹲り”は鋼鉄覆いに頑丈で装甲が銃弾を跳ね返す。その背には連射銃類が搭載されていることが分かり、あれらに傷を付けて故障させられれば、本体を破壊せずとも無力化出来る。
「諦めないで撃ち続けろ! 背中の武器を破壊しろ!」
僧兵達が不気味な敵へ、お経を唱えながら射撃を継続。連射される大口径銃弾に小銃や頭、わずかに覗かせた手を吹き飛ばされる。胸壁にかする程度ならそのまま射抜き、胴体に当たれば切断するような大威力で、骨肉、装備が砕け散って二次被害に死んだ者の隣が負傷する。
狙いは精確で砲兵が真っ先に撃たれた。彼らを守るはずの防盾は小銃弾程度に対応しているだけなので貫通し、隠れた者を撃ち抜いた。
虎尾軍も高い位置から撃ち下ろしに”這い蹲り”を射撃する。撃破というよりは故障させる手応えはあるが、弱い弓矢で重装甲兵をなんとか倒そうとする手間を感じさせる。取り回し易い軽砲による榴弾直撃の射撃が最も撃破数を稼ぐ。
そして”這い蹲り”は有効射程に優れる連射銃で虎尾軍にも反撃の掃射を加える。人が操っているようにはとても見えないが、何か術的なからくりを用いて敵か敵ではないか、障害物かを見分けることが出来ているようだ。石杭に繁茂の遮蔽もあっさりと貫通、破砕されることも含めて被害増大。
”這い蹲り”は早かった。塹壕に迫り、金茨に引っかかっても強引に進み、足が止まった――依然として連射銃台として機能――個体の背を踏んで別の個体が乗り越え、学習でもしたのか後続は飛蝗のように跳ねて越える。そして塹壕に取り付いた。
武器が故障している個体は多かったが一部、大口径連射銃とは別の、蜂の羽音を重ねたような音を立てる四連連射銃で霧吹くような銃煙を上げて猛射を放った。それは蜂の巣を暴れさせた火器とはその表現の通りだった。それに撃たれた者は体に穴が開くどころか鋸引きにされたように切断される。塹壕沿いに撃たれれば壁に銃弾がめり込むまで僧兵の列が切断細切れになって薙ぎ倒され、まだ暖かくなり切っていない空気に並べられた内臓の湯気が立つ。榴弾の直撃から爆風対策に、塹壕に横へ素通りさせない屈曲部を設けていなかったら瞬時に虎牙軍は皆殺しにされていた。
決死の僧兵達は”這い蹲り”にしがみつき、符術兵が火噴の術で仲間ごと燃やす。高熱を受けても動いたかに見えたが、搭載する弾薬が爆発。そして弾薬とは別に見えたが、”這い蹲り”自体が自爆四散、破片を撒き散らして塹壕内を切り裂く。
このような自死を持って敵を倒す要領を得た後は、己と仲間の死を厭わずに僧兵が果敢に挑んで”這い蹲り”にしがみ付いて動きを止め、円匙や銃剣で中身をとにかく穿り回し、抱えた榴弾や火薬樽に点火して自爆、軽砲を回して榴弾を直撃させ、そこからの自爆を甘んじて受けて撃破。弾切れになったか這い蹲るのを止めて徒手格闘で殺戮を続ける個体も出てきたが数と自己犠牲に恃んで撃退に成功。血塗れ。
虎の軍の死傷者、数知れず。怪我人を除く即死した死者だけでも一千は優に越えただろう。怪我人から死人に転じる数はどれほどか? 真に怖ろしいからくり兵器か。途轍もないな。
そして遠方、我々のような装備も無いネヤハタ軍は人の肉壁で銃弾を防いだ後、火薬樽を持ったものが特攻、自爆して”這い蹲り”を破壊している。そして、その戦いが沈静化する頃には遠目からでも血塗れの死体が一面に転がっていて目算……五千、いや万に迫るのではないか? 連射銃の勢いは人を、鎌で草を刈るように薙ぎ倒すのだ。塹壕も無く、肉壁戦法ならばそうなってしまう。
”這い蹲り”は労農一揆の最初にして最後の奥の手だったらしく、最初の勢いはどこに行ったか逃げ帰っている。あれが陽動の可能性はある。あれだけの兵器を与えたのだから、それより程度の低い兵器がいくらあっても不思議ではない。安易に追撃に出て引き込まれるとまずいぞ。この土地では攻めた側が三方から待ち伏せ包囲をされるのだ。あれは偽装退却の可能性が有る。
しかし声が出せない。唸るぐらいしか、いや、血だけは出るな。忌々しい。
大口径銃弾に当たってしまった。後方の虎尾軍側にいれば大丈夫と思ったが、思いの他遠くまで飛んできた。威力は減衰していたようで体が千切れ飛ぶまでではないがしかし、いっそ勢いのまま貫通した方が良かったような具合だ。下手に頑丈な龍人だから分かる。
「お気を確かに! 手当をしますから」
僧正がその手に脱いだ頭巾を握り、白羽も赤黒く濡らして自分の胸を押さえて止血を、気休めに試みている。そのくらい分かる。胸の内側全て内臓、肉に骨が衝撃で張り裂け砕け散っているのだ。しかしこれで即死しないとは何事だ。
血でどこかに伝言書けないか? ああ……無理か。
ベニハスも労農一揆が激しいと聞いたが、これではあちらも陥落したと見做して良いだろう。マザキを落とすにも時間は掛かるだろうがネヤハタ、ベニハスとなれば地域は島とは言え広い。長期に渡る消耗戦を覚悟しなくてはならない。
グジンがいるから後事は託せるがしかし、この戦いの後の処理くらいは口を出しておきたいのが……またか。
蛇龍が鼻を寄せてくる。こいつには当たらなかったか。
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