第288話「前哨戦終了際」 ベルリク
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
自由でー、豊かなー
祖こーくをあーりがーとおー
独りーつの父ーよ
先駆ーけの雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
ありがーと、ありがーとおー
総統閣下ありがーとう
強くてー、すーごいー
陸軍をあーりがーとおー
繁えーいの父ーよ
常勝ーの雄よ
万ざーい! ベルリク
万ざーい! カラバザルー
秋が過ぎて冬が近くなってきた。去年より寒くなるのが遅く、お茶を飲むとまだ少し、温水以外の効果もあって汗ばむ。
寒冷化の底は去年で終わりだろうか? この調子なら冬季攻勢の手を緩める必要が無いかもしれない。しかし突然に畜害風に吹かれれば相当な痛手になる。星占いでも遠い先の天候まで読めない。大事なところで役に立たんケリュン族め、もうちょっと霊力利かせられないのか?
冬になる前に南北ハイロウの征服が完了した。次は、北はカチャ、南はランダン南方に攻め入る。カチャから先はまだまだ長く、冬の内にどれだけ前進出来るかは今年の気候次第。
空を見ている内に、慰労に訪れたチビっ子妖精合唱団のお歌が終わる。観衆が拍手する。坑道に隠れたい。
「お兄様」
アクファルが背中を指でつんつんしてくる。
「ん?」
「いつもありがーと」
「やめてくれ!」
■■■
第二次西方遠征から第二次東方遠征への移行に際する急大反転、そこからの戦略奇襲効果を発揮させるための急進軍と、前例に無い規模の大軍勢の渋滞によって生じた非効率な軍編制をハイロウという広大な広場を手中に収めることで改める作業に取り掛かれた。敵が防戦思考だったから出来たとも言える。前哨戦終了際までに再編出来て良かった。
大きく三軍に分け、呼称も改めた。
北方総軍:ベルリク=カラバザル総統
中央軍:ベルリク=カラバザル総統
親衛千人隊:クトゥルナム隊長代理補佐心得
親衛偵察隊:ルドゥ隊長
竜跨隊:クセルヤータ隊長
グラスト魔術戦団:アリファマ筆頭術士
親衛レスリャジン一万人隊:カイウルク族長代理
親衛レスリャジン女一万人隊:トゥルシャズ隊長
黒旅団:ニクールガロダモ
第一古参親衛師団”三角頭”
第三砲兵師団”フレク”:リョルト王
北方軍集団:ジュレンカ将軍
ワゾレ方面軍:ジュレンカ将軍
ヤゴール方面軍:ラガ王子
イラングリ方面軍:ニリシュ王
選抜非正規騎兵一万人隊:シレンサル宰相
第一聖戦士団
大内海連合州軍:シャミール大総督
北ハイロウ臨時集団:テイセン・ファイユン将軍
南方総軍:ゼクラグ将軍
南方軍集団:ゼクラグ将軍
マトラ方面軍:ボレス将軍
シャルキク方面軍:ゼクラグ将軍
ユドルム方面軍:ストレム臨時大統領
第ニ山岳師団”ダグシヴァル”:変なデルム王
第二聖戦士団
グラスト魔術戦団分遣隊
ザカルジン軍:ダディオレ大王
南ハイロウ軍:バフル・ラサド将軍
後方総軍:ルサレヤ総統代理
教導団:ゾルブ司令
ラグト右翼方面軍
ラグト左翼方面軍
第四建設師団”チェシュヴァン”:マリムメラク王
統合支援師団”第二イリサヤル”:セルハド大統領
ヤシュート一万人隊:アズリアル=ベラムト王
聖戦士団育成所
非正規騎兵軍
魔神代理領各州義勇兵
役職を兼任する者が自分を含めて複数いるが、砲兵司令と砲兵部長が副司令として働くため大きな問題にならない。
再編時の軍再配置時に前線へ隙が生じるので、その間隙は前々からメルカプールの秘儀で準備がされていた聖戦士団による突撃で補完しておいた。今後も似た機会があると予測されるので使い切りの強力な予備兵力として温存しておく。
北方総軍はカチャ国の首都カチャの攻略及び、同国東方地域への進出を図る。ダシュニルの戦いを最後に北征軍はそのカチャまで大後退している。
首都カチャ攻略は南正面を北ハイロウ臨時集団が尖兵として攻め、ワゾレ方面軍がそれを強力に督戦しつつ重砲兵群で攻城戦を行う。北背面へはヤゴール、イラングリ両方面軍が高い機動力で西回りにナラン湖を迂回中。大内海連合州軍は軍を二分し、一方の予備軍はカチャ南方にて東方からの敵の側面攻撃を警戒し、一方の主力軍はカチャ東側面にいる北征軍第二軍団を攻撃する。
中央軍は包囲されて抑えられたカチャを無視してシルサライ方面の東行き街道を攻める。その正面には冊封国であり遊牧政権のランダン国の北方軍が、龍朝天政の正規軍の一つである塞防軍の片割れ、北域軍を背後にして待ち構える。ランダンを彗星の霊力を借りて寝返らせたいのだが、その北域軍が督戦しつつランダン領を人質に取る位置にいるので難しいところ。
選抜非正規騎兵一万人隊は通過したばかりで治安が確かではない北方総軍の後方連絡線を警備する。
尚、北ハイロウ戦線に参加していた非正規軍は本国西方国境へ移す。西方から東方への大反転機動による西方国境防衛力の減退の国際認知が確実になってきていると考えて良いので警備兵力を割かないと不測の事態が起こる確率が上がる。
南方総軍はハイロウとランダンの国境都市ダンランリンを攻める。守備をするのはダシュニル陥落後、首都ダガンドゥをあっさりと放棄した北征軍第一軍団で、その後方にはランダンの南方軍、そして更に後方には塞防軍の片割れ、西域軍が督戦しつつランダン領を人質に取る位置にある。
ダンランリン西正面を南ハイロウ軍が攻め、シャルキク方面軍がそれを強力に督戦しつつ重砲兵群で攻城戦を行う。尚、ダンランリンは主要都市部がハイロウ、ランダンの境界線でもあるコショル川の東岸にあり、北側を広いルラクル湖、南側をランテャン高原の超高標高地帯北端部に守られていて恐ろしく鉄壁。冬にはコショル川もルラクル湖も凍結して平原同然になるが、秋の内に突破は困難と予測される。しかし怠慢をせずに、コショル川を第ニ山岳師団”ダグシヴァル”が遡上し、ルラクル湖をユドルム方面軍が西から迂回し、超高標高地帯北端部をマトラ方面軍が進んで攻撃している。
グラスト魔術戦団の分遣隊は主に術工兵働きが期待される。ゼクラグが直轄で上手く使ってくれるだろう。確か手駒に随分と便利な部隊を持っていたはずだ。
ザカルジン軍は南ハイロウからランテャン高原西側の超広範囲の警備と道路復旧のために分散している。
尚、ジャーヴァル帝国軍の、南ハイロウを南方から突いていた北進軍はタルメシャ戦線へ移動した。
カチャとダンランリンの二都市でハイロウとその以東が分断出来る位置にある。その分防御陣地が今までの比ではない程に時間をかけて強化されている。ハイロウ二大都市のダシュニルと首都ダガンドゥの防衛戦はそこそこにして――両都市共に騎兵を出せば後方連絡線を分断可能だったこともあり――ハイロウを捨ててまで大後退した理由はこれだ。
加えて両都市共に巨大な湖に面し、水軍を有していて今までのようにいかない。移動する水上火力、そして不意をついて上陸作戦を仕掛けてくる機動力が合わさると強敵である。
要衝二都市の後背にあるランダンの国を寝返させることが出来れば局面は一気にひっくり返るがそれは敵も分かっている。シレンサルが積極的に寝返りの打診をしていて王の心を揺らしまくっているがそれだけに期待してはいけない。何か別方向から力を加える必要性がある。
またハイロウという広大な地域と、その主要街道である超広規格道と補助する水道橋の全爆破後退という大作戦、双方の要因によって後方連絡線が距離的にも質的に延びて補給事情が悪化して攻撃力が減少している事情もある。
統合支援師団第二イリサヤルが造ったザカルジンの前線工廠で行う武器生産も軌道に乗ってきているので重砲弾の供給不足も解消されると思いたいが、輸送距離がやはり長い。いずれハイロウにも前線工廠を建てねばなるまい。少なくとも修理工場は早期に実現させる必要がある。
カチャとダンランリンの向こう側にはまだ無傷の塞防軍がいる。その後背には無傷の禁衛軍がいて、無傷だがどの程度内陸に動かせるかは不明な海防軍が控えている。ニビシュドラ軍やタルメシャ諸国軍をこの北方に連れて来るような事態になれば国家組織は崩壊している頃だろうが、それだけの厚みがある。
凄いな、殺しても壊してもキリが無い。最高だ。
そして悪いことばかりではない。
敵の大後退による焦土作戦は相応に雑であった。まずハイロウ最大の穀倉地帯、南ヘラコム一帯の畑がほとんど焼かれておらず、穀物庫からの持ち出しや焼き討ちが最低限に収まっていたこと。上に政策あれば下に対策ありか、農民達が焦土作戦に抵抗したことも保全の要因の一つ。ダシュニル攻撃時に騎兵を後方に送って敵に畑に対する焦土作戦をする暇を与えなかったことも要因の二つ目だ。食糧の温存に妖精達に人間の肉を食わせることは続けているので、弾薬はともかく食糧問題は解決した。
もう一つ悪くないこととして、ダガンドゥにて土下座して降伏して恭順――忠誠心には期待しないが、ハイロウ人を守りたい意志は伝わる――した、蛇女魔族の両陸按察使司テイセン・ファイユンである。彼女には北ハイロウ臨時集団を率いさせる。軍事的才能は怪しい人物で、行政で才覚を発揮すると評価されて実績を堅実に積み上げてきた。西陸道ことハイロウ、北陸道こと旧ベイラン圏双方の広い地域の警察長官――民間人から官僚、政治家まで対象――なんかしていたぐらいだから統制能力にも疑いはない。そして引き際を弁えている理性ある指揮官だと自分はジャーヴァル戦争の時から評価しているので……引きたくても引けない状況でも情動的にならず真面目に民兵を統率し、上からの命令に従って突撃させてくれるだろう。泣きを見たその顔を見られると思うと楽しくなる。
あの土下座をして来た時の神経撫でてくる名楽器みたいな声とあの優しい綺麗賢いを合わせたような白い顔といったらたまらん。農民達の有用性だとか、男手は秋の収穫時期に必須だとかを理詰めで必死に説いてきた時はこっちが何故か申し訳なくなって、思わず全部許して言うことを聞いてしまいたくなる迫力があった。その迫力でハイロウ人のために涙しながら、お許しください、何でもしますから、とか言われたら変態になっちゃいそうだ。とりあえず、今何でもするって言った? じゃあ許すから突撃を続けて、と言い返すところまでは空想して興奮している。
後方総軍の総司令はルサレヤ先生に任せることにした。総統代理であると同時に魔神代理領の高級官僚である。今後集まってくる魔神代理領各州義勇兵や親衛軍を相手取るにはうってつけの人材である。あの時口説いておいて本当に良かった。
晴れて尖兵役を務め終えたラグト人はその規模からラグト右翼方面軍、ラグト左翼方面軍に分けて正規軍として再編を果たして貰う段階に入った。教導団が北ハイロウにて訓練を行う。実戦訓練も兼ねて敵残党を狩らせる。
第四建設師団チェシュヴァンはハイロウ全域における街道の復旧工事を継続。理想を言えば西側から延伸中の鉄道敷設の邪魔にならない速度で仕事を終えて貰いたいが、余計な言葉をかけて重圧はかけない。
ヤシュート一万人隊の水上騎兵にはハイロウ水系の掌握、水路図作成を行って水上連絡網を確立して神経を通わせて貰う。水上騎兵には徐々に、員数外的なイラングリからラグト、ハイロウにヘラコム以北にかけての遊牧、狩猟系少数民族を将来の水上騎兵とするために少しずつ加えていき、育てさせる。こちらもある種の教導団とする。船と馬を巧みに扱うヤシュート水上騎兵は何れ、母体となるヤシュート族の影も見えなくなるような技術集団へと拡大させ、帝国連邦内全水系に配置する予定だ。
北極経路開拓と北ヘラコム経路開拓事業はフレクの王子小リョルトに一括指揮させて連動させる。水路伝いに北極沿岸経路の横線から内陸主要街道へ繋げる縦線を構築出来ると判明したのだ。厳冬時には北極圏から避難しなくてはならないので、冬到来前に南方脱出路が確保出来て安心である。
滅亡予定のイラングリ人は本国、ハイロウや北極圏まで含めた各所へ、結託不能な小集団に分割して労働力として散らせる。忙殺して反抗する気も起こさせない。男は辺境の各強制労働場へ、女はハイロウ入植へ、自我がはっきりしていない子供は実験的に妖精の幼年者教育課程に混ぜて育てられる。反抗的な者は去勢したり、聖戦士にしたり、妖精用の食肉にされる。西側世界にはバルリー人、中央世界にイラングリ人のようにならないためにと宣伝する目的がある。このことは各国にも報道される。
シレンサルが引き抜いた選抜一万人隊を除いた非正規騎兵軍は東イラングリからヘラコム、北ハイロウにおける住民消失による空白地域への入植を――南ハイロウ入植はザカルジンとの分割や南ハイロウ軍降伏により住民健在なので先送り――開始する。基本的に彼らは皆、実家の放牧地を継げない上に独身者。新規に帝国連邦に加入した地域も含む各部族から未婚女性、寄る辺を消した移民のイラングリ女性、ロシエ戦役から今までを通じて発生した未亡人を仲介して結婚させて生活基盤を作らせる。家畜は実家からの財産分与分以外では、ハイロウから略奪したもの、周辺諸国から買い集めたものを配当する。当面の間は穀物も無償で支給する。そして本国と同じように軍と生活単位も十進法に基づく人隊単位とし、即座に軍に転じられるようにしてそのまま占領地警備にも当たる。放牧地から害を排するのは当然だからこれは自然とそうなる。
早期に到着した魔神代理領各州義勇兵には北ハイロウを重点に警備をして貰う。
ハイロウ全般に言えることだが、北征軍の残党に加えてハイロウの都市市民自治組織から発展した抵抗組織が山賊化しているので非正規戦はしばらく続く。免罪したり懸賞金をかけて内部分裂を促したり、山賊の拠点は無辜の民毎抹消して多種多様な見せしめをする。
■■■
飯は羊の餃子を主食に、馬乳酒とラクダの乳酒を比べ飲みしていると来客。食事後はのんびり届いた手紙でも読もうと思っていたが、話が長くなると困る。手紙を読んだ後にこれからカチャ攻略を見学に行く心算だったのだ。護送の段取りなどがあるので日程を簡単に変えるわけにはいかない。
やってきたのはラグト王ユディグ。アイザム峠突破前に敵地後方、只中という危険な場所で離反するということをやってのけたので評価はそこそこしている。
「私の血統はラグト家の本筋の男、アッジャール家の本筋の娘の系譜にあります。ランダンや遠くウラマトイ、ユンハルの王家とも縁があります。娘と結婚すれば、バルハギン家の娘婿ということで影響力が得られます。ご有用かと」
ラハカ川ではアルルガンの族滅で鳴りを潜めたが、この征服したばかりスラン川以東ではまだバルハギン統原理が生きている。蒼天の支配者を標榜したならば避けられない話題だ。
「ユディグ王、言っておきましょう。私はむしろバルハギンを否定する者です。詳しい説明が必要ですかね?」
「……失礼しました。しかし、蒼天の支配者としては困難では?」
「無限に細かい部族主義は既に時代遅れ。しかし民族主義でも力不足に分かれてしまう。であれば、全てを包括する固有名詞無き帝国連邦という枠組みの国家主義で括る。バルハギンは血統でまとめあげましたが、こちらは国家と軍組織、法と精神でまとめます。困難は武力で粉砕します。むしろ作り出してでも砕かなければなりません。実は国内反乱、待ち望んでいるんですよ。流石に理由無く同胞になった者達を虐殺離散させられませんから」
「大望、恐れ入りました」
民族練成が終わった時にバルハギン統を滅ぼすべきだろうか? その頃には数が増え過ぎて流石に難しそうだ。バルハギン統を誇る貴人面を叩きのめすだけにするべきだろう。
飯を食いながらさっさとユディグの会見を済ませて手紙を読む。
まずはミザレジの死亡通知書。死亡確認日時と死因は老衰であると記載され、後は副大統領が次回選挙まで臨時で務めると書かれている。お前ら選挙なんかしてたか?
妖精には葬式の風習は無い。合同で同日死亡者がまとめて火葬され、共同墓地に収められることになる。
次はラシージからの軍務報告書。私事要素が一切無い軍務長官としての書類。逆にそれがときめく。下手な恋文よりどきどきする。無駄が一切無いので全部読んで覚えておく。
軍務報告書を頭に入れておくと作戦と兵站に齟齬を来たさない。勿論前線では何が起こるかわからない、計画通りにはいかないのでそこを何とかするのが前線司令部の現場裁量である。
お次はルサレヤ先生からの報告書。本人の到着より紙の方が先に来た。後方総軍司令への辞令書と行き違いにならなければ良いが。まあ、無着陸飛行で飛んでくるわけではないから途中で紙と出会わなくても情報は拾うだろう。
魔族軍の編制は、まず人集めから始めるので一年どころで終わらないとのこと。そりゃそうだ。
親衛軍は南北へそれぞれ十万ずつ派遣し、現在移動中。前線への道が渋滞気味なのでしばらくは、北方派遣軍はカクリマ半島、南方派遣軍はジャーヴァルで待機する予定。
親衛軍の予備軍は編制中だが、それらはイスタメルやハザーサイール帝国方面の警戒に回す予定らしい。妥当なところ。これ以上軍を送られても補給線が持たない。今でも結構厳しい。
それから各州軍からの義勇兵の派遣予定がつらつらと書かれる。これはルサレヤ先生が把握していればいいので読み飛ばす。
今前線を担当している各軍と、親衛軍並びに義勇兵との戦線交代時期の見定めが長期戦の未来を左右するだろう。軍ごとよりも師団ごとに細やかに入れ替えして常に前線を新鮮に、人も装備も故障していない状態が望ましい。
そしてヤヌシュフからの私信。さてはて何かなと思えば、子供が十人出来たそうだ。嫁さんは随分と頑張ったなぁ、という話ではない。結婚せず、妾でもなく、愛人の内十人が妊娠したとのことだ。まだ腹の中にいる状態で男女の数は分からないが、これから更に増やし、全員をセレードの戦士として育て、後継者は最強が継ぐとか書いてある。
議会がしっかりしていれば後継者争いは無いと思うが……いや、制御可能と判断したから議会が愛人を用意したと見て良いか。人を殺したいと剣に魔術を振り回しているよりはチンポを振り回している方が健全だ。
しかしシルヴもこれで婆さんか。死産流産夭逝で差っぴいたとしても十人全滅ってことはない。笑える。
手紙にも色々種類があり、親しい人物からのどうでもいい時期外れの手紙もあれば、見知らぬ人からの真偽疑わしい重要情報が含まれている手紙までピンからキリ。そういったものは流し読みで優先順位をつけておいて、必要なところは拾って、後回しにするとしてカチャ見学前に見るのはこれだ。ザラ=ソルトミシュの超きゃっわきゃわちゃん。
最近身の回りであったことがこと細かく書いてある。字が綺麗で安定していて等間隔で、手紙の大きさを考慮した行配分がしてある。代筆の専門家がやれるぞ。
主だったところで文通相手を広げている最中で、そのために各国語を勉強中。その証拠にかその各国語で短い詩を書いている。凄いなぁ、天才だなぁ。その中に天政官語ではなくアマナ語も入っていてそこまで手を広げるのかと思って読んでいたらあのシゲヒロにも送ったらしい。あいつ生きてんのか?
そして最後にジルマリアの腹が大きくなったそうだ。無事に産まれれば四人目である。この手の報告は今後ザラちゃん任せだな。
それからダーリクの手紙が同封されていて、下手糞な、しかしザラに指導されて一応は形になっている字で”お父さん、東方の征服を頑張って”だと。がんばっちゃうぞ!
二人のお土産に敵将の剥製を持って帰ってこんな奴と戦ったと自慢してやろう。将軍じゃないが龍人の剥製は出来ていて、配送手続きが終わっている。怪物の剥製も蒐集しよう。
リュハンナの無事を報せる手紙はアタナクト聖法教会の事務所経由でジルマリアに送られ、そのまま何の付け足しもなくこちらへ転送がされている。一言くらい夫にあってもいいんじゃない?
手紙を読んだところで手紙の返送から、総統のお仕事である命令書の発行まで行う。
個人的な手紙への返送はいい加減でよろしい。思いついたことをつらつらと書く程度で十分。ザラちゃんには押し花のおまけをしておく。
構想を練っていたものを形にして命令書を出す。領地再分配と称号の付与である。
ムンガル族長サヤンバルは以前からラグト王位を求めていたが、ユディグ王の存在があるので却下される。しかしご機嫌取りは、まだ民族練成が完成していない時点でまだまだ必要。何れ殺してやるのだが、それは今ではない。
まずプラヌール族長カランハールをイラングリ王とする。軍管区であった西イラングリを解体して部族領地とし、東イラングリも与えて広げる。
次に東西イラングリの北部地域をムンガル族へ移管し、尚且つダルハイ軍管区を解体してムンガル王国とする。
東イラングリの一部に土地を持つラグト王がこれでは面白くないので彼等にはヘラコム山脈北部を与える。ただし、南側のダシュニル圏の水利権は握らせないよう、南へ流れる水源は細かく設定して除く。
北ハイロウという地域からダシュニル圏を分離して共和国として再出発させる。そこの行政長官には、血の洗礼が済んだ後に可愛い可愛いテイセン・ファイユンを配置する予定。マシシャー朝復活だ。
彼等にはそれぞれ己の土地や利権を少しずつ隣に奪われた形で存在して貰う。領内に自分達と違う連中を出来るだけ多く抱えて貰う。それぞれの領域操作により近隣に大規模同民族がいるにも拘わらず少数民族化した集団には自治州として半独立を与える。表向きは急に併合しても混乱するので内務省が暫定的に包括的に管理するという言い訳をする。尚、この暫定的な管理は状態が改善するまで続く。民族練成が完了するまで半永久的と言っても良い。
後は、王になって弱くなってなければいいけどなぁ、と聞こえるところで適当に言っておけば頑張ってくれるだろう。各部族関係者が集う親衛一千人隊の前で言えば勝手に噂も全部族に広まる。
■■■
美味しいダシュニルワインを、ジュレンカに「閣下、お一つどうぞ」とガラス杯へ注いで貰いながら、ゆらりとカチャ攻略戦を見学する。カチャワインも美味いらしい。ブドウじゃなくメロンで作ったのがあるとか。興味深い。
カチャは高地ではなく平野部にあるため敵の建設努力に対して防御力は低いように思われるが、ナラン湖から水を引いた水壕が一部で巡らされているのでそう単純でもない。またそのナラン湖からは敵水軍が砲火力を発揮し、逆襲時には上陸作戦も沿岸部では平行して行われる危険がある。沿岸砲台を築けば封殺出来るが絶対ではない。築ける場所は戦線が流動的ではない支配地域に限られるので更に絶対ではない。
重砲兵群による攻撃準備射撃がカチャ南正面の防衛線に対して始まる。ハイロウ兵には全員分の化学戦装備が無いため毒瓦斯砲弾を用いない。また士気、錬度共に低いため煙幕弾も用いない。堡塁や掩蔽壕などの”硬い”目標を破壊する徹甲榴弾の後に人や馬などの”柔らかい”目標を殺傷するための榴散弾が発射される。
今回から着弾観測には気球観測部隊が導入される。竜に頼らない空からの目だ。
気球の技術自体はもうランマルカに帝国連邦結成以前の時点で存在していた。導入が遅れたのは、向こう側の渋りである。あちらも共生派と絶滅派などの派閥があり、技術供与に遅れが出た様子。進展が今回あったのは、ユバールにおける革命橋頭堡の設置成功が多分に影響しているとされる。またロシエ戦役中に鉄蟹及び木蟹という新兵器をランマルカへ技術解析に回したことが”得点”になったとも。とにかくまだまだ秘蔵の技術はたくさんあるだろう。うん……ランマルカ訪問、ありか?
攻撃準備射撃が敵防御陣地をおおよそ破壊し、人員をすり減らしている最中に北ハイロウ臨時集団による突撃が開始。兵士達の前進に合わせて砲撃が中止される。直前まで撃つことにより敵兵の動きを榴散弾の雨で牽制出来る。
ハイロウ兵達は勇気と義務感の不足から動きが鈍いので、メルカプールの薬剤師が調剤した依存性が極めて高い”頑張れる”薬と”あんまり痛くない”薬が投薬されている。彼等は事前にそのお薬を試服しており、もう一度欲しいという欲望に駆られている。
装備は基本的に鹵獲品で揃えた。エデルト式装備の模倣である天政正規軍基準装備もあれば、市民兵の自衛用旧式装備、そして槍や棍棒まで含まれ、中には徒手空拳ではないが土嚢や板などの資材だけを担いだ者も含まれる。
ハイロウ兵は太鼓とチャルメラの音に乗せられ『前進! 前進!』と天政官語で揃えた喚声を上げて前進する。
重砲射撃に破壊されなかった堡塁の砲眼から撃ち下ろしに榴散弾と斉射砲の大口径弾が撃ち込まれて死傷者続出。ランマルカ式装備の複製であるエデルト式装備の複製という型式であるが、威力は申し分無い。
射撃することによって堡塁の生存が特定されるので、そこへ狙いを定めた重砲射撃が加えられて、弾着修正の後に直撃弾があって破壊される。修正までの時間はそこそこ長いのでその間に被害は続出し続ける。角度や隠蔽、強度の具合によっては重砲でも破壊困難なのでその突撃破砕射撃は数を減らしながらも継続される。
堡塁はほぼ破壊出来るが塹壕の破壊は困難。退避壕に隠れていた敵兵が現れ、身をほとんど隠しながら、身を隠さずに突撃してくるハイロウ兵を小銃射撃で撃ち殺す。反撃に小銃と銃火箭で撃ち返すが敵兵が圧倒的に優位。
持ち運んだ土嚢や量産された死体を使い、簡易防御陣地を築いて退避、中継地点を設けるような工夫をハイロウ兵は行って前進攻撃にメリハリをつける。
身を隠す隠さないの優位を覆すには肉薄して白兵戦に持ち込めばいいが、それを阻むのが金茨。重砲射撃である程度破壊されて残骸と化しても障害機能を保持する金茨はハイロウ兵の足を複雑に刺して絡めて動けなくし、良い的にする。敵兵が簡単に狙い撃って殺す。
ハイロウ兵は金茨の除去作業に入る。砲撃で砕け、切断したものは鉤竿があれば効率的に、無ければ槍でも銃でも上着でも被せて引っ掛けて引きずって一箇所に固めておけば良い。除去出来ない大きさならば手早く土嚢や死体や板を敷いて足場にする。
それ以外にも遠隔方術を用いた点火の術の詩句の符張り地雷の爆破により足を吹き飛ばされ、その先に地雷があるのではないかと疑心暗鬼に駆られた者達の足が鈍り、更に銃撃の的になって倒れる。砲撃で耕した分地雷は相当数破壊されているはずだが、それを上回る密度で設置されていればこうもなる。
死体の山を築いてようやくハイロウ兵は互角に戦える塹壕に飛び込み、白兵戦で今までの復讐を果たそうとするが一方的に虐殺される。最初は龍人兵でも潜んでいて塹壕を突破出来ないのかと思ったが、後から情報が入る。
塹壕内には、壕の外ではなく中に侵入してきた敵だけを狙って殺す側防窖室という防御施設がある。銃眼が設えられた防御壁で囲んだ部屋で、ほぼ一方的に安全圏から敵を小銃に限らず、斉射砲で射殺出来る。この施設は外からは見えず、堡塁のように地面から出っ張らずに埋没しているため重砲射撃で破壊され辛く、多くが機能したままである。これはダシュニルの戦いまでに無かった施設だ。
側防窖室の攻略は小銃だけはほぼ不可能。手榴弾、火炎放射器、毒瓦斯、徹甲榴弾の直撃、坑道地雷などが考えられる。ハイロウ兵には天政式の火炎放射器の装備を許してあるので全く無抵抗に殺され続けているわけではないが前進が停滞する。
ハイロウ兵が次々に壕内に沈んで浮かんで来ない。随分と乾いて浅い底無し沼もあったものだ。
第一線の塹壕でハイロウ兵が足止めがされている内に連機火箭による猛爆撃が、その第一線の向こう側、続々と前進、投入され続けている後続増援のハイロウ兵へ襲い掛かって制圧して数を減らしつつ足止めがされる。
そして太鼓とチャルメラの演奏に勇気付けられ、第二線の塹壕から敵兵が『前進! 前進!』と天政官語で揃えた喚声を上げて跳び出る。防盾付きの軽砲と斉射砲を引き連れる姿はある種、古の重装歩兵の似姿で逆襲に移る。
軽砲、斉射砲が猛爆撃で足が止まった増援のハイロウ兵を榴散弾と大口径弾の直接射撃で掃射して、体を千切って平らに潰す。死体と土嚢で簡単に作った簡易防御陣地など榴弾の直撃で吹き飛んで無くなる。
ナラン湖沿岸側からも水軍が高速で接近し、こちらの重砲に捉えられないように移動しながら一撃離脱に艦砲射撃を加えて離脱する。
増援を潰したら兵の補充が止まり、しぶとい側防窖室からの射撃で数を減らしているハイロウ兵がいる第一線に逆襲兵が飛び込んで撃退する。
制御が難しく誘爆からの大炎上の危険がある火炎放射器を逆襲兵は用いないが、制御可能で燃料飛散による延焼持続の危険も無い火噴の方術が狭い壕内にいるハイロウ兵を焼き殺すので掃討戦が素早い。焼いた後、空気の復活を待てば即座に突入出来るのだ。
その間にも軽砲、斉射砲の重装備の隊列は前進しており、逆襲距離の延長が見込まれる。
エデルトの軍事顧問団が陸海共に天政入りを果たし、装備だけではなく戦術の伝授も成功していることが見て分かる。この戦い方はエデルトがユバール王国軍に伝えたものと酷似していると軍務省情報局が分析している。それに加えて天政式の火箭と方術運用が合わさり、現時点ではおそらくエデルト軍を凌駕している。
そんな強敵相手にハイロウ兵はお薬の効力もそこそこに壊走を開始。逃げる兵士はハイロウ出身の遊牧系民族が督戦部隊を務めて前線へ追い返す。人種言語多様とはいえ、一時は同じハイロウ人だった者達を厳しく責めさせて今までの人生と決別して貰う。これはハイロウ方面軍として新規に編制する訓練準備を兼ねる。また旧マシシャー朝出身者で良く固めたのでテイセン・ファイユンに忠実。
追い返されたハイロウ兵が逆襲兵の前進をそこそこ阻止している内に重砲兵群は気球からの観測情報を元に照準を調整し、逆襲兵の最前線より一歩後ろから砲撃を開始して敵戦力を削る。
予備兵力を砲撃で抑えられ、頼りなく薄い横陣で前進することになった逆襲兵に対してはハイロウ兵の第二陣が突撃を行って小銃で銃殺し合い、接近しては槍や銃剣で刺殺し合い、銃床と棍棒や拳で撲殺し合う。
そうしている間に重砲兵群が気球、後退を許された偵察部隊からの情報などを元に見えない側防窖室へ徹甲榴弾を射撃して可能な限り潰す。
そうして第二陣が逆襲兵を打ち破って壊走させ、以前より安全になった第一線の塹壕への突入が始まる。
しかし防毒覆面などの装備をハイロウ兵があまりしていないことを確認した敵が巻き藁を出し、石油や硫黄を混ぜた薬品を染みこませて燃やし、送風の方術で気象条件をある程度無視して毒瓦斯を撒いてその再突撃を麻痺させる。一部、正規兵基準で防毒覆面を装備した部隊だけが前進出来るのだが、肩を並べる味方の数が減って躊躇し始める。督戦隊が前進を促すが状況が悪過ぎる。
そうして時間を浪費している間に敵軍は前線への兵力の集中、予備兵力の配備を整え、破壊された堡塁などの防御施設を耕土、木網、金茨の方術を用いて工事を行って急速に復旧し始める。ただし、防御施設の位置はもうこちらで把握しているので頃合を、敵の作業員がある程度固まったところで重砲射撃を加えて妨害、殺傷、破壊を試みる。
今後、大体この手順が繰り返される。
動ける負傷者には薬が強めに投与され、止血が施されたら前線へ送り出される。動けなければとどめを刺す。
戦意が著しく低い者達には戦列強制棒という棒一本に縄で縛って横隊を無理矢理組まされた状態で、尖兵として磨り潰されるハイロウ兵達からも蔑まれる立場にされ、盾や隠れた敵銃座、砲座の暴露に使われる。
命令不服従者には、皆の前で「頼むから殺してくれ!」と言わせる程に拷問が行われ、そこそこ健康な状態でねこさんにされる。薬を与えないだけでもそのように錯乱することもある。
各隊には一人以上のねこさんを飼育する義務があり、”頼むから殺してくれ”と言われながら餌や汚物の始末をする。このねこさんが死ぬと新しく誰かが選ばれるため、生かされる。
食料は肉団子鍋。材料は死人や命令不服従者など。
ハイロウは乾いた土地で、皆死にたくなる程に喉が渇くが大軍に飲ませる水は早々に都合がつかない。前線にて――近場、西にナラン湖はあるが敵水軍が警戒中であり、そこから東の右翼配置部隊には遠い――ハイロウ兵は乾きに苦しむ。敵は汚水も飲料可能にする浄水の方術があって、おそらくそこまで水に困っておらず――小便もやるらしい――快適。こちらにも飲料水を作る呪術があるが、技術を持っているのはグラスト魔術戦団程度に限られているので給水はしかねる。
突撃が反復される内に最前線の敵防御陣地が恒常的に、波打つように途切れ途切れながらも獲得される。そういった成功があれば該当部隊へご褒美に”幸せ”薬が与えられる。
幸せ、と聞くとちょっと火遊びしたくなるが、投薬後の様子を見るとそんな気分は吹っ飛ぶ。
「あはーん……はぴねす!」
「んぎもぢぃいのぉお!」
「めけめけ」
などという奇声を恍惚もしくは真顔で叫んでのた打ち回るか踊り出す。めっちゃ気持ち悪い。
この北ハイロウ臨時集団の背後にはワゾレ方面軍がいつでも、敵でもこの尖兵達に対してでも総攻撃を仕掛けられるように督戦軍として待機している。また坑道を掘り進んで地雷による敵防御施設の爆破も企図している。
この突撃の反復はいつ終わるか分からない。敵の防御陣地は横に広く縦に深い。アイザム峠での足止め以降、工事期間も人員物資も潤沢にあって、元からある程度の規模の陣地があったと思われるが、それにしても執拗に頑丈に出来ている。
敵は才覚のある者は積極的に方術使いとして動員し、こちらの術工兵と似たような――もしくは凌駕する――運用をしている。
符術という、定型魔術の先を行くものが採用されていることが驚異的。発現させるべき方術を容易に想像出来る詩句が書かれた符を読むことにより術の標準化を高度に実現。また点火の術の符張り地雷のように遠隔地に対して術を発動させる敷居を下げる応用も素晴らしい。
方術の哲学である”方”という万物を分類する境界線という概念を、それをずらして性質を変化させるという考え方に基づいた術に見習いたいところは多々あるが、魔術に奇跡に方術は名前だけ違うようでいて言語や思想に影響され、そのまま真似が出来ない。定型魔術でやれることと方術符術でやれることは違ったり似たりする。今敵が主に使っている木網、金茨、浄水のような術はグラストの魔術使い達でも容易に真似出来ないそうだ。既に存在するものをある程度自在に変化させるというのが魔術的に難しいらしい。土のように変化というより崩す、細やかに破壊する場合は問題ないが、特に植物を奇怪に成長、つまり変化させる術は天才でも真似出来るか怪しいそうだ。逆に負傷を治療するような方術は天政では今のところ確認されていないという話もある。方術で負傷治療を行い、変化を与えると一時的に肉は盛り上がるが血が通わず腐ったり、骨が変になってこれまたそこから腐ったり、神経が通わないなど、致命的な障害があるらしい。
ハイロウの奪取からの次段階への進展は目覚しいがまだまだ序盤の戦いが終わったばかり。まだ奇襲に圧迫されて劣勢に陥っただけで龍朝天政に挽回の機会がいくらでもある。北征軍は半壊したが組織だったその半分は後退戦を行えており、更なる敵主力軍は依然として健在。これまでの戦訓を元にその主力は強化されて立ちはだかる。
北征軍とその類縁であるカチャ軍にはまだ施条砲は軽砲以上の大口径砲が配備されていない。南覇海軍の鋼鉄艦には対艦用にそれなりの大口径砲が配備されているから量産体制には入っている。生産の遅れを偏重配備で間に合わせた結果だと思われる。
浸透して偵察を行った竜跨隊と潜入工作員がやっと送ってきたまとめ報告書を照らし合わせると、塞防軍には艦砲の陸戦仕様の直射利用を念頭に置いた防盾付き中口径野戦砲と、こちらの重砲には及ばないが曲射利用を念頭に置いた大口径榴弾砲が配備されていると判明した。確実に手強い
砲の充実だけではなく危惧すべきは龍人の充実。
術の才覚が非常に優れた者は龍人兵として採用されるとバフル・ラサドとテイセン・ファイユンから情報として入手しているのだが、戦場には見当たらない。人口数億の龍朝天政にはそういう天才が軽く一万人以上いてもおかしくはない。かつて東大洋で受けた三角波の術で船を一撃粉砕したルオ・メイツァオを思い出せば驚異的で目立つ。その目立つ連中がいない。
北征軍には龍人だけで編制された精鋭部隊、白龍甲隊がいてアイザム峠ではそれに戦略奇襲を大いに減殺させられた。その精鋭達が今の北征軍の窮地に姿を見せていない。
またその白龍甲隊の連中だが、交戦した部隊からの証言だと方術の類を使用していなかったらしい。そしてその精鋭と呼ばれた者達だが、降伏した北征軍兵士からの証言だと一部指揮官を除いて頭があやふな者達ばかりだったとのことだ。あの魔族のなりそこない、アソリウス島の化物騎士の類縁だろう。
超強力な予備兵力として方術を非常に得意とする龍人軍が編制されていると見て良さそうだ。こちらも魔族軍の編制をしているから考えることは同じなのかもしれない。
龍人兵対策が必要。奴等は既に銃で殺せると分かっているが問題は龍甲兵。あの分厚い甲冑は銃弾を防ぎ、装甲の隙間を狙撃しないと殺せない。歩兵分隊支援火器の重小銃による射撃は試していないので効果不明。
野戦では、龍甲兵が馬に乗れないという欠点があって、非正規騎兵軍が機動力と物量で優越して勝てたが、これが市街戦、今行っている塹壕戦に投入されたら死体の山を築いても打ち破れない可能性がある。
小口径の物も含めた砲による直接照準射撃で撃破は可能だろうが小回りの利く相手では辛いところ。火炎放射器や毒瓦斯も有効だろうがこれはいつでもどこでも使える兵器ではない。グラスト魔術使いなら同等に戦ってくれそうだが、人数も限られているし、雑な戦いで浪費したくはない。工兵としての働きに期待している。
内務省軍考案の建物に篭る武装犯罪者に対する突入兵器である打撃爆雷の装備が有効と考えられている。着発信管を付けた着脱式の爆薬鎚を長柄に取り付けた物で、殴れば爆発の衝撃で穂先が吹っ飛んで打撃者への反動衝撃がほぼ無いという。他にも同じく内務省軍装備の散弾銃に散弾ではなく大口径一粒弾を込めた物が考えられている。打撃爆雷より現実的に思える。
ハイロウ侵攻時より塹壕戦の割合が格段に増えている。対龍甲兵対策ではなくても、内務省軍的な閉所戦闘を考慮した装備を配備するべきだし、進められている。
もう少しパっとした何かが無いかな?
ダシュニルワインも一本、ジュレンカにも注いでやって――杯は一つしか用意してなかったので自分が飲んでた杯を渡したら「ここですね」と口をつけたところに重ねられた――空けたところで引き上げようかと思っていたら、黒蛇で白肌の思ったより体の大きいテイセン・ファイユンがとてもとても辛く、痛ましい表情で蛇の半身をくねらせてやって来た。その様子を見るだけで胸が締め付けられる。
「総統閣下、彼等にお許しを……兵ならば覚悟はありましょう。ですが民兵ですらない者達をどうか解放して下さい。お願いします」
「私が許しても軍が許しません。総統である私の独裁体制に見えるかもしれませんが、既に意思から、手の内から帝国連邦と軍は離れています。この転がりだした車輪を止める方法は私には正直思いつきません」
テイセンが俯き、結い上げたはずだが心労で手を入れる余裕が無い髪が垂れ下がる。
両手でその顔を包み、指先が髪に挿さる。上を向かせるとたまらん顔をしやがる。
「働きが悪いと彼らの妻子も戦列に加えることになるでしょう。彼らのために頑張ってください。指揮官である貴女が救うのです」
蛇の目から温かい涙が伝って手に落ち触れた。
いい!
凄く良い!
性癖を捻じ曲げてくるぞこの女!
■■■
カチャの確かな包囲と攻撃の開始と進展を確認した。大内海連合州軍からも、損害が史上稀に見るほど多大で膠着しているが戦えていると報告を受けている。であれば中央軍は東への攻撃に専念出来る。
目前に迫る敵はランダン北方軍。理想は彼等を圧迫しつつも撃破せず追い散らし、北域軍を強力に拘束、最高で旧ベイラン方面にまで後退させてランダンを圧力から解放して寝返らせ、北側からその南北回廊を南進してダンランリンの背に進出し、ランダン南方軍も寝返らせることである。流石に欲張り過ぎだとは思うが、カチャから東方への連絡線を断ち、孤立化もしくは孤立の恐怖を与えて降伏や放棄からの撤退、もしくは無援状態にして殲滅させたい。
南方総軍からダンランリン攻略状況の一報が入る。
シャルキク方面軍督戦下で南ハイロウ軍は、グラスト魔術使いの術工作や重砲兵群の射撃に支援されながら勇敢に突撃を反復して彼我に対して多大な出血を強いているそうだ。民兵と違い訓練され、指揮系統が定まっている正規軍なので元は仲間であって北征軍第一軍団に対する攻撃に躊躇は無いらしい。
元西陸道道令バフル・ラサドは今のところ献身的で”人民を守り、衣食住を保障するのが務め。ことここに至っては降伏し、全面的に仕える”などと発言したことがあるそうだ。また血の洗礼に対しては”異存無し。全軍率いて血の山河を築く”と回答したそうだ。
サウ・ツェンリーを己の宗教組織である宇宙太平団の救世主とまで呼んだ男の変わり身は非常に胡散臭い。補給をろくに与えられず、南ハイロウ制圧中に入手した食糧が尽きれば敵味方の死傷者の肉を食いながら共食いして戦うことになろうというのにその聞き分けの良さは不気味である。彼等はある種の”人外”の怪物に仕立て、外世界から忌み嫌われ、孤立させて居場所を帝国連邦にしかなくなるように仕向けたい。妖精もどき化、と言っても良い。
ランダン侵攻に際しては山岳高地に強い竜跨隊に活躍を期待するところ大だが敵の飛竜対策が進んでいる。
最前線では見ないが、後方地域では要所に三連発の斉射砲を四連装にし、仰角を付ける砲座に乗せた兵器が確認されている。そして斉射砲の対空射撃時の有効射程限界から上空で炸裂する榴散弾の時限信管調整の工夫、上空射撃法が確立した大砲の存在も確認されている。これも仰角を付ける砲座に乗せられる。そして歩兵が一斉に寝そべり、空へ向けて小銃を一斉射撃する動作も確認されている。低、中、高高度での対飛竜射撃術が確立された。
その射撃術が確認された時には既に何人も撃墜され、報復に目玉を抉ったものが送られて来ている。高い位置からの落下なので竜も跨兵も即死しているが。
こういう対空射撃に対する警戒は十二分にされてきたが、高度を十分に取ればある程度接近しても大丈夫だという油断があった。
クセルヤータは竜跨隊の明確に行動方針を変えるそうだ。まずは敵軍に接近しない。飛行は夜間、昼は山を歩いて高所から徒歩で偵察を行う。可能な範囲で護衛騎兵、軽歩兵を伴う。偵察活動は跨兵だけでなく偵察隊の航空輸送でも行う。敵が侵入出来ない難所に航空偵察基地を設営するなど、簡単に思いつくところが試されることになる。
また竜による空挺作戦で成果を出してしまったのが悪例であるとして全隊に必要外、主に迫られた自衛以外の攻撃禁止を命じた。撃墜された竜達は血気盛んな性格の者が多く、そして携帯砲を所持していたという。空から一撃して脅かしてやろうと色気を出し、射撃姿勢を取っている内に行き足が止まり、高度が下がり、的になったと思われる。
気球観測部隊を航空輸送で航空偵察基地に配置することも試験的に行われる。竜なら高地に展開出来るので更に高地を取る必要性は怪しいし、気球の管理は装備が必要なので大掛かりになるから難しそうだが、そういうことも含めて試験される。
敵も進化しているが、こちらも進化する。色々と新兵器情報が軍務省報告書に載っていた。
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