第299話「僧兵軍」 シンザ

 巨石と注連縄で囲った中空、龍道の入口たる更地を僧兵一同で参拝した後、トマイの山を老僧、門徒達から見送られて降りる。そして銃兵は鉄砲を担ぎ、砲兵は大砲を曳く駄馬などを面倒見つつ西のマダツ海を望む街道へ歩調合せの太鼓の音に合わせて進む。大勢になると歩調の乱れが行軍の遅れに繋がるのでこの調子は必須となる。

 標的である鎮護代の主城アザカリを南からこのトマイ僧兵軍が攻めるにあたり、ハリケの城かその近郊に布陣することを第一段階とする。鎮護将軍率いるクモイ軍はアザカリを北から攻めるにあたり、ナズネの城に布陣することを同じく第一段階とし、両端より挟撃を仕掛ける。両城共に領域国家と化したアザカリの鎮護代が城主を兼ねていて城代が詰めている。

 此度の戦、龍朝天政の支援があって実現に至った。

 自分がキサギ大僧正より任命された職は鎮護総督。この戦を知らぬ、五十余年も龍道を歩いて塚を築いてきただけの自分に、名目上とはいえ山の僧兵軍最高指揮官の地位を与えるとは乱世も乱世であろうか。

 小龍言経を唱えて軍隊を先導して勇気づけろとの仰せだった。

 その白羽の異形で僧兵に門徒達を奮起させよとの仰せだった。

 トマイの山は龍道探究のためにあるはずが、今では武家のごときに武装し寄進も強制性が加わって税、役と変わらない。修行内容も信仰教義は程ほどにされて軍事教練が中心になっている。龍道入道の資格無き者が、擬死した後に異なる苦行の道を十度繰り返してそれに匹敵する霊力を得んとする修行も、苦しい教練を代替とすることによって一部高僧候補の者達にしか行われなくなって久しいそうだ。時代により修行内容に変化が見られるのは致し方ないことだと思うが、何やら空しさがある。

 キサギ大僧正は”貴方のような古き見識を持つ、龍道に最も明るい者が山に居ては規律が乱れます。霊力高き聖なる上人、全くこの乱世に不要。非現実的な没道思想を芽生えさせます。山を降り、俗なる戦場で汚れ、穢れ、その身に集まる道の信心を散らして下さい”と仰った。即身転生にて羽を白くし、高めた方術を揮って戦場に立ち、両脚を無くした姿だった。

 戦場を知らぬ自分には参謀として龍人、龍朝天政より参ったオン・グジン将軍がつく。歴戦とのことで頼もしい。彼が実質の軍指揮を行う。外国人が直接指揮をしては部下達も素直に聞き入れぬ、言葉も通じぬので自分が助言を受けた形で指揮する。

 軍事の先達が補佐につき、予行演習は行ったとはいえこの仕事には慣れず、不安がある。殺生など入山する前の少年の頃に虫や魚に対して行った限りかと薄っすら思い出せる程度、後は歩いている内に虫を踏みつけたか否かという程度でほぼ経験皆無。各連隊の長たる軍監達には所詮素人と侮られぬように声は張って自信有りげに努めているが如何程に効果があるか疑わしい。表情は即身転生の結果、出ることも無いのでまず読まれないが。

 オン将軍の主人である同じく龍人、外交特使であるレン・セジン特務巡撫は山の方にて色々とトマイ及びクモイの正当なる鎮護将軍を支援する策を練っているそうだ。老いて髭を蓄えたかの姿は絵物語の偉人が如きで深謀遠慮を極めたような容貌ではあった。

 キサギ大僧正は彼が見せる訓練されて最新火器を持つ天政兵、霊獣たる蛇龍と虹雀に心を奪われていた。以前の彼を知っているわけではないが、身を削られ心も変形したかの印象があった。龍道入道の資格ありとそちらの修行に明け暮れ、並の僧侶の生活すら俗とするような苦行を続けた世間知らず、山の統治に素人同然の自分が苦労を重ねたその大僧正に異を唱えるわけではないが。

 レン・セジン特務巡撫は”諸侯より財産を没収すればマザキにも劣らぬ鋼鉄軍艦の海軍を、アマナ無双となる最新火器の陸軍を作り出すことが出来ます。ただ商人を潰してはなりません。貴族商人も、貴族として生かしておかないといけません。龍朝天政が七百万正規軍と三つの主力艦隊を持っているのには理由があります。清貧な心持ちの龍僧方にしか出来ないことです。まずは統一、然る後に欺瞞の限りに行動を隠蔽しなければなりませんが、諸侯より実権を取り上げる。これです”とその時に言っていた。今の時代を良く理解していない自分から何か言えることはない。

 ハリケ近郊の戦場へ僧兵軍が入場する。

 先鋒は天政兵に最新火器の取り扱い訓練を施された歴戦の僧兵で編制した、故事より名づけた龍牙軍五千。

 後備は同様に最新火器の取り扱い訓練を施された、戦場を知らぬ若き僧兵で編制した、故事より名づけた龍尾軍三千。双方に天政兵が指揮官や補佐、下士官、主に砲兵として十人に対して一人の割り合いで組み込まれ、八千八百余名となる。

 僧兵は華美な服装禁止。刀槍弓部隊禁止。甲冑禁止。旗は軍指定の旗手以外持込禁止。身軽な頭巾、白衣に鈴懸、袴に脚絆に地下足袋姿で、指揮官狙撃を警戒して上級者も同様。

 正面は街道。ハリケ軍本隊が迎撃体制、柵を拵え土を入れた俵を積んで待ち構えている。龍道を行った山渡りの術を生かして自ら偵察したところ、兵は街道を中心に縦長となる陣形を構えて二万余りで槍持ちの農兵多く、火縄銃兵が目立ち、前線に構えられた大砲の数は三十六。陣の最後尾にはハリケ城代の本陣があった。その更なる後方にはハリケ城とその城下町。

 左手南側は水路があって水の入っていない田圃。こちらには敵の別働隊が三千おり、火打石銃――施条を刻んだ射程優良なものと見られる――を持つ武者に騎兵などがいる。また馬に曳かせている小型の大砲が十二。

 右手北側は、手前に山林があってハリケの支城がある。兵数はそれ程多くはないはずだが臼砲台、銃眼があって、斜面は急峻な土作りで登坂はままならず、正門虎口からの突入しかなさそうだ。

 さらに支城から奥側に掛けては、街道から坂を上る一段高いところに村があって、そちらにも敵部隊が配置。村は支城の一部になっていて、こちらも柵に銃兵が配置され、入り口への道以外は急峻な土作りで同じく登攀ままならない。またそれら土の斜面の下は障子の形に堀らており、徒歩で突入しようものなら落とし穴に嵌るが如くに身動き取れず、上方から一方的に銃撃を撃ち掛けられる仕組み。とてもではないが無理攻めはさせられない。

 二個歩兵連隊は正面に円匙で塹壕を掘り、それを符術兵が助け、一個砲兵大隊が榴弾砲で敵の大砲を砲撃する。敵の大砲より倍する射程によって一方的に炸裂する榴弾を叩き込んで人も大砲も破壊して噴煙上げて散らし、転がす。

 北の支城と村は一個歩兵連隊に牽制させ、村はもう一個の砲兵大隊に榴弾砲で砲撃させる。柵も藁葺き屋根の木造民家もあっという間に倒壊、配置された敵兵も爆発に吹き飛び、砲弾や木の破片を受けて切り刻まれる。支城と村から臼砲による炸裂弾投射が少し有るが、近づき過ぎなければ問題ない。大砲の有効射程距離の違いを理解すれば一方的に撃てる。

 最後の一個歩兵連隊は南の田圃に正面と同じように円匙で塹壕を掘り、それを符術兵が助ける。歩兵用の大砲である軽量小型の軽砲が榴散弾を発射し、敵の特に騎馬兵を狙って砲撃。敵別働隊の上空で白く小さな雲が炸裂に発生して、鉛弾が降って人馬を殺傷。無傷、怪我はしても死んでいない馬は驚き暴れて暴走、兵を踏みつけて逃げ出す。

 天政渡来の最新火器、ハリケ軍に何もさせずに一方的に撃ちかける。砲弾を撃ち込まれる敵兵は己の配置を守ることなどせずに後退。農兵と見られる身なり貧相な者はうろたえて敗走を始める。

 村を砲撃していた砲兵大隊は目標を切り替え、支城への間接射撃を行う。歩兵が踏み込むなら決死必須、旧式大砲なら良く盛った土に阻まれ何発撃ち込んでも梨の礫だったかもしれないが、山形弾道にて直上から降り注ぐ榴弾は、その砲撃に対応していない造りの支城を粉砕し始める。そして火薬庫にでも引火した大爆発を起こし、破片を吹き上げて降らした。

 支城の無力化が確認された後に、村へ榴散弾が放たれ、その上空へ散弾が雨に注がれた後に一個歩兵連隊が銃剣を付けた前装式施条小銃を持ち、錫杖を持つ指揮官に従い、法螺貝を合図に突入を開始、太鼓の連弾に促される。目の前に迫る砲撃で死した者に対して滅入経を思わず唱える者もいる。

 敵の大砲を破壊していた砲兵大隊も目標を切り替え、射程を延長して敵砲兵が配置を放棄した向こう側に榴弾を送り込んで破壊を始める。度肝を抜かれた敵兵は次々に後退、逃亡、軍規が乱れる。

 正面と北の敵は抑えられた。南の敵別働隊へも一個歩兵連隊が、軽砲射撃に援護されながら前進し、遠距離一斉射撃を、錫杖を突いて鳴らす指揮官の号令に乗っ取って繰り返して敵が放つ銃弾が届かない――同じ施条小銃でも弾丸形状が違うようだ――距離から、命中率は悪いが確実に撃ち減らす。

 僧兵達が滅入経を唱えながら、小銃に弾薬を装填して構えて狙って撃つ姿はある種の祈祷動作を連想させる。寺では敵の死を願いつつもその末路を哀れめと教えている。こういう修行が常態化しているようだ。

「掛かれぇい!」との号令で駆け出してくる敵別働隊の武者、騎兵もいるが、銃撃や缶式散弾の連射に甲冑ごと金属音を鳴らして蜂の巣になって敗走。銃弾、砲弾に裂かれた旗指物が死体とともに転がって敗走の印象を強くする。哀れみをもたらす滅入経に何とか距離を詰めて来た敵も萎縮し、戦意を喪失、降伏する者が後を絶たない。

 南の敵別働隊は敗走、正面の本隊も前衛は敗走、北の砲撃に荒らされた村にも歩兵連隊が突入して銃剣と銃弾で制圧。粗末な家屋とはいえ突入すれば待ち伏せに攻撃されかねない建物は符術兵が火噴の術にて焼いて中の敵を一掃した。爆散した支城であるが、慎重を期しつつ榴散弾を撃ち込んだ後に降伏勧告を行うと生存者達が下って来た。

 初動を一方的な勝利で飾っている間に塹壕は即席ながら符術にて強固となる。耕土の術で容易に深く掘れ、掘った分を胸壁に回し、木網の術でそれらを固めた。金屑に金茨の術を施せば足を刺し引っ掛ける金属の茨が出来上がる。そこらの雑草を混ぜて繁茂の術を施せば根が張って土を固め、伸びた草がこちらの姿を隠す。この防御陣地と村、支城は龍尾軍に預けて龍牙軍は四列の戦闘縦隊に再整列して攻め上がる。自分は小龍言経を唱えて先頭に立つ。オン将軍曰く「ここで唱えれば敵が畏れなします」とのこと。

 防盾付きの軽砲を盾に安全に前へ。敵本隊の迎撃部隊が弱体であれば銃撃と軽砲射撃で、畦道を利用した程度でも簡易陣地を構えたら一旦停止してから榴弾砲射撃で粉砕して前へと行く。

 敵は後退し、敗走し、その場に座り込んで拝んで命乞いを始める。人語ならざる耳に聞けば異様な響きの小龍言経を唱える自分が近くまで行けば這い蹲って悲鳴を上げる。滅入経を聞いた時の反応とはまるで違う恐慌の様相。発声が困難なこの経を初めて聞く者ばかりだかからかもしれない。これは、慣れぬと耳から神経がねじ回されるような声色なのだ。

 キサギ大僧正は”今、龍道寺で小龍言経を理解しているような小僧など一人もおりません。その姿と言葉から不可解な霊力を醸し出して勇気づけられればそれで結構です。本来の意味と隔離している、などとは言われなくても分かっています”と言っていた。何故戦場で小龍言経を唱えるのですか? という疑問を口どころか顔に出す者すらここにいない。

 敵本隊はハリケ城に避難する隊、郊外にてこちらの側面をうかがう隊に分かれた。

 第一段階は終了。


■■■


 ハリケから北進、沿岸沿いに行けば敵本拠アザカリ城を目指す。

 龍牙軍はハリケ城を捨て置いて先へ進む。ハリケ軍は損耗したが壊滅したわけではないのでもちろん後方警戒は怠らない。

 ハリケ近郊の、あの陥落させた村と支城には龍尾軍と、榴弾砲装備の砲兵二個大隊を残地して後備えとする。死者の葬儀も任せる。後から旧式装備とはいえ門徒軍が合流する。

 素人目には非常に危険な采配に感じたがオン将軍の説明を聞けば違う。これはハリケを包囲しつつアザカリ城を攻める手であると。

 龍尾軍は装備と地の利、先ほど行った野戦築城の結果、ハリケ軍を優越して鉄壁である。また門徒軍を後に得られるので更に強力。一方の龍牙軍は榴弾砲を編制から外すことによって快速となり、いつでもその鉄壁にハリケ軍が当たれば側背面を突けに行ける状況にあり、逆も快速であれば戦場を選べるので然り。砲火力の減少については、沿岸部に出れば龍朝天政の東洋艦隊から支援を受けられるので問題無いという算段である。

 うーん奇々怪々。オン将軍は「陸海の装備で勝っているからこそ数に劣った状態でも出来ることなので、実は力押しでもあります」と笑っておられたが。

 妙策によって敵中突破の脚を得た龍牙軍だが、後方との連絡線がハリケ城によって切断されている状況に変わりはない。兵や駄馬に荷車を曳かせているが手持ちの弾薬、食糧に制限がついてしまっている。水については方術で泥水でも清く出来るが。

 そこで通常行われるのは行く先々の村で行う分捕り。足りない物は奪って補うこと。しかし我々はトマイの山から下りたアマナを鎮護する者、役目を忘れた鎮護代統治から開放して天下を安んじる正義の軍隊である。分捕りは勿論のこと殺戮厳禁。村々へは威圧しないように代表だけを送り、寄進を頼み、礼金を渡して取引する程度に留める。決して威圧してはならない。結果的に傍を軍隊が通っているので無言の圧力とはなるが、拒否されたり法外に値上げがされたら大人しく引き下がるように指導した。またその指導を理解出来る者に任せた。悠長かもしれないが、沿岸部に出れば東洋艦隊から補給を受けられるので決して焦ったものではないのだ。

 我々はマザキと違うのだ。

 乱捕り悪漢、鬼子マザキ。

 火事に津波に根捕りマザキ。

 羅刹マザキの忘れ物、涙、情けに骸山。

 そう言われているそうだ。昔から海賊肌に乱暴者だったが、昨今では略奪誘拐殺戮思うまま。何故そのようなことが出来るのかと言えばただ単純に強く、負けず、懲罰など恐れていないからだ。畏れなければ怪物になる。

 そのようなマザキを誅するためにもアザカリやネヤハタなどの、まだ手に負える者たちを負かして勢力に組み込み、最終決戦に備えなければならない。それがキサギ大僧正が、天政の力を借りて成し遂げようとしていること。猖獗酸鼻の鬼子を消し去り、二度と産み出さないようにするためにもこのアマナの天下鎮護を取り戻し、そして改める必要があるだろう。環境が改善されなければどの地方の者だってマザキのような鬼子になり得る。

 山は本来、怖ろしい霊気に満ちて人が足を踏み入る地にあらず、下界に災いを成す象徴で鬼の住処。今でこそそこまでおどろおどろしいことはないのだが、やはりお山に畏れる慣わしは復活させなければ鎮護とならないだろう。

 オン将軍の霊獣、虹雀が行う伝書鳩より迅速正確な空飛ぶ伝令より、北からアザカリ攻めを行っているクモイ軍は未だナズネに到着していないとのこと。あちらは旧式装備が多い大軍で道中攻める城も多い。よって引き受けるアザカリ軍も多いし、領境の関係からもマザキ軍が近くにいて慎重にならざるを得ない。

 ここでクモイ軍と歩調を合わせるかどうかオン将軍が決定する。

「敢えて迅速にアザカリ城に着き、敵主力を我々で拘束。クモイ軍の進軍を助けます」

「分かりました。それには我々の遅滞は許されませんか?」

「勿論です。道中、足を引っ張られるようなことがあれば敵に対応する時間を与えてしまいます。それがアザカリ城に到着した後ならば敵の喉下に刃を突き立てた状態ですが、道中だと然したる脅威にすらなりません」

「それでは地形を先に私が見て参りましょう。手元の地図では大よその街道、宿場に城しか描かれていませんが、実際には曲がりくねり、描かれていない道に、描かれているが敵の城によって使えない道など様々にありますので」

「龍道を渡った技術ですね」

「はい。このくらいしかお役に立てませんが」

「いえいえ十分、結構なことです。指揮官が地形を把握していることは必勝の前提です」

「ありがとうございます。では行って参ります」

 千日で龍道寺を二十四度参る山渡りの術は湿地帯でも生かせる。走り跳んで飛ぶ。

 脳裏に地図を描くことは龍道探究では必須技能。軍事の素人だと思っていたが、この地理把握だけは誰にも負けぬ自信がある。

 この龍道に比べたら短く、狭く、起伏の少ない土地を頭に刻み込んでから軍へと戻り、詳細地図を作成してオン将軍に見せる。さて地形は分かるが、敵城と兵士の数からそれが及ぼす影響が分からなかった。そこで自分がオン将軍を道案内し、改めて検分して貰う。山渡りの術こそ使えないが、龍人たる将軍は健脚で、高貴なお人であるが泥に塗れることを厭わなかったので素早く検分が適った。そして地形と敵拠点位置からどう沿岸、内陸を行ったり来たりすれば良いか実際に今回の戦のための行軍路を、複案を含めて記した地図が出来上がった。

「我が方に勧誘したい程ですな」

「アマナが統一された後ならば……いえ、政治は分かりませんので」

「これは失礼」

 また虹雀より伝令。今回はトマイの山にいるレン巡撫の霊獣である。

 ネヤハタ軍に動きあり。ただし即座にトマイ、クモイの背後つくような軍事行動は不可能。

 天政の支援が行われる前は、この即座に軍事行動は起こせないという時間差が障壁にならなかったらしい。先の戦いのようにあっさりと鎮護代が置かれるような主城を突破するなど不可能だったのだ。力押し、であろうか?


■■■


 オン将軍と相談、そして沿岸であれば東東洋艦隊の艦砲射撃により城を無力化しつつ道を素早く、妨害もわずかに進み、アザカリ城南側に到着したら円匙と符術を使って野戦築城を行う。日頃から山野にて足腰を鍛えていた僧兵達は、下界基準だと健脚で素早いそうだ。龍道慣れした自分にはもどかしかったが、それはどうしようもない。

 敵の出方としては、アザカリ軍が内陸東側に布陣、小分けにされた部隊も各所へ包囲するように分散配置。城に直進すれば東から、東を狙えば城から軍が出てきて挟撃される構え。

 そして南からは動員されつつあるハリケとは別の軍が集まり迫っている。ここで到着がいつになるか分からないクモイ軍を待ったり、守るならともかく攻めることは困難な龍尾軍と門徒軍に頼るのは問題外。であるから東洋艦隊がアザカリを砲撃する。アザカリはマダツ海随一の主要港でもある。城の本丸は待ち伏せが予測される川を遡上しなければ砲撃圏外だが、重要な市街地は十分に圏内。

 市街地への砲撃が行われる。各帆船、一斉射撃のみで爆音が百以上重なって響き、港も含めて家屋が煙と埃に瓦礫が吹き上がって柱を立てた。火の手が上がる。

 鋼鉄軍艦に比べれば小船のような戦舟が反撃に出ても砲弾の直撃どころか至近弾で引っくり返る。

 砲台からは距離を取っている東洋艦隊に対し、決死に敵の砲兵が浜にまで大砲を繰り出して接近、鋼鉄艦に砲弾を撃ち込んだが厚く堅い装甲板に弾かれて外見上ではほぼ被害は無く、返す砲撃で瞬く間に破壊される。

 兵器の差がここまで顕著に出ると人の手の努力の価値が分からなくなる。

 圧倒的な力を見せ付けた艦砲射撃が終わり、交渉に出る。目的は勝利であるが、破壊や皆殺しなどではない。

 ここで山渡りの術を使い、降伏勧告の使者として鎮護代に会いに行く。

 野戦陣地を離れ、砲撃が加えられた町を越える。瓦屋根程度の家屋では一撃で一画が崩れ、瓦礫や家具に千切れた布団、それに人も飛び散っている。火災も起きて、町人達が大勢繰り出して火消しをしている。町人全てを城に避難することは出来ていないようだ。

 城壁を越える。周囲を町に囲まれ、直接壁にこちらの軍が対峙していないせいか見張りの兵こそいるが無用心だった。咄嗟にこちらへ火縄銃を向けるも、火が無くて慌てていた。矢も飛んできた方術で防ぐ必要もなく、城へ取り付いて中へ入れた。

「アザカリ鎮護代フルクシ・トウカイ殿に目通り願います」

 窓より入り、文官達が複数抱えていた本を落とした。脅かしてしまった。

「これは失敬」

 拾うのを手伝うと、あちらは慌てた様子でやり取りを行い、しばし待っていると評定の間にて、武装する者達に取り囲まれててではあるがフルクシ・トウカイへ接見叶った。

「鎮護体制下に戻られよ。殺しはしません、責任をとって自害する必要もありません。アザカリはそのまま安堵致します。ただ天下を今一度一つとします。マザキのような悪鬼を誅し、ネヤハタの詐称者を打ち倒します。そうすればベニハスも時流を見て下るでしょう。乱世を終わらせましょう。真なる敵は海の外、労農一揆衆のことはご存知でしょう」

 ただの農民一揆ではなく、商工業者や漁民に雑兵、流民も巻き込んだ労農一揆というものが東国、北国で頻発しているらしい。自分で口にしておいて何だが、いまいち彼等に対しての理解が及んでいない。西の果てのランマルカの小人国の考え方が元になっているとか。また既にアマナの北、クイム島は既に傘下だとか。その考えでは貴族、武人、商人、富農、僧侶などの特権階級を皆殺しにして財産を労農人民に取り返すこと、らしい。乱世が続くこの苦しい世でこれに魅力を感じない者は少なくないはず。ただそれが実現すれば社会が崩壊して皆殺しにした結果皆が更に貧しくなる気がしないでもないが、人に説明するまでの理解は無い。門外の話題なのでここを質問されると苦しい。

「海外を知るアザカリの方々ならば我等より脅威を知っているのでは」

 フルクシ・トウカイは唸る。

「道理で理屈も通ると思われますが軍は敗れていない。我等武人、敗れる前に降伏など出来ませぬ。例え白羽の上人様相手であろうともです」

「左様ですか。では、また」

 問答無用とならないだけ初動は良しとしよう。


■■■


 龍牙軍は野戦築城を進めて陣地をより強固にし、東洋艦隊が艦砲で統制する有効射程圏内を生かして洋上からの補給物資を受け取った。食糧には困らず、大砲もいくつか下ろして水兵が砲兵として加わり、火力を向上させた。

 虹雀の伝令により、ハリケの支城を拠点に待機する龍尾軍と門徒軍は合流し、防御を固めて予定通りに敵軍を一部だが牽制出来ているとのこと。

 そして遂に、後方から動員が終わって編制されたアザカリの別働軍が龍牙軍の背面に迫ってきた。規模は農兵含めて三万以上と見られる。敵地内での戦いであるから、若い男の人口がある限り頭数だけは揃えられる。

 脅迫はもう十分とアザカリ城と市街地に対する東洋艦隊の砲撃は控えられているが、龍牙軍を攻撃する敵軍がいればそれに砲弾を叩き込む手筈になっている。民間人、建物への被害は最小限に、兵だけを狙うように。

 別働軍が接近し、それに呼応して東側内陸に控えていた、こちらも増員して二万に近く膨れ上がった軍も動き出す。水軍も俄かに動き出し、艦砲射撃を受けて直ぐに撃退される。

 龍牙軍は堅い陣地を築き、滅入経を唱え、水兵の大砲も加えて良く待ち構えて軽砲と合わせて砲撃。砲弾は長く良く飛んで、敵軍の大砲が有効射程距離に近づく前に炸裂して撃破する。

 大砲の撃ち合いをする気は最初から無かったか、続いて旗を立てて武者に率いられた各隊が全方位から向かって来るように一斉に前進してくる。突撃に走る距離ではなくまだ歩いているので、そこには榴散弾砲撃そして射程に優れる小銃射撃が加えられる。甲冑は無くとも撃ちかける銃弾の数が多く、射程が長ければそれが鎧となる。鎧武者の時代は完全に去ったように思える。この天政の小銃の弾丸は椎の実型で、球形の銃弾とは比べようもない威力で銃弾に対応した甲冑もほぼ無意味とのこと。

 アザカリ軍の突撃は際限が無いように思わされる。再現無く犠牲者が生まれ、それに対して恐怖を紛らわせる意味もあるが、弔いの滅入経を各僧兵が唱和し続ける。

 その全方位からの突撃が試みられている内に東洋艦隊は配置を調整し、時間がかかる軍艦は蒸気船に曳かれて素早く、そして艦砲射撃を開始する。榴弾射撃の雨あられに、今までこのような猛爆を受けたことのない農兵から逃げ出し、武者も配下の数が足りないとあっては諦めて後退を始める。艦砲射撃の有効射程圏外の敵部隊もいるが、そちらには龍牙隊が大砲の配置を転換して射撃を集中して撃退する。

 それでもと接近し、こちらに銃撃を仕掛けられる程に接近してくる敵部隊の方向には自分が立ち、出来るだけ遠くまで聞こえるよう方術の力も借りて小龍言経を唱えて萎縮――本来全くそのような意味合いはないのだが――させ、金茨で足を刺し絡めって止め、軽砲が打ち出す缶式散弾で蜂の巣に叩き潰して敗走させた。追撃はさせない。我々の目的は勝利で殺戮ではない。

 戦いが終わったことを確認したら、方術で遠くまで聞こえるように声を出す。

「アザカリの諸兵よ、戦場に残った負傷者達を回収しなさい! 救助のためならばこちらからは撃たない!」

 そのように通達し、こちらからも人員を慎重にだが出して、敵兵と共に傷に倒れた兵士達を集めて敵陣へ送り返す。そして死んだ者達は敵から列席者を募った後に龍道の教え通りに弔い焼いて、煙としてその魂が龍道へ行けるようにと滅入経を、燃え尽きて煙が出なくなるまで唱える。遺骨灰は引き取り手がいなければ無縁墓を設けて埋葬。名前が分かれば可能な限り刻む。

 この葬儀により敵に熱した頭を冷やす時間を設けることが出来た。フルクシ・トウカイにも被害の程度が伝わって状況を把握出来る時間を与えた。死者が果てるに任せて路傍に打ち捨てられることを防ぎ、遺族にも出来るだけ骨が届けられて先祖代々の墓に葬られるだろう。道義と戦術、双方に適ったと思う。

 葬儀を終えた後、再び山渡りの術にてアザカリ城に赴き、前と同じ窓から入る。そして要領を得た案内で再びフルクシ・トウカイへ接見。彼を他に人の居ない天守閣へ誘い、巨艦が並び、一部蒸気船が煙突より煙を上げる東洋艦隊を指す。

「あの艦隊は弾薬と食糧を何度もこちらへ届けられます」

 アザカリ鎮護代フルクシ・トウカイ、膝を折った。

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