第263話「多正面作戦」 ゼクラグ
魔都へ出張していたベルリク=カラバザルが魔神代理領中央政府から正式に帝国連邦総統と承認されて戻って来た。組織自体は承認を確認する前から稼動していた。これより名実が伴う。
帝国連邦軍務省が発足した。
軍務長官はラシージ親分が務める。遊牧民に対して不足する権威は総統が補う。
中洲要塞を総司令部とする。首都バシィールは領内各地と連絡を行う上で立地があまり良くない。
軍務省の主要部局。
総司令部。軍務省業務を総括。軍務長官が指導する。軍事における最高機関。
前線司令部。前線において全軍指揮権を持ち、元帥を兼ねる総統が指揮。総司令部が優越するので現場裁量権を具体化したものである。
方面軍司令部。平時は担当方面地域の防衛を担当。戦時は総司令部指導に従い、前線においてはまず前線司令部に従う。
軍令局。軍務長官が示す戦略目標を達成するための作戦計画を立案して具体化する。修正案も随時研究、立案する。
軍政局。軍務長官が示す基準を満たす軍を編制する。交戦して損耗している軍を立て直して基準まで復帰させる計画も担当する。
情報局。軍務省に必要な情報を収集する。地図課や戦術研究課が主な下位組織。
教導団。軍の教育訓練、演習指導に当たる。軍政局下位組織に組み込むかは議論があったが、演習指導のまま実戦へ移行した先のオルフ内戦ヤゴール戦線の事例もあり、総司令部下部となる。
これから編制される方面軍の雛形となるマトラ方面軍。基準の定数五万。
方面軍司令部、第一一師団、第一二師団、第一三師団、第一四砲兵師団と第一○一独立工兵旅団、第一○ニ独立山岳旅団、第一○三独立武装補給旅団から成る。
方面軍司令部。大将が司令を務め、司令補佐の幕僚がつく。
砲兵管理部。砲兵中将が部長を務め、副司令を兼ねる。部長は方面軍隷下の全砲兵に対する優先指揮権を持つ。
憲兵大隊。方面軍内部の秩序を保つ。また占領地等における治安維持活動を行う。
偵察中隊。最精鋭の偵察兵で組織。偵察行動を行う。
工作中隊。部隊が必要とする物品を生産する。
管理中隊。方面軍の総合的な会計、補給業務を行う。
衛生中隊。医療、健康管理を行う。
音楽隊。軍楽演奏を行う。
師団の基準定数一万。師団長は少将。
通常の師団は二個歩兵旅団、一個砲兵旅団、一個騎兵連隊、一個後方支援連隊で構成。
砲兵師団は二個砲兵旅団、一個重砲兵旅団、一個騎兵連隊、一個後方支援連隊で構成。
旅団の基準定数三千。旅団長は准将。
歩兵旅団は二個歩兵連隊、一個軽歩兵大隊、一個軽砲兵大隊で構成。
砲兵旅団は二個砲兵連隊、一個弾薬大隊、一個工兵大隊で構成。
重砲兵旅団は二個重砲兵連隊、一個弾薬大隊、一個工兵大隊で構成
独立旅団の基準定数四千。独立旅団長は准将。
独立工兵旅団は三個工兵連隊。一個後方支援大隊で構成。
独立山岳旅団は三個山岳連隊。一個後方支援大隊で構成。
独立武装補給旅団は三個車両連隊。一個後方支援大隊で構成。
基本的な戦闘要領。
偵察隊、騎兵隊を先行させて偵察、斥候伝令狩りをさせる。状況に応じて挺身作戦も行い、敵陣地後方で陽動、かく乱、破壊工作も行う。
また騎兵隊は後方連絡線の警戒も行う。前線にて輸送業務を行う独立武装補給旅団も、本業務に差し支えない程度に後方連絡線の警戒を行う。
軽歩兵大隊は散兵網を構築して本隊より先行。撃破可能対象は撃破する。撃破不能対象と遭遇した場合は足止めするか迂回し、上位の旅団に応援を求める。旅団で対処困難な場合は上位の師団に応援を求める。師団で対処困難な場合は上位の方面軍に応援を求める。
対象が大部隊、都市や要塞等であれば砲兵隊を適宜投入する。大規模な砲火力が求められる場合、砲兵管理部長が方面軍隷下から砲兵隊を対象規模に応じて召集し、一時的に集中運用する。
追撃戦では歩兵を主力とし、騎兵を補助とする。我が歩兵脚力ならば人間相手でも十分に徒歩で追える。
先鋒を務める快速軽装部隊が先ず敵と接触し、対処が出来なければ上位組織の判断で適宜重武装部隊を送り込んで必要投入戦力を極小化する工夫がされる。必要以上に戦力を投入しなければその分だけ多くの予備兵力を確保することが出来て、遊兵の削減が可能。実質的な兵力の増強が実現する。
可能な限り短時間で必要な投入戦力量を見極められるかが指揮官達に求められる能力。何が必要か明確であれば意識の向上も難し過ぎるわけではない。その判断材料を提供するのが偵察隊、騎兵隊、軽歩兵大隊の威力偵察だ。
軽歩兵隊は歩兵隊のように突撃分隊、突撃砲分隊、重小銃分隊、擲弾銃分隊、迫撃砲分隊、火箭分隊、火炎放射器分隊のような重装備分隊を保有しない。隠密行動用に弩分隊を少数保有し、個人装備も減らして軽量化されている。また選抜射手比率は歩兵隊より多い。
歩兵隊は従来の編制より軽砲装備が排除された代わりにその他重火器の充実で火力を底上げした。従来の歩兵と比べれば重歩兵と呼称して差し支えない。
編制表上歩兵戦力に不足が見られるが、ゾルブ司令の方針により全兵士が銃兵訓練を受け、装備しているので実態として問題無い。
マトラ、ワゾレの山岳地形に鑑み、騎兵戦力は完全に補助戦力とする。レスリャジン的な大規模騎兵運用は別の騎兵軍に任せる。
随伴工兵は歩兵隊に配属される。銃火の中最前線で簡易工兵作業をする他に、毒瓦斯弾、火炎放射器、火箭等の特殊兵器を取り扱う。
工兵は基本的に戦闘はせずに工事作業等に従事する。地雷工兵は大規模作業を必要とし、工兵に含まれる。
後方支援隊は憲兵、会計、補給、衛生、炊事、弾薬、通信等、戦闘部隊を総合的に支援する兵科を一まとめにした部隊。全般的な機能を最低限保持する。
会計、補給業務は司令部管理中隊を頂点にして、各部の後方支援隊の担当部署が行う。財務省経由の補給物品の送受、管理は司令部管理中隊が責任を持つ。
大規模な兵站業務は財務省補給司令部が統括する。
四十七年式施条銃は火打石式から信頼性の高い雷管式に全て移行。簡単な部品交換で対応。雷管の量産の目処が立ったおかげだ。
四十七年式狙撃施条銃。偵察兵、選抜射手向けに配備が完了。
マトラ=ダフィドルゴー四十九年式突撃拳銃の配備。突撃兵の全拳銃を前装式単発拳銃から、回転式六連発拳銃に変更した。本体は防具としても扱われ、肉厚頑丈。台尻で殴るのを前提としてそこも頑丈。装薬量は少なめ。連射力向上、制動制、暴発率低下を重視。
原型になったランマルカ製のダフィドルゴー三十二年式回転式拳銃は士官用装備に導入される。
突撃兵の棍棒はバネ柄になり科学的に慣性能率を優良とした新式棍棒に変更。
毒瓦斯弾の導入により、全兵士は防毒覆面を装備する。目と呼吸器に毒瓦斯、悪臭煙が触れないように密閉性の高い覆面で、目の部分は厚い強化硝子。吸気弁と排気弁の分離、活性炭を利用した無毒化用の吸収缶の構造が毒瓦斯から装備者を守る。
防毒覆面は呼吸が辛く、これを装着して長時間活動、特に運動は厳しい。ただ毒瓦斯噴霧地帯では呼吸すらままならないので動けないよりはマシである。
火炎放射器の実用化。燃える液体燃料を放射する。部品は大きく放射機、燃料管、調整弁、圧縮空気缶、燃料缶に分かれる。開放された圧縮空気が燃料を押し出す仕組みで十五イームぐらいは飛ぶ。乱戦では使い辛いが建物や塹壕に篭る敵を一掃する兵器としては有望。従来、要塞のように攻略が難しかった建物や塹壕が逆に敵を一網打尽に焼き尽くす窯になり、弱点にすらなる。
砲の役割に変更が加えられた。以前までに重砲、大砲、臼砲、歩兵騎兵兼用の軽砲、山砲、旋回砲があった。
以前の重砲は取り回しが中途半端なので要塞砲として運用される。名称も要塞砲とする。生産数も少なく、また再度生産する予定は現在無い。最新の組み立て式長距離重砲を今後”重砲”とする。
軽砲の取り扱いも変更される。歩兵隊の直接的な火力増強手段の歩兵砲として今後は運用されない。歩兵旅団において大隊単位で機動的で最低限の持続的火力の発揮手段として集中運用される。または騎兵砲として運用される。
新たな歩兵砲として突撃砲が配備される。突撃隊装備。後装式で軽量小口径。火薬は弱装で近距離戦を想定。銃弾対応の防盾が付き、車輪があるので一人でも、二人ならば安定して押して運べる。砲撃の反動を殺す二脚を後ろに広げて接地して不動のまま射撃継続可能で、後装式であり防盾に隠れながら撃てる。突撃砲は単純直接照準射撃の兵器なので取り扱い説明書以上の指導は不要。
組み立て式長距離重砲。分類としては臼砲になる。こちらの生産、導入、訓練は時間がかかる。これが帝国連邦軍再編第一段階の終わりを決める。
ゲサイル教導団砲兵部長も勉強し、先のオルフ内戦でこちらに避難して来た革命前進軍の同胞砲兵、技術者達から技術を教授して貰っている最中。砲兵工廠技術者の意見も取り入れつつ、まずは二方面軍分、四個重砲兵連隊分の砲と人員を確保するように手配している。
一個連隊あたり二十門。それから教導団用にも二十門。予備、破損分も加味して来る西マトラ奪還の日までに揃えて貰いたい。
今までに無い試みとして術使いの募集を大々的に開始した。大奇跡、集団魔術部隊を我々は保持していない。グラスト分遣隊は傭兵に近く別組織。
術使いに対して火力を望むのは今の段階では否定される。火器で十分代用可能。であるから特殊作業に従事する工兵としての術使いを集め、術工兵を育て上げる。
領内から術使いの人間、妖精、獣人を募集。まずは各々、何が出来るかを選別する。そして魔神代理領から術使いに長ける教官を招致して使える術の幅を広げ、専門性も高めて貰う。そうして術能力を強化してから工兵技術を仕込む。
画一化された能力も教本も作り辛いが、運用実績が積み重なれば十分に安定した戦力になれると魔術と工兵の教導官からは評価を得た。
術工兵は建設を主任務にする工兵、戦闘補助を主任務にする随伴工兵双方に能力に応じて配置したい。ただ人数がまとまるまではどちらか一方に集中配置することになる。今のところは建設の工兵と考えるが、適正は考慮する。
ワゾレ方面軍はマトラ方面軍と同様の編制とする。
第ニ一師団、第ニ二師団、第ニ三師団、第ニ四砲兵師団。第ニ○一独立工兵旅団、第ニ○ニ独立山岳旅団、第ニ○三独立武装補給旅団。編制表の上では単純に番号が違う程度。
この両方面軍の編制を帝国連邦軍再編の第一段階とする。
これが今出来る最善。未来の賢者ならば如何様にでもこれ以上の最良を指摘出来るかもしれないが。
マトラ軍は常に進化し続けてきた。編制に操典に装備の移り変わりようは、定義によるが五世代分はある。十三年程前までは槍や鹵獲した火打石式小銃で這いずり回っていた小さな民兵集団だったが、今や世界一とも言える火力機動力を備えた大型現代軍へと進化した。平均的な他国軍を現代軍とするならば近未来軍と言うことも可能である。
絶えず前進的に軍事科学を研究し、基準を改定してきた。その度に全軍に対して再訓練を施してきた。古い制度を守らず、新しい制度を作り続けた。全ては勝利のためであり、守旧的な愚か者が陥るような制度を守るためだけの研究をする存在になることを回避してきた。
大変な労苦であったが、今となればあのベルリク=カラバザルの軍政部への無茶に思えた要求の数々も可能な範囲の極限を示していたように思える。彼としては見極めが出来ていたというよりは、感覚的にその辺りを察知していただけだろうが。
不断に追究を止めぬ先進科学主義が獲得した成果がこの帝国連邦軍となる。これからもこの研究結果に満足せず、常に先を行く軍を更新し続ける。永続的軍事革命が同胞同志を永遠にする!
マトラ、ワゾレ方面軍編制を基礎に、再編の第二段階における編制予定の軍は三つある。
中央軍。ベルリク=カラバザルの直轄。旧イスタメル州第五師団を中核にレスリャジン部族軍、ギーレイ族の黒旅団等、総統の息が掛かった直属親衛部隊で固められる。
中央軍には前線司令部が設置され、また全軍の砲兵指揮を執る砲兵司令部も設置され、ゲサイル砲兵部長が副司令として――平時は砲兵部長であるが戦時は砲兵司令になる――着任する。
予定ではダグシヴァルなどの、扱いが少々面倒な者、ベルリク=カラバザルの命令じゃないと素直に従わないのではないかと怪しい様子の軍も編入させる。方面軍の枠組みから外れるような軍を一括管理する枠組みでもある。一応はスラーギィ方面軍という感じではあるが、防衛作戦を意識した方面軍とは扱いが違って攻撃的。
シャルキク方面軍。編制次第、自分ゼクラグが指揮する。ユドルム方面軍。東方遠征旅団を中核にしたままストレムが指揮する。この両方面軍はマトラ、ワゾレと違って歩兵より騎兵戦力が主力になる。担当地域には騎兵戦力としての遊牧民が多数いるためだ。遊牧民ばかりではなく定住民も多数いるのでその中から人間の歩兵も集める。遊牧騎兵も乗馬歩兵として運用可能なので歩兵戦力が不足するということはない。砲兵などの専門的な部隊は、とりあえずこの初期段階においては我々妖精が担う。人材育成が進めば勿論その限りではない。
レスリャジン部族は我々のやり方に慣れているのでこれらの編制に加えても混乱は少ないが、新しく傘下に下った者達には凡そ通用しそうにない。ゾルブ教導団団長が、ヤゴール軍の教導を行った教訓を元に東スラーギィ以東の全部族に、その我々のやり方が通じるようにして貰った後に行う。であるから第一と第二段階は分離した。
中央軍、シャルキク、ユドルム方面軍の編制が成功してから、まだ構想段階ではあるが、ラシージ親分が編制したいと考えている軍は更に二つある。
未定の第三段階としてヤゴール、イラングリ方面軍の編制である。
現状、ヤゴール王国はヤゴール王国軍、チャグル王国軍はチャグル王国軍として大きな兵力を持って指揮系統も軍務省からは実質独立している。勿論ベルリク=カラバザルには従うし、こちらの妖精軍とも連携はするのだが別物だ。ムンガル族、プラヌール族も東部国境に移ってからは独立傾向を高めている。
帝国連邦がこれからどれだけ内部を、国内勢力を中央権力の元に統制するかによって決まる。第三段階が出来る状況ならば、二つの方面軍を新設した際に再度部隊配置を換えても大きな混乱は無いと思われる。第二段階の編制が完了すらしていない状況ではあるので、続報を待つより他は無いのだが。
悲願のバルリー攻撃、西マトラ奪還作戦を遅延させないように帝国連邦軍再編を行うにあたり、第一段階の終了を持ってマトラ、ワゾレ両方面軍で西進を開始する予定。
予備として旧イスタメル州第五師団、レスリャジン部族軍がスラーギィで待機する。一部はベルリク=カラバザルが直率して作戦に参加する。
帝国連邦は発足したばかりで政権は磐石とは言い難く、ベルリク=カラバザルなど戦争が楽しめると内乱予防に関しては気配りをしている感じすらない。嫁の内務長官など弾圧を好んでいるらしく、わざわざ潰すために内乱を煽っているのではないかというふしもある。
オルフ内戦は終結に向かうも完全に終わっておらず、南メデルロマでは国境紛争中で、オルフとヤゴールの国境線は未画定で、スラン川を挟んで龍朝天政とは険悪、その上流のダルハイとムンガル方面では一応の停戦はしたが領域争いが継続中。信頼出来る後方戦力は外せない。
シャルキク方面軍司令ゼクラグ大将になるまでこれらの仕事が続く。軍政局に配属された者達も育って来ている。この第一、第二段階の再編でもって軍政における後継者指導を終える。
戦場も軍も拡大の一途。方面軍司令を任せる将官需要を満たすにはまず後継者育成しかないのだ。
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夏の内に帝国連邦軍再編計画第一段階の、具体的な命令書が全て発行された。計画策定段階において、先行しても良いと判断した命令は発行されており、人員物資の配備は壮大さに比べて進み具合は速い。
後は現場で編制され、指揮系統を整理し、訓練を通じて運用を確かめているボレスとジュレンカから不備があればその要請に応えるだけである。懸念事項としては生産が始まったばかりの組み立て式長距離重砲の調達が最後の方に回ってくるので、重砲兵の訓練が他兵科よりも遅れてしまうことだろうか。教導団砲兵部とランマルカ軍事顧問団が既に教導しているが、砲数の不足、代部品の供給不足はそれに悪影響を与える。
オルフ内戦への介入が終了した春から中洲要塞にて再編の仕事に当たっている。
中洲要塞は現在、大規模拡張工事が行われている。増水作戦、氾濫洪水に備えた護岸工事を基礎に両岸要塞が増築される。
西岸要塞は補給基地、物資集積地点としての特性が伸ばされる。以前よりオルフ、マトラ間の南北貿易――戦中はこの線が争点になった程――の中継地点であること。そして今後はワゾレ、西マトラとの物流拠点にもなること。西方遠征作戦を行うことになれば数十万の人と馬と火器を通さなければならない。
東岸要塞は大規模に拡大される。まずは平時向けにレスリャジン部族軍の集結地点としての機能が求められる。また軍務省総司令部機能もここ東岸要塞部に設置される。今はバシィール城に機能があるが移転中。軍務長官がバシィールで業務を行うこともあるので、総司令部の支所程度の機能は残す。次に東西に長大となる帝国連邦を横断する鉄道の西端基地となる。鉄道車両の整備工場だけではなく、生産、組立工場も備える。給炭基地も必要。物資集積地点としては西岸が中心になるが、東岸も長大な東方諸地域から軍勢を集め、西岸に渡す時に一時待機する場所になるので相応の施設が必要になる。
当然東西を繋げる機能も求められる。まだ建設中だが組み立て式長距離重砲を、あまり気を遣わなくても渡せる規模の可動橋。また緊急展開時に限られるが河川艦を使って素早く船橋を組み立てる組織。
中洲要塞は陸地との繋がりが無いので使い勝手が悪くなっている。この中州は川に囲まれた島になることによって、不便を受け入れて防衛力を獲得した要塞だ。
可動橋は長くなり過ぎると建設、運用に問題が発生する。両岸を一本で繋ぐのではなく、中洲を経由して二本で繋ぐ。繋いだ部分に障害物があってはいけないのでその部分は平らな道路に改装する。改装工事に当たって城壁や住居は撤去、防衛能力は排除する。壁は全周撤去し、代わりに可動橋のためにも護岸工事。混雑を出来るだけ排除するために建造物は最小限、住人は完全に移動させる。橋脚以上の能力を最終的に持たせない。人の住む町にすると軍事施設としての能力が落ちる。
総司令部移転の一環として、実際にその運営を行い、血を通わせて実体化させている。帝国連邦軍再編計画第二段階を実現する具体的な命令書作成のための資料編纂活動。人と物が実在するか文書交換で確認し、不足するなら穴埋めをするための命令を出して充足させ、数値が充足したなら他の作業進捗状況とすり合わせを行った上で計画推進中に少しでも編制作業を進めるための命令書を発行する。第一段階は命令書の発行が済んだだけで人と物は移動、集結中で、動くのだから何がしかの問題が不定期に発生する。発生した問題が現場で解消出来ないのならばこちらで対応策を練って命令書を発行して何とかする。こうすることで新たな文書交換を行う伝令網、神経が再構築される。伝令の移動手順が最効率を目指して改善されていく。初めの内は鈍重でも、作業を繰り返して改善点を見つけていけば快速となる。
これらの大規模作業はこうした移転作業とも重なり、一季節程度では終わらない。
バルリー攻撃、西マトラ奪還作戦が延び延びになっているのが気懸かりだ。境界線での紛争が始まって一年は経つ。ベルリク=カラバザルの思惑では、まだまだバルリーに防備を強化させても問題無いと判断しているようだ。
合理的ではない彼の趣味により、強い敵と戦いたいという欲求を満たす考えと推測される。
また挑発行為を長期に続け、財政危機に陥る程に戦力を増強させ、軍部や国内世論的にも開戦不可避の状況においやり、破産して潰れる前に先制攻撃をさせて国際世論にバルリーが悪者、侵略者であると喧伝する意図も推測される。魔神代理領の指導ではこちらからの先制攻撃は厳禁なのでこの方法は悪くない。
神聖教会圏諸国に対して、あの傭兵稼業で精強と知られるバルリー共和国でさえ赤字財政に陥ってまで揃えた軍勢を帝国連邦軍が蹴散らしてしまったということを宣伝し、軍事力を具体的に誇示して外交戦略上の材料にする心算かもしれない。敵、仮想敵に恐怖を植え付けるのは帝国連邦の方針に適うので合理的である。
そもそも西マトラの奪還は悲願であるが、数ヶ月程度遅れたところで何か実際に損失を被るわけではない。こう考えれば作戦開始の延長に対する不安はただ感情的なものであって合理ではない。
ベルリク=カラバザルは態度どころか言動からもその趣味を隠すことはないので惑わされてしまった。趣味と実務を兼ねる才能がある、と言って良いのか? 少々疑問だがその気は感じる。
最上位同胞でも無い人間のくせに、こう、精神を侵食してくる奴だ。
「ごっはんだ! ごっはんだ! あったか美味しいミーちゃんご飯だ! パンが可愛い、ミーちゃん可愛い、ジーくん可愛い、ゼっくん可愛い、おっ昼ごーはーんーっだ!」
毎日やかましいサニツァが総司令部に食事を持ってやってきた。くまさんパンに具の多い肉と豆と野菜の汁。量と質は労農兵士のための栄養基準を満たしている。昨日は人面を簡略化したにこにこパンだった。
サニツァの運用費用として自分と彼女の擬似家族の非定期的な結集が望まれている。
自分は何れシャルキク方面軍司令として着任し、根拠地をイリサヤルに移す予定。そしてサニツァであるが情報部こと、現在のマトラ共和国情報部より高く評価されてほぼ正式配属状態にある。接点がほぼ無くなり、軍組織は拡大したとはいえまだまだ有用なサニツァの離反を招くのは避けたいところである。その解決策がミリアンナの、拡張される東岸要塞炊事部隊への異動だ。
シャルキク方面軍司令として軍務を行うにあたり、年に数度であると思われるが軍務省総司令部に出向くことが予測される。サニツァに対しては不定期ではあるが休暇が出される。休暇中は基本的にミリアンナか自分のところに出向いてくる。イリサヤルは遠隔地過ぎるため、東岸要塞辺りに居れば任地から著しく離れるということもなく休暇を移動のみに潰すことも無く、接点が生まれるという判断。
ジールトに関しては勝手気ままにあちこち動いて回っているので管理不能。自分の手で殺した龍人の角を振り回して自慢か何かをしている姿は一月前程に見かけたが。
情報局からの配慮でサニツァは現在、対バルリー作戦から外れて中洲要塞拡張工事作業に従事している。局員によれば精神的動揺を負ってもおかしくない事態に巻き込まれ、擬似家族活動によってその動揺を抑え込むのが適当とのこと。全く人間は面倒くさい。
「ねえゼっくん、他所の国はご飯があんまり無いんだってね。大変だね」
「平均的に気温が下がって、日照量も減少、世界的に凶作だ。我等が帝国連邦は農作物を投機的に販売することなく全人民に分け与えるよう良識的な社会主義政策が取られているから大きな問題はない。食糧輸入政策も理解あるナレザギー財務長官が健全に調整しているから穀物庫が払底するような事態も突飛な事件が無い限り考えにくい。軍の再編も順調だから、緊急事態となれば隣国へ奪いに行けば飢餓の心配も無い」
「そうなんだ! 全人民を扶養して防衛するに足る生存圏の確保が決め手だね」
「ほう、理解しているじゃないか」
「えへへ! えらい?」
「一般教養の範囲だ」
褒められていると思って上機嫌にサニツァが笑っている。さて情報局員の言と指針を思い出そう。
「学習するのは素晴らしいことだ。全人民防衛思想に適った見解と認める。サニツァ、偉いぞ」
「やった、褒められた!」
サニツァがうるさく足で床を鳴らし始めた。
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冬になりオルフ内戦終結の報せが来る。オルフ人民政府の残党狩りは完全に終わってないと思うが、全領都の奪還と主要勢力の降伏は成し遂げたのだろう。拠点を失えば物資も失い、冬の飢えと寒さに殺される。それが分って降伏した者達も多いのではないか?
帝国連邦軍再編も中洲要塞拡張工事も順調。度々問題点が発見され改善される。問題点が発覚しないことを恐れるのならば順調だ。組織的痛覚の麻痺は崩壊の予兆である。
問題とは別に提案がされることがある。受け入れるかどうかは検討して実行、再検討のために一度差し戻して練り直させたり、現状にそぐわないので却下したり、とにかく無視はしない。
西マトラ奪還作戦に際し、ジュレンカよりワゾレ防衛隊の運用について相談があった。ワゾレ共和国エルバゾ大統領を指揮官とし、第三軸として攻撃に参加出来ないかとのこと。単純に攻撃正面が増えれば敵を混乱させることが可能ではある。
ワゾレ防衛隊は特殊である。ワゾレ共和国は交通に規制が掛かる閉鎖地域でそこに一般市民は存在しない。許可証を持ち、監視員を同道させ、指定された経路と施設以外を利用しないことで初めて一般市民や部外者が進入出来る。それ以外の存在は基本的に無警告で殺害することも厭わず捕縛する。不法侵入者の見分けがし易いように限定された同胞のみが居住し、盟友レスリャジン部族でさえも進入禁止。マトラ同胞でさえも許可が無ければ進入禁止だ。
住民は正規兵ではないが全て武装する労農兵士で、職場には常に武器が置かれた臨戦態勢を取って生産活動に従事し、生存圏を日々拡張、充実している。有事に召集されて民兵となる労働者とは別だ。
ワゾレ防衛隊は西マトラ奪還作戦時に無視出来ない存在であることは確かだ。作戦自体はマトラ、ワゾレ方面軍十万とベルリク=カラバザル直轄部隊で十二分と考えており、ワゾレ防衛隊は平時と変わらず臨戦態勢で地域防衛に専念するべきと規定されていた。
ジュレンカより作戦修正案が提出されているので感想を添えて返信する。まず地域防衛活動能力の低下は認められない。もし実行するのならば短期陽動作戦が望ましい。それ以上の規模になると両方面軍へ指揮上の負担が増え、機動力が減じる恐れがある。
感想を元に再考して、ラシージ親分に許可を貰うのは彼女がすることだ。
悲願のバルリー攻撃に参加出来ない可能性があったエルバゾとジュレンカが話をして、趣味と実務を兼ねる方策として編み出したのではないかと推測する。情報局によればサヴァルヤステンカの戦姫殿下はベルリク=カラバザルのような趣味人である。合理だけで動かない。エルバゾは行動自体は実務的な同胞だが、ランマルカの同胞同志に対する不信やバルリー人に対する嫌悪を隠すことが無い。その両者の考えが交わる時、そのような提案が生まれても不自然ではない。
マトラ方面軍が東から西へ正面攻撃。バルリー要塞線を粉砕し、首都ファザラドの陥落を目指す。
ワゾレ方面軍が北から西縁沿いに国境遮断。バルリー人の国外逃亡と外国からの介入を防ぐ。
ワゾレ防衛隊選抜隊が北西から、中央方向へ向かって短期陽動攻撃。ワゾレ方面軍には外縁部における非常に迅速な機動が求められるので、それを妨害するバルリー軍の注意を内側の反対方向に引き付ける役目を負う……というところに落ち着きそうだ。二人も趣味と実務を兼ねる才能があるのだろうか?
「ゼっくんゼっくん大変大変!」
毎日やかましいサニツァが総司令部にやってきた。警備隊長でもなければ早馬伝令でも無いので大変なことは無いだろう。
「ミーちゃんと結婚したいって男の人がいるの! どうしよ? 私お母さんだけど困っちゃった! ゼっくんどうしよ!?」
ミリアンナの年齢は知らないが、出会った時は既に口も利けて簡単な仕事も出来る程度の子供であった。あれから十三年か? 二十歳前後、人間なら一人二人出産していてもおかしくはない歳ではある。
民族、風習によって違いはあるだろうが子供の結婚相手を決めるのは親であることが多い。本人同士の意志が尊重されるかどうかまでは記憶が定かではないが、子供が親に働きかけるのは有り得る話だ。レスリャジン部族との交流を通じて知っている範囲では親が一方的に決めていたと思うが、しかし本人が嫌だと言えばその意見は蔑ろにされていなかったはずだ。専門分野外なので確たる答えが導き出せない。
「人間の結婚制度に詳しくない。有効的な参考意見は持たない。ただ一つ言えることがある」
「何?」
「相手の男が諜報員ではないかどうか確かめる必要がある。マトラ共和国情報局で重用されている軍務と労働英雄の娘、そして軍上層部で要職を負う私とも関連が深い人間。目を付けない理由は少ない」
「ホントだ! 情報局の同志ちゃんに相談すればいいのかな?」
「そうだ。まず悪意ある敵であるかどうかが決め手になる。この疑問が解消されなければその男がどんなに優秀であろうとも、当人同士がいかに結婚に前向きであろうとも決断は下せない。敵ならば逮捕は免れない。ミリアンナがその男に、洗脳若しくは知らない内に協力者として仕立て上げられる可能性は十分に有り得る。共に逮捕される可能性がある。敵は我々を害するためならば如何なる手段であろうとも講じてくる。情報局員に相談するべきだ。しなくてはならない」
「わかった! ミーちゃんを守るのが一番の大事だね」
「君の観点からならばその通りだ」
■■■
帝国連邦軍再編計画第二段階の、具体的な命令書が全て発行された。
マトラ、ワゾレ方面軍は内実伴った編制を完了。重砲訓練も定数揃って行われ、教導団も一緒に重砲を学び、そして西マトラ奪還作戦、実戦に参加する予定だ。帝国連邦軍として敵地に進出しつつ重砲を運用するという経験が無いため、それを獲得する目的がある。教導団が軍政局から分離されている理由の一つがこれだ。
第二段階における不備の修正、未定の第三段階を実行するための準備は軍政局に正式に配属される後継者に任せ、自分はイリサヤルへ出発する。
現地では既にシャルキク方面軍司令部が設置され、基幹部隊は仕上がっている。シャルキク共和国のセルハド大統領、方面軍に加わる部族軍の中でも最有力のヤシュート王アズリアル=ベラムトとの調整も定期的に行っているので突飛な事態も無いだろう。
サニツァは西マトラ奪還作戦が実行される段階になったので情報局から呼び出され、東岸要塞を去った。彼女の懸念事項だったミリアンナへ結婚を申し込んだ男に関しては諜報員という判定が下されて逮捕された。後の処分結果は知らない。
イリサヤルへ向かうために東スラーギィを渡る。昔はこの砂漠の通行は難しかったが、チェシュヴァン族が東スラーギィを整備したので道を間違えなければ苦も無い。
マンギリクにて一泊している時に訪問者があった。東スラーギィ軍管区長のニクールである。
「偶然居たと聞き、相談に来た」
「聞く」
「オルフ内戦終結の戦後処理の一環と思われるが、アッジャール朝による国勢調査、戸籍調査が南メデルロマで行われた。これでこちらの入植実態が明らかとなり、小競り合いに発展している。勢力圏は死守、敵は打ち払う方針で動いているが追撃は最低限、北メデルロマまでは越境しないよう厳命して紛争拡大を抑止。国境線の維持と主張を最優先にしている。南大陸から連れて来た連中は統率出来ているが、避難してからまだ留まっているランマルカ軍との意思疎通が完璧であるか自信が無い。亡命オルフ軍は統制が怪しいのでゼオルタイに置いて予備兵力にし、前線に置くのは控えている。アッジャール軍と交戦させると事情が複雑化するので避けている。総司令部に対策を講じて貰いに今行くところだった。主力の黒旅団は西マトラ奪還作戦に向けて配置についてしまっているから戦力が不足している」
持てる戦力を使った対応はこれ以上無く的確。流石は熟練の元奴隷軍人、官僚だ。
「時間短縮のため、総司令部は経由しないで直接ヤゴール王に連絡して東側国境に圧力掛けさせる。緊急事態であるから事後報告で大丈夫だ。シャルキク方面軍から動かせる部隊を集結させる。ユドルム方面軍に準備待機要請を出す。レスリャジン部族軍はベルリク=カラバザルがバルリーに連れて行かない分がいる。北関門警備分も外せないだろうが、分遣隊を出す程度の余力はある。伝令を借りよう。それから革命前進軍とは私が直接話す」
「その方針で行こう」
方面軍制度は多正面作戦に対応するための仕組みである。
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