第267話「第二次西方遠征作戦」 ゼクラグ

 いむのい号計画。同志獲得。第一期留学生のランマルカ派遣。

 ぱうりけ号計画。組織化。第一期留学生の帰還と同胞への教育。

 あんたる号計画。軍閥化。ゾルブ司令の組織化とラシージ親分の代表就任。

 きゅぐなー号計画。独立国化。帝国連邦承認。

 ゆるなんむ号計画。属国増進。帝国連邦承認前、東方遠征中。

 しゅるふぇ号計画。列強国化。帝国連邦承認。

 おぐと号計画。覇権国化。他列強国を単独で二国相手に戦争しても負けない国力。

 きゅぐなー号計画以降がイスタメル州傘下での伸張という事情があって、ダフィドの考えた計画順序通りというわけにはいかなかったが、特に失敗と見る点ではない。我々は先ず持っての最終段階、おぐと号計画に手をかけつつある。

 世界の列強とは現在、魔神代理領、龍朝天政、神聖教会、ランマルカ革命政府、ロシエ王国である。

 魔神代理領はそもそも我々の、力関係はともかく上位組織。魔神代理領共同体の一員の勤めとしてイスタメル州へはマトラ方面軍、大内海連合州へはユドルム方面軍が観閲式に出ることになっているような関係性。

 ランマルカの同胞同志は海洋国家であり敵対もしていない。仮に敵対するにしても地理的に非現実的。

 国境を接する龍朝天政は明確に敵である。神聖教会は外交事情が複雑で、味方なのか敵なのか区別は難しい。ロシエ王国は仮想敵といったところ。

 戦うべき敵を失ってはいない。先軍社会主義的に帝国連邦を強化する道程は終わっていない。帝国連邦軍再編計画第二段階時点で総兵力二十五万で強大だがこれでは不足。

 ラシージ親分は軍務長官として各行政自治体独自の軍事力を削減して正規軍の数を増やしたいと考えた。そしてその再編計画第三段階が妥協によって実行され、総兵力三十五万体制に移行する。妥協とはヤゴール方面軍司令をヤゴール族のラガ王子、イラングリ方面軍司令をチャグル族のニリシュ王にするというベルリク=カラバザルの方針のことだ。中央集権軍から早くも地方分権的軍閥化に傾いてしまっているのが気懸かりである。

 百点満点とはいかないが、当初予定された帝国連邦軍再編計画はその計画通りに進むことになった。シャルキク方面軍司令として編制作業の中核から離れていたが、軍政局の後継達は良くやってくれたようだ。この編制の枠組みの完成から、訓練を行って質を高め、装備を定数配備し、訓練で損耗した装備と人員を補填するといった作業がこれから待ち受けているわけだが。

 この三十五万正規軍は勿論、非正規兵動員数を除外した数値である。かつてのアッジャール侵攻時のような動員を今行ったならば十万軍どころではなく百万、二百万、それ以上の軍に編制することも可能。無論、攻撃作戦に使える百万軍ではない。兵站組織がその規模には正常に耐えられない。選抜部隊を編制して波状的に前進させたり、時間をかけて兵站組織を再編するならばその限りではない。

 従来の産業別民兵体制とレスリャジン部族基準動員体制を根幹に、産業別土地割り当て法によって生産人口と余剰人口を――ベルリク=カラバザルは特にこれによって安定した遊牧騎兵の供給源を確保する志向である――選り分け、人間と獣人向けの徴兵制度と連隊制度の整備で確実な兵員資源を確保し、官僚登用制度で肥大化する組織を統制し、言語法の制定で巨大陸軍の統率力を上げ、軍服の統一で多種族多民族軍の散りがちな連帯感を強めた。枠組みの拡張に内実が伴っている。

 順風。しかしこういう時にほざくのがあの男。更に中央軍の増強を図るとベルリク=カラバザルからの直接の要望が出ている。何でも、各国代表を戦場に連れ出さないのは可哀想だとか、直接聞いた話ではないがそんな理由らしい。更に五万の増強を行うことになっている。十万増やしたなら更に五万増やすことくらい簡単だろうという架空の台詞を吐く総統の面が空想されるがそれは偽り。軍政局の後継達ならばやってくれるだろう。それを可能にする制度は整備されており、制度が足りなければ上申して再整備して貰える発言力がある。

 帝国連邦軍再編計画の総仕上げとして総動員演習が予定されている。正規軍を遠征へ出し、その穴埋めのために非正規軍を動員する状態を再現するというもの。戦時体制の予行。

 後継達を憂うよりシャルキク方面軍司令としての仕事がある。

 シャルキク方面軍の基幹部隊は同胞で固めているが、兵士の多くをシャルキク平原及びラハカ川流域より集めている。種族的差違が当然のように摩擦を引き起こす。

 命令違反者や悪戯に同胞を挑発――そこから暴行、反撃、私闘化――する者が多発。ベルリク=カラバザル及びその支配的なレスリャジン部族に従う意向を示す者は多いが、妖精に従うとなると話が違ってくる。命令系統としては総統の威光の下にある軍事組織ということになるので軍の命令を聞くことは総統の命令に従うということになるのだが、野蛮で原始的な思考をしているためか彼等は理解を難しくしている。こんな状態では総動員演習に連れ出すのも難事。対策が必要。

 常套の対策として命令違反者、軍規違反者は公開で銃殺刑に処した。軍法に照らし合わせてのことであるが、思ったよりも抑止効果が無い。困る。

 そこで盟友レスリャジンの、遊牧民対策では世話になっているオルシバより知恵を借りて対処した。命令違反者、軍規違反者に対して、まずは名前、父と祖父の――母系社会出身なら母と祖母の――名前、出身氏族名を記載した札を首から下げ、銃殺刑執行まで長期間、広場にて柱に縛り付けて見せしめにすることにした。こうすると今まで、銃殺刑程度怖くない、やってみろ、程度に息巻いて強気だった者達が目に見えて動揺し始めた。

 動揺の具合を具体例で挙げると、血相を変えた受刑者の父親がやってきて「俺が殺してやる!」と顔を赤くして騒ぎ出す程度。

 これ以降命令違反者は激減した。好例としてユドルム方面軍のストレムに紹介したところ、非常に良いと評価を受けた。あちらはシャルキク以上に遊牧騎兵戦力に偏っており、その分遊牧民比率が高い。こちら以上の苦慮をしていたのではないか?

 偏狭な父権氏族的な名誉感しか持たない者達に対する、現段階における対処である。

 郷土と部族主義を超越する、国民国家の軍事組織構成員という自覚が芽生えるその日までこのような対処が必要な事態は続くだろう。

 悪いことばかりではない。術工兵の質と量が充実し、実数以上の戦力の増強が叶っている。尚、戦闘専門の術部隊の編制は当面の間凍結。研究と人員が足りない。

 グラスト分遣隊による定型魔術教育法が功を奏している。習熟も早く、望んだ効果を発揮する術を安定して発動するので軍隊向きである。欠点としては天才的な才能を持つ者が埋没する可能性があること。特に奇跡型と呼ばれるような、手が加えられないことにより真価を発揮する天才には教育として良くないそうだ。しかし大量の凡才を安定して教育してくれるので重ねて軍隊向き。

 魔神代理領の魔術教育は魔術大学方式。有志有才の者が己の長所を伸ばしてくれる大学――得意分野が同じか類似する教授――へ入学、師事し、科学的に魔術を理解して一層の応用幅の拡大、効力の増大と調整を学ぶものである。国策として魔術大学への入学は推進されていて、授業料の免除、魔術の才能検査と合わせた入学と師事先の正しい推薦が行われている。こちらは多くの秀才を育成する仕組みとして優れる。欠点としては多様な需要に応じられるだけの教育組織を維持し、人を集められるだけの状況が必要になること。人口が多くて資金も充実している大国向け。熟練した豊富な教育陣も多く必要。

 神聖教会は教会と修道組織を利用した術人材収集組織を持っている。サニツァがヘルニッサ修道院に入った仕組みがそれだ。彼等が重視しているのは奇跡型の天才的な術人材。希少な天才を大規模な聖なる組織網によって複数国から掻き集めて一手に独占を試みているのが聖都でありアタナクト聖法教会。国際組織ならではの手法だろうか。欠点としては術人材の供給が不安定で、一度何か事件で消耗すると回復が困難であること。先の聖戦以来、神聖教会圏諸国にはまとまった術部隊が、戦後一層過激化したアタナクト聖法教会の独占手法によって再建が滞っているらしい。第一次西方遠征時には各所に散らばっていた術人材を更に強硬に掻き集めたと思われ、中堅国家程度ではどうにもならなくなっているだろう。

 龍朝天政では術人材を官僚登用制度にて高待遇を約束して集め、試験で選んでいる。教育は民間で、登用は国家でと分けて行っているようだ。登用試験に挑もうと考える術人材が集るだけの基盤があれば教育費用は抑えられるだろう。欠点としては術を学ぼうという意識が民間に無ければいけないところか。庶民層の段階で豊かな文化、経済無くして成り立たない。

 これらは代表的な育成と術人材集めの手法で、それぞれにその手法を補うことはしている。

 魔神代理領なら術人材以上に多方面に優れた天才を魔族として更に強化して登用する制度がある。軌道には全く乗っていないらしいが、魔族の粗製濫造計画もあるとか。

 神聖教会なら聖典を元にした術教育方法を持っており、宗教教育と抱き合わせで多くの秀才を育成する仕組みがある。世俗諸国も似たようなことはやっている。

 龍朝天政は詳細が分からないが、国や有志が教育を補助、支援する仕組みくらいあってもおかしくはない。無い方がおかしいと考えるべきだ。

 少し変わるがランマルカの同胞はペセトト帝国から呪術使いを動員している。呪具に至っては才能がほとんど無くても扱えて術使いという概念も破壊しかねない。

 秀才は金が掛かる。天才は集める組織作りが難しい。呪具は量産体制の整備が難しい。やはり今の我々が求めるのは替えの利く大量の凡才だ。

 凡才は凡才でも能力が高いことは良いこと。例えばルサレヤ長官が使うような硫黄の火、火山性瓦斯のようなものを撒き散らす殺傷力の高い魔術を定型化して習得出来れば戦闘で優位に立てる。それが現状実現していない。グラスト分遣隊の面々はどう見ても手抜かりするようには見えないので実現が困難なのかもしれない。

 次の戦争のための準備が進んでいる。


■■■


 イスタメル州にマトラが編入されてから十四年。ズィブラーン暦は三千九百九十七年、革命暦も遂に五十周年を迎えるような時期になった。あれから長く、実感は短く、出来上がったものは贔屓目無しに科学的にも霊的にも強大な帝国連邦軍。その試運転である全国総動員演習が開始される。

 ヤゴール、イラングリ方面軍の人員装備を伴った実質の編制が完了。そして追加の中央軍――早期の――再編制も終わった。遠征が行える、攻撃作戦が行える正規軍四十万が、まずは形だけ出来上がった。

 演習は四十万正規軍が砂漠の真ん中にあるマンギリクに集結するところから始まる。そこからイブラカン砂漠を横断してカランサヤクへ行き、折り返してマンギリクを通過して中洲要塞へ、そしてまた折り返してマンギリクへ到着するという直線上の動きに限定される。中途半端にやるくらいならもっと大規模な機動作戦演習をするべきだが、今は戦争が間近に迫っている。早期に切り上げてそちらに備えることが優先された。

 総動員演習は勿論実戦想定。正規軍を動かすだけではない。非正規軍、内務省軍を動員し、遠征に出た正規軍の抜けた隙を埋める防御体制を構築する演習でもある。また動員時に人手があちこちから抜ける。配給に不備が出るだろうし、労働力の減少で生産活動に影響は出る。演習前後における乳幼児死亡率のような統計まで取って問題を洗い出し、戦争本番に備える。総力戦体制は瞬間的に大軍を生み出すだけではいけない。長期的に大軍を維持出来ればこそ本領を発揮する。

 マトラ低地問題が一応の決着を見た今、帝国連邦が戦える敵は東の龍朝天政か、お馴染みの傭兵として神聖教会の手先となり動乱するロシエに切り込むかのどちらか。

 ベルリク=カラバザルの思考なら、片方を平らげてからもう片方に手をつけるといったところか。とんでもない指導者め。総力戦体制を常とするマトラの国家体制と趣味で金をつぎ込んでくれるナレザギー財務長官がいなければとうの昔に破綻しているやり方だ。破綻しない見込みがあるからこそやっているということもあるが。

 そんな大戦争をまた続けてやるというのだから、それに備えた相応の演習が必要。頻繁に軍制改革を行い、それに合わせて演習を実行しているのでその点は昔と変わらない。大規模演習は戦時のように人と物が行き交うので後方支援担当者にとっては実戦も同様。

 指揮系統は戦時においては軍務長官ラシージが指揮する総司令部が全てに優越し、基本的方針は総司令部が示す。この演習は全て総司令部指導で行われる。

 正規軍の行軍演習は中央軍前線司令部が統制する。ベルリク=カラバザルの趣味を満たす仕組みになっているが実務に適う。

 民兵である予備役対象者と徴兵対象者は召集されて非正規軍に編入。総司令部が直轄指揮して正規軍が抜けた防衛体制の穴を埋める演習を行う。演習は教導団が担当する。非正規兵だからといって弱体であってはならない。

 尚、今回召集する範囲は非正規騎兵――正規軍に編入されていない民兵たる成年遊牧男子――五十万騎。その他人間と獣人民兵二十万名。産業別民兵体制に基づく第一次から第四次動員対象者――当該体制対象者は妖精のみ――二十万名。軽装備であり、僻地に野営するわけではないので負担は少ない。

 徴兵対象外者は自警団として各地で個別に召集される。平時の労働生産活動を続けつつ、全人民防衛思想教育を受ける。思想により年齢性別関係無い。女子供でも銃兵になれる。老人でも有人地雷を操れる。障害者病人でも囮になれて、いよいよ出番が無くなれば食糧問題に備えて殺害、食肉となる。この思想を浸透させる一度目の機会になろう。

 平時は異なるが戦時になれば総司令部の指導に従う内務省軍統合司令部の内務省軍各隊はそれぞれの職責に適った演習を行う。施設警備、治安維持活動、徴兵拒否者の逮捕など平常業務は怠れないのであまり演習に熱を入れて参加出来ているわけではない。自警団を指揮下に置いて戦闘、避難、消火訓練を行う程度。

 財務省補給司令部が統括する財務長官の商会を筆頭とする商人達は演習に必要な補給業務を行う。演習だろうと戦時だろうと平時だろうと彼等は常に同じような業務を行っているので特別に演習という感じでもない。

 今回は流石に規模が規模で正規軍に同道はしないが、非正規騎兵五十万騎は非正規軍の枠組みの中でも別格。遊牧民とは面白いもので民兵程度の者でも十分に攻撃、遠征作戦に使える。この五十万騎まで正規軍と並べてしまうと補給が逼迫する。管理も厳しい。ベルリク=カラバザルはこの非正規騎兵を戦域、戦線が異常拡大した時の補助戦力として考えている。広大な占領地の機動的な警備、主攻面外からの助攻、現地人との婚姻による同化政策推進要員としての役目を果たすようだ。今回の演習では正規軍が抜けた穴を埋める防衛戦力として運用される。

 総動員演習は軍としてまとまって行軍することにより指揮系統の再確認と、まとまりが弱い多種族多民族軍の一体感を皆に感じさせることが目的である。


■■■


 東スラーギィとイブラカン砂漠は環境が厳しい。東方遠征時には水源確保に相当難儀したと聞く。しかし今では道は整備され、水源もチェシュヴァン族の技術で大量に確保されている。相変わらずいくら井戸を掘っても出てこない場所、出てきても酷い塩水の場所は変わらずあるそうだが、地下灌漑の充実がそれを覆した。

 帝国連邦各所で開発が進んでいる。本来ならそんな労役が続けば反乱、抗議などありそうだが違う。まずは共和革命的で効率を考えた科学的な労働体制が後進文明のような奴隷労働体制と一線を画す。またナレザギー財務長官の手腕による食糧、嗜好品の配給の充実と、働き手を欠いた家族への保障が補う。健全なる社会主義労働体制を理解出来ない者でも、割りの良い出稼ぎ労働だと認識させられれば不満は抑えられる。加えて、反抗する者は無慈悲に弾圧する内務省保安局の影響力も無視できない。

 ベルリク=カラバザルが関与した一連の戦争の影響力を使って拡大しているナレザギー財務長官の商会抜きで今の帝国連邦は動かない。軍への補給業務ですら大部分が彼の商会の者達、民間人が担う。ここが弱点なのか強みなのか、国内で完結していないあたり資本主義的で不安がある。商業活動に関しては社会主義的指導より資本主義的放埓さに任せた方が効率的という論もあるのでどうにも、思考の座りが悪いとしか言いようがない。

 四十万の兵士と馬や駱駝を飲ませる水は流石に砂漠では不足してくる。そこで活躍したのが物体を飲料水に変換する呪術。ランマルカに、あのペセトト帝国と繋がる彼等にこの有用な技術があったとは聞き及んでいない。おそらく、グラスト独自の呪術研究開発の結果。

 グラスト分遣隊がこれを流出させる気があるかどうかが気になってくる。遠洋航海を頻繁に行うランマルカの同胞同志はこの技術を欲しがるはずだ。教えるかどうかはグラストの魔術使いが決めることになるだろう。仮に自分が習得したとしても許可が無ければ教えることはしない。

 さて、この総動員演習にはサニツァが参加している。共和国情報局からは「当面の間、将軍の護衛や刺客にしておくことが良いでしょう」とのことで、毎日うるさい。それからマトラ低地で何やら大冒険してから同行しているらしいジールトとギーレイ族の若者も何故か一緒についてきている。巨人や騎士と戦ったとか言っていたが、妄想するような人間だったか?

「ほらほらゼっくん! サニャーキの美味しいお水だよ!」

 どこから持ってきたかは知らないが、井戸も水源も近くに無いところで急に持ってきたのだ。

 怪しいが、食えない物を食えると言い張る程に愚かではない人間なので、試しに舐めて問題無いと確かめてから飲んだ。

 うん、美味いには美味いが、この砂漠で飲む水と味が丸で違うのがおそろしい。私の考えたすっごい濾過でおしっこ飲めるようにしました! とか言いそうだ。いや、それは穿ち過ぎか。

「どこから持ってきた?」

「えーっとね、岩をグリグリってやったの。凄いでしょ」

 ほう、岩石の下に隠れていた水源を新発見したのか。水の味は体調の問題だろう。

「それは凄いな」

「えへへ! 褒められた」

 今回の行軍では演習項目に含まれず使わないが、鉄道が中洲要塞からマンギリクにかけて運行中。列車はランマルカより輸入した機関車で編成されている。国産機関車一号は試運転中で実用段階にはない。

 東スラーギィに渡る長大な鉄道の敷設と列車の通過を考えると、南メデルロマ紛争で我が方が勝利した影響は大きい。あの地域があるか無いかで防衛計画に無理が無くなる。

 ベルリク=カラバザルの貪欲な戦根性が生み出した結果とはいえ、縦深を確保し、政策によって入植した南大陸人や亡命オルフ人に、大分帰還してしまったがまだ残るランマルカ同胞が残留することによって確かな防衛能力が恒常的に担保されている。計画的に確保したのか、結果的に確保出来たのか?

「ゼっくんゼっくんあのね、僕達が守ったんだよ!」

 とジールトが行軍する軍列の脇を、轟音と震動を立てて走る列車を指差しながら、あっち見ろ、と肩を揺すってくる。

「何度も聞いた。南メデルロマ紛争に参加してアッジャール騎兵を撃退したんだろ。それからストレムからならった観測技術で砲兵の弾着を誘導したんだろ」

「そうそうそれでね、メハレムが超鉄砲上手いの。僕より長距離が上手いの。あ、近距離のね、早撃ちとか動く目標相手は僕が上手いの!」

「何度も聞いた。それから弓と馬はメハレムが上手くて、料理と喋りはお前が上手くて二人は仲良しの友達だったな」

「そう!」

 メハレムというギーレイ族の若者は、仲良しだとか友達だとかいう単語を己に絡めて言われると耳が反応する。

「仲良し!」

「うるさい」

 ジールトがメハレムにくっついて腕を組もうとすると距離を取る。確かにうるさい。育ての親そっくりだ。

「皆の前だと照れちゃうもんね!」

「鬱陶しい」


■■■


 総動員演習の行軍行程が全て終了してマンギリクに再結集する。その時にグラスト分遣隊による氷を使った大規模爆破呪術が披露された。所感としては、戦術というよりは戦略を変える呪術になるのではないか? というところ。例えば、都市を短期間に復興不能な程に壊滅させることが出来れば、出来ることを敵に知らせれば外交に影響すらする。

 爆破の騒ぎが落ち着いたところでベルリク=カラバザルにより演習の終了宣言が出された。

 仕事は勿論ここで終わらず、マンギリクからイリサヤルへシャルキク方面軍を移動させなくてはならない。そしてその前に兵を休めて装備と携行物資に不備が無いか点検しないとならない。不足する物があれば早期に補給物資を注文して受け取らないといけない。そういった細かいことは組織化された各隊の専門家が行うので、司令は報告を受けて方針を決めるだけである。

 食事を摂る時間は十分。マンギリクには今、四十万正規軍のための大量の食堂、嗜好品配給所、劇団や楽団、売春宿、宗教施設、遊興施設等の英気を養い、鬱憤を晴らすに十分な施設が揃っていて都市のようになっている。これらの大量物資、人員は鉄道が運び、維持している。真に鉄道、列車は世界を変える。

 ミリアンナは中洲要塞より、大量の食事を作るための応援として今マンギリクにやってきている。この後、正式にシャルキク方面軍の炊事部隊に配属される予定だ。サニツァの帰属意識をマトラへ、自分へ持続させるために共和国情報局があれこれ転属を繰り返させていたがそろそろ一箇所に留まる頃合だ。軍組織は巨大化し、特殊作戦部門も拡大成長。マトラに絶対必要だと当時、親衛軍指揮杖をしゃらんしゃらんと鳴らして歩いていた、自分が確信した彼女に軍が強く頼る必要は無くなったのだ。突出した個も巨大な群に埋没する。

「家族揃ってのご飯は久し振りだね! メーくんも一緒でもっと、もっとあれ、すっごいすごいの!」

 サニツァが嬉しそうに言う。作業員は十分にいるので休憩を取っても問題無いミリアンナ、義務の無いジールトとその友人メハレム、そして部下に仕事を任せていても問題が無い自分が一つの食卓に同席している。

 ここの食事は特別。パンはパンでもバターに砂糖に塩に卵が入ったお菓子のようなパンで、汁物は脂身と薬味がかなり足されていてこれまでに無く美味で、果物の盛り合わせは富裕層の宴の飾りのように色とりどりの山。お菓子も定番となりつつあるカカオ菓子に留まらない。配布は性質上時間限定だったが氷菓すら配給があった。酒も各種飲み放題で、煙草も山のように。

 総動員演習で全国各地に対する物資分配で補給事情は逼迫しているのではないかと思っていたが、これ程に贅沢品を砂漠の真ん中に集結させられるとはナレザギー財務長官の商会を侮っていたかもしれない。勿論、革新的な鉄道技術あればこそだが。

 とにかく美味い! 今日は栄養の過剰摂取だとか今後の分を考えて温存だとかは考慮の外。配給される食事は時間を追うごとに変化し、遂には魚だとか砂漠で有りえない食事すら出る。出る頃にはもう満腹なのだが、香辛料塗しまくった魚の油揚げは無理に腹に詰めてしまった。うーん、拝金趣味の吸血鬼共が好みそうな内容でどうにも素直に喜べない。他の四人はそんなことを考える面も見せずに食っていた。

 メハレムは鼻の利く犬頭らしく香辛料が強い食事はダメだったようだが、羊の丸焼きは骨まで齧って骨髄啜っていた。

 ジールトは大人ぶって葉巻を咥えて火を点けて吹かし、咽て「くっさいあんた!」とミリアンナに叩かれていた。

 ミリアンナは食事はそっちのけでお菓子ばかり食べていた。炊事係は味見などで良く食べることが出来ると思っていたが、まとめて食べるのは話が別らしい。

 サニツァは「はいどうぞ!」「これが美味しいよ!」「切ってあげるね!」と自分が食べることは後回しにして皆に食べ物を切り分け、食べ易いようにして配ることばかりしていた。口の周りについた食べカスを拭ったり、飲み物を酌して杯が空にならないようにしたり。そうすることが楽しい様子。

「ゼっくん、はいお髭!」

「うん」

 髭に食べカスか何かがついていたようなので手巾で拭って貰った。古代ではそれ専用の奴隷がいたという馬鹿な話があったが、さて。

「こんにちは!」

 砂漠の、将兵達の慰労場所にはやや似つかわしくない女の子人間が我々の食卓の方に来て、手近な椅子を両手で重そうに「よいしょ」と引きずって持ってきて同席した。

 姿は赤いレスリャジンの遊牧衣装、年齢の程一桁前半台で妙な程に利発な雰囲気。そしてこの東西どちらともつかぬ混ざり顔。それと護衛の偵察隊、その中でも古参の者。

「いらっしゃい! 何食べる?」

「おねーさんお茶ください!」

「はい! その元気なお返事に百点!」

「やった!」

 サニツァがその女の子人間にお茶を淹れる。牛乳と砂糖とシナモン入りの、普段は飲めない良い物だ。

 偵察隊の面々を見る。ベルリク=カラバザル、中央軍前線司令部直轄の親衛偵察隊の連中だ。ということはこの女の子人間、総統の長女ザラ=ソルトミシュか。

「ちっちゃい子来たんだから葉巻止めなさい!」

 葉巻を吸う努力を続けていたジールトからミリアンナが取り上げて地面に落として足で踏みにじる。

「おかまいなくー」

 まだ三歳になったかどうかだったと思う。総動員演習開始時に”ホーハー”などと掛け声は出していたが、知能指数が高いように見える。

「ほら、お構いなくだって!」

「口じゃそう言うんだっての!」

 ミリアンナがジールトの首を絞めて押して体勢が崩れてメハレムに寄りかかる。

「ぐえぇ! 嫁の貰い手減少中ぅ!」

「うるさい! 死ね!」

「死ななーい! 行き遅れー! 寄って来るのは諜報員!」

「きぃい!」

 ミリアンナが拳を鉄槌打ちにジールトを叩く。メハレムは酒酔いが回ったか大あくびをして牙と長い舌を見せる。

「あなた一人で来たの?」

「皆がいるよ!」

「そっか!」

 サニツァが椅子に座らずしゃがんで、ザラに目線を合わせて相手をする。子供とはいえ、あのベルリク=カラバザル総統とジルマリア内務長官の娘。何を考えているか分かったものではない。母親の言いつけで粛清案件の目星を付けてると言われても驚く気にならない。

「おねーさんはイスタメルの人?」

「そう! 良く分かったね」

「ヒルヴァフカの人、うーんとヤゴールの人にギーレイの人、それからゼクラグ将軍閣下!」

 ザラがそれぞれを目線でなぞる。自分には握手をして来た。

「全部正解! 百点万点! ゼっくん分かったで賞も授与!」

「やった! それでね、聞きたいの」

「うん!」

「ぜんぜんちがう人達がどうしていっしょ?」

「皆仲良し!」

 サニツァが自信満々に言う。解釈に間違いは無い。

「みんな仲良し!?」

 ザラがペチっと小さい柏手を鳴らした。

 何か閃いたように見えた。そしてしばらく考えるように手を組んで天を仰ぎ、遠い目で黙考、そして「ごちそうさまでした!」と偵察隊を引き連れて去った。

「ばいばーい!」

「さようなら!」

 無い方の右目が痛い気がする。


■■■


 総動員演習の影響は勿論あった。国境を接する全国が国境線に軍を動かす準備をしたという。快速反応するような部隊は実際に国境配置がされた。

 その影響か、南メデルロマのようには決着がついていないムンガル自治区の方では非正規軍が龍朝天政の属国軍と小競り合いだが実際に戦火を交える事態に発展。現地の指揮官同士で和解してしまったのでそれ以上の事態に発展しなかった。

 そして第二次西方遠征作戦が決行される。ベルリク=カラバザル総統より全軍へ激励の言葉が発せられた。

 ”楽しく死ね”

 笑えてくる。史上いかなる好戦的な指導者であろうともそのような発言、仮に思いついたとしても口にしなかっただろう。かの男が創ろうとしている文化の一端がそれだ。マトラの同胞同志とレスリャジンの盟友の両輪体制に相応しい言葉である。

 雇い主は前回と同じ神聖教会、聖女ヴァルキリカ。打倒するのはロシエ。政変続きで王国なのか共和国なのかわかり辛いが、とにかく殴って殺す。その過程で邪魔する勢力があれば同じく殴って殺す。

 一度行った総動員演習時の要領を元に、正規軍四十万を動員して遠征軍として再組織。非正規軍は国境警備配置につく。自警団は召集されて臨戦態勢を取りつつ日常生活を続ける。内務省軍は訓練等の不急の業務を最小限に抑え、治安維持や諜報活動に注力する。

 対龍朝天政対策に教導団はノルガ=オアシスへ駐留させ、東方配置の非正規部隊を重点訓練して咄嗟の有事に備える。攻撃と防御どちらの行動になるかは分からない。

 遠征軍は渋滞を避けるために段階的に西進する。

 第一陣。モルル川北沿経路でワゾレ方面軍、ガートルゲン地方北部へ。

 第ニ陣。モルル川南沿経路でマトラ方面軍、ガートルゲン地方南部へ。

 第三陣。モルル川北沿経路で中央軍、途中でマウズ川沿いに進んでナスランデン地方南部へ。

 第四陣。オルフ、セレード、モルル川北沿経路でヤゴール方面軍、ナスランデン地方北部へ。

 第五陣。モルル川南沿経路でシャルキク方面軍、ガートルゲン地方中部へ。

 第六陣。モルル川北沿経路でユドルム方面軍、ナスランデン地方中部へ。

 第七陣。ヒルヴァフカ、イスタメル、ウステアイデン、モルル川南沿経路でイラングリ方面軍、ガートルゲン地方北部へ。

 総動員演習でも、整備されていたが難所である東スラーギィとイブラカン砂漠の交通は鉄道の利用で快速となる。大重量物である大砲の数々を列車に任せるだけで相当に負担が違う。

 出発の時機は夏になった。

 イリサヤルにヤシュート一万人隊以外シャルキク方面軍集結。

 点呼、装備点検を行う。組織的行動が取れるか、死力を尽くして弾丸尽きて銃剣折れるまで敵を殺し続けられるか確認。

 またガズラウにいるヤシュート一万人隊から手紙で点呼、装備点検完了の通知を受ける。これには理由がある。

 ガズラウへ移動する。


■■■


 ガズラウでヤシュート一万人隊と合流。アズリアル=ベラムト王から再度部隊の状況を聴取し、指揮系統下に入れる。

 そしてヤシュート族総出の水運でシャルキク方面軍はオド川を西に渡る。

 この後にユドルム方面軍が通り、またその後にイラングリ方面軍が通るので遅滞があってはならない。

 渡河したらイブラカン砂漠東部の整備された道を進む。

 カランサヤクに移動する。


■■■


 カランサヤクとその周辺都市に軍を分泊させて水の補給と小休憩、夏の砂漠横断に備えて人と馬と駱駝を休ませ、物資を補給。

 マンギリクへ向けて移動する。

 道の途中で大砲等の大重量装備を鉄道駅に搬入、中洲要塞行きの列車に載せて運ばせる。

 延線工事がカランサヤクに到達していればもっと早く行ける。贅沢を言えば操車場と列車の数の充実も。

 砂漠を行軍。総動員演習時と違い、四十万の大隊列を組んでいるわけではないので給水が楽。

 途中の鉄道駅で、搭載仕切れなかった分の大重量装備を列車に載せてまた運ばせる。行きが空荷だと勿体無いのでその時に食糧を受け取る。

 複線計画が進行すれば更に快速になるがまだ先の話。


■■■


 マンギリクに到着。総動員演習終了時に充実された保養施設が一部稼動状態にあるのでそこで小休憩。

 中洲要塞から戻って来た列車から食糧を補給。今度はユドルム方面軍の大重量装備を運送するために東へ列車が去る。

 中洲要塞に移動する。


■■■


 中洲要塞に届いていた大重量装備とその管理部隊は本隊より先に西岸へ渡って待機中。

 ダルプロ川を渡す可動橋を通って西岸へ移動。大重量装備管理部隊と合流。

 交通の要衝として長年整備され続けたこの要塞は本道に迂回路に待機所が設置されていて大軍が入り混じっても混雑し辛い。

 マトラの山を通る。西マトラ奪還作戦で整備した道が快適。一部山を崩してまで整備した分だけ勾配が楽。

 ダフィデストへ移動する。


■■■


 ダフィデストに到着したら小休憩。首都機能移転は済んだはずだが都市規模に対してまだまだ人口が少ない。

 マトラ低地枢機卿管領のシラージュ伯領を通る。ここから急に道が悪くなる。先行したマトラ方面軍がある程度整備しながら進んでくれているので最悪ではないが。

 聖シュテッフ報復騎士団の残党を警戒し、道や道沿いの村や町で治安維持警察と補助警察が警戒中。予防摘発の成果か吊るし首が見受けられる。

 帝国連邦領を出る。


■■■


 ブリェヘム王領への関門に差し掛かる。関門警備の責任者に聖戦軍指揮官ヴァルキリカ発行の通行許可証を提示して通過。ここから道中、警戒に当たる神聖公安軍が目に入り始める。

 神聖公安軍は神聖教会直轄の武装組織で、第一次西方遠征時には民兵程度のものだったが、今では正規兵程度の威風は醸している。

 他国領の道はやはり悪い。マトラ方面軍が同じく先行して整備してくれているが他国なので好き放題には弄れていないが、それでも橋の補強、標識の設置、野営地確保、伐採出来る林の借り上げ、井戸の増設、区域ごとの協力姿勢の度合いや疫病の流行調査、神聖公安軍の治安維持活動を効率化させるために改善点の指摘等を行ってくれているので幾分は先行者より楽だ。


■■■


 モルル川南岸に到達。財務省補給司令部が管轄する水運業者に大重量装備を託してモルル川を西へ下る。

 モルル川の北岸に分進中のヤゴール方面軍が見える。挨拶。

 船舶交通のために低い位置に橋は無いが、両岸共に崖が迫り出して高所となっているところには大河でも橋が――要塞も伴う――架かる。何も無ければ良いが念のためにそういう地点を利用してヤゴール方面軍との間に伝令を行き来させる。


■■■


 モルル川西下りの中継地点チェストラヴァに到着。近年運河が開通し、ここから北のグランデン大公領のマウズ川まで接続している。

 行く手を遮るように南のウルロン山脈からチェストラヴァを脇にモルル川へ注ぐリビス川を西に渡るのだが、他国領なので既存施設を使っていると渡河が遅々としてしまう。

 マトラ方面軍の工兵が作った浮橋を渡る。ヤゴール方面軍も運河を渡るために、先行したワゾレ方面軍の工兵が使った浮橋を使っている。

 これらの行動を嫌がったチェストラヴァの領主が抗議しており、ボレスからは”うるさいだけだから気にしないように”と申し送りを受ける。口だけなら意味は無いが、堪え性の無い人間は感情的に正規、非正規部隊を使って嫌がらせをしてくる可能性がある。


■■■


 我々がリビス川渡河に少し手間取っている最中に、補給司令部傘下の民間輸送業者への妨害行為がグランデン大公領内にて確認されたとのこと。そちらを通るヤゴール方面軍の行動に障害が発生したらしい。

 妨害は道をどっちが先に譲るか、関門や港での通行規制、入関入港許可証の真偽検査、検疫、禁制品の取り締まり検査などである。

 悪辣。聖戦軍の威光も薄暗いが、嘗められるのは問題外。

 中央軍前線司令部より、親ロシエ派民兵に警戒せよと通達が来ているのでその方針に従う。また道中の警戒に当たっていた神聖公安軍にもそのように通達が出されたという。つまり、妨害があれば誰であろうと親ロシエ派民兵と断定して攻撃して良いと許可が出たことになる。

 渡河待機中の部隊は戦闘配置につける。

 第二次西方遠征は、名目上はロシエの打倒が目的になっているが、帝国連邦軍としての目的は神聖教会圏に対して新鋭の我が軍の能力を見せて圧倒することにある。ブリェヘム王領に留まらず、第一次西方遠征で戦場にならなかった聖王領東部を破壊して回っても大きな問題は無い。

 憲兵を同行させた騎兵主力の分遣旅団を編制する。民間輸送業者と連絡を取って実力行使が必要ならその分遣旅団を使うように指示。

 現状、我々が通過中のブリェヘム王領内からは口だけの抗議しか来ていないが。

 妨害行為への対策はしたが大過無く無事にリビス川の渡河を完了。

 ベイナーフォンバットへモルル川沿いに下って移動。


■■■


 ベイナーフォンバットに到着。

 妨害行為の件は早期に決着がついていた。聖戦軍法に照らし合わせた罪に応じて責任者の解雇、破門、火刑が決まり、またグランデン大公からは賠償と謝罪が得られたそうだ。尚、親ロシエ派民兵への武力行使は一度も行われなかった。ただそれで済ませるわけでもあるまい。

 オルメンへモルル川沿いに下って移動。


■■■


 オルメン王領のオルメンに到着。第一次西方遠征で誕生した新興王領は聖女派なのでブリェヘム王領の時のような要らぬ抗議などは無かった。

 聖王派のメイレンベル大公領では何と、さてはて誰が画策したか中央軍に対して親ロシエ派民兵による襲撃があったらしい。勿論、徹底的に追撃撃滅したそうだ。神聖教会側もそれらの行為に対して厳正に対処、予防すると公言した。以降、民間業者に対しても主だった妨害行為は報告されなくなる。

 ここより下流のイーデン川とマウズ川の合流地点では船の衝突事故があったらしい。被害者はこちらの船で大砲が水没、回収には成功したらしい。加害者はオルメン王国船籍で、こちらに対しては神聖教会が迅速に対応し、責任者の首を斬り、賠償させたそうだ。

 オルメンを脇にサボ川を渡河中にはそれといった騒ぎは無かったが、これも誰がどうやったのか不思議だな。

 オルメンからサボ川を渡り、ガートルゲン地方へ入る。


■■■


 ガートルゲン地方に入り、モルル川を下って先行して西岸に到着していた大重量装備管理部隊と合流。

 第一次西方遠征時には壊滅的打撃を与えたビュルベンを通り、当時は無人化したが今は復興を見せているヘレンデンに到着。ヘレンデンはガートルゲン王が直轄領として肝煎りで整備させている程度の規模が確認出来た。

 ヘレンデン近郊でシャルキク方面軍を一度整列させ、点呼を取って行軍時に出た損害を改めて報告させる。そうして一度簡単に指揮系統の再確認のために行進させて閲兵。

 オーボル川東岸、バルマン王国国境を目指す。


■■■


 ガートルゲン地方中部のオーボル川東岸に到着。先行して到着していたマトラ、ワゾレ方面軍がオーボル川全域に橋を渡してくれていたのでそのまま渡れる。ただバルマン王国軍が西岸に待機し、橋を守るようにして待機している。数もそれなりに揃っている。

 聖戦軍の諸侯連合軍がバルマン領内に入ろうとして撃退され、司令官戦死という憂き目に遭ってから余り時間が経過していない。バルマン軍の指揮統率に疑うところは無く、いかに我が先進科学的な帝国連邦軍といえど軽率な行動は取れない。

 しばし待機して待つ。

 待っていた信号弾が南の空から確認される。ガートルゲン地方南部より渡河予定の、最南端に位置するマトラ方面軍が渡河準備を完了させたという報せだ。

 こちらシャルキク方面軍も渡河準備を完了させているので信号弾を打ち上げる。

 少ししてガートルゲン地方北部で渡河準備を完了させたイラングリ方面軍の信号弾が撃ち上がる。

 この信号弾はオーボル川全域で北端南端から始まり、中央軍へと報せる。

 そして中央軍のベルリク=カラバザルがバルマン王ヴィスタルムより進入許可を得たならば返事の信号弾が発射される。

 少し待つ。

 北の空から返事の信号弾が打ち上がるのを確認した。南のマトラ方面軍へ信号弾を打ち上げる。

「シャルキク方面軍、全隊前進!」

 秋を前にして進軍。冬までそう遠くはない。

 橋を渡る。乗馬には小慣れてきた。蹄が橋をカッポカッポと鳴らす。

 軍楽隊が帝国連邦国歌を演奏、皆が合唱。サニツァがブットイマルスを旗のように掲げてついてくる。


  垣根を越える同盟を、

  偉大なる総統は団結する!

  不滅の帝国を実現する、

  約束された連邦万歳!

  栄光あれ祖国

  民族は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  高炉で燃える鉄鋼と、

  広大なる農土で繁栄する!

  創造の帝国を実現する、

  組織された連邦万歳!

  歓喜あれ祖国

  人民は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  世界に冠たる軍勢で、

  愚かなる敵勢を撃砕する!

  無敗の帝国を実現する、

  訓練された連邦万歳!

  勝利あれ祖国

  国家は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がために!


 橋を守るバルマン軍の指揮官が、溜息をついたような素振りを見せてから我が軍の道を空けるようにと部下等に指示を出す。統制された彼の軍は迷い無く動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る