第268話「シトレ戦略破壊作戦」 サニツァ


 オトマク暦千七百七十九年。

 ズィブラーン暦三千九百九十七年。

 革命暦五十周年おめでとー!

 蒼天暦六百七十三年。

 玄天暦法により狐座、次に来るのは秋の始まりを告げる狼座。

 夏の終わりの時期になってようやくオーボル川東岸よりバルマン王領へ帝国連邦軍が進入。帝国連邦からの出発は春の終わり頃だったけど、一番遠くから来ているイラングリ方面軍の一部はまだバルマン領に入っていないらしい。世界は広いね。

 第一次西方遠征ではこのオーボル川は渡らなかった。第二次では渡った! このまま西大洋まで行っちゃうかな? ロシエ領は海に行き着くまで続いているから、端の端まで敵を追い詰めてやっつけちゃうならいけるかも。北海は灰色どんより、中大洋は青くてキラキラ、西大洋はどんな色?

 バルマンの北部でユドルム、ヤゴール方面軍が合流してストっくんお兄ちゃんが総指揮。呼称をストレム軍。少し前までちっちゃい士官候補生さんだったけど今じゃ立派な将軍様!

 中部で中央軍とワゾレ、イラングリ方面軍が合流。総統閣下が総指揮。呼称をベルリク軍。何でも四十万もの王国軍を相手にする道を行くらしい。凄い!

 南部でマトラ、シャルキク方面軍が合流。ゼっくんが総指揮。ウルロン山脈北麓経路で。ポーエン川上流を目指すぞ!

 こっちの帝国連邦軍は総数四十万! 補給を担当している民間の商人さんを除いてその数だから、それまで含めちゃうと昔のマトラの人口のほとんどと一緒。しかもお馬さんも駱駝さんもたくさんでいっぱい。十年ちょっとですんごいことになっちゃってるね。総統閣下は凄い人!

 敵のロシエ軍の総数は百万以上見込み!? どうなっちゃってるのって感じの軍隊。伝統的な連隊制の王国軍、フレッテとビプロル侯の予備軍、愛国募兵法の革命軍、アラック軍、新大陸のロセア軍、革命ユバール軍とか色々混じってるらしいけど、とにかく敵は倍以上いる。

 応援としてバルマンの王様の軍が出撃準備しているらしいけど頼りになるか分かんないみたいだからちょっと、一人で二人、三人ってやっつけないといけない勢いで戦わないとダメ。

 北にエデルト軍がいるらしいけど、ユバールにずっといるみたいだからあまりアテにしちゃダメ。

 聖戦軍の人達は全く全然ダメダメでオーボル川を越えて来ない。ホント自分達の戦争なのにどうしようもない人達だね。村にやってきて働かないでご飯食べたり、修道院に分け分かんない理由で襲ってきたり、酷い傭兵ばっかり使って、どうせならここで引き返して聖戦軍の悪い奴等やっつけちゃえばいいのに。

 行軍隊形を組んでバルマン領を西へ進む。帝国連邦旗とそれぞれの部隊の旗を掲げて、軍楽隊の人が楽しい音楽を演奏して皆で道を楽しく行軍していたら、通りすがりの村の人から石を投げられた。

「攻撃確認! 反撃しろ、撃滅粉砕!」

 投石地点にいた部隊指揮官が即座に判断を下し、こっちに被害が拡大する前に的確な指示を出した。投石だって怪我するし、頭に当たれば死んじゃうこともある。

 バルマンはまだ全員がバルマンの王様を認めていないらしくて、親ロシエ派民兵がたくさんいる。それは勿論敵。

 労農兵士は全て役職に拘わらず銃兵。その場に居た皆が武器を手に取り、攻撃方向にいる親ロシエ派民兵を射撃、火力で抑え付ける。

 怯えるお婆ちゃんも射撃! 大声上げるお爺ちゃんも射撃! 子供の手を引っ張るお姉さんも射撃! 良くわかんないけど手を振ってるお兄ちゃんも射撃! 地面の石を掴んでるけど士気喪失したちっちゃい男の子投石兵も射撃! しゃがみこんだちっちゃい女の子も射撃!

 新式の施条銃は命中率が高くて連射も効くから遮蔽物に隠れていないし防御戦術も心得ていない民兵はあっという間に数を減らす。

 射撃で――あって無いような――防御体制を崩し、士気を崩壊させ、目立った戦力を撃ち減らしたら勿論やることは一つ!

「着剣! 突撃! 吶喊吶喊、敵を殲滅ぶっ殺せホーハー!」

『ホーハー!』

 突撃ラッパ吹奏! 親ロシエ派民兵の拠点となっている村へ突撃!

 射撃戦で撃ちもらした民兵を銃剣で刺して蹴っ飛ばす!

 隠れている民兵を銃床で滅多打ちに撲殺!

 自分も加わる。敵を砕くよブットイマルス!

 扉越しに、壁越しに、床板越しに、箪笥越しに、机ごと寝台ごと椅子ごと親子ごとバギゴジャに砕いて木片肉片血だるま団子にした! 昔は知らないけど今の時代、子供でも鉄砲があれば人を殺せる。ジーくんみたいな名射手がいたら誰かが死んじゃう。

 遠慮しない。仲間を守るよブットイマルス!

 村を制圧!

 いつまでも村一つに関わっていたら作戦計画に支障が出るから制圧後のことは憲兵隊にお任せ。行進は続く、続いている。

 士気崩壊を起こして抵抗力を失った民兵の生き残りは広場に集めて並べる。士気を取り戻す前に処置される。

「ちっつ序を守るよ憲兵たーい! 民兵匪賊をぶっ殺せ! 構え、狙え、撃て! ドーン!」

 妨害を企図する存在の消滅が確認されたら憲兵隊監視の下に鹵獲品が集積され、補給部隊に引渡される。そうしてから敵拠点を焼き払って後方かく乱攻撃の芽を摘む!

 前へ進め!


■■■


 バルマンの王様から抗議が来たみたい。このゼっくん軍にも、道中の連絡役とかのためにバルマン人士官だとか貴族さんだとかが同行しているんだけど、ちょっと前にやった親ロシエ派民兵が潜伏していた村の壊滅行為が何だか、いけないよ! ってことになってるみたい。あと略奪もダメってなっちゃった。生の物とか腐り易い物は良いらしいけど。

 でもあんな背中を撃ってきそうな連中を生かせるわけないじゃんね! 何言ってんだろうね。

 親ロシエ派なんかになっちゃダメだよってことで、殺した民兵の首とか手足を切り落として銃剣に刺して掲げて行進していることにもバルマン人士官が文句ブーブー言ってるみたい。

「親ロシエ派ダメー!」

『絶対絶対にダメー!』

「攻撃したら反撃しちゃうからダメー!」

『絶対絶対にダメー!』

「帝国連邦軍は皆の友達だから戦っちゃダメー!」

『絶対絶対にダメー!』

「わっしょいバルマン! わっしょいバルマン! 悪ーいこーとはいっけないよ! 痛ーいことはやっちゃダメー!」

『絶対絶対にダメー!』

 そう言って、宣伝部隊が先頭に立って、ちゃんと行く先で出会うバルマンの人達に教えてあげている。

「よしんば彼等が親ロシエ派民兵だったとしましょう。ですがこの行いは残虐に過ぎる!」

「でも、こうすれば抵抗すると酷いことになるという行進を演出出来ちゃうんですよ。それって皆の幸せになりませんか?」

「なりません! そもそも我等が同胞を辱める行為を認められるわけがありません!」

「それってバルマン人皆が敵ってことですか!? わー、どうしよどうしよ? 殲滅あるのみだよね」

「違います! 違います!」

「そうなんだ! 違うんだ、勘違いしちゃったね! 早とちり」

 バルマン人士官と宣伝将校さんとのお話は何だか噛み合っていないみたい。分かりやすい民兵の死体を見せることが駄目だって言ってるのが変な感じ。

「お母さん! お母さん! 凄いの貰っちゃった!」

「なになにジーくん!」

「最新のお洒落はこうじゃないと!」

「わっ、凄い!」

 ジーくんは髑髏が飾りと補強を兼ねる肩掛け鞄でお洒落さんしてた。

「偵察隊員さんみたいだね!」

「でしょ! さっきね、メハレムとその辺見て回ってたら親ロシエ派民兵の基地を見つけて偵察隊に通報したらくれたんだ!」

「偉い! メーくんも偉い!」

 ジーくんと、あんまり嬉しそうな顔をしていない? 犬頭だから分からないけど、メーくんの頭をわしゃわしゃって撫でる。

「メーくん、貰わなかったの?」

 パっと見た感じ、偵察隊っぽいお洒落が無い。

「いや、趣味ではないので」

「そっか、ギーレイのお洒落さんじゃないんだね」

「そんなところです。しかし、本物の親ロシエ派民兵の拠点もあるようで注意が必要ですね。展開している騎兵隊の一部が待ち伏せ射撃戦法で損害を受けたと聞きます」

「二人とも気をつけるように!」

「はーい!」

「はい」


■■■


 ゼクラグ軍に随行するバルマン人士官や貴族さん達の行動が段々と変わって、積極的になっていった。彼等が先行して行く先の村や町、都市に領主の館など、とにかく人がいる場所全てを回ってバルマン王に恭順意志があるか確認しに行っている。最初からそうすれば良かったのにね。親ロシエ派民兵でも、反省してごめんなさいしたら攻撃することはないのに。

 恭順意志があるかどうかの確認は直ぐに済むこともあれば、時間が掛かることもある。

 街道を遮断するように作られた、まるで関門みたいな役割を持っている自由都市ロスタマーがある。バルマン南部の交易の中心らしくて結構大きい。北へ進めばユバール王国の王都であり北海への玄関口のヘリュールーに行き着くブリス川沿いでもあるからかなりな重要拠点。そのロスタマー市長との意思確認に時間が掛かっているらしい。

 ロスタマーは大きいから強引に押し通るには時間が掛かるし、ブリス川渡河は安全に行いたいし、ここに拠点を持っている商人も多くてそこから物資も補給したいし、破壊虐殺したら神聖教会圏全体に悪影響が出るみたい。

 ここに迫る途中、交易の中心らしく人通りが多かった。ゼクラグ軍を見るなり逃げ出す人が多かったけど、攻撃しなければ勿論こっちからも攻撃しない。乗り捨てられた馬車とかは往来の邪魔だから壊れるのも無視して撤去したけど。

 ロスタマーは帝国連邦軍に対して門を閉ざしている。今までのゼっくんなら砲撃しちゃうところ。

 ロスタマーにゼクラグ軍の本隊が刻々と近づく。門前で足止めされたら迂回路を探したりとかしても渋滞しちゃう。作戦計画に遅れが出る。中央のベルリク軍が突出して半包囲されちゃうかも!? そんな危険性を分かってて門を閉ざすのは利敵行為に他ならない。

 攻撃は最終手段としてその前にやれることがあるよね。昔からやってきたこと。

 ゼっくんの命令でロスタマーに宣伝部隊を連れて一緒に先行。門は閉ざされていて人と車の往来は途絶している。

 まずは城壁の内側を狙って、銃剣に刺してた親ロシエ派民兵のバラバラ死体を投げ込む! 早いところ処分しないとくっさくなっちゃうしね!

 それから宣伝用に生捕りにしていた親ロシエ派民兵を用意。

「ロスタマーの皆見てる! これからにゃんにゃんねこさんだよ!」

『にゃんにゃんねこさんに変身!』

 親ロシエ派民兵の耳を切り取る。女の子だからキーキャーってすっごい高い声で叫ぶ。頭の天辺の髪の毛を剃って、切り取った耳を縫い付ける。耳の穴まで再現しちゃうと直ぐに死んじゃうから後回し。とりあえず元の耳の穴は縫って塞ぐ。

 お髭。剃って落とした髪を鼻の下に縫い付ける。針で通して、一本で二本って感じ。

 爪。手足の指先の肉を、間違って骨ごと落とさないようにして削ぎ落とす。こうすると人間でも猫ちゃんみたいな爪っぽくなる。これくらいじゃ死なないからすっごく暴れるし叫ぶ。ロスタマーの門、壁の上の守備隊、見物の市民の人達が騒いでいる。

 猫ちゃんって服着ないから脱がす。そうして足りないのは尻尾。これがちょっとやっぱり難しいんだけど、短刀で肛門周りを抉って、直腸に傷付けないにして引きずり出す。これで死んじゃう。あんまり引きずり出すと腸って長いからほどほどのところで縫ってこれ以上出ないようにする。

 猫ちゃんは乳首いっぱいだけど人間は二つ。予め剥いでおいた、腐敗防止に塩漬けにした乾燥乳首を縫って増やす。女の子には大きい女の子の、男の子には小さい男の子のをつけて見た目を整える。

 そうしてから頭の新しい耳のところに穴を開ける。脳みそがこぼれ続けると何か変だから、先に鼻の穴に鉄串突っ込んで脳みそグチャグチャにして流し出しておく。

「にゃんにゃんねこさんに変身だ!」

 変身した民兵の両脇に手を入れて持ち上げて、ロスタマーの人達に見せて回る。一通りみせたら城壁の上を狙って、出来るだけふわっと、骨がボキボキに折れないようにして投げ入れる。すっごい騒ぎになってロスタマーの人達が声を出す。バルマン語は分からないけど、大変だ! って感じ。

 そうしてどんどん変身する民兵を受け取ってはロスタマーに投げ入れる。カラスが集ってくる。

 前歯だけ残して抜いて、眼球が完全に潰れない程度に赤くなる程度に傷つけ、落とした手首を側頭部に抜いつけ、直立出来ないに太股を脇腹に縫いつけたぴょんぴょこうさぎさんにも変身させる。こっちは即死しないから生きたままロスタマーの人達に見せられる。投げ入れると死んじゃうかもしれないから、死んだ民兵だけ投げ入れて、後は城壁の下に置いておき、叫んだりのた打ち回っている姿を見せておく。

 宣伝部隊の通訳官さんがバルマンの人達に「僕達友達! 通行仲良し、封鎖は仲良くないよ!」と言う。

 他にも今作ったのは”にゃんにゃんねこさんだよ”って教えるのに、妖精さん達が猫の物真似「にゃーん、にゃおーん」ってする。

 ここにいるのは”ぴょんぴょこうさぎさんだよ”って教えるのに「ぴょん! ぴょーん!」って頭に手を当ててうさ耳にして兎跳び。

 しばらく宣伝を続ける。時間が結構経って、ぴょんぴょこうさぎさんに変身した民兵も大体が衰弱して倒れてカラスに突っつかれ始める。

 まだかなぁ、って待っててもまだ。待つと長い。

 次は劇団がやってきてくれたよ! 軍楽隊の人がお芝居に合わせて演奏してくれる。やった!

「抵抗したらダメー!」

 腕でばってん。

「抵抗しちゃダメー!」

 腕でばってん。

「どうしてダメなの?」

 説明が欲しいよね。

 ロシエ語同時通訳がされているからロスタマーの人達にも伝わっていると思う。バルマン語通訳は、劇に対応出来ている通訳官さんがいない。

「それはね!」

 小銃を持たされた民兵が引きずられてきて放置。あわあわしたと思ったら劇団員に銃口を向けた!? でも直ぐに劇団員が小銃で撃って頭を弾いた。間一髪!

「こうなるから!」

「抵抗したらダメー!」

 腕でばってん。

「抵抗しちゃダメー!」

 腕でばってん。

「でもどうしてダメなの?」

 説明をもう一声。

「それはね!」

 犬小屋みたいな小さいお家が出されて、そこにちっちゃい民兵が入れられる。そして「出てきなさい出てきなさい!」って屋根をドタドタ叩いて、出てこない。それから火炎放射器で燃やす。ギャーって叫んで小屋から出て、暴れ転がって動かなくなる。

「こうなるから!」

「抵抗したらダメー!」

 腕でばってん。

「抵抗しちゃダメー!」

 腕でばってん。

「でもでもじゃあどうしたらいいの?」

「答えは?」

「答えは!?」

「無防備都市宣言!」

『無防備都市宣言!?』

 劇団員が巨人に見えちゃうような都市の絵が描いてある衝立が並べられ、武装する市民がそこで防御行動を取っているように見せる。

「武器を捨てる!」

『武器を捨てる!』

 武装する市民が武器を置く。

「防御施設を撤去!」

『防御施設を撤去』

 衝立に描いてある、取り外し出来る城壁の大砲を外して置く。

「軍需物資を敵に提供しない!」

『軍需物資を敵に提供しない!』

 箱を都市の外に置く。

「占領行政を受け入れる!」

『占領行政!?』

「でも、友達なら大丈夫! ちょっと通るだけ! 悪いことはしないよ!」

『そうなんだ!』

「だって友達だから!」

「友達はまるっ!」

 腕で丸。

「友達はまるっ!」

 腕で丸。

「良い子は絶対に抵抗しちゃダメだよ!」

『はーい!』

 それから劇団員さん皆と頭の吹っ飛んだ民兵、土で消火された民兵が肩を組んで友達踊りをルンルンタッタ! でお終い!

 拍手! みんなで拍手! 何だか城壁の方からは無いけれど。

 劇が楽しかった。焼けた民兵と肩を組んだ妖精さんには皮膚と脂肪がべっちょりでお洗濯大変そうだったけど。

 宣伝部の妖精さん達と「面白かったねー!」「ねー!」って言う。

 それからお腹空いたからまだ生きている民兵を使って肉団子鍋を作る! 宣伝部隊の皆が「温かくて美味しい肉団子鍋が食べたいな!」って言ったから作る。劇団員さん達にごちそうだ!

「いっぱい食べよう、おいしく食べよう!」

 民兵の首の血管を指で千切って、出てくる血を桶に溜める。

「いっぱい仲良し、おいしく仲良し、あったかお鍋が楽しいな!」

 胸の皮を千切って破いて、お腹まで裂き、食道と直腸を手で千切って内臓を、気道を千切って肺を取り出す。心臓取り出して、助手の妖精さんに渡して刺身に切って貰う。

「お肉がたくさん肉団子!」

 全身の皮を剥いで、靭帯だとかを千切って分ける。

「脂がたくさん、栄養たくさん、お腹がいっぱい友達いっぱい!」

 くっさーな腸を手で扱いて中身を絞り、血と脂肪を詰めて、靭帯紐で一人分ずつに切って分けられるように縛って鍋で煮て腸詰にする。

「一緒に食べればこれから仲良し、みーんな仲良し!」

 頭から脳みそを取り出して塩を振る。

「お鍋を食べたら幸せだ!」

 肉に軟骨に骨髄、腸詰に使わなかった内臓を入れて全部綺麗にねっちりしちゃうまで潰して混ぜる。香辛料をまぶすと匂いが良くなる。

「皆で食べていっぱい仲良し!」

 ねっちりが出来たら一口大にして鍋に入れて煮る。

 ロスタマーの通用門が開いて、お話を市長さんにしに行っていた貴族さんが戻って来た。

「あ! 今出来たところだよ! 美味しいよ!」

 椀に入れた肉団子汁を貴族さんに渡そうとしたら、貴族さんすっごい勢いでゲロゲロって吐いちゃった。うーん、市長さんにごちそうになってお腹いっぱいなところで脂の強い匂い嗅いだからおえってなっちゃったのかな?


■■■


 ロスタマー通過!

 通過は良いことだけど良くないこともあった。後方支援部隊がロスタマーの、現地の商人から食べ物とか買おうとしたら拒否されたんだって! やっぱり攻撃して殲滅? って思ったけど、軍規模相手に売るような商品が無いみたい。独立前にしていたロシエの戦争に付き合った時に在庫が無くなっちゃったらしい。それはしょうがないよね。でもバルマン領内は相手が親ロシエ派でも、撃退した後でも略奪が禁止されているからちょっと工夫して貰いたいよね。

 バルマンは今、バルマン内戦と呼べる情勢になってるみたい。それで新しい商品も中々入って来ないらしい。

 バルマンの王様直轄の、数はまだ少ないけど動けるエルズライント軍が領内諸侯の説得、攻撃、降伏勧告を行っているらしい。帝国連邦軍はそういった王様に恭順していない諸侯への攻撃は控えるようにって言われているらしいけど行軍の邪魔をするような連中に容赦する必要はないよね。ゼっくんもそういった連絡を持ってきたバルマン人士官に「障害は粉砕する」って言ってた。

 ロシエ国境に近づけば民兵だけじゃなくて親ロシエ派諸侯まで現れる。元々はバルマン王領っていうものは無くて、ロシエ王国の下にバルマン諸侯がいたって形だから、自分達はロシエ王の臣下だって意識が強くあるみたい。

 ロスタマーと違い、明確に帝国連邦軍の前進を阻む意図で門を閉ざす関所の城が現れる。偵察隊の情報ではバルマンの反乱諸侯だけではなく、ロシエの兵隊もその関所の向こうに集結中らしい。そんなもの、集結を待ってやる義理は無い。

 足の早い軽砲、騎馬砲兵隊が砲列を敷いて砲撃開始。砲兵、重砲兵隊の遅い足を止めずに一気に落とす。雑魚を相手にゼクラグ軍の行進を鈍らせるなんてことはありえない!

 造りが高度で今までは数が少なかったけど、今先進的な工業組織が量産化に成功した徹甲榴弾が発射される。直撃しても信管は即座に反応せず、目標物をある程度弾体の衝撃力で叩いて壊したところで起爆、脆くなった命中場所を爆破して粉砕!

 鉄球の実体弾と炸裂する榴弾の合いの子砲弾が関所の城の防御施設を破壊! 塔を城壁を銃眼を、砲台に門扉に本丸も崩壊。固いところが崩れたら今度は榴弾が撃ち込まれて柔らかい箇所、瓦礫に残存敵を大雑把に排除。そして榴散弾の雨を降らせて敵を掃討!

「化学戦用意!」

「化学戦法毒瓦斯弾!」

「だーんだーん!」

 毒瓦斯弾が崩壊した関所の城に撃ち込まれて煙を上げる。生き残りの敵兵が咽る、苦しむ。

 防毒覆面をつけた突撃兵が突入! 拳銃と棍棒で抵抗力を失った敵兵を排除開始。

 防毒覆面をつけて、ちょっと、いや結構息苦しいけど自分も突撃。

 砲撃から残った部屋の頑丈な扉をブットイマルスで砕き、随伴工兵が火炎放射器で中を「イヤッフゥ! 便所倉を消毒だっぜ!」と焼いて生き残りを殲滅!

 お城は隠れるところがたくさんあるから虱潰しにブットイマルスで家具とか扉、瓦礫の下を潰して回って捜索。捜索打撃は発見と同時に隠れた敵をゴキブッチュンに潰して制圧しちゃうから二度手間要らず!

 軽砲、騎馬砲兵隊は、先行して関所の向こう側にいる偵察隊から情報を受け取り、射程を延伸して集結中のバルマンとロシエ諸侯軍に対して、崩壊した関所の城を飛び越す曲射、間接射撃で榴散弾を発射。偵察隊から榴散弾射撃への弾着修正情報が伝えられ、射撃が正確になって敵を散らして集結を解除させる。

 そうして諸侯軍が分散したら、偵察隊は信号弾を発射して合図。迂回して行動していた騎兵隊が集結して組織抵抗力の弱ったところを包囲攻撃。

 アッジャールの長騎兵銃で射程圏外から一方的に射撃して撃ち減らして、人にも馬にも防毒覆面をつけてから、命中射程と携行性に優れた新型火箭に毒瓦斯弾頭を載せて撃ち込んで麻痺させ、そうしてから騎兵突撃! 後進的な軍備と軍事科学教育しか受けていない敵はたまらず崩壊、敗北! まだ全軍には配備されていないけど、シャルキク方面軍肝煎りの化学騎兵隊は強いぞ!

 敵の生き残りは集めて憲兵隊にお任せして、ゼクラグ軍は西へ素早く進む。足を止めている暇は無い!

「ちっつ序を守るよ憲兵たーい! 敵兵生かすなぶっ殺せ! 構え、狙え、撃て! ドーン!」

 憲兵隊も急いで進まないといけないから手早く銃殺。早い!

 バルマン人士官と貴族さんから処刑には抗議を入れてきた。それから宣伝部隊が敵兵の首とか手足を銃剣に刺して先頭に立っても文句付けてきた。それから利用価値があると判断された捕虜を突っついて歩かせてても何か言ってくる。

 ゼっくんも「自分の臣下もまとめられない奴等の言葉など意味が無い」って言ってるし、どうでもいいよね。この人達の変な言い分聞いて、大切な労農兵士達が背後から撃たれたらいけないもんね。


■■■


 関所の城での戦いで反乱諸侯軍は逆らってもダメって気付いたみたいでそれ以降は激しい抵抗が減った。南のゼクラグ方面だけじゃなくて、北のストレム軍、中央のベルリク軍も同じように進路妨害をする反乱諸侯、親ロシエ派諸侯を撃滅しているから、抵抗するよりバルマンの王様に従おうって人達が増えている。バルマンの王様の軍隊も反乱鎮圧に動いているしね。

 それでも、積極的に抵抗は示さなくても、使者として動き回っているバルマン人士官と貴族さんに対して恭順意志を示さず、敵対行動も取らないどっちつかずの人達がたくさんいる。ほとんどロシエ国境に迫ってきていて、中にはバルマンの土地にいるロシエ貴族とか、バルマン人だけど意識はロシエ人だとか、そんな感じのあやふやな人達がいて文化的に面倒くさいみたい。イスタメルに住んでたから何となく分かる気がする。でも、反抗するからには理由がある! とかって言い訳を聞いている暇は無い。

 背中を突っついて連れて来た捕虜に棍棒というか、その辺に落ちてた枝とか薪程度の物だけ持たせて整列させ、そのどっちつかずの諸侯のお城に突撃させる準備をする。勿論逃げないように背後には督戦隊を編制して配置。

 自分も突撃捕虜の後ろでブットイマルスを振り回して「がんばれがんばれ」って応援。

 お城の守備隊の人もそれを見て武器を構えることもしないで、中には泣いている人もいて、ちょっとしたら降伏の報せが来る。

 もう、ロシエと戦う前に面倒なことばっかり。まだ領内に侵攻してもいない。

 降伏した領主の兵隊に、次から容赦しないってことを宣伝させて回ることになった。

 親ロシエ派民兵に諸侯を退治しながらロシエに向かって前進! 障害は粉砕あるのみ! って感じで行きたいけどちょっとぐだぐだ。

 こっちが相手している暇の無いような、通り道にいない敵はエルズライント軍が、バルマン王国軍が片付けている。

 本番はこれから。


■■■


 バルマン王領の横断は、障害があったり対処のために部隊を派遣したりと忙しかったけど、肝心要の砲兵、重砲兵隊の行軍には一切の遅延、停止が無かったから実質の遅滞は認められなかった。

 そろそろ夏が終わるんだけど夏って感じの暑さがない。暦上はともかくとして、土地と年の気候によって季節の変わり目は違うと思うけどロシエの秋っていうのは雨の季節。

 秋のロシエは、道路こそ整備されているけど泥んこになっている。秋の到来が早いみたい。工兵さん達が道を整備しながら進んで、泥濘に足を取られやすい大砲と車の車輪がすいすいと進めるようにしている。また最後尾に位置している独立工兵旅団の人達はそもそも泥濘にならないようなしっかりとした石や木で舗装された頑丈な道を作って兵站線を強固に確保。

 そうしたらどんどん西進!

 敵の攻撃情報は前線で潜伏する偵察隊が獲得して送ってくる。

 今目の前にいる敵は現地で編制された地方の民兵のような革命軍が主体で、ある程度の実戦経験があるような諸侯の軍や伝統的な連隊制度で編制された兵隊じゃないみたい。革命騒ぎでそういう人達は殺されたり逃げ出したらしい。その民兵のような地方の革命軍は地域でまとまっていなくて、一つ決戦のために集結編制されておらず、もっぱら内戦時に自然と組み上がった民兵、自警団組織の延長線で雑魚っぽいとのこと。主攻面でベルリク軍が相手にしているような職業軍人と正しい連隊制度に則って編制された王国軍と質が違うみたい。

 それでも油断しない。騎兵網と散兵網を展開、昼夜問わず攻撃前進準備のための軽攻撃、威力偵察を行い、敵にこちらの動きを報せないように斥候と伝令を優先して狩り、集結前の行軍中の敵部隊――場合によっては集団とすら言えないような数名すら――を各個襲撃撃破してそもそも敵に組織を、部隊を作らせない。そして前進出来れば前進、抵抗が強ければ無理をしないで拘束、迂回、増援到着までの優位な位置取り等を行って出来ることをして、出来ないことをしない。

 ロシエの秋は雨が良く降る。敵の小銃は火打ち石式小銃で野外では不発が多いけど、こっちは雷管式小銃の上に施条式でしかも新型銃弾で射程距離に勝り、遊牧民さんは特に視力も抜群に良くて馬に乗って高い位置から、高い場所に素早く移動して撃つから一方的。射撃訓練も十分に受けているから敵からすれば全部が狙撃兵。敵も施条銃を持っているけど、性能が低かったり数が揃ってなかったりであんまり活用出来ていない。主攻面の王国軍は知らないけど、こっちの革命軍の中でも民兵みたいな敵はどうも、良くて猟師とかそんな感じらしい。

 敵の騎兵対策は、林とか隠れられる場所で待ち伏せして十分に引き付けてからの一斉射撃。これは敵の位置が分かっていなければ防げないから被害が良く出る。

 騎兵だけじゃなくて軽歩兵も散兵線を敷いているから敵待ち伏せ部隊の捜索撃滅に当たる。自分も参加して、騎兵を殺す敵にブットイマルスを構えて、盾にして突撃してブットイマルス! 潜伏、隠密に待ち伏せの意味があるので敵はあまり大集団を組まないから倒しやすかった。軽歩兵の支援射撃もあったから簡単!

 敵の騎兵は、遊牧民さんが言うには”騎兵もどき”だって。刀と下手糞な拳銃振り回す程度か、馬上から下手糞過ぎる騎兵銃を撃つ程度。遊牧民さん達が小銃と弓矢で射殺しまくって馬をたくさん集めてた。

 ジーくんとメーくんも予備の馬を確保したいからって狩りに出かけて、六頭も取ってきて余ったからって馬が無くなった人に分けてあげてた。戦いが続けば馬を失う騎兵の人も出てくるから大助かりだね。

 民兵程度の革命軍といっても、軍人貴族が部隊まるごと革命軍に転じた無傷の部隊とか、王国軍と革命軍の共闘により、革命軍に混じって戦う正規軍もいたりと様々。元は一つのロシエだから不思議じゃない。

 騎兵網と散兵網は前線を広げて縦深を確保して、敵の反撃が見込まれたら軽攻撃対応程度の簡易防御陣地を作成するんだけど、それでも防ぎきれない反撃が行われることもある。

 簡易防御陣地は放棄が前提だから大砲も配備されていない。そこで一応の時間稼ぎをして敵の動きと規模を把握し、針路を割り出したら軍を集結させて、優勢な数と火力を確保して迎撃。予測針路上に砲兵を展開して射程圏内に引き込んでから叩いて弱らせ、歩兵が射撃戦で士気を崩壊させ、そして騎兵、突撃兵が突っ込んで殲滅!

 行く先の村を焼き払って、町を破壊して、略奪して進む。もうバルマン領じゃないから遠慮無し。拠点として使えるところは残すけど他は壊す。敵非正規部隊の拠点になると厄介だからね。屋根があるところで眠るとぐっすり寝れるから、そうさせないことで敵の行動を抑止する。

 秋の収穫を控えるロシエの畑。住民を脅して収穫、脱穀、袋詰めさせる。賃金も現物も払って兵糧確保。逆らえば殺す。足りない人手はバルマン人を募る。ここで真面目に働いたロシエ人は作業終了後、バルマン領内に、バルマン軍の監視付きで避難することが許される。バルマンにはすっごい手間なんじゃない? って思ったけど、バルマン人士官と貴族さんは何だか大歓迎だった。ちょっと不思議。

 敵革命軍が歌いながら戦っている。ロシエ語だから良く分からないけど、時々聞いたことがある歌が聞こえる。

 妖精さんも聞いたことがある歌を聞いて、あれだ! って歌い出す。それに軍楽隊が合わせると、あっ! ってなった。


  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ


  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ


 共和革命派の革命歌だから、ロシエで活動している革命軍も共和革命派闘士! でも何だかあっちは王国軍と共闘。こっちは聖戦軍の傭兵? なんだか変だね。でもロシエ兵だし、違うのかな。

 妖精さん達が革命歌を歌うとロシエの革命兵士は戸惑うみたい。全然精神が革命的じゃないからそんなことで迷っちゃうんだよ。

 敵の反撃が大規模と判断されれば、衝突圏内にいる部隊は速やかに後退して本隊と合流するか、かく乱攻撃に回される。そして同じく予測針路上に防御陣地を作成して拠点とする。大砲、重砲陣地も構築して火力集中。塹壕を多重に堀り、砲台土塁を構築して迎え撃つ。

 こうした防御陣地はこの迎撃の機会以外でも使えるし、補給基地にもなるので建設は丁寧に大規模に行う。敵が大兵力を集中させてくる地点というのは要衝が多く、十分に基地建設の理由になる。更なる侵略伸張のためには土台となる補給基地が必要。

 敵の攻撃が無くても、勿論要衝に補給基地は建設されている。敵の都市や城を、住民を完全排除してから利用することもあるけど更地に作ることもある。敵大規模反撃を迎撃する地点で良くそのような更地からの建設が行われる。

 攻撃前進、敵を殲滅。そして攻撃の後に続いて土木工事も続く。

 基地だけじゃなくて道や橋も強く広く補強。定間隔で駅や、ロシエ語じゃない帝国連邦の労農兵士が読める字で標識が設置。兵舎に馬屋に監視塔が合わさった大軍の寝泊りをさせられる基地も続々と建造される。

 先遣隊の騎兵網、散兵網が安全を確保し、抵抗がキツいなら無理しない。

 本隊は先遣隊の後を追い、抵抗がキツいところを見つけたら主力を投入して撃破。

 工兵は基地と道を造りながら軍の防御、前進、補給を支える。

 梯子を握る手、踏む足、そして梯子その物の延長、みたいな感じ。

 補給基地は点々と作られているけど、ベルリク軍の後方、侵入したロシエ領内に統合支援師団”第二イリサヤル”が巨大な工廠を備えた! 大補給基地を建設するみたい。本国から武器を送っていたら時間が掛かるから、現地で作っちゃおうっていう凄い発想で、大砲から弾薬からお鍋に服まで作るらしい。原料だけならバルマンとか聖戦軍諸侯とかから買い付けられるから現地に工廠があると便利ってこと。賢い! そこはセルハド大統領が指揮する。シャルキク方面軍とは編制上兄弟みたいな感じの部隊。

 それから獲得される敵の捕虜は目玉、腕を潰して送り返すのはいつも通りなんだけど、ロシエは治療呪具の普及で治療技術がすっごく進んでいる。簡単に鉄串で目を刺したり、手首の腱を切る程度じゃ再生させちゃう可能性があるんだって。でも喪失した器官の再生はかなり難しいってことで、目潰しはきちんと視神経から切断して抉り、腕は手首を切り落とすようにした。

「人間の生きようとする力って凄いと思うの」

「ホントだ! 中々死なないね!」

 目玉を抉り取って、手首を丸ごと切断すると衝撃死したり失血死したりするかもしれないから麻酔をしたり、止血をちゃんとして衛生兵さん達がきちんと面倒を見て、感染症予防もしてから送り返した。捕虜を生かして捕らえておくためにはご飯を食べさせたりうんちおしっこの処理をしてあげないといけないから、他の作戦で使えそうな者以外は全部送り返す。

 それから捕虜以外に勿論大量に出てきちゃう死体の山は敵の攻撃予測進路上に楽しく飾りつける。これは警報装置であると同時に攻撃抑止、そして冷静な攻撃を予防するため。怒り狂って突っ込んでくる敵は弱い。因みにこういうことは敵にやり返されているけど、うーん、こっちが敵に期待しているような効果が感じられないよね。何でだろ?


  吹雪が荒ぶあの山へ、登ろう!

『登ろう!』

  臆病を撥ねる山へ、登ろう!

『登ろう!』

  見晴らしが良いから、登ろう!

『登ろう!』

  準備万端出来たから、登ろう!

『登ろう!』


  前進、前進あの山へ!

  前進、前進山頂へ!

  暴風、豪雪、雪崩、恐れぬー!

  何も恐れぬ山岳兵!

『何も恐れぬ山岳兵!』


  鉄風雷火のあの山へ、登ろう!

『登ろう!』

  臆病を撥ねる山へ、登ろう!

『登ろう!』

  見晴らしが良いから、登ろう!

『登ろう!』

  準備万端出来たから、登ろう!

『登ろう!』


  前進、前進あの山へ!

  前進、前進山頂へ!

  肉弾、銃弾、砲弾、恐れぬー!

  何も恐れぬ山岳兵!

『何も恐れぬ山岳兵!』


  前進、前進あの山へ!

『ヘイッ!』

  前進、前進山頂へ!

  進めよ!

『進めよ!』

  進めよ!

『進めよー!』

  何も恐れぬ山岳兵!

『何も恐れぬ山岳兵! ヘイッ!』


 とっても楽しい山岳兵の”進めよ山岳兵”のお歌! ヘイッ! ヘイヘイッ!

 ゼっくんの指示でマトラ方面軍から第一○二独立山岳旅団は分かれて南下、目標はポーエン川上流のウルロン山中のアネモン大司教領。

 ここはロシエ王国領ではないアタナクト派聖領だけど、土地柄南部とは隔絶していてロシエ領としか大きな道が繋がっていない陸の孤島。ここの人達はロシエ人かバルマン人かサエル人かで、顔だけ見ればロシエ王国そのもの。そもそも大司教領になる前はロシエ王国領の一部で、初代大司教さんはその時のロシエ王の兄という何だか曰く付き。

 土地柄アネモンは近隣のロシエ住民と交流が深くて関門も無く、ほぼ同じ国みたいな感じだったらしい。そのせいかポーエン川を渡って逃げられなかった敵ロシエ兵、住民の多くが逃げ込んじゃった。

 アタナクト聖法教会派のアネモン大司教はここで、聖戦軍の一員らしく逃げて来た敵ロシエ兵を引渡すべきなんだけど「武装解除して保護しますからそちらは心置きなく作戦を遂行して下さい」って返事を出して来た。

 ゼっくんは甘くない。敵中孤立の友好領だなんて見做さない。ここを敵に奪取されて反撃拠点にされるとポーエン川防衛線構想が費える。たとえ中立を標榜していても、たとえ避難させた敵が武装解除されていようとも、容易に敵に奪取されかねない状態でいるということは敵対していると同義。敵に足場を与える消極的反抗行為。つまりは攻略しないといけない。

 もたもたしていれば本隊が折角ポーエン川に防衛線を構築して、東進してきている敵革命軍二十万に備えてもそれが無駄になっちゃう。その後続にはアラック軍十五万いるらしいし、油断は出来ない。

 川の上流を抑えて戦場を有利に運ぶのが帝国連邦軍、マトラ伝統の戦術! これは外したくないよね。

 まずは第一○二独立山岳旅団がアネモン大司教領に進入し、武装解除状況を確認した上で防御陣地を各所に確保し、そして今後の作戦に必要な工事作業現場の見当をつける。

 自分は下見、測量をするための工兵先遣隊と一緒にやってきた。サニャーキも結構工兵としては熟練者なのです。すーがくは難しいけれど、こう、パっと見てアレだ! ってのが感覚的に分かる。

 山岳、工兵の先遣隊の後からは、ポーエン川防衛線の構築状況を見て、だけど別部隊がやってくる。

 アネモンにいる人達はロシエの人達と同じだから見ても敵か味方か全然分かんないところがちょっとおっかない。一応、バルマン王領通過時の噂とか、一緒に来て説明して回っている聖戦軍職員としてのアタナクト派の聖職者さん達がいるから投石兵の出現は無いけども。

 今回は戦うのかどうかな? って思ってたら、山岳兵さん達が山砲を並べていた。砲口の先はアネモン大司教領の本拠になっている聖ルタ寺院。そこそこ大きい寺内町付きで立派な都市の一つだけど近代化改修された要塞じゃないから口径の小さい山砲でも十分に通用する感じ。水濠はあるけど、工兵が対処出来る程度だね。

 この要塞寺院はポーエン川沿いにあって、ここを通らないともっと山奥の方までは道が無い。山奥の方でも工事したい場所があるからここは通して貰わないと敵対行為になる。それが分かっていて通れない様子だからこれは、敵対!

「大変大変! 現地人が民兵部隊を編制してこっちに向かってるよ! 数は群衆とロシエ兵も混じって三千以上! 応急編制で指揮統制は低いけど数が揃ってるよ! 革命ロシエの旗を持ってる!」

 そう偵察騎兵が情報を届けてくれた。これは完全に敵対だ!

 何だか、大司教本人が旅団長とお話しをしているから、上と下の意思が一致していないみたいだけどそんなことは関係無い。

 山砲は軽い。聖ルタ寺院からの攻撃に幾つか据え置くけど、現地人民兵部隊方向に備えて配置転換を行う。

 山岳地形を利用して立体的に山砲を配置。邪魔になる林は焼き払いたいけど雨のロシエの季節だから断念。林を敵に利用されないようにって配置になった。二つの部隊に分けられ、距離が出来た。

 第一○二独立山岳旅団は後方支援大隊を含めて四千。後続部隊の到着は約束されているけど時期はポーエン川沿いのロシエ拠点攻略の進捗具合で左右されちゃう。

 敵は兵力三千でこっちより見劣りするけれども、聖ルタ寺院にいる部隊が参加すればもっと増えるし、今はアネモン大司教領全域の掌握のために部隊が散っていてここには独立旅団司令部付きの部隊と山岳兵一個連隊と一個後方支援大隊に、武装は最低限の先遣工兵隊がちょっとで二千名しかいない!

 応援要請に伝令が出て行ったけど、時間は掛かる。

 敵が街道沿いにやってきた。訓練されていない群衆混じりだから道を外れて奇襲攻撃ってのはやらなかったみたい。山岳地帯だから通行可能な道が限定されていたってこともあるけど。

 崖を利用し、山岳兵が立体的に配置した砲兵陣地より山砲や敵より有力な小銃、重小銃を使って射撃して敵応急部隊三千を足止め。士気の低い民兵混じりの敵は崩壊を恐れて足を止めたらしい。

 夜を待ってダヌアの悪魔になってブットイマルスしてやればいいかなって思ってたけど、今度は聖ルタ寺院で騒ぎが発生。そっちの方からも敵の民兵部隊が出現した! 革命ロシエの旗を持ってるから、大司教さんに反抗ってことになるのかな?

 寺院向けに残しておいた部隊が対応して射撃するけど足が止まらない。大司教さんは慌てるだけで何だか役立たずっぽい。

 化学戦部隊がいれば鎮圧も早そうだけど、三千の方の敵部隊を相手にしている。あれ、これ陽動作戦に引っかかってるんじゃない?

 それから変な部隊が前に出てきた。銃弾も砲弾も光の盾、”盾の聖域”で弾き返しているから、大奇跡隊!? 中央で奇跡隊を指揮している人が、片手に本を持っている。それに従う部隊は何故か杖だとかを持っている。それから聖職者の格好をしている人はいるけど全員じゃない。何か奇妙。

 聖職者の人? あれれ?


  聖なる神よ守りたまえ

  神の戦士を守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  神の戦士を守りたまえ


  聖なる戦いに神のご加護があらん

  聖なる戦いの後に苦痛は無い

  我ら神を信じ、拝み、崇め、服従し、

  聖なる神の大いなる栄光に感謝し奉る


  聖なる戦いに命の種を撒く

  聖なる戦いの後に芽が息吹く

  我ら神を信じ、組み、戦い、勝利し、

  聖なる神の破られぬ誓約の下で永遠となる


  種を広げた神よ、導きたまえ

  人を集めた神よ、結びたまえ

  火を高めた神よ、守りたまえ


  聖なる神のみを信じる

  聖なる神のみに殉じる

  聖なる神の御名を唱える


  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ

  聖なる神よ守りたまえ


 この聖句は神聖教会が聖戦軍を鼓舞する時に唱えることが多い。何だか革命軍を相手にしているのか何なのか分かんなくなっちゃうね。

 銃撃砲撃を大奇跡”盾の聖域”で防ぎながら変な奇跡隊が、その聖句を唱えて前進してくる。その陰から鉄砲の数もそこそこに農具工具を持った民兵が続く。隊列バラバラ。

 大奇跡で”盾の聖域”を展開しても、銃撃砲撃を加え続ければ崩壊させられるという先例があるから射撃は中止されない。

 変な奇跡兵の人で、聖職者じゃない格好の人は杖を捨てて取り替えながら前進。それでも維持するのに疲れてきているのか歩いている途中で失神するように倒れる奇跡兵が続出。

 指揮官の指示で敵の前進が止まる。指揮官は何故か本の頁を破り捨てながら指示して、聖職者が後列、奇跡兵が前列の隊形に組み替えさせて杖を構えさせる。どう見ても一斉射撃の姿勢。

 山岳兵の射撃は続行。聖職者が一気にバタバタと負荷に耐え切れずに倒れ始める。

 閃光! ”裁きの雷”!?

 光った後に轟音、それから焼け焦げた臭い。被雷した山岳兵の一部が倒れて焦げて、所持していた火薬が炸裂して弾けて倒れる。山砲とその砲兵班もいくつか吹っ飛んだ。無事な山岳兵は怯まないで射撃を続行、聖職者が軒並み負荷に耐えられずに倒れる。

 その”裁きの雷”は威力が弱いか、性質が違うか、当たったところで雷の力が一気に衰えて後列まで殺せない。誘爆で飛び散る破片は別だけど。昔、ピロニェで見たのよりちっちゃいかも。

 今度は代わりに民兵がわらわらと前に出る。民兵指揮官も不慣れか口頭に身振り手振り、下士官達がなんとか横隊列を手で肩で押して、槍を横に線を揃えて戦列整え、奇跡兵を守らせる。一部が銃で反撃してくる。

 雷の閃光で視力を一時的に麻痺させられたせいか味方の射撃の手が鈍っている。

 衛生兵さん達が負傷者を後方に引っ張り、軍医さんが診て回る。

「駄目!」

 死亡。

「止め!」

 戦線復帰の見込み無し。助手が墓堀りの鶴嘴持って付き従い、止めと判断された者の胸に穴を開けて殺す。

「死にたくない!」

 山岳兵には山岳民族の人間も混じっている。

「止め!」

「後送!」

 この場で処置出来ない者は野戦病院行き。だけどこの戦いが終わるまで送る余裕は無い。

「手当て!」

 この場の処置で何とかなる場合は処置。

「優先手当て!」

 処置すれば即座に現場復帰可能な労農兵士は復帰する。

「復帰不能な怪我をした人、お年寄りの人!」

「はーい はい僕!」

「長生きする気はねぇ」

 そういう人間もいる。

「君達決死隊ね。肉の盾になって、突撃隊を守って!」

「わーい! 同胞同志に尽くして死ねるぞ!」

「若いのは後から来い!」

 デッカイアレスも手に、仮面兜、服の下に甲冑付けて突撃隊に参加する。当然!

 負傷兵やお年寄りを横隊に整列。動ける負傷兵を混ぜた突撃隊をその後につけて前進!

 死んだ仲間を踏み越えて前進!

「ホーハー! ぶっ殺せ」

『ホーハー!』

「ブットイマルスが先頭だ!」

『ホーハー!』

 先頭に出てブットイマルスを掲げる!

 敵味方の撃ち合いの間を進む、ブットイマルスを盾に。無理しちゃうと力尽きて普通の女の子に戻っちゃうから注意!

 しこたま銃弾撃ち込まれる。敵は全体が小銃を持っているわけじゃないけど、銃兵だけでも千人以上はいるから十分に撃ち込んでくる。統制された一斉射撃じゃないけども、距離を詰める度に有効射程外のひょろひょろ弾が消え、ビュンって飛んできて通り過ぎたり、地面を撃つ。かなり近づき、ブットイマルスに当たる。盾の負傷兵が「痛ぇ!」と言ったり、血を出して倒れる。

 味方の銃撃は良く当たる。戦況の整理がついて、周辺警戒をしていた後方支援大隊からも銃兵が抽出されて射撃に参加している。小口径だけど缶式散弾を発射する山砲は敵部隊に鉛弾の雨を横殴りに叩き付けて何人も一気に引き裂いて殺す。

 敵の小銃は旧式と新式が混じる。新式小銃を持っている敵は後方から、旧式小銃を持っている敵は前進しながら撃ってくる。小銃より人の数が多いから、銃兵を倒しても後続の敵がその銃を拾って撃ってくる。混雑する戦列を下士官達が必死に整列させ、前後の後退を指導し、脱走兵を殴って押し戻す。

 負傷兵と老人は、射撃出来れば射撃しながら敵の弾を受けて倒れる。受けなくても怪我が元で倒れる。

 突撃兵が突撃砲を前進させて近距離射撃を開始。缶式散弾で更に薙ぎ倒し、銃兵の後ろの奇跡兵を狙って発射。

 突撃兵の拳銃の有効射程に敵が入って拳銃連射開始。敵の奇跡兵を守る勢いが衰える。

 敵の奇跡兵が再度杖を構えている。味方諸共”裁きの雷”で焼き尽くす雰囲気。

 選抜射手が奇跡兵を狙って撃ち倒す。缶式散弾も肉の盾を減らし、直接奇跡兵を撃ち減らす。大分減った、結構逃げた、だけどまだいる!

 一発でも受けたら音と光と火薬の誘爆で大被害、動きが麻痺する。

「デッカイアレスを受けてみろ!」

 本を持った敵指揮官目掛けてブワングオンって投げつける。当たると思ったら、直前で反れた!? それて他の敵の胴体を引き千切っていったけど外れた!?

 敵指揮官は持っていた本を投げ捨て、別の本を手に取ったけどあれが怪しいというか、あれ呪具じゃない? グラストの魔術使いさん達だけじゃなくて敵も使うんだ!

 敵の奇跡兵は杖を構えたままで、大奇跡が出来る感じなんだけどしない。まだかまだかとそわそわしている顔。もしかしてあの指揮官がどうにかこうにかして、杖の呪具を本の呪具で大奇跡っぽいものにまとめあげている?

「うおりゃー!」

 走る。地面を足の指で掴んで、思いっきり蹴飛ばし蹴散らすようにして低く走る。ブットイマルスを肩に、もう片方の手で地面を打って転ばないようにして犬みたいに走る。

 こうすると早い。めっちゃ早い。姿勢が低いからさっきまでブットイマルスや仮面、鎧に当たっていた銃弾が一発も無くなる。

 奇跡隊に近寄る。明らかにビビった顔の奇跡兵、じゃないや呪具兵が杖をこっちに向けて小さい雷を発射。目を瞑った、全身にビビってきてびっくりして転んだけど立ち上がれた。

 敵兵は続々と撃たれて倒れて、血を噴く穴が空いていく。

 本を持つ指揮官の目が開いて口も開いてそこへブットイマルス! 顎が千切れて胸が削れて骨盤に当たって膝が折れて膝まで潰し、身体の前半々を削って殺した。

「指揮官討ち取った!」

 突撃兵が拳銃弾をバラ撒きながら衝突、棍棒で敵の頭や肩を粉砕撲殺、敵部隊壊走。背中に銃剣が突き立つ。

「砲兵隊前進! 防御施設に対して破壊射撃開始! 敵に再編の暇を与えるな!」

『おー! ホーハー!』

 旅団長の指揮で次の段階へ素早く移行。山砲隊は弾薬を受け取りながら配置転換、突撃砲は一気に前進して、今あるだけの対歩兵用の缶式散弾で壊走する敵に追撃を加える。

 壊走する敵部隊の流れに逆らって、見覚えのあるような変な重騎兵が現れた。重騎兵っていうか、馬も一緒に全身甲冑で銀ピカだと騎士さんって感じになっちゃうよね。

「待てぇい! 無辜の民虐殺とは見逃せん! 某が相手になろうぞ! 殿を務める故、皆の者は山奥へ逃げろ!」

 言葉はフラル語だった。「はいやっ!」と一気に駆け抜けて、馬とは思えない速度でぐるっと迂回して大砲の射線外に出た。早い! あれに対抗出来るのたぶん自分。

 振り返ってまた地面を掴んで走る。

 何だろうあの敵。教会にいる重騎兵、騎士だから修道騎士? 敵だけど格好良い。台詞も敵のくせに正義の味方っぽい感じだった。馬の兜も一角馬って感じで聖典に出てくる聖獣だ。

 銀騎士が目指すのは山砲隊か、やっぱり指揮官、首狩り、旅団長!

 銀騎士は迂回して走った分、速くても距離を詰めれた。馬ごとブットイマルス! したと思ったら変な手応え、外した! 銀騎士がブットイマルスに剣を当てていた。受け流し、ブットイマルスに!?

「止めろ馬鹿者!」

 大司教さんが怒鳴る。

「義に悖りますれば!」

「あー!」

 大司教さんが――寺院から出てきた銀騎士とは当然知り合いなんだろうけど――何か失敗したかのように叫ぶ。

 聖シュテッフ報復騎士団の時のあの四人の騎士って、もしかしてアタナクト聖法教会の手先?

 銀騎士に銃撃が集中、でも騎士と馬の甲冑が全弾を弾く。避けようともしないし、持っている盾をかざそうともしない。そんなことが出来る鎧なんて重過ぎて普通は人も馬も着られない。つまり普通じゃない!

 ブットイマルスで馬を狙う。馬術というより、馬が自分で跳ねて避ける。

「面妖な戦士め!」

「格好良い騎士さんめ!」

「ぬ、それほどでもない」

 しかも謙虚! あの四騎士よりも格の違いが伝わる。

 ブットイマルスを振るって銀騎士に迫る。避けられるか剣や盾にいなされて致命傷に至らない! でもこれで牽制が出来ている。

 聖ルタ寺院の門は山砲により破壊され、城壁の旧時代的な防御施設は崩壊。労農兵士は突入して敵を殲滅し始めている。

 裏門側から山奥へ敵が避難し始めているが、その列には曲射で榴散弾が撃ち込まれて制圧される。

「ええい! ならば!」

 銀騎士が下馬。馬が角突き兜で頭突きに突っ込んでくるのに合わせ、銀騎士が剣で突き! こんな馬術あったっけ!?

 馬へブットイマルス! 横殴りに変に重たい馬体を打つ! 同時に剣がお腹に刺さった!?

 馬がよろめきながら歩いて苦しそうに呻くけど生きてる! ブットイマルスした甲冑がぶっとい跡にベコンってへこんでるけど、うっそー!? 頑丈!

 お腹、痛いっていうかゾっとする感じ。お腹なのになんか擦れてる?

「我が剣でも半ばしか貫けぬとは業物の鎧を仕込んでいるな」

 馬が鳴いて膝を突き、それでもまた立ち上がった。口から泡にゲロ、目玉からは血を噴いているけど心は折れていない。

 目から血? って思ったら射線の先にはジーくんにメーくんが騎兵銃を構えている。どっちが当てたか知らないけど上手い!

 山砲が発射され、砲弾を銀騎士が盾で受け爆発、吹っ飛んで回転して着地。盾も腕も圧し曲がり、血が流れ出す。胸甲部位も歪んでいる。砲弾は流石に利く!

 戦場では誰がどこから狙っているか分からない。常識だよね。

「己ぃ!」

「もう止めろ! お前は……アレを率いて南部へ行け! 厳命だ!」

「しかし!」

「ここで死ぬは犬死だ! 貴公の命、捧げる先を間違えるな」

「ええい! 覚えておけ悪魔共め!」

 銀騎士は、銃撃を受けながら捨て台詞を吐いて片目の馬に乗って追う間も無く走り去り、聖ルタ寺院の城壁を騎馬で跳び越えて去っていった。超凄くない?

「大司教、敵対行為……」

 旅団長が声を掛ける。

「終わりだ」

 大司教さんは皆まで聞かず拳銃を取り出して――旅団長は護衛に庇われる――口に咥えて自分の頭を吹っ飛ばした。

 何で自殺? 一体何なの?


■■■


 聖ルタ寺院は制圧され、住民は民兵なので完全に抹殺。反乱行為なので聖戦軍側からは抗議もされなかった。

 こっちからの抗議、あの銀騎士とかに対する回答は無かったか、自分みたいな下っ端じゃな教えられないような回答があったかは全くわかんなかった。

 お腹の怪我だけど、内臓には届かないけど筋肉に刺さるぐらい。それから雷を受けた火傷の跡があって、なんだか蔦が這ったみたいな形だった。死なないけどちょっとあんまり経験無いよね。この傷は最新式の治療呪具で治すことになって、傷一つなく綺麗な肌に戻っちゃった。凄い!

 治療呪具は量産中だけどまだ数が出揃っていない。負傷兵は選別される。治療された分、されなかった労農兵士の分も頑張ろう!

 治療呪具が足りない分はアタナクト聖法教会から派遣された治療奇跡使いさん達が治している。何だかついさっき戦った人達と同じ格好だから変な感じ。

 負傷者は率先して先頭に立つ老兵が多い。”長寿より名誉”という標語が活きてるみたい。

 怪我も治って、アネモン大司教領の安全も確保された。追撃に避難民も討伐したし、見せしめに各地へにゃんにゃんねこさんに変身した死体や、目玉を抉った人達をバラ撒いておいたからしばらく大人しくなる、かも。

 ポーエン川の上流工事開始。大工事のために多くの工兵隊がやって来た。

 東岸も西岸も工事するから、敵の攻撃に直接曝される西岸には防御陣地を優先して建設。それから直ぐに逃げられるように橋も建設。

 上流には川の氾濫対策に放水路が元からいくつも設置されていて、高さを利用して広い地域に出来るだけ分散して水を逃がす大きな仕組みがある。ポーエン川の源流は勿論ウルロン山脈、特に春の雪解け時期は水量が増して凄いことになるらしい。

 その昔のポーエン川は、パム=ポーエンから西に曲がっていなくて、もっと北に伸びていたって古い資料があるくらい大暴れする川だったらしい。川の流れが全然変わっちゃうくらいの氾濫があるともう、大規模地雷程度じゃすまない広い地域が吹っ飛んじゃうみたいだから自然って凄い。

 これからする工事は、その放水路にこっちが管理出来るような水門を設置すること。機密だから作戦の詳細は明かされていないけど、今までの経験から考えると、何か合図があったら水門を閉ざしてポーエン川の増水が止まらないようにして氾濫させちゃう作戦が後で必要になると思う。

 セルチェス川の水をダルプロ川に流し込んだ大工事を思い出す。あっちは水を足したけど、こっちでは水が減らないようにするってことで同じ結果を目指す。ちょっとすーがくっぽいね!

 こうしている内にポーエン川防衛線と、そこから北に延びる陸地の防衛線も構築された。ゼクラグ軍が担当するのはベルリク軍直下のワゾレ方面軍がいるパム=ポーエン市と連携しつつ、そこからマトラ方面軍のヴィットヴェルフィム城、シャルキク方面軍のブレンゲン市、そしてここアネモンの聖ルタ寺院の三点で支える。

 川の守りを固めるためにヤシュート一万人隊が敵前になるけど訓練を開始。川用の船の組み立て、建造、徴用も始めた。前線工廠が送ってくる船も進水を始める。馬も船も使えるなんて凄いよね。

 西岸に革命軍二十万、アラック軍十五万が到着するまでに、予防措置として基地になりそうな西岸沿いの村や町は全て破壊されて畑も食糧庫として使えないように焼き払われる。

 待ち受ける敵の総兵力三十五万。それをゼクラグ軍十万で単純に相手をするのは難しそう。今まで戦って来た民兵だらけの軍と違ってアラック軍は重装備の正規兵に、百戦錬磨の部隊も多いらしいし、アラック兵は特に気性が激しくて勇猛果敢って噂。

 まだまだこれでも戦争始まったばかりの序盤戦。頑張るぞ!

 現場監督官さんが拡声器で号令。

「マトラ労働歌!」

『おー!』

「斉唱!」


  侵略の雨、祖国を濡らし

  破壊の風が切り刻む


 放水路に水門を設置する工事。堤防でただ固めるんじゃなくて、ポーエン川を増水させたい時期とそうじゃない時期があるから水門だね。時期がいつかは軍事機密。内緒!


  恐れず戦え、同胞同志

  不断に戦い築くのだ


 準備工事。水中に支柱を打ち込む。工事用に放水路と本流からの流入口周辺を一時遮断、水を抜く必要がある。

 土嚢を作って支柱に合わせて投入、水面より高くなれば川の水が本流にだけ流れる。ただこれだけだと漏水しているから、まずは仮に術工兵が氷結させて漏水防止と、補強が済むまでの仮補強をする。それから支柱に板張りをして固め、隙間に土砂を入れて埋めて水を止める。


  守りの家、豊饒の大地、革命守る労農軍

  真に勝利するその日に

  祖国に日差しが降り注ぐ


 水が流れないようにした放水路の、水門工事予定地点付近の底の泥など軟弱な土を除去。掘って捨てて掘って捨ててで泥んこ。

 そして掘った後に水門柱や基盤固めの杭も入れて土砂投入、術工兵が凝固させて固める。そしてコンクリートを投入、凝固土砂の隙間を埋めるように滑らかに、水を漏らさない。


  振るえその腕、進めその脚、血と汗に塗れよ

  真の献身が明日に実る

  明日の明日へ繋げよう


 放水路の両岸、本流の水門側を堤防で固める。増水時にここが脆くて決壊すると折角の水が台無しになる。


  反撃の牙、鉄で覆い

  号砲鳴りて突き進む


 鉄枠で強化した扉を水門柱に設置。上下開閉式、駆動補助に車輪がついてる。

 土嚢、支柱撤去。試験稼動。巻き上げ機も水圧受けながらぐるぐる回る。良し! 作り方も物もマトラ山地、マトラ山脈で稼動実績があるから安心だよね!


  忘れず戦え、同胞同志

  果敢に戦い破るのだ


 ポーエン川に注がない水源、他所へ流れている川、他所で止まっている湖沼を山岳兵が山を渡って見つけ、地形を調査し、流せるかどうかを検証する。流せると判断したら工事計画を立てる。


  阻む塹壕、囲む要塞、遥かなる進撃路

  敵を砕くその時に

  戦士の血肉が糧となる


 工事計画に沿って空掘りを掘ってポーエン川本流か、そこに注ぐ別の川へ繋げる。ポーエン川に注がない水源のところにも水門を設置。本流程本格的じゃなくて良いから工事は比較的簡単。


  握れ剣と銃(つつ)、踏めよ軍靴で、死と灰に塗れよ

  敵の滅びが我等の願い

  滅び去るまで戦わん


 そして仕上げに合図があれば一斉に水門を開閉、水門にする程じゃない箇所の堤防を崩す連絡装置を設置。狼煙台、旗柱と信号旗、伝令が走る時の目印になる標識、休んで馬を変える駅を設置。そして水門操作も行う増水演習を行って問題点を探して作戦計画にまとめ、もう一回演習して完成。ポーエン川増水装置の出来上がり!

「我等の汗と労働、建築闘争で振るった鉄槌が時間差で何れ敵の精髄を粉砕する! 闘争万歳、労働万歳、自然を操る先進科学打撃が勝利をもたらすのだ! ホーハー!」

『ホーハー!』

「ホーハー!」

『ホーハー!』

 ホーハー!


■■■


 遂に革命軍二十万がポーエン川西岸に到着! 素早いゼっくんが既にポーエン川防衛線を築いた後だからそう簡単には攻撃出来ないけどね。

 ここアネモンにも敵の革命軍の別働隊が迫る。迫るけど現地偵察を終えて山岳防御陣地を築いた第一○二独立山岳旅団が防ぐ。頑張って建築した堤防や水門は流石に散らばり過ぎて全部を完全に守る体制は築けないけど、敵がこの工事の意図に気付けるかは別問題。むしろ良く整備したと守るんじゃない? ってのは希望的観測ってやつだけど。まあ、わざわざ壊すような行動をして分散したら隙が出来る。

 アネモンで川沿いにはヤシュート一万人隊が船も馬も武器も準備万端に待機しているけど、別の作戦があるみたいでその別働隊相手に対して動こうとしない。

 その代わりではないけれどマトラ方面軍とシャルキク方面軍から分けて編制された派遣騎兵旅団――強い化学騎兵含む――が二個、そして第三○三独立武装補給旅団が応援に駆けつけた。戦力が一万二千になる。騎兵と車両といった要素が多いので実数より戦力は多め。

 革命軍別働隊は士気を高めるために革命歌も歌いながら進んでくる。こっちの妖精さんも歌う。

 山岳部は平野部に比べて遥かに侵攻経路が尾根や谷の存在で限定されてしまう。進んでくる方向が推測しやすいし、迂回路に退路も同様。道を外れるような経路を強行に進んでくると手強いんだけど、山岳部においてそんな強行経路を進むには高度な技術と訓練された山岳兵が必要。

 革命軍はそんなに訓練されている? 勿論、されていない。隊列と行進、鉄砲の撃ち方を学んだ程度の民兵ばかりで、一部混ざっている正規兵も多くが普通の銃兵で山岳兵のような専門家であることは少ない。そんな素人が強引に山岳部を進んでくれば少数の、効率的に防御陣地を築いた第一○二独立山岳旅団の専門家が撃退。そして勿論、山岳街道沿いに進んでくる部隊も十分に備えがされた防御陣地で撃退。軽くて高所に設置可能な、施条により小口径の弱装でも敵より射程を優越する山砲が一方的に砲弾で粉砕!

 革命軍はそもそも騎兵も砲兵も乏しく、あっても騎兵もどきだったり、重くて鈍くて射程も短い旧式砲で火力と衝撃力が弱く、銃兵も旧式小銃ばかりで弱体。油断しないで射撃戦で有利に運べば損害無しで何百人も殺せてしまう。

 そして第一○二独立山岳旅団の専門家の指導によって派遣騎兵旅団が退路を予測されてしまっている革命軍別働隊を殲滅! 特にユドルム方面軍側の遊牧騎兵は高地騎馬民族出身者が多くて、山岳馬術が巧みでまるで地形を無視するように機動する。凄い! 体格によるみたいだけど、帝国連邦で使われている馬って大体が山を得意にしているらしいよ。

 革命軍別働隊を相手にしている間にもポーエン川を下った場所では戦いが始まってるらしい。

 第一○二独立山岳旅団の一部を防衛戦力として残し、下流側からの信号弾を合図に北へ山を下る。

 第一○二独立山岳旅団に工兵が増強大隊として随伴。それから二個派遣騎兵旅団、第三○三独立武装補給旅団、そして河川艦隊と騎兵隊に分かれたヤシュート一万人隊の皆が、敵に対応する時間も与えず一気に攻撃開始! 目標マトラ方面軍、シャルキク方面軍相手に拘束されている革命軍本隊への側面攻撃だ!

 山を下る度に砲声と銃声に、ずーっと遠くまで続いている戦場に上がる白煙が続く。重砲のおっきい砲声がドンドン響く。

 東岸から西岸の革命軍に砲撃が続く。そして攻撃側のはずの革命軍は防御に回り、ゼクラグ軍の歩兵がポーエン川を敵前渡河して攻撃を開始している。遠くの方では既に渡河後みたい。そしてヤシュートの河川艦隊が既に水上から支援攻撃中。

 敵前渡河に対応しようとしている革命軍本隊の右翼側に突撃だ!

 シャルキク方面軍の派遣騎兵旅団とヤシュートの騎兵隊が敵前渡河に合わせて川沿いを下って支援攻撃を行う。

 川より内陸側から第一○二独立山岳旅団、マトラ方面軍の派遣騎兵旅団、第三○三独立武装補給旅団が渡河妨害に動いている敵軍右翼の後背を突く。

 増強工兵大隊が素早く攻撃ともしもの時の退却地点となる野戦築城を行い、山岳兵が射撃位置について革命軍本隊右翼で側面防御に当たる敵部隊を攻撃。有効射程で優越する小銃と山砲で一方的に撃ち殺して崩す。撃って崩し、弾薬が少なくなってきたら第三○三独立武装補給旅団から受け取って補充して射撃の勢いを弱めない。

 敵の側面防御部隊の統制が崩れ、突入機会、隙を見つけたならば今度は突撃に移る。突撃するのは山岳兵ではない。

 荷を軽くした車両隊はラッパを激しく吹く。

 そう突撃するのは第三○三独立武装補給旅団の三個車両連隊! 自分も馬車に同乗するよ、やっちゃうよ!

 車両隊のお歌”我等の馬車”演奏合唱!


  戦う馬車が運ぶ

  食い物と弾薬を

  走った軌道が彼方まで、直線、曲線刻み込む


 装甲された戦闘馬車の突撃! 馬甲と遮眼具を付けた馬の四頭立て馬車が突っ走る。威嚇用の鳴り物が付いた車輪がガランコロンギャラギャラ鳴る。

 突撃陣形は間隔を開けて三列、正面からみれば一列に見えるように前右、中中、後左の斜陣。更にその後に予備一列。脱落車両の救助、穴埋め部隊。

 また馬車だけでは対応出来ない事態も当然あるから補助騎兵が側面、後方につく。


  我等の馬車が急発進!

  前線、補給所、炊飯場!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!


 地形は平坦じゃない。段差に窪みに草に石に灌木。障害物に馬に馬車が転倒するけど突撃優先、予備車両が穴を埋める。救助車両が労農兵士と馬を救出して車両を応急修理して復帰させる。


  戦う馬車が突撃だ

  体当たり、車輪鎌

  走った軌道が掻き混ぜる、敵の陣地に隊列を


 馬車の正面に備え付けられた旋回砲が缶式散弾を発射し、馬の進行方向にいる敵を優先的に狙って殺して障害物を排除。同乗する銃兵、弓兵が射撃しまくって敵に矢弾をバラ撒く。

 車両部隊は妖精と人の混合部隊。遊牧民の方が馬の扱いに慣れている。


  我等の馬車が急発進!

  前線、補給所、炊飯場!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!


 射撃で薙ぎ払い、敵の射殺体を馬蹄と車輪でグチャ潰して轢き潰し、目が見えなくされた馬が恐怖を知らずに突っ込んで敵を撥ね飛ばして踏み潰して車輪が轢き潰す!

 濡れてなかった地面が血と踏み潰しで泥グチャ。勢いがついた戦闘馬車が敵をバッタバタ倒し、轢き潰し経路から外れた敵の脚を車輪につけた鎌でゴゾっと切り落として通過。


  戦う馬車が旋回だ

  銃兵と旋回砲

  走った軌道が横並び、弾丸砲弾一斉射


 突撃の勢いは段々と減ってくる。敵の反撃の射撃で御者が死んで馬が死に、弾を受けなくても敵を潰し過ぎて脚が鈍るし馬も疲れる。

 信号ラッパと信号旗振りの視覚聴覚に訴える二重の指示により、統制された部隊の旋回が行われ、前衛が半円陣形を取って防御体制を敷く。車両は横向きになり、一台が通れる間隔を持って並ぶ。馬は外して後方へ下げる。そして余裕があれば土嚢に土を詰めて正面を固めるけど、今回は激戦真っ只中で余裕無し。


  我等の馬車が急発進!

  前線、補給所、炊飯場!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!


 装甲された戦闘馬車に隠れながら旋回砲と小銃で車両隊の労農兵士は優位に撃ちまくる。

 後衛は前衛の隙間を縫って突撃できるように待機し、前衛車両の隙間を縫って浸透してくる敵を迎撃。

 自分は馬車から降りて、ブットイマルスを振って敵をブットイマルス! グシャボキャって車輪で潰したより酷いグチョゲロに潰す!

 ただ殺すんじゃなくて、敵の数が多かったり攻撃が激しい箇所の応援に回るように動く。騎馬で追走してきたジーくんとメーくんには支援射撃をお願いする。やっぱり後から補助する弾丸があるかないかで敵への対処が段違いに楽になっちゃうよね。


  戦う馬車が要塞だ

  装甲板、銃眼壁

  走った軌道が泥に消え、逆襲部隊が総攻撃


 作戦は諸兵科連合によって行われるのが最新の軍事科学の常識。

 車両突撃の後を追って山岳兵が到着! これにより火力が増大し、敵中孤立しそうになっていた車両部隊に迫る敵を撃退!

 戦闘で消耗した弾薬は車両隊から受け取る。別に弾薬が先に最前線に到着していても補給作業に問題は無い。流石は戦う馬車の車両隊。むしろ弾薬が装甲に守られ、被補給側が軽い足取りで迅速に移動出来るという面でみればこっちが安全。凄い!


  我等の馬車が急発進!

  前線、補給所、炊飯場!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!

  ぶちかますぞ車両隊、そら踏み潰せ!


 そして機会到来、車両部隊再突撃を開始。馬車に、休めた馬を改めて繋ぎ直し、馬が足りなければ予備から補充するか、一部馬車を放棄して馬の頭数を充足させる。

 作戦は諸兵科連合によって行われる。車両部隊再突撃の衝撃で動揺した革命軍本隊右翼の背後へ、今まで温存されていたマトラ方面軍の派遣騎兵旅団が突撃!

 こうしている間にも敵前渡河を終えたゼクラグ軍歩兵隊が攻撃! 挟み撃ちが大成功!

 間も無く革命軍本隊右翼が崩壊し、全体が壊走に至り、騎兵隊が追撃に走って殺しまくる。

 やったね!


 南翼のゼクラグ軍はポーエン川防衛線に迫る敵革命軍を撃退! へなちょこ聖戦軍の中でも頑張るガートルゲン軍がいて、ヴィットヴェルフィム側での戦いで活躍。いっぱい死んだけどいっぱい活躍したらしい。ゼっくんとぷにぷにボレスさんの言うこともちゃんとお利口さんに聞いたらしい。偉い!

 北翼のストレム軍は主要都市ジュオンルーへ進出、敵ロセア軍を牽制して中央の北側を守る。ただ生き残りはたくさんいるみたいで結構逃げたらしい。それから道中で略奪した大量の物資が余る程手に入って、各軍に分配されて補給事情が改善! また、敵兵と住民の多数の目玉を抉って腕を潰し、案内役を付けて敵に送り出して補給事情を圧迫! ストっくんお兄ちゃん偉い、頑張った! いい子いい子してあげたいけど遠過ぎるね。

 中央のベルリク軍は順調に敵王国軍に打撃を与えて後退させる。たぶんロシエの王様の次くらいに軍隊で偉い人の国防卿レディワイスを生捕り! 昔からそうだったみたいだけど、総統閣下って出陣する戦いに勝ちまくっちゃうよね。不思議!

 ゼクラグ軍がいるとこよりずっと南、スコルタ海のポグレ湾ではヴェラコ港を神聖教会系海軍が襲撃して麻痺させ、アラック軍の兵站線に打撃! 総統閣下の遠い親戚のアソリウス島嶼伯のヤヌシュフさんが先頭に立って戦ったんだって!

 ジーくんがその報せを聞いた時に「ヤニャーカ兄ちゃんだ!」って言ってた。あのザガンラジャード棒振り回してた子かな? 知らない内に偉くなってたんだね、凄い!

 これまでの帝国連邦軍の損害は死傷者一万程度、その内の負傷者はアタナクト聖法教会などの支援でかなり早期に復帰していて損害微弱。

 王国軍と革命軍を撃退、追撃、後退させて当面の反撃能力を喪失させたと判断され、ベルリク軍もゼクラグ軍も歩兵、騎兵、砲兵を連携させつつ防御から攻撃に転じて前進する。

 王都シトレを守る運河防衛線を目指す。運河防衛線はポーエン川南岸のデュアルニー、北岸のファンジャンモートの地点から北へ伸びてロシエ北部国境に近いヴァイラードエローまで続いてシトレへ続く北側経路を守る。南側経路の守りは遥か西大洋まで流れるポーエン川そのもの。

 王都シトレはポーエン川北岸部に中心部がある。運河防衛線を抜けて川沿いに西進すればその中心部に川を挟まずに直接接触出来る。その方面からならば平野部が広がっていて非常に攻めやすい。そしてシトレを陥落させたならばそこからロシエ全土に繋がる主要街道を把握することが可能で、どこにでも攻撃出来るようになるし、新たに敵が軍を結集しようとしても集合する前に各個撃破が出来るようになる。敵をバラバラに出来ちゃう。

 ゼクラグ軍はポーエン川南岸の都市デュアルニー攻略を目指す。ガートルゲン軍も大損害を受けているけど参加する。南岸ははるか西のランブルールまで続くから川越しの防御が容易。北岸のファンジャンモート程には重要地点ではないけど北岸経路で進むベルリク軍を妨害できる位置にあるので勿論攻撃、陥落させないといけない。

 基本に忠実。騎兵網と散兵網を構築して”軽い”部隊で戦線を拡げながら前進し、丘や川や森など地形に合わせて”軽い”防衛線を構築。その後に続いて砲兵を伴う”重い”部隊が”軽い”防衛線に到達し、”重い”防衛線を構築。その背後から後方支援部隊がついてくる。

 ”軽い”攻撃で倒せる敵はそれで倒し、”重い”攻撃が必要になったら戦力を集中投入して倒す。広域戦闘の最大効率化を目指す。難しい! けど今の帝国連邦軍ならば出来る。凄い!

 ゼクラグ軍は大きな抵抗も無く前進。革命軍を大々的に敗走させ、追撃も食らわせ、大雑把な推測だけども二十万の軍を半減させたと推測されている。戦死者は万単位、捕虜も万単位で全て不具にして送り返していて、士気の低さと状況の悲惨さから多くの脱走兵が出て半減と判定されている。彼等を勇気付けさせるはずの十五万のアラック軍はヴェラコ港への襲撃以降補給問題に苦慮して未だに到着していない。ただ愛国募兵法は中々に革命的であっという間に補充兵を用意すると思われるので革命軍の再編も遠い未来の話ではないみたい。

 ベルリク軍は精強で数も多い王国軍相手に激しい戦闘を繰り返しながら北岸経路を前進中。銃声と砲声が川の向こう側から鳴り止まない。やっぱり総統閣下が陣頭指揮をしているせいなのか、精鋭部隊が特に中央軍に集結しているせいなのか、両方かもしれないけど、戦いはするけれどあっという間に撃退して先へ進んでいる。

 南北両岸沿いに侵攻し、敵を後退させて両軍はデュアルニー、ファンジャンモートの地点、ここから北へ運河防衛線が延びる地点へ到着する。

 両岸共に比較的展開速度の速い砲兵隊が砲列を敷き、ファンジャンモートとデュアルニーへ同時に砲撃が開始される。続いて工兵が基礎工事を行い、そこに大重量の組み立て式長距離重砲が設置されてから更に火力が増強される。他軽砲、騎馬砲兵隊は敵襲撃に備えて防御、予備配置で待機。

 砲撃の成果次第で突撃が判断される

「砲兵遠征歌!」

 砲兵さん達は楽しく歌いながら大砲を操作し、弾薬兵さん達は砲弾と火薬を運ぶ。


  大砲が作られ、あなたは行方を知らない

  マトラから送る先は、尾根を越える向う側

  戦果を挙げるあなた

  戦列砕く大砲で

  眠る工場、昼に戦い、

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


  重砲が作られ、あなたは行方を知らない

  シャルキクから送る先は、大河を越える向う側

  英雄になるあなた

  要塞砕く重砲で

  作る工場、夜に戦い

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


  砲弾が作られ、あなたは行方を知っている

  前線工廠から送り、丘を越える戦場へ

  肩を並べるあなた

  大砲並ぶ陣地で

  燃える砲弾! 常に戦い

  戦い、戦い続けるのが砲兵だー!


  大砲! 大砲! 大砲は! 常に捉える!

  砲口は確かに敵を捉える

  大砲に砲弾が装填される

  大砲に砲弾が装填される

  大砲は、砲口は確かに敵を捉える

  射撃合図で、撃て! 撃て! 撃て!


 両岸合わせて数百の大砲が徹甲榴弾、榴弾と組み合わせて要塞と都市を破壊、石の山が崩れて高かった”背”が低くなっていく。瓦礫が土みたいに崩れて流れて広がり、水濠にボロボロと落ちる。砲台が崩れて大砲に砲兵が跳ねて飛んで、弾薬庫に誘爆して火柱を上げて瓦礫を吹き上げてから降らす。砲撃に強いはずの土塁すらも穴だらけにして崩す。

 都市デュアルニーより規模が小さい要塞ファンジャンモートの防御破壊が確認されたみたい。そこでやっと再編が終わったバルマン軍十二万がベルリク軍に代わって要塞へと突撃を開始した。今まで後方で遊んでいた分は働かないとダメだよね。

 ファンジャンモートより少し遅れてデュアルニーの防御破壊が確認される。具体的に、上空から竜跨兵が崩壊状況を確認してくれているので確かな情報。

 デュアルニーに対する突撃部隊の整列が行われ、その最中に残存敵を制圧するための榴散弾が発射され、都市上空で灰色の雲を作って鉛弾の雨を市街地に降らせる。今までの戦いで撃ち過ぎじゃない? って思うけど本国からの輸送分と前線工廠での生産分があって結構余裕があるらしい。昔のマトラなんて大砲撃つことも難しかったのにね。

 市内への突撃に先立ち、榴散弾射撃が終わった次に毒瓦斯弾頭の火箭が崩壊した城壁の向こう側へ飛び込んで炸裂して煙を上げる。

「突撃するから突撃兵! 恐れるのは死ではない、名誉の損失と革命の停滞だ! 革命万歳!」

『革命万歳!』

「ホーハー!」

『ホーハー!』

 突撃兵が前進し盾になり、化学戦隊が毒瓦斯弾を擲弾銃で各所にバラ撒きながら散布地帯を拡大。

 銃兵や下馬騎兵が続いて毒瓦斯に目や鼻を痛めつけられて苦しんでいるデュアルニー市民と守備兵を殺しまくる。

 自分も参加。ブットイマルスで扉を粉砕し、随伴工兵が火炎放射器で屋内を「今秋のデュアルニーの流行はこれ! 爛れた皮膚に脂肪がお洒落さん! 暖かいから服は薄着で良しだよ!」って焼いて、市民や守備兵を火達磨に絶叫させてその流行衣装にしちゃう。

 大都市だから寺院とか屋敷とかが一杯あるから銃弾を使うよりはそういう建物に人を棍棒で叩いて脅し、銃剣で突っついて誘導して中に避難させて閉じ込めて扉を封鎖。火炎放射器で中を焼いたり、屋根を燃やして柱を爆破して崩して瓦礫で一気に押し潰しちゃう。

 そうして夜を前にデュアルニー陥落! 突入兵力が多いから規模が大きくてもあっという間に終わっちゃう。砲兵さん達がお歌をしながらやった攻撃準備射撃が周到だったおかげもあるよね。

 そしてお仕事はこれで終わりじゃない。砲兵さん達を街の中に入れて、街中の、特に小高い丘の都市中心部のところへ配置する。ファンジャンモート西側には王国軍の要塞守備隊予備兵力が待機しているのでそれを直接砲撃するために高所が必要。

 ファンジャンモートは大要塞だから、規模は広くても防御能力の低いデュアルニーより突入後の攻略が手間取っているみたい。夜になっても戦いが続きそうな感じ。

 夜戦に備える。砲兵さん達はこれから夜通し砲撃を続けるからそれを敵から守らないとね。デュアルニーの西側はまだまだ敵の勢力圏だ。


■■■


 日は落ちてもまだまだ銃声、砲声に絶叫が止まない。発射された白煙が棚引いて空に昇って夜空をボケさせる。空気が汚くなったせいか、薄っすら雲があるせいか、篝火や爆発の発光があるせいか星があまり見えなくなっている。

 担いだ革袋からは「ふがー!」「もごー!」って声が鳴っている。しまっちゃうサニャーキがこっそり敵陣地に近づいて将校を捕まえて来た。代わりににゃんにゃんねこさんに変身した敵兵を放り出してきたからすーがく的には差が無い正負零! ってやつだね。これはポーエン川南岸沿いに、デュアルニー奪還の機会を狙うロシエ軍に嫌がらせをしつつ情報収集をするための作戦。

 そのロシエ軍の南方向から陽動攻撃が行われ、そして東正面からは毒瓦斯弾を使った攻撃が合わせて行われる。暗いしそのロシエ軍、王国系なのか革命系なのかも良く分からない感じ。両方の敗残兵とかが寄り集まった状態なのかもしれない。

 ふがもごな捕虜を担いでデュアルニーに設置された司令部へ戻る。うるさいから大人しくさせるためにグルングルン回してやろうかって思ったけど、ぐったり疲れて尋問に支障が出ちゃうからそのまま。袋越しだけど背中とかお尻蹴られるのはちょっと気分良くないよね。

 夜になったとはいえデュアルニーは陥落直後で瓦礫だらけの血塗れうんこ塗れでカラスはいなくなったけどネズミや犬が掃除の済んでいない死体を掘り出して食べて騒いでいる。最近は、まだ秋だけどかなり寒くなってきているから死体が大好きな蝿とか蟻は見かけない。もう冬眠するような時期だね。息をはーって吐くと白くなってきてるもん。妖精さん達に遊牧民さんも、立ったままおちんちん出しておしっこして湯気が立っているの見てキャッキャワワワって笑ってるし。

 市内は粉塵が待っていて煙っぽく、揺れる地面に落ちてるちっちゃい瓦礫が転がって踊る。重砲が対岸のファンジャンモートの、西側に野外待機している予備兵力へ向けて間接射撃で粉砕中だからだね。

 司令部に出来そうな建物は重砲が粉砕しちゃったので、司令部は野営地のように外に設置されている。

「敬礼!」

「敬礼!」

 って警備兵さん達と敬礼し合う。

 司令部天幕の脇にある情報局の天幕へ流石に疲れてきたみたいだけど、まだまだちょっとふがもごな革袋を引渡す。

「新鮮なロシエ将校をお届けだよ!」

「ありがとうサニャー、あっ!?」

 あ? っと、同志ちゃんが指差す、こっちの背後?

 後ろ向き顎が上にガクっ!? 首いったい! 痛い!?

 赤い目と赤い笑った口?

 三日月に笑った口が斜め振り下ろし!? 後に跳ぶ、引っかかった? 熱いって思ったら転んだ。赤い大鎌の、袈裟切りに擬態した踵切り。

 粉塵、砲煙に篝火が反射し、ぼやけた月光の下の暗闇に浮かぶ幾つもの黄色い目。猫?

 尻餅突いたのに気付いた時には、目の前に三角帽子に真っ黒革衣装の敵が赤い大鎌を振りかぶってトドメを刺そうとしていた。

「襲撃! 襲撃! 敵が市内に侵入、総員市街戦始め!」

 警備兵さん達が警鐘を鳴らし、市内にいる全労農兵士へ市街戦へ移行しろと通達。

 赤い鎌、胸に当たって胸甲が弾く。刃を掴むと痛い!? 湯気、空気が揺れて焦げ臭い、赤熱してる! パっと離すのは安直、柄も掴んで刃を圧し折る。手の平グッチョグチョになってそう!

 立ち上がる、赤目が大鎌を捨てて腰に佩いた剣を抜きつつ、片手に持った拳銃をこっちに向けた。さっきの首ガクっのやつ? でも銃ならさっき撃ったから?

「ぐぇぼ!?」

 喉! 詰まる。突撃兵さんみたいな連発銃!

 首の横に剣が刺さる、切り上げ、仮面兜がずれて落ちた! 剥げちゃった!?

 狙われてるの目? 頭突きで反射的に返す。おでこに赤目の剣先が当たり、その肘がずれ、指もまとめてバギって折れた。

 市内には赤目の他に黄目がたくさんいて、剣に槍に弩で労農兵士達に襲い掛かっている。先手を取られたかかなりこっち側が殺されてる!

 早く制圧、司令部のゼっくんを守らないといけない。

 赤目を殺す、踏み込む、失敗!? 足の指を撃たれ、ズルって滑った。指取れた!?

 赤目が拳銃を上に投げ、短剣を抜いて突き、顔、手で抑えた。目が痛い! 指の隙間抜けて刃が入った! 刺した短剣に腕を掴んでやろうとしたらまた後に短剣はそのままで退いて、落ちて来た拳銃を掴んで、銃口の黒い穴が見えた。横に飛んでいく砲弾が見えたら大丈夫、丸く見えたら自分に飛んでくるってのを思い出した。銃口が見えるということは!

 伏せる、地面を掴んで前へ! 銃声、衝撃無し、服を掴む。掴んだ! と思ったらバっと服はそのまま後ろへ這うみたいに下がられて脱げ、襟に三角帽子が当たって落ちた。早い器用!

 顎下から布を巻いて耳を隠しているのがちょっと変だけど、赤目は肌真っ白で銀髪の、めっちゃ綺麗な女の子! あんな子もこんな強いんだ!

 そのまつげがなっがい赤目にほえーって見とれてしまったと思ったら拳銃で撃たれた。一瞬どこ撃たれたって思ったら、鼻? いやその鼻の下、じゃない、また喉苦しい。飲んじゃった? 口の中に撃ち込まれた! これ死んじゃう?

 でも即死じゃない。地面の瓦礫か小石か、小さくていっぱいある物を掴んで散弾に投げる。たぶん当たったけど逃げ出した。まだ追える。

 頭にコツっと当たった、何? あ、手榴弾、足元に、えっと踏む! 潰れた、何ともない? そもそも点火してないか。

 逃げた先、ぴっちり革ズボンに浮いたキュっなお尻が暗闇の、廃墟の陰に消えていった。

 美人も武器だってのはデニちゃんが通行人狩りしてた時から分かってたはずなんだけど。やられちゃったね。

 喉の奥にドクドク血が流れてる。咽ないようにって我慢してたけど息が苦しい。科学的に対処? しよう。下を向いて、いやもう逆立ちして血を下にゲロゲロ流しながら息を吸う。成功! 修道服がめくれてお尻にお毛毛が見えそうだけどもういいや。

 逆立ちの風景だけど、最初は剣に槍に弩を持った黄目の敵は奇襲で優位だったけど、全労農兵士が銃兵でもある帝国連邦軍相手では前線でも後方でも抵抗力には大きな差が無く、返り討ちに遭って撤退中。動きを良く見れば、続行されている重砲射撃の砲声が鳴る度にちょっと怯んだり、膝が落ちかけていて大音響にも弱いみたい。顎下から耳に巻いた布の下、きっと耳栓もしてる。音に弱い。

 黄目が撃退され、今度は衛生兵さんが走り回って死傷者の選別を開始する。

 自分はまだ戦えるよ! って衛生兵さんに声かけようと思ったけど、何だか撃たれた感触思い出して、喉が外と内から潰されたみたいで声が出なかった。

 逆立ち止めて手を叩いて、こっち! ってやろうとしたらベチャってなって、解けた皮膚と肉がグチャドロ火傷で糸引いてちょっと粘っちゃった。

 短剣が刺さったままで視界が悪い。衛生兵さんに声掛けようにも、忙しいし声も音も出せなくてこっち見てもらえない。喉も血が止まらないからげっげ吐いてる。

 ちょっと頭くらくらしてきた。あれ、これこのまま放置?

 衛生兵さんは治療の見込みがある労農兵士を優先する。死に掛けは無駄だから治療しない。医療器具に薬に労働力も有限。切り捨てるのが合理的で軍事科学的。

 立つ、立ってまだ生きてる、生きられるって報せないと。でも頭が変、血を流し過ぎたから? 目に刺さった短剣、脳みそに達してる? 意識はあるけど、ちょっと刺さって大変なことになってない? そもそも口撃たれたの、喉は喉でも喉ちんこぐらいに直撃して脳みそにめり込んでない?

 死ぬかも。死ぬなら迷惑かけないように寝てようか? 助からないのに助かろうとしたら他の労農兵士が助けられないかもしれない。

 まず座る。血をゲって吐く。何か吐き過ぎって感じ。

 短剣抜いておこうか? でも矢傷とかはあんまり安易に抜いちゃダメなんだよね。傷口開いて失血死しちゃうって聞いた。

 白煙がふわーって流れてきて、一気に冷えて来た。これ、雪降る時の冷たい空気の感じ。寒い。血が抜けたら寒いっていうし、二重に寒いのかも。

 足の指。もげたと思ったけど今みたら変色して潰れて、骨見えてるけど皮膚だけで繋がってる。今まで銃弾受けても、おでこならたんこぶと他の箇所でも痣とかだったけど、赤目の銃弾は皮膚に肉が裂けてる。喉撃たれたら穴開くって思って触ってみる。痛くてなんかぶよってしてると思ったけど大丈夫っぽい。仮面兜は喉当てもついてるからそこが防いだかも。

 うーん寒い。同志ちゃんどこいったかなって今思い出して情報局の天幕みたら、そこには血が漏れる腹を抱えて唸っている黄目と、剣で脳天カチ割られて倒れている同志ちゃんがいた。

 司令部は見てもちょっと分からない。将軍に幕僚さん達は重要人物だから、警備兵が盾になって真っ先に避難しないといけないわけだし。

 横になる。地面冷たい。ジーくんとメーくんどこいったかな? 西のロシエ軍の夜襲に参加してたと思うけど。ミーちゃんは夜食作ってるか、明日の朝食作りに備えて寝てるかな?

 お腹減った。

「衛生兵!」

「はーい、はい! 将軍閣下、僕が衛生兵さんでっす!」

「最優先で診ろ」

「はい!」

 いいなぁ。

 頭に手が乗る。

「まだ死ぬな」

 上を見れば髭、眼帯、ゼっくん!

 自分が最優先!?


■■■


 科学的な外科手術と治療呪具の組み合わせはすっごくてあら不思議のおったまげな超すっごい奇跡というか革命的な医療技術ですっごくてすごくてとにかくすごくて元気になっちゃった!

 目に刺さった短剣だけど、鎧通しって刺すのが専門の細い短剣で、目に刺さってたんじゃなくて眼球と眼窩の隙間に挟まってたみたいで潰れてなかった。何それ! 赤熱して焼き切る感じの鎌で切られちゃってはいたけど、短剣の方は普通だったみたい。それで「ゼっくんとお揃いになれそうだったのにね」って言ったら「馬鹿者」って言われた。うん、確かに。

 焼き切るといえば最初の踵切りだけど、腱は半ばまで切れてたけど、体頑丈の奇跡がかかっていたから割とそのまま機能していたらしい。

 一番の問題! 口に飛び込んだ銃弾は前歯を圧し折って、それから喉ちんこ辺りにめり込んで刺さって、砕けてはいなかった。銃弾は敵の呪術刻印が刻まれた銃弾で、効果は推測の域だけど加速して運動力を高める能力があるらしい。もし前歯で勢いが減ってなかったらそのまま脳髄に達していた可能性があるんだって! こわいよね。

 というわけで今日から歯っ欠けサニャーキになっちゃいました!

 ジーくんに見せる。

「わっ、お母さん何か貧乏臭い!」

 メーくんに見せる。

「ご無事で何よりです、姉さん」

 ミーちゃんに見せる。見せたら何も言わないでギュって抱きついて来た。

「ミーちゃん、ごめんね」

 あとゼっくんは「不都合あれば入れ歯でも注文しておけばいい」って言ってた。白兵戦で前歯圧し折られても入れ歯があれば銃兵として復帰出来るからって入れ歯は普及している。注文しておく。

 出血量は多かったみたいでしばらくふらふら、お仕事休みしながらご飯をもりもりいっぱい食べて寝てうんちしてを繰り返してたら直ぐに元気になった。ゼっくんに「助けてくれてありがとねっ」って言って「優先順位を守っただけだ」とか言われてもう好き好きの大々々好きだからチューしようとして「止めろ汚い!」って言われちゃった。歯っ欠けが悪いの?

 療養中に、新しい入れ歯を嵌めた後にも作戦は推移。

 デュアルニーからのファンジャンモートの予備兵力への砲撃は大打撃となり、ベルリク軍が大規模な騎兵隊による夜襲を行って王国軍筆頭の、前の王様で今の王様とかいうちょっと訳分かんない感じのセレル七世を討ち取って大金星なんだって! やったね!

 そしてファンジャンモートも降伏して陥落。突撃したバルマン軍には大勢の死傷者が出たみたい。当たり前かな。

 これで運河防衛線を突破することになった。指導者を失って壊走するロシエ軍を追撃し、西へ西へと追い詰めていった。負傷して復帰したばかりでこの戦いに直接参加出来なかった。

 あの黄目のフレッテ人っていう夜戦に強い敵に備えてゼっくんの傍で護衛する仕事をする。あんまり活躍出来ないけど、これはこれで良し!

 それから黄色じゃない赤色の子だけども、敵の情報だからあんまり良く分からないみたい。ブットイマルスが無かったとはいえ自分でも一対一で苦戦しちゃったから、有名かはともかく魔術か奇跡が少しは使えるロシエ肝煎りの刺客ってことは間違いない。捕虜にしようとしたフレッテ人は皆自決してしまったので聴取も出来なかった。

「赤目ちゃんはすっごく強い上に激眩美人のおケツ美人だから男の子達は特に見とれないように! メロメロきゅんなんてしてたら殺されちゃうんだからね!」

 って皆には注意喚起をしておいた。妖精さんは心配ないけど、人間の方は見てみたいとか生捕りとか何とか騒ぎ出しちゃった。


■■■


 行軍はしているけど久し振りにのんびりな感じで進んで、遂にロシエの王都シトレに到着!

 ポーエン川沿いにあり、ちょうど北へ川が屈曲するところの角にあって、西側と南側が本流に接している。支流や本流を跨いで市街地が広がっていてホントに広くて大きい。ちょっと高い丘の上から見ると寺院と塔がずらずらずらって立ち並んでいて、建物がびっしり並んでいて何だかもう塊って感じ。疎開していなければ人口が七十万はいるって言うから、昔のマトラより多いくらいだね。それが一つの都市に固まってるってなんだか変で凄い。民間人は戦前より減ってるけど、敗残兵が逃げ込んでいるからたぶん、すーがく的にも正負零じゃないかな? たぶんね!

 早速ベルリク軍とゼクラグ軍で、敵の内外からの逆襲を警戒する部隊配置を行ってから包囲。敷かれた大砲、重砲の砲列がシトレの、外郭市街地より引っ込んだところにある城壁の砲台を狙って破壊。外郭市街地側にも軍の駐屯地とか砦があるのでそこも破壊。とにかく抵抗力を削ぐ。

 この規模の都市への突入作戦はすっごい大規模で大変だろうなって思う。

 ゼっくんに付き従って川を渡り、前線司令部へ行く。そこで改めて作戦会議を行う。わざわざ自分が護衛をしなくても良いくらいに労農兵士がいる。久し振りにルドゥくんに会ったし「おっぱい触る?」って言ったら「あっち行け」って言われちゃった。

 それから自分は一時、グラスト分遣隊のお仕事を手伝うことになった。そのお仕事の名は王都シトレ戦略破壊作戦! このためにわざわざバルマン国境近くの防衛線からこっちまで進撃したってくらい重要。このおっきな都市をドカンと吹っ飛ばして、色々と政治的な打撃をロシエだけじゃなくて世界に与えるのが目的。我々と戦ったらこうなるぞ! ってことだね。

 グラスト分遣隊の指導に従い、たくさんの工兵さん達とシトレ周辺で土木工事を行う。地面を掘って大きな貯水池を作る。それもたくさんというより、可能な限り巨大な一個を地形に合わせて作っていく。

 この作業風景は色んな国からやってきた報道記者さんって人達が取材をしている。こういう人達が情報を集めて新聞とか本を出版するらしい。

「ノミトス跣足修道会派のあなたが何故この工事に参加しているのでしょうか?」

「軍務と労働、同胞同志と盟友、帝国連邦の未来のために!」

「はあ、なるほど。しかしその、何と言いますか、迷い……があったりしませんか? シトレには多くの民間人に、ノミトスの兄弟や姉妹もいるはずですが」

 シトレから逃げ出そうとするロシエ人がいる。そういう人達は労農兵士が都市へ戻れって追い返している。また周辺から集めた住民、逃走中の難民もシトレへ行けと追い込んでいる。その中には勿論聖職者もいるし、ロシエじゃ余り多くないけどノミトスの兄弟姉妹もいる。分からないロシエ語で何か声を掛けられたこともある。

「悪い敵をやっつけるのに迷いがあったらダメ! 気の迷いが仲間を死においやるの。そうでしょ」

「それはそうですが、ロシエが悪い敵とは何故そのように思いましたか?」

「やっつけるべき敵だから!」

「はい……この工事は何を目的に行われていますか? 坑道を掘って地下から攻撃ですか!?」

「分かんないけど軍事機密です!」

「……ありがとうございました」

「はーい!」

 報道記者さんってのはあれこれ聞くのが仕事だから何だかちょっとしつこいのも仕方が無いのかな?

 工事は続く。大規模貯水池に水を流すために川と接続させるんだけど、最終調整段階になると流水が邪魔になるから要らない時は遮断しないといけない。ということでまた水門工事を行う。シトレ周辺への水濠や運河に水を流し、管制するための水門はいくつもあってそこは施設をそのまま流用すればいいけど、やっぱり大規模に掘ったところへ水を溜めるにはドドっと流し込める水門が別に必要になる。

 水門工事中にもシトレへの砲撃は続き、シトレ包囲軍へちょっかいをかけようとするロシエ軍への攻撃も行われる。

 自分は土木工事に邁進。何だか画家の人が、自分の修道服の格好で工事するのが珍しいのか描きにくることもある。わーって手を振ると振ってくれたよ。

 シトレへの砲撃は時々止むことがある。何だろうって手を止めないで見ていると、白旗を持った人が総統閣下に降伏申告、もう参ったから勘弁して、って言いに来ているんだけどそれは拒否されるみたいで帰ってしまう。その白旗の人がシトレへ戻ったのを見計らってまた砲撃が始まる。何だろうね? 今更助かりたいとか思ってるのかな?


■■■


 工兵さん達、術工兵さんに手が空いている歩兵に皆が皆力を合わせてシトレを囲む大規模貯水池を完成させる。使うのは一回切り? らしいからいつもの利水工事に比べたらちょっと雑かもしれない。

 大規模貯水池には水門から水が注水され、十分な量が溜まったら水門を閉じて流水の影響を無くす。

 そして水が溜まったら今度は天候を見て、風が無いけど寒くて、そして晴れた日の夜を選ぶ。晴れたの日の夜ってなんだか寒いよね。それを待つ。

 まだ秋といえば暦の上では秋だけど 寒い夜を待ってグラスト分遣隊とそれに指導された術工兵さん達が一斉に魔術を使って大規模貯水池の氷結を始める。凍り始めの薄い氷が割れないように砲撃は中止。

 薄い氷を厚くして、厚い氷の上を渡って隅々まで凍らせ、そして水底まで凍るようにさらに冷たくしていく。また凍らせる作業と同時に、氷の表面が滑らかになるように工兵さんが研磨していく。氷の研磨用具なんて今日しか使わないんじゃないかって思う。研磨されたところにはグラスト分遣隊の魔術使いさんが呪術刻印を刻んでいく。

 自分は力が入ると氷を壊しちゃうので見物。暇と言えば暇。

「メーくんの肉球触らせて!」

「嫌です。肉球ではないです」

「代わりにおっぱい触っていいよ」

「結構です」

「メーくんの肉球はね、固くてぷにぷにじゃないんだよ」

 ジーくんは物知り。

「そうなんだ!」

「肉球じゃないって言ってんだろ!」

 ギーレイの人の手の平と足の裏は黒くて艶々で肉球っぽい。皆じゃないけど裸足の人が多いし、絶対足の裏の皮は肉球相当だよね。科学的に考えてにくきゅう。

 肉球は触らせて貰えないけど、その頭、耳と耳の間に顎のせてスリスリのわふわふぅってする。この耳の間の毛が一番、艶んさらーんだと思うの。お腹と股の毛はふわふわだと思うけど、流石にそこをいきなり触るのは変態だよね。

 大規模貯水池の氷結作業は慎重に行われ、夜通し掛かって朝になる。

 朝になり、氷結した大規模貯水池からは距離を取るように勧告がされ、皆一斉に引き上げる。呪術発動要員としてちっちゃい術使いの子が残された以外は全員、かなり、えって思うくらい距離を取り、可能なら簡単に掘った塹壕の中へと避難する。

 総統閣下が報道記者や画家の人達を集めて、さあ見ろと手を振っている。

「手で耳を塞いで、口を開けてくださーい! 耳を傷める危険性がありまーす! 動物も注意! 暴れる可能性がありまーす!」

 宣伝部の人達が注意勧告をして回っている。爆発っぽい、ということはマンギリクのあれかな?

 注意勧告が一通り終わり、皆が耳を守る。

 地面が膨れる。キノコ型の煙、一瞬で出現。広いシトレを覆う。

 一瞬顔を叩く爆音、轟と延びて地を揺らす。ポーエン川が波立つ。

 天に延びるキノコ型の煙、夜間に寄ったシトレ上空の雲が動く。

 草木が強くなびいて反発に揺れ、遅れた爆風が砂を運ぶ、鳥を飛ばす。

 シトレが、中心部をちょっと残しているようだけど、周囲が穿り尽くされたみたいに吹っ飛んだ。建物のほとんどが平らになった。

 時間を置き、キノコ型の煙も消えないままに黒い粒に見える瓦礫が壊れたシトレに降る。

 馬に駱駝が動揺する。

 妖精さん達ですら騒がなかった。

 人間が固まる、大声を出す、逃げ出す、うずくまる。

 馬鹿笑いが聞こえる、腹を抱えた赤い服のアクハンちゃん。

 高台の、偉い人、報道記者、画家が集まっているところ、その人達の先頭で瓶の上半分を拳銃で撃って壊し、空に、天へ向かって酒を振り撒くのは総統閣下。

「天よ見たか!」


■■■


 崩壊したシトレにはたくさんの死体と廃材がありました。

「これを活かせないか?」

 そう一人の工兵さんが言いました。

 瓦礫の山、千切れ飛んだ人や家畜の肉片が散らばり、わずかな生き残りは恐怖で神経症に罹っています。そんな惨状を「どうにかしたい!」強い言葉でした。

 数多い倒壊した建物。その多くは屋根と地面の高さが同じに潰れています。でもそこに発見がある。そう、柱がたくさんある。これは良い柱。

 柱だけではなくたくさんの木の板が必要でした。倒れた屋根や壁から剥がしましょう。

 柔らかくて軽いものは逆に壊れない。街路樹はほぼ全てが圧し折れているのに対し、花壇の草花は折れずに咲いている。縄や布は傷がついていないのです。

 死体を集めます。出来るだけ原型を止めている方が運ぶ時に楽です。そうでないとくっさーな内臓がボタボタ落ちてズルズル引きずったりします。

 食べようと寄って来る野良犬やカラスは鉄砲でやっつけちゃいましょう。

 それから内臓を持ったままだと腐り易いので除去します。その分軽くなるので運ぶ時も楽ちんですね。

 資材が集積されていきます。工兵さんはこれらを一体何に使うつもりでしょうか?

「壁を作る」

『壁を作る??』

 工兵さんの突飛な発言に、日常より革命的事実を受け止めてきた妖精さん達も疑問を隠せません。

 皆の疑問は疑問として工兵さんには明確な”絵”がありました。

 建設計画書に沿って工事が始まります。

 斧が振るわれる。まずはあの良い柱の数々が加工され、杭に変身していきます。予め製材されているので加工は要領さえ掴めば直ぐに出来てしまいます。

 槌を振るって杭を定間隔に地面へ打っていきます。ただこれは地盤強化、基礎工事が目的ではないので高く地面から突き出たままにされます。

 縄や布が集められましたが、縄はそのまま使い、布は捩ってまとめて縄の不足分を補う物とします。

 柱の間には石でもなく、死体が積み上げられていきます。きちんと揃えて、皆が肩も頭も揃うように、石垣のように死体を積み重ねていきます。体の隙間にも木の板を当てて出来るだけ高さを整えつつ頑丈にします。

 そう、悪い人達が簡単に壊してしまわないように。もっと頑丈にするため、縄や布で作った綱で一体一体を柱と他の死体とで結びつけて簡単に持ち上がらないよう、引きずり出せないように繋げていきます。木の板に穴を空けてそこに縄を通すとより頑丈です。

 柱と柱の間に、板、死体、板、死体、板……と重ねて妖精さんの背丈より高く積み上げました。風や爆発、悪戯じゃ崩れないようにしっかりと結び付け合いました。頭の向ける方向は勿論、ロシエ軍が退却集結中の臨時首都オーサンマリンです。

 これで死体の壁が完成? いえいえまだまだ。死体の傷口を縫って見た目を整えます。手足の揃った死体が不足しているときは他のバラバラな死体からちょっと拝借。

「男か女か分からないと可哀想」

 工兵さんが言いました。死体は生きておらず、生気が無く、生物というよりは物。そうするとちょっと男性に似ている、女性に似ているというだけで顔を見ただけでは分からなくなっています。性別を間違われると怒ってしまう人もいるかもしれませんね。

 目印をつけることになりました。それぞれの舌を切り落とし、男性には男性の象徴である男根を、女性には女陰だとただの内臓になるのでお洒落さんに三つ編みにした髪の毛を縫い付けることで差別化を図りました。

「相手の目を見て話しなさい。そう教わった」

 工兵さんは言いました。この死体の壁は訴えかけるのです。ロシエ兵に訴えかけるのです。ですからお裁縫の時間になりました。何万と積み上げた死体の目、二つずつもあるその膨大な目蓋全てを糸で縫って目が常に大きく開いているようにしました。

 更にもう一工夫、顎を持ち上げ、後頭部に穴を空けて縄を通して後から引っ張ることにより、その顔の一つ一つがちゃんと正面を、いずれここにやってくるであろうロシエ兵達にしっかりと向けられたのです。これでもう礼を失する心配はありません。更に更に工夫として、潰れていたり白内障だったりする目は抉って取り替えて綺麗な目にしておきます。

「勿体無い。これは勿体無い」

 工兵さんは言いました。杭に加工した柱や、腐敗を遅らせるために抜いた内臓がたくさん余っていたのです。死体漁りをしたがっているカラスが空を覆うように飛んでカーカー鳴いています。お腹すいたよね。

 鳥とくればそう案山子です。余った杭を組み合わせて十字にして死体の壁の上に立て、内臓をグルグルと巻きつけて、ちょっとお洒落に脳みそ脊髄を巻きつけてみました。こうすることによりカラスの嘴を死体の壁から案山子に引きつけることによって破壊を防いだのです。まさに発想の勝利。

 そして何ということでしょうか、瓦礫と死体が殺風景に転がるだけだった廃都シトレに一つの芸術作品が、我ここにあり、と力強く主張するように出現しました。

 幾何学的に建築学的にも頑丈に詰まれた死体は左右に揃って並べられ、混沌とした死体に秩序的な様相を演出します。

 男女分かりやすく舌に縫われた男根と三つ編みの髪が口から垂れ、ちょっぴり悪戯に笑う無邪気な微笑みを無表情な死んだ顔に与えました。

 後頭部に穴から引かれた縄が正面を向かせる顔とぱっちりお目目になった目蓋縫い加工により、生気の無い死体の顔に生き生きとした表情を作り出します。

 そしてカラス避けの内臓案山子がその作品を守護しつつも、全体の雰囲気を守る装飾となります。

「もう一工夫だ」

 工兵さんが言った。撤退の時刻も迫り、長引く戦いと工事作業で皆は疲れていました。これで良いだろう、十分に完成だ、そういう声も上がりました。しかし工兵さんはこう言いました。

「帝国連邦が嘗められるわけにはいかない。ロシエ人にこれは中途半端だと嗤われることを我慢出来るのか?」

 出来ませんでした。しかし時間も許しません。方法も簡単に思いつくものではありません。もっと生き生きとさせる方法が無いだろうか? ある一人が天に、我に天啓を授けよと手を翳した。

「それだ!」

 その翳した手にカラスの糞が直撃しました。

 決まれば早い。迅速に行動するのが帝国連邦軍の労農兵士。一切躊躇せずに前進あるのみ。

 全ての死体の右手を前方に伸ばしました。関節を固定するためには添え木かと考えられたがここで妥協をしなかったのです。

「腕の中に通せ!」

 鋸が走る。余った木の板、廃都から回収される細い木材を切開した右腕に捻じ込んで力が入らなくても常に腕を前方に向けるようにしました。

「もっと欲しがるように!」

 そう言ったのは劇団員。演技に一言ある劇団員が放った言葉と、その見せた手法に皆が頷きました

 手を広げ、小指を下げて薬指、中指、一差し指と少しずつ上向きにするのだ。そうすると手だけで何かを求める演技が出来上がるのだ!

 慧眼!

 指の固定は良案だが難航します。しかし皆の情熱は迸る。資材調達班が金属加工場を瓦礫から掘り当て、大量の釘を発見したことも作業に拍車をかけました。

 そして出来上がりました。腕を伸ばす前と後では印象、迫力の差が一目瞭然。求めた物はこれだった。時間が許せばもっと上を目指せたかもしれません。だが時間一杯ではこれが最善でした。

「これで良し!」

 死体の壁中央に、余った木版、杭、釘で看板を作り、布を繋ぎ合わせて絵を描く帆布のようにして張った。今すぐにでも絵画が描けるように、布は真っ白に洗濯して継ぎ目も細かく、見えないように。

「総統閣下お願いします!」

「英雄が一筆入魂するところが見たい!」

「太陽がその完成を照らして下さい!」

「鋼鉄将軍の格好良いところ!」

「鉄火を統べる文字は違うだろうなぁ!」

「勝利者が刻む勝利の証!」

「名文は海を越えて伝わる!」

「後進文明を焼き尽くす火の跡!」

「巨人の筆跡!」

「空を跨いでその言葉が天下に広がる!」

「僕達の楽園の看板だ!」

 画家、報道記者の集る前で帝国連邦初代総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンが持つ特注の大筆がシトレ市民から搾り取った血糊の桶に浸されてから力強く、大きく、一言が記された。

 ”ようこそシトレへ!”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る