第293話「恭順」 ベルリク
割りと自分は世界を広く見て、珍品名物はかなり知っている方だと思っている。生涯を冒険に捧げた者、長生きの商船乗り、超常的に長生きで遠征経験が多いルサレヤ先生には負けるだろうが。
「にゃーにゃーにゃあにゃにゃーにゃー、僕等のちんちんちーん!」
『にゃーちんちん!』
「にゃーにゃーにゃあにゃにゃーにゃー、僕等のちんちんちーん!」
『にゃーちんちん!』
青い首巻をしたヤゴール人の少年っぽい青年が愉快に楽しく腰振りに踊りながら弦楽器を鳴らして、一緒に腕振り踊る北極妖精達を楽しませている姿は珍しい、がこれは別。
象だ。長い毛の生えた象がこの北の大地にいる。象ってのはジャーヴァルだとかタルメシャの暑くて湿った熱帯、直接見たことはないが南大陸の熱帯草原地帯にいるものだとばかり思っていたが、北にも亜種として存在していたことが今回分かった。昔から存在はにわかに語られ、その牙が特産品として出回っていたが伝説の域だった。
毛象は北極妖精が馴鹿と共に家畜化している。重量物の運搬に便利で、針葉樹林帯からの木材、北極洋の大重量海獣の運搬に重宝、食肉としても優秀とのこと。それにかなり賢いらしい。
「ベリリクカララババの総統閣下おじちゃんさん!」
「あん?」
「毛の生えた象さんだぞう!」
『象さんだぞう!』
とりあえずこの、北極妖精を帝国連邦の陣営に加える功績を上げた大陸浪人――最近出来た肩書き――第一号、ジールトの毛の生えたぞうさんを握り込む。当然だが、ズボンに手を突っ込んで。
「ぎにゃー!」
そうするとジールトは雪を巻きながらごろごろ転がりだした。
何だこいつ、やけに可愛いな。
毛皮装束の、耳が普通でただのちっちゃい人間に見えなくもない北極妖精達がこっちに集まって来るので、そのちんちんちーんを握りこむ。
「ぎにゃー!」
そうすると北極妖精は雪を巻きながらごろごろ転がりだした。
も一つちんちん!
「ぎにゃー!」
もっかいちんちん!
「ぎにゃー!」
それそれちんちん!
「ぎにゃー!」
もともとちんちん! 女だった。
「ぎにゃー!」
わっほいちんちん!
「ぎにゃー!」
あ、にくきゅう!
「……恐れ入ります」
うん、この固い手は大陸浪人二号、ギーレイ族の青年メハレムだ。
「にゃーにゃーにゃあにゃにゃーにゃー、僕等のちんちんちーん!」
『にゃーちんちん!』
また歌と踊りが始まった。
「君、あの毛象は戦場に投入可能かな?」
「はい、閣下。火薬に慣れておりませんので訓練が必要です。北極妖精達は槍や弓を、銃のような機械類は信頼性が低く、輸入も整備も面倒と考えていますので爆音に慣れておりません。騎乗し、高所から射撃するという猟法は確立されていますが、突撃戦法は制御が難しいので好まれていません」
お、こいつの話は分かり易いな。
「メーメー! メーメー!」
北極妖精がメハレムの袖を引っ張って、あの歌と踊りに参加しようよ! と誘っている。タンタンといい、ギーレイ族は妖精好みか。メーメーは無視するのも可哀想と思ったか抱え上げてから地面に転がした。
「事前に聞いた話だと北極の彼ら、こちらの勢力に参加と聞いたが見解を聞きたい。お歌に釣られてやって来ただけなら戦線に加えるのは難しい」
「はい、閣下。北極妖精達は狩猟民族、生活条件により嬰児、怪我病人、老人、女殺しが常態化しており、必要があれば健常な若者も殺したり追放しなければ生きていけません。であるから死生観はかなり厳しいのですが、情が無いわけではありません。余剰人口の南下、移住を持ちかけたら二つ返事で了承が取れました。基本的な論理は共通しています」
「分かった、ありがとう」
「恐れ入ります」
今冬の北極経路開拓団の成果は抜群。北極圏の勢力を取り込み、可能性の多い家畜を発見、晴れてランダンから北極洋に直通するハルジン川経路まで開拓された。この場にはいないが北極洋の海獣頭との交流も出来たと言うし、功労者代表のフレクの王子小リョルトに一言直接感謝を告げたいところだが責任感が強いのか、彼は冬の北極圏での越冬方法まで研究する心算らしい。所変われば同じ北極圏でもやり方は変わると思うが、真面目なことだ。
「ありがとー! ブットイマールス!」
『ブットイマールス!』
「じゃあ次はねえ……ぶーっとい、ぶっといぶっといブットイマルス! ぼっくらのこいつがぶっといよ……!」
■■■
敵は大胆な戦線整理を行った。この動きは厳しくなるかもしれない冬に備えた退避行動も兼ねたと見える。
大激戦が予想された北域軍はランダンの南北に長い高地、盆地地帯へ主力を移動させた。代償に殿を務めた軍は見捨てたカチャからランダン北部入り口の都市コルチャガイまで後退戦を行い、陥落時に玉砕。犠牲の甲斐あって塞防軍は一つの塊になってランダンを防衛し、その風除けに良い地形が揃う地で冬営し、そこの住民を人質に取る体制を整えた。また後退戦時に敵の新型中、長距離砲が確認されており、対砲兵戦闘の手間が加わった。我が軍の重砲には劣るがしかし正直に手強い。
ランダン国の北方軍は遊牧軍の速さで一気に旧ベイラン近郊に作られたペクゲルまで大後退し、南方軍はランダン中部から東へ抜ける街道を通り、同ペクゲルにて合流。北陸道の守備についた。家族を人質に取られ、実力よりも粘り強く戦うと思われるが。
北征軍第二軍団は逃足が速かった。玉砕する前に北域軍の殿軍と接触したと同時に全装備を彼らへ譲渡、身軽になってランダン経由で姿を消した。南方総軍の報告ではダンランリンの防衛は完全に北征軍第一軍団から西域軍に交代したと聞いている。連戦続きで疲弊し切った北征軍は中原に下がって再編制されると予測。再戦の機会がありそうだ。
我々はランダンに篭る強力な兄弟軍が揃った塞防軍に拘束される。北陸道へ攻め入るのならば常にランダン北側から後方連絡線の遮断に怯えることになり、当然思うように攻撃が出来ないだろう。その鈍った攻撃を受け止めるのは人質を取られて必死になっているランダン軍。またランダン住民の中原疎開が行われているということで同地を奪っても人質解放とならない。遊牧民の寝返り誘発の戦術が封じられ始めた。絶対ではないが、さて。
北方総軍としてはランダン攻めと北陸道攻めに軍を分けなければならない。敵地の奥へ入り込み過ぎて補給線が伸び、人馬に車が渋滞しているので必要が無くても軍を分散しなければ状況が厳しかった。攻勢限界はまだ訪れないが、しかし全力発揮は出来ない。
ランダン攻めは北ハイロウ臨時集団を先頭にワゾレ方面軍と重砲兵群がつく。カチャ攻略後から、コルチャガイに至るまでのジリジリと攻め上がった戦いの延長である。その後方予備には大内海連合州軍が配置につく。尚、北ハイロウ臨時集団はそろそろいくら根性を入れても機能しなくなるだけ損耗、疲弊したので解散も視野に――あの可愛い子ちゃんの顔と声が惜しい――入れている。とりあえず今は新入りのカチャ兵を補充させたが、カチャの東部住民は疎開してしまっているので思ったより数が集まっていない。尖兵戦術も封じられ始めた。
北陸道攻めは凍結したチュリ川沿い、主にペクゲルを始点にする主軸はヤゴール方面軍が直進に攻撃、都市や要塞などは極力無視して浸透して敵戦力のかく乱、各個撃破を狙う。その後方から中央軍の歩兵、砲兵が都市や要塞を攻略する。重砲はランダン攻めの重砲兵群に振り分けているが、グラスト魔術戦団と通常の砲兵師団は揃っているので火力に問題は無い。占領戦力を置かないので恭順して兵力とならねば虐殺する。
主軸の右翼南方はレスリャジン男女一万人隊と黒旅団が昼夜交代しながらランダン軍を陽動し、分断し、可能ならヤゴール方面軍と共同して包囲殲滅を試みる。基本的に主軸のヤゴール方面軍の支援に努める。ランダン軍を正面と南から押して、北の辺境へ押しやって都市部、主要街道沿いから分離するように機動する。
左翼北方は自分が率いる親衛千人隊と親衛偵察隊、竜跨隊、若干名のグラスト魔術使い同伴による隠密性を考慮したかく乱戦法。かく乱のやり方は様々だが、狙う最大の目標はランダン王の首。
先の戦いでサヤンバル王の戦死を含め、多少被害を受けたイラングリ方面軍は双方の予備兵力として待機する。ランダン南方軍が北陸道に進入して来たオング高原寄りの街道、南方からの攻撃を主に警戒する。北域軍があちらから攻勢をかけることも道が通じていることから可能。
後方連絡線警備は選抜非正規騎兵一万人隊が引き続き行う。
ハイロウのように一方向にだけ敵がいるような状況から変わりつつあり、過剰に思えた兵力も不足を感じる。魔神代理領各州義勇兵、親衛軍の到着が待ち遠しい。
ランダン攻めが成功すれば朱西道からフォル江に出て海の出口、懐かしのリャンワンに直撃する道が開ける。龍朝天政の経済に大打撃を与え、継戦能力を削げる。
北陸道攻めが成功すればトンフォ山脈越えからの極東打通の道が開ける。我が帝国連邦独自の目的、海上権力争いに揺れる南洋諸島海域を介さない、国境を跨がない東西交易路が開通する。
状況は最良ではないが展望は潰えていない。
■■■
対ランダン軍戦闘、結論から言って相手にならない。
野戦では長騎兵銃を持った騎兵の横隊射撃にランダン騎兵は一方的に撃たれる。こちらの有効射程限界間際からの狙撃に対して反撃に撃っても銃弾は届かず、接近して当てに来ても下手糞。接近の間に騎兵砲、駱駝や荷車の旋回砲を用意して射撃すれば大量殺戮が可能。先に、偵察結果を元に両砲を準備出来ていれば尚更余裕を持って撃破可能。撃破してからの追撃も敵の有効射程圏外からの狙撃で安全に撃ち減らして壊乱させられるから、そこからの突撃、白兵戦も有利に運べる。
総合的な機動力で勝ると偵察で先に敵を発見出来るから、敵位置を特定して先制攻撃を仕掛け、そこから一撃離脱に逃走経路を事前に設定も出来、尚且つ行動を読んで待ち伏せ攻撃をすることが容易。射撃能力で優越していると多少は強引な偵察行動も可能になり、敵の斥候伝令狩りも有利に行えるので情報面でもこちらは優位を確保し続けた。
ランダン軍も騎兵砲は勿論、歩兵に砲兵もいて大砲を装備しているがいまいち錬度が低く、直接照準射撃が普通に――遊牧民の視力があるので少し上手かもしれない――こなせる程度。それは現代最先端を行く帝国連邦軍砲兵の大砲と新型火箭の間接照準射撃が、敵の有効射程を優越した対砲兵射撃で粉砕出来る。射程距離争いよりも偵察情報の優位、砲の機動配備計画の優越があれば敵に砲撃させないことも可能。敵砲兵が射撃体勢にあれば距離を取り、交戦不可避なら先にこちらが射撃体勢を取って待ち伏せ、敵の有効射程圏外から先制射撃。逆に射撃体勢にないと分かれば接近して襲撃しても砲撃を受ける危険が極小になる。そうなると勝利は手堅い。砲の護衛兵力との戦闘でも優位に立っているので尚更勝てる。
塹壕も手出ししなければ無いも同然、迂回すれば包囲できるので、それを嫌がって後退しまくり、都市に要塞に逃げ込めるだけ逃げ、逃げ込めない敵兵は更に後退する。取り残される鈍足の歩兵、砲兵は囲んで降伏させ、ランダン臨時集団として再編制する。
ランダン国は一枚岩ではなく、ランダン、ハヤンガイ、アインバルの三大部族に分かれ、そのまた末端氏族が無数にいる。そして族に限らない階層構造というものがある。存外に忠誠心が低くて降伏してくる。
この優勢を維持したまま昼夜問わずに襲撃し、向こうが奇襲攻撃を加える余裕を無くさせて押しに押し続ける。
敵の一番の司令官、ランダン王より上の者がこの状態を分かっていないわけはない。ランダン軍が北征軍のような強力な野戦陣地を構築出来ないことなど生活形態と錬度から明白。北征軍より巧みなのは騎馬戦闘術であろうが、それは戦ってみて帝国連邦が圧倒的に勝っていた。北陸道での戦いは時間稼ぎ程度にしかならないと判断しただろう。
現在、ペクゲルは中央軍が包囲中。流石にこの事態に備えて防御工事がされていたので瞬間的に陥落することはなかった。
後退を続けるランダン軍は正面と右翼南方から押し出され、今や超広規格整備された主要街道から反れて北の草原地帯へ逃げるようになっている。たまに冒険的にこちらの戦線、騎兵網の穴を見つけた機転の利く騎兵隊が突破浸透して来ることもあるが、それは予備隊、最終的には後方予備のイラングリ方面軍が潰す。
今年の冬であるが、去年のような厳しさが無い。むしろ過去を長めに振り返っても暖冬の部類に入る程。冷える夜になると鼻が凍るから覆面がいるが、後は普通の冬対策に服の内側に毛皮を仕込む、物を食べる時は熱い鍋物を心掛けるなど常識的な対策で問題無い。
間違いなく優勢。ただし、ペクゲルからトンフォ山脈まではまだまだ道は長い。それまでに工夫をしておいた方が良い。勝てるのならばどう勝つかが重要だ。
ということで工夫をする。
冬の高い夜空に彗星が、大分光を弱めたがまだ輝く。
風向き良し。
グラスト魔術使い良し。
風上に立って、音を増幅させる。
「ランダン人の君達、良い夜だな! 帝国連邦総統ベルリク=カラバザルだ。玄天が美しい」
反応のざわめきが聞こえる。正面、南から北の草原に追いやられたランダン人の集団へ声をかける。
「家族が人質に取られているそうだな。その程度で牙が折れるとは豚のようだと思わないか? 牧羊犬だと思っているのなら大間違いだ。警備の役目もこなせていない、屠殺されるのを待つだけの肉の塊だ! 装備も訓練もままならぬ君達が如何に弱いかはこれまでの戦いで良く理解しただろう。何故弱いか!? 答えは単純、ランダン王ウズバラクが弱いからだ! 弱い王の軍は弱い、自明である。弱いのに今日まで王を名乗ることが出来たのは天政人のケツを舐めて生きてきたからだ。そのような強くない遊牧民に一体、何の価値があるか!? 君達、一つ考えてみて欲しい。少なくても帝国連邦軍はウズバラクの豚より遥かに強いぞ」
今日はこのくらい。一度に想いをぶつけても混乱するだけだろう。
■■■
永続的軍事革命、帝国連邦軍の命題である。人口の少ない我が国が他国に優越するためには国家と軍隊、友邦と宿敵、戦略と経済、戦術と兵器、兵士と家畜が必要。
前述するものほど急な代えは効かない。後述の物は、手間が要るが効く。
親衛千人隊に限り、量産型遊底式小銃を配備して、前線での作戦中ながら訓練する。ランマルカからもたらされた試作初期生産型は燃焼瓦斯漏れがあって射手の安全のために弱装にせざるを得ず、連射性能に優れていても射程距離が劣っていて配備が危ぶまれていたが、加硫樹液を使った燃焼瓦斯漏れ防止装置の採用でその欠点が無くなった。銃弾が紙で作った薬莢式なので生産工場の数もまだまだ限られ、大量配備をさせられるだけ数は無いが、千騎分には十分。
量産型遊底式小銃は命中率も射程距離も申し分なく、今まで使っていたアッジャール式長騎兵銃と取り替えても遜色ない性能。何より、前装式から後装式になったので馬を走らせながらの装填が可能になったのが大きい。弓矢の装備廃止か、擲弾矢のような特殊矢運用に絞るかが考慮される。直射と曲射は別物だから悩ましいところだが、それはこれからの戦闘で実証される。
それともう一つ、交戦距離の短い突撃兵や内務省軍向けに開発された底碪式小銃を少数、首狩り隊限定で配備した。これは暴発防止の金属薬莢式弱装弾を使う。銃本体に管状の弾倉があり、十六発も装填出来る。引き金をうっかり引かないための用心鉄部が遊底になっていて、これを上下に動かすと銃弾を装填、排出する。製作が難しく可動部の多い本体も脆く威力も低いし銃弾も専用弾なので総合的には微妙ではある。
そんな底碪式小銃は欠点こそ多いが再装填無しに十六連発も出来る性能が素晴らしい。施条小銃として性能は低いが、回転式拳銃と比べれば遥かに性能は良い。近接戦闘だと無類の火力を発揮する。敵陣に切り込む首狩り隊にはうってつけの装備だ。故障しやすいので予備に拳銃を持っておけば部隊運用面からも安心。
この射撃訓練は、我が軍の伝統でもある家畜への火薬慣らしも同時並行に行う。ランダンから奪った火薬慣れしているか怪しい馬と、今のところは荷運びに活躍している毛象に聞かせる。
毛象は特に暴れ出すと危険なので、頭を無人地帯に向けて音を聞かせる。最初は驚いて走り出したが、頭が良いので慣れ始めた。北極妖精達も要領を得るのが早い。象騎兵突撃なんてことはこの戦争中にはやらないが、せめて後方襲撃があった時に荷物をばら撒きながら暴走しない程度にはなって貰いたい。
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冬の高い夜空に彗星が、大分光を弱めたがまだまだ輝く。これが見えている内にユンハル部まで到達したいところだが。
風向き良し。雪が少し混じるが影響無し。
グラスト魔術使い良し。
敵の斥候を弓矢で静かに狩らせてから――隠密作戦ではまだまだ弓矢が優秀――風上に立って、音を増幅させる。
敵に考える時間、噂が広まる時間を確保するために前回より日を置いている。負けが込んだ弱いランダン王の実力に疑問が生じ、強い帝国連邦に惹かれるためにも。
「ランダンの君達、また会ったな! 帝国連邦総統ベルリク=カラバザルだ。本物かどうか怪しいか? 私は出来る限り自分の手で大将首を獲るのが楽しいと思っているから本物だ。仮に偽者であったとしても言葉に偽りがあるかどうか、身を持って実感しているはずだ。一つ教えよう、君達が守れず置き去りにしてきた旧ベイランの近くに出来たペクガルが陥落した! 知る由も無かっただろうから私が代わりに教えてやる。それ以外にも置き去りにしてきた君達の仲間達は我が軍に恭順、参加している。前途がある。君達の中に若い者はいるか!? ランダンの、ハヤンガイの、アインバルの狭い土地に、土地も分けて貰えず、家畜も分けて貰えず、結婚も出来ず妻子もおらず、人も殺したことの無い、自分の未来を自分で選択したことすらない、親や兄弟の奴隷として生きている若者はいるか!? 貸し与えられた脚の悪い馬に乗っている者達に告ぐ! 君達は今、君達を教え導いていると嘘を吐く弱い老人から解放される最後の機会に直面している! 純朴な君達は騙され、飼い慣らされ、去勢された犬のように扱われていることに気づけ! チンポの無い犬だぞ!? 見っともないと思わないか!? ランダンの地に縛り付けられる以前の、好き勝手に金も女も家畜も土地も敵をぶっ殺して奪っていた祖先の風に向かって今、自分を誇ることが出来るか!? 出来るのならやってみるがいい! 先に我々の仲間になった者達はそれをやれるぞ! 具体的に言おう、中原に入ったらやらせる! 相手なら何億人もいるぞ!」
今日はこのくらい。殺すだけでは勿体無い。年齢や経済力の違いを指摘し、階層で分断して内乱を助長する。彼らの多くは回収すべき兵士。今は弱くても訓練すれば強くなるのだ。恭順を促す下準備は必要だ。
獲得した捕虜の中でも反抗心の強い者、こちらへの恭順意識が弱いと見られた者達は目玉を抉って腕を潰し、顔に”ご飯をちょうだい”と刺青を入れて送ってある。中央軍の妖精達の手に掛かれば、死体の顔から剥いだ皮を毛を剃った後頭部に付け足したり、額にちんちんを移植したり、肛門縫い合わせたり、切り取った目蓋の代わりに切った乳首を縫ったりと色々遊んでいる。効果はあると思うのだが。
■■■
戦況は進展する。弱体のランダン軍は後退を続け、遂には北陸道の都カラトゥルを放棄してまで後退するに至る。そろそろトンフォ山脈が肉眼で確認出来るような位置だ。ウラマトイ軍の加勢があるのではと思って戦って来たが、その気配は無い。堅実にランダン軍は捨て置いてトンフォ山脈を巨大な城壁に見立てて防衛戦を行う心算だろう。厄介である。
ランダン軍自体は内部分裂が始まっている。複数の部族、氏族の寄り合い所帯であり、王の権威失墜が著しいので当然の結果だ。家族が人質に取られているという事実は変わらないので降伏しない岩盤層は変わらずに存在するが全体から見れば大半ではない。資産を持たぬ独身層、失う者が血縁者ぐらいしかいない者が大半だ。そういう平時ならば社会不安に直結する者たちが口減らしにと戦争に動員される。拡張する土地が無く、男手を余らせるという状況に甘んじればそういうことになる。農民根性を植えつけるためにひたすら隷属を教え込まれて来たのならば話は別だが、中途半端に蒼天の神の教えを抱えていたのが悪い。既にランダン臨時集団を編制し、イラングリ方面軍に督戦させつつ北陸道南部のオング高原方面を攻略させている。攻略次いでにそこへ疎開したカチャ人や現地人を徴集して仮称北陸道臨時集団――天政由来の名称は抵抗がある、後で改める――を増強している。トンフォ山脈攻略時の人間を補充している。
懸念はランダン中部から北陸道へ繋がる街道からの北域軍の進出であるが、攻勢の気配はなくもっぱら防御工事のみが行われているという。いよいよ北陸道にランダン軍は見捨てられている。冬明けに何らかの攻勢は計画しているかもしれないが、ランダン軍自体は春まで持ちそうにない。
ランダン軍の弱体は顕著。精鋭で新装備を持っているとはいえ、親衛千人隊でランダン軍の万単位の一軍に襲撃を仕掛けたら無傷で壊走させてしまい、降伏した数千騎の連中を武装解除してランダン臨時集団の方へ誘導する仕事が大変だったぐらいだ。
南方総軍側からの報せではダンランリンを水際の鉄壁要塞としているルラクル湖の氷結が始まったそうだ。この手紙が届いた今の頃にはもう足場と化し、全面衝突が始まっているだろう。同じ報せは勿論、こちらに届くより前にランダン北口にいる軍に届いているので、陽動攻撃なり、支援作戦が始まっている。今までのようにはいくまいが。
■■■
そろそろランダン軍の相手も面倒になってきた。ハイロウ臨時集団とランダン――三地域に分離するかは後回し――臨時集団を教導団に送って正規兵として訓練させたい。
冬の高い夜空に彗星が、大分光を弱めたが依然として輝く。龍朝天政にとっては呪わしいことだろう。
風向き良し。既に弱体になっているランダン騎兵など撃ち殺せば良いから大体、どの方角も良しとなっている。
グラスト魔術使い良し。風に乗せる音の増幅、殺傷力こそ無いが強力な兵器だと分かる。人質を嬲り殺しにする声を遥か遠くの敵軍に流して挑発、脅迫するのもありだな。
余裕を持って風上に立って、音を増幅させる。
「ランダンの君達、またやってきたぞ! 帝国連邦総統ベルリク=カラバザルだ。まだ離反の決心がつかぬ者達、老いたる老人達、それに自分の家族がいて身動きが取れない者達、土地や資産を持つ富裕層諸君、困ったことになったな。この苦境をもたらしたのは先ずもって愚かで弱いランダン王ウズバラクの拙い手腕による。そんなことはないと思おうとしているかもしれないが、それは断じて違う。今、君達が置かれている危機的状況を考えれば自明である! 君達は運が悪い。君達の親世代、祖父世代が天政に屈したことが今に繋がっている。その失敗が君達を豚やチンポの無い犬に貶めている! まだ機会はある。生き残り、帝国連邦軍に加わり、狼や鷲として復活する機会がある! 誇りのある者達、生き残りたい者達は、そうではない者達の馬や武器、その首を、削いだ鼻でも抉った目玉でも、もいだチンポでもいい! それを手土産にこっちへ来い! 仲間として迎え入れるぞ! ランダンの、ハヤンガイの、アインバルの家畜ではない人間の戦士はこっちに来い! 身分や出自は問わない、性別だって問わんぞ。功績さえあれば将軍でも族長でも王でも何だって認めてやる! 真に強く、人を率いることが出来るのならこの私、帝国連邦総統の座だって手に出来る! 世界を踏み潰す大陸軍の指揮権は能力さえあれば手に入れられる! 百人隊、千人隊の隊長ごときの座を親父に譲って貰う程度で良いのか!? 男なら百万の軍を率いて一億の敵を皆殺しにしてみせろ! 初めて馬に跨り、武器を持った時に、君達はこの寒空の下で一人残らず目玉を抉られ、乞食をしなければ生きていけない姿になることなど考えてこなかっただろう。選べ! 戦士になるか乞食になるか!?」
今日はこのくらい。いや、最後かな? 親衛偵察隊と竜跨隊の偵察でランダン王の移動する宮幕、本陣の大よその位置に動向は特定出来ている。細かい位置関係はまだだが、その顔を知っている者に協力させて人相描きを作り、皆に教えてある。
■■■
前回の演説、大層に効果があったようで馬に武器、首に鼻に目玉に舌にチンポに睾丸、頑張って心臓まで抉って持って来た恭順者が大量にやって来た。大砲を曳いて来た奴は凄い。頭数を数えるのは大変で、少なくともランダン軍の半数以上が離反したように――実数の把握が困難――思える。特にランダン族支配を嫌っている者が多く、持ち込まれた人体部位の元の持ち主はランダン人が圧倒的。龍朝天政の威光を借りて横暴に振る舞っていた仕返しが含まれる。
その中に面白い奴がいた。大して地位も身分も無いが、野心だけはあり余ってそうな若者で「ランダン王ウズバラクの居場所を知っています。教える代わりに、俺の部族が欲しい。始祖が俺の!」と強く迫って来たのだ。
ウズバラクの居場所を知っている人間はこれだけ離反者がいれば手の指で足りないだろうが、一番に、自分に直接持ちかけて来たのはその男、名をハイバルと言った。これで良いことを思いついた。
「君! チンポを触ってやろう」
「え!?」
ハイバルくんのチンポを握り込みながらふにふに揉む。腰が引けてるから追っていくと後ろへと下がり続ける。アクファルがその首根っこを掴んで止めた。
「いいぞ。この離反で行くあてのない連中も出てくる。そいつら、まとめられるならまとめて名乗れ」
この閃きは重要だ。民族練成への強力なる一歩に出来る。帝国連邦を出発点とする集団はいくらでも欲しい。こいつを好例にして新氏族、新部族を乱立させて既存の集団を陳腐化させてやる。王号濫発の次は族号濫発だ。この世を平均化していこうじゃないか。
「土地も後で集めた人数、何より功績に応じて振り分けよう。ただこれは官僚の仕事で俺の一存じゃ無理だからな。帝国連邦はいい加減な約束も仕事もしないぞ。いいか?」
という書類を内務省に送らなければならないな。アクファルを見れば即座に「そのように内務長官へ」と応えた。超可愛い、そして優秀。
「はい……!」
「で、今何人いる?」
「俺と姉だけです」
「おう、がんばれよ」
「はい!」
「俺のも触れよ」
「え!?」
アクファルが更にハイバルくんを抑えて頭を下げさせるから手を離す。
あれ? これじゃまるで口で触らせようという体勢じゃないか! 一歩下がる。
「痛ぇてぇてぇ!」
解放されたが、激痛に首を押さえたハイバルくんは雪を巻きながらごろごろ転がりだした。
「おいアクファル」
「お兄様のちんちんちーん」
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