第281話「最善の計画」 ベルリク

 彗星はまだ見えている。明るさはわずかだが減じたらしい。気になって大内海を渡っている最中も見続けたせいか指摘されないと分からなかった。

 占星術師に彗星が消えた時に天命が消失するかと聞けば、その時の勢い次第、とのこと。負けが込んでいれば今までは彗星の呪力で勝っていただけとされ、まだ勝っていたら呪力は順調に継続中とされる。そしてその時に勝利が確定していれば更なる勝利を天が求めているという解釈も可能。

 更なる勝利……その時の状況によるが、戦争計画から外れる行いであれば面倒事だ。頑張れば何とかなることならまだ良い……うん、自分が占いに影響され始めているな。占星術は利用するべきで、信頼すべきは軍務省のラシージだ。あいつの方が彗星より輝いている。

 迷う必要が無かった。戦後の軍事計画は軍務省が用意する。それが帝国連邦の仕組みだ。

 冬の奇襲は成功した。夏の攻勢は秋に移りつつあり、冬程の成果は得られていない。

 ヘラコム山脈、アイザム峠経路にて宰相――正式に宰相へ任命する書面は送ってあるのでもう現地でも宰相と呼ばれているかもしれない――シレンサルの軍は非正規騎兵軍五十万、東イラングリ、ラグトの雑兵を集めた臨時集団数十万を率いて夏の頃から攻撃しており、北征軍第二軍団によって峠の西側に封じ込められてしまっている。数で勝るが戦場の幅が狭いかの地で数的優位は戦術的優位につながり辛い。現状では消耗戦が続いている。士気統制に訓練装備の甘い東イラングリとラグトの雑兵達がいじけ始めるのも遠い話ではない。

 封じ込められている状況を打開するためにシレンサルは北ヘラコム開拓団を派遣して山脈北方、道無き針葉樹林帯を拓いている。敵第二軍団後方でラグト王ユディグの軍が龍朝天政から離反して敵中その手助けをしているらしいが、その様子は厚い敵の戦線の向こう側で確認が出来ない。

 ヘラコム山脈の西側、ラグト地方からイラングリにかける平野部には大軍が集まっている。北方軍集団とまとめて呼称する軍容はシャルキク、ユドルム、ヤゴール、イラングリ方面軍の二十二万、非正規軍の二十万、大内海連合州陸軍の二十万の合計六十万強。それに加えて戦闘に参加しないが新兵を前線に近いところで訓練して強い補充兵を作り続けている教導団。

 雑に戦況を窺えばシレンサル軍と、この北方にいる軍の集まりは戦闘を交代するべきである。シレンサル軍は機動力と騎兵数においては非常に優れているが砲兵、工兵が少なく要塞攻撃を不得意にしている。強大な野戦陣地を構築した第二軍団相手には相性が悪い。戦術的にまずい。そして戦略的には、反乱分子及びその候補である東イラングリ、ラグト兵を尖兵として磨り潰せているので順調だ。

 問題は消耗の具合が過度にならない程度に抑えられるかどうか。臨時集団の雑兵達は血の洗礼を受けた後に、資質優れた者達を選抜して訓練を施して右翼左翼の二個ラグト方面軍、ヘラコム方面軍、数を失った多用途の非正規騎兵軍への補充に充てる再編計画がある。遥かなる東征の後半戦、その再編した軍が頼れる予備兵力になり得る。一つ考えどころ。

 北方軍集団には交代の時期までラグトで準備を万端にさせている。彼らの工兵が懸命に作業をして後方から前線への補給路を構築している。鉄道延長の下準備も兼ねる。

 東イラングリからラグト、ヘラコムにかけての道は良くない。駅はバルハギン時代以来の伝統に従って良く整備されているが、重装備の大軍を支える物資を運ぶには能力が足りない。

 道幅が狭い。重砲の重量に耐える橋が無く、雨に弱い道が続く。湿気や虫に耐える倉庫が足りない。そこが解消された時にラグト駐留の北方軍集団が動き始めるのだが、この夏の間には厳しい。やってくる秋にはやって欲しい。冬になると動きが止まってしまうかもしれない。また畜害風が吹けばかなりよろしくない。それから道を作る以上に、征服したばかりの東イラングリからラグトにかけた地方の反乱抑止もしている。

 ザカルジンとハイロウを分けるヴァララリ山地。その中間地点であるストルリリ峠経路を自分ベルリクの中央軍八万が通過中である。山の起伏が障害であるが道は良い。地盤が岩で出来ていて頑丈で雨で泥になることもない。また川が多く飲み水には困らない。

 ザカルジン軍は、こちらが派遣した軍事顧問の指導で街道を再整備したので路面が悪くない。谷に架ける橋も良質。彼らは意外に使い物になるかもしれない。教わった通りに出来るというのは優秀な証拠だ。

 ストルリリ峠より西、ザカルジン地方にいるマトラ、ワゾレ方面軍十万は中央軍の後に続いてやってくる。その隊列は長い。悪いことばかり考えると状況が悪く感じるが、山地全体はザカルジン軍の山岳兵が抑えている。つまり道が安全。安全な道というのは非常に価値がある。

 統合支援師団”第二イリサヤル”はザカルジンにて前線工廠を整備中。ザカルジンは地形に気候が複雑で砂漠から氷河、農地から放牧地に塩性湿地帯から巨大な淡水湖まで有り、変化に富んでいてあらゆる資源に恵まれている。山有って鉱物資源有り、そして噴き出る天然瓦斯に湧き出る黒く燃える水、石油が焼夷弾や火炎放射器の燃料になる。あとやたらめったら美味いワイン! とそれの蒸留ワイン! 開発が進めばザカルジンは第二のイリサヤルのような工業地帯になれる素質がある。ここで線路の製造が可能になれば延伸中の鉄道の工事も早くなる。

 自分のいるこちら側の軍をまとめて南方軍集団と呼称。規模は合計で三十万強。ヘラコム側に戦力が集中し過ぎているのは準備万端に対龍朝天政への侵攻をしようと計画されていたわけではないのが原因だ。準備よりも機会を逃さないことを重点に置いた上で、素早く戦力を出来るだけ補給事情に合わせて派遣した結果である。

 そして北極沿岸部をフレクの王子率いる北極経路開拓団が進んで地図を作っている。北部の戦いで彼らが活躍するのは後のことになるだろう。もしかしたら戦後かもしれない。季節限定でも北極の海岸線を明らかにし、海路から補給路が繋がれば戦略戦術の幅が広がる。

 望みを言えば帰属が決まっていない北極圏部族をどうにかして手勢とし、北から少数でも構わないから襲撃を行って北征軍の後背地域を脅かして欲しいが、期待するのは非現実的。

 最良の計画ではないと思うが、今出来る最善を尽くしている。彗星如きより勝って光る第二の太陽ラシージが率いる軍務省が立てた最善の計画だぞ。


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 ストルリリ峠を東へ降りた最初のハイロウの都市チャスクを前衛に敵、北征軍第一軍団は防御を固めている。

 チャスクは国境要塞として作られ堅固。そこから東へ、都市ムドへ縦深を取って防衛線を構築している。この戦争を想定していただろうから備蓄物資も豊富と予測出来る。そしておそらく、ムド以降の防衛線の構築準備も行われている。

 この戦争におけるザカルジン軍の初動は、己の権益になるザカルジンと東イラングリの緩衝地帯である条約中立地帯の奪取だった。畜害風により東イラングリにラグトの軍勢も対応出来なかった。また条約により非武装化、非要塞化がされていたので現地人の抵抗もほぼ皆無であった。軽武装の警察組織程度はあり、賊と誤認されたせいで発生した小競り合いはあったらしいが双方の被害は誤差範囲内。

 次に目指したのがザカルジンとハイロウの境界線であるストルリリ峠越え。峠越えは成功し、こちらの軍事顧問の指導に従って峠以降の街道も整備した。

 その後は停滞。ザカルジン軍はチャスク目前にて、敵第一軍団の群壕戦術に阻まれた。

 群壕は応急的、緊急展開式の野戦陣地だ。小部隊ごとに塹壕を連結させずに掘り、円陣に展開して側面や背面といった決定的な弱点を見せない。線で構築しないのであっという間に出来てしまう。これはあえて成形されず、規模も大きくて偵察しても全容把握が難しい陣形になっている。

 円陣は小分けになっていてどこかを潰しても弱点が露呈するような作りになっていない。どこもそこそこに隣の塹壕と連携が弱くて脆弱だが決定的ではないのだ。優勢でも虱潰しにするには時間が掛かり、時間が掛かる程に巨大な、縦深性のある迂回突破されない塹壕線に発展していく。点の集まりだった塹壕が線になって結ばれ、堡塁と砲台が設置され、居住地に倉庫が増えていく。こうなると防御が固まって戦線が膠着する。

 その円陣から後方に繋がる連絡線は弱点のようだが、円陣を金床、後方の予備兵力を鉄槌とした罠が控えていてそう簡単に包囲をさせてはくれない。

 包囲が出来ないので消耗戦を演じることになるが、切断していない後方から次々と予備兵力が送られる。多少は円陣内に部隊を食い込ませても敵の塹壕がどこまでも横と縦に広がっていてキリが無い。

 そしてその後方の予備兵力を迂回して拘束、撃破しようにもそこも群壕からの大規模野戦陣地構築を行っているので、正面の円陣を迂回させたような勢いが減じ、行動が察知され、兵站線が延びて力の弱まっている軍で攻撃しても攻めきれない。どこまでも深く続く蟻の巣の様相。

 敵は超広規格の道路と水道橋を持っていて――牛馬、駱駝の消耗は畜害風であるらしいが――補給状態が非常に良好である。ザカルジン軍は騎兵隊を浸透させて後方かく乱に挑むが、その道路や水道橋には定間隔に塚のように防御塔、簡易陣地が並んでいて快速の軽装備部隊では早々に攻撃出来ない体制になっているという。道路を横切るのも簡単な話ではない程。

 超広規格道と水道橋網がハイロウには巡らされている。それは側面からの攻撃を長い横の線で防ぐ長城で、正面からの攻撃を深い縦の線で防ぐ極大に分厚い要塞だ。この道路上に円陣が連なり、無限の抵抗力を持っているように思わせる。

 そして当の北征軍はそれら施設を建造した当人達なので修復、整備作業も早く、取り扱いに長ける。その大規模建築作業で獲得した土木技術が群壕からの大規模塹壕戦への移行を可能にしている。

「我が軍の不甲斐無さ、あるやもしれません。しかし敵の強さは本物です」

 ダディオレ大王不在の中、ザカルジン軍を指揮していた王太子レブフからそのように聞いた。軍事顧問からも同意見だと聞いた。

 ザカルジン軍は疲弊状態にある。中立地帯の確保より先にチャスク攻略に軍を向けていればこの事態にはなっていなかったと後から気付いたようで、その挽回にと頑張って攻勢を仕掛けたが全て失敗とのことだ。中年のレブフ王太子が白髪混じりの髭面をやや下に向けて喋っているのが面白い。

「我が中央軍が前線を交代しましょう。そちらの軍は一度下がって再編制をして予備に待機していてください。戦況は常に流動的ですが、何れの戦況下でも背後に準備が整った確かな予備兵力がいるというのは勝利の前提条件みたいなものです」

「確かに。そのように」

「ではこちらが攻勢を仕掛けて敵の頭を押さえつけますのでその間に後退を。我々を勝たせてください」

「分かりました!」

 王太子が元気を取り戻す。

 まあ、しょうがないかな。


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 ザカルジン軍と前線を交代する。これがまた大掛かりである。

 まずはザカルジン軍の後方に南方軍集団から集めた重砲兵を展開し、砲兵司令ゲサイルが一括指揮をする。ザカルジン軍の頭上を超越して重砲弾を叩き込んで敵の追撃を阻止するためだ。

 竜跨隊は全体との伝令役も勤めるが、重砲兵の弾着観測を重点的に勤める。尚、竜には風を使うグラストの魔術使いが同乗することにより飛躍的に飛行距離、滞空時間が延びた。

 第三砲兵師団”フレク”がそのゲサイルの重砲兵群を護衛する。ザカルジン軍が第三砲兵師団の後方へ回った時に、砲列を並べて着実に火力で制圧しながら前進して敵正面を捉える。

 第二山岳師団”ダグシヴァル”はその際に左翼側から、第一古参親衛師団”三角頭”は右翼側から攻め上がる。

 親衛レスリャジン一万人隊は右翼側から敵の側面へ大きく迂回してかく乱攻撃を仕掛ける。敵後方への浸透延長を行う必要がある状況に備え、予備として本隊との中継ぎ、撤退支援用に親衛レスリャジン女一万人隊を付ける。黒旅団は両一万人隊の補助に回る。具体的にはレスリャジン騎兵が昼に行動し、黒旅団が夜に行動して敵を休ませない。

 第四建設師団”チェシュヴァン”は予備として後方待機。そうしながらストルリリ峠とチャスク間に補給基地を建設していく。

 さてさて、自分と親衛千人隊に新しく増強されたグラスト魔術戦団は正面先頭へ向かう。今のザカルジン軍の最前線より一歩前だ。

 最右翼側からの三騎兵団によるかく乱攻撃が先行して行われる。敵がそれへ予備兵力と物資を移動させる計画を立て、発動させた頃合を見計らう。

 待つ。

 竜跨兵からの、敵予備兵力の活動開始の報告を待ち、通信筒が落とされて届く。同じ内容の通信筒が砲兵司令にも届く。そして移動弾幕射撃開始予告の伝令が来る。

「化学戦用意」

 最前線に立った親衛千人隊とグラスト魔術戦団は防毒覆面を装着し、馬にも装着させる。これは息苦しく、全力疾走などは長くしていられない装備だ。

 重砲弾が予告通りに降り始める。

 徹甲榴弾が固めた土や土嚢や凝固土、それらの屋根に支える木材を破壊する。速度と重量が乗る頑丈な弾頭が着弾箇所にめり込み、撃ち抜き、それから遅延信管が起動して爆発する。建造物を効率的に破壊する。

 毒瓦斯弾が建造物が崩れた区画で炸裂する。隠れ場所が潰れ、防毒覆面の倉庫が多く潰れた状態で毒瓦斯剤と破片を撒き散らして殺傷しつつも目と呼吸器を刺激して麻痺状態に陥らせる。防毒覆面を着用して対応しても視界が悪くなり、言葉が発し辛くなり、息苦しくて疲れやすくなり、弱る。

 榴散弾が隠れる場所が減り、覆面を装着して弱った敵兵がいる区画の上空で炸裂する。鉛玉の雨が降って殺しやすくなった敵兵を穿ち殺す。

 煙幕弾が著しく防御能力が低下した区画に着弾して白煙を撒き散らして視界を塞ぐ。敵が自己の陣地がどうなっているか把握出来なくする。

 四種の砲弾が順に敵の最前線に着弾し、少しずつ奥の方へ進んで隈なく耕していく。

 ロシエ戦中には無かった戦術が、数ヵ月後のこの場で実現している。あの戦場でこれが使えたらもっと有利に戦えたと学び、即座に実現に移しているのだ。帝国連邦の軍事改革の歩みは止まらない。現場が研究を怠らず、後方がその研究を反映した仕組みを考え、生産を指導して現場へ送り出す。その流れは美しい。

 拳銃刀を鞘から抜く。百人以上斬り殺した”俺の悪い女”を日の光が反射するように斜めに掲げる。格好良い。

「全隊ぃ……前へ!」

 四種砲弾が入り混じる移動弾幕射撃を追って、煙幕に隠れながら我々が前進を開始する。

 歩く。急いで走る必要は無い。弾着は確実に一歩ずつ進み、その先へ飛び出したら死んでしまう。

 敵が作ったとても広い上に地下水路付きの超広規格道だが、砲撃によって崩れて瓦礫が水路に落ちて縦長の穴になってしまっている。崖に隊を左右に分断されてしまったかのようになっている。

 引き連れる兵は敵に比較して少ない。五千余りで十万規模の分厚い塹壕線に突入するのは心許ない。だが、それが良い。

 シレンサル軍とザカルジン軍が威力偵察で敵の能力を調べてある。対策がある。

 親衛千人隊はロシエ戦線からの引き上げと同時に道中で再訓練を施した。騎兵が重火器を扱えても何もおかしくはない。むしろ馬に荷物を載せられる分重装備に適している。今後の帝国連邦騎兵は機動力に拘らず火力も重視する。

 銃と弓以外の物も飛ばせたら絶対に強い。竿を廃止し、偏流翼をつけて弾頭を回転させて安定飛行する新型火箭の取り扱う。大砲のように巨大で重たいこともなく、旧型火箭のように命中率が低過ぎて大量運用前提ということも程々にない。取り扱う弾頭は二種類で毒瓦斯弾頭と焼夷弾頭。砲撃戦ではなく突撃仕様で、発射薬は少量で短射程だがその分搭載薬量が多くて効力が高い。

 重砲弾に荒らされた直後の、毒瓦斯と煙幕に霞む敵の塹壕に対峙する。真っ先に狙うのは砲台や堡塁などの防御施設、もしくはその残骸。塹壕線だけではなく超広規格道に併設されている塔や陣地も含まれる。

 まずは発射機で毒瓦斯弾頭火箭を発射し、敵を無力化もしくは防毒覆面を着用、着用の継続を強いる。毒瓦斯砲弾の薬効が薄れている可能性がある。

 次に焼夷弾火箭で焼く。砲弾の爆風と破片、毒瓦斯に対してはジっと我慢で耐えることが出来るが、燃え盛る燃料相手ではそれが出来ない。隠れている敵が高熱を嫌がって、もしくは引火して逃げ惑い、姿を現す。

 そうして敵兵を見つけたところで親衛偵察隊の先導の下、騎兵達がアッジャール長騎兵施条銃で狙撃――士官最優先――を兼ねる牽制射撃を行って敵を再度抑え付ける。多少は塹壕の陰、向こう側にいても馬の背から、更にその背に立って高い位置から角度をつけると隠れている心算の敵を撃てることがある。

 小銃射撃は直線的であり、どうしても狙えない位置がある。そこで活躍するのが擲弾矢。曲射で塹壕や壁の真上から落とし、小爆発で破片を散らして殺傷する。勿論直撃させても良い。もう少し直接的に、敵の隠れる塹壕の後ろ側の壁に突き立て、そこで爆発させるということも出来る。これも馬の背、その背に立つことで狙える位置を増やせる。

 こうして敵の頭を抑え付けて前進出来る、というところで出番なのがグラスト魔術使い。毒瓦斯と燃える燃料と小銃狙撃と擲弾矢射撃で敵を抑え付けて安全を確保したところで接近し、集団魔術にて土を揺り動かして埋め尽くす”土砂津波”で塹壕を潰す。当然、中身も潰れるし、道の起伏がなだらかになって進み易くなる。敵が方術で撒き散らす金茨も埋まるし、地雷も掘り返されたり潰れたりして無効化される。

 ”土砂津波”では潰し辛い位置にある塹壕、砲台や堡塁、倒壊しなかった防御塔には”火の鳥”を飛ばして焼き尽くす。焼夷弾頭火箭とは比較にならない大爆炎によりそれら施設は一撃で丸焼けになって空気も燃やし尽くし、熱から逃れた敵も窒息させる。そして火薬が保管されていれば必ず誘爆して更に周囲へ被害を広げる。

 このように弾幕射撃に重ねて攻撃準備を行って前進して敵兵の掃討に掛かる。理論は暇な船旅で、会話に苦労しながらアリファマと詰めた。演習はザカルジンのディリピス港からストルリリ峠を越える道中で行って完成度を高めた。

 防毒覆面を着用している馬の体力を考慮して走らず歩いて進みながら、騎乗弓射を中心に制圧射撃を行う。前進する部隊と待機して敵を抑え付ける小銃射撃、火箭爆撃を続ける部隊に分かれ、交互に動いて隙を無くす。

 敵の抵抗が激しい地点に到達したら下馬をし、馬を寝かせて射撃の的にならないようしてから射撃を行う。身を守る遮蔽物が無ければ荷物と寝かせた馬を盾にする。馬は貴重だが、訓練を施し実戦を経験した換え難い兵士達よりは価値が劣る。

 白兵戦となれば今まで歩かなかった分の温存された体力で、小銃と弓の射撃支援を絶対に後方に付けた上で、刀――斧と棍棒は好みで――と回転式拳銃、手榴弾を持って突撃する。

 土砂津波が潰しそこねた塹壕の一部が目前に迫る。兵達が手榴弾を投げ込んで、それから爆発するのを待ってから踏み込む。

「おはよう!」

 少し覚えた天政官語で挨拶し、白めの軍服――天政の哲学では北の色は白――で揃えた敵兵の中の、防毒覆面をつけて大刀を持って振り、手榴弾の爆発に動転している部下を督戦している奴にこっちへ顔を向けさせてからその眉間に拳銃を撃つ。防毒覆面の硝子の目の覆いが内側から血で染まり、倒れる。

 手に持った拳銃刀、回転拳銃の残弾十一発を残る敵に一人一発から元気そうな奴、体の大きい奴には念のために二発撃ち込んで殺す。そうしている内に自分に続く者達が踏み込んで来て拳銃を撃ち、刀で斬って刺し、斧と棍棒でぶっ叩いて全滅させていく。時に取っ組み合いになるが相撲で投げ、転がして短剣や拳銃で組み討つ。技に自信があれば素手で首を圧し折る。胸甲をつけているのでこちらの死傷率はかなり抑えられている。

 敵の白め、若干灰色っぽい服が血に染まって目立つ。やりがいが増す。

 士気の低い、軍服着用をせず、泥に汚れた白色の頭巾で一時的な軍属と目印をつけている民兵達は逃げ腰で、逃げるか竦んでいるか、防毒覆面が無くて毒瓦斯に苦しんでいる。今は捕虜にとって後送したり見張りを付けている場合ではないので手早く両腕を、蹴りや、ここで特に役立つ斧と棍棒で折って放置する。後で使う。

 突撃して乗り込む者達は馬を置いて前に進んでいるが、後続の者達がその馬を連れて後を追ってくるので荷物の問題は無い。

 グラスト魔術使いは集団魔術だけではなく、魔術を交えた刀槍に弓や銃を使う術も心得ているので良く戦って敵を殺す。神聖教会の専売特許かと思われた奇跡”盾の聖域”をほぼ模倣――元祖程見た目がキラキラ光っていない――して扱うのでかなり死傷率が低い。

 こうして部隊は弾幕射撃の後を追って前進していく。前進優先の部隊は通り過ぎた場所より後方に残存している敵を掃討優先の部隊に任せて進む。

 敵は勿論抵抗する。エデルトの技術が入った施条小銃は狙いが精確。掩蔽壕に隠して砲撃の被害から免れた大砲、斉射砲は強力で死傷者が続出する。死人はどうしようもないが、負傷者は負傷治療の呪具にて癒され、出血多量の症状が無ければ復帰する。

 油断せず、敵を射撃で抑え付ける慎重さと突撃を躊躇わない果敢さを併せ持って進撃を続行する。

 敵を撃ちまくって拳銃弾の消耗が激しい。撃って安全が確認できたら必ず装填し、弾が足りなくなってきたら馬の荷物袋から補充する。

 敵は臆病者ばかりではない。

 弓や刀槍に斧棍棒、双鎌銃剣を付けた小銃を持つ敵装甲兵が逆襲に突撃して来た。この装備はヘラコム以東の遊牧兵で見られる。馬には乗っていないが強敵の類。

 前装式拳銃に持ち替えながら早撃ち。火薬を多く装填出来る仕様で有効射程距離は、制御出来るのなら短銃身騎兵銃程度ある。

 先頭に立って指揮するように刀を「ラーイ! 前進!」と振り上げて叫ぶ奴の腹を撃って、胸甲に穿つカンっと音を立ててから蹲るように転ばせ、勢いづく喚声を呻き声に変える。

 旗を持つ奴の顔を撃って釣り糸が切れたように転ばせ、部隊の目印である物を突撃に進んで視野が狭くなっている彼らの視界から消す。

 かなり大きくて高い音を出す縦笛、チャルメラを鳴らして仲間を鼓舞する奴の胸を撃って、またカンと鳴らして空気と血を肺から強制排出させて最後の調子外れの音を一つ鳴らさせ、不吉にする。

 お手玉風に、前装式拳銃を鞘に収めつつ回転式拳銃を取り出して間を置かずに発砲。部下達も小銃、弓で迎撃射撃を開始。

 甲冑に当たる度に間抜けにカンと鳴り、弾丸が時々その装甲傾斜に弾かれて火花を散らすだけに終わりつつも、前に進みながら、回転式拳銃四丁二十四発を撃ち尽くしつつ鞘に収める。

 敵装甲兵部隊は甲冑と体に穴を開け、擲弾矢に倒れながら射撃兵を前衛に、やや散らばりながら距離を詰めてくる。偵察隊が先頭に立つ指揮官で総統の自分への脅威を減らすためか優先的にこちらの正面方向にいる奴等を集中的に狙撃する。

 走りながら小銃を撃って、長柄武器のように持てる銃床を掴んで振りかぶって双鎌銃剣を振り上げる奴が、顔が良く見える位置まで来る。距離感を狂わすように早めに踏み込んで”俺の悪い女”で双鎌銃剣を振り下ろし始めた腕ごと肩から胸に抜けるように、胸甲など無いようにスルっと斬り裂き、邪魔なので前蹴りで退かす。

 見えたというよりその動作に合わせた。斬り殺した奴の背後、弓を持つ奴が至近距離から放った矢を左に持って抜いた鎧通しで鏃の付け根辺りを払って反らした。同時に拳銃刀で、有効射程距離に不安があったのでいくらか前に進んでから、二の矢を射る直前まで近づいて撃って倒した。今のは凄かった、後で皆に自慢しよう。

 射撃兵の隙間を縫うように槍兵が突撃して来る。刀の間合いで戦うにはちょっと苦労するので拳銃刀で撃って冷静に殺す。

 槍兵の背後からは斧や棍棒を持った奴等が続く。叩き潰すように振り被って来るので機先を制すように拳銃刀で刺して素早く抜き、連携するように掛かってきたら拳銃刀に鎧通しの拳銃機構で撃ってその場を凌いでから斬りかかって、刺して別の奴も殺す。

 敵は部隊一つで複数の武器を使って攻撃力を伸ばす工夫が見られる。若干、プラヌールの新式の槍騎兵、銃騎兵の混合戦術を彷彿とさせるが、これらから着想を得たのかもしれない。後で敵がこんなことして来ましたと報告書を書いておこうか? いやこういうのは小賢しいケリュン族か偵察隊に一言喋っておけば十分か。教導団あたりが工夫つけて何か考えてくれるかもしれない。

 射撃と槍と斧に棍棒の前衛の敵突撃隊列の後方、予備になる後衛の敵隊列が目の前に来る。先頭に立つ自分の両側を敵突撃隊列が駆け抜け、部下達の迎撃射撃に倒れていく。名射手揃いの偵察隊、馬と荷物を盾にする重装騎兵、魔術巧みに武器も使うグラスト魔術使い相手では分が悪かった。

 敵予備隊列も一つ遅れながら接近、敵突撃隊列と構成はほぼ同じ。偵察隊が先程より集中して自分の目前の敵を狙撃し始める。つまり、先頭に出過ぎだとルドゥの野郎がお節介してやがるのだ。余計な真似を!

 ちょっとイラっと来たので防毒覆面で少し苦しいが走る。残る拳銃刀の残弾三発は緊急用に残して斬り込む。

「総統閣下、に続け!」

『ホゥファーウォー!』

 やっと、途切れ気味だが大声を出せるようになったクトゥルナムが自分に続けて声を出して迎撃射撃より突撃重視に部隊を前へ進ませ始めた。グラスト魔術使いも連携して前進、盾の聖域もどきで強力に守りながら敵予備隊列に迫る。

 この攻勢の勢いに押され、既に半数以上を殺された敵は怖気づき始める。そして伝令次いでに上空から鏑矢が釣瓶に耳をつんざく高音鳴らして射掛けられ、竜が大きく吠えて威嚇すると壊走に至る。落ちてきた鏑矢、そのほとんどが敵に突き刺さった正確さと、同時に目の前に落ちる通信筒からアクファル、クセルヤータの組みと分かる。

 壊走に至って逃がす気は無く、追いかけて背中、後頭部を斬って殺す。脚が早くてどうしても追いつけない奴には拳銃刀で撃つ。まだ逃げる背中があるので秘術式短剣を投げつけて刺したら、傷が浅くてポロっと敵の背から落ちた。だが次の瞬間そいつは湯気を上げ、発火してから丸焼きの臭いを出して携帯していた弾薬が誘爆して炸裂してしまった。

 なんだありゃ? 威力過剰。白兵戦で秘術式短剣を迂闊に使ったら自分が焼ける。

 部下が馬に乗り、逃げ去る敵を短距離だけ追撃して撃ち殺し、安全面を考慮して直ぐに戻って来る。

 通信筒を拾う。

 久しく続いていた断続的に爆音鳴らして地面と防御施設を穿り返して土煙を噴き上げていた移動弾幕射撃の前進が止まり、足踏みするように同じ位置を叩き始めた。

 通信文の内容は”重砲欺瞞射程距離上限に到達。予備砲兵前進開始。次回砲撃開始まで前進を停止されたし”と砲兵司令ゲサイルより。

 しょうがねぇな。


■■■


 前進を停止し、簡易防衛線をグラスト魔術戦団の魔術で土を弄り、敵の残した物資や残骸を使って、死体も土嚢代わりにして構築。

 それから毒瓦斯をグラスト魔術戦団が風の集団魔術で押して敵軍側にだけ広げるよう調整して防毒覆面を脱ぎ、見張りを立てて交代で食事休憩に入る。本日の携帯食は揚げパンと塩入り蜂蜜水だ。疲れた体に甘いのが染みる。

 休憩中に竜跨隊が。敵が後退した前線を押し上げるために逆襲部隊を出す準備を確認。重砲の欺瞞射程より向こう側だったが、実際の有効射程圏内だった。そして逆襲に兵員と支援用の重火器が塹壕から出されて地上に並んだところへ榴散弾の一斉射撃が行われた。我が軍の砲兵ながら恐ろしいことをする。

 そうしている内に音楽隊が奏でる陸軍攻撃行進曲が背後から迫ってくる。三つの師団がザカルジン軍と位置を交代して前進を開始したのだ。第三師団の仕事を奪うのはここまでかな。

 これまでの攻撃は敵の、後退するザカルジン軍に対する追撃阻止が目的だ。追撃出来ない程に痛めつけても問題は何もない。

 さて指揮官は兵士より倍も十倍も働かなくてはならないので指揮官級を召集し、伝令からの、各隊からの情報を持ち寄って分析して次の、そのまた次の行動予定を決める。これ以上前進するか、止まって第三師団到着を待つかも考慮の内。

 北征軍第一軍団正面は現在地まで一掃出来ている。それ以降は重砲射撃を受けておらず健在で、今までより陣地が強靭。重砲支援無しでの攻撃は無茶が過ぎると判断した。第三師団の到着を待つ。

 敵の両翼は、こちらの両翼の前進により拘束されているが戦闘は始まったばかり。敵は予備兵力を両翼、後方からもこちら正面側に寄越す余裕がある。包囲の危険性が有るので警戒態勢を解いてはならないし、何時でも撤退出来るように準備しておく。

 三騎兵団の最右翼からの側面攻撃も始まって時間が経つが、敵後方の予備兵力全ての誘引、拘束には至らない。今は優勢に事を運んでいるがこれからもそうなるかはまだまだ未知数。

 我が隊は第三師団と前線を交代してからは、前進してきた予備重砲兵の陣地界隈で予備待機が妥当と判断する。

 そしてこれらの判断は、第三師団到着前に始まる予備重砲兵による砲撃の結果を見てから再度判断する。拳銃全てに弾薬を装填し、刀身の血糊を拭って磨く。


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 予備重砲兵による砲兵陣地の前進完了。弾幕射撃の延長開始。また今まで射撃していた重砲兵は砲の整備をしつつ次なる砲兵陣地への移動を開始。

 射撃情報が来る。敵陣地強靭につき弾幕前進速度を緩め、区画あたりの投射量を増やすとのこと。

 前進が先ほどより緩慢になってしまったが移動弾幕射撃を追って前進しよう。

 そう思って休憩に寝ていた、馬の背から起き上がると足元に矢文が突き立つ。こんな事をやってくるのはアクファル。竜の背で書いたせいで若干字が乱れているが短く一言”停止”である。まだ命令も何も発していない、起き上がっただけなのに咄嗟にもう日も暮れ始めた上空から地上に向かってこっちの頭の中を覗いたように矢文だ。たまらんな。

 大人しく良い子にしていると続報が届く。

 敵第一軍団が今砲撃中の防衛線を放棄してチャスクに撤退を開始。また砲撃中止命令を出してまで急いで追撃出来る程に壊乱していないとのこと。いくら我が軍が精鋭揃いでも整然と、段階的に防衛線を放棄して後退する大軍に突撃するのは無謀が過ぎる。馬鹿がやることだ。

 防衛線の放棄と同時に超広規格道の爆破陥没が続き、そのチャスク近郊まで崩れたという。ここまで前進した範囲で超広規格道を調査した結果、その真下以外にも水路や地下通路が横に枝分かれに存在し、出入り口も無数に存在して地下要塞となっているそうだ。また地雷や地雷の爆発後に生き埋めになった伏兵か逃亡兵か管理者の存在が判明したという。調査中にも地下で戦闘があって、自爆も含め犠牲が出たそうだ。

 これは良い手を使ってきやがった。地上だけじゃなく地下の戦いを、地雷で吹っ飛ぶ危険に晒されながらやることになったのだ。歩兵、騎兵が進むには道を外れてもハイロウの広漠な土地はそこまで歩きを妨害するものではないが、大砲に車両を大量に通すためには問題がある。容易に道路上を進めなくなった。

 昼までは左右に分断されていても前進が出来たが、それは多分に奇襲要素のおかげでもある。無限に続く橋を爆破され続けているような感覚になる。

 この新しい状況に対応する。情報の共有から始め、第四師団には道路復旧と地下戦闘への参加を命じる必要がある。

 これは前進を停止しなければならないか? 良い子にしていたがこれからもする必要は無い。攻撃の目があればするべきで、趣味的にもしたい。まだ奇襲効果が残っているのなら更に夜襲も被せたくなるのが個人的に人情だ。

 アクファルは止せと言っている。あの良い目で、慣れた上空から慣れた戦場を見て言っている。

 地上からでは? 馬の背に立って眺めても重砲弾着の粉塵と煙、どこまでもうねり続けるような、畑と灌漑を掘り返して作った盛り土と塹壕が波打つ大地。そして遥か彼方の高台に、ぼんやりと……粉塵と煙、沈む太陽の光で見えそうで見えないチャスクの要塞都市。

「アリファマ殿。少し休みましたがそちらの疲労の具合はどんな感じですか?」

 アリファマが応え、無言でグラストの部下達を見やる。目線と、良く分からないがわずかに身振り手振りが交わされる。

「足りないです」

「あ! 揚げパンは一食分でしたね」

「欲しいです」

 彼らの燃料が不足していた。こりゃ前進出来ないな。


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 チャスク攻略、第二段階に移る。

 ザカルジン軍は後方で再編制と兵力の補充、装備交換を行って順調に戦力として復帰中。補充兵のためにも訓練する時間を確保するようにと、直接には属国でもないので言えないが軍事顧問を通してそのように助言するよう手配。分かっていたとしても言っておくのがベルベルの一工夫。

 ゲサイルの重砲兵群はチャスクとその周辺を射程に捉えるように配置転換を開始。そうしながらも定期的に竜跨隊が観測して発見する砲台、堡塁、防御塔、物資集積所、指揮所等の要所に対し射撃を継続。

 空飛ぶ竜達は目立ち、危険がある。時々行われる敵の斉射砲による一斉対空射撃を受けることがある。減衰しまくった大口径弾が脚に当たって吃驚した程度から、翼に穴が空いたのが原因で墜落死したと思われるのも。油断したか下降気流に押されて高度を下げてしまったかは分かっていないが、竜跨隊に緊張が走っている。

 こちら親衛千人隊とグラスト魔術戦団と前線を交代した第三師団は砲列を並べ、通常砲による砲撃と歩兵襲撃を繰り返して敵の前線を常に圧迫し続ける。両翼の第一、二師団も同様に攻撃中。尚、右翼側の第一師団は、かく乱攻撃を昼夜問わず敢行中の三騎兵団に支援されて戦線の押し上げが素早い。あまり突出しても側面が危ういので、親衛千人隊とグラスト魔術戦団がその後方に回って前進を援護する。

 第四師団は補給基地建設作業を最低限とし、超広規格道の補修と、戦闘工兵を派遣して地下水路並びに地下道攻略に挑んでいる。毒瓦斯の散布と送風の定形魔術を組み合わせながら、火炎放射器を有効活用して進んでいる。地上に瓦斯が漏れてくるのでその度に地上部隊は後方でも防毒覆面を装着しなくてはならないので連携必須、少々遅れが見える。

 敵は守勢の消耗戦に終始するのか、逆転の秘策を持っているのかこの場所だけで見ると分からない。全体で見ると北征軍とハイロウはこちらに出血させ遅滞させるだけの外壁であって、外壁突破後の別の正規軍との戦いからが本番で、その別の正規軍が崩壊したあたりで温存していた秘策が繰り出される……ような気がする。情報部の分析も第一陣北征軍が遅滞、第二陣塞防軍で損耗、第三陣禁衛軍で決着の役目を負うと推測されている。その策は堅実で隙を突くとか一足飛びに騙し討ちに掛けるとかが出来ない。

 並んだ情報を見て、着実に一歩ずつやるしかなさそうだと再確認をしている内に前線を押し上げた第一師団の後背を守りながらついていくと、ようやく視界に明瞭にチャスクの都市が見える位置にまで到達する。

 ちょっと第一師団の先頭のところまで、わきゃわきゃと歓迎してくれる三角帽を被った妖精達の頭をぽんぽんぽぽーんと軽く叩きまくりながら行って望遠鏡で見るに、城壁や防御塔などの施設にはザカルジン軍の突撃跡がある。損傷跡ではなく補修跡になってだ。

 ザカルジン兵、弱兵ではない。ただちょっと、大国相手には単独で厳しいかな。

 ここまで前線を押し上げるに際して捕虜を獲得している。明らかになっている情報では、正規兵のほとんどは旧レン朝の政権側についた者で、ハイロウ出身者ではないことだ。つまりは裁兵、前政権の香りを残して生きている敗残兵共を最前線においやって敵と潰し合わせて処分するというやり方である。内乱防止と外患対策に合理的。

 また兵士には軍帽軍服揃えた正規兵ではなく、頭巾で色合わせしただけの平服の民兵も混じっているのは直接殺して確認済み。彼らはハイロウ住民である。

 敵の軍の運用方法の一端がザカルジンの経験と合わせて確認される。まず最前線へ正規兵が派遣され、訓練された通りに初動対処する。初動対処に当たって損耗した部隊は後方に下げ、民兵を組み込んで補充して前線へ戻す。それで兵員死傷の影響を最低限に抑えている。正規兵と民兵を消耗戦にて上手く使う良い方法だと思う。民兵の比率は一気に上げず、部隊全体の練度低下の影響を最小限に抑えていると推測される。

 これへの対処はいつも通りに捕虜の目玉を抉り、腕を潰す。ロシエで学んだ通りに、あちらも持っているかもしれない治療術、呪具で治せないように処置して送り返す。

 戦闘においては降伏を――恐怖に陥れば悲惨な未来が分かってもその場凌ぎに屈服することがある――促し、積極的に拉致し、負傷者は回収しつつ死なない程度に治療してから目玉抉りと腕潰しを行っている。中には北征軍に参加している遊牧民――ハイロウ住民にも色々いるので臨機応変――もいるので彼らには帰順するか目を失うかを選ばせ、帰順を選んだら尖兵集団として編制する。使い道は後にある。

 もう帰るところも無さそうな裁兵の正規兵は徹底抗戦の構えだろう。きっと挫けない。しかしハイロウに家がある民兵は違う。逃げ場を与えれば挫ける。民兵を辞めて武装を放棄するのならば目玉を抉らないと竜跨兵に宣伝の散らし紙を撒かせる。

 目玉抉りの効果だが、偵察によれば民兵に動揺が走り、そして即座に介錯が行われているとのこと。味方殺しに躊躇が無い様子で、思った以上の効果は薄いかもしれない。物資の浪費を強いることは無理そうだ。

 こう、もっと、非戦闘員を数万十万単位でやってやるくらいじゃないとあまり影響しないかもしれない。ただ動揺が走らないわけがないので定期的に続けさせる。

 第一師団、右翼側を優位に立たせた状態で敵陣地を攻め上げていく。

 重砲兵群が、超広規格道の陥没とその地下戦闘の影響で遅れたが射撃配置につき、弾幕射撃を行って三師団の攻勢を助けて前線を一挙に押し上げる。

 三騎兵団はチャスクから一時離れ、その後背地域に回って予備兵力が前線へ回されないように陽動攻撃を開始。騎馬砲兵に化学部隊、火箭の装備も補給させたので十分に火力を発揮して敵に攻撃してくれるだろう。


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 そして状況が動く。敵軍はチャスクを殿として時間を稼ぎ、整然と後退を開始した。超広規格道と水道橋の大規模爆破が確認出来る。

 ここはまだハイロウの入口。縦深はまだまだある。

 後退する敵に対して行った三騎兵団の妨害だが、ここであの群壕戦術と超広規格道と水道橋の長城に阻害されて簡単に戦果が出せない状況らしい。損害を無視すれば勿論撃破にまで追い込めるが、今後の展開に悪影響を及ぼすと推測されるとのこと。そこまでする必要は無い。

 殿となったチャスクに対しては重砲、通常砲、火箭も一括してゲサイルに統括指揮をさせ、集中砲火で破壊する。

 徹甲榴弾で防御施設、民間施設を粉砕して瓦礫と粉塵に変えて殿の守備兵達を暴露させる。

 毒瓦斯弾で薬剤を散布し、防毒覆面の着用が間に合わなかった者達を行動不能にする。

 焼夷弾頭火箭で焼いて焦がし、建物やその残骸の陰から炙り出して焼き殺す。

 そして榴散弾で都市上空に黒煙の雲を張って鉛玉の雨を降らせ、隠れ損ねた者達を皆殺しにする。

 ここで二つの集団の出番である。

 一つは先に確保した、帰順兵達の尖兵集団。生き残れば仲間として正式に認めるが、これら新参非正規兵達の編制と訓練は結構煩雑なので今戦役後半までその尖兵集団のままかもしれない。その集団の中で古参ほど督戦部隊という割りと安全な地位に就けるようにはするが。

 もう一つは、最近になって発見がされた幻傷痛患者の中でも重症で自殺を志願する者達。

 耳に新しい幻傷痛は負傷治療の呪具の使用によって発症する。誰しもが発症するわけではなく、治療した傷の深い浅いもあまり関連性が見えない。

 症状は、治っているはずなのにそこに傷が、違和感を感じて痛んだり痒かったり、重さや痺れを覚えるなど多様。程度は、気にならない者から自殺を考える者まで幅広い。

 症状の発見の遅れは勿論実戦での大規模投入がロシエ戦役が初だったこと。本来なら一生か数ヶ月、年単位で治療に時間のかかる怪我が治るのだからと多少の不快感は無視してきたこと。医者が未知の無知から取り合わなかった例もある。大元はダンファレルの実験では後遺症が確認されなかったか、無視されていたことが挙げられる。

 負傷治療の呪具の使用方法を何か見落としている可能性、使用者の素質に関わる可能性が考えられるがはっきりしない。原因は究明中で仮説がある。

 一つ。表面が綺麗になったり痛みが一旦引いた段階、内出血が終わった段階だが完治前に治療を止めてしまった可能性。

 二つ。逆に完治を通り越して過剰治療をした可能性。

 三つ。そもそも負傷を治すだけの呪術刻印ではない可能性。

 副作用は不気味で恐ろしげだがどう考えても死ぬよりはマシで、欠損したままよりはマシであることに変わりは無い。使用廃止の声は偏屈者しか上げない。当分は、従来の治療程度で十分な軽傷には使わない方が良いと判断されている。

 砲撃で破壊したチャスクにその二つの集団が徒歩で突撃する。先頭に立つのは幻傷痛で苦しんでいる自殺志願者達だ。完治を望んでいる。

 チャスクへの突撃を敢行している間にも次なる都市、ムド攻略に向けて戦線の整理を行いつつ前進をさせる。


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 チャスクの陥落を待たずに迂回させた三師団を正面両翼に並べて戦線の押し上げを行う。そうしている内に瓦礫になったその都市は陥落。わざわざ陥落の見届けだとか守備司令との面会だの降伏の儀式だのとやっている暇は無い。現場指揮官に適当にやらせておく。

 ストルリリからチャスクまではほぼ一本道だが、ムドにまで到達すると南北に道が繋がり、敵軍が遠方からでも容易に側面を突きに来れるので両翼が危険になる。レスリャジンの男騎兵を左翼に女騎兵を右翼に配置し、斥候も遠くに出させて側面警戒を強める。黒旅団は一旦後方に下げて騎兵予備にする。

 重砲兵群の新しい配置が終わるまで時間がかかり、戦線はその支援が無いので膠着状態に陥る。我々がチャスク攻略に向けて動いている間にも北征軍は、砂地を避けてはいるものの塹壕線を超広規格道と水道橋を中心に張り巡らし、長大な要塞を築き上げている。

 敵兵は大分殺したし、生きていた者も目玉を抉って腕を潰して送り返して確実に損害を与えている。与えているがあの、民兵を少しずつ損耗した部隊に混ぜながら再編を繰り返す戦法を前にすると果てしなく感じてしまう。実数より多く感じているかもしれない。

 北征軍は正規兵で百万おり、ハイロウの人口は一千万には届かないがそれに近いとされる。その一千万から抽出される民兵の量は膨大。戦いが長引けば素人が熟練に成長出来る。これだけでも果てしない戦いに思える。宣伝の散らし紙でどれだけ脱走兵が出るかも不明。

 龍朝天政の人口は数億とも云われる。北征軍の他にも正規軍は複数編制されており、それへ民兵が組み込まれるとなると、あちらは国土防衛戦という立場だからざっとな計算で数千万規模の兵力を逐次だが投入出来ると考えられる。そこまで国家組織が負担に耐えるかは分からないが。

 そんな敵相手に捕虜を取る余裕は無い。軍民問わずに帰順して尖兵にするか目玉抉りか死刑しかない。国内を分裂させられればいいが、遊牧民に対してしか可能性を今のところは感じない。旧レン朝関係者だが、政権復帰を餌にしても今目の前で果敢に抗戦しているので望みは薄い。目玉を抉る前の捕虜尋問でもそのような精神であると確認されている。

 ムドへの戦線押し上げは、じっくりとは進むが遅い。

 押し上げは成功する。成功する時は決まって敵の前線が消耗に耐えられずに後退し、後方で予備待機していた部隊が前に出てきて交代する時だけ。交代時には超広規格道と水道橋の爆破が行われて前進の障害となる。これの繰り返し。

 敵軍の数は一向に減っているようには見えない。減った正規兵の代わりに民兵が充当されて舞い戻ってくる。そして軍隊の質としての低下ははっきりしない程度に留まる。後に情報を分析すれば違いはあるのだろうが、今日と今日まででは感じ取れるものが少ない。

 最両翼の騎兵団が両翼の師団を援護し、時に進出して敵の予備兵力の投入、前線の交代を妨害するがまたその予備の後方には予備がいて徒労に終わる。急襲を仕掛けても群壕であっという間に防御体制を整えるので衝撃的に撃破が出来ず、消耗戦になると不利なので後退するしかなくなる。

 予備のザカルジン軍、黒旅団、親衛千人隊にグラスト魔術戦団の投入時期はまだだ。マトラ方面軍とワゾレ方面軍のストルリリ峠越え前に動かして戦場の幅を広げたいとは思っているが。

 消耗戦。奇襲効果は東イラングリからラグトまでしか及ばなかった。従来までの価値観ならそれで万歳の大勝利、敵も手打ちをしたがるところだったが、今の時代はそれだけでは足りない。ここ十数年で国家組織は無限の渇きを得てしまったかのようだ。大戦果を得られなければ戦争が止められなくなったのだ。

 素晴らしい。


■■■


 チャスクよりムド攻略に状況が完全に移る。ここで敵が一手指してくる。南方、ダリンハチャイ経由で敵第三軍団が北上を開始したという報せである。既に先頭集団は、南方最前線のムルファンから、ダリンハチャイとの中間地点にあるマルラーリを通過しており、およそムド到着までの行程の四分の一を過ぎている。

 我が軍右翼が危機に陥る可能性があり、勿論歓迎されるものではない。十分に再編叶ったザカルジン軍を投入して対応させる。巨大な予備兵力は頼れるものだ。

 しかし第三軍団を相手取るはずのジャーヴァルの北進軍は何を遊んでいるのやら? 南国境の要塞都市ムルファンの攻略が出来なかったとしても拘束ぐらい出来ないのか?

 北征軍は公称百万。第一軍団三十万、第二軍団三十万、第三軍団二十万、消滅した西越軍団十万、後十万は不明。軍団に囚われぬ後方支援要員か、非公開の予備兵力か、詐術か。前線後方の配置違いはあるにせよこちら側には現在、損耗した正規兵戦力二個軍団五十万弱と補充民兵百万余り? が集中している。

 我々はやや損耗した中央軍八万、ストルリリ峠を越え始めたマトラ、ワゾレ両方面軍合わせて十万、損耗したザカルジン軍十二万と逐次到着する補充兵の合計三十万。尚、我が軍の補充戦力は遠隔地という要因もあるが人的資源の関係で若干名である。

 一度に戦力を集中させ、電撃的に攻撃を仕掛けて敵に戦争準備をさせる前に決着という戦術が通用しない今、中々、数字で考えると良くない状況にある。北側で消耗戦を演じているシレンサルの軍や、まだ戦場に到着していない非正規軍の正規軍への充当という手は残っているが、それはこのムド攻略の状況には即座に適応できない。

 強いなぁ龍朝天政。良いぞ。

 ムド攻略に対する三師団の前進が時間経過で鈍り始めている。敵戦線が圧縮され、特に中央正面が膠着し始める。両翼はまだじりじりと前進するのだが、最両翼の騎兵団が敵予備に止められていて膠着状態。騎兵のみなので防御が固まるとちょっと難しい。

 第三軍団の北上阻止に向かったザカルジン軍の一部でもこっちの予備に残して投入……は考えたがちょっと厳しいか。ザカルジン軍は再編したとはいえ疲弊しているから十分に諸部隊揃えて完結し、全力発揮が出来る状態じゃないと北征軍を相手に出来るか怪しい。怪しいというのが微妙なところ。出来るか出来ないかよくわからない。これが同盟軍を指揮する上での欠点だろう。微妙に信頼ならない。

 ジャーヴァル北進軍が少しずつ追いかけて来るだろうが、北征軍の第三軍団の殿部隊に上手く抑えられていると思われる。だからこそ急行出来ている。上手く抑えていると見せかけて、全力で逃げるように突っ込んで来ている可能性も否定出来ないが。

 北のヘラコム方面の状況は時差があるのではっきりしないが未だに消耗戦の様相。正面からの攻撃は重砲を持つ北方軍集団の到着をもって打開に進むと思っているが、地形が守りに適しているのでそれでも膠着しそうだ。そしてラグト諸族の連中が慣れない消耗戦でいじけてる姿が目に浮かぶ。シレンサルも突き上げ食らって大変そうだな。時間が掛かる。

 奇策として行われているというヘラコム山脈北側迂回経路の開通はまだまだ時間が掛かるだろう。開通叶ってもそれが敵へ影響を及ぼすまで更に時間が掛かる。離反してこちらについたというユディグ軍の活躍、経路の開通の補佐は勘定に入れて考えない方が良さそうだ。

 状況の打開を図りたい。

 最両翼の騎兵団を、今彼らに対峙している敵を無視してムドの後方に大迂回させる? それだと正面と両翼の三師団がちょっと危ないな。戦力差では劣るので危険に思える。それを行うにはマトラ、ワゾレ方面軍の到着を待った方が良い。

 現在、我が軍にて事実上無力化され、遊兵となっているのはヘラコム方面、アイザム峠西側へ封じ込められている者達。彼らを解放すればハイロウは貰ったも同然である。

 ザカルジン軍や大内海連合州軍の第二陣、各州軍の義勇兵部隊のストルリリ峠経由のハイロウ到着まで待てばムドを今の戦力で抑えている内に南北に展開させられるが、そこまで時間を掛ければ北征軍以外の敵正規軍の到着も成ってしまうかもしれない。奇襲気味に侵攻したハイロウが巨大な防御陣地、縦深陣地として完成してしまう恐れもある。ここで手こずっていられない。

 ハイロウを取るか取らないかで今後、戦略的に攻勢でいられるか防勢に甘んじてしまうかが決まる。

 豊かな農地からは農民が生え、痩せた草原からは優れた騎兵が生まれる。ハイロウの広漠たる土地。今後の騎兵育成計画と民族練成計画に大きく関わろうというもの。最悪、目標の極東に至らずともこのハイロウが手に入れば大いなる前進が遂げられる。欲張らなければここを取った段階で講和してやってもいいぐらいだ。魔神代理領権益、南洋戦線のこともあるのでそうもいかないが。

 何かする必要がある。

 ムドの突破、出来ると確信はするが時間が掛かる。ザカルジンで拡大中の前線工廠が全力発揮してくれれば砲運用に遠慮が要らなくなるのだがまだその段階ではない。

 ……一つ声でも掛けに行ってやるか。

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