第289話「突撃入城完遂」 サヤンバル

 ”王になって弱くなってなければいいけどなぁ”だと? クソガキがなめやがって。

「突撃ぃ! ウォームンガァル! ウォー!」

『ウォームンガァル! ウォー!』

 ナラン湖を西から迂回し、南正面に比べて防御が薄いカチャの北正面をイラングリ方面軍が攻撃。ムンガル一万人隊が先陣を貰った。

 ヤゴール方面軍はカチャを無視して北征軍第二軍団の北側を攻めている。ここでまた奴等は逃げるか、カチャを見捨てないようにするか、見捨てないふりだけして逃げるかは分からない。あっさりと見捨てたら今後、天政の属国達が本気になって戦うことはないだろう。だからこそシルサライではなくカチャに第二軍団が腰を据えたが。

 火箭による第一次斉射で、防御陣地へ毒瓦斯、燃え盛る燃料、白煙が撒き散らされている。

 防毒覆面を被り、下馬騎兵が前面に立って前進開始。笛と太鼓に後押しされる。

 小銃で出る敵の頭を狙撃し、散弾入り擲弾矢で塹壕の陰を狙って曲射爆撃して抑える。そして反撃に銃弾が撃ち込まれて兵が倒れる。

 即死していなければ弾丸を取り除かれてから治療の呪具で治され、復帰する。大層痛がっていればメルカプールの副作用が少ない軽めの鎮痛薬が処方される。

 防盾付き騎兵砲を砲撃銃撃の音や衝撃に慣らした馬が引いて追随。馬が倒れれば即座に砲兵が手で押し、追加の馬を出す。まずは速度。死んだ馬は撤去出来ない金茨を覆う足場、敵の銃撃を防ぐ防御物にする。そして後になったら食えばいい。砲を引くのは騎兵用には鈍い駄馬、それからロバにラバ交じりだ。遠慮は無用。

 一つ目の目標は金茨、騎兵砲で直接射撃して破壊、一箇所切断。切断面に鉤縄をかけ、馬で引いて捻じ曲げて突破口を開く。

 二つ目の目標は金茨の先の塹壕の向こう側の小規模な砲台。互いに直接照準にて水平射撃を行って砲弾で削り合う。

 三つ目の目標はその砲台の後ろで土や凝固土で固められた巨大な堡塁の砲眼、銃眼。こちらにも直接照準射撃を食らわせて破壊を続けないとこちらの兵が撃たれ続けて磨耗してしまう。直撃させても復旧、大砲、斉射砲の補充をしてくるので油断ならない。騎兵砲が破壊されても懲りずに補充を続ける。

 後方から馬が荷車を引いて砲弾、銃弾を届け、空になった装甲付き荷車は防壁に使い、設置された旋回砲で撃つ。銃撃は防ぐが砲撃を食らえば木っ端微塵に砕ける。しかし無いよりあった方が局所的に戦闘が楽になる。

 敵の方術による遠隔爆破の地雷だが、起爆する数が少ない。毒瓦斯、煙幕の効果で敵術使いが上手く働いていないのか、南正面側に使い過ぎて在庫が無いのか不明だが脚が吹き飛ぶ兵は少ない。

 治療の呪具で脚の複雑な切断までは治せないので、止血と鎮痛薬の処方の後は、座らせて狙撃に専心させる。射撃に問題なければ移動する前線に合わせて運ぶ。ここまでくれば名誉の戦死が望ましい。

 先頭に立って前進しろと刀を振っていたら、刀を持っていない方の指がバラバラと落ちる。銃弾でもかすったか? 利き手じゃないから大したことはない。

 毒瓦斯弾頭火箭、焼夷弾頭火箭、煙幕弾頭火箭の順に、時間差を置いて追加の一斉発射がされる。発射煙が伸びて、火箭が落ちてあちこちで花が咲いたように爆発。常に敵陣地は瓦斯と炎と煙で覆われるように努力される。

 敵の火点である堡塁を落とさねば敵が有利にこちらを銃撃、砲撃し続ける。あの頑丈な小要塞は厄介な存在。

 堡塁に近づくためには敵の塹壕を越えなければならないが、その塹壕内には侵入者を掃討する側防窖室がある。無策で飛び込むのは蛮勇。

 装備を用意してある。石油、毒瓦斯剤、煙幕剤を塹壕に流し込み、投げ込んで着火、炙る。例え防毒覆面をつけていても耐えられない灼熱悪臭の黒煙白煙で埋め尽くす。たまらず敵は塹壕内で悶え苦しみ、装備も捨てて逃げ出してくるか、火達磨になって躍り出るか、待避所に篭って凌ぐ。

 敵の塹壕を焼いて燻蒸している間には銃撃と砲撃で塹壕の向こう側を撃ち、また三種の火箭が時間差を置いて一斉発射がされて煙と火の手を上げる。

 敵も火箭を装備しているはずだが、今までの戦い方だと逆襲に打って出る時の制圧兵器だ。まだ撃って来ない。もしくは南正面で北ハイロウ臨時集団を撃退するために使い過ぎたか? あちらの尖兵に強制する突撃は前例のように苛烈。

 塹壕を沈黙させている間に、それでも敵が待避所や連絡路伝いに退避、残存していると考慮しつつ、側防窖室の――それ未満の待避所や、攻撃的な防御施設ではない掩蔽壕も――場所が特定出来たら地上から、直上から穴を掘り、出来れば迅速に定型魔術の掘削を集中的に使い、その土被った建物が露出したら爆薬を仕掛けて爆破、潰す。穴を開けて石油を流して火を点ける、敵が我慢している隙に銃眼へ火炎放射器を突っ込んで火炎を浴びせるなどする。弾薬に引火してこちらの兵ごと吹き飛ぶこともあるが、馬鹿正直に塹壕へ飛び込むよりは被害が少ない、かもしれない。ただ時間だけは稼げる。

 少し前までは騎兵にこのような戦闘工兵の装備はほとんど配られなかったが、現在のこのような戦い振りに改められた。栄えある草原の騎兵が武勇の誉れである刀槍に弓矢だけではなく、様々な化学薬品を使った戦闘方法を学ばねばならない。若い頃には想像もしていなかった。

 次に塹壕内へ兵を突入させなければならない。側防窖室を出来るだけ潰して壕内の安全を確保したら、定型魔術の送風で瓦斯へ煙を除去して板や土嚢を使って足場を、橋や階段を作る。騎兵砲を運べるだけの橋――ほとんど組み立て式――を作るのは時間が掛かるが、今や歩兵と砲兵は肩を並べなければならない時代だ。

 一箇所だけ突破しても集中攻撃を受けるから、全正面に対して一斉攻撃が仕掛けられる段階になるまで工作を続ける。

 金茨の爆破切断、馬で曳いての撤去作業も進んで後続部隊が前進しやすくなって到着して数が揃い、消耗し過ぎた部隊への補充が進む。破壊された分の騎兵砲も追加に前線へ到着し、準備整ったら突撃開始。ムンガル一万人隊の後を補うのは第六一騎兵師団”ダルハイ”。我が王国の兵。

「前しーん! ウォームンガァル! ウォー!」

『ウォームンガァル! ウォー!』

 地上だけではなく敵の塹壕内、連絡路伝いにも兵は進んで地下の制圧にも掛かる。あらゆる壕内の部屋は掃討される。

 騎兵砲は塹壕手前に待機して前進を援護射撃する部隊と、下馬騎兵と共に前進する部隊に分かれる。

 また三種の火箭が時間差を置いて、前より小分けに、しかし断続的に発射される。着弾地点は堡塁。次に我々が奪取すべきはそこだ。

 塹壕を渡す橋を渡っていたら転び、近従に支えられる。何事かと思ったら右膝から下が千切れていた。

「王よ! 下がりますぞ」

「馬鹿者! 止血して担げ、前へ出ろ!」

 治療の呪具で右膝の血を止め、包帯を巻き、近従四人が担架を輿にして自分を担ぎ上げる。あれこれ指示を出してやらないとこうしなかった。全く、根性が足りんぞ。

 下馬騎兵は騎兵砲と肩を並べ、銃撃、弓射、砲撃を繰り返して進む。

 地下の塹壕網でも銃撃と手榴弾投げが繰り返され、時折火炎放射器の炎が、梱包爆薬の爆煙粉塵が地上まで上がってくる。塹壕と地上の階段から絶命真近の兵が火達磨になって駆け上がってきて倒れる。悲鳴を上げているのが敵で、笑ってるのが我がムンガル兵である。そのように訓練された。

 堡塁を取らねばならない。敵の堡塁を破壊しないで堡塁間を抜けることは勇気ではなく蛮勇。数に恃んでも交差射撃で潰される。連携させないために一斉に敵の全堡塁へ同時に、騎兵砲部隊が砲撃を仕掛け、改めて砲眼、銃眼を狙って直接照準射撃で破壊する。防盾に兵が隠れて狙撃する。ムンガルの名射手なら砲眼銃眼の穴だって狙える。敵の反撃の銃弾が盾を削り、砲弾の直撃で砲が崩れる。

 断続的に行われている火箭の着弾で毒瓦斯に焼夷弾の黒煙、煙幕弾の白煙を上げる堡塁は当初程の射撃を行って来ない。

「突撃ぃ! ウォームンガァル!」

『ウォームンガァル! ウォー!』

 下馬騎兵が堡塁に向けて駆け上がる。気合を入れに声を上げる。せめて自分が直接足で踏んで行きたかったが、担架の上ではどうにもならない。近従が撃たれて倒れて輿が崩れ、近くの兵が代わりに担いで再び持ち上げる。落ちた時に千切れた膝が地面に激突して異様に気持ち悪かったが痛くは無い。鎮痛薬は使っていないから神経が麻痺しているだけだ。

 敵がここでようやく火箭を雨と堡塁とその後方から曲射に降らせてくる。煙を噴く飛翔体が雨のように迫り、空中で地面でそこら中で炸裂、目が眩み、耳が麻痺、飛び散る破片が体に刺さるがの分かる。

「怯むな!」

 倒れなかった兵、倒れたが起き上がった兵、治療後に動き出した兵、それから後続の兵が堡塁を上る。防毒覆面に傷がついていた兵が苦しんで堡塁の斜面を転がり落ちて来ることもある。

 太鼓とチャルメラの演奏が鳴り、堡塁間を繋いでいた第二線の塹壕から敵兵が逆襲に『前進! 前進!』と天政官語で揃えた喚声を上げて跳び出てきた。逆襲に伴う防盾付きの軽砲と斉射砲は……わずか! 少なくともこの最前線で敵は兵器不足に陥っている。

 堡塁へ下馬騎兵が取り付き、乗り込み始めた。火箭の投射先が伝令によって変更され、切り替えが正確にいかず兵をいくらか巻き込んだが堡塁間に定められる。旧式と違い新型はそこそこ狙ったところに飛ぶ。妖精共の工作精度の高さもある。

 堡塁への砲撃から敵逆襲兵への直接射撃に騎兵砲部隊は切り替える。第二線から出てきたばかりで射撃準備が整っていない敵砲を優先的に狙って破壊する。

 互いに歩兵と砲兵が肩を並べて撃ち合う。銃弾砲弾、互いに同じ高さ、目線で撃ち合う。仲間が死ねば死ぬほど身を隠すための土嚢代わりの死体が増え、手持ちの弾薬が増えて射撃の手は数が減っても全く止まらず衰えない。

 頭が削れた感触。骨に響く。

「陛下! 脳が……」

「包帯でも巻いとけ。もう助からん、突撃入城完遂まで先頭だ!」

「はい!」

 兄オロバルジから族長位を継いだ。そしてこの前、ラグトではないがムンガル王位を貰った。息子を後継者にしたいが次は甥を推す声が大きい、しかし全てではない。自分は兄から甥への中継ぎと思われている、全てではないが。そこに、こちらの成果に寄らぬ領域の拡大とムンガル王位の授与は波紋を呼ぶ。

 あっさりとカラバザルの親父は王位を寄越しやがった。誰もが自分の成果ではなく、政治力学の結果と分かっている。分からん奴は馬鹿だ。ムンガル王の継承順位は荒れる。荒らさないためには、相応の力を示さなければならない。今の帝国連邦の雰囲気では、戦死しない奴の息子は評価されないのだ。兄のオロバルジの扱いは戦病死扱いで、微妙なところ。ウルンダルのブンシクは突撃で一刀両断に見事に死に、その息子シレンサルは宰相を継いで今や場面によっては親父の代行みたいな面が出来ている。あの前例に倣うなら頭が削れて脳みそをぶら下げようが前に出るしかない。

 堡塁と第二線の後方、南にカチャの都市が見える。あの城壁まで行きたい。一番乗りが望ましい。

 遥か南の方ではこちらがナラン湖を迂回していた時から戦闘が始まっている。北と南、入城はどちらが早いだろうか。

 堡塁の一つに旗が、ムンガルの旗と帝国連邦の旗が揚がった。ついに堡塁への突入が一つ成功したのだ。

「あそこへ連れて行け」

「は!」

 担架の担ぎ手達が堡塁の、死体や肉片、腕脚が転がる斜面を登る。高所沿いに築かれているわけではないのでそこまで高くない。

 そして死体や破壊された大砲が転がる堡塁の上に出て、少し高いこの場所からカチャを眺める。堡塁を取った兵がこちらを見て歓声、奇声を上げる。

 後ろの方からは早速騎兵砲がこの場所に上げられ始め、左右で銃声砲声が鳴る中、車輪が死体を潰しながら射撃位置について敵を撃ち始める。

 城壁の要塞砲が、こちらが占拠した堡塁を撃ち始める。騎兵砲も要塞砲に対して射撃を始め、互いに破壊されて砲兵が千切れて、代わりの砲兵がやってくる。

 堡塁は次々と占拠されて旗が代わる。

 遥か東の方ではヤゴール方面軍と大内海連合州軍に南北挟み撃ちにされた北征軍第二軍団が後退を始めたと伝令が告げた。

 そしてカチャ北側の敵兵が逆襲を止めて後退に入り、温存されていた騎兵隊が一気に道を整備された塹壕を乗り越え、敵後方へ浸透していき、カチャ入城を許さない。走り回って、的にならないように騎射で敵をかく乱し、騎乗に拘らず下馬して占領した陣地に篭って味方の前進を援護し、敵の逃げ道を塞ぐ。乱された敵を下馬騎兵が追い上げて殺していく。

 騎兵砲は次々と前進。堡塁に上がり、そのまま地上を進み、カチャ城壁の要塞砲を、堡塁を撃ったように直接照準射撃で撃ち、そうしている内に火箭部隊が前進してカチャ城壁内に三種の火箭を撃ち込む。城壁の下を円匙に掘削の術で掘り、爆薬を仕掛ける準備が始まる。穴掘りを邪魔する敵兵の銃撃、それを牽制する兵の銃撃、弓射が続く。

「市内への一番乗りは俺だ。前へ出ろ!」

『は!』

 担架の輿が堡塁を降りる。歩く揺れと砲弾の発射、着弾の爆発の揺れでゆらゆらする。

「眠いな……」

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