第266話「マトラ低地奪還作戦」 サニツァ

「西マトラの奪還おめでとう!」

『ありがとう!』

 道行く労農兵士におめでとう! ってするとありがとう! って返ってくる!

 旧バルリー、西マトラに二種類の旗が翻る。

 ちょっとおっかない感じの黒い旗が帝国連邦旗。装飾書体の白い字で”共同体の帝国連邦、戦を厭わず”って書いてあるらしんだけど、何だかお花みたいな模様にも見える。

 うさぎさんが可愛い赤い旗がマトラ共和国旗。左上に黄色い鍬と金槌が交差して、真ん中には三冊重ねた本の上にちょこんって座った黒いうさぎさん。

「残存侵略者の絶滅おめでとう!」

『ありがとう!』

 道行く労農兵士におめでとう! ってするとありがとう! って返ってくる!

 そしてワゾレの時よりも早くに”残存侵略者の絶滅宣言”が出された。夏に征服、その秋の内に出したんだからめっちゃ早いんじゃないかな?

 旧バルリー、西マトラの中部は西に下がって傾斜する広い高原地帯で割りと人口が密集していたけどやっつける数が多いだけで初期段階で絶滅。逆に北と南は険しい原生林と峡谷が連なる貧しい地域で人口は少なかったけど奥地まで逃げられて追跡が難しかったらしく、今になってようやく終了。とにかく国境さえ封鎖した後は虱潰しにえいえいって頑張った。虱の湧いたきったない服みたいに熱湯にざぶんって皆殺しに出来ないからしょうがないよね。

 皆が頑張って悪いバルリー人を退治した。皆の未来のために技術、知識を持っている人は生かして、術の才能のあるちっちゃい子はグラストの魔術使いさんに渡して、それから新しい東スラーギィ以東の人達のための殺人体験用に送る。これは情を捨てさせるために女の子が運ばれるよ。弱いし体重も軽いし逃げても足が遅いからって運送、警備上の都合もあるんだって。

 宣言が早期に出されたのは、ワゾレと違ってバルリーは道とか町の整備が進んでいたから捜索が簡単だったんだね。前の時は山有り谷有り、道無し橋無しで移動するだけでも大変だったもん。

 あと絶滅宣言と言っても本当に一人残らずというわけじゃなくて、家族同士が寄り合って村長さん決めるような共同体を築けるような地盤の消滅のことらしい。地域の端っこの端っこ、石の裏まで引っ繰り返して確認するようなことは現実的じゃないからしょうがないよね。もうバルリー人が住んで、結婚して家族を増やせるような余地が無くなったって意味だね。

 皆で頑張って国境封鎖して、一気に精鋭無比の火力と機動力に優れた帝国連邦軍が悪いバルリー人をやっつけたんだけど、どうしても絶滅から逃げられちゃう。

 その逃げたバルリー難民がマトラ低地に多く逃げ込んでいる。戦争前に国境の外にいた人も含まれるみたいで、まだまだ十万人以上いるらしい。

 難民が来ると元から住んでいた人達――マトラ低地はマトラの妖精さんの土地だから、それを奪ってから時間が経過した人達――と喧嘩になる。言葉は違うし、生活の仕方も違う。難民には家も仕事も財産も無くて、それでも生きようとするから泥棒やるし、暴力振るうし、きったないまま暮らしてその辺歩くから病気も振り撒くし、大迷惑だから住民と争いになる。どこまでも迷惑な人達だよね。

 まずはバルリー難民出て行け! って人達に武器と資金を提供。マトラ低地に軍隊を送って悪いバルリー人の生き残りをやっつけることはまだ出来ないから、出来る人達にお任せしちゃう。商人さん経由で売るから軍の方は直接関わらなくて大丈夫。

 それからもう一工夫、バルリー難民を帝国連邦に連れて来たら買い取りますって宣伝。これでバルリー難民が好きでも嫌いでもない人達にも排除を手伝って貰うことが出来る。マトラ低地以外の人達、お金儲けがしたい人達も参加するようになるから効率が上がるみたい。

 こうなるとバルリー難民も黙っているわけにはいかなくて、自己防衛のためにマトラ低地の人達と泥棒以外のこと、自己防衛で戦い始める。ここでちょっと難しいけど、バルリー難民にも武器と資金を提供して内戦に発展させる。

 バルリー人を絶滅させたいけど、それより優先されるのはマトラ低地の奪還。奪還のためには内戦を誘発させて、隙を作り出す必要があるらしい。隙って何か分からないけど、偉い人達ならそれがたぶん分かる。

 次はマトラ低地奪還作戦を成功させて、奪還おめでとう! って言いたいよね!

 奪還したばかりで無防備な西マトラ防衛のため、そしてマトラ低地奪還のための次の作戦のための準備が始まっている。フュルストラヴに返して! って総統閣下が言っていて、やるぞ! って宣言。ここまで来たら故郷は全部取り返したいよね!

 自分はその準備のお手伝い。西マトラ国境線からバルリー退治の要塞線までの間の道路拡張工事中。要塞線の近くで工事してるとマババくんのこと思い出してちょっと胸が変な感じだけど、皆の未来のために工事を頑張った。

 旧バルリー共和国の首都ファザラドの名前が、革命指導者さんの名前を取ってダフィデストにして遷都。マトラ共和国の中心部を西マトラに移して積極防衛の姿勢を取り、基盤を固めた。

 それでその折角取り戻した西マトラだけど、移住する人口が足りないんだって。元々妖精さん達の土地だけど、皆と仲良く出来る人間、獣人も移民させるらしい。

 マトラ方面軍とワゾレ方面軍も国境線の移動に合わせて西縁沿いに重点配置。道路の拡張工事と合わせてやるからちょっと時間が掛かっているけど、いつでも総攻撃を仕掛けられるようにしておく。これはマトラ低地にいる仮想敵の軍隊に対して優勢な軍を見せ付けて、人々にあなた達の領主さんは弱くて防衛義務を果たしてないよって教えることも兼ねるらしい。教えると同時に、帝国連邦に加盟してお友達になれば全然大丈夫だよって宣伝をする。同時にバルリー人の骨と臭くて食べれなくなった燻製肉をばら撒いて、悪いことするとこうなっちゃうよって脅かす。それから勘違いされちゃうといけないから信教は自由で加盟しても大丈夫だよってことも教える。他にも色々やっているみたいだけど、そうやってマトラ低地奪還の隙を作り出す。


■■■


 道路拡張工事の途中で、情報局の同志ちゃんから別のお仕事を頼まれたから「いいよ!」って言った。

 向かった先は西マトラ南部、ザモイラ。ここはイスタメル州、シェレヴィンツァやマリオルの港から近いから船で荷物を送ってきても比較的楽に受け取れるし、山の中だから色んな実験をしても近所迷惑にならないし、人がいないから不法侵入者を直ぐに見つけられちゃう。

 このザモイラよりちょっと南に行くと昔、シックルちゃんとかと一緒に頑張って爆破した古いお城がある。うわ、懐かしい! まだブットイマルスも無くて、千歯扱き振り回してた頃だ!

 ザモイラにはすっごく凄く南の氷土? 大陸ってところから来たグラスト人の魔術使いさん達がいて、術を使う才能がある子供達を集めて術の実験を行ってる。バルリー人のちっちゃい子達と、他所からも集めてきた子達とか色々。術の才能があるか無いかで選別していて、才能が無いか、あるけど足りない子は内務省のお役人さんが引き取ってる。

 それから死体焼いてる臭いがずっとしてるから、死んじゃった子はそうしてるみたい。

 一緒に、突撃兵の大佐さんのナルクスくんって妖精さんも呼ばれていた。突撃兵さんらしく、首が太くて筋肉パンパン。鎧つけてないのに鎧着てるみたいで凄い。

 お仕事は、何だかむっつりさんな背の高いおっきい女の人の指示に従うこと。

「あれ、持って」

 あれ、って指差されたのは根から起こされて倒れた木。枝も葉っぱもバサバサの、根っこモジャモジャに土がドロドロの、木そのまんま! これ持ち上げるの!?

 その女の人と同じ、いかにも魔術使いですって感じの服を着た魔術使いさん達、何十人にじーっとむっつりな感じで見られる。ちょっと怖いよね。

「軍務及び労働英雄サニツァ・ブットイマルスよその力を示すのだ! 永続的軍事革命の一翼は術研究が担っている。がんばれがんばれ!」

 ナルクスくんが帝国連邦旗を振って応援してくれる。

 まず枝のバサバサは持ち辛いし、根っこ側は太過ぎて持ち辛い。一番下の枝の下ぐらいのところで、右腕を木の下の地面にグリグリしながら手を差し込んで右肩を幹に当てる。それから左手で幹をガリガリ穿って握りやすくする。思いっきり股開いて立ってるから何か、踏ん張ったらうんこ出ちゃいそうな気もしてきた。

「ふん!」

 まずはガッチリ左手と右手で幹を挟む。

「肩合ってるよ!」

 ブットイマルスを初めて貰った時は良く振った手からすっ飛ばしてたけど、あれはしっかり握ることで防げる。

「うおりゃ!?」

 持ち上げる、というよりは左に転がす。木の重さが右手じゃなく、右肩に移るように左手は巻き込む。

「来てる来てる! ブットイマルス来てるよ!」

 幹を右腕の上に転がすように。

「ぐぎー!」

 左手の引き寄せに幹が回って、枝も動いてきた。

「英雄は土台が違う!」

 木が動いてるけど、足が地面を抉って滑ってる? あ、これダメ? って思ったら、いきなり地面が石みたいになった!

「固めた」

 指示した女の人が、自分のおケツの下でそう言った。魔術で地面固めたみたい。

「あずばっ!」

 足元が固まったから、石地面を足で握って肩に乗せた!

「いいねそのデっカい力! デっカいよ!」

 まだお股がうんこするみたいに開いたまま。それから重たい根の方へ傾いて斜めになってる。

「お!」

 木を真っ直ぐにして背筋を伸ばす!

「背筋が立ってる!」

 左手、掴んでる。右手、掴んでる。右肩と首、合ってる。足の裏、固い。おケツの穴、締めた!

「ふん……」

「ブットイマルス、ご起立下さい」

「がー!」

 立った!

「そのまま」

「え、うん」

 女の人がそのままって言うから木を担いだまま立つ。体勢が安定したから持ち上げる時ほど踏ん張る感じじゃないけど、何かちょっとグラグラ、ちょっと揺れただけで重心がガクっとずれそう。

「やっぱり違うなー! ミーちゃんのお母さんは骨が違う!」

「痛みは?」

「へ? 無い、かな」

 見ていたグラストの魔術使いさん達が集ってきてジロジロ見始めて、身体を指差しながら知らない言葉でモゾモゾ喋り始める。やっぱり怖いかも。

「触るぞ」

「え、うん」

 女の人だからあれだけど、でも全身握られた。筋肉と間接は念入り。変態じゃないけど、変な感じ。

「降ろして」

「うん。離れて!」

 グラストの魔術使いさん達が離れたのを確認してから右肩、右手を抜いて脇にドン! って落とす。

「手」

「はい」

 手の平を触られる。

「足の裏」

「うん」

 足の裏も触られる。

「感謝する」

「何か分かったの?」

「時代遅れ」

「うん?」

「変わる」

「お役に立てた?」

「うん」

「やった!」

 よく分かんないけど役に立ったって!

 ナルクスくん抱っこして回す。

「応援ありがとー!」

「盟友たるもの当然のことである」

 次はナルクスくんの出番。肌が青白くなって死んだちっちゃい子が運ばれて来た。どうするのかなって見てたら凄かった!

「死んでる場合じゃないぞ貴様! 生物学的な死など気合で乗り越えろ、戻って来い!」

 って滅茶苦茶なこと言って死体を張り手でバチンって叩いたら見る見る内に肌に血色が戻って赤くなって、閉じてた目が開いて「んぎゃー!」って叫んだと思ったらバっと元気良く、骨が折れる? バギガチゴキ! って音と一緒に立ち上がって鼻からすっごい量の血を「がー!」って発射した!

 超絶びっくりだよね。

「凄いよナルクスくん! 死んだ人生き返らせられるの!?」

「半ば肯定。だがあれは死んでから時間が経っている。再活性したが直ぐに死ぬだろう」

「そうなの?」

「腐敗が進んでいなければ一瞬動き出すが……」

 復活したちっちゃい子、何だか人間じゃないみたいにデタラメに身体の骨とか間接バキバキに折る音鳴らしながらのた打ち回って動かなくなっちゃった。

「……この通り。死せる同胞同志達全てを復活させられれば良いが、それは適わないことだ。負傷で瀕死か死に立て、これが復活させられる限界点。心臓ではなく脳の活動停止辺りが怪しい。脳の活動停止というものが現代科学で何とも観察し難いが、私はそう確信している」

「そうなんだ」

 凄い量の血溜まりに、グチャグチャの姿勢でちっちゃい子が横たわってる。死んでも蘇るのは都合よ過ぎるよね。

「次」

 女の人が今度は、生きてるちっちゃい子を連れて来た。その子はすっごく不安そうで、自分を涙目で見上げたと思ったら首がペキっと半回転、後頭部がこっち向いた。

「頚椎折れても心は折れぬぞ少年! 気合を入れろ、精神が肉体を凌駕すると信じれば復活!」

 首が折れ、手が離されて崩れ落ちるちっちゃい子にナルクス君の張り手。胸が真っ赤に腫れて、ベキって首が戻って正面向いて、顔が真っ赤になって鼻血を「ふんがー!」て噴射! びっくりしちゃって暴れ出して、何? 何? って辺りを見回して首を傾げて、張り手受けたところが痛いのに気付いたみたいで泣き出した。

「この通り、致命傷でも即座に気合を入れれば問題無い」

「凄い!」

 それからナルクスくんの術を中心に実験を繰り返して終わり。そして今日はザモイラにお泊り。

 自分とナルクスくんは勿論、術の才能がある。グラストの魔術使いさん達が、出来ればお礼がしたいって、たぶん言ってたのでそれを受ける。ご馳走かな? って思ったけど、違うね。

 ちょっとお試しに呪術刻印ってのをやらせて貰った。

 大きい石を桶の上に乗せて、見本通りに呪術刻印を彫って入れる。グラストの人が「かなり上手」って言ってくれたよ! お裁縫からお料理からサニャーキは器用なんです。

 そして術っぽい力を「えいや!」って入れたらなんと、石が水になっちゃった! 超びっくり! しかも飲めるらしくて、掬って飲むと普通に美味しい水! またまたびっくり!

 ナルクスくんも「軍事革命だ!」って叫んでた。ただ彼はちょっと不器っちょで、自分が代わりに彫ってあげた。

「凄いこと何でも知ってるんだね!」

「古い、長旅の……成功させた呪術刻印」

「うん?」

 とにかく凄いんだね。

 他の呪術刻印も見せてくれた

 雷がバリっと出る骨の杖。三回やったら骨がボロボロになって壊れちゃったのが不思議。雷も不思議だけど。それから一回で、ボンって爆発して砕けるのもあった。

 術の限度を越えた酷使は脳の萎縮に繋がるらしくて、無理して術使うと脳がこんな感じにボロボロになって死んじゃうらしい。恐い! 一回倒れたことあるからゾっとしちゃうよね。

「脳以外を代わりに出来ないの? 食べたご飯とかならいっぱい食べればいっぱい使える、みたいな?」

 返事はしないけど、ジっと見つめ返された。悪いこと聞いちゃった?

 ついでってことで魔術理論を教えてくれた。

「魔術理論、仮定。世界は四層。物質界は可視可触。精神界は不可視不可触の意識。魔力界は意識で可視可触、加工可能。原初界は不可視不可触の物質、精神、魔力の最小単位。他の術に応用可能」

 うん?

「奇跡、原因経過に拘らず結果重視。魔術、原因経過結果を把握。方術、意識上で哲学概念”方”の境界線操作。呪術刻印、用途に応じた準備」

 うーん。

「名前付きの術は習得が容易、効果と範囲も制御が容易、暴発抑止も容易。聖典の記述に基づく名前付きの奇跡が好例。裁きの雷、盾の聖域、追い風、浄化の炎」

 聖典のは知ってる! 竜狩りアルベリーンの雷、第一聖女”盾の彼女”の聖域、海渡りガダモンの風、そして聖なる神の炎。

「定型魔術の普及試行。工兵術、掘削、加圧、加熱、加水、凍結、乾燥、送風、伝声、点火、発光。戦闘術に応用可能」

 うーん?

「定型魔術習得法。繰り返し見学。言葉と原因経過結果を把握、関連させて覚える。言葉一つで原因経過結果を瞬時に意識して術行使」

 いい加減なこと言ってないのは分かるんだけど、何言ってるか分かんない感じ。ナルクスくんは理解しているみたいで発言する。

「火の鳥、炎の竜巻、熱い霧、衝撃波、地津波、聞き知っているところでこのくらいあるが、これらはグラスト魔術使いの大技もその応用なのかな?」

「秘密です」

「盟友相手でもかな?」

「秘密です」

「しかし戦いに有用ならば是非習得したい」

「二人は奇跡型。下手に魔術を習得すると能力が落ちる恐れがある」

「それはいかん。しかしならば何故聞かせたのかな」

「罠を罠と知らなければ見えてても踏む」

「なるほど!」

 ううーん。

 お泊りの夜はグラストの人達とすっごく一杯のご飯を食べて、ナルクスくんから突撃兵心得を聞いて勉強した。ブットイマルスで突っ込むのも突撃兵と一緒だね。


■■■


 グラストの魔術使いさん達への協力が終わったら、次はマトラ低地工作のお手伝い。バルリー難民が一番の要素だけど、民族宗教色んな物を利用してマトラ低地を帝国連邦が望む状況にするんだって。とっても難しそう。

 まずは内務省が管轄する養護院から特別任務隊”切れ端”と顔合わせ。情報局特別攻撃隊”人間もどき”と作戦領域が被るからってことだからなんだけど、切れ端隊には大人に混じってお年寄りに子供に体と心の障害者が混じっていて、何だかちょっと大丈夫かな? って感じ。特殊作戦の人達だから見て、凄い! って分かっちゃったらダメだから、うーん? でいいかもしれないね。

 それからバルリー人だけじゃない不穏分子を処刑する特別行動隊”ゴミ屋”の人達とも顔合わせ。ゴミ屋隊には超法規権限があって、司法判断を仰がなくても直ぐに処刑が出来ちゃうらしい。今までも司法判断ってのはしてたかどうかちょっと分かんないんだけど、新しく帝国連邦になったから必要なのかな。

 ゴミ屋隊の隊員さんには、西マトラ方面だけ特別らしいんだけどエルバティアの鷹頭の獣人さん達が結構多い。鳥の獣人さんもいるって世の中広いよね。鳥さんだけど手が普通に五本指あったよ。

 マトラ共和国情報局特別攻撃隊”人間もどき”。

 内務省統合作戦司令部特別任務隊”切れ端”。

 内務省保安局特別行動隊”ゴミ屋”。

 うーん、名前間違えちゃうかも。この新しいあだ名が無かったらこんがらがっちゃうね。

 作戦地域は六つ。シラージュ伯領、カチビア伯領、ドゥルード司教領、アイレアラセ城、モルヒバル城、ピャズルダ市。主にバルリー難民と住人の抗争を扇動し、マトラ低地奪還後に優先的に排除するべき団体、人物の把握が目的。

 自分がその中で参加したのはモルヒバル城。ダカス山西麓、モルル川沿いにある山城。ブリェヘム王の領域にある。

 山で伐採した木を川に流して売ってる以外に、バルリー難民も川から運んで逃がす商売をしているらしい。悪いバルリー人の退路を断つ!

 気付かれないように、夜間、短期間の内に術工兵さん達と作業して土砂崩れを起こす地雷と、城を基盤から破壊する地雷を二箇所設置。爆破して城を崩し、合わせて土砂崩れを起こして埋めちゃう。生き残りは殺して土砂崩れに混ぜて人が殺したかどうか分かんなくしちゃう。

 森に住んでる樵さん達は抹殺部隊の妖精さん達が殺して、山に隠しちゃって最初からいなかったみたいにする。

 城を埋めたらワゾレ方面軍が前進、警戒配置について山の方を実効支配。城の領域内でも、平野部の方は人がまだいるし、この城みたいに一気に潰せないから手は出せない。こうすると当然モルヒバル城の破壊と越境行為に対する抗議が来る。

 ジュレンカちゃんは「境界線を示す何らかの標識が無かった。そちらの主張する境界線は論拠に乏しく信用出来ない。そもそもマトラ低地はマトラ共和国固有の領土であり、侵犯しているのはそちらである」って跳ね除けた。そもそもマトラ低地はマトラ妖精さんのものだよね!

 それからちょっと不思議だけど、ブリェヘム人じゃなくてマインベルト人の人達と、建造中の新モルヒバル城を中心に交流が始まった。東から山を越えて食糧を運ぶのが大変だからマインベルトの商人さんから、全部じゃないけど一部補填する感じで買うようになった。

 マインベルトの人達は周辺の国と仲が良くないらしくて、でもワゾレ征服作戦の時もそうだけど、マトラとは仲良しになれそうな感じ。良いことだよね!

 それから帝国連邦の黒い国旗に似た赤い旗が川の船に掲げられるようになった。商船旗っていうらしくて、軍属じゃない船で使う国旗らしいよ。

 敵を減らして友達いっぱい!


■■■


 三七番建国記念公園で大きな西マトラ奪還記念の凱旋式典が行われたんだって!

 お仕事で参加出来なかったけど、お祝いだからってご飯にお菓子がいつもより多く、三食毎回出て美味しかった。

 式典の日に合わせて各地は休日、そしてお祭り。花火を上げて歌って踊って遊んで回った。炊事係の人も、昨日の内に保存食を作っておいてたからお仕事は無し。

 それから冬の寒波が厳しくなって、バルリー難民が大量に凍死したとか。凍えて死ぬのは嫌だからってバルリー難民が押し込み強盗どころか居座り強盗を各地で行うようになってマトラ低地は大混乱。それで各地で軍隊を動員して排除するかどうかってところまで行ったんだけど、今度はピャズルダ市でマトラ低地を議題にした会議が開かれることになって一時中断。

 会議に出席する総統閣下には親衛偵察隊と、親衛千人隊、それからグラスト分遣隊の一部二百人が護衛につく。それだけじゃ危ないから、人間もどき隊と切れ端隊も、隠れて護衛任務につく。国境線にはジュレンカちゃんのワゾレ方面軍がいつでも総攻撃を掛けられるように待機。

 自分のお仕事は、会議を邪魔しようとする危ない感じの人を見つけたら、鎖網で補強した革袋にしまっちゃうこと。しまってから同志ちゃんに引渡す。危ない人も同志ちゃんが指定する。

 ノミトスの姉妹の格好をしているから、ピャズルダ市内だと割りと聖職者さんじゃないと行けないところにも出入りが出来て、同志ちゃんが追跡した密偵っぽい人を追って、しまいに行くと何だか変におっきい女の人に出会っちゃった。教会の屋根の上から降ってきたからびっくり!

「わ!?」

「面白いのがいると聞いて来てみれば」

 おっきい女の人が、腰を曲げて目線を合わせてくる。眉毛もまつげも真っ金金で目が青で、何か別の生き物みたい。あとちょっと違うけど着てる服が何だかそっくりな気もする。修道の姉妹っぽいような、もうちょっと高位のような。

「ヘルニッサから届く予定だったとかいう私と同じ奇跡の娘、サニツァとはお前だな」

「ヘルニッサ知ってるの!?」

「大体調べてある。もう十四年は前か」

「そうそう! おばちゃんどこの人? 私は、あ!? ダメ、秘密秘密」

「ほう、秘密か。私は聖都で第十六聖女をやってるヴァルキリカだ。聞いたことあるか?」

「聖女様!?」

 わわ!? すっごい偉い人じゃん!

「そうだ。随分と変わった袋を持っているな。何に使う?」

「これはね、あれ! お洒落さんだよ!」

「マトラの洒落は変わってるな」

「違うよ!」

「らしいな」

 あれ、これきっとヤバいよね? いざとなったら生存を優先して殺して逃げても良いって同志ちゃん達言ってたけど。聖女様ってそんな簡単に手出し出来る人じゃない。それに身体大きいのもあるけど、何かちょっと、生まれて初めて勝てる感じが全くしない。凄い美人さんだけど、顔おっきいもん。手も片方でお腹回り握られそうなくらいあるし。

「そういうおっきい服って自分で作るの?」

「特注だ。サニツァの着てる修道服と作った職人は同じだ。大分、そっちは擦れて直した跡があるな。自分で直してるのか?」

 同じってことは、ヘルニッサの院長さんとやっぱり知り合い?

「うん! 昔は羊毛とか綿とかだったけど、最近は絹を支給して貰えるから変な感じにならないよ」

「器用なんだな」

「お裁縫からお料理から得意なんです!」

「力は完全に制御しているわけだ」

「うん? うん!」

「なるほど、ほうほう」

 おっきい手の平が目の前に広げられる。背筋を伸ばした聖女様が高いところから見下ろす。

「全力で押してみろ。力が十分だったら見逃してやる」

「えっと?」

「マトラの軍務と労働英雄、ダヌアの悪魔、サニツァ・ブットイマルス。力比べだ。弱かったら殺す」

「え!?」

 この人何言ってんの!?

「何だ、遠慮してるのか?」

 そう言って聖女様、近くに合った木の枝、幹の根元から結構太いのを選んで握ってビチビチって毟って取った。折るんじゃなくでゆっくりめに裂いた。うっそ!? あんなの無理だって!

「さあ来い。次は殴るぞ」

「んん……!」

 おっきい手の平が目の前に広げられる。その大きい親指と小指を両手で握って前に押す! 押して歩こうとする。

「んしょ! こいっしょ!」

「おっ! おっ!? 力が強いなサニツァ。大砲との力比べ以外で手応えがあるのは久し振りだ」

 大きい親指と小指が反る。反るけど伸ばした腕の肘も肩も曲がらない。その割りには地面の土が抉れてきてる。

 押して肘が曲がった!? っと思ったら聖女様、抉れた地面から足を離して、肘を伸ばして押し返してきた。

 本気出してるけどこんな手応えが無いなんて今まで無かった。岩盤の方が絶対脆い。

「ひゃあ!?」

 浮いた。聖女様が腕を上げて、指を掴んでた自分が宙ぶらりん。手の平に鼻ぶつけた。それからお腹を片手でぐるっと掴まれた。何かお人形扱いされてる?

「私のところに来い」

「え!? 分けわかんないよ」

「お前はヘルニッサ修道院で基礎的な学問を修めてから聖都の、私のところにやってくる予定だったんだ」

「そうなの!?」

「来い。こんな僻地でこそこそと丈に合わん密偵働きなど止めて聖都に来い」

「ゼっくん、ミーちゃん、ジーくんがいるからダメなの! 悪い奴等をやっつけるお仕事も終わってないもん!」

 お腹握って指を押し退けようと手で押して足バタバタしても振りほどけない。

「話通りに妖精もどきか。とっとと送ってこさせれば良かったな」

「んぎぃー!」

 握ってる指に、手首とか殴っても全然ダメ! 痛そうな顔すらしない。抓ってやろうと思ったら張った皮膚が掴めない。指の爪やってやろうと思ったけどこっちも固くてダメ!

 銃声。気付いたら聖女様が空いた手で顔を守っていた。鉛弾が潰れて落ちる。

「お母さんを離せうわっ!? 巨人!」

「噂の第十六聖女か? 毒矢じゃ通りそうにないか……」

「ジーくん! ダメ、無理! 逃げて!」

 馬に乗って撃った騎兵銃の代わりに拳銃を構えたジーくんに、弓に矢を番えながら刀も持つ犬頭の騎兵も一緒。

「ふふふ、これじゃ私が悪役じゃないか。参ったな」

 ふわっとした、と思ったら地面に足が着く。手が離れた。

「そろそろあの悪魔との時間だな。居辛くなって亡命先にでも困ったら来い。家族だろうが一族だろうが世話してやる」

 聖女様は胸元から出した懐中時計を見て、背を向けて立ち去った。

「お母さん!」

 馬を降りたジーくんが抱きついてきた。腰抜けたか立てないや。

「ジーくん、助けに来てくれたの?」

「うん! 怪我無い?」

「大丈夫! かな?」

「銃声は良くないものを呼ぶ。早く去ろう」

 犬頭の騎兵さんが辺りを警戒しながら言う。何だか周囲がざわざわしてる気もする。

 ジーくんに立たせて貰って、足の踏ん張りが利くか確かめてから逃げた。

 危なかった! あのまま誘拐されてたかもしれない。


■■■


 バルリー共和国及び帝国連邦呼称マトラ低地に関する領有権紛争案件に対する調停。

 一つ。旧バルリー共和国は帝国連邦に無条件で併合される。

 二つ。帝国連邦呼称マトラ低地は、公人と人民の諸権利が保護される条件下で帝国連邦に加盟する。

 三つ。帝国連邦呼称マトラ低地に含まれるピャズルダ市は独立を保つ。ただし帝国連邦は同市に対して通行権を保有し、最低限の武装が出来る。

 四つ。帝国連邦軍による国境近辺での演習や挑発行為を禁止とする。

 五つ。聖なる神の代理人である聖皇並びにその信徒の敵対者への支援活動の停止。

 六つ。聖なる神の代理人である聖皇並びにその信徒の聖務遂行を妨げない。

 ってことが決まった。完全にってわけじゃないけど、マトラの妖精さん達の故郷の奪還がこれで叶ったのは確かみたい。

 マトラ低地は、マトラ低地枢機卿管領って名前で帝国連邦に編入される。元メノ=グラメリス枢機卿のルサンシェル猊下さんが担当になった。実績と経験のある人がやるんだから頼もしいよね。

 ピャズルダ市でマトラ低地問題が一先ず外交的には決着。次は直接手を入れる。

 マトラ低地が帝国連邦に編入されたので、これまでと違ったお仕事をしないといけない。善良な市民に悪いことをする奴等を見つけてどんどんやっつけちゃう! 普通の警察さんが配備される前に危険で悪い奴等を一気に粉砕する。

 内務省保安局から派遣された治安維持警察の人達が全土に配備される。治安維持警察だけじゃ人手が足りないからマトラ低地にいる元気だけど無職の人達に補助警察隊ってお仕事を上げて一緒に頑張る! 悪い奴等をやっつけた上に労働まで与えるんだから良いことばっかりだね!

 人間もどき隊と切れ端隊が、編入前から特にこいつはやっつけないとダメな奴! ってのを調査済みだったから保安局の人達は大助かり。特に危ないバルリー難民や、それを保護する悪人達はゴミ屋隊があっという間に処刑しちゃう。

 ゴミ屋隊の鷹頭さん達はお仕事頑張ればダカス山に住んでも良い土地を貰った上に、移住補助金ってお金も貰えて、しかも成人の儀式も同時に済ませられるからってすっごく頑張ってる。成人の儀式は済ませないと一人前と認められなくて結婚出来ないらしいから、これはもう応援するしかないよね!

 悪い人達かどうかは見たとき分からなかったんだけど、内務省の宗教対策局の人達と、アタナクト聖法教会の異端審問官の人達が協力して危険な宗教思想を持っている人達の改宗と、その過激派の摘発排除も行った。どう見ても悪い感じのしない異端の人がいたけども、悪い考えを持っている人に影響されて悪いことをする人達が生まれるからどうにかしないといけないんだって。ちょっと難しいから専門家に判断を任せるのが一番だね。


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 大きな反乱が起きた! 場所はアイレアラセ城領。ここは元はフュルストラヴ公爵直轄領で、普段は代官城主さんが管理している。帝国連邦併合後は代官城主って肩書きから自治権のある領主男爵さんになったんだけど不満が一杯だったみたい。

 アイレアラセ軍は民兵だとか義勇兵を集めて、山に篭って悪魔からの侵略を耐え抜いて反撃にでた伝説の聖人シュテッフの名を冠し、聖シュテッフ報復騎士団という名前を公表。その反乱組織にはマトラ低地だけじゃなくて周辺国からも参加してくる人がいて大きな勢力なっちゃういそうだって! 大変だ!

 鎮圧して平和を取り戻そう!

 ジーくんと、友達のメハレムのメーくんが今回は一緒!

 南メデルロマ紛争の時にジーくんとメーくんは一緒に行動するようになって、今は冒険に連れてる最中。ピャズルダ市に来てたのは会議の様子を見るため。あそこで出会ったのはたまたま。

 冒険についていくことにしたメーくんは「見聞を広めるためです」とか真面目に言ってるけど、お友達と一緒が楽しいからだよね。分かる分かるぅ。

 南メデルロマはもう開拓時代、ゼオルタイを攻略するとかあの時代から関わってきてたから決着は気になってた。名目的な領有権はアッジャール朝オルフ王国にして実行支配するのは帝国連邦ってことになったみたい。

 アイレアラセで治安維持活動開始。ブットイマルスにデッカイアレス、仮面兜も被って出撃。

 反乱軍の聖シュテッフ報復騎士団は武装しているけど中古の旧式火器ばかりで装備が弱い。それから民兵が主力で戦闘能力が低い。民兵は民間人に紛れると見分けがつかなくなるけど、見分ける必要も無く攻撃するから大丈夫だった。

 今は冬、それも寒波がビュービュー来て大変な時期。その時期に反乱軍がいそうな建物を焼いて回れば直接攻撃しなくても冬の寒さが代わりに殺してくれる。

 どんどんアイレアラセ領の外周から建物を焼いて壊して、聖シュテッフ報復騎士団の悪い奴等を追い払って追い詰めていく。その中には人間もどき隊、切れ端隊の人達が混じっていて位置情報だとか逃げる先だとかを随時教えてくれるから追撃も楽ちん。自分もジーくんとメーくんに荷物持ってもらったりご飯作って貰ったり、寝るところを作って貰って楽ちん! メーくん抱っこして寝ようとしたら怒られちゃった!

 そして最終的に、巻き狩りに追い詰めて一箇所に、わざと残しておいたアイレアラセ城に反乱軍を集めてから包囲攻撃を開始。潜入工作員の脱出を確認してからマトラ方面軍から派遣された軽砲兵大隊が榴弾、榴散弾を発射して城下町を制圧。そして城を崩す砲撃に移る。石垣が散って屋根に積もった雪が落ちる。

元気なエルバティア人が先頭になって突撃。足弓っていう足で掴んで両手で引くすっごく強い弓を使って人を何人も貫通する矢を放って敵をたくさんやっつけてた。

 自分も負けちゃダメってブットイマルスでたくさんの悪い奴等を叩き潰した。自分が先頭になってその後方から銃と弓で直接支援してくれるジーくんとメーくんがいたからとっても戦いやすかった。

 デッカイアレス使うことも無いかなって思ってたら、凄い音が鳴ってエルバティア人が焦げて倒れた。魔術、奇跡、アルベリーンの裁きの雷!?

 敵の生き残りが逃げ込んだ、砲撃で崩れていく城の門の前に槍を持った、全身を甲冑で覆ったいかにも鎧騎士って感じの敵が立ってた。何かちょっと場違いな感じ。 

 治安維持警察官が遠くから銃撃を仕掛けたら、何でか知らないけど外れてばっかり。そして狙って銃撃したら、反撃に城壁の上にいる、また全身を甲冑で覆ったいかにも鎧騎士って感じの敵が長弓を構えて矢を放ち、樽とか木箱どころか家の壁もぶち抜く矢を放った。飛ぶ矢の軌跡が、降る雪を渦に巻いて、そう見えるのは身体に突き立って抜いて地面に縫われた後。

 あれはとっても危険だね。エルバティア人が城壁の上の長弓の敵に矢を放つけど、これも雪がとんでもなく舞い上がったと思ったら矢も反れる。銃弾も反れるのか当たってる感じがしない。ガダモンの追い風?

「僕、砲兵にあの敵の場所連絡して来る!」

 ジーくんが馬を走らせた。ジーくんはストっくんお兄ちゃんから砲兵との連絡手法、弾着観測技術を教えて貰ったって言ってたからきっとやってくれる。

 軽砲は変わらずに城を崩していくけど、狙いは塔だとか砲台が中心、あの敵二人じゃない。

 また裁きの雷! 耳がびっくりして目がチカチカする。門の周辺に集った治安維持警察隊が後退を始めて、槍の敵が前進を始めた。

 雷がおっかなくてちょっと隠れたままだったけど、ジーくんが砲撃位置を修正してくれるはず。

「メーくんは隠れたままね」

「分かってます」

 デッカイアレスを持つ。歩き始めた槍の敵に、振りかぶって中折れ鉄棒をブオンブンって投げる! それからブットイマルスを持って走る。

 突撃兵心得、砲撃に合わせて前進。飛ぶ衝撃の一撃で麻痺させ、後の走る衝撃で確実に潰す。今回はデッカイアレスの投擲を砲撃に見立てた。

 バチっと電気がデッカイアレスに走ったみたいだけど、槍の敵に当たった! 槍の柄で防いだみたいだけど折れ曲がって、回転するデッカイアレスは勢いがそれで余り消えず、柄を回りこんで脇腹を叩いた。

「どおりゃー!」

 脇腹をデッカイアレスに打たれ、一瞬腰を曲げる槍の敵にブットイマルス! 頭を叩いて圧し潰して、首だけに衝撃が掛かって下に千切れ飛んで地面にガチン! ってぶつかる。首無しは膝を突いて動かなくなる。

 メーくんの方から銃声、長弓を構えた敵が頭から火花出して仰け反りつつ矢を放って、ブットイマルスを盾に防ぐ、体勢崩れ!? 立て直す。弾いた矢が宙を舞う、矢の軌跡が渦に降る雪を舞わせた。追い風に乗った矢だ。危ない。

「姉さん、もう戻れ!」

「うん!」

 馬上で長騎兵銃に弾薬装填してメーくんの方へ、ブットイマルスを盾に、頭を振ってる長弓の敵の方を警戒しながら後退り。

 また長弓の敵がこっちを狙い、止めてメーくんへ。メーくんはその姿を認めたら直ぐに物陰に馬を走らせて隠れる。上手い!

 長弓の敵はこっちを狙ったり、別の治安維持警察の人を狙ったりちょっと忙しくなる。槍の敵をほぼ一発で殺したからこっちへの警戒が強くなって上手く戦えなくなったみたい。

 城下町の住人や足手纏いの民兵達が群衆になってガヤガヤ騒ぎながら城の方へ塊になって向かってきた。両手に盾を持って、光の盾、盾の聖域を展開しながら護送している盾の敵が見えてくる。この敵も全身を甲冑で覆う。聖シュテッフ報復騎士団で流行ってる? メーくんの撃った新型銃弾を食らっても弾き返しちゃうような兜だからかなり現代的な装備みたいだけど。

 盾の敵は、逃げるガヤガヤの人達を守る。追撃に銃撃中の治安維持警察の銃弾は全て弾き返しているみたい。エルバティアの豪弓も通じていない。あれに敵の銃兵隊でも合わさればかなり厄介。民兵が応射してるようだけど、群衆に揉まれる感じで撃ってる感じであまり脅威に見えない。戦法が悪いのかな?

 盾の敵と群衆が城門に差し掛かる。長弓の敵が、やっぱりこっちを警戒しながら追撃中の治安維持警察に矢を渦巻く追い風に乗せて射る。威力は凄いし早くて命中率も高いけど、でも所詮は一人。もっと数が用意出来ればかなり危なかった。

 雪空に黒く煙が咲いて風に流れて消える。盾の聖域が群衆を降り注ぐ榴散弾の雨から守る。範囲外に落ちた散弾が雪を跳ねる。

 ジーくんの弾着修正情報が軽砲兵大隊に届いた! でも盾の敵が散弾を防いでいる。その間に群衆は門を潜って城に逃げ込む。砲撃で崩れてる城だけど、完全崩壊しているわけじゃないし、地下室でもあればしばらく避難出来る。

 城への収容が始まって民兵が城門前で密集隊形を、盾の聖域の傘の下で組み始める。城壁の上には民間人と入れ替わるように正規の銃兵、剣を振って督戦する指揮官、アイラアラセ城領の騎士爵達も現れ始めた。盾の敵が駆けつけたことで勇気を取り戻したらしい。使ってるのは旧式小銃が多いけど、城壁、高所から撃つとそれなりに効力を発揮して新式小銃を使う治安維持警察と割と互角に撃ち合い始める。市街戦だから結構隠れるところが多くて、正面から撃ち合ってバタバタと互いに倒れる感じにはならない。

 どうにかして打開出来ない?

「メーくんどうしよ? 流石にあれに突っ込むと無謀だよね?」

「時期を待って下さい。ジールトが今、砲兵に弾着観測情報を送ってます」

 ジーくんが、外城壁の上、加えて馬の背に立って手旗信号を振ってる姿が見えた。おー、ストっくんお兄ちゃんに教えて貰った技術ってのがあれだね!

 榴散弾の黒い雲が消えて、盾の聖域が爆発。一発で盾の敵が引っ繰り返った! 盾の聖域が無くなり、密集隊形を組んでいた民兵が榴弾の直撃を受けて肉片散らして崩れ出した! 砲兵さんとジーくん凄い!

 民兵が砕け散って逃げ出す。城壁の上にも着弾があって正規兵が射撃を中断してしゃがんだりこけたり、弾殻片に石片を浴びて血を飛ばす。逃げようと背を向けた長弓の敵の左膝が折れ、膝を突いて止まる。

「良し、狙ったところに当たる」

 メーくんが長騎兵銃で装甲の無い左膝裏を狙撃。至近に着弾した榴弾の爆風で、人形みたいに手足を投げ出しながら長弓の敵が吹っ飛んだ。

 続く砲撃で民兵が死ぬか逃げ出す。正規兵に、剣を持って督戦していた騎士爵指揮官の立っている姿も消え、何とか立ち上がろうとした盾の敵も榴弾には適わず、盾の聖域をあっという間に小さくして、自分を守るのが精一杯になり、逃げようとしたところで直撃を受けて胴体手足を千切れ飛ばして砕け散った。

 少し敵のいないところを榴弾が叩いてから、叩く場所が城へ移る。ジーくんは弾着観測とその修正情報を送り続けている。

 うーん、ここで新型の組み立て式長距離重砲があれば一気に建物がぺしゃんこになるんだろうけど、軽砲だけだとちょっと時間が掛かるかな? ピャズルダの条約の関係であまり正規の大軍、精鋭部隊を送り込めないらしいからしょうがないんだけど。

 新しい敵が出てきた。城の方から、長い柄の金鎚を持ったまた全身を甲冑で覆った鎧騎士。そして一人。榴弾の弾着の中を一気に駆け抜けて、こっちに一直線、あ、目が合ってる!

 榴弾は都合良く常に降ってるわけじゃないし、着弾しても丁度良く敵に当たるわけでもなかった。

 金鎚の敵の、金鎚の先が燃え上がる、松明? そして振りかぶって、まだ距離がある。ブットイマルスを構える。まだ距離があるのに踏み込んだ、今振る? 投げる? いやあれは魔術、奇跡、有名な裁きの雷、追い風、盾の聖域と来たら。浄化の炎!

「逃げろ姉さん!」

 振り返る。メーくんはもう馬首を返して、後退に馬を走らせながら体を捻って背面銃撃姿勢。

 走る。地面の土を足の指で掴んで掻いて全速力で後退!

 直接見えないけど、背中に熱波、雪が赤く照らされる。メーくんが銃撃。カンって鳴って「まだ生きてる」と報告。あの甲冑、かなり頑丈。普通の人なら動けないくらい重たいんじゃない?

 浄化の炎に煽られた風が雪を吹き飛ばす。踵で地面を削って停止、振り返る。道の脇の建物に引火してる。

 突撃兵心得、素早く前進、素早く後退。一撃離脱は攻撃の機会を増やし、実質の攻撃力を増加させる。また砲兵と連携すると尚良し。

 デッカイアレスが無い、無いならブットイマルスをズオングワンって投げる! 近くに転がってた死体を掴んで走る!

 横薙ぎ回転のブットイマルスがぶっといままに金鎚の敵に迫り、横っ跳び避けられたけどもういっちょ死体を、一回踏み込んで回転つけて投げる! 避けて、体勢が固まったところに死体直撃、転ばした。

 メーくんが馬を走らせ、弓を馬上で構えて倒れた金鎚の敵の横を走り抜け様に、兜の開いた目の部分に矢を突き立て、小路に曲がって姿を消す。

 近くの建物の煉瓦を穿って剥がす。顔に矢が突き立ったまま起き上がろうとする金鎚の敵に投げ、バカンって倒す。また起き上がろうとして、また煉瓦を投げてバコンって倒す。簡単に死なないけど牽制を続ける。

 重たい物をゴリゴリ引きずり、跳ねる音が背後から。

「姉さん、鉄棒だ」

 メーくんが、投げ縄に縛ったデッカイアレスを引きずってきた。槍の敵にぶつけた奴をサっと回収してきたみたい。名人!

 デッカイアレスを手に持つ。金鎚の敵は這いながら建物の陰を行こうとする。

 踊るみたいに一回転しながらデッカイアレス! 建物の壁を突き破って抜けた。

「あれ?」

「さて、近寄っては駄目です。あの炎の薙ぎ払いはかなり範囲が広かった」

 メーくんが長騎兵銃を構える。這う姿勢は背中を上に向ける姿勢。

 装甲の無い右膝の裏に銃撃。馬上から銃床を地面に突いて再装填、左膝の裏に銃撃。馬上から銃床を地面に突いて再装填、大分鈍く這うようになった金鎚の敵の、鎖帷子だけが見える首の横を銃撃、動かなくなった。

「やった?」

「毒矢が即効しなかった。尋常の人間ではないのでしょう。ちょっと、距離取って観察しましょう」

「うん」


■■■


 その後、砲撃が一段落してから治安維持警察がアイレアラセ城の残骸に突入。万全を期して床ごと爆薬を仕掛けて床ごと地下室などを潰すように爆破。残敵掃討は順調に終わった。

 結局奇跡を使う強敵の鎧騎士はあの四人だけで、情報局の方で正体を調べるようだけど、たぶんその結果はこちらには知らされないと思う。

 それから各地に潜伏、降伏してきた聖シュテッフ報復騎士団残党の逮捕者を公開処刑。処刑場には冬にも拘わらず色んな国の人達が集った。新聞記者さんがたくさんいて、絵を描いたり文章書いたり、色んな人にお話し聞いて回ってた。

 ただ殺すのは勿体無いからってエルバティアの鷹頭さん達の成人の儀式を兼ねた。逆さ吊りにしてお腹を啄ばんで肝臓を生で食べる儀式。生で食べてお腹壊さないかな? 慣れれば平気なんだけどね。ミーちゃんは絶対に火を通した肉じゃないと食べなかったけど。

 アイレアラセ城の城主は不在になったから、新しい司教さんをアタナクト聖法教会から出して割り当て、アイレアラセ司教領として再出発。城も潰れちゃったしね。

 アイレアラセの乱の影響らしいんだけど、イスタメル州でイスタメル公国の残党軍が反乱を起こそうとして直ぐに鎮圧されたって話が流れてきた。

 まだいたんだね! ちょっとびっくりかも。

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