第282話「折角の奇襲」 クセルヤータ
中央軍が攻略中の都市ムドの北方、ガシュブ川が中心に流れる同名のガシュブ盆地を眼下に収める。
広大な荒野の中、草木まばらな山に囲まれた盆地。川沿いに濃く緑が茂ってその脇、灌漑沿いに農地が広がって対比になる。事前情報だと綿花のような換金作物が主力らしい。
農地外側の牧草地には粒に見える家畜が群れで草を食んでいる。その周囲でちょろちょろしているのは牧羊犬だ。
「高度まだ上げて」
風が強くても骨伝導に会話出来る杖を口に当てたアクファルが、自分の頭に突いて喋る。
翼を仰角に曲げ、羽ばたいて上昇。風に滑るより負担が強いが、ふと軽くなって速度が上がる。アクファルの後ろ、背中の席でガチガチに落下防止索で縛って窮屈にしているグラストの魔術使いが上昇する風を生み出し補助している。非常に楽。
腹鞄より、竜用の望遠鏡を取り出して自分も眼下を覗く。地面に何があるかはっきりと確認出来る程度の距離まで高度を上げ続ける。
「どうだ?」
「このくらい」
上昇を止め、風を翼で掴み、翼の肩と肘が力に負けないように伸ばし、皮膜を張って滑空に移る。
直接の航路はヴァララリ山地東側の尾根沿い。盆地には主だった都市は無いが、防壁で囲って砦と化した要塞村が点々とある。村は防壁を兼ねる家が穴空きの円になり、中心に広場と井戸という組み合わせ。
この地は長らく荒れていたらしいが、サウ・ツェンリーが実権を握って以来良く開発されてきた。伝統的な大都市こそ無いものの、複数の要塞村が囲うような中心部には露天市が定期的に開かれる広場があり、そこが軍の集結場所になって、騎兵百人隊を常時配備出来る基地にもなっている。露店だけではなくそこに住み着いた商人がおり、村の上位組織の意志決定の場所である会館が設置され、職人街もあって規模はこれから拡張しようという雰囲気。荒廃さえしなければそこが何れ都市化する雰囲気を持っている。
ガシュブ盆地はムド程ではないが、前線に近い地域である。本格的とまではいかないものの正規の騎兵を中心に、戦闘に備えて徒歩の民兵達が村の近くで隊列を組んで訓練している姿が見られる。雑感で、召集となれば万単位の民兵動員が見込まれる。
首の鞍に乗るアクファルは望遠鏡を使いながら拠点、人員、有力資源配置も含めた地図を作成中。ザカルジンが用意した地図はあるが簡単な手引きにしかならない。我々が今欲しているような情報が載っていない。
地図を作るのは彼女の仕事。こちらの仕事は飛ぶこと。飛び続けるためには足場が重要だ。そう一日に何度も高高度を取るような運動は出来ない。だから山地の尾根沿いを基準にしている。
竜の望遠鏡で次の足場に見当をつける。あまり今の滑空高度から下がらず、そして安全に着地出来るような、出っ張った岩が無く、崖崩れしそうになく、一走り出来る広さがあって傾斜が無いか緩い場所だ。
見当を付けたら鳥の動きに草木の揺れ、埃や砂塵が吹く方向から上昇気流が発生しているとこを見定め、高度をやや落としてもいいから前進、目的の足場より若干低めに行って気流に乗ったら少し羽ばたいて上昇し、着地の衝撃、高低落差がほぼ無くなるようにして足で地面を蹴りつつ勢いを殺し、出来れば出っ張りの岩か岩の壁に手を突いて肩肘を曲げて衝撃吸収をして停止。
着地したら一休み。出来れば川か水溜りが近くにあれば良いが、今回は無かった。革袋から水を飲んで、岩塩塊を舐める。
落下防止索の要らない――一本だけは必ず付けてる――アクファルは鞍から身軽に飛び降りて、高いところの崖縁へ行って盆地を望遠鏡で眺めながら地図作成を続行する。
落下防止索を幾本、何とか解き、無言だがやや具合悪そうにしている術使いが降りるのを、翼で坂を作ってやって手伝う。降りたら彼はそのまま地面に座り込み、携帯食を食べ始める。
自分もアクファルの隣の高いところに立ち、竜の望遠鏡で次の足場に見当をつけて飛行計画を立てる。風を読んで、上昇気流が吹き上がる滑空に良い”筋”を見つける。
「どうだ?」
「今日襲撃出来る分は描いた。集合させて」
「分かった」
腹鞄から竜の笛を出す。人間の可聴音域を越え、遠くまで届く。一応、吹く前に風を見て差し障りが無いか確かめる。この時に駄目なら位置を変えたり、一度高く飛んだりするが今回は問題無い。
我が隊はこちらへ集合せよ、との合図の音を吹いて出す。他三人からの音が返ってくる。
我々竜跨兵の先行偵察隊は四班構成。
先頭に指揮官、自分クセルヤータ班。アクファルと術使いが乗る。
右側面担当、バイアルル班。こちらも跨兵と術使い。重火器を持つ。
左側面担当、年のいったシャーシール班。こちらには跨兵とケリュン族の占星術師と術使いの三人。
そして後方に人を乗せない、一番若いバルミスドが単独。
待つ。地図作成に報告書の草案を素早く書き上げたアクファルが、今度はお土産用に……自分が出したコーヒー豆の排泄物を並べて干し始めた。
「またか」
「お兄様に飲ませる。喜ぶ」
「総統が?」
「喜ぶのは私」
何とも言えぬ……頭の中ですら言葉にならん。
待てば竜三人、人間五人がこの足場に集合する。
まずは各自が集めた情報、作った地図を見せ合って誤りや見過ごしがないか確認する。先行偵察隊は四角形を作り、それぞれに見える角度が違い、同じところを見た感想は違ってくるし、後続になれば見る時間帯が変わってくる。時間帯も重要なのでそれぞれ、懐中時計でもって目標物を確認した時刻も記載してある。
そして新しい地図と情報を載せた報告書が草案を叩き台に仕上がる。これは騎兵軍が今日、ガシュブ盆地を効率的に襲撃する手引きになる。これらを読めばどの程度の部隊をどこに配置してどちらに前進させれば良いかが分かる。その際に障害となる敵のことも勿論記入してある。後の細かい調整は地上と空で連携して何とかすることだ。
アクファルが細身のバルミスドの腹鞄に、その二つと乾燥発酵豆の包みを入れた通信筒を入れて託す。
「バッドくん、お兄様に」
配送先はベルリク=カラバザル総統自身。
「行って来っぜ!」
アクファルに両頬をパチパチ叩かれたバルミスドは元気良く走り出し、崖から身軽に跳ねて飛び降り、少し落下に勢いを付けてから上昇気流を掴まえて一気に加速して滑空、それから羽ばたいて高度を徐々に上げていく。あんな飛び方は人を乗せない若い奴にしか出来ない。
「俺も昔はあれくらい出来た」
「昔語りは老いぼれの証拠だおっさん」
茶化すバイアルルの背中をシャーシールが尻尾で打つ。
年寄りの大きい身体で飛び込み加速をやったら翼を折って地面に激突する。
■■■
バルミスドの帰還、伝令任務の達成を確認したら休憩中に作った次の飛行計画に沿って偵察を開始する。疲れているバッドくんは一旦休憩し、後から続く。
覚醒用のコーヒー豆を口に含んで、足場で走って加速してから翼を広げ、上昇気流に乗って舞い上がる。疲労から復活した魔術使いの補助付きなので思ったより高く、軽やか。
火薬が炸裂する音が下から響いている。霧ではない白煙が風に緩く流されている。
ベルリク=カラバザル総統率いるレスリャジン騎兵軍二万がこちらの作成した地図を元に襲撃開始。隊列は前衛にやや散開した男騎兵一千、後衛に女騎兵一千を配置した縦隊が、横十列に並び、川を中心に左右に分かれて北上。漏らさず徹底的に攻撃する意志が伝わる。
男騎兵は要塞村や基地を兼ねる市場、またある程度の防御力を有する敵大集団にはかく乱攻撃を仕掛ける程度にして迂回、先へ先へと浸透していく。主だった攻撃目標は小集団や単騎にてどこかの部隊へ合流しに動いている敵である。まず敵を集結させないで部隊として完成させない。有力な指揮官がいたとしてもその手足に神経が通う前に切断して麻痺させるのだ。そして何より一番の目標は、北へと走ってこの有事を告げに行く伝令だ。気が付いたら騎兵軍が目前に迫っていたという状況を作り出す。敵が迎撃準備、住民避難へ動き出す前に先制攻撃を仕掛けるためだ。
女騎兵は男騎兵の後詰である。荷車を引き、比較的重火器を持つ彼女達が要塞村や軍事基地、敵大集団を正面から攻撃。砲火力の衝撃で早期に打ち破れれば良し。出来なければ敵を拘束し、先を行く男騎兵が反転して金床と鉄槌に挟み撃ちを行って敵を潰す。
敵が部隊の集結に成功し逆襲を目論見、そしてそれに対応する部隊がいない時には後方で温存された親衛騎兵が出張り、重火器とその精強さで粉砕する。
総統率いる親衛の騎兵一千人隊は先頭ではなく、最後尾にて予備兵力となりつつ全隊の統制をしている。人馬共に最優良の親衛騎兵は足が速く、長いので予備として最良。逆に先頭に配置すると他より脚が良過ぎるので後続を置き去りにして、追いつこうと無理をさせて疲れ果てさせる可能性がある。
帝国連邦騎兵は要塞に弱くない。軽装備の馬賊相手程度を想定した要塞村は焼夷弾火箭の一発で炎上、黒煙が上がる。あの上は臭そうで飛びたくない。
村や市場を降伏させたら住民を連れて歩き、次の村の前で並べて降伏勧告に使うこともある。従わなかったら一人ずつ目玉を抉って送って脅す。反抗する者は全て吟味などせず素早く殺していく。それから作戦上捕虜を置き去りにしなくてはいけない場合は手早く目玉を潰して放置する。他の竜跨兵の隊が脅迫の手伝いをすることもある。具体的には切断した住民の首を袋にまとめて入れた物や、人間より大きい体で踏んで原型を崩した死体を空から村の広場に投下するなど。
我々、先行偵察隊は地図作成による先導が最優先なので地上の戦闘には最低限しか関わらない。後続の竜跨隊は各千人隊につきっきりで周辺、そして侵攻先の敵情報を短時間に送り続ける。
直接近くで敵を監視する班、遠くの敵を監視する班、手旗や口頭や手紙で情報を受けて渡しに行く中継ぎ班、中継ぎ班から情報を受けとって担当の千人隊長や隣の隊にも伝えに行く班など、役割分担をすれば敵の動きが即座に広範囲でほぼ分かってしまう。手っ取り早く低空飛行して直接味方の騎兵隊を誘導する手もある。そうして各騎兵隊の任務を高水準で達成させる。馬は出来るだけ殺さず奪うようにしているので、逃げた馬がいれば空から先回りして吠えて追い返し、味方に回収させるのも飛竜の得意である。
これら伝達の連携方法は、元は東西スライフィールにて商取引情報を迅速に流すために編み出されたのだが、今や帝国連邦軍の電撃的な侵攻作戦に組み込まれ、昇華されて高次元に完成されている。
略奪もこちらの地図に記した通りに計画的に遂行されている。
位置を把握した家畜の群れ、羊や山羊に牛に馬に駱駝が素早く集められ、先頭を行く男騎兵に優先的に配られる。歩く食料は機動作戦に有用。
加工済みの食糧や押収した小麦粉は後を行く女騎兵が受け取る。村の設備、燃料、足りなければ家や家具を燃やして素早く簡単なパンを作る。流石に挽いていないような穀物類は加工が手間なので捨て置くか、馬などに食わせている。
先行偵察をして地図を作りながらガシュブ盆地を北に抜けている。村と基地、敵部隊への襲撃、略奪を繰り返す様子を尻目に進む。
敵の錬度はチャスクからムドで戦う正規兵に至らない。あの群壕戦術とやらも多少はやっているが、壕を掘り始めるのが、先制攻撃に主導権を握り続けるレスリャジン騎兵との衝突直前なので小規模過ぎて足止めにすらならない。民兵に至っては自分の畑を掘り返すのに抵抗する始末。
最前線のアイザム、ムドで激烈な消耗戦を演じているので北征軍は一線級の兵士をここのような主要都市も無い辺境に配備する余裕が無いのだろう。それでもこの盆地に、畜害風で減った馬に乗る騎兵を配備しているのは、我々がここを襲撃する可能性を忘れていなかった証拠。ここを守り切ることは考えていないだろうが、援軍が到着するまでここで時間稼ぎをすることは考えているはず。
ガシュブ川の下流、終着地点のクプルヌ湖にはハイロウ屈指の大都市エンザがある。その湖は、北から流れる北ハイロウの最大河川ユルケレクの下流、終着地点でもある。であるから北ハイロウ物流、情報が集まる中心の一つである。そこへ敵が騎馬のみならず船で伝令を出せば、何れ、余裕があれば予備兵力がこちらへ投入されるかもしれない。あえて見捨てることも有り得るので確証は無い。
悲鳴が響いて火薬が鳴って、流れる煙と火が上がる。
何本もの騎兵縦隊が敵地を、農地を踏み荒らして土煙を上げて行く。擦れ違い様に先頭集団が敵兵へ馬上から銃撃と弓射を浴びせて撃ち崩し、崩れたら後続が射撃しながら突撃を仕掛けて粉砕し、更なる後続が粉砕して散らばった生き残りを掃討する。
点々とある村や市場を兼ねる基地には焼夷弾火箭が噴射煙を上げて飛び込み、爆発して黒煙上げて燃え盛る燃料を撒き散らす。いじらしく川や井戸から桶で水を汲んで、列を作って手渡しに水をかけては燃料を拡散させて被害を広げているところもあれば、砂や土を堅実にかけてある程度鎮火に成功しているところもある。ただし、火箭は容赦なく立て続けに撃ち込まれるし、火箭だけではなく旋回砲や騎兵砲による砲撃も加わり、迎撃が無いと分かれば接近して銃撃に弓射も加わる。そして包囲して土煙をわざと上げるよう馬で走り回って喚声を上げ、笛や太鼓を鳴らして威嚇演奏して降伏勧告。
その前後で伝令や斥候、威力偵察隊が忙しく駆け回る。
その脇では略奪掃討の部隊が、恐怖で逃げ惑って高い声を上げる女子供や鳴き喚く家畜に追いつき、囲んで巻き狩りにして動きを止めてから殺したり投げ縄で捕らえていく。
そんな戦場を横目に足場から足場へ飛んで進み、地図が仕上がっていく。頃合を見て先行偵察隊を集結させ、情報を持ち寄って統合し、ベルリク=カラバザル総統に提出する体裁を整えたらバルミスドが届けに行く。
次はボガーヴァリ砂漠。人も少ない水源も未開発な辺境中の辺境。騎兵軍はそこを越えるための食糧をガシュブで奪って掻き集め、十分な量に達している。荷物になるパンより移動する家畜が砂漠の横断で重要になる。自分で歩いて水を飲んで草を食うという性質は素晴らしい。落ちて転がるしか動く術の無いパンと違って便利なのだ……妖精達は人間を移動する労働力兼食料とすることがあるらしいので、効率だけで考えるとそれが最良かもしれないが。
わざわざ砂漠経路を行くには理由がある。整備されたユルケレク川沿いの主要街道より単純に距離が短い。ダシュニル経由なら三対五、イェルラから砂漠を横断してウルンザライに直接行くなら三対四ほど。とにかく違う。それなのに主立って使われていない経路なのは貧しく厳しい地域で大勢を常時支えるような水源が無く、途中休憩するような都市が無いからだ。
■■■
ガシュブではマシだったが、ボガーヴァリまで行くと辛い砂漠気候が顕著。だから行動は基本的に夜だが、新月であったり、偵察のために昼間の一時だけ活動することもある。
日光対策に目簾――目を傷めるので――付きの白い頭巾を頭に巻く。これはアクファルに手伝って貰う。
ボガーヴァリ砂漠は西に見えるベグラト山脈東麓沿いに移動する。目標物が無く、水源に乏しい砂漠の真ん中は行かない。迷いそうな時のためにケリュン族の占星術師が常に天測を行っているので定期的に集合しては位置確認をする。
ボガーヴァリへのガシュブからの伝令到達は阻止した様子で、一見して南からの襲撃を警戒しているようには見えない。こちら先行偵察隊でも、伝令かただのお使いかは分からないが、北上する者は見つけ次第急襲して殺している。拷問付きで尋問するに、お使い帰りだとか結婚式帰りだとかそういう者が多かったが、襲撃を伝えにボガーヴァリ砂漠を縦断する心算だったという伝令もいた。また山沿いにある狼煙台、これらは全て優先的に潰して――この辺りでは入手し難い薪に油に煙が立つ薬剤を回収不可能な場所に捨てれば短期に修復不能――回った。これが一番大変だった。
道中にある水源は見つけ次第地図に記入していく。実際に飲めるかどうかも調査する。塩水――濃度が薄ければいいが――であったり、動物の死体があって汚染されていたりする場合がある。
砂漠には盆地のように要塞村は無いが、少数の遊牧民の野営地――同時に家畜の群れ――を見つける。移動式住居ではあるが、常に使える水源の傍にいるので活動範囲は地理を把握すれば大体分かる。
眼下の遊牧民、戦争などないようにのどかに見える。空を見上げ、こちらを視認する様子が窺える。勿論降下し、殺す。家畜の世話の手伝いをしている小さい子供であろうともだ。子供でも口を開き、大人の耳に入り、その口が敵軍に告げる。
水源と遊牧民の他に、野生動物の群れの活動範囲も把握する。こちらも水源の傍を活動範囲にしているので分かりやすい。生物は水無しに生きていけない。
騎兵軍はボガーヴァリに到着したら遊牧民と野生動物の群れを狩りつつ、水源沿いに進むことになる。
腹が減る。流石にコーヒー豆を舐めるだけでは辛くなってくる。
竜四人で野生の羊の群れに見当をつけ、四方から吠え立てて巻き狩りにして一箇所に集める。集めながら、アクファル筆頭に竜騎射が出来る名射手達に射止めさせる。
狩猟生活より雇われ生活の方が我々飛竜には馴染み深くなってきているが、本来の生活はこれだ。火は使わず、そのまま羊を生きたまま食べる。血も小便も貴重な水分、漏らさず――毛玉吐き防止に毛は刈って貰った――飲み込む。人間と違ってこの程度で腹は壊さない。大食らいのグラストの魔術使いも腹一杯に肉を食べ、血を飲んだ。これで次の活力は得た。
後はまたバルミスドに砂漠の地図を託して届けさせる。
総統との地図、手紙のやり取りをする内に南の情報が入って来る。
親衛騎兵が先行して砂漠入りをし、その次に男騎兵が続く。隊列が変わった。
女騎兵はガシュブ北まで侵攻してから後方警戒に移った。残存敵を掃討し、後顧の憂いを絶ちつつ、この事態を察した第一軍団が差し向けた予備兵力に備えている。この予備兵力を無視し、置き去りにして北上する手もあると思うが、もし北で進撃が停止した場合、致命的になり得る。どの程度の規模で攻撃するか、どれだけ安全を確保するか、判断の難しいところ。
友軍も遊んでいるわけではなく、ストルリリ峠を越えたマトラ、ワゾレ方面軍がムド戦線に参加し始めたのでそのガシュブに向かった予備兵力も後退せざるを得ないかもしれないし、その前後移動の隙にムド攻略が進展するかもしれない。
■■■
先行偵察隊のボガーヴァリ砂漠越えは大過無く終了した。一つあるとすれば砂嵐に遭遇したことだろう。遠方に空高くまでそびえる砂の壁が出現するので浴びる前に察知出来た。この時は偵察どころではなく、着陸して物陰へ行って凌ぐ。そして機械部品類は防水防塵袋で覆って保護した。
遂に目的地のアイザム峠東側に迫る。
ここまで来ると敵の重点警戒地域になると思われるので行動は慎重に、時間は掛かるが日中はあまり目立たぬように空高く飛ばないようにし、常に山肌に這うように行く。高い視点が欲しい時は月明かりを頼りに夜にする。今までは速度重視だったのだ。
それでも敵斥候に遭遇する。こういう時はアクファルに頼ると片が付く。
敵の真上、上空を取り、その馬が走る方向に進路を合わせて並行。
解いた落下防止索を指に巻いた自分の手が、アクファルの足を掴んで逆さ吊りにする。その姿勢で弓矢を射り、仕留める。
「クセルヤータ、馬取る」
「分かった」
高度を下げ、主を失っても走る馬に近づいてアクファルの手が落下防止索を解いてから、その鞍と手綱を掴んだことを確認して離れる。突然の騎乗者に馬が暴れるが、竜の背に乗って平気なアクファルはその暴れ馬を制する。
制したところで傍に着地する。また馬が暴れるがアクファルは御す。
「出所を探ろう」
「足跡追って進んでるから、皆集めて」
「分かった」
斥候の出所が重要だ。元をどうにかしなくてはならない。
それから他の竜三人を呼び寄せ、四人での空からの偵察と、馬の足跡の追跡からその場所が発覚。ボガーヴァリからの来訪者を監視する、山腹に位置する監視塔である。柵で囲まれた塔と宿舎と厩と倉庫という簡単ながら一通り揃っている施設だ。無視出来ない。これは騎兵軍の接近を見つけてしまう。狼煙でも焚かれればまずい。
もう一度全員で集まって襲撃計画を立てて実行する。
まずは占星術師に、殺した敵などから奪った品をまとめて持たせ、先ほどの馬に載せて商人に偽装する。奪った馬だと直ぐにバレないよう飾りや頭巾だとかを付ける。
柵の門へ行った占星術師が門衛二人へ大仰に喋って注意を引き始める。
空からは、先程の手法でアクファルを逆さ吊りにしてから静かに弓矢で狙撃する。揺れの少ない滞空を安定させるための術使いには風で頑張って貰う。
塔の頂上にいる監視兵は三人。暇そうに、時々鳥が横断する程度の砂漠を眺めている。
一人目に矢が突き立つ。脳天、倒れる。
二人目が異常事態に気づき、上を見る。顔に矢が突き立ち、叫んで転がる。
三人目が警鐘に手を掛ける前に矢が肩に突き立つ。一旦体勢が崩れるが持ち直し、警鐘を鳴らしに再度手を伸ばしたところでその肘にまた矢が突き立って防ぐ。
生きている二人目、三人目に毒が回って苦しみ出す。
二人目、三人目が上げる声で敵全体が異常事態を認識する。ただ、また襲撃と理解していない。門衛二人が塔へ振り返り、その背中に占星術師が喋り続けながら拳銃を抜く。
竜の笛を吹いて合図を出す。
シャーシールが兵舎の庭に、乗った跨兵二人が地上射撃をしながら降り立って非番の兵の一部を踏み潰しつつ、尻尾を振るって庭の椅子や卓などなぎ払って生き残りを混乱させる。勢いが付いて危険だが、その広げた年嵩の大きな翼に術使い二人が風を送って着陸を緩やかにした。
シャーシールはそれから兵舎の壁を蹴って壊し、屋根を突き破る拳を振り下ろして屋内を制圧。着地場所の安全が確保されたら術使い二人が背から降りて刀と拳銃を手に身を守りながら、非番の生き残りをもう一本の腕のように動く回転する砂で削って血肉が散水のように撒かれる。あれは”砂のかまいたち”と言うらしい。
門衛二人は武器を手に兵舎側へ駆け出そうとしたが、占星術師がその背中を拳銃で撃ち殺した。
単独のバイアルルが携帯砲で塔を狙撃、一撃で穴が開く。内部が不明なのであぶり出しも兼ねる。何度も撃つ。
バルミスドは高度を取って周囲警戒中。何かあれば言ってくる。
アクファルを頭に乗せ、高度を下げる。斜めに旋回していき、両足で塔の頂点あたりの壁に足の裏を当てる。壁石が崩れて梁の一部が折れるが倒壊まではしない。
そして頭を塔の頂上に突き出し、アクファルが飛び移る。手には刀と弓。弓射をしながら刀も使うあの戦法だ。
蹴りの反動と「風!」の合図で魔術が発動、羽ばたいてもう一度飛び上がり、それから高度を羽ばたきつつ下げて塔の壁を手と足で引っ掻き崩しながら減速、着地。
脅し目的に塔の壁を手の平で叩いて揺らし、音を鳴らす。叩き具合から倒壊しない程度に時々拳を入れて穴を開け、怯える敵を見つけたら拳を叩き込んで家具、荷物ごと潰し、拳を引く時に死体や生き残りを掴んで直ぐに潰し、それから壊れてない窓にその肉片を叩きつけて入れる。生き残りを怯えさせる。
そうしている内に術使いが背から降りて、塔の入り口から攻め入る。
余り塔ばかり殴っても二人が危険なので後を任せて周辺警戒。便所か何かで外れの方にいて竦んでいた奴がいたので摘み上げて捕らえた。
殺すだけではない。敵は生け捕りに出来たなら手早く苛烈に拷問し、当てになるかはともかく情報を抜き出す。これは信頼せず、参考にするだけ。
こうして障害を排除した。
■■■
監視塔の制圧後、やって来た敵の伝令も待ち伏せに殺した。連絡が無いということで何れ事態は発覚するが、もう目的地は近く、騎兵軍は我々の先導によって素早い進軍が出来ているはずだったが、今やこちらに向かってきているのは親衛騎兵の一千のみである。
男と女のレスリャジン騎兵はガシュブ盆地に到達した第一軍団の大規模予備軍、十万には至らないが軍と呼べる規模の攻撃を受けているそうだ。こちらの第二軍団に対する奇襲攻撃を矮小化させることに成功してしまった。
折角の奇襲が先細りだ。ボガーヴァリの道を単純に二万騎がまとまって行くのは難しいことではあるが。
この南からのヘラコムへの一撃が強烈であると敵も分かっている。分かっているのは第一軍団で、襲来を察知していない第二軍団は、監視塔での戦いを思い返すに分かっていない。
なぜ分かっていないかは具体的に推測するのも難しい。見て分かるのは警備が手薄なこと。大雑把な推測をするなら、忙しくて疲れて忘れてしまっている、という理由があり得る。これは案外馬鹿に出来ない理由だ。特に、指揮官が絶対的な組織でその指揮官が忙殺されてしまうと色々と手抜かりが出て来る。北征軍というか、天政の官僚組織の仕組みが上意下達式なのでやはりあり得るか。指揮官暗殺などしたら直ぐに組織崩壊するのでは? それは大げさ過ぎるか。
■■■
そして遂にヘラコム山脈に分け入って、高所へ飛んで見晴らしの良い場所に到達する。夜の尾根の上から、遥か下に都市の、人がたくさんいることを示す灯かりが見える。占星術師が確認する。
「あれがアイザム峠東、一番目の都市クンカンドで間違いありません」
シレンサル軍の失態、総統が挽回するはずだ……であるが、精鋭とはいえ一千騎か……考えどころか?
「クセルヤータ、次」
「次?」
道が分かった。地図も出来て、案内が出来る。そしてアクファルはもう考えがまとまったと顔に出ている。バルミスドにまた飛んで貰おう。
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