第294話「理由」 ハイバル

 背中を向けるランダンの騎兵とその馬の死体、死に損ないが無数に転がるその一帯を相手と挟む。

 こちらの後ろにも背中を向けるランダンの騎兵とその馬の死体に、死体突き中の槍を持った騎兵が少々。生き残りの馬をまとめている騎兵も少々。

 形の変わった翼付き火箭が回転しながら飛翔、素人目にも弾道が安定している。そして大体狙いをつけた場所に着弾。ランダン王の近衛一万人隊の内、前衛を務める二千騎が怯えて暴れないよう馬を殺し寝かせた防壁ごと配置についた下馬騎兵を血肉泥雪塗れに吹き飛ばす。

 自分が知っている竿付きの、どこに飛ぶか、そもそも発射台に引っ掛かってその場で爆発するか、加えて着弾地点で爆発してくれるかも分からないアレとは隔絶している。爆塵の大きさも違う。その上に燃える燃料に硫黄毒まで撒き散らしている。

 こちらはその硫黄毒に巻き込まれないために防毒覆面を被り、尚且つ風上を取っているが、念のためにと優れた、目深に外套を被った不気味な祈祷師めいた優れた術使いが追い風を送っている。

 あの、前までは立派に見えた、選ばれた近衛騎兵達が炎に巻かれて踊って悲鳴を上げている。硫黄毒に咳き込んで苦しんでもがいている。

 ベルリク=カラバザルの親衛一千人隊が北風を背負い、予備も合わせた二頭の馬の背に立って、平原の地面のうねりの高さも取って撃ち下ろす。銃弾も矢のように弾道が落ちるから、撃つ時に俯角を取ると命中率が上がるらしい。そして水平撃ちと違い、馬の陰に隠れている近衛騎兵もある程度狙える。

 曲芸のようだが彼らの姿勢は堂に入り、銃弾を後部から装填する新型小銃で連射している。再装填速度は普通の小銃の十分の一ぐらいだ。それに訓練された馬は激しい銃声に怯まず、隣と顔を寄せ合ったりして落ち着いている。

 この馬上から小銃で撃つ距離が、前に新型の大砲で廃墟を試し撃ちをしていた距離だ。当たるのかと疑問だが、百発百中ではないが見る見る内に動いている近衛騎兵が減り、こちらの遥か手前の地面に失速した弾丸を転がす数が減る。

 逆襲用に近衛騎兵の縦隊が崩壊しつつある馬の即席防御陣地後方に三本編制される。遠距離戦では武器性能と錬度に劣る近衛一万人隊は不利だが、強引にでも接近すれば数に勝り、勝利は固い。

 視線の高い親衛一千人隊にはその縦隊の先頭が見えている。見えるより前に、上空を抑える竜に乗る兵士達、竜跨隊――間違っても竜騎兵隊じゃないらしい――からそのような作戦を立てていると事前連絡が来ている。

 事前連絡は他にもある。左右からは二千ずつ騎兵隊が迂回して来ている。七千騎による三方からの攻撃、とてもじゃないがこれには勝てないのではないかと思われる。親衛一千人隊は冷静に馬へ座り直して、小銃の消耗部品を取り換え、銃身を掃除しながら後退を始める。

 顔も声も知っているあいつらがバタバタと倒れて死んだ。腕も馬も自慢していたあいつらがだ。可哀想に思えてしまうのは自分が今、優位にあるからか? 一万対一千で余裕を感じられるのはおかしいが。

 ウズバラクは憎いが彼らは別だ。どれだけ生き残り、降伏してくれるか?

「ハイバルくん、遅れるなよ」

「はい」

 ベルリク=カラバザル、余裕の笑みである。


■■■


 親衛一千人隊、高い空にある目によって相手の機動を知り、余裕を持って逃げる。笑いながら、物を食いながら。時に馬を休ませ、砂糖に塩に水すら与える。

 正面側、左右中央から迫る三千の縦隊突撃に対しては新型小銃による背面射撃で牽制、圧倒。先頭集団を殺し、落馬させて足を鈍らせればその距離差を埋めさせなかった。この時の背面射撃間隔、馬の走らせ方を竜跨隊と密に連絡し合って調節していた。

 調節の結果はまもなく判明。先に右翼へ迂回してきた二千騎が丁度、三千の縦隊側面に突きそうになった。間抜けではないし伝令も走り回っており、緊急事態を察した指揮官同士の判断で、同士討ちは未然に防がれたようだが三方からの挟撃陣形が崩れ、勢いも減じた。そしてその隙に止まらず親衛一千人隊は右回りに旋回、足の止まった右翼二千騎の外側に回った。

 三千騎縦隊は右翼二千騎の陰になって遊兵化。同士討ち、衝突防止に戦闘隊形を崩した右翼二千騎は脆弱。親衛一千人隊による遠距離射撃が始まり、一方的に撃ち殺す。それで敵の抵抗力が薄いと見れば距離を少しずつ詰めて命中率を上げて更に殺し、隊形を整理して反撃に出てくれば整然と後退。勿論背面射撃を加えて反撃を防ぐ。先頭集団を撃ち殺し、落馬させて足を鈍らせ、距離を制御しつつ安全に一方的に殺し続ける。そうすれば反撃部隊は無力を悟って後退、そしてその様子を見れば逆に追って距離を詰めて撃ち殺す。

 この間に左翼二千騎は攻撃目標を見失って彷徨い、乱れた隊形を直しつつ情報収集にあたり、他部隊との連絡に努めて事実上麻痺する。

 こうした敵の動き全てが、空から偵察する竜跨隊との連絡で把握出来る。ベルリク=カラバザル指揮の親衛一千人隊はその情報を有効活用出来ている。

 反撃を諦め、数を減らした右翼二千騎は三千騎縦隊と合流して戦闘陣形を整え、有効射程外から親衛一千人隊に一方的に撃たれることを良しとせずに横隊突撃を敢行する。

『ラーイ! ラーイ!』

 恐ろしげな、声に出していた時は猛烈な強さを身に宿していたあの掛け声が空虚に聞こえる。突撃の速度より速く、親衛一千人隊は後退しながらの背面射撃を加える。数には劣るが何時までも距離を取り続け、予備の馬に乗り換えながら優勢を維持する。後は疲労が怖いが、まだ親衛兵達には余裕が見られる。

 一千対五千弱――ざっと見えた死体の数から四千弱?――の追いかけっこ。ランダン騎兵は数が減り続け、親衛騎兵は銃弾と小銃の交換部品が減り続ける。予備の馬にも装備や用具を載せているので所持数は十分。

 後退する道中に隊付き補給隊が用意する小銃と弾薬の換えを載せた、もう一つの予備である乗り換え用の馬を親衛一千人隊が受領する。そして戦闘機動に疲れた馬、故障に損耗した小銃は預けて安全地帯へ後退させる。待ち合わせの調整は竜跨隊が行った。

 こうして戦闘能力を取り戻した親衛一千人隊は、空から動きを把握した定員七千、減じて六千弱と思われる近衛騎兵と押して引いてを繰り返すと思われたが、突如まだまだ数で圧倒する六千騎が後退を始めたと竜跨隊から連絡が来る。

 竜跨隊がこの騒動の最中にウズバラクの一千人隊近辺に親衛偵察隊という最も優れた少数精鋭を空から地上へ展開させて狙撃させたという。王を守るために六千騎は退いたのだ。

 近衛騎兵にとってはその狙撃部隊が大部隊なのか小部隊なのか、小部隊だとしてもその後方に別働隊が控えているか、などが分かっていないだろう。把握が出来ていないのならばと王の身の安全を最優先に全部隊を引き上げる判断を下したのである。因みに親衛偵察隊は百名弱で、全てがその任務に配されていない。

 退く六千騎を親衛一千人隊は悠々と追撃する。殿を務める部隊が出れば有利な距離を維持して撃ち殺し、撃退して再度追う。

 殿部隊を少数にすれば犠牲が出るばかりと三千騎余りで反撃に出てくれば、当然のように追撃を中止して、また有利な距離を取って撃ち殺しながら後退する。

 訓練され、統制が利いているはずの近衛騎兵はこの焦れる戦いにキレて無謀な突撃を行ってしまい、十分引きつけられて集中射撃を受けて壊滅、壊走したら勿論追撃を仕掛けられてほぼ皆殺し。親衛騎兵は良く統制が取れ、命令違反などする気配は無い。

 こうして決戦のように勝負はつかず、やがて日が暮れる。

 近衛騎兵の死体と馬が転がって、少数が弱い足取りで戦場を離れようとしていて弓矢でとどめを刺されて矢が回収される。銃弾すら惜しいということ。

 正確な数は勿論分からないが、今日一日の戦いで近衛騎兵は三千騎以上殺されている。戦いから逃れた負傷者や馬を失った者の数はそれに上乗せされる。流石に近衛だから少ないと信じたいが、脱走兵も出ているだろう。

 一緒に進む親衛一千人隊は猛者揃いだ。見て分かる。あれに比べたら自分なんか雑兵どころか、何だ、牙の無い犬? あの、見っともないチンポの無い犬か。

 格好良い。こんな風に強くなりたいと単純に思わせてくれる。ランダンの近衛騎兵なんて比べれば鼻くそだ。見て分かる。隔絶し過ぎだ。こっちが餓狼ならあっちは腹向けてる子犬じゃないか?


■■■


 夜になり、交代で見張りをしながら仮眠を取る。先に寝た者達が深夜に起きて少数編制で、百騎だけが出撃する。波状遊撃戦。

 ウズバラクの居場所を教え、後は見物し、首実検で本人を確認するのが自分の務め。その夜襲を見学したい、参加した戦いたい気持ちに駆られたが、そのための部隊訓練もしておらず、良く見知った仲でもないから邪魔になるどころか誤って殺されかねない。

 ウズバラクはウラマトイ王にトンフォ山脈越えを拒否され、入り口に当たる都市ゾマドへの入城も拒否された。その手前の要衝アルホガイは篭城出来る都市だから守備隊を置いているが帝国連邦軍相手には頼りない。その代わりに近郊には近衛一万人隊が野営していて緊急時には駆けつけると嘘を吐いて安心させるようにしている。そんな状況。

 真の居場所はアルホガイより遠く南のジブフト盆地に、信頼出来る近衛の一万人隊だけで冬営している。それを今、攻撃している最中である。

 ウズバラクはいざとなればごくわずかな者達だけでオング高原へ逃げ込む心算だ。大将さえ生き残っていればランダン軍の再起も図れるだろうということ。ただ、逃げ込んだなら配下を見捨てたと宣伝出来て、殺したならもう戴く王はいないと宣伝して残るランダン軍を降伏させられる。もうどうしようもない状況に追い込まれている。

 あの夜に三度行われたベルリク=カラバザルの言葉で軍は既に分裂し、とどめが刺される寸前。家族が人質に取られてはいるが、お前らの家族がどうなっても良いのか? と再確認に脅迫してくる天政の人間もこの場に居合わせていない。帝国連邦軍の猛攻に強いられる後退の連続で、冗談ではなく忘れているかもしれない。

 自分は前から裏切る機会を見計らっていたが、ジブフト盆地を冬営地にして退路をあの不毛の、冬になど行けるものではないオング高原に定めたところで決行。”あららららら”と変な声を出していた姉を連れて逃げた。迷いがあったようなのでその時に王の息子の一人を殺して退路を断ってきた。

 夜間は交代で百騎編制で出撃を繰り返す親衛一千人隊の、最後の百騎が出る頃には朝になっていた。

 道を進めばまた近衛騎兵と馬の死体、死に損ないに、捕獲された馬の群れが見える。

 親衛一千人隊にも死傷者はいるようだが少数で、負傷者は治療呪具という怪我を治す道具で間もなくいなくなる。本来死ぬはずだった重傷者も死なず、貧血症状程度で後送される。

 そしてまた追撃と後退が、安全地帯を把握した隊付き補給隊との小銃、馬の交換が行われて続行される。温かい飯すら食える。

 また死体が転がる。近衛一万人隊の工夫を凝らした機動は全て見抜かれ、それを利用されて弱点ばかりを突いた。少なくとも四千騎以上は殺しており、戦闘不能の負傷者、逃亡者や夜襲を受けて迷子になった者も含めれば一万騎の半数を確実に潰している。

 ウズバラクの本陣も何度も陣換えがされ、遂には宮幕が焼かれて放棄されている。本拠の焼き捨てを見て脱走兵の数は更に増えていると思われる。投降する者も目立ってきた。

 生存者の尋問、拷問が行われてウズバラクの情報が聞き出され、生存の確認がされる。死んだと嘘を吐く者もいるがあてにしない。自分が行った首実検からも今のところその顔は無い。ランダンでは有名な軍人の顔はいくつもあったが、ベルリク=カラバザルや親衛隊員を喜ばせるものではなかった。戦歴は大したことがなく、他所では無名なのだ。


■■■


 近衛一万人隊への追撃が続く。

 今日の夜空は曇り、星が見えない。照らされた薄い雲の切れ間から月が見えそうで見えない。

「お前の出来る速さで来い。遅れそうなら無理しないで遅れてこい。下手に前に出れば後ろから弾が飛んでくることもあるぞ」

「はい、頑張ります」

「頑張る? ははは、そうかそうか」

 今日は少し部隊へ追随するのが遅れてしまった。馬は換えているが正直、自身が疲れて辛い。居眠りを何度かしてしまって、それを見たベルリク=カラバザルに頭を撫でられた……噂の怪物、想像の姿と違う。声はむしろ優しい。子供扱いの優しさだが……く、まだ十四歳なのが悪いのか? 従軍出来る年齢、大人だぞ。

 親衛一千人隊は横隊で攻撃待機中で、ケリュン族の占星術師が空を見ている。これは今日が初めてではない。昨日は明け方まで待って何もしなかった。一昨日は早々に待機を止めて夜襲を敢行、また殺しまくった。

 今日は何やら空の具合が丁度良いらしく、占星術師が待機続行をベルリク=カラバザルに進言。

 待ち時間が長くなるということで、無灯火でそれぞれ馬の上で寝て、交代で見張りを立てる。ベルリク=カラバザルは馬の背で仰向けになって風に流れる雲を見ている。

「ハイバルくん、何故裏切った?」

「姉がウズバラクと婚約していました。この戦争があったので結婚は先送りになりました。それで自分が奴の白い隼の世話係に任命されたのですが、その隼は元々自分のものでした」

「悪い話にはまだ聞こえないな」

「奴が姉と隼欲しさに俺の家族を貶めたのが、証拠も何も無いんですが分かってます! 身に覚えの無い羊泥棒の罪で財産没収です。そこで奴が結婚話を、それを受けないと乞食になってましたから」

「親は?」

「カラトゥル辺りの戦いで死にました。他の親戚はランダンで人質になってます。あ、姉は戦えるのでこっちに来ました。逃げる時に連れて来てます。臨時集団の方に今いるはずですが」

 親父は、本当は目玉を抉られ、切り落とされた手首の先に羊の蹄がついた状態で戻って来たから自分の手で殺したんだが、同じことか。

「いいんじゃないか。理由はどうあれ、気に入らん奴をぶっ殺して奪い取るということだ。最高じゃないか」

 ベルリク=カラバザルが微笑む……もしかして、ウズバラクは純粋な親切心で助けてくれたのではないか? この男の人間性が疑わしい顔を見るとそうだったのではないかと思えてくる。比べればウズバラクの顔の方がまともな人間らしかったような。

 姉は贔屓目にも美人で優しくて料理も裁縫も弓馬も上手いが……二十二歳で、あ、ちょっとあれ、何人も妻がいるウズバラクがわざわざ欲しいと思う年齢かというと……あれ? 隼も王に結納金代わりとして渡したが世話係は自分だったし……早とちり?

 親父が言った”反抗期か?”との言葉を思い出してしまった。聞いたときは腹が立っただけだったが、今思えば……そう言えば親父、善人でも何でも無かったな。酔っ払いで、ああ、人を笑わせるのは得意だったが、性質の悪い方だった。

 ただもう引き返せない。どちらにしろ近衛騎兵のまま戦ったら死ぬしかなかったのだ。これは巡りあわせ……これでいい。

 奪ってやるのだ。全てではないが、自分の部族を作る。これは本気だ。先祖の話を聞き、昔からそう思っていた。バルハギンの域に達するのは無理かもしれないが、一部の地方のようにアッジャールやラグトのように人名が部族名、地名と化すような、それを目指す。ハイバル地方をこの大陸のどこかに。

 ベルリク=カラバザルが手を天に伸ばす。何だ? と思ったら、空から降って来た物を掴んだ。空を見れば、月光に翼を広げた竜という化け物の影が見えている。

 月光……晴れて来た。

 ベルリク=カラバザルが掴んだ物、筒から紙を出して月光に翳して読む。

「準備よろしい、か……クトゥルナム!」

「あい」

「朝にやる」

「あい」

 負傷のせいか舌足らずなケリュン族の男クトゥルナム、下知を受けて各隊長に伝達。いよいよか。


■■■


 雲が去り、東の空から青みが増して緑と赤がやって来て白みがかる。竜が複数、四頭じゃなく四人が飛んでいて、その高度は高い。

「全たーい……前へ!」

 拳銃付きの刀を掲げ、防毒覆面を被るベルリク=カラバザルとその馬を先頭に、同じく覆面姿の親衛一千人隊の騎兵と馬が朝日を背負って、角笛に合わせて前進する。歴戦の余裕か、それぞれの騎兵達の中で緊張した様子の者は見られない。

 こんな機会が得られるとは思わなかった。

 震える。ここしばらくうんこも出ていない。小便も止まってる気がする。何時したっけ? 防毒覆面がかなり息苦しいのは緊張のせいか? 視野が狭くて不安になってくる。自分は弓も銃も使えるけど、連携も錬度もなっていないということで自己防衛以外の戦闘は禁止。基本的には追従して見ているだけだ。

 低い位置から射す陽光が、ランダンの、半分未満に減少した近衛一万人隊を照らす。つまり目眩まし状態。その不利な状態で半月の横隊を取り、こちらを半包囲するように待ち受け、緩やかに前進して来ている。その後方にはまた縦隊がいる様子。

「全隊、構え!」

 一千騎、新型小銃を馬上で構える。馬は歩いたまま。

「狙え!」

 騎兵横隊、それぞれ照準を付ける。

「撃て!」

 騎兵横隊、一斉射撃。千はいかぬがしかし、一度に近衛騎兵が二、三百騎が崩れ落ちて馬が嘶く。それから一斉射撃号令と射撃が繰り返されて殺戮が行われた。並の兵士ならこれで壊走するように思える。

「全隊、射撃自由!」

 騎兵横隊、一斉射撃の後からの乱射を始める。近衛騎兵が続々と倒れる。やはり凄まじい連射の間隔で、銃口ではなく後ろの薬室から装填するようになっただけでこれ程に違うのかと思う。

 激しい銃声と、近衛騎兵側に流れていく銃煙で見え辛いが、反対側から彼等の背中を撃つように銃煙が上がっている。

 別働隊だ。きっと、竜によって後方へ運ばれた親衛偵察隊だろう。最後に見た時は枯れ草をびっしりと付けた網を被って人型に見えなくなっていた。雪まで被ったらほぼ見分けられないだろう。

 この激しい銃声と銃煙の中で親衛一千人隊は仕掛けを行い、近衛騎兵の半月横隊は加速しながら猛烈に脱落していく。前線は歯抜けになり、その後続縦隊が見え始めた。

 竜跨隊が上空から、近衛騎兵に対して鏑矢を射掛け始めた。こちらの矢の発射間隔も恐ろしく短く、あの高い音が切れ間が無いかのように続く。高度差があり過ぎるので命中はほぼしていないようだが、音が届いて一部の馬が混乱して落馬を誘発している。連日の劣勢、度重なる奇襲、正面と背後からの銃撃、空に異形の竜に、定期的に響くその化け物の咆哮。人だけではなく繊細な馬も神経が削れていて騎手の言うことを聞かなくなってきている。

 近衛騎兵はぼろぼろ、しかし数的に勝っていてまだ攻撃に自信があるように見える。先頭には鼓舞するためかランダン王ウズバラクがいるのが見えた。親衛隊の射撃能力から考えて影武者かもしれない。ウズバラクの影武者は知っている限りでは似た顔の者が二人いて、顔は似てなくても背格好がほとんど同じ者が加えて三人、常に傍にいた。

「全隊、後退!」

 親衛一千人隊は馬首を返して、近衛騎兵の弓矢の有効射程に入る前に後退を開始。騎兵横隊が下がり、代わりに敵の目には翼付き火箭の連続発射装置の列が見えたことだろう。導火線には後退指示と同時に点火がされており、点火した騎兵は既に後ろ向きにさせていた馬に乗り、後退する横隊に加わって皆と同じように小銃の背面射撃を行って距離を取る。

 近衛騎兵の突撃はもう止められない距離、速度になり、加速。

『ラーイーラーイーラァア!』

 多くの脱落者を出しながらも、一千騎を皆殺しにするのならまだ十分な数を持つ騎兵突撃が敢行され、そこへ短くなった導火線が発射薬に到達。盛大に発射煙を噴出して雪を散らせて翼付き火箭が二百発以上、扇状に水平発射された。

 火箭は見た目も音も大きく騎手も馬も驚き、足が止まる。勢いを急に殺して棹立ち、直進停止、無理な旋回、転倒、巻き込み転倒、下敷きに潰れ、その事故が起きている最中に地面や騎兵に着弾、爆発、爆風に雪も泥も枯れ草も人も馬も砕かれて散って更に転倒、巻き込み転倒。それだけではなく燃え盛る燃料と硫黄毒が撒き散らされ、人も馬もただでさえ爆撃に混乱しているところに追い討ちが掛かる。

 こういった重装備も敵の行動が把握出来ていれば適宜、弾薬集積所を作ったり解体したり出来るので軽騎兵として振舞ったり騎馬砲兵として振舞ったり出来る。発射した後は無くなってしまう火箭だから大砲のような荷物にもならない。

「全隊、左右に分かれ!」

 親衛一千人隊は後退を止め、左右に部隊を分け、突撃を粉砕されたがまだ直進の勢いが残っている近衛騎兵の通過地点を避けて走る。勿論、走りながらの小銃射撃は止まらない。

 親衛一千人隊はそれから薄く広がり、動く近衛騎兵を良く狙う。状況に応じて走行を停止し、落ち着いた姿勢で撃ち殺す。擲弾矢という、小型爆弾付きの矢も放たれて混乱が極地に至って敵前逃亡が始まる。

「ホー」

「ホー?」

「ホ-ウ」

「ホーウ!」

「ホァー!」

「イィヤッハハハハ!」

「キャハハハ!」

「アッハハハァ!」

「ホーアー!」

「ホーゥアー!」

『ホゥファー!』

 親衛一千人隊への入隊要件は腕の良さだけなので女もいる。男も女も笑ったりふざけたりしながら、前は強靭な戦士に見えていたランダンの、選ばれし近衛騎兵を射的のように虐殺していく。そう、性根から訓練されていると見える。楽しいことは疲れにくいものだ。

 風向きと強さのせいか硫黄毒の影響は早くも霧散しているようだが、防毒覆面の無い残余の近衛騎兵は人も馬も咳き込んだり、目鼻に違和感を覚えて動きが悪い。馬は騎手の言うことを聞き辛い状態で良い的になって、脅威度は低いと後回しにされつつ撃ち殺されている。

 近衛騎兵の中でも優秀な騎兵の一隊、王の一千人隊は突撃時には後方におり、被害を他部隊に被らせてある程度健在。突撃失敗後からの隊形立て直しを図り、再突撃しようとしている。親衛騎兵は目ざとく冷静に状況を観察して突撃進路から反れるように馬を走らせて退避しながら、優先目標を切り替えてその再突撃部隊に対して射撃を集中させて殺し続ける。

「あれだぁ! 行っくぞぉ!」

 そしてあろうことか、絶対に影武者ではないベルリク=カラバザルがやけに――防毒覆面越しに笑顔が見えるような――嬉しそうな声を上げ、その再突撃を始めた王の一千人隊に向かって馬を走らせ始めた。クトゥルナムを始めとした重装騎兵の首狩り隊がそれに遅れまいと走り出す。自分も一応追随しようと思ったが悪寒がする、いや止めておこう。あれはイカれ共がやることだ。

「ホゥファー!」

『ホゥファーウォー!』

 王の一千人隊は再突撃に立て直した時の頭数を維持出来ない。集中射撃を受けてぼろぼろに減らされ、若干高度を落とした竜跨兵の背から猛烈な速度で鏑矢を射掛けられて馬が混乱、暴走、転倒、巻き込みの転倒をうけ、遂には燃える鳥のような魔術を受けて焼き減らされ、首狩り隊が新型小銃よりも更に連射能力の高い小銃で射撃を加える。王の一千人隊の弓射が加えられるが隊列も個々の人馬も乱れた状態では有効な射撃は少なく、また装甲をまとった首狩り隊には命中しても無力である場合が多いようだ。突撃するベルリク=カラバザルに対しては矢の方が避けているようにすら見える。

『ホゥファーウォーアァ!』

『ギィイギャアラー!』

 女騎兵の喚声が耳に来る。

 依然としてベルリク=カラバザルが先頭。遂に彼が拳銃付きの刀の他に別の拳銃も持って連射しまくりながら真っ向から王の一千人隊に突っ込む。首狩り隊も小銃から刀と拳銃に切り替えて、連射しながら突っ込む。

 王の一千人隊の乱れた隊列、熱湯を掛けた雪のように解ける。首狩り隊は刀を盾としながら白兵戦を凌ぎつつ拳銃を撃ちまくり、弾が切れたら別の拳銃に持ち替えて撃っている。拳銃は自分が知っているような物ではなく、六連発の回転式拳銃だから撃つ量が尋常ではない。

 踊るように刀を振って首に腕を落とし続けながら、馬上で拳銃を何丁も持ち替えて二、三十人は単騎で殺戮したベルリク=カラバザルは最後尾まで抜け切った。

 あれが帝国連邦総統の姿? 誰があれの跡を継げるのだろうか?

 そして首狩り隊が残余を間もなく片付けて王の一千人隊は全て倒れ伏した。

 王の一千人隊撃破……自分には仕事がある。ウズバラクの首実検、探し出さなければ。

「アヒャ! アーヘヘハー!」

「キィーヤッキャア!」

 親衛騎兵が笑いながら近衛騎兵の残りを殺して回る。顔と声は遊んでいて、その他は冷静に戦闘能力がある者から優先的に、無駄の矢玉は無い。


■■■


 自分は役に立った。

「私がランダン王ウズバラクだ。降伏する」

 と、近衛一万人隊の負傷者や逃亡を断念した生き残り、捕虜集団の中から堂々と名乗りを上げた男がいた。

「彼は違います。訓練された影武者です」

「おお? 人相描きだけなら間違ってたな」

「お前!? ハイバルか貴様! 裏切ったな!」

 ベルリク=カラバザルはそいつの首を刀で落とし、枯れ草装束の小人に手早く髑髏杯を作らせ、酒を入れて飲んで「生臭ぇなやっぱ!」と岩に叩きつけて割った。意味が分からないが超人に見えた。

 捕虜を並べて顔を見ていった。そして居たので指差す。血に塗れ、部下と交換した服を着ていた。肩と脚にも銃弾を受けていて重症に見えるがまだ意識はある。こちらを見ている。声は出していないが、何か言おうとしている。自分に裏切りの理由を聞きたがっているとは思う。そういえば、臣下からの意見を良く聞いていたよなこの人。

「彼がランダン王ウズバラクに間違いありません」

「よし、一つ増えたな!」

 増えた?

 小人達が、王として心は屈せぬという顔を見せるウズバラクを引きずって、生き残りの臣下達の目の前で解体し始めた。

 腹を割いて内臓を抜き、肉を剥がし、神経や血管を抜いて、鍋にした。皮に毛に骨には傷がつかないよう細心の注意を払い、防腐処理がされる。

 ウズバラクは、流石に唸り声は多少上げたが泣き喚かずに絶命。

 小人達は仕事終わりにと鍋を食い始める。

「閣下、あの皮と骨は?」

「剥製にする。いいだろ? 名の有る連中を集めてんだ」

 自分は一体、何の味方をした。


■■■


 後に、脱走もせずに最期まで王に忠義を尽くした者達は危険分子とのことで武装解除後に全て、にゃんにゃんねこさんというふざけた名前の恐ろしい処理で、人間を人間では無くした状態で方々の、抗戦を続けるランダン軍に送りつけられる。そして程なく王の死が、中身は抜けているが即席で形になったウズバラクの簡易剥製が公開されることで知れ渡る。既に降伏した者達の腹の底に残っていたランダン軍への愛着も拭われるようであった。

 ほとんどが降伏した。もしくは逃走し、殺されるか再度降伏した。

 自分は功績によってハイバル部族を名乗ることが許され、姉もランダン臨時集団から手元に呼び寄せることが出来て、無茶な突撃をやらされるよりはと集まって来た者達――自分が少年だから少ないが――に、姉が集めた若干の女騎兵も配下に加え、一先ずは百人隊を結成出来た。

 規模が小さいので堂々と部族を名乗るのは難しいが、ハイバル百人隊とは大きく声に出せるようになった。

 帝国連邦北方総軍の、ランダン軍を倒した次の目標はトンフォ山脈越えである。ここで何か成果を出さねば百人隊も空中分解してしまうだろう。何かしなければならない。

 この少人数でトンフォ山脈越えに参加しても目立つことはない。第一、山岳要塞攻略の知識も兵も武器も無い。

 北陸道の制圧はまだ未完であるが、イラングリ方面軍とランダン臨時集団、それに加えて新設された北陸道出身者による川の名前から取ったチュリ臨時集団が同族を殺し、降伏させて増強中である。こちらも出番が無い。

 一つ、目立てる目標がある。冬季には進入どころか生存困難と言われるオング高原の高地民族の征服や勧誘である。これも何れは北方総軍が手を付けるが、それは今ではない。おそらくは春先になり、高地順応に時間がかかって更に遅れる。それに先行しよう! 何にしても一番手というのは目立ち、功績になり、褒められる。名誉である。

 ハイバル百人隊、この冬にオング高原一番乗りを目指す。

「ハイバル、無理をしてはいけませんよ」

「大丈夫だよ姉ちゃん!」

 自分を産んで死んだ母親の代わりになって苦労した姉を、自分が女王みたいにして楽させてやるんだ。

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