第296話「大目標」 セジン

 変態王子の破廉恥絵と詩は終わりだ。もう作らない。フウが惜しがり、黒龍公主が”また作ってぇ、あれ好きやわぁ”と言うが絶対に作らない。船上で描いた最後の絵は出品されることになったが……。

 変態絵画は人民より賛否両論に耳目を集めた。ここまでくれば模倣する者が現われる。そいつが破廉恥に描いていればいい。もう知ったことではない。

 繭を破ったならばもうそれは変態ではない。成虫、蝶だ。飛翔しその辺に卵を産み付けて死ぬ。変態王子は活動を停止、死んだのだ。

 これからは見たものを見たまま、現実的に写実的に描くことにする。

 美しい醜いではなく、完全に正確にその場面を切り取って写すようにしたいとは思うが、やはり絵は絵、目と頭ではないので工夫をする。三つ何かが行われた場面があれば三枚の連続ではなく、可能ならば一枚に合成してまとめるという嘘をやる。代わりに、そこにいた人物や道具、風景は全て本物を目指す。虚構と現実の取り扱いには細心の注意を要する。そうでなければならない。

 筆名で偽れば現実が薄れる。特務巡撫レン・セジンの名でこの絵を芸術照覧会に出す。名づけてそのまま”人外食人図”だ。

 小人と鳥頭共が人間を拷問し、料理してから食っている図だ。料理され、実際にあった顔が、そうさせられた表情を写実に再現した。我が兵士達の顔は、あの骨格からして歪んでいるところからできものに痘痕まで覚えている。

 逃げる庶民共に追撃に銃を持って追って来る、嗤っている鳥頭共の絵も描いて出そう。密林での散兵戦の様相だから距離感で嘘をやらねばならないが、愚民にも分かるよう絵で外の争いの光景、教えてやろう。何と戦い、どうすればいいか考えさせるのだ。説教は不特定多数に向けても耳に遠い。事実を見せて何かさせる。

 ヤンルーで見かける人民の表情は非常に文化的で、少し前に京で悲惨な戦いがあったことも忘れたような顔をしている。実際、他所から移ってきた人間が多いこともあるが、前線と中央は遥かに離れて別宇宙の出来事のように捉えている者が多い様子。

 これら悲惨な絵を見せるのはこの戦争に勝つことの重要性を知らしめるためだ。士気が下がるだとか言われそうだが、欲しいのは覚悟だ。突然に化け物共との矢面に立たせられて女のように悲鳴を上げて逃げる者は前線に不要だ。死んでも戦ってやるという義侠心、これが必要だ。

 大分侵略されたが天政は広く、人民は溢れ、義侠の精神に溢れる極一部の者だけを厳選しても十分な数が集まるだろう。その一助となろう。何も考えていない平和な絵は戦後に描けば良い。

「これは幽底の妖怪の絵でしょうか?」

「いや、ニビシュドラで起こった現実だ」

「酷い、文明人には出来ない所業です」

「酷かったよ」

 破廉恥絵の功績あって現在、禁城に特別に画房を構えることが出来た。レン家関係者が人質としてまだ城内に軟禁されているのだが、その軟禁部屋に空きが目立ってきており、その一室を使っている。元の住人は南北と西で激化する戦いで命を落としたか、これからその仕度をするために裁兵に指揮官として立つためかのどちらかだろう。市井に、価値無しと放逐されるにはまだまだ歳月は回っていない。

 その人質の一人である少年が、絵の具の臭いにでも誘われたか画房に入ってきて自分が絵を描く姿を見学している。どこの分家の者かは知らないが、気品のある顔立ちと姿勢から遠い親戚であろう。色の白さと目の細さは北か東か。

「絵は好きか?」

「良く、分かりません。見事な物はそうだと分かると思うんですが、良し悪しの品評などは……」

「そこは鑑定士でも難しいところだ。描いてみたいか?」

「上に立つ者は文筆に専念せよと……いえ、あの」

 それではまるで絵を描いている自分が上に立つ者ならず、と言うことになると思って少年は言いよどんだ。少し前まではそれが常識だったが、今では古臭く聞こえる。

「良い良い。さて、では文の方を見せて貰おうかな」

 紙と筆と水墨画用に用意しておいた墨を指す。

「……お借りします」

「筆は使い慣れている大きさの物を選びなさい」

「はい」

 少年が字を書いている内に絵を描き進める。あの場ではあまり気にならなかったが、思い出すと日差しに焼ける緑が眩しくて黄色がかって、もう少し暗いと思った赤が鮮烈に脳裏に描かれる。どちらが嘘か真だったか、やはり写実と考えたが、印象の方を重要視した方が良いだろうか? 二つ描いて並べるには時間が足りない。

「……どうでしょうか?」

 ”布華融蛮”。昨今話題の言葉である。この場でさっと書くにも丁度良い長さか。しかし子供までこの言葉を選ぶとは、何とも上下の人民一丸ではないか。

「ほう、君はこう書くのか」

「いつも怒られます」

 上手い字だ。少年にしてはと言うべきか? 大人でもここまで整った字もいないのだが。

「さてさて」

 筆で朱入れをして悪い箇所を指摘。

「いつもここが悪いと言われるか?」

「はい……やはり、駄目ですよね」

「ふんふん。ではもっと小さい筆で、大きく伸びるように書いてみなさい」

「小さい筆で?」

「その使い慣れているという筆の型、君には大きいな」

「やってみます」

 少年が書き直し始めた。

 絵の構図は写実に、色は印象でいこう。日差しの強さが違う地で実際はどんな色だったかなど検証することは出来ない。ましてや今の身体、眼鏡が必要な弱視だ。

「どうでしょうか?」

「うむ」

 少年が改めて書いた”布華融蛮”。

「線が細くなって緩急が明確になったのが良いな。それが君の本来の、子供の手で書く字だ。小さい筆に慣れていなくて細い線を気にして太くするように筆を押し付けているのが悪いな。端と節を強調出来るようにすれば途中が細くても綺麗に見える」

 朱書きで見本を、少年が達するべき理想の字体で書いてやる。

「このような見た目を目指せ」

「凄い! ありがとうございます」

「その筆はやる。同型の物か、少し大きさが前後する物があれば何度か試してみるがいい」

「はい!」

 少年が喜んでいる。軟禁の身であまり良い師に恵まれていないと分かった。身内がそれなりの腕で、良くない指導で苦慮していると推察する。出来る限りやっているという疲れた声が聞こえる。

「さて……」

 立ち上がろうとして手探りをすると少年が杖を渡してくれた。

「ありがとう」

「いえ。どちらに?」

「照覧会に南北巡撫の新出品があるそうだから見に行く」

「僕も……いえ」

 少年が目を伏せる。外出禁止か。監視役付きで遊覧くらいさせてやれば良いものを、酷薄な。

 さて何か土産でも持ってきてやると言おうかと思ったが、約束が当てにならぬ城内では期待をさせるのも悪いかと画房を、杖を突いて出る。眼鏡は――つけたまま外で遠くを見るようにすると疲れる――外す。

 外には気品のある立ち姿から遠い親戚であろう女が礼をし、少年と手を繋ぐ。監視と護衛を兼ねる龍人がその傍にいて、言葉も発さぬようにと見張っている。

 自分もその酷薄の一人か? と思うと気に食わなかったので少年の頭を撫でてから城を出る。

 禁城から正門までの下り階段、老いた身体には遠い。白陰の節の割りには外に雪もほとんど積もっておらず、この前の雪掻き分が端の方に埃交じりに解け残っている程度で薄氷も張っておらず、そこまで難儀する足場ではないが急ぎ歩きも出来ない。

 今自分の新しい身体は年老いており、龍人なのに杖が要る。体が重い。歳を重ねた相貌と長い髭は威厳があってこれはこれで気に入っているのだが、前のように前線で跳ね回ることは出来まい。

 これは若い身体が出来上がっていないせい、らしい。約五千歳が言うには”ジンジン、死にすぎやわ。今使えるのそれだけ”とのこと。余計な働きは良くするくせに肝心なところがなってない奴め。死んだら”黒蛇毒婦図”として後世に遺して誅してくれよう。広げたり捻ったり色々やってやる。紐を引っ張れば仕掛けが動くのも良い。活動絵画という技もあるな。紙芝居達者の者が工夫して作る。

 ……死んでからでなければ描けぬとは情けない限りだが。


■■■


 文化照覧会の”変態王子”特別展覧場には遺作が展示されているとのことで大盛況である。そんなそんな破廉恥下らない物に集る愚民はさておき、目的の南北の巡撫が忙しい中出品したものを見る。

 サウ・ツェンリー作の”百華”。植物を操る方術を用いた盆栽で、何と一本の木から百種の花が生えて、生きている。切って接木や縫い合わせた物でもなければ、勿論のこと造花でもない生花である。過去に方術にて複数の花や木を組み合わせた傑作は存在したが、これは圧倒的である。並の鑑定士には分からないだろうが、遠い任地で彼女が作って、このヤンルーまで運ばせた日数分だけ、決して良好ではなかったであろう旅程を乗り越え、尚且つ忘れてならぬのが、今年は暖冬の向きがあるとはいえ冬に満開に咲いているのだ。美しさと強さと大きさと複雑さが高度に結晶化している。素晴らしい、巡撫などという血腥い仕事なんぞやっている場合じゃない。

 黒龍公主以外で、現世代では唯一自在に霊山に出入りする術の腕前を持つだけのことはある。であるからあの約五千歳をとっとと殺して技術を盗んで代替わりすればいいのだ。融通は利かなさそうだがあれよりマシだろう。命令を聞いても腹が立たぬ顔というものがある。生命を巧みに操る術に長けるとは、本格的に取って代われるのではないのか?

 見物客の中でここまでこの”百華”の真の素晴らしさに気づいている者はそうそういまい。唸って見る者はいるが見た目だけに心が惹かれているのだろう。大体分かる。

 そして無作法、西洋人らしき白衣で禿頭の者が”百華”に手が伸びようとした。

「馬鹿者が!」

 盆栽会場のざわめき、一時静まる。驚いた白衣の者が手を引っ込め、その警護の者二名が彼を遮ってこちらに向く。そして通訳の人間が寄ってくる。

「龍人の方、こちらの方は……」

「こちらもどちらもあるか! あの野蛮人に田舎作法では知らんがこの中原では作品に手を触れるのは非常識ということを教えておけ」

「失礼しました。そのように」

 全く、柿の実でも成っていたら猿のように食っていたのではないか?

 通訳が白衣の男に常識を教え、男はこちらへ胸に手を当てて礼をした。一応、そこの常識はあるらしい。

 無闇に不機嫌になってもつまらない、次へ行く。

 次はルオ・シラン作の”龍砲”。組み立て式の超巨大な大砲で、専用砲弾が横に並べられているが、これもまた重過ぎて組み立て式。説明によると、砲弾を分解した状態で装填して薬室内で組み合わせるそうだ。実用性を心底無視しているがしかし、技術見本というか何というか、霊獣のような効果があるのではないか? やればこのくらい作れると分からせることが出来る。これもまた方術で鋳造したとある。

 方術を産業分野に利用出来ると二人は証明していると分かる。”百華”は農業、”龍砲”は工業に無限の可能性を示している。全く、戦争などしている場合ではないぞ。

 ”龍砲”を眺めていると、あろうことか薬室内から子供のようにはしゃいで笑っている男が出てきた。服装はエデルト海軍の上級の……退役海軍元帥、エデルト軍事顧問団そして外交代表、王弟ラーズレク・アルギヴェンか。花と違い触っても鋼鉄には手垢が付く程度だが。

 絵の続きに戻ろう。活動絵画、これを作るには時間が惜しい。


■■■


 ”人外食人図”を活動絵画式にからくりを施し、捕縛中、処置中、処置後と三場面を一枚、一個で見られるようにした。基本絵と差分三枚の合計四枚。我ながらやると決まれば出来上がりまでが早い。

 完成して疲れが出たので禁城内の庭園にて一休みする。池に薄っすらと氷が張っている。

 薄殻豆のピエターが白黒縞の虎に乗って庭園外周を歩き、それをひょこひょこと水竜が追いかける。虎は一応人に懐くが、あの虎は馴虎と言って猟犬の如きに主人へ完全服従するそうだ。龍人、蛇龍のような幽底、幽際の幻想生物ではないので作るのはそこまで難しくないらしく、森林山岳地帯での遊撃戦に期待がされている。

 薄氷を割って蛇龍が現われて、ぬらりと這ってこちらに寄り、横向きに背中を向ける。

「馬鹿者、濡れた体で乗れとは何事だ」

 蛇龍が鎌首をもたげて前肢を自分の膝に上げようとしたので杖を横向きにして押して防ぐ。懐くのは構わないが、所詮獣か汚れに頓着薄いのが気に入らん。寂しそうに去り、馴虎の巡回に加わった。

 あれら四体の列、天然二つに人工二つとは思えぬ様相だ。約五千歳が水竜を欲しがっていたが、さて。霊獣は安くない。

 あの蛇龍も量産が進み、海上にて船と連携して龍甲兵を乗せて訓練していると聞いた。戦場には未だに投入されていない。海の戦場ではなくても川で活躍、内陸の戦場でも猛威を奮うだろうに。数がまだ揃っていなくて運用方法が研究段階なのだろうが、南北の芳しくない戦況を聞くに焦れる。今すぐにでもニビシュドラに回して貰いたいぐらいだが。

 あちらでは矜持などと格好つけたが、中央にその気が無ければ何の意味も無い。所詮は特務の巡撫、使い走りと思い知らされる。南洋軍に南覇軍もいるわけだが……自分の息の掛かった手が……。

 今、禁城には二組の客がいる。

 一つは通りがけにこちらへ胸に手を当てて礼をする、田舎作法が抜けぬ、西洋の大宗教団である神聖教会の外交特使の僧侶。通訳と警護と僧侶を複数連れ歩いている。布教目的ならばこんなところにいない。

 もう一つはその神聖教会の者達と会うなり、ようこそと歓迎しているのがエデルト軍事顧問団の軍人達、代表が王弟ラーズレク。彼等の滞在は年跨ぎに長くなり、我が家のようにくつろいでいる。

 東洋の龍朝天政と、西洋の宗教権威と軍事大国が一同に介しているのは双方の間に横たわる厄介事、魔神代理領そして帝国連邦があるからだ。敵が共通、利害が一致している。

 あちらからは最新工業技術と西洋で得られた最新の戦場の戦訓がもたらされ、こちらからは方術と幻想生物技術が与えられている。神聖教会がこちらに与えるものなど無いようだが、一枚噛んでいるということは目に見えないところで何かが供与されているのだろう。長年の魔神代理領の宿敵であるから情報分野だろうか? 知る役職に就いていないから分からない。

 知る役職と言えば、東服巡撫として新大陸に殖民していた時にエデルトと何れは交流を持つ可能性があると言われていた。滅ぼされてしまった今ではどうにもならないのだが、エデルトは新大陸南のファロンと呼ばれる地方より南への殖民と、山脈越えからの西岸への港湾建設を計画している。これにより魔神代理領をかすめない東西交易路の確立が見込まれていた。南端の暴風暗礁海域の突破は出来ないので陸路開発をしなければならず、時間は掛かるが世界展開に大改革がもたらされると当時は熱を持っていた。

 この新大陸経由でのエデルト、西洋との交通最大の障害は小人の共和国ランマルカと帝国ペセトトである。こちらが世界展開を志向している時にあちらが志向していないと考えるのは浅はかである。現に新境道、東大洋両岸を渡す海の玄関口は奪われている。いつまでも特務巡撫をしていないで東服巡撫として復職して対処しなければならないのではないか?

 ランマルカは帝国連邦と同盟関係でこそないが技術交流をするような友好関係である。天政に対する東西挟撃、有り得る。その備えとして確保すべきは、東大洋の大海軍基地となるアマナ。

「ぬう! こうしてはおれんぞっ!」

 一時期老いた身体を使っているからと言って何時までも椅子に尻をつけてはいられんな。物思いに耽ってそのまま寝るのは老人のすることだ。未だ精神は老いてなどいない。


■■■


 西方銀の流入経路は既に確立された。ファン・ドウ・フウとハン・アンスウが今後経営し、安定させるだろう。もう特務巡撫として手出し出来ることはない。フウにはアンスウの商売を邪魔する何かを排除するために働けと命令しておいた。これ以上の対処は考え付かない。あえてあるとすれば南覇軍の勝利と前進であるが、今更大河に一滴加えたところでどうにもならない。

 オン・グジンとニビシュドラの生き残りの私兵達が戻って来ている。この老体を見せたら何やら、犠牲になったせいで呪いでもかけられたかと勘違いに泣いていた。

 彼等には兵隊を集めさせようと思っていたが、折り悪く北征軍の中原入りとその再編が進んでいてまず武官選挙合格者は全て確保されてしまい、各専門試験に合格している者は身柄の保護すらされている有様。横取りするようにして邪魔するつもりもない。

 正規兵は一兵卒から払底している。屯田兵は正規兵に組み込まれて抜く隙は無い。非正規兵となればごろつき、やくざ者の素人集団や商人が抱えている私兵。統制の取れた戦闘が重要な現代戦においてあらくれ者は少々、いやかなり使い辛い。それなら田舎から世間を知らない青年を、親にはした金を掴ませて引っ張ってきた方が良い。

 色々考えたが、まず出来ることをするために、生き残り達を徹底的に統制の取れた正規兵から統率の出来る将校へと教育することにした。グジンに命じておいた。教育出来る人材が揃っていれば集めた者達の質が落ちていても何とかなるだろう。受け入れる器を作り、水を注ぐのはそれからだ。しかし部隊長経験をさせるために早めに兵卒も集めて下士官級も育てなければならないが……少し長い目で見る必要がある。

 特務巡撫の仕事として残されているものは、創作活動は良いとして、銀の流入。であればアマナ銀の流通経路の確保だ。銀が更に潤沢になればなるほど経済は活発化し、天政が戦いを続け、文化を広め続けることが出来る。そしてアマナの内戦を終結させつつ、こちらの陣営に加える大目標が出来た。これは両立可能な気がするが、具体策や現地の実情が頭に良く浮かばない。こういう時は知恵者に頼るのだ。

 ハン・ジュカンに相談だ。会う約束もしていないが一刻を争う。虹雀に訪問予定を告げる伝令をさせて禁城を出る。

 そして老いたる足に任せず、禁衛兵から馬を借りて走らせて商店へ向かった。

「用向きである!」

 商店に入り、店の奥から虹雀が飛んで来て肩に止まった。

「これはこれは……もしやレン・セジン殿ですか?」

 大抵のことでは驚かぬジュカンが出迎えると同時に目を丸くしている。

「はい。少々足が勇みまして」

「なるほど、失礼しました。いえ、祖父殿に瓜二つでして。その、用向きとの言い草が、懐かしくて」

「そうなのですか」

「はい。若手の頃の話ですが、資料庫で記録を漁っていると急に扉をバンと開いてそのように……どうぞ奥へ。湯は沸かし始めたばかりなので」

 案内された部屋に入って席につく。分かっているが茶の湯の一杯も出ないのかと思ってしまうのは高慢か? いや習い性だな。

「報告は届いております。大龍銀船艦隊のタルメシャ経路は一先ず、後は成り行きに任せて問題が起これば息子が適宜対処という段階になりました。その次ですね」

「アマナ銀、そして友好的な政権にアマナを取らせるの両立です」

「その二つは一つの物事を解決することで可能になります」

「何と!? して、方法はどのような」

「アマナ銀の値段には勿論、輸送費と手数料が上乗せされ差額分の損失を出して輸入されます。内陸部で作られた銀が、マザキの手に渡り、マザキの恣意的な手数料が乗って海を渡って来ます。銀の生産元はほぼ、アマナ内陸部の山岳地帯を山渡りに掌握しているトマイを本山とする龍道寺勢です。トマイは正統たる鎮護将軍である西軍、クモイのアバシラ家を支持しています。クモイはアマナ海貿易に乗り出してはいますが、かの島では圧倒的な海軍力を誇るマザキに劣り、海賊行為にて容易く船と荷物を奪われていて昨今ではほぼ、小さな沿岸貿易以外は麻痺状態にあります。マザキは有力な貿易競争相手に欠くので手数料の値下げ競争などする必要が無くなり、暴利を貪ることが可能になっています。マザキが持つこの海洋利権を奪い取ることが出来れば手数料を除いたアマナ銀を直接輸入することが可能になります。その経路開拓時にこちらがアマナの沿岸、内陸勢力に対して力と金を注ぎ込めばその分だけ口と手が出せるようになり、値段と生産量を操作することが可能になり、最終的にはその間隙から乗っ取り独占も不可能ではありません。大きい仕事です。内戦の介入どころかアマナ全体と事を構えることもあるかもしれません。人と金と武器が、工夫しなければ湯水の如くに投入されるでしょう」

 使用人がようやく湯気を立てた茶を持ってきた。頂く。

「トマイにクモイに借りを作る形で内戦を終結させれば良いのですね」

「単純に考えれば」

「敵は?」

「銀だけを考えるのならば西のマザキ。アマナ統一ならば中央のアザカリ、東の東軍大将ヨナガラ家のネヤハタ、北のベニハスの三大勢力とその隙間に存在する無数の独立勢力に、各地に存在する独立勢力未満の潜在的反乱勢力まで相手取りますね」

「どこから手を……直接介入でアマナに一時的に終わりそうな大同団結をさせる愚を避ければ。しかしあちらの内部事情が良く分からなければ……」

 まだ頭の中で形にならない。何をすべき?

「龍教があちらに伝来して龍道教と変化したそうですね。龍自体を信仰するか、龍を求める道を追い求めるかという違いがありますが、根は同じ」

「老龍人の留学、学術交流という形でトマイへ行き、協力と権益を引き換えにと交渉。実際に手を打つのはそこからと」

「その通りです。高い山から下るように海へ追い落とすには、まず山へ登りましょう」

「んー、なるほど!」

 交渉次第でどの程度の人と金と武器と船を出せるか黒龍公主に相談せねばならなくなった。今回は、いくら巨大に繁盛していようともハン・ジュカンの商社一つとその縁故でどうにかなる規模ではない。正規軍の後援が必要だ。

 そう言えばあの約五千歳、水竜を欲しがっていたな。

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