第260話「冒険半ば」 ジールト少年

 三七番広場を馬に乗って一周。マトラの山の中だとここが一番広い!

「わはー!」

 雑草取りがされていない広場の端側、枯れ草が少なくなってきて緑葉が増えてる。花も一杯。陰の方に行けば泥がついた除雪されて山になった雪が融け残ってる。

 馬を走らせながら身を乗り出して、赤、白、黄色、紫って花を集めて紐で縛って、木を削って作った容れ物に差す。

 食堂に行って、馬を馬留めに繋いでから姉ちゃんのところに行って、給食配膳口に容れ物を置く。お花があるだけで何か違うよね。

「はい!」

「あらジリャーキ、ありがと。雪止んで雨だと思ってたけど春ねえ」

 姉ちゃんがたらいの雪の山の中から蓋をした鉄鍋を掘り出してる。

「うん。何作ってんの?」

「雪無くなってきたから今度作る時は氷室から氷出さないいけないから……えーと……ちょっと待ってね」

 配膳口に置かれた鍋の蓋が開かれる。黒っぽい茶色っぽいカブトムシみたいな色でドロドロ。変なにおい。

「何これ!」

「カカオ粉に油、それと牛乳に砂糖混ぜて冷やして固めたカカオ菓子。うーん、牛乳入れすぎね。雪でも固まんない」

「色、姉ちゃんみたいだね」

「こんなに黒くありません」

「食べる食べる!」

「はいはい、美味しいかどうかわかんないけどね」

 口をあーって開ける。

「ふふっ、ちょっと」

 鍋のドロドロを匙で掬って食べさせて貰った!

「んふー! 変なにおい、甘い、美味しい!」

「そう。砂糖はこれくらいでいいかな」

 姉ちゃんもドロドロを食べて、帳面に記録を取る。失敗しても記録を取れば次に同じ間違いをしない。賢い!

 ドロドロのせいか何か鼻の穴があっつい!

「姉ちゃん、鼻あっつくならない?」

「んん? あー、粉多いかもね。ずっと作ってると鼻鈍ってくるから……」

「粉?」

「カカオ豆ね。ランマルカから新大陸産の食べ物が中大洋経路で入ってるのよ。今日の夕飯に挽きもろこしの汁出すよ」

「面白い!」

「そうねえ」

 においに釣られて妖精さん達五人が『わー!』って集って来た。

「ちょうだい!」

「僕にもお菓子!」

「食べる食べる!」

「うっぴょーしたい!」

「にょぴにょぴー!」

 皆ドタドタ跳ねて、手を上げて僕も僕もってやり始めた。あんまり騒ぐと姉ちゃん凄い巻き舌で”くぉるるぁ!”って怒っちゃう。

「こら! にゃんぷーにゃんぷー!」

 指でばってん作って皆に、にゃんぷー! ってやる。

「いやー!」

「にゃんぷーいやー!」

 妖精さん達が跳ねるの止めた。

「オチャンケピロピ!」

「あー! オ……」

 皆が口を手で抑えて騒ぐのも止める。

「はいはい、列作んなさい、列」

 姉ちゃんが鍋を匙でカンカン叩きながら調理場から出てくる。皆は整列して、前へ倣えをして間隔を揃えて一列にわくわくって並ぶ。うーん、何時の間にか二十人くらいになってる。

「はい、口、開け」

 んあって口を開けた妖精さんにドロドロを匙で掬って落として食べさせると「きにゃっぴ!」って頬を両手で抑えて跳ねる。それからケツを蹴られて横に退かされる。

「次」

「おぴょのりー!」

「次」

「あなっぽん!」

「次」

「ちめちょっちょ!」

「次」

「フラー!」

 あ、外国から来たばっかりの妖精さんもいるね。

 しばらくドロドロを食べさせるのを繰り返して、姉ちゃんが鍋を引っ繰り返した。

「……はいお終い」

「えー!? うそー!」

 何時の間にか五十人くらいに増えていたせいで鍋の中身が足りなくなっちゃった。二十五人くらいでもう少なくなってきて鍋引っ掻いてドロドロを集めてたくらいだしね。

「おかわり欲しい!」

「お菓子が欲しい!」

「もっとちょうだい!」

「もともとちょうだい!」

「ミーちゃんのお菓子をもっともっとちょうだい!」

「ミーちゃんおねーちゃんお願いお願い!」

「出来る! 出来る! ミリアンナは出来る!」

「看板だって言ってんだるぉが!」

 姉ちゃんが鍋でおねだりのお歌をする妖精さん達の頭をゴッゴッって殴り始めた! 鉄が厚いから音が鈍い。皆が『わー!』って逃げ出した。逃げる中に配食係の妖精さんもいたから追って襟首捕まえて食堂に戻す。

「配食用意、始め」

『はーい!』

 配食係の皆がご飯の用意を始めた。挽きもろこし? の嗅いだことの無い甘い匂いがする。

 自分は手を洗って、前掛けを着て卓を拭くお手伝いをする。騎兵の人に”男の仕事じゃねぇぞ”って言われたことあるけど関係無いもんね。

「お母さんまだ帰ってこないの?」

 椅子を並べながらお姉ちゃんとお話。姉ちゃん忙しいからお仕事しながらじゃないと喋る時間が無い。休憩中はうとうと寝てるし。

「ワゾレに大要塞造るんだからずっと掛かるわよ。追加の堅パン送る仕事が終わりません」

「今度見に行く!」

「馬鹿、今あっちじゃワゾレ人だとか殺しまくってんだから巻き添え食うわよ。人間だってこと忘れてないでしょうね」

「えー? ブットイマルス!」

 配食係、通りがかった妖精さん達が『ブットイマルス!』って拳を振り上げて応えてくれる。

「って言えば大丈夫だよ」

「そんな安直な連中ばっかじゃないでしょ。偵察隊とか森林警備隊なんて躊躇しないし、狙撃されて頭無くなるって。ジリャーキあんた、鉄砲で鳥とか撃ってるけど一々どこのどいつだ? って顔確認しないでしょ。そういうこと」

「そお?」

「ワゾレじゃオルフ人もいるとか、あんたこっちじゃ見慣れないヤゴール人なんだから考えなさいよ」

「オルフ人じゃないもん」

「知らなきゃ見分けなんかつかないの!」

 痛い! くらくら、拳骨された。

「馬鹿!」


■■■


 スラーギィの草原で夏枯れが始まった。一回ワゾレに行こうかと思ったんだけど、街道を通って行ったら大工事中で邪魔になると行けないし、何より関係者以外通行止めだって言われたから引き返した。

 三七番広場に戻るとマトラ人民義勇軍の兵隊さん達がズラっと完全武装で大砲も荷車も荷物も沢山持って並んでた。東方遠征軍への増派部隊だね。

「ねえねえ何処から行くの?」

 兵隊さんの一人に声を掛けてみる。東スラーギィ経路? マリオルに出て海路からヒルヴァフカで陸路?

「ダメダメなの。軍事機密なのです」

「あ、そうだね」

 じゃあ一緒に行ってみようかな。

 何時出発するのかなぁってウロウロしていたら、族長代理のカイウルくんがお供を連れてイスタメルの方へ行く街道を進んでる。もしかして行き先同じかな? 聞いてみよう。

「ブットイチンチンマールス! カイウルくんカイウルくん、カイウルくんも妖精さん達と遠征に行くの!?」

「おお、ジールト! こっち来い」

「うん!」

 近づいたら首根っこ掴まれてお腹くすぐられる!

「やーやー! にゃぎゃー!」

「遠征には行かない、行きたいけど。イスタメルに用事。結婚するんだよ」

「え!? おめでと! 誰、誰?」

「イスタメルの有力者の娘だ。南の抑えも必要だからね」

「政略結婚ってやつだ!」

「お、ジールト分かってるじゃん」

「誰? 誰?」

「リュビア・ワスラブ。今年の夏で成人、十六だ。まだ十五だったか、式の日は誕生日以降に合わせてるはずだよ」

「偉い人の子?」

「ナヴァレド城主、イスタメル第三師団長ラハーリの末っ子」

「どうやって申し込んだの?」

「あっちから話があった。まあ、ワスラブ家の保身が第一かな。ラハーリ将軍もそろそろ老い先見えてきてるらしいし、死ぬ前に身辺整理したいってのもあるかもね。あっちは保身が出来るし、こっちはワスラブ家を通じてイスタメル牽制出来るし、良いと思って」

「カイウルくん、もうお嫁さんいるよね」

「おお。俺の甲斐性なら一人じゃダメだって言われたぞ」

「お嫁さんに?」

「そうそう。親父様があんま子供作らないからさ、俺が代わりにあっちこっちに人出さなきゃならないのよ、将来的に、たぶん」

「そうなんだ! 結婚式すぐやるの?」

「今回は挨拶と行事の日程調整だとか、それから幕舎で暮らすからどんな感じかとかまあ、準備調整かな。ナヴァレドで式挙げるのは盛大にやりたいらしいし、総督に祝辞言って貰いたいとか何とか、直ぐにポンポンと進まないね」

「ふーん」

「ジールト好きな子いるのか?」

「んー?」

 お母さんとお姉ちゃん? 意味は違うよね。ジュレンカちゃんも美人だけど違うよね。

「まあ、その内嫌でも分かる!」

「うん!」

「お前のブットイチンチンマルスがな!」

「おぎゃー!」

 チンチン掴まれて揉まれた!

 そのままカイウルくん一行と南に進んでバシィール城のところで分かれた。


■■■


 バシィール城の演習場で拾い忘れの鉛弾を集めて、自分が使う銃用に器具使って鋳直していたらすっごく変な人達を見つけた!

 人間と犬頭の騎馬の列。犬頭はギーレイ族だと思うけど、人間の方が青空見たいな色の布を頭に巻いて、服にもしてて綺麗!

 近寄って見ると人間が、日焼けだと思ったらカカオのお菓子みたいな色してる!? カカオ人? でも新大陸産だからあれだ!

「カブトムシ人だ! すげぇ、カッコいい!」

 そう叫んだらギーレイの人がこっちに馬を寄せて来た。

「どうした君?」

 あ、こっちの言葉喋れるんだ。

「カブトムシ!」

「黒人を見るのは初めてか。彼等はムピア人だ、虫じゃないぞ」

「うん、色!」

「虫に例えるものではない」

「そうなんだ! カカオ!」

「うん? それは知らないが、変な例えはするものじゃないぞ」

「うん! どっから来たの?」

「南大陸からだ」

「海渡って来たんだ! シェレヴィンツァ、マリオル?」

「シェレヴィンツァに入港した。これから東スラーギィに移住する」

「わ! そうなんだ! 新しい仲間だね、僕ジールトよろしく! マトラとかスラーギィとかその辺にいるよ!」

 手を出したら、ギーレイの人はちょっと目を細くしてから握手。手の平には毛が無い。

「東スラーギィは水が少なくてね、砂漠で、でも川の水引いてるところは畑だってあるんだよ。移動する時は草刈して集めないと馬の餌足りないかも。あと掘っても全然水出ない場所あるから向こうの人に良く聞いてね」

「そうか、ありがとう。私はメハレムだ」

「メハレム!」

「それではな」

「さようなら!」

 黒い人達に手を振って別れる。

 別れた、と思ったら黒い人が一騎来て、青い布を一枚くれた!

「ありがとう! ブットイマルス!」

 拳を振り上げる。こう、おっ立つように!

「ブトイマース!」

 向こうもおっ立つ拳を上げて返してくれた! やっぱりブットイマルスは皆に通じるんだ!


■■■


 青い布は頭に巻こうと思ったけど巻き方分からないし、帽子は被ってるのがあるから首に巻いて垂らして首巻のような外套っぽくしておいた。巻いたのが解けないようにブローチ欲しかったから、お城の鍛冶屋さんに銃弾溶かした鉛で簡単なの作ってもらった。お洒落さんだね!

 バシィール城で東征増派部隊と合流したらマリオル港まで一緒に行く。セルチェス川を船で下る砲兵、弾薬部隊は別に行った。

 陸路、歩いて南下する時は勿論お歌を歌う!

「マトラ労働歌!」

『マトラ労働歌!』


  侵略の雨、祖国を濡らし

  破壊の風が切り刻む

  恐れず戦え、同胞同志

  不断に戦い築くのだ

  守りの家、豊饒の大地、革命守る労農軍

  真に勝利するその日に

  祖国に日差しが降り注ぐ

  振るえその腕、進めその脚、血と汗に塗れよ

  真の献身が明日に実る

  明日の明日へ繋げよう


  反撃の牙、鉄で覆い

  号砲鳴りて突き進む

  忘れず戦え、同胞同志

  果敢に戦い破るのだ

  阻む塹壕、囲む要塞、遥かなる進撃路

  敵を砕くその時に

  戦士の血肉が糧となる

  握れ剣と銃(つつ)、踏めよ軍靴で、死と灰に塗れよ

  敵の滅びが我等の願い

  滅び去るまで戦わん


「わー! ばんざーい!」

『労働万歳! 勝利万歳! 革命万歳!』

 そうやって楽しくマリオルに到着。先に、さっきの黒いムピア人とギーレイ人が千人以上乗船作業をしているところでちょっと混雑していた。彼等も戦うみたい。

 増派部隊も乗り合せで乗船を始めて大忙し。先に川を下ってきた砲兵、弾薬部隊の積荷を川の船から海の船へ揚げる作業とか重量物を扱うから慎重で大変。

 マリオル人の水夫のおじさんに聞いてみる。

「お船は何処行くの?」

「ヒルヴァフカのギロドラ港だな。お前さん、ちっちゃいがスラーギィの騎兵か?」

「違うよ! マトラとかスラーギィでお手伝いとかやってる」

「ああ、まあ雑用は大事だな」

 騎兵だったら東方遠征に参加出来たと思うけど、船には乗れないよね。

 出港する船には「マトラ万歳ブットイマルス!」って声を掛けた。手を振って返してくれたよ!

 見送りも終わったし、今度はヘルニッサ修道院とお母さんの故郷探そう! 怒る姉ちゃんはいないし、バレなきゃ大丈夫。

 まずはマリオルの人にヘルニッサについて聞いてみる。百人くらいに聞いたけど皆知らない。

 修道院のことは修道士の人に聞いてみることにして、マリオルにあるお寺を回って聞いたら何となく分かった。

 何となくの情報を頼りに、道行く人に何回も聞きながら山の方に進んでいったらヘルニッサ村に到着! マリオル人が住んでいて、お母さんの故郷について聞いて回ったけど、川沿いの村ってだけじゃ特定出来なかった。サニツァって名前もこの辺じゃたくさんあるからあてにならない。

 それから川沿いをうろうろ。廃村を見かける。ただ部屋が空っぽなところもあれば、ゴミみたいに土に戻ってるところ、前に氾濫した時に川に半分飲み込まれて削れたちょびっとだけボロ屋が残ってるところ、麦がボーボーに生えた雑草に混じってる畑だったところとか色々。骨も転がってた。

 普通の村も見かけるけど、そこで話を聞いてもダメダメ。”ブットイマルスのサニツァ”も何それって感じ。

 ゼクャーキが言ってたけどやっぱり不毛みたい。分かんないや。

 自分は家族が皆殺しになったって分かってるからいいけど、お母さんの家族とか親戚とか生きてるのか死んでるのか分からないのはちょっともやもやしちゃうよね。でもどうしようもない。

 三七番に戻ろう。ずっと離れてると姉ちゃんめっちゃくちゃ”あんた何やってんの!”キシャー! って怒るし。


■■■


 秋になってとっても凄い報せが東方遠征軍からあった。旧アッジャール最大勢力の根拠地ラハカ川沿いを征服し、バルハギンを輩出した”黄金の”アルルガン族を族滅、そして遂に遊牧帝国域の都レーナカンド陥落まで……あとちょっと! マリオルを出港した増派部隊と合流したら直ぐに陥落? そこまでは分かんない。

 もう一つ良いことがあった!

「ワゾレ市に来てみる? ずっとサニツァに会ってないでしょ」

「やった! ジュレンカちゃん大好き!」

 ぐにーって抱きつく。

「あらあら」

 ジュレンカちゃん将軍が立ち入り制限のあるワゾレ市まで連れてってくれる。姉ちゃんは「仕事あるから……」とか何とか言ってたけど引っ張って、馬に乗れないから荷車に乗せて連れて行く。

 ダルプロ川を北に下って、西へ行く街道を進む。街道はもう石やコンクリートでガチガチに広く固められてて快適。施設揃った駅で寝泊りしながら行けちゃう。

 山を登って、大砲も兵隊もたくさん揃えないと攻められないようなワゾレ市、要塞に到着。何故だか知らないけれど、人間の兵隊が門のところで歩哨している。

「お兄さん、何してんの?」

「僕マババ、ワゾレの兵隊さんだよ!」

「そうなんだ!」

 人間だけどワゾレの兵隊さんなんだ。

「ジリャーキ、変なのに話しかけないの」

 姉ちゃんに注意された。ジュレンカちゃんは気にしてないみたい。

「うん」

 マババくんは何となく目線がガン開きのあっち側向き。そっか、頭が変になっちゃってるんだね。

 ワゾレ市内に入って荷物置いて、お母さんが来るのを待つ。ここでするお仕事は無いから、姉ちゃんを連れて市内を探検。地下道潜ったり、塔登ったり。

 何日か待つと黒い修道服姿のお母さんが見えた。

「おーい!」

 そうしたら「きゃー!」って走ってきて、目の前で地面を足で抉って止まって「わ! わ!?」って腕を広げてどうしよう? ってなってたからぎゅーって抱きついた。

「きゃージーくーん!」

 空を飛んだ。高い高いどころじゃなくて、放り投げられて受け止められる。チンチン引っ込んだ。

「どうしてジーくんワゾレに来たの!?」

「ジュレンカちゃん!」

「いやー!」

 お母さんに抱えられて、その辺あっちこっち走り回って、仕事しないと落ち着かない掃除中の姉ちゃんを見つけて「きゃーミーちゃーん!」って叫んで抱えて、あっちこっち走って回って、ジュレンカちゃんを見つけたら「いやー!」って走って行って抱えて、ワゾレ市を三周くらいした。揺れが凄くて酔ってゲロゲロになった。

 それからお母さんは興奮して支離滅裂に今まであったことを喋り続けていてあんまり聞き取れない。姉ちゃんは「うんうんはいはい」って聞き取れてたみたい。

 久し振りで嬉しいのは自分もだけど、うんこしに行く時も「大丈夫!? 一緒に行くよ、サニャーキお母さんにお任せ!」とか言うのは恥ずかしい。

 嬉し過ぎるみたいで夜になっても喋るしずっと触ったり唇つけたり、静かになったと思ったらその辺ウロウロして疲れる。子守唄とか歌いだして「サニャーキうるさいこの馬鹿!」って姉ちゃんに怒られて落ち込んだどころか泣き出した。

 次の日になるとこう言い出した。

「ねえ、家族の名前はブットイマルスがいいよね! サニツァ・ブットイマルス!」

「え? 何それ」

「ミリアンナ・ブットイマルス! 超カッコいい!」

「かなり嫌なんだけど」

「どうして!? ブットイマルスだよ!」

「ブットイマルスだからだけど」

「うっそー!?」

 お母さんと姉ちゃんがあーだこーだ言い合うのは見てて楽しかったけど、ワゾレじゃなくてバルリー方面で発砲事件があったって報せが届いて、自分と姉ちゃんは三七番に戻ることになった。

「ミーじゃんジーぐん行がないでぶべぇー!」

 ってお母さん泣いてたけど、ジュレンカちゃんが「はい退避命令発動」って送り出された。

「僕も戦ってみたい!」

「ジールトくんは今みたいに自由にやってるのがいいと思うわよ」

「自由に戦う?」

「命懸けないであっちこっち好きに動き回るってこと」

「うーん?」

「命懸けるのはそれが分かってからでも遅くないわよ。じゃあねえ」

 分かんない。


■■■


 今年の冬は特別寒い感じはしないけど、始まるのが早かった気がする。

 東方遠征軍はレーナカンドの手前で冬営しながら、一度は下した諸勢力に対してちゃんと服従してるか確認してるらしい。

 あんまり危ない場所に行くと姉ちゃんが怒っちゃうから、遠くに行くだけでも怒るし、何しても怒ってる気もするけど、冬には行かない。敵以前に季節が殺しに来る。けど春には行く!

 鍛冶屋の妖精さんに指導をお願いする。鍛冶屋さんは戦闘用千歯扱きとかブットイマルスとかデッカイアレス、仮面兜に甲冑をお母さんに作った人で、普段は工業用機械の精密部品とか、鋳造用の金型とか作ってる凄い職人さん。

 まず死んだお父さんに貰った子供用騎兵銃の銃身、機械を交換。整備はずっとしてきたけど錆びて磨いて撃ってって損耗してガタガタになってきていた。

 新しい銃身は最新の施条式で、量産されていない椎の実銃弾対応の条痕を、見本見ながら手で彫る。春まで時間あるから時間をかける。銃弾は鋳造器具を、見本の銃弾で型を取ってから作る。一人じゃ絶対こんなの作れないけど、鍛冶屋さんに教えて貰ったから作れた。

 刀は、ジュレンカちゃんの言葉を思い出して考えた。森林警備隊向けに配給している鉈兼用の刀を、鍛冶仕事が面白いから自分で打った。重さを利用して振る重心の取り方は、教えて貰ったというか鍛冶屋さんに全部やって貰っちゃったけど。人を斬るよりは藪を払う刀だね。

 それから鉛のブローチ、重たかったから真鍮に変えた。装飾覚える前に綺麗に作れって鍛冶屋さんに言われたから丸くてツルツルな感じにした。真円は無理だった。

 春に向けて馬を太らせる。そして予備のもう一頭を確保したい。遠出になるから荷物多くなると思うし、地リスの巣穴に足突っ込んで骨折る事故は時々あるから恐い。

 手っ取り早い確保の方法は馬を買うことだけどお金はちょっとしかない。色んな人のお手伝いをした時にお小遣い貰うことがあるんだけど、その分だけ。姉ちゃんに言えば、昔アッジャールが攻めてきた時に死体から集めた物を元手に、商人相手に色々売り買いして増やしてるからあるけど、あんた何に使うの!? ガオー! って怒られるからダメ。

 お金無くても馬を確保する方法と言えば野良を捕まえることだけで、今は冬だし、スラーギィは人が一杯になってきてるからそういう野良は捕まり尽くしている。だから頼る。


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「カイウルくん、馬一頭ちょーだい!」

 カイウルくんの冬営地に行っておねだりしてみた。新しいお嫁さんはちょっとお腹が大きくなってて、春には生まれそうだって! 戻って来たらお兄ちゃんになっちゃおう。

「いいけど、どうしたの? 相棒走れなくなってきた?」

「東方遠征に行くから予備、荷物持ちに欲しいんだ!」

「おー、大冒険だね。一人?」

「うん」

「行くなら誰かについてった方がいいよ。東スラーギィ越えるのは時間掛かるし、シャルキク行けばまだ残党いるだろうから馬賊が出るね、きっと」

「ジュレンカちゃんが自由にあっちこっち動くと、何かが分かるんだって言ってた」

「将軍がねえ。分かった、馬もやるし金もやる」

「ホント! カイウルくん好きー!」

 がって抱きつく。

「おー、それじゃ出発するまで弓の稽古もしてやるぞ」

「やった! もっと好き!」

 春になるまで、カイウルくんの子供達と一緒に弓の訓練をした。自分はあんまり弦は強く張らないで、軽くサっと確実に当てるのがやり易かった。じっくり狙って手が震えない状態で射りたい。

 長男のユルグスくんは五歳なのに強い弓を真っ赤な顔で無理して引っ張りたがってて下手っぴ。オルシバのじいちゃんが「ユルグス、そんなもんも引けねぇのか!」ってからかうから余計ムキになる。

「こら、じいちゃんそんなこと言ったらダメでしょ!」

 って怒ったら、カイウルくんとかおばあちゃん、お嫁さん方がギャハハアヒャヒャって笑い始めておかしかった。

 あと下の子達は弓が何なのか覚えるところから始めてた。


■■■


 冬が明けて春になった。銃も弾薬も刀も弓も揃えて、新しい馬とも仲良しになったし蹄鉄も新調。野営用の天幕も、長旅用の器具もカイウルくんと互助組の人達から貰った。それから伝言と手紙を一杯預かった。目当ての人に会えるかどうかは全く分からないからあんまり難しい内容は預かってない。

 東方遠征軍からの報せは届いている。

 遂にレーナカンド陥落、そして破壊! もうレーナカンドって名前を使うことも禁止するぐらいに徹底的にぶっ壊すんだって。アッジャールの人達とか、バルハギンを崇拝してた祈祷師の人達が嘆いてたけど、バルハギン崇拝者の虐殺指示と棄教猶予が与えられてからはレーナカンドの話をする人はいなくなってた。

 出発! 春先だから雪解け水が地下に流れ込んで東スラーギィでも地下水豊富、井戸も水いっぱい。

 姉ちゃんに言おうかどうか迷ったけど、止められそうだから止めた。それに今はカイウルくんのところ、中洲要塞近くだし、三七番まで戻るのはちょっと面倒だよね。でもそうだ、お手紙書いて送ってから行こう。


■■■


 東スラーギィを渡る。

 街道、馬や人が通った後をなぞって進む。東スラーギィ経由の補給路も整備されている最中で建設労働者さん達が闘争中。塚や作業現場、井戸にオアシス、開拓村、物資集積所、色々あって結構目印になる。

 草はまばらにしか生えてないから定期的に鎌を持って草を刈って集めて馬の餌用に取り置き。

 携帯食糧は出来るだけ保存して、今日のご飯は飛蝗と蜘蛛と蠍の串焼き。寝ている内に馬がしたうんこが乾いてるか確認して、草も燃料にして燃やす。食べられる物は何でも食べないとダメ。草は無理だけどね。

 砂漠はやっぱり喉が渇くから、馬が井戸やオアシスの水の匂いを嗅ぐと興奮して動き出す。乗ってる一頭ならいいけど、荷物持ちの方が走るとちょっと困っちゃう。塩の塊を舐めさせる時に二頭で喧嘩することもあるから「こら!」って叱る。

 黒い人とギーレイ人の幕舎があったからお邪魔して泊まったりした。メデルロマの方からオルフ人だとかアッジャール人が来て獲物の取り合いになることもあるって聞いた。


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 イブラカン砂漠を渡る。

 こっちはまだ道路建設とかが途中で進み辛いし、砂だらけで建物があっても埋まるような場所だと目印があっても分かり辛い。それから砂丘は崩れやすいし、落ちると這い上がれなくなって干からびて死ぬ可能性があるから行く時は慎重に。

 星を見て方角を見る方法は勉強したけど、イブラカンにあるチェシュヴァン族の町の位置が正確に分からない。

 風が砂を擦る音ばかり聞こえるけど、時々地リスの鳴声が聞こえる。聞こえたら今までの進行方向に検討、目印をつけて声を追って、巣穴から顔を出している奴を弓矢で獲る。食べる時はやっぱり鍋で煮る。

 蜃気楼、誘い水に向かって歩きそうになったこともあるけど、駱駝の乾いた糞の列を見つけてそれを追って行ったら黒い人とギーレイ人の隊商を発見! 見たことある顔もある。

「メハレム!」

 青い布をぶんぶん振り回したら「何でお前がここにいるんだ!?」って言われた。

「冒険! あと伝言とか手紙もあるよ」

「一人か?」

「そうだよ!」

「ああ、何でもいい、付いて来い」

「うん! イブラカン砂漠はちょっと手強いよね」

「ちょっとで済むか馬鹿」

 メハレムの隊商はレスリャジン部族の予算から貰ったお金で生活必需品をチェシュヴァン族の町に買いに来ていた。

 隊商の用事は最初の町で終わり。「帰るなら付いて来い」って言われたけど、まだ帰らないからチェシュヴァン族の人にシャルキクへ行く方法を聞きながら進んだ。

 東スラーギィからチェシュヴァンに渡る砂漠はまだ道しるべも整理が甘くて道は厳しいけど、砂漠の都市間は整備されてるから分かりやすい。道があって駅に塚にオアシス、井戸があってすいすい行けた。カランサヤクまで来ると整備が凄く行き届いていてあっという間にシャルキク平原に出れた。

 市場で買ったメロンが甘くて汁べちゃべちゃだった。


■■■


 オド川下流のガズラウに到着。戦わないで降伏したから都市は無傷で綺麗なまま。

 中に入ると男の人が少ない。兵隊に行ったらしい。

 街の鍛冶屋さんは通常営業してたから馬の蹄鉄を調整して貰う。食べ物屋で干物、乾パン、塩を買う。角砂糖を馬にあげる。

 久し振りにヤゴールの同族に会った! ヤゴールの王様も勿論だけどレスリャジンの傘下に入って戦争頑張ってるんだって。

 それから昔に一回だけ見たことがあるフレクの箆鹿頭もいた。沢山の塩を買ってた。

 それと街中を、たくさんの物を積んだ車列が東の、東方遠征軍が攻撃している方角からやって来た。

 ガズラウで休憩するみたいで、その車列の方に行くと妖精さん達が一杯いて、武器持ってるマトラの労農兵士と、シャルキクにいたっぽい現地の、奴隷の妖精さん達もいる。

「ブットイマルス!」

『ブットイマルス!』

 労農兵士の皆は「わっ!」て笑って拳を振り上げたけど、現地の、奴隷の妖精さん達は不思議な顔をしてる。

「この荷物なぁに?」

「旧レーナカンドで回収された物資だよ!」

「そうなんだ!」

 面白いものが無いかな? って見てたら、変わったにおい。

「すごい! ねこさんが一杯いる!」

 馬車一台丸々枝で編まれた檻の中に、ふさふさにゃんにゃんしたねこさん達がごろごろなーなーしていた。枝の隙間から指を入れると、鼻を寄せて嗅ぎにきて顔を擦ってくる。人に慣れてる。

「にゃんにゃんねこさん!」

「にゃんにゃんねーこーさーん!」

『にゃんにゃんねーこーさーん、ごろごろなーなー!』

『にゃんにゃんねーこーさーん、ごろごろなーなー! にゃん! にゃん! にゃん! にゃん!』

『にゃんにゃんねーこーさーん、ごろごろなーなー! にゃん! にゃん! にゃん! にゃん! みゃおみゃおみゃおみゃお』

『にゃんにゃんねーこーさーん、ごろごろなーなー! にゃん! にゃん! にゃん! にゃん! みゃおみゃおみゃおみゃお、んごるんぐあー!』

 って皆で楽しく歌い始めたら、護衛の騎兵の人達が変な顔してた。


■■■


 シャルキク平原の横断は快適。草は一杯――東方遠征軍が食べた後だけど――十分にまた生えてあるし、道もあれば井戸も川も湖もある。湿地は虫が多くて嫌な感じだけど。

 イリサヤルは、元がどうだったか知らないけれど建設労働者さん達が大規模に賢明に闘争中。運河を作ってるらしくて周辺でも大工事。マトラからたくさん労働者さん達が送られている。

 次の大きい都市のジラカンドは壊された跡がまだあって、人間の労働者さんが修復中で作業が何か遅い。

 そうしてエシュ川を越えて東へ東へ行く。

 アルルガンの人と馬っぽい白骨、腐乱、木乃伊死体が目に付く。

 道を警備している妖精さんを見つけたら「ブットイマルス!」って挨拶。そうすると「ブットイマルス!」って返ってくる。姉ちゃんは考え過ぎ。

「ねーねー! 東方遠征軍ってどの辺まで攻め込んだの?」

「ウルンダル王国を臣従させたみたいだよ!」

「そうなんだ! アッジャールがレスリャジンになっちゃうみたいだね」

「そうなんだ!」


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 良い草原なのに全然人がいないラハカ川流域に到着。川を渡りたい。荷物濡らさないように浅瀬を探してるんだけど、春の増水まだまだ終わらないみたいで川幅一杯に流れてる。冬が長かったから雪が多かったのかな? 見えないくらい上流のハマシ山脈は北極にあってすっごく大きいって聞くから貯水量も凄いんだろうね。

 迷っててアルルガンじゃない地元の人に聞いてみたら、ラハカ川の下流は川幅広いし、浅瀬も春は見つかり辛い。河口の湿地帯は船が無いと秋でも渡れないから中流から行くと良いよって聞いた。下流の方からだとジュルサリ海を通って補給物資を運ぶ船が見えたけど、勿論軍用だからあれには乗れない。中流目指して、シベル川との合流地点より北に行くと水量が少し合流しない分減ってるから浅瀬を見つけて渡った。川を渡る船がある港はいくつもあったけど、全部、当たり前だけど東方遠征軍が軍用に使ってて乗れなかった。兵隊さん達の邪魔しちゃいけないもんね。

 兵隊さんじゃなくても乗れる船ある? って聞いても「無いよ!」って言ってたもん。


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 ラハカ川とシベル川を越えて、しばらく草原を行って、カレレビ川を越えるとだんだんと平坦な地面が上り坂に入ってくる。山が遠くにせり上がってきて、渓谷が見えてくる。西のトシュバル高原に入ってきた。

 足が折れて、殺されたばかりの馬を途中で発見。あれれ? って思って進んでいると、のっしのっしって早歩きしている体の大きい男の人を発見。服はレスリャジン部族軍の軍服。

「おーい!」

「あ!?」

 振り返った男の人の顔は超いかつくて目が真っ赤で恐げ。お兄さんというよりおじさんっぽい。

「テュグルホクの兄ちゃん!」

「おめぇジールト! こんなとこで何してやがる!?」

「冒険!」

「はあ? まあいいや、俺は急いでんだ……なあ?」

「うん」

「馬、貸してくれねぇか?」

「うん? あげるよ!」

「いいのかよ!」

「うん。なんで?」

「ガキにゃ一財産じゃねぇか」

「仲間でしょ」

 そう言ったらテュグルホクの兄ちゃん、背中向けて鼻水啜り出した。

「あ! 泣いてる!」

「違う、これは心の汗だ!」

「えー?」

「うるさい! あー、あー、とにかく助かったぜ! 伝令やってたんだが馬が地リスの巣に足突っ込んじまって、泣きみてた」

「目真っ赤だもんね」

「違う、これは、昨日! 獲った兎食ったからだ」

「伝染病!?」

「違う! ああ、もういい! 遠慮なく貰うぞ」

「うん。荷物はね……埋める! 帰りに何とかするよ」

「おう。そうか」

 野営道具とか、無くても一応なんとかなる物を地面に穴掘って埋めた。寝るのは砂漠だと蠍が恐いけど、草原とかなら馬に抱き付いてる程度で十分だし。

 途中で、死に掛けの行き倒れの人を発見。民間人ぽくて所属不明。トドメを刺して、その日の晩に肉団子鍋にしてテュグルホクの兄ちゃんに出した。お母さんみたいに軟骨入れるとか腸詰作るとか急ぎで手間だから、肉だけ切り取って袋に入れて鞍の下に挟んで馬を走らせてれば勝手に潰れて食べ易くなってる。

「温かくて美味しいよ、どうぞ!」

「おめぇこれ、何の肉だよ」

「人間。大丈夫、ちゃんと生きてたのから切ってきたから」

「嘘だろおいよ」

「あー、大人なのに人間食べれないんだー」

「ち、うるせぇ、てめえ、ナめんなこら。人食いぐらいなんだってんだい」

「召し上がれ!」

「う、うおりゃ!」


■■■


 東に向かう上り坂が急にキツくなってくる。それから目の前にもう夏も近いのに雪を被ったままの山並が見えてきた。ユドルム山脈だ。

 山を越える。テュグルホクの兄ちゃんは伝令、駅を利用する時、道を通る時に一番に優先される。将軍より優先されるくらい。だからその後をくっついていくと早く進める。ユドルム山脈に入ると道が限られてきて、後方から送られてくる補給物資の車列が渋滞気味で順番を待ってたら山越えも何時になるか分からない。

「おい嘘だろ」

 ユドルム山脈の峠あたり、大きな工事現場まで来るとテュグルホクの兄ちゃんは信じられないものを見た顔をする。

「どうしたの?」

「ここはあれだ、アッジャールの都レーナカンドだ。そのはずだ」

「工事中?」

「解体、工事中だな。頭領もドギツいことするぜ」

「へえ」

 工事現場には結構時間が経っている死体、骨とか木乃伊が吊るされて見せしめにされている。劣化しているけど服は立派な物ばかり。

 瓦礫の山と死体ばかりじゃあんまり見るものも無かったね。

 東のトシュバル高原を谷沿いに一気に下る。

 ウルンダルの駅だと、ちょっと過剰なくらいに食べ物だとか酒が出された。テュグルホクの兄ちゃん、蒸留酒に手をつけようとしてたから「ダメ!」って止めさせた。食べ物と一緒の醸造酒はともかく、酔っ払うためだけの物はダメ、仕事終わってからって言った。文句ブツブツ言ってたけど、「今度足折っても馬あげれないよ」って言ったら素直になった。もしかして酒飲んで伝令やってた?

 ウルンダルが過ぎて、ちょっと地面が砂漠っぽくなってきて、段々と乾燥が強くなってくる。駅があるから馬の餌用に草刈はしなくて大丈夫。豆とか穀物をモリモリ食べられる。

 ノルガオアシスを経由。街は大きかったんだけど、ちょっと前にゲチクって人に一杯殺されたらしくて空き家が多かった。

 こっちに来てからウルンダルの方で旧レーナカンド政権の残党が騒いでるとか聞いたけど、すいすい進むから遠くの出来事みたいに聞こえる。


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 ノルガオアシスを出て、小さいオアシスを経由しながら砂漠がずっと続いて、急に林とか湿地が見えてくる。

「ノルガオアシス越えた先の大河、スラン川だな」

「わー! もうちょっとでヘラコムだ!」

「はっはー! ジールト、大冒険だな」

「うん!」

 スラン川を畔で眺める。死体が何体も、ゴミとかが流れてきているから今もこの辺で東方遠征軍が戦ってるみたい。

「戦ってる最中かな」

「だろうな。どこまで突っ込んでるか分からんが、渡し船出してくれるところ探すぞ」

「うん」

 それから渡し船を出してくれるとこを川沿いに探し回ったけど全然ダメ! 行く先々の港町で小船とか出しても直ぐに沈められるって言われる。それどころか川の近くに寄れば引きずり込まれるって話。変な両棲? の化け物兵士、龍人ってのがいるんだって。矢とか銃剣じゃ殺すの超難しくて、銃で頭か内臓潰さないとダメなんだって。それから東方遠征軍の本隊は皆東岸に渡った後らしい。補給物資が届けられなくて港に溜まってるか、別の場所に移されてる。大内海沿岸部に出して海上輸送してるんだって。

「参ったな。川がダメなら陸路か?」

「陸路って、上流の先?」

「ダルハイ回りなんて糞遠いぞ、参ったな」

「下流は? 大内海、海は行ける? 補給物資は海運してるって言ってた」

「上流と反対……大内海連合州に船出して貰うしかねぇか。下流だ!」

「うん!」

 川沿いは危険だって聞いてたから、川岸を避けて移動。それがダメだった。

 体の見えてるところに鱗が生えて耳が魚っぽくて枝分かれの角が生えてる敵が何人も川から上がって、矛を手に走ってきた。変な化け物っぽいけど東方っぽい服着てる。これが龍人!

 川も見えないくらい遠くを行かないとダメだった。

「はいや!」

 馬を急いで走らせて距離を取る。敵龍人、馬に徒歩で追いつこうと走ってきて、追いつかれそう! うっそー!?

 騎兵銃を手に上体を捻って背面に構える、狙う、頭、馬の足が完全に浮いて震動消えた瞬間撃つ。一人、頭が吹っ飛んで倒れた。

「よし!」

 馬に逃走、方角はテュグルホクの兄ちゃんに任せて騎兵銃に弾薬装填することに集中。手元が揺れないようにぎゅっと胸に押し付けてやる。

 テュグルホクの兄ちゃんが弓を背面騎射。矢が化け物兵士の胸に刺さって、そのまま走ってくる!

「マジか!」

 装填完了、もう一回背面に構えて、狙う、頭!? 照準をつけたら龍人が左右に変化をつけて走り出した! 別の頭を狙うとその新しい奴が左右に変化をつけて、さっきまで変化をつけてた奴は真っ直ぐ走り出す。うーん、ちょっとだけ足は遅らせられるけど。

 銃口を上に向ける、目を閉じる。パっと目を開いて、的が始めに絞れた相手に直ぐ銃口を向けて撃つ、頭が吹っ飛んで倒れた!

「やた!」

 テュグルホクの兄ちゃんが弓を背面騎射。胸でも腹でも無く太股に当て、足を鈍らせた。もし痛くなくても筋が切れればそこの筋肉は動かない。

 馬を走らせる。馬が疲れてくる。龍人はまだまだ走ってくる。

「受け取れ!」

 テュグルホクの兄ちゃんが投げた鞄を受け取る。

「頭領に!」

「え!?」

 テュグルホクの兄ちゃんが馬を斜めに走らせ、弧を描いて反転。刀を抜いて龍人に掛かる。うっそ!? まだ六人もいるのに。

「ホゥファーウォリャー!」

 鞄を受け取ったせいで騎兵銃が直ぐに構えられない。

 龍人が矛を馬へ一斉に構える。テュグルホクの兄ちゃんが拳銃を撃ってから馬の背に立って、跳んだ!

 龍人はまず馬を矛で刺して体当たりを抑えた。カイウルくんから貰った馬が串刺しになって悲鳴を上げる。その勢いを龍人たちが体を支え合って受け止める。その内の一人、拳銃を食らってた奴が血を吐いて崩れ落ちる。

 その背後に着地したテュグルホクの兄ちゃんが龍人の首を刀で斬って、手応えなかったみたいで腰を掴んで持ち上げて近くの石に頭から叩き付ける。

 騎兵銃を構える。一人でも多く殺す。狙う、頭……吹っ飛んだ?

 龍人の頭に槍が刺さって、勢いに首が半ば千切れて体が吹っ飛んでいく。一人二人、龍人全てが同じ要領で死んだ。

 テュグルホクの兄ちゃんは一心不乱に腰を掴んだ龍人を石に叩きつけ続けてる。

 騎兵銃に弾薬装填しながら、もう生きてそうな龍人はいないと思うけど警戒しながら戻る。

 石と龍人の頭は互いに砕けて、脳みそと血が散らばってるけど興奮したテュグルホクの兄ちゃんは止まらない。

「ちょっと! もう死んでるよ!」

「うがぁ!」

 あれ、聞こえてない。けど急に止まった。動きが止まるというか、止められている感じ。見えない手に沢山掴まれたみたい? かな。

 龍人を皆殺しにした槍が見えない何かに引かれて浮かび上がる。魔術!

「うがぁ!?」

 槍が戻っていく方を見ると、宙に浮いてる白い鯰みたいな蛇みたいなのに手足生えた目の玉の無いきもっち悪い化け物がいた。お供に馬頭の兵士を連れてる。龍人より恐い。

「大丈夫かね?」

「助けてくれたんだ!」

「うが」

 白い化け物の周りには槍に、刃だけの剣が浮いて回っている。

 剣が川の方へ飛び、川岸からまた這い出てきた龍人をなます切りにする。その方向へ白い鯰蛇頭は顔を向けもしない。

「閣下、これで本日百九体目です」

「キリが無いな。見落としてる仕掛けがありそうだが……」

 助かった!


■■■


 テュグルホクの兄ちゃんが正気を取り戻すのを待って、その後に大内海海軍の船に乗せて貰ってスラン川の東岸に到着! 新しい馬も貰って、目指せカラバザル頭領!

 助けてくれたのは大内海連合州”大”総督シャミールさん。スラン川沿いに警戒活動中で、手強い龍人を殺しまくってるけど終わりが見えないとか。見た目恐い盲鯰蛇人間だけど紳士的で良い人だった。物を浮かしたり飛ばしたりする魔術が得意で、お願いしたら空をちょっと飛ばしてくれた! 凄かった!

 タルベリクっていう補給基地になっている街に寄ってカラバザル頭領の居場所を聞こうと思ったけど、何と引き上げる支度を始めていた。補給部隊の妖精さんに聞いてみる。

「どこに移動するの?」

「講和条約会議をするんだって! 戦い、とりあえずお終い!」

「うっそー! ヘラコム山脈まで行かないの?」

「分かんなーい」

 遠くまで来たけど、ヘラコムまで行くって思って来たのに。手紙と伝言の書き写しを郵便屋さんに預けて一人で行くことにする。

「ジールト、これ以上東には行くなよ。ズタボロにぶっ殺されてるだろうけど敵勢真っ只中だぞ」

 テュグルホクの兄ちゃんに腕掴まれる。

「嫌!」

「嫌じゃねえよ。冒険半ばで終わっちまったな。ま、そんなもんだ!」

「むむむ!」

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