第262話「建国後」 ゾルブ

 帝国連邦軍の編制という大事業に臨む。従来のレスリャジン部族軍、マトラ人民義勇軍という枠組みの延長線で考えるわけにはいかない。

 まずイスタメル州第五師団は解体されて帝国連邦軍に吸収される。練度装備共に相違が無いのでそのまま部隊に加えて問題無い。この従来の軍はワゾレ、バルリー、オルフのペトリュク方面で軍事作戦を遂行する。こちらはラシージ親分、ボレス、ジュレンカが担当する。帝国連邦軍の規模に相応しい新たな、独立性と機動性の高い、単独で一戦線を支えられる軍編制の研究も実戦を通じて行っているので、いずれ我々の研究成果を突き合わせる日も来るだろう。

 問題は一気に拡大した東スラーギィ以東の各部族軍の扱い。アッジャール式操典からマトラ=レスリャジン式操典に転換するのは難しい。いっそ何も知らぬ新兵の方がまだ教育しやすいかもしれない。

 まずはヤゴール王国軍に対して集中的に再訓練を行い、操典転換時における注意点を発見して効率的な方法を模索する。手探りになるのは致し方がないが、ここで手法を確立出来れば他の部族軍に応用が出来る。

 それからまたその先がある。ヤゴール軍の操典転換の経験を基に帝国連邦軍としての教育体系の確立に繋げる。同胞妖精だけではなく人間も教育する機関だ。一般兵の教育隊、士官学校、専門の術科学校、更に上級の軍大学まで作る。組織表自体は既にヤゴール出発前に作ったが、実際に誰を配置して誰を学ばせるかまでは決まっていない。同胞だけのための一連の教育機関の設立なら早期に可能だが、人間を含めたものとなるとそうはいかない。どうしてもここで、ヤゴール軍という全く我々の操典に不慣れな者達に教育を施すという経験を得てからではないと効率的な教育機関は創設出来ないと考える。

 他にもヤゴール軍を最優先で再訓練するには理由がある。エデルトに雇われて行われるオルフ作戦での都合上、オルフ人民共和国と明確に敵対してしまうこと。ヤゴールはオルフ領域と接しているために最優先で強化する必要性がある。

 それとは別にペトリュク方面からオルフ作戦を実行するラシージ親分の軍に対する支援として、ヤゴール軍の訓練をオルフ人民共和国との境界線で見せ付けて兵力を誘引して実働戦力を実質的に削るという作戦を兼ねる。これは開戦前から行っている。

 訓練用の教導部隊とは別に自分ゾルブとゼクラグの師団も演習に付き合うが防衛戦力として配置し、ヤゴール国境線上に防御施設を建造し臨戦態勢を取らせる。アッジャール朝と人民政府、どちらのオルフが勝利するにせよヤゴール西側に防御施設は今後必要となる。ペトリュク方面での攻勢開始に連動して人民政府がヤゴールへ攻撃を仕掛ける可能性もあるのでそれの備えでもある。

 これにて訓練と防衛、陽動作戦を兼ねてヤゴール作戦とする。可能ならば攻撃作戦も合わせてみたいところだが、ヤゴール軍の訓練結果次第であろう。実戦演習へと持ち込みたいが、所詮はエデルトの戦争で他人の戦争だ。弱い軍をわざわざ送り出して損耗するような戦いではない。存亡の掛かった国土防衛総力戦ではない。

 新式小銃が配備されることもあって、我が同胞銃兵達も訓練を要する。

 装填に筋力が通常より必要になる前装式の三十三年式ヤンフォールン施条銃から、マトラ国産の四十七年式施条銃に装備が変更される。後装式で銃口から弾丸を条痕に合わせて固く突き入れなくても良くなり、銃身の尾栓から装填するから少し習熟すれば圧倒的に装填速度が早くなる。欠点としては尾栓という構造が加わるので機械部分が複雑になって発射薬の爆発に対して脆くなり、火薬を多くして強装に射撃をしたりすると暴発の危険性が高くなることか。従来より少し装薬量を減らし、中近距離戦で装填速度を生かして弾幕を形成するという運用がされる。

 もう一つは前装式三十四年式ヤンフォールン狙撃施条銃に代わる、新式椎の実型銃弾に対応する前装式の、四十七年式狙撃施条銃。命中率と不発率の低下を考慮し、また将来性を見越して雷管式になっている。雷管の生産数がまだ少ないが、雷管式銃の普及数も少ないでそこは問題無し。この小銃の新型銃弾によって射程距離がほぼ旧式砲に匹敵する程に延長。偵察隊や狙撃兵用にまだ少数しか配備されていないが、研究も兼ねてこちらの部隊にも配備させた。

 それともう一つの型、四十八年式アッジャール長騎兵施条銃を持ち込んだ。四十七年式狙撃施条銃は妖精向けに銃身が短めだが、こちらはアッジャール式騎兵銃基準なので銃身が長い。従来の騎兵銃は馬上で取り回しのし易いよう、装填作業がし易いように銃身を短くするものだがこちらは発想が違う。馬や駱駝の背に乗った高い位置から銃床を地面に突いて銃口から装填するので逆にある程度の長さが必要になる。そして長銃身を活かして安定した長距離射撃を行う。また銃床が、馬の手綱を片手で持って捌きつつ、その片腕に銃身を乗せて射撃する姿勢に合わせて湾曲型になっている。これらはヤゴールの中でも小銃射撃に卓越している者に使わせて有用かどうか調査する。レスリャジン騎兵の所感では、砲戦距離も含めた長中距離でこのアッジャール騎兵銃を使い、馬上機動中は弓矢、突撃接触前に拳銃、突撃時に刀と使い分けると長中近零距離と器用に戦えるとなっている。


■■■


 ヤゴール軍の訓練は秋口から始まっている。彼等に対して乗馬技術に文句をつけるところはない。

 それから彼等と会話するにあたり、仲介役としてオルシバを招致している。

 まず教えこまなければならないのは、帝国連邦軍共通語である、魔神代理領共通語で手紙を、出来るだけ定型文に倣って偵察結果や部隊等の現状を記入し、司令部や末端部隊に素早く配達すること。当たり前だが手紙は読めて理解出来なければならない。書く側もそうだが読む側もである。

 遠隔地にいる者への情報、意志の伝達が出来なければ今後拡大を続ける巨大な、目の範囲を越える戦場で戦えない。口頭伝令もこれに順ずるが、言葉だけでは伝えられない敵配置図や地形図の作画方法も指導する。また口頭は言い忘れたり誤解が生じたり、死亡時に引継ぎが難しいので、筆を怠けずに書くように指導。

 書くのを面倒臭がる、何より指揮官級の癖に文盲だったりする者が多いので読み書きの勉強を集中的にさせた。現代軍必須の能力だ。身内だけで軍を結成する中世軍ではないのだ。

 手紙に書き込む情報の取捨選択方法も教える。敵軍の全容だけではいけない。後方支援体制、食糧事情、弾薬の残り、士気の高い低い、敵の退路、迂回路、地形は勿論、地形の連続性から見られる状況、気温に気候から本日中の時間帯毎における天気予想、明日の天気予想も重要。

 騎兵は当然だが歩兵にもなる。騎馬遊牧民だからといって徒歩を特別嫌うわけではないので彼等は必要となれば勿論歩くのだが、工兵働きとなるとどうにも良い顔をしない。ここで古典を持ってきて説得する。かのバルハギンは、必要があれば馬から兵士を下ろし、地面を掘らせて防御陣地を築いて戦ったと。それからそんなことも出来ない者は、ベルリク=カラバザル基準であれば地面に生き埋めにされるとも実例を示してやらせた。

 ヤゴール軍は現代的な、軍内部における官僚的やり取りを苦手とした。代わりにだが射撃能力は特別に良かったし、目も良いので偵察はコツさえ掴めば驚く程広範囲を把握する。馬の世話は当たり前にするし、広域機動も素早い。日時を合わせて指定地点へ集結するというのも得意にしている。また勇敢であるし、意固地になって踏み止まって戦うことはしないので撤退、後退の判断も迷わない。これらは演習の結果なので実戦だと独特の癖が出てくると思われるが、演習、仮想敵相手の動作ならば問題無かった。

 ヤゴール軍は戦える者全てが騎兵である。全て軽騎兵だけで編制するのは非常に勿体無いので騎馬砲兵としても技術を仕込む。まずは単純に騎兵砲の取り扱い、整備、直接照準射撃の方法だ。これは原理さえ分かれば子供でも出来る。

 単純に連射をさせる。仮想敵の動きに合わせて前進、後退。有利な射撃位置への移動。そして騎馬砲兵ありきでの他騎兵部隊の相互支援を念頭に入れた機動。騎馬砲兵は騎兵隊の攻撃、そして防御の基点になる。騎兵砲で素早く移動し、敵へ先制砲撃を加えて陣を乱してそこへ騎兵隊が突入。後退する味方を支援するために騎兵砲が前進してくる敵を牽制しつつ、他の騎兵隊に騎馬砲兵隊が連携する方法。そして最後に観測班との情報のやり取りを通じた間接照準射撃、見えない位置にいる敵への砲撃。

 砲の習熟には時間を要すると思ったが、旧アッジャール軍時代に砲兵だった者が若干いたのでその分は時間短縮となった。偏差を求める数学についても飲み込みは悪くなかったが、やはり紙に文字を書くのが苦手な者が多く、間接照準射撃の習熟は長い目で見る必要がある。

 火箭の中でも扱いが難しい焼夷弾頭や照明弾頭などの化学的な装備については教導に時間が掛かる。教養の高い者や火薬を作ったり皮をなめす職人は理解が早いが、そうではない者は大体にして化学に対しては経験則以上のことを知ることに対して妙な抵抗感を持ち「精霊の仕業か?」とまで言い出す。我々も扱い始めたばかりだが、天政軍から入手して運用を始めている悪臭弾、火炎放射器のような危険性の高い装備を使わせるのは難しい。

 専門的な工兵を彼等の部隊に組み込むことが難しいと分かった。簡易ではない現代的な設備が整った塹壕、長い地下坑道、コンクリートを用いた防御設備の建築もそうだが、火薬には火を点けたら爆発する以上の化学知識を持つ、学習する意欲のある者の確保が難しい。皆無ではないが絶対数が足りない。

 騎兵の機動力に施設建造能力が合わされば敵軍後背に要塞すら短期に建造可能と思ったが難しかった。一応、素早く仮想敵の後背に浸透して丘を利用して塹壕を掘って、騎兵砲を配置して砲台を作って防御体制を取らせるという動きは習得させた。資材一般も敵地で建物を崩したり伐採採石して確保して小規模でも要塞建築を可能とするまでに至らせたいのだが。

 次に水域での機動能力を獲得させる訓練も難しかった。まず遊牧民の彼等、水に入って泳げというと死ねと言われたかのような顔をする者が多かった。ヤゴール族はオド川流域に暮らす連中なので砂漠の民程までに水を嫌わないのではないかと思ったが、やはり一定数いた。優しくしてやる必要はないので全員に水泳能力を身につけさせた。

 船、平底船の扱いも抵抗があった。馬で十分だと言い張る。沼地でそんな言い訳が出来るものかと何度もやらせた。川沿いに暮らして船も使って漁もする者達も中にはいるので、そういった者達を分散して指導要員として利用した。

 これらの訓練にはヤゴール王とその王子達も積極的に参加し、臣民たちを先導してくれた。またベルリク=カラバザルの指導要領として、命令違反は族長級でも銃殺刑であるとし、該当者を訓練中でも死刑に処したのでその本気具合は早々に彼等へと伝わった。我々が処刑しては角が立つということでヤゴール王が直々に刀で首を切り落としていた。

 ヤゴール軍の基礎が出来上がってきて、次は我がゾルブ師団、ゼクラグ師団とヤゴール軍とで合同演習を行う。手紙を使った通信の迅速さと正確さの確認を重点に置き、各軍機動して連携を取り合って動く。

 この動きに対してオルフ人民共和国から「挑発行為に対しては厳正な対処を取る」と警告が来る。何のことはない。虐殺、拷問、略奪、焼討こそ――エデルト側が課して、ベルリク=カラバザルは是も非とも言及していない――禁止制限されているが攻撃はその内に行う。


■■■


 合同演習の結果、軍事作戦を行える基準に達したと判断した。冬のことである。既にスラーギィ側からはペトリュク攻撃の軍が出動し、シストフシェの陥落に至っている。

 そして作戦を兼ねた実戦演習を開始する。仮想ではない敵を相手に実弾射撃を行ってこそ軍は出来上がる。これまでの訓練のための補給体制は運行され軌道に乗っており、このまま敵地侵入を行うのに差し支えない。防衛ではなく攻撃用に追加の部隊も組み込んだ。

 こちらの国境側に敵戦力が集中する前に一定の戦果を挙げる。

 第一優先目標はメデルロマ領。こちらは東スラーギィ、ゼオルタイを通じて国境紛争の舞台となっており、ここを破壊するとレスリャジン部族の北進拡大が容易になる。

 第二優先目標はツィエンナジ領。オルフとヤゴールが戦争をする時はこの線が過去を通じて主戦場となっている。ここを破壊すれば今後の対オルフ戦争で有利になれる。

 第三優先目標はニズロム領。オルフ人民共和国とランマルカが海路接続するための港があり、ここの寸断は彼等に大きな打撃を与える。

 まずもって占領よりも略奪を重視し、次に破壊、余裕があれば住民の虐殺を行ってオルフの力を削ぐ。占領をしてもエデルトの戦争、その傀儡のアッジャール朝オルフの戦争なのだから公式に占領地を獲得出来ない。であるならば将来の仮想敵に極力何も渡さないようにするべきだろう。

 軍を四つに分ける。ゾルブ師団一万六千がツィエンナジ領を、ゼクラグ師団一万六千がメデルロマ領を攻撃して都市破壊に専念する。占領はせず、物資を略奪し、住民を抹殺し、都市を焼いて通過する。守備部隊や占領統治用の部隊を残置しない。王シュミラの一万人隊がゾルブ師団を支援し、王子ラガの一万人隊がゼクラグ師団を支援する。

 二つ以上の強力な要塞攻略能力を持つ妖精軍で両翼を形成して敵地へ侵入、部族系騎兵軍は自由に動いて両翼軍を補助する。側面背面攻撃、浸透かく乱は勿論、対拠点、対主力軍戦闘で疲労、鈍足化している両翼軍に代わって長距離追撃を行う。鉄の胸と曲がる腕だ。西方遠征で対ロシエ戦にて防御に使った戦術だがこれを攻撃に使う。

 両師団、同時に越境。先導役にヤゴール騎兵が付く。五万二千の兵力で攻撃開始。

 訓練通りにヤゴール騎兵は広く散開しつつ偵察を行い、広域の情報を獲得して戻ってきて全体で共有して敵の状況を把握する。勿論、偵察行動と同時に敵の斥候、伝令を狩って目と耳を封じる。

 騎兵戦力は頭数も揃い、騎馬砲兵隊もあって潤沢。偵察に限らず、ある程度まとまった戦力、百人隊や場合によっては千人隊規模で先行して浸透し、移動中の敵補給部隊や、数の少ない警備部隊、再編制に移動中の部隊などに個別に襲い掛かって戦果を挙げる。手を出し辛かったら挑発して気を引くだけでも良い。敵に予定外の無駄な行動を取らせることが重要。また、敵地奥深くで放火や殺戮を繰り返して敵軍を大規模に陽動、前線から遠くへ引き離して遊兵化させ、都市攻略に向かう両師団の負担を軽減することも重要。

 迎撃に出てくる敵野戦軍の数は騎兵の行動のおかげで少なく、集まりが悪い。位置も特定出来ているから騎兵で囲みつつ、師団をぶつけられる。

 敵野戦軍は騎兵に包囲され、外に斥候も伝令も出せず、補充部隊も補給部隊とも合流出来ず、全周警戒をしながら足が止まる。繰り返される軽攻撃に休めず、火力を分散させた状態のまま、正面に火力を集中させるこちらの師団と戦う。

 砲門の数はこちらが上。敵はランマルカ式装備をある程度導入しているせいか武器の質では圧倒するに至らないが、既に戦闘前準備段階で優位を獲得しているので砲戦で圧倒する。ヤゴール騎兵に敵の行動を常に拘束、妨害させ、こちらは自由に砲兵を前進させて対砲兵射撃を行い、それから一方的に敵兵を榴散弾で殺す。ヤゴール騎兵も騎馬砲兵を使って身軽に砲撃をしているので敵は全周囲から砲弾を浴び、砲兵を失ってから反撃と牽制の砲撃手段も失って一方的に撃たれる。後は士気も指揮系統も失いつつあるところへ歩兵前進、騎兵も包囲攻撃、殲滅。捕虜に取っている余裕も設備も無いので皆殺しとする。ランマルカの軍事顧問団、革命前進軍の同胞同志将兵がいたならば保護する。外交上の不幸は最小限に抑える。

 ランマルカ式装備をオルフ人民共和国の人民解放軍は一部採用しているので、敵野戦軍を撃破し、拠点を制圧する度に我が軍でも十分に実用に耐える施条銃、施条砲が手に入る。

 オルフの都市の防備は長引く内戦で良く強化されているか全く修繕もされずに朽ち果て続けているか、それか強化されたが破壊されたままの状態であるか様々である。だがランマルカの軍事顧問団の指導を受けているせいか星型の堡塁を持って水濠を掘っている形状の頑丈な都市もあって簡単に攻略出来ない。

 強固ではない都市の陥落は簡単。砲兵が破壊射撃で突破口を開き、都市へ突撃準備射撃を行って抵抗力を削減。掻き集めた周辺住民を盾に歩兵が前進して突入、皆殺し。

 強固な都市にはまず十分な砲撃を行う。内戦が慣例となっているオルフ特有の事情を用いて、恭順したオルフ兵を使って都市へ突撃を繰り返させる。しばらくすると命令に不満を持ったりし始めるので、命令反の咎で皆殺しにして後腐れの無いようにする。恭順兵が消滅する辺りでその都市に応じた攻城手段も確立されてくるので、弱点があればそこを突いて歩兵を突入させて陥落させる。我が同胞兵士だけではなく、馬から降りたヤゴールの下馬騎兵も突入させる。正確な間接射撃によって都市内の建物を十分に破壊し、住民、守備隊に大打撃を与える様を見せてその重要性を認識させる。これも訓練の一環。

 強固な都市の中でも、短期決戦では落とせない大規模な、ランマルカの指導が入った要塞都市に対しては即座に攻撃しない。破壊後に得られる成果に対する損害、失われる時間が多過ぎる。この場合は周辺住民、他の脆弱な都市を陥落させてから集めた人間を連行してその強固な都市に追い込む。季節は冬、十分な防寒具も持たない彼等は必死に命乞いをする。帰る家は目の前で焼き払ったし、食糧は全て奪った後。そんな彼等を逃がさないように騎兵は包囲を続け、その間に我が師団は他の都市を攻略し続ける。

 時間が経つと追い込まれた者達は都市に対して、受け入れられないと恨みを抱く。内戦続きのオルフは食糧事情が悪いので大規模な住民の受け入れはまず不可能。不可能なくらいに掻き集めている。

 恨みが十分に溜まったところで都市に対して砲兵が砲撃を開始して突破口を開く。恨みが募った住民に鹵獲した武器や攻城戦に必要な梯子を渡すと、彼等は生きるために都市への突撃を開始する。住民と言っても内戦期間が長いので元兵士、休暇中の兵士、任務についていた兵士などいくらでもいる。攻撃能力は十分。オルフ人は地域が違えば同族意識などあまり持たないので殺意も十分。

 こちらは逆襲されないように距離を取り、荷物を最小限にした騎兵だけで包囲して見守る。仮にこちらへ攻めて来ても渡す食糧も何も無いと分からせてある。

 死に物狂いの、掻き集められた住人達は大損害を出して撃退される。疲弊し切り、それは守備隊も同様。下準備が整ったところで本格的な攻撃を開始する。人間の精神に悪影響を与えるこの波状攻撃を受けて抵抗を頑強に行うことは無かった。

 この要領でツィエンナジ領内を破壊、虐殺して回った。ゼクラグからも北メデルロマを一通り破壊したと報告が来る。シュミラ、ラガ両一万人隊からも広域に、連携しつつ散らばった各騎兵隊が軍民問わず殺戮を敢行したと具体的な数値も上げて報告してきた。手紙を書けるようになったので真に具体的で結構。

 次の目標はニズロム領並びに南メデルロマである。

 ニズロム領であるが、ランマルカの指導を受けた強力な河川艦隊が運行するヤザカ川を強力な防壁としていて簡単に攻めることが出来ない。目標外であるアストル川を越えたチェリョール領やアストラノヴォ領も同様。川を越えなくてもよいツィエンナジ領西隣のブリャグニロド領であるが、補給拠点を残さない行動をしている上に冬季ということを考えると戦線の延び切りが予測される。ペトリュク領にいるベルリク=カラバザルの軍がブリャグニロド領にまで北進して接続の機会を作るというのならば共同するのだが、そこまで攻略が進展していない。

 南メデルロマに関しては、既に連絡をやって東スラーギィ側から入植を念頭に入れた武装集団を送るように指示してある。南大陸からやって来た黒い連中が中心だ。ここには主だった都市も無いのでラガ王子の一万人隊に、ツィエンナジ領を含む後方連絡線も合わせて広域を任せる。

 ゾルブ師団、ゼクラグ師団、シュミラ一万人隊でニズロム攻撃を行う。

 まずはヤザカ川南岸に、砲台を築いて敵河川艦隊と十分に砲戦が行えるだけの防御設備を整える。この時点で河川艦隊と砲戦を幾度か行う。夜間の内にある程度工事を済ませたので優位を確保出来ている。だがこの時点で船橋を築いたり、船で渡ったりするのはかなり危険が伴う。夜間に一気にやってしまおうかとも考えたが、河川艦隊は夜間も行動するし、水温の低さから事故死率が高い。またこちらの砲射程圏外に敵軍が集結中。単純な正面からの渡河作戦では成功の見通しが立たない。

 沿岸砲台の設置だけでは制川権を取るに至らない。特に蒸気装甲艦が相手だと勝つというよりは敵の砲弾切れでの撤退という状況である。風を無視して動く傾斜した鋼鉄だけの船体相手では中々砲弾が通用しない。またこちらにはヤザカ川に回し、敵河川艦隊と戦うに十分なだけの河川艦も水夫も存在しない。ヤシュート族がその点に優れているらしいが、動員、編制、作戦実行までに掛かる時間が長い。

 川というのは迂回が可能。ヤゴール領内よりシュミラ一万人隊が迂回し、ヤザカ川北岸を陸路で突破した。後方連絡線の警備はフレク族にも支援を依頼してある。

 騎兵にやって貰いたいことは渡河地点付近に居座る敵軍の排除、蒸気装甲艦の給炭基地の焼討であるが、ニズロム軍の装備はほぼランマルカ水準にあって優秀で、数も多く既に前線だけでも三万が集結していて一万人隊では対処困難な状況。騎兵機動力を活かして奥地まで浸透するが、今までニズロムは戦火に曝されず、アレハンガン港を通じてランマルカからの物資を潤沢に受け取り、かつ軍事顧問団も多数在留していて難攻不落。偵察部隊が北海を見渡せるところまで行ったが、海にいる艦隊から艦砲射撃を受けるに至った。まともに戦っても大損害必須という情報をシュミラの一万人隊は損害を抑えて持ち帰って来た。

 ニズロム軍からの攻撃を警戒する防御配置を取ることにする。冬も厳しくなってきており、このまま膠着状態となりそうだ。

 ヤザカ川の凍結を待って攻撃作戦行動に移るか? それまでにペトリュク領からブリャグニロド領へベルリク=カラバザルの軍が攻め上がる可能性もある。

 ヤザカ川沿いに防御陣地を築きつつ、西側アストル川方面へ防御、ブリャグニロド領への東部からの攻撃を想定しつつ状況が動くまで待機するしかない。


■■■


 ベルリク=カラバザルからシストフシェへの出頭命令が来た。オルフ東部における破壊と虐殺についてアッジャール朝の者が総指揮を執る自分に対して話があるらしい。弱い者が何をどう抗議しようとどうにもならないのだが、何か言う気か?

 ザロネジは包囲されていると言うし、北海はそろそろ全面凍結してランマルカの艦隊も引き上げる頃。決着は見えている。どういう政治的譲歩を引き出し合うか政争を始める頃合だ。それは自分の役割ではない。

 シストフシェでアッジャール朝の大宰相オダルから抗議を聞いた。それには単純な返答を行った。あまり意味は無い。

 後は大陸宣教師スカップがオルフ人民共和国の帝国連邦加盟案を出してオダルの抗議を封殺。ベルリク=カラバザルがそこから穏当だが有利な条件を引き出して会合は終了。

 重要なのはそれから。オルフ人民共和国敗北時に海路脱出出来ないランマルカの革命前進軍を受け入れる作戦をラシージ親分から受ける。それから手を焼いたニズロム方面軍とは停戦し、スタグロ、チェリョール、アストラノヴォの方面軍とは戦争継続という指示を受ける。オルフ人民共和国は分裂した。

 その後に、ニズロム軍との停戦合意を、凍った川を歩いて渡って取り付けた後にザロネジ陥落の連絡を受けた。オルフ人民共和国の敗北がほぼ確定する。

 画定したのでニズロムに残留する革命前進軍将兵の受け入れを開始した。必要があればアストル川を越えて救出作戦も展開する。まだ抗戦する意志のある人民解放軍残党がその貴重な戦力を手放さない可能性もあるからだ。

 南メデルロマへの橋頭堡建設、入植の開始、置き場所に少々困った革命前進軍の暫定配置も行った。

 そうして冬が過ぎ、春の雪解けをもってオルフから全面撤退するよう命令を受けた。北メデルロマとツィエンナジ領への軍の駐留継続や入植は流石にエデルトとの傭兵契約上出来なかった。南メデルロマは、東スラーギィとの境界線が曖昧なので割りと余裕がある。

 アッジャール朝軍は人民解放軍残党の排除に掛かっている。早期にブリャグニロド領を奪回したがまだまだ先は長いようだ。

 この春の全面撤退も望まれたわけでも歓迎されているわけでもない。継戦が望まれていた。だがこれから更に泥沼になるかもしれないオルフ内戦なんかよりも、次に控えるバルリー作戦の準備に取り掛からなければならないからだ。引き際を誤れば長期間、一部部隊であろうとも拘束される。その一部部隊があるだけで軍の編制作業に負担が掛かる。例外事項のために何かしらを設定するのは手間だし、任務解除してからどこかに組み直すのも手間だ。


■■■


 オルフ作戦を終えた。ヤゴール軍の操典を改めることにも成功し、実戦経験も積ませ、他の部族軍に何をどう教導すれば良いかという基準が出来た。

 八番要塞に戻れば妖精自治区の軍管区化が公式に認められたという連絡を受ける。ロゼルファーン州から帰る前に内定は受けていたが、体制が十分に整備され、広報がされるまでとなると時間が掛かった。赤帽党という組織が管理する六大軍管区の法的解釈と制度整備、それに命令を下せる軍務省の新しい指揮系統の確立、予算の割り当て手続き、簡単なものではない。

 次は帝国連邦を構成するバシィール直轄市、スラーギィ特別行政区、マトラ共和国、ワゾレ共和国、シャルキク共和国、ユドルム共和国、東スラーギィ軍管区、西トシュバル軍管区、ダルハイ軍管区、西イラングリ軍管区、上ラハカ自治管区、中ラハカ自治管区、下ラハカ自治管区、東トシュバル自治管区、ムンガル自治管区、ヤゴール王国、フレク王国、チェシュヴァン王国、ヤシュート王国、ダグシヴァル王国、ウルンダル王国、チャグル王国といった行政区分を考慮に入れた、帝国連邦軍の編制に移る。

 人口統計も出た。妖精人口約二百五十万。人間人口約三百万。獣人人口約百万の内、チェシュヴァン族が七十万、ダグシヴァル族が二十万、残りはフレク族筆頭に少数。無理無く遠征作戦に動員出来る基準量約二十五万。この数値を基準とする。

 編制表の作成、表通りに実体のある各部隊の編制、配備予備数を考慮した武器の調達、人事、各部隊の訓練予定表、訓練用の教導隊の行動日程、演習場の使用日程、非正規部隊の設定。それから編制作業中に行われるバルリー作戦用の軍編制。やることは山程ある。建国前と建国後では要求される軍に違いが出る。もう既にイスタメル州の一部ではないのだ。

「ゼクラグ、君の手腕に掛かっていると言っても過言ではないだろう」

「は」

 出来上がったばかりの帝国連邦国歌が好んで歌われる。良く外から響いてくる。


  垣根を越える同盟を、

  偉大なる総統は団結する!

  不滅の帝国を実現する、

  約束された連邦万歳!

  栄光あれ祖国

  民族は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  高炉で燃える鉄鋼と、

  広大なる農土で繁栄する!

  創造の帝国を実現する、

  組織された連邦万歳!

  歓喜あれ祖国

  人民は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がため


  世界に冠たる軍勢で、

  愚かなる敵勢を撃砕する!

  無敗の帝国を実現する、

  訓練された連邦万歳!

  勝利あれ祖国

  国家は一つに

  結束せよ、同胞よ!

  旗に集え、兄弟!

  祖国に捧げよ、力

  捧げるは皆がために!


 最大不滅の我等が大英雄、第二の太陽、無敗の鋼鉄将軍、鉄火を統べる戦士、雷鳴と共に生まれた勝利者、海を喰らう龍、文明にくべられし火、踏み砕く巨人、空を統べし天馬、楽園の管理者、帝国連邦初代総統ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。ラシージ親分を筆頭に我々が良く支えたわけではあるが、大した人間だ。まずどう考えても真似が出来ないという点で尊敬に値する。彼が行った事業は忍耐強く作業すれば実現出来るというものではないのだから。

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